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▽レス始

「その名はWz(まぶらほ+オリジナル?)」

タケ (2007-01-28 10:26)


作者注:下記の項目に納得できない方、夕菜の純愛を好む方にはお奨め出来ません。

・第零話のIFですが、和樹の設定が原作と大幅に違います。
・原作と違い、夕菜と和樹の間に『雪の日の約束』という絆はありません。
・話の都合上、夕菜は只の非常に思い込みが強い少女とし、長編の設定は無視です。
・夕菜は約束の相手が世界有数の血統の持ち主と思い込んで、会いに来ました。

それでも良いのであれば、どうか読んでやって下さい。


――― ◆ ――― ◇ ――― ◆ ――― ◇ ――― ◆ ――― ◇ ―――


探魔士という人達がいる。元々は探索系の魔法に特化した人達を指す言葉だった。
”情報を制する者は世界を制す”と誰かが言ったが、それは一つの真理である。
しかし、この世界は科学も存在する。魔法より分かれた科学は様々な発達を遂げた。
テレビや電話、コンピューター等が生み出され、一部の魔法は廃れてしまった程だ。
この世界の殆どの人達が生涯に10数回しか魔法が使えぬ以上、それは仕方の無い事だ。

高速で大量の情報が電子回線で行き交うコンピューター・ネットワークが形成され、
1台のパソコンからネットを介して世界中の情報を得る事が理論上可能となった。
当然その情報を盗もうとする人間が出てくる。それがハッカーと呼ばれる者達である。
だが大企業側は機密情報を守る為に個々が多くの魔法研究者とプログラマーを雇って、
機械語と魔法語を組み合わせた魔導システムを生み出し、強力なセキュリティを敷いた。
充分な魔力と魔法学の知識を持たぬ一般人のハッカー達は為す術も無く次々と淘汰され、
現実世界では猛威を振るう魔法使いもシステムと魔術の双方の概念を理解出来ぬ以上、
ネットワーク上に生み出された電脳世界にまで干渉する事はできなかった。

しかし、人が作り出した物に完璧は無い。また、技術を独占する事も不可能であった。
大企業に対抗する様に、魔法学とハッキング技術の両方を身につけたハッカーが現れた。
彼らは同様の技術を持って、魔導システムへの侵入を可能とする電子精霊を生み出した。
今までのハッカーとは比べ物にならない能力を持つ彼らは、探魔士と呼ばれる様になった。
これ以後、システム防衛組織と探魔士達との終わりなき戦いが始まったのだった。


ここで重要な事実を提示しよう。魔導システムも電子精霊も作成に魔法は必須では無い。
短時間で魔導システムや電子精霊を正確に作成する為に魔法を行使する者は大勢居る。
だが機械語と魔法語で精密に術式を構成し、魔力付与の道具で魔力を込める方法もあるのだ。
この方法だと10倍以上の手間が必要であり、付与出来る魔力も術者の保有魔力の半分が上限だ。
しかし、それに目を瞑れば魔法回数を消費する事無く、魔導システムや電子精霊を作れるのだ。

では、長過ぎる前置きは此処まで。前置きで飽きて帰られたら泣くに泣けない。
これより新たな物語を開幕させて頂きます。


その名はWz

1. 運命の出会い


物心付いた時から、両親が揃って相手をしてくれたものなど無かった。
父は仕事一筋のサラリーマンで、家庭に帰る事など週に一度あるかないか程度であった。
母は奔放な人で、退屈に耐えられない人だった。どうやら家事と育児は退屈だったらしい。
僕が乳離れすると家の鍵を預けて、仕事に出かける様になり、夜まで帰ってこなかった。
気づけば両親の仲は冷え切っており、偶に父と母が顔を合わせると何時も口論になった。
お互いを憎み合うかの様な2人の罵声と形相に耐え切れず、自室に身を潜めて泣いた。

幼くて無力な自分が嫌だった。御伽噺に出て来る様な魔法使いになりたかった。
でも僕の魔法回数は8回しかなく、どんなに勉強しても夢は叶わないと直ぐに知った。
そんな僕の寂しさを慰めてくれたのが、父が使わなくなって譲ってくれたパソコンだった。
本棚に埃を被っていた取扱書を読んで操作を覚えた僕は、直ぐに電脳世界の虜になった。
ネットの海を泳いでいる間は、そんな現実の寂しさを忘れられた。夢を見られた。

7歳の時、母が居なくなった。夜になっても朝が来ても帰ってこなかった。
直ぐに父の携帯電話に連絡したが、父は相手をしてくれず、一方的に切ってしまった。
後で知ったが両親の間で僕を交える事無く離婚が成立し、母は僕の養育を拒絶したそうだ。
離婚後も父の仕事への傾倒振りは変わらなかったが、今の生活を受け入れる以外に無かった。

人に何かを望むのを諦めた。自分から求めなければ失わずに済む、悲しい想いをせずに済む。
誰かと笑いながら其の笑顔が壊れる事を恐れ、誰かと遊びながら次は無いかもと怯えた。
誰かから差し伸べられた手を払いはしないが、自ら掴もうとは思わなかった。
学校でも差し障りの無いその場限りの対応に終始し、相手に心を開こうとはしなかった。
そんな考えで親しい友達が出来る筈もなく、学校が終わると逃げる様にパソコンに向かった。
其の頃の僕は壊れ掛けていた。誰かに傍に居て欲しいのに周りを拒絶していた。
そんな時、僕は出逢ったのだ。掛け替えの無い『相棒』と。


 ◆◇◆◇


8歳の夏休みだった。父も少しは負い目があったのか、僕を自分の実家へと預けた。
仕事しか頭に無い父と違い、祖父母はとても優しく、何時も僕の事を気に掛けてくれた。
両親に無視されて育った僕にとって、傍に受け入れてくれる人が居るのが凄く嬉しかった。

そんなある日、僕は探検のつもりで蔵の書庫の中へと入った。
薄暗い蔵の中には何百冊もの本が並んでいた。掃除はされているようで埃は殆ど無い。
置かれている本の表紙には難しい漢字か読めない文字ばかりで、直ぐに飽きてしまった。

「………誰?」

出ようとした時、誰かに呼ばれた様な気がした。振り返ると、一番奥の棚が目に入ってきた。
興味を覚えた僕は奥に移動する。本棚を見上げると、淡い光を放つ本が1冊あるのに気づいた。

「君が呼んだの?」

何故か、そう思った。届かない高さだったが、手を上げると独りでに僕の手元へ飛んで来た。
古ぼけているが立派な装丁がされており、見た事も無い文字が表紙に金字で書かれていた。
その文字が目に入った瞬間、僕の脳裏に一つの名前が浮かんで来た。

「『グーリアス』?」

呟いた瞬間、自分が本と繋がった様な感覚を覚えた。すると本が眩いばかりの輝きに包まれる。
僕の体内から何かが溢れ出すのが解った。そして、其の何かが本へと吸い込まれていく。
気が付くと、僕の手から本が消えていた。代わりに足元に1匹の猫が座っていた。
深い藍色の滑らかな毛並みの美しい猫だった。そのエメラルド色の瞳で僕を見つめていた。
本が猫に変わった………幾ら何でも非現実的であったが、すんなりと信じられた。
猫に倣うわけでもないが、僕も床に座る。そして、猫に話しかける。

「君は…『グーリアス』?」

「ミャー」

「そう…。僕は和樹、式森和樹って言うんだ。よろしくね。」

「ミャー」

まるで返事する様に鳴き声を上げる。そして立ち上がると、僕の方へと歩いてきた。
そのまま僕の膝に乗っかると、ぺろりと舌を出して僕の手を舐める。

「くすぐったいよ。」

指を伸ばすと、今度は頬をこすり付けてきた。
顎の下を指で撫でてやると、僕の膝の上で気持ち良さそうに目を細める。
膝と手に猫の温もりと柔らかさが感じられる。其の温かさが嬉しかった。

「グーリアス…。」

「ミャー」

「君は本なの?猫なの?」

そう言葉にした瞬間、手と膝に感じた柔らかさが消え、僕の手に先程の本が現れる。
だが先程と違い、其の本からは温もりの様なものを感じた。ページを捲ってみる。

「これは…魔導書?」

其処には上位魔法語で儀式魔法について記述されていた。何故か読み取れた。
現在伝わっている魔法は即座に効力を発揮し、使用回数に依存するが誰でも容易に使える。
儀式魔法は複雑な呪文詠唱や儀式が必要で、効力が発揮するまでに数十倍の時間が必要。
練習や鍛錬が必要で失敗する可能性が大きいが、魔法回数を使用する事は無いと。
昔の有名な魔術師は全て儀式魔法の使い手であり、彼等は独自の才能で欠点を補ったそうだ。

呪文も術式の構成も儀式の方法も全て解った。扱えるかは不明だが理解は出来た。
魔法回数が少なからずコンプレックスな僕には、とても魅力的な内容ではあった。
だが、それよりも先程の温もりと柔らかさが恋しかった。僕を望んで欲しかった。

