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注意 この話にはTS要素があります。
そういうのが嫌な人は見ないほうがいいですよ。
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衛宮士郎は魔術使いである。
彼は幼いころ、町ひとつを覆い尽くす火災に遭い、両親友人全てを失う。
火災現場で、自分を助けてくれた男がいた。名を、衛宮切嗣。
全てを無くした○○士郎に抱えきれないほどの思い出をくれた男。
そして、○○士郎にとっての夢であり、目標。
切嗣のようになりたい。その一心で士郎は切嗣に魔術を教わることにする。
それが、魔術使い"衛宮"士郎の誕生だった。
引き取られてから程なくして切嗣は死に、衛宮士郎は彼から授かった夢を胸に日々、魔術鍛錬を重ね続けてきた。
だが――衛宮士郎には決定的に魔術の才能がなかった。
命がけの鍛錬を一日足りと休まず続けるが、それでも上達の見込みが無い事に、焦燥が士郎の心にのしかかる。
季節は巡り、時は矢のごとく駆けてゆく。男が死んでから数年後、幼かった士郎も今年の春で高校二年生になる。
相変わらず夜の鍛錬は命がけで、上達がまったく感じられない。
だからこそ、彼は一日たりとも休まずに、日々を自らの研鑽に当てていた。
それは、いつも通り土蔵で魔術鍛錬を行っていた時の事だった。
月光が天窓から差し込んでまっすぐな光の帯を作る。
それがまるで剣の様で、今日は訳も無くいつもより良い成果を出せる様な気がした。
内心ワクワクしながら、士郎は魔術鍛錬を開始する。
こんなに気分が高揚するのは稀である。彼にとって魔術鍛錬は日課であり習慣であり、どうしようもないほど日常なのだ。
そこに気分の上下なんてありはしない。やるべき事である。それだけのことだ。
にもかかわらず、今日は妙に高揚している。まるで、初めて切嗣の手ほどきで魔術回路を起動したときのように。
後になって考える。多分、これは虫の知らせだったのだ……と――。
――時計は、夜の二時を指していた。
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世界が変われば人も変わる。
根元は同じ、しかしまったく別の発展を遂げた世界がある。
衛宮士郎が生きる世界では魔術や神秘は秘匿されるべきものだ。
しかし、遠い遠い並行世界の中には神秘も魔術も隠されず、むしろ金儲けの道具である世界があった。
そういった神秘や魔術……俗にオカルトと呼ばれるものに関わりながら、高額な報酬と引き換えに様々な霊的トラブルを解決する者達を、この世界の人間はGS(ゴーストスイーパー)と呼んでいる。
太陽が沈み、夜が更け、魔が跋扈する闇の時間。
天を突くような高いビルが所狭しと立ち並ぶ東京のとある一角。
隣あうビルは綺麗なのに、そのビルだけ天辺からむき出しの鉄筋が突き出て不細工な姿を晒していた。
窓は全て割られていて、ビルの内側はホコリが充満している。
そんな朽ちて捨てられたビルの中に、ろうそくの火に揺られて歪な陰を作り出す部屋があった。
部屋の床には血のように赤い線で描かれた複雑な幾何学模様が存在している。
床いっぱいに描かれた幾何学模様は何も知らないものが見れば単なる悪戯。だが、知るものが見れば驚きと恐怖で竦んでしまう代物である。
その幾何学模様は、正しく、魔法陣であった。
魔法陣のかたわらでガスの塊のような存在がうごめいている。
「くけー」「くきょー」と奇声を上げながら不思議な踊りを踊るそれは、この世界で最も多い霊的トラブルの一つ、悪霊であった。
