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▽レス始

「運命と宿命 第拾参話(GS+Fate)」

九十九  (2007-03-17 10:09/2007-03-17 14:59)

「士郎、大丈夫?」

じゃりじゃりと半端に濡れた道を歩く途中、不意に耳元に濡れた声色が被さった。

甘い響きを含んだそれは、背中に感じる感触と相乗し俺の脳みそを多大に揺さぶりにかける。

ぐわんぐわんと回りそうになる自身の頭を気合でおさめると、俺は返答代わりにむっつりと頷いた。

俺としても「大丈夫だ」と自信たっぷりに告げたかったが、それは無理だと確信していた。何故なら、今俺の口から飛び出す全ての言葉は、間違いなく、情けない上ずった声になるのだから。

だから、俺は頷くことしか出来なかった。それが、せめてもの抵抗になると信じて。俺の背中にのっかている、赤いあくまに対しての。


「くっ」

呻き声とも取れる声を上げ、横島は体に被さっていた塀の瓦礫をどけた。
瞬間、ずきりと体に鈍痛が走る。それを意識的に無視しながら、横島は何とか立ち上がった。

両腕を伸ばし、ゆっくりと顔を上げ、深呼吸を一回。たったそれだけで、横島の鼓動は安定した。

淀んだ空気を吐き出し、新鮮な空気を肺一杯に取り込むと横島は静かに歩き出す。雨は何時の間にか止んでいた。

じゃり、じゃり、じゃり、体を引き摺るようにして横島は一歩一歩足を進める。その歩はいつもの軽快さなぞ微塵も感じさせない鈍重なものだ。

じゃり、じゃり、じゃり、一歩一歩、噛み締めるように、踏み締めるように横島は歩く。

雨に濡れ、泥を被り、血が染み込んだ服を纏って歩く姿は、かつて在った敗残兵を思わせる。

目線は焦点を捉えず、頭を左右に揺らす。横島はいつ倒れてもおかしくはなかった。けれど、歩く。そこに、成さねば成らぬものがあるから。そこに、かつて見た夢が待っているのだから。だから、横島は歩く。


凛は横島を止めたかった。

そのぼろぼろになった彼の姿、どれだけ傷ついても、どれだけ理不尽な暴力を受けても屈しない彼を、凛は心の底から止めたいと思った。

けれど、彼女は止めれなかった。知っていたから、横島は大切なモノが秤に載ったなら、命を容易く反対の秤に載せられる男なのだと、短い付き合いながらも解っていたから。

だから、凛は見守ることしか出来なかった。不意に涙が零れそうになっても。


赤黒く染まった体を引きずり、横島は遂に赤い目の少女の前に辿り着く。

始まりは不意に出た少女の一言から。その言葉が無ければ、横島は間違いなく安全な塀に埋もれたままだっただろう。

今のように、少女を間に挟んで狂戦士と対峙することは無かったに違いない。だが、横島はどうしても問わねばならなかったのだ。危険を承知で、大切な命を懸けてまで、横島は言葉の真偽を確かめなければ無かった。

そう。自分が自分であるために。

「イリヤちゃん。メイドがいるって本当か?」


その、小さいながらもハッキリとした言葉を聴いて、凛はついに涙を零した。

怖ろしいまでに予想どうりである。自分とイリヤが会話していた際に、イリヤが言ったあの発言からここまで、一部の隙も無い程に予測どうり。

気合で立ち上がり、無理をしてでも歩き、イリヤに問う。横島の行動はマスターである凛が悲しくなるほどに、彼らしかった。


セラとリズ。
それが、横島をここまで突き動かした原動力だった。
このセラとリズという二単語は、二人の会話の中に出てきた一振りのスパイス。多くの人にとって、大して重要な調味料には成り得なかった筈の些細なスパイス。それは、うどんにかける七味唐辛子のようなものであり、決してカレーに入れるカレー粉程肝心なものではなかった。

だが横島にとってイリヤの付き人を連想させた、セラとリズという単語は、命を賭けれるほどに大事だった。その、常人には理解し難い横島の行動原理を、短い付き合いながらもばっちりと判っていたのが、凛の不憫だった。


「勿論いるわ」

短い返答。イリヤは、その大きな瞳を興味深げに細めると、にんまりと笑い一言付け足した。

「美人よ」

どうだ、と言わんばかりのイリヤの二の句を聞いて、横島は思わず笑ってしまった。

少女の言動が、自分の良く知るイタズラ好きの幻術使いと被って見えたから。嫌味なくらいに大きい瞳を細め、私は何かを企んでますよーと自己主張している口元。それでいて、自分から罠があるのをばらしているくせに、相手が引っ掛かることを確信している様な態度。