「グーリアス!」

言葉にすると、手に温もりと柔らかさが戻ってきた。僕は猫…グーリアスをそっと抱きしめる。
グーリアスは抵抗せずに僕の腕の中で大人しくしていた。時折、胸に顔をこすり付けている。
抱いた手を緩めて、膝に乗せる。今度は僕の肩によじ登り、ぺろりと頬を舐めてきた。
手を床に置くと、グーリアスは腕を伝って床に降り、僕の方を向いて座り込む。

大丈夫だと思っていた。もう慣れたから。傍に誰も居なくても大丈夫だと。
母が居なくなっても、父が相手にしてくれなくても、これまで大丈夫だったのだから。
心の悲鳴を無理矢理押し殺してきた。でも、グーリアスの温もりが僕の本心を解放させた。

「君が本でも猫でもどっちでもいいんだ。君は…君は僕の傍に居てくれる?
 こんな僕でも…こんな僕の傍にずっとずっと傍に………居る事を望んでくれる?」

グーリアスはエメラルド色の瞳でじっと僕を見つめ…。

「ミャア!」

と心持ち嬉しそうに鳴いた。この時、僕は独りではなくなった。

母屋に戻り、祖父母に『グーリアス』を譲って欲しいと頼んだ。勿論、魔導書に戻して。
祖父母は怪訝そうな顔をしたが、あっさりと了承してくれた。


 ◆◇◆◇


猫に姿を変える不思議な魔導書『グーリアス』の存在は僕の辛い日々を一変させてくれた。
『グーリアス』は家の中では基本的に猫形態を取り、何時も僕の傍に寄り添い、甘えてきた。
学校に行く時は魔導書へと変わり、僕の鞄で眠るが、後は風呂以外で離れる事は無かった。
直ぐ傍に無条件で自分を求めてくれる存在が出来た事が、僕を寂しさから解放してくれた。
漸く、今までの自分は殻に閉じこもっていたのだと気づけた。変わりたいと思えた。
自分がどんな人間か知ってもらう為に話をした。周りの人の事を知る為に話を聞いた。
解り合えぬ人も居たが、解り合えた人も居た。其の人達を大切にしたいと思った。
少しずつだが友達も出来る様になり、放課後に一緒に遊ぶ様にもなった。

『グーリアス』は僕を寂しさから救うだけで無く、古の魔術知識と叡智を与えてくれた。
記憶力、理解力、ひらめき、好奇心といった様々な賢者の才を。学ぶ事が喜びとなった。
高位の魔導書は自ら主を選ぶ。力ある契約者から魔力を供給される事で、真価を発揮する。
『グーリアス』が猫の姿になれるのも、僕から常時魔力を供給されているからだ。
僕の保有魔力が膨大なのと契約という正しい手続きを得ているので、回数は消費しないが。

『グーリアス』と出会って2年が経ち、僕は他人と触れ合う事が怖くなくなった。
差し伸べられた手を掴むだけでなく、誰かに手を差し伸べられる様になりたいと思えた。
だから………僕はあの時、初めて魔法を使った。


10歳のある秋の夜。夕食後に朝飲む牛乳の買い置きが無い事に気づいた。
まだ9時なのでスーパーは開いている。僕は手早く上着を着て、財布の中を確認した。
父とは殆ど顔は合わせないが、小遣いは生活費込みで充分過ぎる額を貰っている。
すっかり家事にもなれ、家庭科実習でも掃除当番でも、誰よりも手際がいいと言われる。
でも、あれは褒め言葉なのかな?

「行くよ、グーリアス。」

「ミャー」

グーリアスは、ひょいと僕の左肩へ飛び乗る。温かく滑らかな感触が気持ちいい。
思ったよりも寒くは無い。スーパーまでの約10分の道のりを早足で歩いた。

帰り道。2本の牛乳を入れた買い物袋を持って、大通りで信号が変わるのを待っていた。
待ち人は僕と親子連れしか居ない。猛スピードで走り去る車を呆れた様に眺めていた。
ふと、右側に綺麗な銀色の何かが見えた。気になったので、そちらに顔を向ける。
其処には銀髪の凄く綺麗な外人のお姉さんが立っていた。高校生くらいだろうか?
黒っぽいロングコートの所為で、肌の白さが際立って見える。つい、見とれてしまった。

「綺麗…。」

僕の呟きが聞こえてしまったのか、お姉さんは目線を下げ、僕を見る。
目が合ってしまった。見とれていた僕の顔が面白かったのか、お姉さんは微笑む。

「…こんな時間に御使いですか?」

外国の人なのに日本語で話してきた。声も凄く綺麗だ。

「え…あ、はい。」

「気をつけて帰りなさい。」

「ありがとうございます…。」

頭を上げた時、信号が青へと変わった。男の子が母親の手を離して、駆けていく。

「雄太、待ちなさい!」

母親が後を追おうとする。お姉さんと僕も歩き出そうとした時、

「ミャア!」

グーリアスが警告の鳴き声を上げたので、僕は歩くのを止める。
急いで辺りを見ると、右側から車が猛スピードで横断歩道へ突っ込んできた。

「危ない!戻って!」

僕の声に母親とお姉さんは止まったが、男の子は驚愕して、その場に立ち竦んだまま。
車は漸くブレーキを踏むが、スピードが出過ぎていたので止まれない。
轢かれると思った瞬間、お姉さんが飛び込んできて、男の子を向こうへ突き飛ばした。
男の子は道路を転がり、危険域から逃れる。だが、体勢の崩れたお姉さんは………。

世界は残酷だ。正しい行いをしても報われるとは限らない。死は前触れも無く訪れる。
誰も抗う事など出来はしない。それでも………そんな現実を認めたくなかった。

「止まれー!!」

轢かれる直前、文字通り刹那のタイミングで、僕の中から凄まじい魔力が解放された。
無我夢中で使った魔法は僕の心からの願いに答え、奇跡を起こした。

「………へっ!?」

「ミャミャッ!?」

車は、お姉さんに衝突する寸前で止まっていた。其の差は数ミリ程しかない。
だが、止まっているのは車だけではない。お姉さんも母親も突き飛ばされた子供も…。
いや、僕とグーリアス以外の全てが止まっていた。一時停止させたビデオの画面の様に。

「ミャウ!ミャウ!」

「!?そうだね、助けないと!」

暫し呆然としていたが、グーリアスの呼び掛けで我に返った。
何時までこのままか判んないし、とにかくお姉さんを助けてから悩もう!

グーリアスを肩に乗せたまま道路を渡り、驚愕の表情で止まっているお姉さんに駆け寄る。
車から離そうとお姉さんの細い腰にしがみ付いた瞬間、

「クッ!………えっ!?」

「わわっ!?」

「ミャッ!?」

お姉さんだけが突然動き出した。僕とグーリアスは急に動かれたので転びそうになる。

「こ、これは一体………!?」

お姉さんも先程の僕同様に目の前の異様な光景に驚いているが、
時間が何時まで止まってくれるか解らないのだ。

「お姉さん、とにかく道路から離れるよ!」

「!?…は、はい!」

僕はお姉さんの手を引くと、駆け足で道路を渡りきった。

「やった!」

ほっと気を抜いた瞬間、止まっていた時が動き出した。

キキィ!!

急ブレーキの音が響き、暴走車は5メートルほど進んでから止まった。

「雄太、雄太ぁぁっっ!!」

そして、道路の向こう側から母親の悲痛な絶叫が響き渡る。

「ママぁぁー!!」

「其処に居ちゃ、危ないよ。」

横断歩道に転がった男の子が泣き声を上げる。僕はその子の手を掴み、歩道へ移動させた。
運転席から男の人が慌てて出てきて、辺りを見回す。母親がこちらに駆け寄ってくる。
それを見た後、僕はグーリアスを抱きかかえ、家へと歩き出した。

「………助けられて良かった。」

「ミャー」

ほっとした僕の頬を腕の中のグーリアスが、ねぎらう様に舐めてくる。そして…。

「ミャア」

「残り7回になってる?それじゃ、さっきのは僕がやったんだ。…うん、了解。」

思念で残り魔法回数を伝えてきた。後、もう使わぬ様に封印すると。
確かに、また無意識に発動しても困る。ほっとくと命に関わるからね。

「………失礼いたします。」

その声に振り向くと、さっきのお姉さんが僕が落とした買い物袋を持って傍に立っていた。
袋を僕の手に握らせ、深々と頭を下げた後、柔らかい笑みを浮かべて僕を見つめてくる。