悪霊とは死後、強い未練が残った存在が自分の死を受け入れなかったときに現れる存在だ。その姿はガスか霧が寄り集まって出来ているように見える。
こういった霊障の場合、普通の霊能力者ならばお経の一つでも唱えるか、真摯に悩みを聞いて未練を晴らして成仏させる。
そう、普通の霊能力者なら。
その女は、そんな面倒くさいこと大嫌いだった。
「くけけけけけけけきょ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
怪しげな魔法陣に捧げる踊りもクライマックスに入ったのか、ひと際甲高く叫ぶ悪霊。
気が高揚していた。なにせ死んでからもやり遂げようとしていた魔術なのだ。
部屋の入り口から手榴弾が放り込まれたのに気づかなかったのも仕方ないことだろう。
バスの効いた重音が辺りに響き、ビル全体が軽く揺れた。
モクモクとわく粉塵の中で、さっきまで声高くさけんでいた悪霊は一転して水をうったように静かになっている。
霊体は物理攻撃が効かないはずなのに、なぜか黒くすすけた悪霊は、呆然と目の前にある魔法陣を見ていた。
部屋中にヒビや傷がついた。それは魔法陣が描かれた床も例外でなく、幾何学模様は所々が欠けしまった。
悪霊が呆然としたのは一秒にも満たない。
その隙に。手榴弾を放り込んだ者は次の行動に出ていた。
部屋に舞う粉塵を割り。襲撃者は光り輝く警棒で悪霊に切りかかる。
――神通棍――
それが襲撃者の使う武器、霊体を直接攻撃するオカルトアイテムである。
悪霊は神通棍の一撃を受けて壁際まで吹き飛んだ。ダメージはあった。この世から消え去るほどではなかったが。
一撃で倒せないことに心の中で舌を打つ。
「元GS、黒魔 術子(くろま すべこ)。
さすが元は魔術の第一人者……ってわけね」
部屋の粉塵がひいて、割れた窓から差し込む柔らかな月明かりが部屋の中を照らす。それは同時に、暗闇から襲撃者の姿を映し出した。
腰まで届く赤い髪と、女神を思わせる美貌。
強者のみが持つ、絶対的な自信を表すかのように輝く瞳。
まとう霊力は龍を思わせるほど力強い。
「あんたが、なぜこんな廃墟で"儀式"をやるのか? そんな事情はどうでもいいわ。
ただ毎晩毎晩奇声をあげるせいで付近の住民が迷惑しているの」
実際は悪霊の奇声よりも先ほどの手榴弾の方が数倍迷惑なのだが、そんな些細なことを突っ込むものはこの場にいなかった。
加えて、この襲撃者自身、周りのことなど知ったこっちゃ無いのが本音なのだが……これもまた、些細なことだった。
「だからこのGS、美神令子が極楽にっ!
逝かせてあげるわっ!!」
先ほどの一撃とは比べ物にならないほどの霊力が神通棍に走り始める。
同時に、霊力によって自身の強化を行う。
思考速度が。身体能力が。反射神経が。並の人間では届かない領域に高まる。
同時に六感全てを開放。
美神の体は、完全な戦闘状態に移行した。
だが、悪霊はそんな霊力も生命力も見ていない。
ソレは美神令子の顔を凝視していた。
灼熱の情熱を思わせる赤い髪を優雅になびかせて佇むその姿は、たとえ同姓が見てもほほを染めるほどに――そう、格好よかった。
それが、その姿が、悪霊の、触れてはならない傷に触れた。
「いいいいいいいおんんなぁぁぁぁぁぁぁしねぇぇぇぇ!!!!」
つい先ほどまで微動だにしなかった悪霊がはじかれるように襲い掛かってきた。暗い穴がうがたれたような目から止め処なく血涙を垂れ流しながら。
それは生前の心の傷をえぐられたから。
生前の黒魔 術子は――醜女だった。
自由に体を変化させる悪霊は、指先を鋭い爪に変えて乱暴に振り回した。
まともに食らえば大男も簡単に吹き飛ばす攻撃を、美神は神通棍で捌く。