今でこそ見かけは、相応に成長しているが、何処か子供っぽさが抜け切れない彼女の姿を、横島はついイリヤに重ねてしまった。

勿論、その他人を意識した様な横島の振る舞いを見て、イリヤが納得する筈が無かった。

「横島。聞きたいことはそれだけ?なら話はこれで終わり。それじゃ、帰るわよバーサーカー」

イリヤは、意図した早口で捲くし立てると、素っ気無く身を翻した。

当然。その余りにも素っ気無さ過ぎるイリヤを見て、横島が納得する筈がなかった。

「はっ、はっ、はっ、何を仰る兎さん。本題はこれからじゃないですか」

バーサーカーが、怨敵と言わんばかりに睨んでいるので、肩に手を置くことはしなかったが、横島は背中越しでも分かる位にオーバーリアクションを行う。

余りにも懸命な様子が伝わってきたからか、イリヤはとりあえず溜飲を下げると満足げな顔で振り返った。

「それで、私が白兎なら横島は私の服を剥いで、裸にするのかしら」

「安心していいぞ、イリヤちゃん。俺はボン!キュ!ボン!のグラマラスな女性が好みで、ロリコンではない」

む、とイリヤの外国人らしからぬ返答に、横島は一瞬怪訝な顔をするが、瞬時に平静を取り戻し朗らかに返した。

伊達に弟子やその相棒のせいで、長くロリコン呼ばわりされていない。横島はその方面の問答には特化していた。

それ以前に、横島はアインツベルン家の懐の深さに大阪人としての根性を刺激されてしまった。やるな、アインツベルン。

「まあ、いいわ。それより横島、貴方は等価交換の原則をしってるわよね」
「勿論。一の行動からは一の結果を。魔術の基本だよな」
「その通り。それなら、一の情報を得るのには、何をしたらいいでしょうかっ!?」
「何をしたらいいのでしょうか?」

字面はほぼ一緒だが、二人のテンションは大きくかけ離れいている。

片やハイで片やロー。イリヤは実に楽しそうにしており、横島は先の失策を呪っていた。「美人よ」といわれた時に、即効でオオー!!と気勢を上げていれば良かったと本気で思う。

あのイタズラ狐が悪いんじゃと、とりあえず彼女に責任転嫁して、横島は疑問視をつけてイリヤを見やった。

「芸をしてちょうだい」

横島の視線を受け、イリヤはビシと効果音付で指を彼に向けると、高らかに宣言する。

「はっ?」

イリヤの提案というか、要求を聞き横島はついぽかんとした声を出す。

もしかして、この少女は私に芸をして楽しませろといったのでしょうか。横島は怪訝というより、唖然とした表情をすると、再度イリヤに目で問うた。

マジですか?
マジです!

ゼロセコンド会話終了。『アイコンタクト』其れ即ちテレパシー、故にタイムラグなぞ存在しない。

しみじみと横島は過去の経験を振り返り、ついでに何故こうなったのかを思い返した。


始まりは『メイド』。その言葉の得も云われぬ魔力に惹きつけられ、ここまでやってきた。それはいい。メイドとは男のロマンなのだから。

だが、何故だろうか。ここに着いてから、さっきまであった血液の滾り感じられない。メイドは男のロマン。それなのに何故。

目を閉じ、数瞬考えを巡らせると、呆気無いほど簡単に答えが出た。それは、お約束という答え。

そうだ、どうせイリヤちゃんのメイドもロリっ娘なんだ。だからか、俺の心がこんなにも静かなのは。現実逃避万歳。

「だーかーら、芸よ芸。横島は芸人でしょう」

はは、イリヤちゃん。確かに凛ちゃんが横島は芸人みたいとさっき言ってたけど、まさか本気にしてませんよね。俺は芸人じゃないんだよ。

それと、君みたいな女の子がゲイ、ゲイ、言ったら駄目じゃないか。ほら、君の後ろにいる巨人のおじさんが、危なげな格好をして、ヘイ、ヘイ、ヘ〜イって股間に手を当てて誘ってるじゃないか。現実逃避失敗。


「ぐっ」

横島は、何を視たのか突然に吐血した。

膝を突き、ぽたぽたと口に添えた手からは綺麗な赤が零れ落ちる。かぁ、は、と口に含んだ血液のせいで不自然な呼吸音が聞こえ、傍目には重病人しか見えない。というより、完璧に瀕死である。

それでも、何とか横島は空いた方の手を頭の前に持ってくると、必死に手を左右に揺らす。消えろ、消えろ、消えろ。HG。即ちヘ○クレス・ゲイ。もう、いろんな意味で駄目駄目だった。