「先程は私を助けて頂き、ありがとうございます。私はリーラと申します。
 どうか、貴方の御名前を教えて頂けませんか?」

「僕は和樹、式森和樹です。えと、リーラさんが助かって良かったです…。」

人の命を救えた事が嬉しくて笑った僕を見て、リーラさんは何故か顔を赤くし、俯いた。
暫くして顔を上げると、何かを決意した様な表情で歩み寄ってきた。

「和樹様…。私は明日発たねばならず、修業中の為、次に何時お逢い出来るか解りません。
 ですが、此の御恩は必ず御返し致します。身も心も貴方に捧げ、誠心誠意御仕え致します。
 我々メイドにとって、誓約は絶対です。」

「はい?」

判断に困る言葉に困惑した僕を余所に、リーラさんは僕の肩に手を載せ、右頬にキスした。
柔らかな感触と甘い香りが僕を包んだ。嬉しいけど恥ずかしくて顔が熱を帯びる。

「御迷惑でしょうか?」

「そ、そんな事無いですが…。」

「良かった…。」

リーラさんは何処か不安げだった表情を微笑みに変え、スッと僕から離れる。

「御機嫌よう、和樹様…。」

「さ、さようなら。」

リーラさんはもう一度、深々と御辞儀をする。慌てて僕も御辞儀を返す。
顔を上げると、リーラさんの姿は何処にもなかった。

「………。」

「ミャー」

「そうだね、帰ろうか。」


あの夜の事は、その後も忘れる事は無かった。リーラさんの顔も、交わした言葉も。
それから6年後に再会するなんて、想像にもしていなかったけど。

続く。


――― ◆ ――― ◇ ――― ◆ ――― ◇ ――― ◆ ――― ◇ ―――


『グーリアス』に記述された儀式魔法は確かに魔法回数を消費しないが、
其の名の通りに複雑な儀式と補助する為の道具が必要で、簡単に試せるものは殆ど無かった。
何よりも道具を揃えるのに金が掛かるのだ。子供の僕ではとても手が出せぬほど。

12歳の時、ハッカー達のサイトに遊びに行った折に、探魔士と電子精霊の事を知った。
………興味をそそられた。機械語と下位魔法語を組み合わせて作る、電脳世界の分身。
下位魔法語は電子精霊に魔法の効果を付与する媒介であるが、あくまで只の文字だ。
これを文字そのものが魔力を持つ上位魔法語で組み上げたら、面白いのではないか?
そうすれば『グーリアス』に記述された儀式魔法を電脳世界で再現できるのではないか?
手間は掛かりそうだが、金はそれ程掛からない。非常に魅力的な思い付きだった。

それから3年がかりで作り上げた僕の分身。それは電脳世界の魔術師に相応しいものとなった。


その名はWz

2. 今ある幸せ


2重3重に張り巡らされた結界を抜けた『僕』の目の前に堅固な幾重もの城壁に囲まれた城が現れた。
門の前には頑丈そうな鋼の騎士が4体居り、それぞれハルバードを構えている。
とは言え、鋼の騎士も城壁も大した脅威ではない。『僕』なら一瞬で全ての城壁ごと吹き飛ばせる。
だが、壊すしか出来ぬのは三流の証拠だ。今回の目的は此の城塞の殲滅ではないのだから。

―――『眩惑』術式起動

音も無く門の前に現れた『僕』の魔杖の先から放たれた青白い光が、騎士達を包み込む。
迎撃体勢を保っていた鋼の騎士達は木偶人形の様に立ち尽くす。

「良い夢を…。」

『僕』はその傍を悠々と通り抜け、閉じられた門へ魔杖を構える。

―――『開錠』術式起動

魔杖の先に生まれた緑色の光球が宙を駆け抜け、門へと吸い込まれていく。
すると、頑なに侵入を拒んでいた門は、『僕』を歓迎する様に内側から開け放たれた。


………今更ながら説明せねばなるまい。今、『僕』の目の前に広がる光景は現実ではない。
ネットワークに侵入させた電子精霊からの情報を視覚イメージに変換処理したものなのだ。
城はサーバ、城壁門はセキュリティゲート、鋼の騎士は対侵入者駆除用プログラムと言う具合に。
現実の僕はコンピュータと接続したゴーグル型の情報変換装置を装着した状態で、
ディスプレイの前に座り、キーボード上でピアノ奏者の如く両手を動かしているのだ。
完璧なブラインドタッチに至るまでが大変だったが、慣れれば勝手に指が動いてくれる。
一昔前のハッカーの様に無機質な英数字の羅列との格闘を好む者達も未だ多いが、
視覚映像の方が電子精霊を効率よく使用出来る為、僕は非常に気に入っている。
因みに僕の電子精霊は、黒衣に身を包んだ精悍な魔術師の姿をしている。

そう言えば、自己紹介がまだだった。僕の名は式森和樹、17歳。残り魔法回数7回。
魔法エリート養成校・葵学園に通う、落ち零れ魔法使いだ。でも、それは一面に過ぎない。
一度ネットの海に飛び込めば、僕は最強の電子精霊『黒魔術師』を従える探魔士となる。
ハンドル(二つ名)はWz。Wizardの略であり、ネット上では少しは名の知られる存在だ。


各城壁にはそれぞれ13桁のパスワードが設定されており、
侵入者駆除用プログラムが様々なモンスターとなって大量に警戒に当たっていた。
『僕』は身を隠しつつモンスターをやり過ごし、或いは無力化させつつ、門を『開錠』する。
同時に『痕跡除去』の術式も展開し、自分の足跡を消す事も忘れてはいない。
ハッキングは僕に例え様の無いスリルと快感を与えてくれるが、れっきとした犯罪だ。
この程度のガードシステムで『僕』を捕らえる事など出来ないが、油断は破滅を招く。
そうして、最初の城壁攻略から1分後、『僕』は無事に城内への侵入を果たした。

「さて、目当てのデータは何処だ…。」

警戒しつつ進むが、城内には大した罠やモンスターは居なかった。
ここまで来れば外部からシステム異常に気付くのは難しいし、時間を掛けても要られない。
『僕』は攻略を優先に次々と罠を無力化し、モンスターを撃破して、各部屋の扉を開けていく。
部屋の中には様々なデータが宝物となって置かれていたが、目当ての宝は見当たらない。
ざっと検索して売れそうなデータをコピーしつつ先へ進むと、一際立派な扉が現れた。
扉の前には3つ首を持つ魔獣がこちらを睨みつけている。今までの雑魚とは格が違う様だ。
ギリシャ神話に伝わる地獄の番犬、ケルベロス。即ち、この扉の向こうに最重要データがある。

「ケルベロスを大人しくさせて、冥府への進入を果たすには…。」

結論は一瞬で出た。ギリシャ神話にて、昂るケルベロスをその見事な竪琴の音で鎮めた楽師の名…。

『ORPHEUS(オルフェウス)』

パスワードを入力しEnterキーを押すと、ケルベロスは眠りにつき、扉がゆっくりと開いた。
即座に『検索』術式を展開すると、目当てのデータが直ぐに見つかった。

「これだな…。K社の研究施設で違法に製造された合成獣に関する情報は…。」

実験データと撮影画像を確認。目を覆いたくなる物もあるが、今の僕は感情を完全制御出来てる。
映像や文書から研究に関わった者達を全て洗い出し、外部協力者や出資者のデータも得た。

「任務完了。」

圧縮したデータをディスクに全てコピーし終えると、僕は『黒魔術師』を引き揚げさせる。
『転移』術式にて即席のゲートウェイを作り出し、飛び込んだと同時にゲートを閉ざす。
去り際に何時もの様に、ある条件下でログインするとメッセージが表示される様にした。
勿論、痕跡を残す様な真似はしない。

『憐れな子羊等に、讃美歌を。 Wz』

その後、いくつかのネットを経由した後でログアウトし、『黒魔術師』との接続を切った。


 ◆◇◆◇


「………ふう、これなら霧香さんも満足かな。」

今回の依頼人たる警視庁の橘霧香警視殿へとデータを送信し、『黒魔術師』をノートPCに封印。
ワークステーションを待機状態にして、ゴーグルを外す。開始から1時間が経過していた。
大きく深呼吸して仕事用の自己暗示を解くと、今まで凍りついていた感情も戻ってくる。

「これで近日中にK社の株は暴落するな。後は今夜の収穫物を『商品』にしてしまおう。」

僕の指先がキーボード上を踊りまわる。手作業ではきりが無いので、プログラムを組むのだ。
ディスク内の情報ごとに『重要度』『売値予想』『売り先』の情報を付与するもので、
これを組み上げれば僕が寝ている間にワークステーションが整理してくれる。
プログラムは3分ほどで完成した。ディスクをドライブに放り込むと達成感が襲ってくる。

「ミャー」

『黒魔術師』を制御する為に魔導書に戻していた『グーリアス』が、猫の姿へと変わる。
大きく伸びをした後、僕の膝の上に飛び乗り、丸まってしまった。僕も目を閉じて休息を取る。

