マフィアのボス。
裏社会に君臨する闇の支配者。
何人もの信頼できる部下を片手で動かし、ファミリーの為なら自らの命を張る事も厭わない。
彼の周りには信望と尊敬の念が取り巻き、スラムの少年はヒーローと崇め立てる。
「そう、それがマフィアのボスだ」
「はぐ!」
深夜の公園に少年の悲鳴が響く。
「おいおい、駄目じゃないか、ツッ君。この程度で根をあげちゃ」
茶色い髪を逆立たせた少年は、シーソーの端に鎖で縛られている。その反対側には、黒髪に薄紫の瞳をした男性が乗っている。
そして何度も何度もシーソーを漕いでいるので、少年ははみ出している後頭部を何回も地面に打ち付けていた。
「どうした、ツナ!? その程度で立派なマフィアのボスになれると思うのか!?」
「思ってないよ!!!」
少年の名は沢田 綱吉。そして男性の名はロムルス。現在、マフィアの訓練中である。
「う〜・・・いてて」
「やれやれ。情けない・・・たかが頭ぶつけたぐらいで根を上げるな!」
「無茶言うな!」
ベンチに腰掛け、綱吉ことツナは、ロムルスに文句をぶつける。ロムルスは、猛獣みたいに自分を睨んでくるツナを見て笑うと、その頭にポンと手を載せた。
「先生?」
「ツナ、しばらくお別れだ」
「は?」
「だから、お別れ♪」
「何で?」
サラッといきなりお別れなどと言われてツナは唖然となる。
「お前を鍛えんのは今日で終わり。引き継ぎは私の友人がやってくれる事になっている」
「ちょ・・・先生、何言ってんの?」
「だ〜か〜ら〜・・・・・・・・ちゃお!」
ロムルスは軽く手を挙げて走り去って行った。残されたツナは訳が分からず、ポツンと一人取り残されてしまった。
「ツナ、パスいったぞ」
「ぶっ!」
翌日、学校の体育の授業でバスケをしていたツナは、ボーっとしていた所にパスが来て、思いっきり顔面に当たった。
「あいたた・・・」
「またかよー!」
「頼むぜ、ツナ!」
「あ、うん・・・」
苦笑いを浮かべ、ツナはボールを拾ってくる。そしてタメ息をついた。幼い頃から、ロムルスによって鍛えられた彼に体育のバスケなど子供の遊戯と何ら変わらない。だがツナは、『教え』によって自分の力を誇示するような事はしなかった。
『マフィアのボスってのは、いつ命を狙われてもおかしくない。普段は一般人と同様に自分の実力を隠しておくのが常識だ。後、そっちの方が格好良くね?』
一瞬、ボールを持つ手に力が込められる。
ある日、いきなりやって来て幼いツナに対し、『お前を強くしてやる』などと言って、毎日毎日、理不尽とも言えるような訓練を人知れずやらされて来た。
何処からか連れて来た腹を空かした野良犬数匹の前に、肉を体中に縛り付けて放り出したり、トラックのタイヤ数個をロープで結んでウサギ跳びをしたり、果ては『マフィアのボス養成ギブス』なんてものを夜なべして作って来たりと滅茶苦茶だった。
拷問だった。
幼いツナは何度も逃げ出したくなった。初めて訓練から逃げた時、ツナは気付かれないように公園に行ってみた。怒って帰ったのかと思ったが、ロムルスはずっと立ってツナを待っていた。そして、ツナが恐る恐る声をかけると怒るどころか笑顔で『良く来たな』と頭を撫でてくれた。
その姿に彼は、蒸発した父親の面影を見た。以後、ロムルスを『先生』と呼び、滅茶苦茶な訓練にも真面目に取り組んだ。
ある程度の耐久力がつくと、今度は格闘技も教えてくれた。喧嘩ではない、本物の格闘技だ。
が、その訓練で得た力は学校などでは発揮していない。あくまでも彼は『ダメツナ』だった。
