東京デジャブーランド。
日本屈指の巨大遊園地である。
「画期的だわッ!! 人間ってこーゆーくだらないことにかけてはサイコー!!」
と評したのは最初にここを訪れた時のタマモだが、まさに人間が単に生存するだけなら無用でしかないものだ。しかし、人が人らしく生きていくためには必要不可欠なものが笑いであり、娯楽である。まさに、“無駄の効用”とでもいうべきものの集大成だといえよう。
ここの園長は『お客様に完璧な夢を提供するのが東京デジャブーランドの使命』と豪語し、とある事件で『金を惜しんではいかん』ということも悟ったため、その設備投資は巨額なものとなっていた。しかし、その絶え間のない投資こそが新たな客だけでなく一度訪れた客を二度三度と引き寄せ、投資を上回る効果を得ている。そして、それが、また新たな投資資金となる。好循環の絶頂だ。
と、いささか前置きがすぎたが、そんなわけで“横島ファミリー”も何度目かのデジャブーランド訪問としゃれこんでいたのである。
「ヨコチマ、あれにのるでちよ!」
「ぱぱ、チビメドものりたい」
チビ達が指さしたのは、最新アトラクションの一つ、フォールダウンタワーである。
これはいわゆるフリーフォールと総称されるアトラクションであり、高さ120mという高さから急降下する絶叫マシンだ。
「よし、じゃあ、並ぼうか」
言いだしっぺのパビリオとチビメドのほかに、ケイ、タマモも並ぶ。とはいえ、このメンバーでは長々と待つのに我慢がきかない。横島一人で面倒を見るには限界があるから、小竜姫と美衣も一緒ということになった。
「す、すごく高いなぁ」
「あ〜ケイちゃん、こわがってるでちね!」
「そ、そんなことないもん」
「……でも、高い」
「もう、人間って馬鹿なところが好きよ!」
騒ぐ四人。
小竜姫と美衣も近づくにつれ、仰ぎ見る高さに圧倒された。
「ビルなんかとは違った高所感がありますね」
もっとも、小竜姫は飛行能力をもっているだけあって、高さそのものに臆したところはない。ただ、感心しているといった感じだ。
一方、美衣は
「……ちょ、ちょっと思ったより凄いものなんですねぇ」
少々、動揺しているらしかった。
ともあれ、 実際には1時間以上の待ち時間だったが、みんなで騒いでいれば待ち時間もたいして苦にならない。自分たちの順番が回ってきたことに勇躍、乗り込んでいこうとする。
が、その前に係員が横島たちを呼び止めた。
「七名様ですか?」
「そうですが」
「申し訳ありませんが、お一人様、次回の回になってしまうのですが」
そうでなければ次回まで待てば一度に乗れます、と係員は説明した。
このアトラクションは正六角形状の柱の各面に二席ずつで、合計十二名が定員となっている。横島たちの前に六名いたということだ。
「ん〜、みんな乗っちゃえよ。俺は下で待ってるよ」
瞬間、女性陣の視線が交錯する。
実はこのアトラクション、先ほども説明したように二席で一組のゴンドラになっている。遊園地の上客であるカップルにフォーカスしたものになっているのだ。となれば、『誰が横島の隣に座るのか』という争いが当然のように勃発する。
そして、全員が視線を交わしたまま頷いた。
「すいません、横島さん。じゃあ、先に乗せてもらいますね。あまり考えていても後ろの方に悪いですし」
美衣がすまなそうに言う。
「でも、後で絶対にのるでちよ!」
「折角、ならんだんですから」
パビリオと小竜姫が釘を刺す。
つまり、これだけ列が長い状態で『横島争奪戦』を繰り広げるのは、さすがに気が引ける。かといって、誰かと二人っきりで座るのを見ているのは悔しい。ならば、『誰の隣でもない』ことで妥協する。更に、回も違うようにすることで、面をまたいででも“隣”でないようにしようということだ。
その一方で“想い出”として共有したいという思いもあうから、同じアトラクションにはのってほしい。
目は口ほどにものをいう。
瞬間的にここまでの合意が彼女たちの間に成立したのだ。
「ああ、わかったよ」
横島は彼女たちを見送った。
ゴンドラに着席して横島に向けて手をふっているうちに、ブザーがなり、するすると塔の頂点まで上昇して行く。それがすぐに頂点まで達すると、しばしの間、静止する。
そして、ここからがこのアトラクションが類似のものと少し違うところで、どのゴンドラがどのタイミングでおちるかがランダムになっているのだ。いつ、自分の座席がおちはじめるかわからないというところが、更に恐怖感をあおるというわけである。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
と、一際大きな悲鳴があがった。
小竜姫だ。
(余裕みたいだったのに……)
苦笑する横島。