コンコン

「…和樹様。もう御休みになられましたか…?」

どのくらい経ったのか。
控えめにドアをノックする音と共に響いた鈴を鳴らす様な声が、僕の意識を引き戻した。

「ん…どうぞ、リーラ。」

ドアが開き、優雅に僕の部屋に入ってきたのはリーラ・シャルンホルスト。
北欧系の整った容貌に清流のような銀髪、白磁の様な艶やかな肌と優美な肢体、
そして薄い茶色の瞳に隠し切れない知性の輝きを秘めた、絶世の美女である。
その身を飾るは紺のブラウスにロングスカート、清潔なエプロンドレスに赤いカチューシャ。
その完全武装のメイド服が示すとおり、僕の忠実なメイドであり、同時に最愛の恋人でもある。

「お疲れのようですね。宜しければ肩などをお揉みいたしますが…。」

「ん…。悪いけど、お願いしていいかな?」

「はい。…では、リビングへ参りましょう。」

リーラは勉強部屋のドアを開け、その傍で僕が立ち上がるのを待っている。
眠ってしまったグーリアスをそっと抱き上げ、椅子の上に下ろす。
それから開かれたドアを通ってリビングに入り、中央に置かれた椅子へ腰を下ろした。

………しかし住んでいる僕が言うのもなんだが、ここが日本なのか自信が持てない造りだ。
中央に丸テーブルと安楽椅子。壁には油絵がかけられ、ロココ調のサイドボードが置かれている。
床は手織りの絨毯。本棚には分厚い洋書が並び、反対側の壁には暖炉までしつらえてある。
不満があるわけは無いが、貴族か何かならまだしも、平凡な高校生の暮らす部屋ではないと思う。

「失礼します。」

リーラの柔らかい手がそっと僕の肩に置かれ、そのまま絶妙な力加減で肩のコリを揉み解していく。
その気持ちよさと彼女が直ぐ傍にいる幸福感に思わずうっとりしてしまう。

「痛くありませんか?」

「ううん、凄く気持ちいいよ…。」

暫く心地よい沈黙が僕達を包む。それを破ったのは、リーラだった。

「今夜の御仕事はいかがでしたか?」

「大した事無かったよ。K社の違法研究の証拠は掴めた。もう、霧香さんにはデータを送ったし。
 序に取って来た情報も明日には『商品』として捌けるよ。」

橘霧香警視殿は僕の御得意様だ。僕は彼女を知っているが、彼女は僕の正体を知らない。
連絡もEメールでしか取らないし、そのメールボックスも本名で登録された公式の宛先ではない。
とある企業に設置されたメールサーバ内部に、秘密で拵えたものだ。
僕は彼女の依頼を受けて仕事をこなし、結果をメールで送る。彼女はそれを元に捜査に乗り出す。
特に報酬は受け取らない。その代わり、彼女が決して僕の正体を追求しない事が条件だ。

偶に僕の正体を執拗に追求する客も何人か居たが、クレジットカード等の情報を書き換え、
社会的に破滅へと導いてやったのがネットで広まった所為か、最近は誰も手を出さない。
今回の様に捜査で得たデータを売り捌く事もあるが、基本的に金には困っていないのだ。

「私としては少し自重して頂きたく思いますが。
 ネット上の掲示板でWzの名前が上がらぬ日は無いそうですよ。」

「噂って怖いねえ。」

「和樹様の正体がばれる事は無いようですが、Wzが警察に協力している事は周知の事実ですね。
 売春組織ライオット、暴力団クリーパ、『光の船』教団等が隠蔽した犯罪証拠を暴露し、
 その資金源を断ち、事実上崩壊させた事で表と裏を含め伝説となりし探魔士として。
 その正体には多額の賞金が掛かっているとか…。」

「別に正義の味方を気取ってるわけじゃないけどね。でも、犯罪者相手なら良心は痛まないし。
 秘密保持に金を掛けてるから、結構楽しませてくれるしね。」

有り体に言えば面白いから。其の程度の理由でしか無い。絶対に負けぬ確信があればこそだが。
上位魔法語で組み上げた『黒魔術師』と下位魔法語で組んだ通常の魔導システムとでは、
野生の虎と野良猫ほどの実力差がある上に、込められた魔力総量も軽く10倍は上回っている。
制御に『グーリアス』を介する必要があるが、一企業が組めるシステム程度では決して負けない。

「Wzの実力も『黒魔術師』の性能も理解しておりますが、私は和樹様の身が心配です…。」

肩を揉むリーラの指に強い力がこもる。最近は派手に動いた所為か、かなり御怒りの様だ。
リーラは本気で怒ると中々許してくれないし、趣味と恋人を秤に掛ける気も無い。

「解った、解りました。暫く仕事は控えます。だから、機嫌直してよ!」

僕の懇願を聞いて、漸く納得してくれた様だ。リーラの指から力が抜ける。
僕は立ち上がると、リーラを抱き寄せる。彼女は全く抵抗せずに僕の胸に身体を預ける。
潤んだ目で僕を見上げるリーラの頬に手をやると、彼女はゆっくりと目を閉じる。
僕はリーラに口づける。そのまま、彼女の舌に自分の舌を絡ませ、口内を優しく愛撫する。
リーラも負けじと舌を絡めたり、僕の口内へと差し入れたりして濃厚なキスを交わす。

しばらくして、僕達は唇を離した。
双方の唾液が混じった糸の橋が僕達の間にかかり、すぐにぷつんと切れる。

「ずるいです、和樹様…。」

「でも、機嫌直してくれたみたいだね。ふふ…。」

「もう!」

拗ねた様に僕を見つめるリーラがとても可愛くて、つい笑ってしまう。
部下の前では冷静沈着なリーラが、こうして自分の前では素の姿を見せてくれるのが嬉しい。

(そう言えば、あれから1年以上経つんだ…。)


6年越しの再会は、葵学園に合格した次の日だった。僕は学園寮へ引っ越す準備をしていた。
チャイムの音を聞いて、ドアを開けると、メイド服に身を包んだ銀髪の美女が其処に居た。

「え………まさか、リーラお姉さん!?」

「ああ、和樹様…。ずっと、お逢いしたかったです。私の…御主人様。」

リーラは感極まった様に目に涙を浮かべ、僕に抱き付いて来た。
そして、彼女の口から驚くべき事が語られた。

「私共の御仕えしている主人が後継者として、貴方を選びました。正に神の思し召しです。
 私の率いる第五装甲猟兵侍女中隊は、貴方に忠誠を誓います。」

「ええっ!?」

メイド愛好団体MMM(もっともっとメイドさん)なんてのが在る事にも、
戦車と機関銃で武装し、家事全般と軍事活動に長けたメイドさん達にも驚かされたが、
何よりも僕が100人のメイドさん達の御主人様になるなんて信じられなかった。
でもリーラの真摯な説得に抗えず、メイドさん達の居る島へ行く事になって…。
あの老人のメイド談義に圧倒され、メイド達も歓迎している事に驚いて…。
そしてリーラの文字通り捨て身の説得に負けて、僕は次期御主人様となる事になった。
あんな美女にアレとかコレまでされて抗える男が居るなら、男色家か聖人に違いない。

高校を卒業するまでの護衛として、リーラ以下30名のメイドさんが僕に仕える様になって。
学生寮に入らずに、葵学園の近くにある古い洋館を買い取り、改装して住む事になって…。


「和樹様?」

「あ、御免。君と再会した時の事を思い出してた。」

「私は…今でも忘れられません。次期御主人様に和樹様が選ばれた時の驚きと喜びを。
 あの時、私は運命というものが本当にあると確信しました。」

「君達に全てまかせっきりの頼りない主だけどね。」

「過度の謙遜は美徳ではありませんよ。和樹様の素晴らしさは皆が目の当たりにしています。
 廃墟と化していた此の洋館を新築同様に修復させた、奇跡の魔法を覚えています。」

「過去視、探索、投影、範囲拡大、修復の5つ同時展開なんて。初めてで良く成功したなー。」

Dr(ドクター)のコネで手に入れた儀式用のメイジ・スタッフを自分専用に書き換えて、
術式維持用の魔法石を4つ揃えて、初めて儀式魔法を現実世界で行使したのだが、
簡易魔法と違って1つずつ術式を展開・維持する必要がある為、かなり面倒で時間も掛かった。
メイジ・スタッフを手に入れるのと魔法石4つで、合せて500万円の出費だったし、
スタッフの書き換えと調整に1週間を要したが、結果はそれだけの価値はあった。
一応の道具は揃えたから、これ以降の儀式魔法では殆ど金は掛からなかったし。