「お前の所為で負けたんだからなーー!」
「ご、ごめん・・・」
落ちこぼれのツナの所為で負けた、と他の男子から批判される。すると、その中の一人がモップを出して来た。
「とゆーことでお掃除頼める? 俺達、貴重な放課後は遊びたいから」
「はいはい。わかったよ」
物分りの良いツナはモップを受け取る。男子達は嬉々として帰って行った。
「んじゃ、頼んだぜー!」
「ファイトだ、ダメツナ!」
「テストは?」
「入学以来全部赤点!」
「スポーツは?」
「ダメツナのいるチームは、いつも負け!」
(アホくさ・・・)
本人に聞こえるようにわざと歌いながら去って行く男子達。が、ツナには怒りなど感じない。
ロムルスの訓練で彼は肉体的だけでなく、精神的にも丈夫になっていた。
モップがけをしていると、ふと窓から同じクラスの女子で、学校のアイドルである笹川 京子が友人と歩いている姿を見つける。
特に好意を抱いているわけではないが、可愛いと思ってはいるので自然と目をいってしまう。
「お待たせ、京子!」
「あ、持田先輩」
「アレは・・・」
そこへ剣道部の持田が親しそうな感じで京子に話しかける。気を利かせた彼女の友人は、その場から離れる。
ツナも興味が無くなったのか、これ以上は出歯亀なのでやめ、とっとと掃除を終わらせることにした。
「綱吉ー。学校から電話があったわよー。また途中からサボったんだってねぇ。あんた将来どうするツモリなの」
家に帰って雑誌を読んでいると、彼女の母親の奈々が下から声を上げてきた。
「べつにぃー。マフィアのボスでもなろうかな」
「何、変なこと言ってんのよ?」
するとノックもなしに部屋に入って来た。
「母さん、別にいい高校や大学にいけっていってるんじゃないのよ」
「って、勝手に部屋入らないでよ・・・」
「アンタみたいに退屈そーにしてても一生、楽しくくらしても一生なのよ! ああ、生きてるって素晴らしい! と感じながら生きて欲しいのよ!」
(それならほぼ毎日思ってる・・・)
ロムルスのキツい訓練を終えたとき『ああ、生きてるんだな、俺』と思ってきたツナにとって、母親の説教など意味無かった。
ちなみに奈々もロムルスのことは知っており、毎晩、息子は彼の家へ勉強を教えに行って貰ってると思っている。
「あ、そうそう! ツーッ君、今日家庭教師の先生がくるのよ」
「何ですと?」
母親の爆弾発言にツナは思わず起き上がった。
「昨日、ロムルス君から連絡あって、彼、外国に帰ったんですって。それで彼の代わりにツナの勉強を見てくれる人を紹介してくれたのよ〜」
そういえば、とツナは昨夜、彼が引き継ぎは友人が何とか言っていたのを思い出した。
「へ〜、どんな奴?」
「あら、意外。驚くかと思ったのに」
「先生の紹介なら大丈夫だよ」
「うんうん。ツッ君、そうやって真面目に取り組んでくれたら嬉しいわ」
「ちゃおっス」
などと母子の和やかな会話をしている所へ、足元から声が上がる。2人は視線を下げると、そこには黒いスーツと帽子を被り、デカい黄色いおしゃぶりをぶら下げた赤ん坊がいた。帽子の鍔には、カメレオンが載っている。
「3時間早くきちまったが、特別に見てやるぞ」
「ボク・・・何処の子?」
「ん? 俺は家庭教師のリボーン。ロムの奴から聞いてるだろ?」
「え? 先生の? 嘘だろ」
「ほんとだぞ。ロムとは古いダチだ」
「うっそだ〜! 先生の友人がお前みたいな赤ん坊なわけ・・・!?」
アハハハ、と笑うツナだったが、ハッとなる。リボーンと名乗った赤ん坊が、素早く蹴りを放って来た。条件反射でツナは蹴りを受け止める。