後で聞いたところによれば、「だって自分の意思で飛んでいるのとは全然、違うんですもん」ということだが、パビリオやケイにも「一番、怖がってた」とからかわれる始末になるのである。
「さて、終わったか」
このアトラクの時間は短いから、基本的に回転は速い。
全てのゴンドラが落下し終わり、乗っていた女性陣も入っていったのとは反対側にある出口へと向かう。
まあ、小竜姫が少しよろめいてタマモに支えられ、硬直したチビメドがそのままの形で美衣に抱えられているのは愛嬌というものだろう。
ともあれ、完全に退場がおわると、横島たちの番になる。誘導されるまま、席につく。もちろん、隣は空席だ。
こうした場合、少しでも詰めるために、他に奇数の組があると相席になるのが常。
今回も係員があらわれ、横島にたずねる。
「相席、よろしいですか?」
「ええ、かまいませんよ」
予想していた横島は気軽にこたえる。
「じゃあ、すいません。こちらにお願いします」
係員が誘導してきたのは女性──それも互いに見覚えが思いっきりある。
「「ええーーーーっ!?」」
異口同音に驚きの叫び声があがった。
「なんで、あんたがここにいるのよ?」
「美神さんこそ、並んでもなかったじゃないですか!」
そう、美神令子その人である。
「あたしは、仕事よ、仕事! だから特別に優先してもらったの」
ありていに言えば割り込みという。
「ともかく、あんたとペアなんて冗談じゃないわ!」
憤然とする美神。
だが、横島はその腕を掴んで引き寄せ、強引に椅子に座らせた。
「な、な、何するのよ!」
驚いたような口調で詰問してくる。
(か、顔が真っ赤だよ。そんなに怒ってるのか!)
恐怖しつつも、横島はなんとか口を開く。
「あ、あの、ですね。待っている人も大勢いますし、迷惑かけちゃいけないと思う、ますです」
しどろもどろながら正論を吐く横島を美神は、しばし、睨みつけた。そして、ぷいと視線をそらすと、ぶっきらぼうに係員に言う。
「いいわ。準備して」
納得したのか、諦めたのか。
横島が胸をなでおろしているうちに覆いかぶさるようにして安全ベルトが移動し、腰のあたりでロックされる。二席をまとめて一つのバーでまかなうもので、多少、左右に移動することは可能だし、手は自由に動かせる。これもカップル対策だろう。
「近寄ったら、殺すわよ」
「は、はいっ」
とっくに美神など凌ぐ実力をもっている横島だが、その上下関係はもはや遺伝子レベルで刷り込みなのかもしれない。
極力、間をあけるように離れたまま、ゴンドラは上へと登っていく。
「………」
「………」
気まずい沈黙。
それに耐えられず、横島が口を開く。
「し、仕事って何の仕事なんスか?」
ギロリ。
そんな擬音が聞こえるような視線をつけて美神が横島の方に顔を向けた。
「除霊よ、除霊。あんたにはまわしてなかったけど、こういう遊園地にはいろんな邪念や欲望がうずまいてるもんよ。たまに除霊してやらないといけないの」
元々、デジャブーランドの社長とはそれで知り合ったのだと言う。
「それで、全体を見まわすために、一番高いこのアトラクを利用するってわけ」
「それなら、観覧車とかのほうがいいんじゃないですか? これだと、高くても一瞬ですよ」
「こっちのうが全体を見通せるのよ。それに、特別に手動で最後におちるようにしてもらっているから、自然な形で営業中の園内を俯瞰できるっていうわけ」
「はぁ〜。なるほど」
素直に感心する横島に、美神は呆れる。
「あんた、相変わらず馬鹿ねぇ」
しかし、そんな話をしているうちに美神の気も大分ほぐれてきたらしい。
一番上につくころには、わずかに笑顔をのぞかせるようになってきた。
「ふーん。今回はそうたちの悪いのはいなさそうね」
頂点で美神は素早く視線を走らせている。
つられて横島も視線を動かす。
「美神さん。あそこ、なんかたまってます」
「ははーん。あそこは室内コースターのあたりね。ああいう閉じた空間で恐怖感をあおるのは、細かい思念が吹きだまって大きく固まりやすいのよ」
ほかに誰もいないせいか、かつてそうであったような調子になってきている。
「さあ、他のゴンドラが全部おちたわ。これも、くるわよ」
「ひょぇぇ。こわいなぁ〜」
おどける横島だが……
「あれ?」
いつまでたってもゴンドラはおちない。
「おっかしーわね。長めにしてくれとはいったけど、いくらなんでも長すぎるわね」
美神もそう言った時、今までBGMを流していたスピーカーが、突然、その楽しげな音を止め、ノイズにかわった。
「??」
訝しがる二人。
と、今度は人の声が聞こえてくるではないか。
『こちらはフォールダウンタワー管制室です。ちょっとトラブルが発生しました。現在、修復しています。安全上、問題はありませんので、そのまま静かにお待ち下さい』
さすがに美神と横島の顔が引きつる。