「我々は和樹様に御仕え出来る事を誇りに思っております。どうか、自信を御持ち下さい。」

「ありがと、リーラ。愛する人が何時も傍に居て、僕を必要としてくれる人達に囲まれて…。
 これ以上何か望んだら、罰が当たるんじゃないかな。」

「そんな事ありません。何でも御望み下さいませ。私の身も心も全て和樹様のモノです。
貴方に必要とされる事こそが、私の最高の喜びです。」

顔を赤らめつつ、リーラは僕をじっと見つめる。そう言えば、ここ2日ほど御無沙汰だったな。

「………ねえ、リーラ。今日の仕事は終わったの?」

「はい、引き継ぎは終了しました。後は…和樹様がよく眠れます様、御手伝い致します…。」

「そう…それじゃ、お願いするね。後、リーラに御褒美も上げないとね。」


 ◆◇◆◇


「はむ…ん、ん…気持ちいいですか?和樹様の素敵です…今度は私の胸で…。」

「あ…駄目です、和樹様…。私がして…あっ…そこっ…舐めちゃ!あぁん!いやっ………!」

「そんな、は、激しすぎますっ!お、奥までぇ!…駄目ェ!気持ちいい、気持ちいいです!」

「ああっ!あん、あん…いく、いっちゃう!私、もう………あはぁぁっ!!」

「あん…いっぱい…出てます…。熱いの…。」

その夜、僕の寝室では女性の喘ぐ声が真夜中まで止まなかったが、防音仕様なので問題無い。

次の朝、登校する僕を笑顔で見送るリーラの肌の艶が良く、腰の辺りも充実しており、
メイド達が羨望の眼差しを送っていたのも些細な事である。

続く。


――― ◆ ――― ◇ ――― ◆ ――― ◇ ――― ◆ ――― ◇ ―――


その名はWz

3. 平穏?な学園風景


昨日の『商品』は信用の置ける情報屋に朝一で売却した。中々の値段を付けてくれた。
『商品』も速攻で捌けたし、リーラの御蔭で目覚めも良く、心身共に気分爽快だ。
今日は何かいい事が起こりそうな気がしてくる。

「ミャー」

「あ、そう言えば今日は魔力診断の日だっけ。また、クラスの連中が騒ぐのかな。」

グーリアスに伝えられるまで、すっかり忘れていた。僕にとっては何の意味も無い行事なのだ。
どうせ封じてるから簡易魔法は使えないし。

「面倒だな。Drも知ってんだから、測定なんか免除してくれればいいのに。」

あの養護教諭のフリをしたマッド・サイエンティストは、変な所で生真面目なのだ。
まあ、色々と世話にはなっているし、趣味が特殊な事以外は大して問題も無いのだが…。


「おはよ〜。」

僕は自分のクラス、2年B組の教室へ入る。まだ始業まで時間があるが、もう殆どの生徒が居る。

「「「よう、式森。」」」

「おはよう、仲丸に浮氣に薮田。朝っぱらから元気だね。」

教室に入った途端に下心ありありな作り笑いで3人のクラスメートが近づいて来た。
仲丸由紀彦――学業優秀でスポーツ万能だが、その才能を陰謀と金儲け以外に決して使わない。
浮氣光洋――革命家を目差すと標榜しているが、只の守銭奴の金貸し。
薮田光平――何時も周りに怪しげな株を勧める、自称葵学園の相場師。
………間違っても友人とは呼びたくない奴らばかりだ。

「「「今日は何か御勧め情報は無いのか!?」」」

「其処の3人!抜け駆けは駄目よ!式森君の御勧め情報は、クラスの共有財産なんだから!」

そんな3馬鹿共に向かって松田和美さんの厳しいチェックが入るが、別に親切心ではない。
彼女はB組女子のリーダー的存在で、ぶっちゃけ仲丸と同タイプ。抜け駆けされたくないだけだ。

「そうだ!そうだ!」

「裏切り者に聞く資格は無いわ!」

「帰れ帰れ!」

「何を!俺達の友情にけちをつける気か!」

それに呼応した様に騒ぎ出す他の生徒達。負けじと大声を張り上げる仲丸。
毎度の事ながら喧しい。グーリアスも嫌な顔してるし、僕も相手にしたくはない。
と言う訳で、さっさとやる事を済ませてしまおう。

パンパン!

「はい、注目。」

恐ろしい事に一瞬で静まり返る。何故こういう時の連帯感は抜群なのだろう?

「買いの情報は無いけど、売りの情報がある。K社の株はヤバめだ。速攻で売った方がいい。」

「K社!?あそこは業界トップだぜ。そんな馬鹿な…。」

「信じるのも信じないのも君等の自由。僕の情報は、あくまで忠告だからね。」

僕が話し終えて席に着くと、半分ほどの生徒が真剣な顔で携帯を操作していた。
グーリアスを膝に乗せ、其の背を撫でてやる。グーリアスは気持ち良さそうに目を細めた。
因みに、グーリアスは自分を対象に認識阻害の魔法を展開してるので誰も存在に気付かない。


僕が所属する2年B組は葵学園でも学力、体力、魔法回数等が特に優秀な生徒が集まっている。
入学当初は教師達に期待されていたが、今では評価は日本海溝の底ほどにも落ち込んでいる。
何故なら、この2年B組が葵学園史上最凶の極悪クラスである為だ。

極々一部の例外を除き、金儲けの匂いを感じたら、ハイエナや烏を上回る凶悪さで群れ集り、
散々貪りつくして後には骨どころか塵一つ残らない様な連中ばかりなのだ。
それと負けず劣らず、他人を蹴落とす事に無上の喜びを感じている。
文化祭の標語に掲げた『人の不幸は蜜の味、人の幸福砒素の味』を知らぬ者など居やしない。
その傾向はクラス内で特に顕著で、隙あらばクラスメートを出し抜こうと無駄に張り切っている。
前の担任の中村先生は、ストレスで体がぼろぼろになり、教職を辞めて療養する羽目になった。
現在の担任は伊庭かおり。銀髪で童顔な美人だが、ゲーム狂の遅刻魔という変わり者だ。
しかし、彼女以外このクラスの担任になれそうな人は居なかったのだ。

つまりはそういうクラスなのだ。そして何の因果か、僕は此のクラスに配属させられた。
基本的に魔法の使えない僕が彼らの騒乱に巻き込まれたら、冗談抜きで命に関わる。
そこで無力な僕が此処で生き残る為に取った策が、クラスの皆から有用な人間で居る事だった。
損したら僕が穴埋めすると言って、近日中に値が上がる株の情報をクラス全員に教えた。
勿論、企業のサーバから得る情報に間違いは無く、全員がそこそこ儲けたのは言うまでもない。
彼らは「どうして解った?」とか「何故みすみす情報を教える?」とか聞いてきたので、

「情報の入手法は秘密。教える条件は僕の身の安全の確約。理由は僕は魔法が使えないから。
 もしクラスの誰かが僕に危害をくわえたら、2度と誰にも教えない。」

と説明した。クラスの連中は何度も討議を繰り返した後に僕の提案を全面的に受け入れた。
僕の情報は全員で分かち合う事となり、お互いが抜け駆けしない様に監視しあっている。
その後も僕が流す情報を悉く当たる事から、クラスで重宝がられ、何とか平穏に過ごしている。


 ◆◇◆◇


昼休み 2年B組

「何で、俺の貴重な魔法回数を、こんな事に〜〜!!」

昼休みの教室で、食事中の生徒が多い中、仲丸が自分の席で思いっきり不満をぶちまける。
何でと言われれば、授業をエスケープして保健室で回数測定中の3年女子を覗きに行って、
それがクラスの連中にばれて、怒り狂った松田さんに魔法による制裁を食らい、
その余波で校舎の一部が破損したので、一番悪い仲丸に責任が行ったからであるが…。

「大体、校舎を壊したのは松田だ。それを何で俺が直さないといけない!
 そうは思わないか、親友!」

「誰が親友かはともかく、自業自得。覗きは立派な犯罪行為であり、懲役もありえる。
 まあ、魔法で人を攻撃するのも犯罪なんだけどね。でも騒動の発端は仲丸だし。」

「ミャー」

「B組協定の発案者のくせに、抜け駆けなんかするからだろ。」

僕はメイド御手製の弁当を堪能しつつ、返事をする。膝の上のグーリアスも同意見の様だ。
更に浮氣も追い打ちをかける。

今日の弁当はネリーが作ってくれたのだが、味も彩りも最高の出来栄えだ。
顔を赤くして渡してくれたネリーは、年上なのに可愛いと言う言葉がピッタリだった。

「うるせー!松田に邪魔されなければ、今頃は風椿玖里子を俺のモノに出来ていたのに!」

「副生徒会長にして、理事長の妹。生徒会を牛耳る影の実力者をどうやって?」

「そりゃ、あいつの下着姿を写真にとって、これを後悔されたくなければと脅せば…。」

「仲丸の罪状に脅迫が加わるだけだろうね。盗撮写真程度で屈服する様な人には見えないし。
 それに脅迫とは相手が決して表に出せない情報だからこそ、効果がある。」

「むぐっ!」

「成程ねー。流石は学年トップの式森君。痴漢で協定違反の仲丸とは格が違うわ。」

「げっ、松田!」

何時の間にか仲丸の背後に松田さんが立っていた。仲丸は制裁された所為か、顔色が悪い。
そう、僕は『グーリアス』から得た賢者の才で、魔法実技を除くと成績は一番を維持している。
そんな目立つ事をすれば、クラスの連中から目を付けられそうなものだが、其処は平気。
残り魔法回数7回という事実が、豊富な魔法回数に恵まれた彼らの自尊心を傷つけないのだ。
多くの魔法回数を持つ者こそがエリートだと考えるのが、此の社会の常識であるから。