「お、やるじゃねぇか。ロムの奴、しっかりと鍛えてやがんな」
「お前・・・」
今の蹴りだけでツナは、この赤ん坊がタダ者ではないと判断する。真剣な顔で、ツナは2人のやり取りに唖然としてる奈々に言った。
「母さん、ちょっと出てってくれない? コイツと話がしたいんだ」
「え? え、ええ・・・でもツナ、喧嘩しちゃ駄目よ。相手は赤ちゃんなんだから」
今のを喧嘩だと思っている辺り、天然要素を感じさせる奈々は、部屋から出て行った。ツナは、胡坐をかいてリボーンを睨み、質問した。
「お前、何者?」
「流石、ロムの愛弟子だな。冷静な判断だ。こりゃ将来有望だな」
「質問に答えろよ」
「俺はロムの後を引き継いでお前をマフィアのボスにする・・・本業は殺し屋だ」
そう言うと、リボーンはアタッシュケースを開き、ライフルを組み上げて自分の素性を話した。
「マフィア・・・」
「ロムが言ってなかったか? お前をマフィアのボスにしてやるって」
「アレ、本気だったの!?」
てっきりロムルスの誇大妄想だと思っていたツナ。
「お前、冗談だと思ってたのにロムの訓練受けてたのか?」
「う・・・」
「馬鹿だな」
「ほっとけよ!!」
「ま、アイツはアホだけど人を惹き付けっからな」
帽子を深く被って呟くリボーンの言葉に、ツナもそれには同意した。
「お前、ロムからどの辺まで聞いた」
「え? ん〜と・・・確かボンゴレファミリーってのがあって、俺がその10代目候補とか言ってたっけ。何でも初代ボスが日本に渡ってきて、俺のひいひいひい祖父ちゃんだとか・・・」
「そこまで説明されて冗談だと思うか?」
「いや〜・・・あの人、下らない事に細かい設定作るの好きな人だったから・・・」
鬼ごっこ一つでも『嫁に不倫現場を目撃されて追い掛け回されると亭主という設定』などと決めていたのを思い出しながら答えると、リボーンも納得したように頷いた。
「ま、俺はロムほど甘くないぞ。お前を立派なマフィアのボスに育てるため、ビシバシと鍛えてやる」
「ちょっと待った!!」
「ん?」
「別にマフィアのボスとかは、どうでもいいんだけど・・・」
「どうでもいい事ねぇけど・・・何だ?」
真剣なツナの顔にリボーンも真剣に耳を傾ける。途端、ツナの腹が鳴った。
「腹減ったんだけどげふっ!」
リボーンのパンチがツナの顔面に決まり、倒れる彼を踏みつける。
「何すんだよ!? 俺、自分の将来より今日の飯の方が大事な人間だよ!?」
「ロムみてぇな事すんな」
「うわ、傷ついた・・・一緒にしないでよ」
本気で嫌がるツナ。リボーンは、呆れるが急に彼の腹も鳴った。
「飯食いに行くぞ」
「ぶっ飛ばすぞ?」
「やってみろ」
余りに自分勝手なリボーンに笑顔だが、しっかりと血管を浮かべて怒っているツナが言う。対するリボーンも、ちょいちょい、と手を振って挑発する。
ツナが床に両手をついて下段蹴りを放つと、リボーンはジャンプして避ける。そして持っていたライフルの銃口をツナに向け、迷わず引鉄を引いた。
普通なら額に直撃するコースだが、ツナは超人的な反射神経で頭を横に逸らして弾を避けた。弾丸は壁にめり込んでしまった。
「お、お前、本気で撃つか!?」
「しっかり避けてるじゃねぇか」
「お前……そっちが、その気なら、こっちだって!」
ツナは何所から出したのか不明だが、指の間にナイフを挟んで構える。リボーンも今度は両手に機関銃を持って相対する。
「ちょっとツナ〜。今の音何なの〜?」