「ち、ぐしょう」

呟き、横島は尻を狂戦士に向けない様に、上半身だけを捻る。

振り返り涙に濡れた瞳は、敬愛するマスターをはっきりと捉えることができた。同時に横島は思考を三つに分割する。

両親である、ハイパーサラリーマンとスーパーOLの遺伝子を存分に使った、秘儀『分割思考』

その三つに割った思考、Aの思考に凛の姿。Bの思考に危なげな服。それをCの思考で合成する。すると、あら不思議。セクシーギャル(死語?)が登場するのだ。

これぞ横島の持つ、七つのセクシャル・アーツが一つ『目・コラ(アイ・コラ)』

才能の無駄使いというのは無視の方向で。というか、100目という神族とのコラボレーション技なので、横島が悪いのではない、100目という師匠が悪いのだ。


「ちょ、ちょっと、横島。大丈夫?」

突然に吐血し膝を突いたかと思えば、涙まで流し始めた横島を見て、イリヤは流石に慌てた。

殺し合い、敵であるはずの横島を心配する必要は、一欠けらも無いのだが、イリヤは横島の事をこの邂逅だけで気に入っていのだ。

おそらくは現在に生きる人物であろう横島忠夫。現在に生きるということは、ほぼ間違いなく英霊というカテゴリーに入っていないというこである。ならば彼は、人間でありならがら神秘に身を置く英霊と肩を並べているのだ。

これに驚愕しない魔術師は居ない。というより、横島忠夫を知りながら興味を抱かない魔術師をイリヤは魔術師と認めない。

横島は、世界と契約したのかも知れないし、していないのかもしれない。契約していないのならば、どうやってこの高みに登ってこれたのか。なぜ、どうして、どうやって。

戦闘の間、イリヤは横島の事を考え続けた、それは戦闘においては無駄であり余分。だが、イリヤは思考を加速させた。

横島の存在を感じてから頭の隅に引っ掛ていた小さな疑問。その、ふとすれば忘れてしまいそうな小さな疑問。それを、イリヤは無視することが出来なかったから。

己は探求に生きる魔術師。故に、彼女は思考を走らせ続けた。その先に絶対的に必要な答えがあると信じて。

横島が右腕を飛ばし、戦闘に段落が着いたその時。ほうと、イリヤが小さな溜息をついた。その瞬間、イリヤの脳裏に天啓ともいえる閃光が走る。

そして、イリヤは答えを得た。その答えに必要だった最後のピースは、“安堵”。横島を殺さなくて良かったという安堵感。その感情がイリヤに絵を完成させた。

『第三魔法』

魔術家アインツベルンが目指す至高の極み。魂の物質化。精神体でありながら単体で物質界に干渉を可能とする高存在を作り出す業。真の不老不死を実現させる大儀礼。

数々の単語、アインツベルンで学んだ数々の魔法に関する知識がイリヤの脳内で奔流をおこす。考えれば考えるほど、横島忠夫という存在が第三魔法と深く密接している気がしてならない。

思わず笑いが出そうになった。魔法に到達する過程でしかない聖杯戦争。その過程の途中、いや始まりで魔法の体現者ともいえる存在と出会ったのだから。


「バストをバストサイズを教えてくれ」

口内に溜まった血を吐き、横島は切れ切れに返した。

頭をたれ、口元から血を流す姿は命乞いをする罪人を思わせる。事実横島は必死だった。

頭を上げれば、バーサーカーの巨体がどうしても目に入る。見れば、今度こそ横島は立ち上がれないだろう。

だから、横島は大阪生まれの誇りを投げ捨てでも、聞かなければならなかった。脳内の妄想をさらに広げ、HGを駆逐するために。

頭上にある気配が揺れる。イリヤの動きを感じて横島の心臓が早鐘を打つ。
これで、もし告げられるバストサイズがロリータのものだったらどうする。思考を分割してまで妄想に力を入れている横島は、間違いなく眼前の少女と結びつけ脳内に展開するに違いない。

諸刃の剣。生か死か。横島はか細い希望に全てを賭けた。

ややあって、イリヤの口が開く。

「リズのバストサイズは92よ」

涙が出た。

横島の両目から止めどなく涙が零れ落ちる。希望は叶った。
それに、何よりもイリヤの優しさが荒み切った心に沁みた。あの時、イリヤの気配が動いた時に横島は恐怖を感じた。この情けない自分を見て、少女は何を思っているのだろうか。

憐みか、悲しみか、それとも失望か。少女は芸をしてと願った、それなのに俺は何をしている。血を吐き、膝を突いて、報酬を乞う。本当に最低だ。

けれど、少女は優しさをくれた。これが、同情だろうが何だろうが関係ない。だって、夢を見せてくれたのだから。かつて、戦乙女に邪魔された、メイドと執事のオフィスラブ。横島は種々の激情に悶えた。