「仲丸は風椿狙いか。俺なら向こうに居る1年の神城凜かな。」

窓の外を見る浮氣に釣られるように僕も目を向けると、そこには葵学園の制服ではなく、
巫女装束と剣道着が混ざった様にも見えるデザインをした袴姿の少女が居た。確かに可愛いな。

「そう言えば、ウチの学校って可愛い子が多いよね。」

「式森は狙っている子、いるのか?」

「…当に諦めたよ。勉強がそこそこ出来たからって、女子に好意を持たれる訳じゃないし。
 此の学園の女子は、魔法回数一桁の僕なんか眼中に無いみたい。」

浮氣の言葉に彼らの望む言葉を返す。リーラの事もメイド達の事も話す訳にはいかないから。

「そうだよな。式森がどんなに優秀でも魔法回数が後7回じゃ、相手にされないよな。」

「そう言えば、次は魔力診断だったなあ。式森の唯一にして、最大の欠点だもんな。」

「魔力診断が終われば、嫌でも現実と向き合うんだし。」

「魔力診断、楽しみだよな〜。」

「自らに秘められた力を知る、貴重な機会だもんね。」

「そうだよな。」

僕以外は皆、楽しみにしている。彼等にとっては尤も優越感に浸れる時なのだ。
確かにあれだけ好き勝手に魔法を連発しても許容範囲内なら、自慢したくもなるだろう。
未来の為に魔法の乱発は自重すべきだと思う僕は、此処では異端なのだろうな。

(ま、どうでもいいけどね…。)

僕は溜息をついて立ち上がり、教室を出て行く。グーリアスも僕の肩へ飛び乗る。
別に歩かせてもいいのだが、離れると僕が寂しいのだ。

「どこ行くんだ?」

「保健室。紅尉先生に相談があってね。」

実際は携帯に「昼食が終わったら、来てくれ。」とメールが届いてたからだが。
サボるなよー、等と言う彼らに適当に返事をすると、僕は保健室へと歩き出した。


 ◆◇◆◇


「失礼します。」

保健室のドアを開けると、机で書き物をしていた白衣に長髪の男性が振り向く。
彼は保健室養護教諭、紅尉晴明。学園長が三顧の礼で葵学園に迎えた優秀な研究者だ。
だが、性格は2年B組すらも上回る危険人物だ。何せ、趣味が人体実験と解剖である。
流石に解剖を実行しているのは見た事はない。しかし人体実験は事実だったりする。
検体は同じクラスの御厨真吾。怪しい化学実験が趣味で、紅尉先生を崇拝している。
紅尉先生の薬を飲んだ彼の顔が緑色で、妙にハイテンションだった事は未だ記憶に新しい。

「おう、よく来てくれたね。とりあえず、鍵は閉めてくれたまえ。」

言われた通りに鍵をかけると、グーリアスを通して結界が張られたのが解った。

「式森君…いや、Wz(ウィザード)。実は困った事が起きてね。」

「その名で呼ぶとは…何があったんだい、Dr(ドクター)。」

紅尉先生にハンドルで呼ばれた瞬間、僕の思考回路はWzへと切り替わる。
魔導書に戻した『グーリアス』を手に持ち、メイジ・スタッフを喚ぶ準備に入る。
その様子を見たDrが苦笑しながら、言葉を続ける。

「実は葵学園のサーバに侵入した探魔士が居てね。勿論、その探魔士は潰した。
 だが一足遅くて、そいつは生徒達の魔力データを地下世界にバラ撒いてしまった。
 その中に君の魔力と遺伝子についてもあった筈なので、知らせておこうと思ってね。」

前に調べて解ったのだが、僕の先祖には多くの有名な魔術師の血が流れている。
例えば日本では『賀茂保憲』や『安部康親』の子孫を始め、50は下らない。
海外では『トファルトフスキ』に『パラケルスス』、『ミランドーラ』等…。
魔法関係の教科書には必ず載っている有名人の名前が殆ど出てくるのだ。

優秀な魔術師の遺伝子を濃縮して持つ人間が居ると知れば、周りはどんな行動に出るか?
一族の繁栄を望まない者など居ない。特に権力を持つ者こそが、その願望も大きい。
放って置けば、薄汚い権力者達の抗争に嫌が応でも巻き込まれるだろう。
そう………放って置いたら。

「忠告はどうも。でも、Drも僕がその可能性を考えてないとは思ってないでしょ?」

「勿論だとも。君がそんな3流の魔術師ならば、私が協力する意味など無い。」

Drと僕は協力者の関係にある。此処を受験した際に彼は『グーリアス』に目をつけた。
僕はDrの研究に『グーリアス』の知識を提供する代わりに、色々と便宜を図ってもらう。
メイジ・スタッフや魔法石も、Drのコネで手に入れたものだ。

「随分前に僕の魔力と遺伝子については当たり障りの無いものに書き換えています。
 その痕跡もDrクラスの実力者でない限り、まず気づきませんね。」

「だが既に宮間、風椿、神城家が最高峰の遺伝子を求めて動き出した様なのだが…。」

「ああ…それだけじゃ不安なので、ある生徒のデータを改竄して僕の身代わりにしたんです。
 誘蛾灯代わりになるかなって。まんまとそれに引っ掛かった様ですね。」

「それは随分と面白い事をしたね。その生徒に何か恨みでもあったのかい?」

「ええ、色々と。まあ、ゴキブリよりもしぶとそうだから大丈夫ですよ。仲丸だし…。」


 ◆◇◆◇


同時刻

理科室の用具入れ教室の中で1人の美少女が、耳に手を当て誰かと話をしている。
『念話』と呼ばれる特殊な会話方法である。しかもその少女の手には日本刀が握られている。

「そんな…。」

『全ては神城家の為だ。必ず使命を果たせ。』

「何故、私が…。」

『お前が一番近い所に居るのだ。反論は許さん。
 それに急がねばならんからこそ、盗聴を覚悟で『念話』で伝えておるのだ。いいな、凛。』

その言葉を聞き、神城凛は、ぎゅっと刀を握り締める。そこで念話は終了した。

「………………。」

その後、凛は刀を抜き出し自分の目の前に構える。

「仲丸、由紀彦…。」

凛は納得のいかない声で、その名を呟くのだった。


同じ頃、葵学園の生徒会室の中

「玖里子様、お電話です」

メイドのような女性が、電話機を持ってきていた。
そしてその前に立つのは、この学園の影の支配者たる風椿玖里子である。
このような手段を使うという事は、盗聴される可能性を警戒してるという事だ。
つまりそれほどこの会話は重要であるということを指している。

「何かあったのかしら?」

興味深げに玖里子は電話の相手に向かい話をする。

『はい、実は………。』

玖里子は電話の相手の話を真剣に聞く。

「ふうん…神城がねえ?」

その言葉を聞いたあと、彼女は学校の二年生の生徒がのる名簿を見る。
開かれたページには1人の男子生徒の写真とそのプロフィールが乗っていた。

「仲丸由紀彦、か…。でも噂どおりなら、扱いに困るわね。どうしようか?」

彼女は難しい顔でその少年の名を呟き、その写真をじっと見るのだった。

続く。


――― ◆ ――― ◇ ――― ◆ ――― ◇ ――― ◆ ――― ◇ ―――


その名はWz

4. 転がり込んだ幸運

注)ここからは仲丸の1人称で話を進めます。


「へっくし!うー、何処かで美女が俺の噂でもしてんのか?」

放課後。俺――仲丸由紀彦は住まいである彩雲寮へと真っ直ぐに向かっていた。
今日は散々だった。抜け駆けがばれて松田に攻撃されるわ、貴重な魔法回数を無駄に使うわ。
魔力診断の結果は特に得る物は無い。魔法回数は少々減ってたが、8万を楽に超えてはいる。

「あー、最近は碌な事が無え。畜生!何か旨い話でも転がってねーかな。」

自慢だが俺の成績は学年でも30番以内を落とした事は無い。式森の奴には負けるがな。
スポーツも何でもこなせるし、顔も良い。何よりも魔法回数は8万を超えている。
本来ならば金持ちの美女を2,3人キープして、モテモテのウハウハでも可笑しくない筈だ。
いや、他のクラスであれば間違い無く俺の夢は叶ったであろう。
だが、B組では駄目だ!奴等は疑り深く、必死で考えた偽の儲け話を悉く見破りやがる。
しかも隙あらば逆に俺をハメようとしやがるし、そこそこ強いので黙らせるのも厄介だ。
奴等の所為でクラスの評価が下がり、B組と言うだけで他のクラスの奴等まで警戒しやがる。