と、そこへ先程の銃声を聞いた奈々が部屋の扉を開けて顔を覗かせて来た。そして硬直する。目の前には、ナイフを持った息子と、その息子に銃を向けている家庭教師。
奈々は、ゆっくりと扉を閉めて、10秒後、もう一度開けてみる。
「ツ、ツ〜くん?」
「あ、何母さん?」
「余所見すんじゃねぇよ」
そこには、とても爽やかな笑顔で机に向かって勉強している息子と、その勉強を見ている家庭教師がいた。
「あら、変ね〜。さっき、2人が本気で殺し合ってたような・・・」
「ははは! 何言ってんだよ、母さん? 幻でも見たんじゃないの? しっかり勉強見て貰ってるよ!」
「まぁ! そうなの!? あのツナがロムルス君以外に、こんなに早く親しくなるなんて・・・リボーン君、当初のお話通り、住み込みでツナの勉強見てあげてね」
「おう、任せろ」
「住み込み!?」
「当然じゃない。リボーン君は、赤ちゃんなのよ?」
だったら、赤ん坊が家庭教師してるのは変じゃないのかというツッコミを入れたかったが、天然の奈々には通じないのを知っているので諦めた。
「でも2人とも、先にお昼ご飯食べない?」
「そうだな。良し、ツナ。親睦を深める為に、2人っきりで飯食いに行くぞ」(訳:誰もいない所で白黒ハッキリつけるぞ)
「うん分かったよ、リボーン」(訳:絶対勝って優位に立ってやる)
別に赤ん坊だろうが、ロムルスが認めた人間なら家庭教師でも構わないと思っているツナだが、赤ん坊にデカい顔させられるのは許せない。2人は表面上は仲良く部屋から出て行った。
「やっぱ決闘といえば河原か草原だよな」
「わかってんじゃねぇか」
「その年で再起不能になっても知らないからな」
「お前こそ、俺の偉大さを思い知ることになるからな。骨の2,3本は覚悟しとけ」
物騒な会話をしつつ町内を歩く2人。途中、コンビニで買ったオニギリを,リボーンはクロワッサンを食べる。
「ん?」
ふと、ツナはある光景が目に留まった。
「アレは・・・」
「何だ?」
「いや、クラスメイトの子なんだけど・・・」
道路を挟んで反対側の歩道でクラスメイトの笹川 京子が、先輩の持田に言い寄られている場面が目に留まった。
「好きなのか?」
「は? 何で?」
「・・・・・・その年で恋の一つもしてねぇなんてガキだな」
「何で赤ん坊のくせに、そんな重い言葉使うわけ!?」
「あの、私急いでるんで・・・」
「そう言うなって。丁度、映画の券あるんだし見に行こうぜ、京子」
『わ〜、ベタな風景〜』と生温かい目で2人を見るツナ。この後、きっと『おい、嫌がってんだろ、放せよ』と格好いいお兄さん的なキャラクターが助けに入るのかな、と思って見ていると、持田が京子の腕を掴もうとした。
が、京子はその手から避けようとすると、足をもつれさせ道路に倒れてしまった。
「あ・・・」
「マズい!」
手を伸ばしたまま唖然となる持田に対し、ツナは飛び出そうとしたが、頭の中で冷静に『此処からでは間に合わない』と判断してしまい、意識的に身体を止めてしまった。
「死ぬ気でやってみろ」
「え?」
その瞬間、リボーンはツナに向かって弾丸を撃つ。普段の彼なら反射的に避ける事が出来るのだが、今回は頭が別の事を考えていた為に対応できなかった。
弾丸はツナの額に当たると、その額に炎が灯る。ツナは身体が熱くなるのを感じた。
(何だ・・・・俺・・・死ぬのか? まだ何もしてないのに・・・死ぬ気になれば・・・助けることだって出来たのに・・・・)
「ぐ!」
ツナはよろめきながらも炎を灯したまま、道路に中に飛び出した。
「死ぬ気のコントロールがちゃんと出来てやがる。流石だな、ロム」