「サンキュー、イリヤちゃん。俺はもう大丈夫だ。――――本当にありがとう」

すっくと立ち上がり、横島はイリヤに感謝を述べる。

目を見て、腰を折り、横島はイリヤに深く礼を言った。少女は優しさをくれ、希望まで教えてくれてたのだ、横島からすれば至極当然だった。


「ど、どういたしまして」

横島の突飛とも取れる謝辞に、イリヤは呆気にとられた。

イリヤが横島にメイドのバストサイズを教えたのは、憐憫からでも、同情心からでもなく、正当な報酬のつもりだった。

突然の吐血から始まる、瀕死の演技。普通の感覚でいえば、それは十分に芸といえるだろう。勿論、イリヤも横島のそれは芸と思っていた。

だから、バストサイズを教えたに過ぎない自分に、横島の深すぎる謝辞は逆におかしいものに思えた。けれど、横島の性格を思えば、美人、それにバストサイズという情報だけでも満足なのかもしれない。イリヤは、思考し過ぎたせいか、横島のことを結構深く判っていた。

「ほんじゃま、リズさんだけではなく、セラさんのことも知りたいから、頑張りますか」

言って、横島は数歩下がる。そこはバーサーカーの間合い外だった。

ぱん。横島はお得意のサイキック猫騙しを発動させた。それに、バーサーカーは多少反応したが、イリヤがすかさず止める。

目が眩み、数瞬の後に開けた視界にいたのは、タキシードを着た一人の奇術師だった。

赤い瞳をまん丸にしたイリヤを見て、横島はにやりと笑うと、先程のように深々と頭を下げる。次いで頭を上げ言った。

「奇術師横島の妙技、どうぞご覧くださいと」

今度こそ、イリヤは呆気にとられた。本当に何てバカなんだろう。

彼女は、横島に芸をしろと言った後、軽い後悔を感じていた。ケルベロス。さらに凛を軽く脅して聞いた、横島は人間という言葉。自分の考えがどんどん確信に変わっていくのを感じて、イリヤは妙なテンションになってしまった。

その上、会話の中でわざと出したメイドという単語。それに、自分の予測を悉く裏切ってくれた横島が、あまりにも予測どうりに引っ掛てくれたので、イリヤはさらにテンションを上げてしまった。

その結果が、あの無茶振り。イリヤは魔術師のくせにと反省していた。けれど、横島は自分の要求を果たしてくれた。自分の我儘聞いてくれた。ある意味、人間以上の存在なのに。

そもそも、イリヤは無条件に横島に報酬を与えるつもりだった。無茶振りをしたのは自分だし、イリヤは横島に対して楽しい話し相手という感情を抱いていたから。

イリヤの中で横島は殺すリストから外れていた。魔術師としての自分もそうだが、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンという一人の人間としても、横島忠夫はお気に入りの存在になったのだから。


「遠坂、大丈夫か?」

一筋涙を零れさせた凛を見て、士郎は不安げに問う。

横島の無為な進軍を見て、凛は非常に悔しそうな表情をしていた。本当は止めたい、けれど止めれない。その感情がありありと士郎とセイバーには伺えた。

もし、これが横島の策略の内だったら邪魔をすることはできない。事実、凛とセイバーは横島の策略を邪魔し、窮地に追いやってしまった。だから、止めることは出来ない。これはセイバーも同じなのだろう。彼女も何処か凛と似たような表情をしていた。


「大丈夫に見える?」

にっこりと、凛は士郎に笑顔を向けた。

その表情を見て、士郎は言葉を詰まらる。目が恐ろしいまでに据わっていたのだ。不意に士郎は蛇に睨まれた蛙という諺を思い浮かべた。

怯えた顔の士郎を見て、凛はふうと溜息を吐く。その深い吐息は士郎ですら自嘲を示していると判った。

「ごめん。衛宮君は全然悪くないのにね」

悲壮ともいえる凛の謝罪。士郎は始めてみる凛の弱さを感じて、ただ思いつくままに出来るだけの誠意を伝えた。

「遠坂、別に気にするな。俺はお前達に比べて何も出来ない。セイバーみたいに戦うことも、遠坂みたいにサーヴァントを補助することも、ましてや、横島みたいに守ることも。
だから、俺に八つ当たりする位で、遠坂が少しでも楽になるんだったら、どんどんして欲しい。俺にはそれ位しか出来ないから、――――だから、謝ることなんか無い」