「れ、霊障?」
「いや……違うわ。気配は感じられないでしょう」
「じゃあ、単なる機械的故障?」
「そーね」
「じゃあ、俺たちには何もできない?」
「そーね」
「………」
文珠を使って飛翔して降りるようなことも可能だろうが、遊園地の真中、しかも、注目されつつある中で、そんな能力を使うことは避けたい。
結局、大人しく待っているしかなかった。
「はぁ。あんたと一緒になるとロクなことがないわよね」
「そんなぁ。関係ないやないかー!」
最初のうちこそ軽口を叩いていた二人だが、一向に事態は改善のきざしはみられない。美神も次第に心細げな表情を浮かべはじめる。
(いつまでこうしてればいいんだろう……)
と、何のはずみか、ゴンドラがガクンと揺れた。
「きゃぁ!」
思わず美神が悲鳴をあげた。
そのことに横島は、揺れ以上に驚く。
「美神さんでもそんな声出すんですね」
「馬鹿!」
ツンと顔をそむける。
(む、むくれる美神さんってのは……その、なんだ、かわいいな)
新たな発見をしたとばかりに美神の顔を見つめる。
「……なによ」
「え、いや。なんでもないっス」
「大体、あんたはねぇ……」
そう美神が文句をいいかけた時、強い風が吹いた。
「さむい!」
冷たい風だ。
考えてみれば地上120mの遮蔽物がなにもない吹きっさらし。
加えて、美神の衣装は例によって肩を露出したスタイルだ。
次第に日がおちつつあるから、今後は寒く感じる一方だろう。
「あ、ちょっと待っててくださいよ」
横島は安全ベルトであまり自由に動けない身体をよじって、着ていたデニムのジャケットを脱ぐと、美神の肩にかけた。
そして、一瞬、逡巡した後、肩に手を回した。
「な、な、な、何、何、何、するのよ!」
美神が、顔中を赤く染めながら横島にくってかかる。
「だって、風邪ひいちゃったらどうするんですか。GSは身一つが資本なんですから」
「………」
本心からそう思ってくれているのは、彼のまっすぐな瞳が語っていた。
「わかったわよ」
わざとふてくされたように言って、そのままにする。
ジャケット越しに横島の腕からの温もりが伝わってきた。
(あったかい……)
私から、全てをうばっていったのに。
顧客を奪った。
収入を奪った。
最強のGSという座を奪った。
おキヌは事務所にこそいるが、見ているのは常に横島。
シロとタマモは事務所を出て、横島のもとへ身を寄せた。
なのに、横島を憎んだりすることなどできずにいる。
なぜなら……
(私の心さえ奪った)
コツン。
美神は、横島に寄り添うように身体をあずけ、頭をのせる。
「み、み、み、美神さん?」
「うっさいわねぇ。さ、寒いのをあっためてくれるんでしょ! あんたの安物のジャケットじゃ、ちっとも暖かくないのよ!」
どうしても素直になれない。
本当は、こうしたかったのだ。
(横島くんを意識しだしたのはいつだったんだろう……)
いつのまにか、自然に自分の心に染み入り、かけがえのない位置を占めていた。
でも、三人で馬鹿やっていた、あの心地よい関係を崩すのが恐くて。
それを怖れたばかりに、彼の心は別の女性が奪っていってしまった。
そして、その後も、彼の心が奪われてしまったという事実に正対することができず、見なかったふりをして、前と同じような関係を得ようとした。
けれど、それも彼の魂を正面から受け入れることのできる女性達の前には一瞬の幻にすぎなかったのだ。
(私にもう少し勇気があったなら)
こうして横島に寄り添い、二人で同じ人生を歩むことができたのに。
でも、それはもう、かなわない夢。
だから、今だけでも……
『お客様に完璧な夢をおとどけするのが使命』
不意にその言葉が脳裏をよぎる。
今、その“完璧な夢”を、確かに美神は届けられていた。
だが、夢が完璧であるのであれば、それは現実と何が違うのだろう。
そう。これは現実。彼女の抱いていた夢の具現化。
だから、後はそれが続くようにするだけ。
「横島くん……」
「なんですか美神さん?」
美神は顔をあげた。身体をあずけていたから、横島の顔は間近にある。
いつもの笑顔がまぶしい。
美神はニ三度、深呼吸する。
(私、どうしちゃったのかしらね。トラブルがあったとはいえ、遊園地ごときの演出にのせられちゃうなんて)
意を決した。
その瞬間から、不思議と長い間の重しがとれたような清々しい気分になってくる。
「横島くん。私、前からあなたのことを……」
「えっ!?」
それでも言い淀みそうになった。
そんなの自分らしくない。
何だってはっきりきっぱりしてきたのが、美神令子という人間じゃないか。
最後の言葉をはっきりと、間違いようのない言葉で。
「……愛してるわ」
そして、彼女は自らの唇を横島の唇に重ねた。
それは、完璧な夢の終わり。
――新たな現実のはじまり。