普通なら脱皮のように下着以外は破けてしまうのだが、ツナはそうならず気力をコントロールしていた。
ツナは目にも留まらぬ速さで車を掻い潜り、車に轢かれそうだった京子を抱えて歩道に飛び移った。
「フゥ・・・」
ホッと安堵の溜息を吐くと、額の炎も消えた。すると自分の腕の中で京子が呆然となっているのに気付いた。
「さ、沢田くん」
「あ・・・ごめん」
「う、ううん。ありが・・・」
パッと手を放すツナに、京子は助けてくれた礼を言おうとした。
危ない目に遭ってたら助ける、助けて貰ったら御礼をする。それは人として当たり前の事なのだが、面白くない男が一人。
「おい、お前! 何、京子に馴れ馴れしくしてるんだ!?」
「は?」
いきなり持田が怒鳴ってきたので目を点にするツナ。
「京子、知り合いか?」
「え、えと・・・同じクラスの沢田 綱吉くんです」
「ふん、同じクラスなだけか。自惚れも大概にしろ」
「いや、自惚れって・・・別に馴れ馴れしい訳じゃないし、それなら先輩の方が・・・」
「うっせぇ!」
本来なら出来もしないが、京子がツナに助けられた時、持田の中では『京子は自分が助ける筈だった』という思考が生まれてしまった。しかし、本能的に出来ないと分かっているので、それをやってのけたツナに対し、嫉妬と怒りを覚え、つい手が出てしまった。
が、咄嗟にツナは避けるとカウンターで手を出してしまう。が、その間に京子が見ている事に気がつくが、伸ばした腕は止まらない。そこでツナは足を滑らせたよう見せかけた。
「うわっと!?」
「ぶべ!」
足を滑らせたように見せかけ、持田の顔面を殴る。ツナと持田は同時に地面に倒れた。
「も、持田先輩?」
「す、すいませんでしたーーーーーーっ!!!」
ツナは深く頭を下げて謝ると、その場から全速力で逃げ出した。もう彼の頭にはリボーンとの決闘の事など綺麗サッパリ消えていた。
「死ぬ気弾?」
「そうだ」
その日の夜、ツナはリボーンから死ぬ気弾の話を聞いた。リボーンは弾丸を見せてツナに説明する。
「この弾で脳天を撃ち抜かれたら一度死んで死ぬ気になって蘇る。死ぬ気って言うのは体中の安全装置を取っ払った状態だから、ギリギリまで命を削る代わりに凄い力を発揮できるんだぞ」
「へ〜・・・」
「本来なら復活したときは生まれ変わる意味で下着一丁だけになるんだけどな・・・お前の場合、死ぬ間際を何度も経験してるから、死ぬ気のコントロールが絶妙なんだ」
「死ぬ間際を何度も・・・・はっ!?」
そこでツナは思い出す。いや、思い出したくも無い過酷な修行の日々を。
「ロムは、この時の為に何度もお前を・・・おい、何してんだ?」
「そもそもおかしいよな、落とし穴の中に本物の槍とか熱湯仕込んだり、ボクシングのグローブを棘付きの鉄製にしたり、サソリを潜ませた砂場に閉じ込めたり、鉄球を押しながら富士山登らせたり・・・」
トラウマでも発動したのか、ベッドの上で壁に向かって体育座りをしながらブツブツと何か呟いているツナ。リボーンは、無言でツナの背中に蹴りを入れた。
「ぎゃ!? な、何すんだよ!?」
「死ぬ気弾の事はどうでもいい。それより俺が気になったのは、何であの男に普通にカウンターくれてやらなかったんだ?」
リボーンの質問に、ツナはギクッと身を竦ませる。そして、彼はリボーンから目を逸らしながら答えた。
「それは・・・先生から言われてるんだ。『自分の力を誇示するな。無闇に力を使えば、周りが自分に頼り切り、ちやほやされる。それで、また自分も慢心する。己の為にも、周りの為にも良くない事だ』って・・・」