余りにも勝手で自分よがりな言い分。

凛は、士郎の言葉にあんまりといえばあんまりな酷評を下し、彼に決定的な一言を告げる。

「士郎って、マゾ?」
「んなわけあるかっ!!」

凛の発言に、流石に士郎も反発した。

その言葉は、弓道部現主将たる友人にも言われたことがある馴染みの一言だった。

「えー。だって八つ当たりを、どんどんして欲しいんでしょう」
「そうは言ったけど。断じて、俺はマゾではないぞ」
「ふーん。けど、あんたはセイバーが………」

言葉を途中で止め、はっとした表情をした凛に、士郎は怪訝な顔をする。

「遠坂、セイバーがどうか」

士郎の言葉を遮り、凛は素早く士郎の背後に回ると背中に穴の開いた茶色の制服を覗き込む。

細身ながらも意外とがっしりとした背中を見て、凛は士郎と同じように怪訝な表情を作る。視線の先に、あるべきモノが無いのだ。それが成したと思わせる赤黒い染みは、微かだがはっきりと残っているのに、その原因が無い。

先の戦闘でセイバーを助けようとして横島から受けた、サイキックソーサーの傷が無くなっていた。凛は興味深げに士郎の背中を撫でる。ついでに突っついたり、軽くつねったりする。

「ちょっ、遠坂。おいやめ」

士郎の反応から、傷口に対する痛みは見受けられない。ひとしきり思案したが、凛は明確な答えが出なかったので、直接聞くことにした。

「士郎、あんた背中の傷どうしたの?」
「いや、どうしたもこうしたも、言うほど大きな傷なんて無かったろ」

ぽかんと、赤面しながらも質問の意図が判らないという士郎を見て、凛は再び思考の海に埋没した。

「ソーサーが弱かった?いや、ドーパミンの出すぎ?セイバーと」

ぶつぶつとうわ言の様に呟く凛を見て、士郎は放っとくという選択をする。
君子危うきに近寄らず、藪蛇、雉も鳴かねば打たれまい。誰に言い訳するでもなく士郎はセイバーに振り返った。

「む、どうしたセイバー」

視線の先、セイバーは睨むようにして士郎を見ていた。

「どうした、ではありません。何故シロウはあのような馬鹿な真似をしたのです。自分から死にに行くようでは、いくら私でも守れない」

「何言ってんだ、ああしなければセイバーが斬られていたじゃないか!」

「その時は私が死ぬだけです。貴方が傷つくことではない。それに、あの時ヨコシマが手を出していなければ間違いなくシロウは死んでいました。判っているのですか、貴方は死んでいたのですよ」

死。セイバーの真剣な瞳を見て、士郎は改めて恐怖を感じた。

あの時はただ必死だった。ああするしかないと思っていた。死という現実を感じ切れなかった。けれど、彼女の瞳を見ると、余りにも自分が馬鹿なことをしたかが実感できる。指先が自然と振るえ、士郎の瞳は揺らいだ。

「けど、助けられるかも知れない命を見捨てるなんて間違ってる」

だが、あくまでも士郎は毅然と言い放った。
自分の裡に潜む何かに、士郎は突き動かされた。何よりも父との約束が間違っている訳がないのだから。

「確かにシロウの言い分は正しい。けれど、私は既に死んでいる身です。死人の為に命を投げ出すのは止めてもらいたい」

「何でさ。確かにセイバーは死んでいるのかもしれない。だけど、今確かに存在しているじゃないか。だから、俺はこうして話しているセイバーを死人扱いは出来ない」

士郎の言葉にもセイバーは眉一つ動かさない。ずっと厳しい表情を貫いたままだ。

「判りました。言い方を変えます。サーヴァントとはマスターの為に戦う者。ですから、サーヴァントである私の為に命を捨てることは止めて下さい」

「何も代わってないだろう!セイバーはサーヴァントっていうけど、女の子じゃないか。だから、そん簡単に死ぬ死なないとか言うな」

ここにきて、初めてセイバーの表情に変化が現れる。先程より一段と険しい表情をしてセイバーは士郎を睨み付けた。

「それは、私を侮辱しているのですか」
「侮辱はしてない。けど、死ぬ死ぬ言うのは認められない」

ここにきて、いよいよ険悪な雰囲気が流れ始めた。

士郎はそもそも、セイバーが戦うことを認めたくない。セイバーは士郎に戦うことを認めない。その上、両者共に妥協点を見つけあうことなく感情的になっている。このままでは、話は平行線を辿るだけだろう。