力に逆らわず。その方向をそらす。赤い髪が、美神の動きにあわせて渦を巻く。
冷静に冷静に。一撃一撃を処理して。隙あらば切りかかる。
一瞬の攻防に数十の攻撃。一秒以下に込められた無数の選択肢から勝利への道を迷うことなく掴み取る。
常人にはついてこれない命がけの戦い。美神は終始。不敵の笑顔を崩さなかった。
霊力を込めた蹴りがまともに当たって、悪霊は魔法陣のそばまで吹き飛んだ。
そんな光景を入り口のそばから冷や汗を流しつつ、どこか感激したような顔で見ている少年がいる。
赤いバンダナを巻いて、GジャンGパンといったお洒落よりも丈夫さ重視の服装。
そして背中には、身長の二倍はある巨大なリュックを背負っている。
少年は普通の一般人だが、今はバイトで美神の助手を務めている。
彼は戦う美神の姿をこれでもかと凝視している。
なぜなら、今日の美神はミニのレディーススカートだったから。
「くぅ、見えねぇ。これが絶対領域かっ!」
むっはー、と鼻の穴をこれでもかと大きく開いて「見えそうで見えない、これが日本のワビ、サビや!」と息荒く美神を凝視する少年。
そんな姿を視界の端に捉えた美神の背筋に絶対零度の嫌悪感が走り、思わず持っていた神通棍を投げつけた。
水の詰まったゴムマリを思いっきり踏み潰したような音が辺りに響き、少年の顔に神通棍が突き刺さった。
クテンとひざから崩れ落ちて、彼は物言わぬ屍となった。
「あ、ごめん」
やってしまったと美神は思った。
なんだかんだでこの新人は時給250円というあり得ない低賃金で意外とよく働く労働力だった。
たまに度を越すセクハラをかますこともあるが、それも美神自身の魅力に参っているせいだと思うと少なからず気分が良かった。人間、褒められれば相手が誰であれ嬉しいものだ。
美神はセクハラのたびに拳で制裁を加えていたが、今回は霊力をタップリ込めた神通棍。
さすがにオカルトアイテムで制裁を加えるのはやりすぎたと、柄にもない謝罪を少年にかける。
一歩間違えば重傷を負っているかもしれない一撃だ。
辞表を叩きつけられても文句は言えない。美神の場合、文句の代わりに拳を出すかもしれないが。
謝罪がごめんの一言なのもどうかと思うなかれ。美神は人界トップクラスの霊能力を持つひねくれ者である。
彼女にしてみれば、そもそもごめんと言うことこそが精一杯の譲歩なのだ。
だが少年にしてみれば、そんな美神の内心など知ったこっちゃない。
顔面に突き刺さった神通棍を自分の手で抜き取ると、先ほどの悪霊もかくやという勢いで立ち上がり、美神に迫る。
「アホかーー! こんな物騒な物突き刺してごめんの一言ですませてたまるかっ! これはきっちり慰謝料をいただきます本日この場で体を使ってそうしましょうすぐしましょう女が男に払う慰謝料はこれしかないっすよええこの思いは間違いじゃないっ!!!」
「死ねっ!」
せっかくの謝罪を軽く流されて、内心ばつが悪かった美神は少年にいつも通りの制裁を加えた。
少年――横島忠夫がそんな態度をとったおかげで自分の思考が普段の状態に戻っている事を、この時の美神は気づいていなかった。
……さて、こうやって美神一行がいつも通りの漫才をやっている傍らで、あの悪霊はひっそりと魔法陣に最後の祈りを捧げていた。
所々が欠けた魔法陣では本来の効果が出るのか判らない。
だが悪霊となり人格が崩壊した黒魔術子は、魔法陣に不備があることなど三歩あるいたら忘れてしまった。
生前の記憶どおりに踊りを捧げ、魔法陣を無理やり起動する。数分前のことは忘れるのに生前のことは覚えている辺りに、黒魔術子の執念深さがにじみ出ている。
赤色の光が線から放たれ、膨大な霊力を取り込んだ力の渦を魔法陣は纏いだした。