「なるほど・・・アイツらしいっちゃアイツらしい理論だな」
リボーンは帽子の鍔を押さえて納得した。
「だが、俺の教育方針はロムとは違う。ツナ、お前は自分の力を周りに見せ付けてやるべきだ」
「はぁ?」
「周りが頼りたけりゃ頼らせてやれ。それで駄目になったなら、それはソイツ自身の問題だ。そして、お前は、ちやほやされて慢心するような人間なのか?」
「う・・・それは・・・」
「今日のようにお前が、常に力を隠すような事を考えてなけりゃ、色んな機会で色んな奴を助ける事が出来るだろ?」
(それに、ボスは『強い』ってのが最低条件だからな。ツナが強いって分かれば、有望なファミリーも見つけ易い)
リボーンの深い考えなど分からず、ツナは納得しかける。
「そりゃまぁ・・・」
「と、いうわけで俺が家庭教師やる上でリミッターかけんの禁止な」
などと言いながら、いつの間にかリボーンはパジャマに着替えてツナのベッドに潜る。
「ほれ、とっとと寝るからベッドから降りろ」
「って、お前がベッド使うのかよ!?」
「今日、誰のお陰でクラスメイト助けられたのか忘れたのか?」
「・・・・・・ちきしょう」
ツナは言い返せず、床に布団を敷いて寝ることにした。
「お! ヒーロー登場ってか!?」
「はぁ?」
翌日、教室に入ると何故か皆が騒ぎながらツナを迎えた。ツナは、とりあえず近くにいたクラスメイトの山本 武に尋ねる。
「ねぇ、山本。何なのコレ?」
「お前、昨日、笹川助けたんだって? スゲーじゃん!」
(あ、もう広まってんのね・・・)
あのダメツナがな〜、とか、マグレじゃないの〜等と誉めてるのか貶してるのか微妙な声がチラホラと聞こえる。
「あ、そうそうツナ。剣道部の持田主将の顔も殴ったんだって?」
「さっき剣道部の人が来て、お前が来たら『昼休みに体育館に来い』って言ってたぞ」
「マジで・・・」
どうやら足が滑った程度では許してくれなかったらしい。ツナは明らかに面倒そうな顔をしたが、クラスメイトにはビビッてるように見えた。
ツナは昨夜、リボーンに言われた事をずっと考えていた。果たして力を見せて良いのだろうか、と。確かにリボーンの言う事もロムルスの言う事も一理ある。
が、ツナにとって最も重要なのは別だった。
(見せるのと見せないの・・・どっちが面倒だろう?)
一番大切なのは、如何にのらりくらりと平穏な学園生活を送れるかだった。別にマフィア関連に対しては抵抗は無い。何しろ、自分だけの事で気を使ったりする必要が無いからだ。
が、もし力を見せて他の生徒達から問い詰められるのは非常に面倒。かと言って、このままダメツナを演じ続けてイイのか・・・面倒くささと良心に悩むツナだった。
「ふっふっふ・・・この勝負の主役は俺だ」
昼休み、体育館では噂を聞きつけた生徒達が見物に集まっていた。その中には、今回の件に関係している京子の姿もあった。
既に防具を着てスタンバイしている持田が笑いながら呟く。
「何があっても、あのカスが勝つことは無い」
防具と竹刀は2人で持つのがやっとのウエイトを仕込み、また審判も彼の息がかかった人間で絶対にツナの赤の旗は挙げないという、卑怯な策を使う持田。
勝利を確信している彼はチラッと時計を見る。昼休みが開始して既に20分が経過している。
「遅い! 沢田はまだ・・・」
「すいませ〜ん。トイレ行ってたら遅くなりました〜」
巌流島で負けた人のような台詞を吐きかけた持田だったが、体育館の扉が開き、Tシャツとジャージを着たツナが入って来た。
「来たな、この痴漢野郎!」
「え? そんな風に思われてんの俺?」