思考の海から復帰し、傍観者になっていた凛は、仕方ないと間に入ることにした。

「はいはい、そこまでよ」

ぱんぱんと凛は手を叩きながら、士郎とセイバーの会話を止める。

士郎のちらっとした目線、セイバーの堂々とした目線を受けると、凛はタイミングを計って口を開いた。

「あの時、士郎が馬鹿な真似をしなければ、対魔力を持っているセイバーは死んでいたわ。その後、横島が殺され、次いで私もしくは士郎。結局のところ全滅は免れなかったでしょうね」

そうでしょ、と凛はセイバーに視線で告げた。

痛い所を突かれたとセイバーは渋い表情をする。凛の言う通り、セイバーは高い対魔力で横島のソーサーをキャンセルしていただろう。そうなっていれば、セイバーは死に後は凛の言った通りだ。士郎のとった行動は、行き当たりばったり的なものだったが結果としみれば、最善だったといえる。

もっとも、あの時士郎が駆け出していなければ、横島は塀の瓦礫を投げるか、文珠か何かを使っていただろうが、そこはそれ、セイバーが気付いてなければ問題は無い。凛は悪どい笑み隠しながらさらに言葉を続ける。

「ま、ともかく。士郎だってちゃんと守ってるじゃない。セイバーを、そして私を。だから少し位は誇ってもいいと思うわよ」

ニコリと凛は笑いながら締め括った。

セイバーは凛の言葉に何か言いたげだったが、事実といえば事実なので不精不精と引き下がる。あからさまに不満顔だったが。

そんな、物言いたげなセイバーとは対照的に、士郎は凛の誉め言葉にひどく照れた様を見せた。

「う、そのありがとう」
「いえいえ、こちらこそありがとうございました。衛宮君」

顔を赤らめ、恥ずかしげに頬を掻く士郎に対し、凛はからかうように謝辞を贈る。

口調こそ軽いが、凛は本当に士郎に感謝していた。自分の盾になってくれた事はもとより、さっきの言葉。

横島のおちょくるような気遣いとは間逆な朴訥な気遣い。それが、ひどく自分の心に響いた。凛は横島の気遣いよりも、朴訥な無愛想ともいえる士郎の気遣いの方が好ましい、いや性に合っているようだ。

「そ、それより、遠坂。手繋がないか」
「へ?いや、いきなりどうしたの士朗」

士郎の唐突ともいえる提案を受け、今度は凛がぽかんとした。

提案の意図が判らないと、凛は視線で告げる。その、純粋に意図を計りかねているという視線は士郎を慌てさせた。

これが、あんた馬鹿。それに類似する視線ではなかったことが、士郎にとって幸いだっただろう。彼女のサーヴァントはその視線に慣れているだろうが、士郎はそこまで強くは無いのだから。

ともかく、士郎はわたわたと大慌てで弁明を開始した。

「い、いやだから。その寒いだろ。だから、その、手だけでも繋げば少しは暖まるというか、そのやましい気持ちはないぞ」

明らかにしどろもどろ。

顔を紅潮させ、視線を泳がせる士郎の姿は、初心だなあと凛の気分を良くさせる。端的に言えば、私、彼をからかっていいですか、である。

おそらく、さっき士郎の背中を触診した時に、彼は凛の指の冷たさに気づいたのだろう。

だから、少しでも暖めればと、自分は何も出来ないから、こんな事しか出来ないから、その行為は先程言った言葉どうりだった。

それが、短い間で判ったからか、普通だったら断るはずの善意に、凛が甘えてしまったのは。


「手、繋ぐんでしょ?」

凛は艶やかに笑いながら言った。

その笑みと、流された視線に士郎はますます顔を赤らめてしまう。自分で言った事ではあるが、いざ繋ごうとすると、どうしても戸惑ってしまう。

それが、前々から憧れにも似た感情を持っていた、凛相手なら尚さらにだ。最早、耳どころか、首までも真っ赤にして士郎は、ゆっくりとおそるおそる、凛の差し出された手を握り締めた。

「う、あ……」

凛の両手を握り、先ず初めに感じたことは、小さいだった。

次いで、冷たいと思ったが、掌から伝わってくる確かな体温。そして感触。
その事が、今自分は凛の手を握っているという事実が、はっきりと士郎の脳内に染み渡っていく。ばくばくと心臓が煩いほどに高鳴っているのが判る。それも、どうしようもない程に。

それが自分で判ると、士郎は思わず顔を伏せた。これで凛の顔を直視してしまったら、それこそどうにかなってしまいそうだった。

「………………」

戸惑いは凛も一緒だった。

手を差し出したところまではよかった。そこまでは余裕綽々、むしろからかいの笑みを抑えることのほうがが大変だった。

だが、首から上を真っ赤にし、ゆっくりと遅いともいえるスピードで、自分と同じように差し出される両手を見たところからおかしくなった。士郎の手が近づくにつれ、凛の顔に朱がさし始め、遂には士郎と同じように完璧に赤面してしまった。