「せっかく風椿玖里子をモノにして、金と権力も手に出来ると思ったのによ。」

そろそろ俺も彼女の一人でも欲しい所だ。エリートである俺様に相応しい女がいい。
理想を言えば、清純派の美女で性格は素直で俺一筋で実家が金持ちであって欲しい!
クラスの女共も外見は許容範囲に入るが、暴力的でキツイ奴ばかりだから論外だな。

等と考えつつ、俺は寮の階段を上がり、自室である212号室のドアのノブに手をかけた。

「何!?」

妙だ。鍵が開いている。今朝、出る時に間違い無く閉めた。

「泥棒か!?」

ふふ、いい度胸だ。此の俺様の部屋に忍び込むとはな。その罪は象よりも重いぞ。
とっ捕まえて身包み剥いでやるか、強請って骨までしゃぶり尽くしてやるか…!
呪文を唱え、右の拳に白光を集中させる。コイツで殴れば顎の骨くらい軽く砕けるぜ。

「うおりゃぁぁ!!」

勢い良くドアを蹴り開け、部屋に飛び込んだ俺は………予想外の自体に固まってしまった。
其処にはピンク色の長い髪をツインテールにした清楚な感じの美少女が居たのだ。
全身から清純な雰囲気が感じられる上にアイドル顔負けの愛くるしい容貌。
白のブラに包まれた胸は形はいいので将来に期待、ウエストはキュッと引き締まっている。
可愛らしいヒップには、正しく清純派の象徴たる白のパンティーとポイントが高い。

さて・・・何故詳細な体型やパンティーの色まで解るかと言えば、簡単な話だ。
何故なら彼女は着替え中で………白い下着姿を俺様の前に曝け出しているからだ!!

「き、きゃぁぁぁぁーーーー!!!で、出てって下さい、由紀彦さーーーーん!!!」

「ラ、ラジャー!!」

その美少女は現状に気づき、胸を隠して蹲りながら、甲高い悲鳴を上げる。
流石に拙いと気付いて、慌てて俺は自室から出た。

「し、しまった!何故に俺はカメラの事を忘れていたんだー!」

廊下に出て初めて、風椿玖里子をモノにする為に用意したカメラの存在を思い出した。
素直に強請るも良し!あれだけの美少女の生着替えなら、高値でも売れたろうに!
くっ………仲丸由紀彦、一生の不覚!また魔法を無駄遣いしちまったし!

コンコン

「あの………もう、いいですよ。」

廊下に蹲り、ツメの甘さに後悔する俺に向かって、部屋から入室許可が下りた。
とにかく美少女であろうと不法侵入者には違いない。落とし前はつけてもらおうか。
立ち上がってドアを開け、キョロキョロと中を見回す。そこには先程の美少女が・・・居た。
俺の目の前できちんと正座をし、何故か三つ指を床につけ深々と頭を下げている。

「お帰りなさい、由紀彦さん」

「お、おう…た、ただいま。」

思わず間抜けな返事をしてしまった。

「お疲れでしょう。お風呂にしますか、それともお食事?そ、それとも………。」

彼女は頬を朱に染め、ちらりとベットの方を見る。
そこには何故か自分の枕の他に、もう一つハートマークが刺繍されている枕があった。
部屋は掃除され、食事の用意までされている。まるで新婚夫婦の住まいではないか。

(な、何だこれは!?………よもや、クラスの連中の罠か!?)

新手の美人局か!?あいつ等ならやりかねん………俺の弱みを作って屈服させる気か!?

「あの、由紀彦さん?」

「ちょっと待ってくれ、直ぐに済む。」

俺は自力で習得した虚言感知の魔法を唱える。これで相手が嘘をつけば直ぐに解る!
ふっふっふ。此の魔法を覚えた事は誰にも話していない………俺の勝ちだ!

「悪い。少し考え事をしていたんだ。所で、君は俺の事を知ってんのか?」

「はい。それはもう、ずっと前から…。」

む!?………反応が無いぞ。間違いなく発動した筈なのに。

「………君は誰だ?何で俺の部屋にいるんだ?」

「私、宮間夕菜と申します。葵学園に転校してきました。
 今日から由紀彦さんの妻として、し、寝食を共にさせてもらいます…。」

その美少女…宮間夕菜ちゃんは、少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら言った。
しかも台詞の後に「きゃー、言っちゃった!」等と可愛いリアクションを取っている。

「つ、妻!?………って、俺は結婚なんてしてないぞ!?」

「確かに…。私と由紀彦さんはまだ結婚できる年齢ではありません。
 でも、気持ちだけは夫婦のほうが良いじゃないですか!」

「………………。」

何故だ!?此の前、クラスで試した時には悉く反応が返ってきたというのに。
目の前の美少女からは何も感じ取れない。これはひょっとして………マジなのか!?
それに………夕菜ちゃんの苗字は宮間って言ってたよな。

「なあ、夕菜ちゃん。君の家って、あの宮間の一族?」

「そうですけど?」

宮間家は江戸時代末期のペリー来航後の開国時に早々と欧米の魔法理論を取り入れた家だ。
嘗てはその名を知らぬ者無しと言う程だったが、他の家も欧米魔法の理論を取り入れた為、
最近はその力も衰えているらしいが、今でも充分に名家である事には変わりは無い。

「由紀彦さん?」

自分の顔を近づけてくる夕菜ちゃん。その距離はほんの数十センチほどだった。
宮間家の娘で清純な美少女………しかもどうやら俺との結婚を望んでいるらしい。
金と権力と美少女が俺の懐に飛び込んでくるなんて………正に最高のシチュエーションだ。
きっと、神が俺様に相応しい未来を用意してくれたのだ。そう、これは運命なのだ…。

「夕菜ちゃん………。」

「あ、そんな………まだ明るいのに。」

にやけそうになる顔を必死で真剣な表情に戻し、俺は夕菜ちゃんの肩を抱き寄せる。
夕菜ちゃんは顔を赤らめつつ、目を閉じて顔を上向きにする。

よっしゃー!!

昂ぶる想いを堪えつつ、その可憐な唇をまず頂こうと顔を近づけた時、

ガチャッ!

「失礼する!」

ドアが開いて、誰かが部屋に入ってきた。


俺は咄嗟に夕菜ちゃんから距離を取り、身構える。夕菜ちゃんも不服そうにドアの方を見る。
そこには日本刀を持ち、出来損ないの巫女服のような服を着た一人の女の子が立っていた。
前髪を綺麗に切り揃えた日本人形の様な女の子で、夕菜ちゃんに負けない美少女だ。
だが、何故か俺に殺気を向けている。かなり腹を立てている様だが、俺が何をした?

「お前は………確か、一年の神城凛だよな?」

「気安く呼ぶな。虫唾が走る。」

そう吐き捨てるなり、ずかずかと部屋に上がり込んできやがった。

「喧嘩売ってんのか。俺はお前の事なんか知らねー………って何しやがる!」

神城は刀を抜くと、俺に突き付けてきやがった。

「………お前の、お前のせいで私は…。」

何か奴には深い事情がある様だが、俺自身にはまるで身に覚えが無い。
神城と話をするのは今日が初めてだし、少なくとも刀を向けられる理由は無い筈だが。

「………お前の事は我が良人と成る故に調べさせてもらった。」

「誰が良人だよ!?俺は年下に興味は無え!」

クラスで鍛えた大声で怒鳴りつけてやったのに、神城は無視して話を続ける。
しかも刀を握る手が怒りか何かで震えていやがる。

「調べて驚いた。成績と運動は申し分の無い実力だが、人間としての評判は地に潜っている。
 悪名高き2年B組でも筆頭の危険人物で、金と権力の為なら肉親をも売るヒトデナシとか。
 しかも覗きの常習犯で、今日の午前中も3年生の着替えを覗いていたとか………。」

「あ、あれはその………って誰がヒトデナシだ、コラ!!」

「覗きの常習犯………本当なんですか、由紀彦さん?」

痛い所を点かれて慌てて誤魔化したが、夕菜ちゃんがジト目で俺を見てくる。
こ、このアマ………後もう少しで夕菜ちゃんを落とせたというのに!

「だと言うのに、お前のような男を生涯の伴侶にしなければならぬとは!!何たる屈辱!!」

「ふざけんな!手前なんぞ、持参金付きでも御免だぜ!」

俺の文句を神城は全く聞いていない。むしろ瞳の奥には怨みの炎が渦巻いている。

「問答無用!この場で死んでもらうぞ!仲丸由紀彦!!」

「のわっ!?殺す気か、手前!」

「当たり前だ!これで私は自由になれる!」

神城の攻撃を紙一重でかわすが、丸腰の上に不意打ちだから刀を振り回す奴には勝てねえ。
何とか距離を取ろうとするが、狭い部屋の中なので直ぐに追い込まれてしまう。拙いぜ…。

「そんな事はさせません!」

その時、驚いた事に夕菜ちゃんが俺の前に立ち塞がった。

「確か宮間家の女性でしたね。そこをどいてください。」

どうやら神城は夕菜ちゃんと知り合いらしい。

「嫌です。由紀彦さんを傷つけたら許しませんからっ!」

「どかないと、女とて容赦しませんよ!」

「妻の私を倒してからにしてください!」

「いいでしょう。貴方に恨みはありませんが、少し眠ってもらいます。覚悟!」

凛は刀の切っ先を変え、夕菜ちゃんに狙いを定める。すると刀身が輝きだした。
こいつ、何か魔法を使用したのか?