どうやら持田の頭の中では『京子を助けたいけ好かない奴』から『京子を抱きしめた変態野郎』になってしまってるようで、ツナは驚く。
「お前のようなクズは神が見逃そうと、この持田が許さん! 成敗してやる!!!」
「ハイハイ、じゃあ始めましょう」
サラッと受け流すツナ。その余りに人をナメくさった態度に、持田の怒りのボルテージは更に上がる。
ツナは用意された竹刀を拾おうとすると、眉を寄せた。
(これは・・・・)
(ふふん、持てるもんか)
明らかに細工され、重さが通常と比べ物にならない竹刀だ。ツナは持田を見ると、嫌味そうに笑っていた。
「そうだな、貴様は剣道初心者だから、10分間で一本でも俺から取れば勝ちにしてやる。出来なければ俺の勝ちとする。賞品は勿論、笹川 京子だ!!!」
ビシッと竹刀を観客の中の京子に指して高らかと叫ぶ。
「しょ、賞品!?」
「サイテーの男ね」
賞品扱いされて、流石の京子もムッとなり、文句を言おうとしたが、周りの友人達に止められた。
ツナは両手で竹刀を持ち上げ、ギュッと握り締める。
(先生・・・ゴメンなさい。俺、マジで切れました)
キッと持田を睨みつけるツナ。
「おい、防具はいらないのか?」
「必要ありません」
「ほう?」
持田は防具も仕込があると気付き、ツナが要らないと言ったと思った。だが、防具が無ければ、それはそれでツナを袋叩きに出来ると考え、竹刀を構える。
「よ〜し・・・行くぞ!!」
持田は一直線に竹刀を構えて立っているツナに向かって突っ込んで行った。
「うおおおりゃあああああ!!!!」
立ったままのツナの脳天に向かって竹刀を振り下ろす。しかし、竹刀は床を叩いた。
「な・・・・」
唖然となる持田。先程まで、明らかにそこにいた筈のツナが消えていなくなっていた。すると首筋にピトッと何かの先端が付けられる。
「な、何!?」
驚いて振り返ると、いつの間にか持田の背後にツナがいて、竹刀の切っ先を向けていた。
「お、おい今の何だ?」
「わ、わかんねぇ?」
「ってゆーか、あれってダメツナか?」
周囲も今のやり取りでツナがおかしい事に騒ぎ出す。
「ふ、ふふん・・・マグレだな」
持田は引き攣った笑みを浮かべて立ち上がり、竹刀を構える。
「うおりゃああああああ!!!!!!」
再び咆哮と共にツナに向かって竹刀を振り上げる。が、ツナは竹刀を逆立て、柄尻で持田の竹刀を受け止めた。
「な、何ぃ!?」
驚く持田。ツナは、そのまま竹刀を回転させると、持田の胴に竹刀を振るう。が、寸前でピタッと止めた。
「な・・・」
「一本?」
ウエイトを仕込んで重くなってるということは、その分、威力が上がってるという事だ。もし、それで殴ったらいくら防具をしているとはいえ、危ない。なので寸止めしたツナは、審判に尋ねるが、突然、頭部に衝撃が走った。
「ぐ・・・!」
「ば、バカか! 今のが一本なわけあるか!!」
ツナの隙を突いて彼の頭に竹刀を振り下ろした持田が笑いながら怒鳴る。
「油断したな、バカ」
その様子を体育館の外から見ていたリボーンが、ポツリと呟く。リボーンは、ツナを咎めつつも拳銃を上げる。
「けど、あの男、今の完璧にツナを怒らしたな・・・死ぬ気弾は必要ないな」
ツナは、ゆっくりと立ち上がると、大きく深呼吸した。
「持田先輩・・・」
「ん?」
「頭・・・面、付けなくて良いんですか?」
「は! 貴様なぞに必要ない!」
「そうですか・・・」
スッと片手で竹刀を持田に向け、もう片方の手を添えるように持つツナ。そこで持田は「あれ?」と首を傾げた。