その原因は凛も士郎と同じように初心だから。彼女は魔術師として生きてきた。だから、人と接するのはいつも最低限にしてきたし、恋人を作ることなどそれこそありえなかった。ようは、凛も士郎と同じように異性と触れ合うことは皆無に等しかった。

しかし、これが何とも思っていない男だったら、軽くあしらえただろうが、幸いというべきか残念というべきか、士郎は彼女の心をほんの少しでも揺らせる程度には、凛の心に影響を与えられる人物であった。

「え、衛宮君の手意外と大きいのね」
「そ、そうか」

今の言葉は、凛の率直で素直な感想だった。

彼女が士郎の手に触れた時にまず思ったのが、大きいだった。
そして、士郎の手から伝わってくる感触。妙にごつごつしていて改めて男の手なんだと思い返し、それが彼女の羞恥をより一層深めることになったのは皮肉としかいい様がないだろう。

「………………」
「………………」

三度目の沈黙。

双方ともに赤面し、そんな二人を傍で見ているセイバーは、実におもばゆい事になっていた。

例えて言うなら、告白が成功し、晴れて恋人同士となった二人の空間に、突然放うりこまれた感じである。

はっきりいって、気まずい事この上なくかなりの疎外感が突きつけられた気さえする。

ふうと、セイバーは凛と士郎二人に聞こえない様に、静かに溜息をついた。

己のマスターと、後日同盟を組む予定であるマスターの仲が良くなる事は、実に好ましい事だ。戦略的にも、気分的にも。ぎすぎすした関係は、周りにも悪影響を及ぼすし、何かの拍子で同盟自体が無くなる可能性だってある。

ヘラクレスと言うとんでもない化け物が出て来たこともあり、セイバーは是が非でも横島達と同盟を結ばなければと思っている以上、士郎と凛の仲が深まる事は願ったり叶ったりである。

だがしかし、いきなり二人だけの空間を作られたのではたまったものではない。

だから、セイバーが嫌味っぽく皮肉を言うのも、無理もないことであった。

「昨日の敵は今日の友と言いますが、凛とシロウの場合は、今日の敵は今日の恋人ですね」

「「なっ!!」」

「おお、流石は恋人同士。息ぴったりですね」

士郎と凛、二人の寸毫も違わぬ返しを受け、セイバーは純粋に驚きを示した。

茶化したつもりで言った皮肉だが、実は案外的外れでは無かったらしいと、セイバーは一人ふむふむと納得の様相を浮かべる。

その感慨深げなセイバーを見て、凛は慌てて口を開こうとするが、とりあえず先に士郎の口を封ずるのが先だと、一先ず睨んでおく。ついでに、未だ握る手は潰れてしまえコンチクショーとばかりに握力を限界まで高めておいた。ぐうと、か細い声が聞こえた気がするが当然無視。獅子身中の虫程怖いものはないのである。

さあ、準備は整った。今こそ、反撃の狼煙を上げる時。

「あのねセイバー。私と衛宮君は恋人みたいな間柄ではないわ。ましてや、今は聖杯戦争中で敵同士、間違ってもそういう関係にはならないわ」

赤面した顔を平常に戻し、凛は毅然とした態度でセイバーを睨みつける。

今言った通り、自分と士郎は敵同士、確かに彼の行動にトラウマを持っており、気に掛かる男子ではあるが、恋愛感情はゼロだ。だから、遠坂凛と衛宮士郎は恋人なんかではない。

理論武装は多分完璧。表情には動揺の欠片すら残ってはいない。勝った。間違いなく勝利した。何と戦い、何を持って勝利とするのかは、甚だ不明だが、とにかく凛は勝利を確信した。

「だったら、何時まで手を握っているのですか?」

そう、セイバーの会心の一言さえ無ければ。

右手からは熱い感触。力を込めすぎた指先は白くなっており、みきみきと嫌な音さえ聞こえる。今の状況、主観的には潰すだが、客観的には握るに見えるだろう。士郎も男の意地か、手に掛かる負荷を顔には出していないし。