神通棍で力の限り少年を折檻するのに夢中になっていた美神は突如湧き上がった力を感じて、悪霊のことをすっかり蚊帳の外にしていた事に気づいた。
赤色の霊力が竜巻のように魔法陣を中心に渦巻いている。目も眩むような赤色発光で部屋の壁が真っ赤に見える。
そこには、事前に調べたとおりの現象が発生していた。
「異界からの生物召還陣……そんなボロボロの状態から起動するなんて」
驚愕で顔がゆがむ。最初に手榴弾を放り込んだのは、この魔法陣を滅茶苦茶にして儀式を防ぐためだっのに、まさかそのまま続行するとは思わなかった。
あまりに強い光で美神と横島は視界を奪われる。
「つーか、俺をしばく前にあいつを祓ってりゃ全部終わってたのでは?」
「…………」
メキャ。
丁稚の余計な一言を封じる。神通棍が、まるで墓標のように少年の尻に刺さった。
魔法陣を基点とした霊力の暴走は、廃墟を中心に半径五百メートルまで渦巻きながら広がり、大気中の大源(マナ)を貪るように食い荒らす。
光はやがて極光に至り、そして魔法陣の中心へと収束していく。
黒魔 術子の霊体もその光にかき消されるように砕け散り、渦に飲み込まれた。
――時計は、夜の二時を指していた。
極光が消えて、美神はおもむろにまぶたを開く。
眼前。魔法陣の中心には。赤くて長い髪をもった全裸の少女が一人、小柄な体をペタリと床に落としていた。
少女の顔は驚きに満ちていて、注意深くあたりを見回している。身じろぎするたびに、肩からサラサラの髪が零れ落ちる。
少女はしばらく自分の周囲を小動物のようにキョロキョロ見回した後、目線を下げて自分の体を見た。
顔が一瞬真っ赤になり、そのあと真っ青になり、やがて真っ白になって、再び真っ赤になる。
……そして、呆然とつぶやいた。
「――なんでさ?」
あとがき
どうも初めまして。スカルと申します。
GSとFateのクロスはたまに見かけますが、大概がGS→Fateだったので一人ぐらいFate→GSがいてもいいんじゃないかと思って書き始めました。(自分が見つけれなかっただけで誰かがもう書いている可能性はありますが)
今までは友人相手にしか小説……っていうか文章は見せたことがないのですが、見せるたびに「お前の書く話って淡々としすぎてつまんね」ってよく言われます。
言葉のボキャブラリが少ないせいだと自己分析しているのですが……嗚呼、物を書くのって難しい。
こういう不特定多数の方々に見ていただくのは初めてなので、どんな感想がつくか楽しみです。
……いや、感想が一つもつかない可能性もあるんですけどね。
この話は舞台がGS世界ですが主人公はTS士郎ですから、GS小ネタかよろず小ネタか迷いました。
注意事項に"主人公が他作品の場合よろず小ネタ"というような事が書かれていたのでよろず小ネタに投稿させていただきましたが……大丈夫でしょうか?
駄文だし、この先の展開を何も考えずの見切り発車ですが、どうか生暖かい目で見てやってください。
あと時間軸について。
GSサイドはオキヌちゃんと出会う前で、Fateサイドは聖杯戦争が始まる前です。
つまり横島も士郎もへっぽこです。
この二人が互いに影響を与え合いながら成長していく話が書けたらいいなーと思っております。
TSしたのは単にそれが好きだ――ゲフンゲフン!!
やっぱり美神除霊事務所に横島以外の男はいらんでしょ?
オキヌちゃんが桜みたいな位置に来て横島以外と仲良くするのはそれはそれで面白くなかったので。
では、長くなりましたがあとがきはこれで。
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