(あの竹刀ってすげー、重いんじゃ・・・)
そう思った瞬間、ツナの姿が消えた。
「んな!?」
剣道部を上回る踏み込みの速さで眼前まで迫るツナ。咄嗟に持田は竹刀を振り下ろすが、ツナが竹刀を振るうとバキッと持田の得物が叩き割れてしまった。
「う、嘘・・・?」
そして次の瞬間、大量の斬撃が持田に襲い掛かる。胴、小手、そして面に加え、両肩に両膝とツナは攻撃を加えた。
「あ、あら・・・・?」
何があったのか分からないまま、ズダボロにされてしまった持田は倒れた。
シーン、と体育館が静まり返る。ツナは、唖然となっている審判を見ると、審判も気圧されて赤い旗を上げた。
「い、一本!!!」
途端に大歓声が湧き、皆がツナに駆け寄って来る。
「す、すっげー! ツナ、すげー!」
「何があったのか良く分かんなかったけど、ツナが勝ったー!」
(グッバイ、平凡な学園生活・・・)
詰め寄られ、心の中でさめざめと泣きながら苦笑いを浮かべるツナ。
それを見ていたリボーンは、ある紙を出した。それは手紙だった。イタリア語で、書かれているその手紙を見て、リボーンは少し楽しそうな雰囲気になる。
【ひょっとしたら、お前の家庭教師はいらないかもしれないぞ〜? ロムルスより愛を込めて】
「冗談」
リボーンは、そう言うと友人からの手紙をビリッと破いた。
「まだまだアイツにはお守りが必要だぞ」
「はぁ、疲れた」
放課後になり、誰もいなくなった教室でツナは盛大な溜息をついて机に突っ伏した。あの後、色んな質問をされた。
何でそんなに強いのかと聞かれたら、小さい頃に剣道をやらされていた、と言って誤魔化した。
「けど持田先輩、大丈夫かな〜?」
流石に、ちょっとやり過ぎたと反省して、ボコボコにした先輩を心配するツナ。すると、教室の扉が開かれた。
「あれ? 笹川さん、どうしたの?」
入って来たのは京子だった。
「あ・・・沢田くん。あの・・・」
「?」
「あ、ありがとう」
「は?」
「ほら! 昨日、助けて貰って、ちゃんとお礼してなかったから・・・」
「ああ・・・別にいいのに」
「それにしても沢田くん、凄いんだね!」
「え?」
急に目を輝かせてツナに詰め寄って来る京子。眼前にまで寄られ、女の子と初めて至近距離で顔を合わせるので、ツナも少し頬を赤くする。
「今日、ほんとに凄かったよ! タダ者じゃないって感じ!」
「そ、そう?」
「うん! これからはツナ君って呼んでもいい?」
「う、うん。いいけど・・・」
「ありがとう。私も『京子』でいいよ」
「いぃ!? さ、流石に呼び捨ては・・・せめて『京子ちゃん』で・・・」
「うん、それで良いよ。じゃ、帰ろう、ツナ君」
「は、はい・・・」
何故か一般人の京子に押し切られ、ツナは初めて1人で帰らなかった。
「あんな奴に一撃喰らってマフィアのボスになれると思ってるのか、オメーは」
「そっちこそ、ずっと見てただろ! 気付いてたぞ! お前の変な視線が気になって集中出来なかったんだよ!」
その日の夜、ツナの部屋では、またも2人が喧嘩を始め、奈々が来るまで喧嘩というか、生きるか死ぬかの小さな戦争は続いた。
【あとがき】
はじめまして、初小説がリボーンのスレツナというゴルゴンゾーラです。現在、ジャンプはリボーンしか読んでないという毎週230円を無駄遣いしてるような人間です。まだ単行本も13巻までしか出ていませんが、原作に負けないぐらい、面白い小説にしたいと思います。
尚、題名のR’sとは、REBORN(リボーン)とオリキャラのROMULUS(ロムルス)2人の意味です。