「ぐぁっ」

だが、遂に士郎は凛の握力に屈した。

目尻に水滴を浮かべながら、士郎はセイバーに向かって大きく首を振る。これ以上遠坂を刺激しないでくれ。

眼前にはトマトの如く顔を真っ赤にした、貴重な遠坂凛がいるが、士郎は気にしている余裕が無い。

右手から聞こえる、みきみきという音が、ぎちぎちに変化している。どうやら、凛はとっさに体にかかっているリミッターを外したようだ。

士郎はというと、体に強化が出来ればと今更ながら自分の未熟さを痛感していた。それこそ文字どうり。

「セ、イバー」

半泣きになりながら、士郎は己を守ると言ってくれた騎士を呼ぶ。

きっと、彼女ならこの状況を打破してくれるはず。士郎は信じた。先の横島の様に士郎は少女に希望を掛けた。だが、その希望はあっさりと、呆気無いほど無残に打ち砕かれた。

セイバーは笑っていた。

半泣きになっている士郎を見て、セイバーは口元を僅かに綻ばせていた。くすりと邪に口元を曲げ、セイバーは目線でいい気味ですと士郎に告げていた。

セイバーも戦闘が終わってから色々と思うことがあったらしい。マスターの無鉄砲さとか、当てつけられたとか、出番までないとか、その他もろもろ。

士郎は先の発言どうり、八つ当たりをどんどんされていた。士郎は半泣きから本泣きに移行すると、静かに目を閉じた。脳裏に浮かぶはたったの四文字。

因果応報。


「で、なにしてんすか凛さん」

ぎちぎちから、ぼきぃに音が更なる進化を告げる直前、漸くそれを止める者が現れた。いわずもがな、横島忠夫である。

その出で立ちはタキシードのままであり、彼の頭上にはシルクハットの代わりに、イリヤの被っていた青い帽子が乗っていた。

凛は横島の言葉を受け、やっと士郎の手を放すと、勢いそのままに横島に質問をぶつけまくる。

「イリヤは」
「帰りました」

「情報は」
「そこそこ」

「これから」
「帰りましょう」

ツーといえばカー。矢継ぎ早に繰り出される質問を、横島は悉く叩き落す。この辺は、伊達に世界最高のGSの丁稚をしていたわけではない。

言い終わり、凛はさらに質問は許さないとオーラで威嚇する。猫が毛を逆立てる絵を凛の背後に見て、横島は似合いすぎと変な所で関心してしまった。

ともかく、横島はタキシードの上着を士郎に投げると、こちらも矢継ぎ早に言葉を投げる。

「衛宮、お前はそれ着て凛さんをおぶって家まで来い。俺は先に戻って風呂やら何やら用意しとく。セイバーもそれでいいな」

戸惑う士郎を尻目に、横島はセイバーにだけ了解を求める。こくりとセイバーが頷いたのを見て、横島も同様に頷くと、凛に近づき彼女のコートに文珠を三個入れた。

「先に戻ってます」

言うや否や、横島はすぐに駆け出した。本当に惚れ惚れするくらいに見事な撤退だった。

凛がポケットの中身に気付く僅かな間に、横島は既に視認外になっていたのだから。

言葉だけを残して、横島は一陣の風となった。

実を言うと、横島はすぐにでも離れたかったのだ。敬愛なるマスターから。いかに横島といえど、これ以上のダメージは流石に拙い。

だからこそ、凛と手を繋いでいる士郎を見て嫉妬こそしても、行動は起こさなかったし、何も突っ込まなかったのだ。それに、無断で凛を目・コラしてしまったことが、申し訳無かったこともある。

横島にとって、士郎達の騒動はある意味好都合だった。


ほう、とセイバーは感嘆の溜息をもらしていた。

横島の鮮やかな誘導の手並みにセイバーはほとほと感心していた。本来なら、横島が凛を背負い、セイバーが士郎を背負って移動したほうが良かったに違いない。サーヴァント二人の行動は制限されるが、戦力それにスピードという点からも、どっちが優れているかは言うまでもないのだから。

凛が平常なら、横島の提案に疑問を投げていたに違いない。だが、横島は有無を言わさずに了解を取り付けた。まさに先手必勝と言ったところか。

横島はおそらく、この空いた時間に同盟を組むプランを練り上げるに違いない。セイバーは一人頷き、ならば私も少しは手伝わなければと思考を開始した。

次いで、セイバーはマスターの無鉄砲さを思い返し、先手必勝、見習わなければと、もう一度深く頷いた。

「まあ、今一番の問題は、二人をどうするかですね」

若干逃避気味にセイバーが目線を横にむけると、赤面し硬直した二人の姿があった。


あとがき
間違いなく忘れられてるだろう、この作品。
この前は夏で、今回は春。本当に笑えません。
愚痴というか自嘲はここまでにして、作品の説明を一言。
「やっとバーサーカー戦終わった」
本来なら、ぱひゅーんと翌日に飛ぶべきですが、今回の話だけは抜かす訳にはいかなかった。戦闘シーンよりもある意味重要。以上です。

本当にすみません、そして、ここまで読んで頂き有難うございました。


それでは、九十九でした。


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