「剣鎧護法ですか。鬼を刀にとりつかせて使役するなんて………。」

「神城家八百年の歴史が生み出した技です。」

「ならば!」

夕菜ちゃんが右手を天井に向けた。

「古き神々、世界を司る全ての精霊たちよ、誓約によりて、我が命に応じん。ウンディーネ!」

夕菜ちゃんの手の周りに霧のようなものが現れ、どんどん大きくなり、やがて水滴となる。
そして彼女の腕を中心に水の渦巻きが形成された。

「宮間の精霊術、ご覧にいれます!」

「くっ、この西洋かぶれが!」

神城が勢いよく夕菜ちゃんに切りかかるが、夕菜ちゃんは水を鞭の様に操り、刀の軌道を変える。
夕菜ちゃんは両手を頭上にかざし、2つの水流を作ると、両脇から神城を襲う。

「眠りなさい!」

神城はそれをぎりぎりまで引き付け………。

「破っ!」

気迫と共に2つの水流を同時に引き裂く。力を失った水は天井に激突すると部屋中に降り注ぐ。
一瞬にして部屋がスコールに見舞われた様になり、大量の水が部屋の物を全て洗い流そうとする。
二人はなおも激しくぶつかり合う。ここが俺の部屋だろうと何だろうとお構い無しに。
二人の激しい戦いのせいで寮全体が激しく揺れる。本棚が倒れるは、机が崩壊するは、もう散々。

は!?突然の事態に呆然としていた間に、俺の部屋が目も当てられねえ状態になってやがる!
もう無茶苦茶でとても住める状態じゃ………ああっ!俺の大事なパソコンに水が!!

「い、いい加減にしやがれ!!」

俺は呪文を唱えると、先程と同じく右の拳に白光を集中させる。

「………せい!」

正拳から放たれた発光体は、一直線に飛んで神城に激突し、爆発して吹き飛ばした。

「ぐわっ!………ふ、不意打ちとは卑怯な!」

「バーカ。殺し合いに卑怯もイカサマも関係あるかよ!」

まともに食らった神城は倒れたまま俺を睨みつけてくるが、俺は冷笑を返す。

「さあて………人殺しに掛ける情けは無いぞ。まず慰謝料をたんまり請求しないとな。
 後は奴隷にでもなってもらうか。悔し涙にくれるが、俺に従わざるを得ない神城。
 くくくくく、いいシチュエーションじゃないか。」

「くっ………殺せ!辱めを受けるくらいなら、死んだ方がましだ!」

「お前を殺すよりも生かしておいた方が俺の得になり、お前の苦しみとなる。
やなこった!」

「あの…由紀彦さん。もう、そのくらいでいいじゃないですか…。」

あれだけ大暴れしていた夕菜ちゃんが、急に神城に同情的になった。うーむ、女心は難しい。
普段なら却下する所だが、さっき神城が覗きの件を暴露したんで、機嫌を損ねている筈。
ならば、ここで器の大きい所を見せてやれば、俺の株は急上昇間違い無しだ。

「それじゃ…。」

「あらら。やっぱり、他の家も動いてたのね。それも宮間と神城とはね。」

俺の台詞は突然割り込んできた声に遮られてしまった。

続く。


――― ◆ ――― ◇ ――― ◆ ――― ◇ ――― ◆ ――― ◇ ―――


その名はWz

5. 幸運or不幸?

注)引き続き、仲丸の1人称で話を進めます。


「今度は誰だ………って、か、風椿玖里子!?………先輩。」

驚くべき事に新たな来訪者は、風椿玖里子先輩だった。うーむ、やはりいい女だな。
だが、今までのシチュエーションから察するに、まさか彼女も俺が目的なのか?
………悩むな。容姿の好みで言えば、夕菜ちゃんと風椿先輩に殆ど差は無い。
夕菜ちゃんは少し胸のボリュームは乏しいが、それを補う可憐さがある。
風椿先輩はグラマーで妖艶な魅力が堪らない。だとすると、金と権力の問題か。
最近急成長の風椿財閥の女と落ち目だが歴史ある名家の宮間。どっちを取る?

「玖里子さんも由紀彦さんを狙って来たんですか!?」

夕菜ちゃんは再び水流を生み出し、風椿先輩に向き合う。怒らせると怖いな、この子。

「うーん。そういう命令は受けたんだけど、どうも気が進まなくてね。
 あたしの好みと大分違うし、あのB組の主犯格でしょ。家に取り込むのは危険過ぎるわ。」

何だとー!!クラスの悪名の所為で、せっかくのチャンスがふいとなるのかー!

「あんたの潜在能力は魅力的なんだけどねー。」

ん!?………潜在能力?一体、何の話だ?

「じゃあ、玖里子さんは除外で………後は凛さんですね。」

俺が考えている間に夕菜ちゃんは何やら納得し、床に倒れた神城へと目を向ける。

「私の考えは変わりません。家の命令とは言え、あんな卑怯者を夫にしたくありません。
 故に斬ります。」

「そんな事、許しません!」

「そうよ。幾ら何でも流石に殺人はヤバイわよ。揉み消すのは難しいわ。
 家の命令から自由になる為に殺人者の烙印を押されてもいいの?」

「………………くっ!では、どうすれば!」

「さてね………式森君に相談してみる?」

「式森先輩…ですか。そうですね、確かにあの人なら…。」

「誰です、その人?」

何故かそこで式森の名前が挙がった。しかも神城の奴、何か嬉しそうだぞ!?
いや、それよりも!

「待て待て待てえぃ!!何故そこで式森なのかも気になるが、俺の潜在能力ってのは何だ!?
 どうやら、それが今回の騒ぎの要因みたいだが!」

すると、風椿先輩が説明してくれた。
どっかの探魔士が葵学園のサーバに侵入して、魔力データを地下世界にばら撒いたそうだ。
そこに俺の情報もあって、調べてみたら物凄い事実が判明し、色々な所から注目されてる事。
俺の家系は日本、世界を問わず、多くの有名魔術師の血を脈々と伝えて来た最強の血族で…。
今でも俺は充分に一流を名乗れる才能があるが、その俺の子供は大魔術師間違い無しだと…。

「あたしの家って成り上がりだから、睨みを利かせる何かが欲しいって事になって。
それであんたの遺伝子でも、ちょこっと………って話だったんだけどね。」

「………う、う、う、うおおおおおおおっっっっ!!!来た、来たぜ、俺の時代がー!!!」

畜生!親父もお袋も何でそんな重大な事を黙ってやがったんだー!
やはり、俺の溢れんばかりの才能は神が与えたものだったんだなー!
生まれる子供が大魔術師間違い無しとくれば、どんな女でも選り取り見取りだぜ!
金持ちの美女を数人キープして、モテモテのウハウハな生活が俺を待っているぜ!
だーーーはっはっはっはっは!!!

「………何を考えているかは顔を見れば一目瞭然だわね。」

「不埒な………女を何だと思っている!くっ………この怪我さえ無ければ。」

「ちょっと待ってなさい。治癒用の霊符もあった筈だから。」

「由紀彦さん!妻の私に隠れて浮気なんて許しませんよ!」

ビクッ!

夕菜ちゃんが怒りの眼差しで俺を睨んできた。先程の水流が俺に向けて突き付けられている。

「ち、ちょっと待て!落ち着いてくれ、夕菜ちゃん!君だって俺の血が目当てで来たんだろ!」

「違います!確かに親から由紀彦さんの所に行けって言われました!
 でも、私は子供の頃に願いを叶えてくれた貴方に逢って、約束を果たす為に来たんです!!」

夕菜ちゃんの口から意味不明の言葉が飛び出した。願いとか約束とか何の事だ?

「もしかして………覚えてないんですか?」

困惑が表情に出たのか、夕菜ちゃんは水の精霊を解放すると悲しそうに俺を見る。
むう………ここで「知らん」と言えば、多分彼女とは終わりだ。それは惜し過ぎる。
夕菜ちゃんは怒らせると怖いが、それ以外は殆ど申し分の無い美少女。
そして風椿先輩が俺の物にならぬ今、彼女の家の金と権力も捨て難い…。

「じ、実は…子供の頃に階段から落ちて頭を打ったんで、記憶が一部抜けているんだ。
 其の時のかも知れない。」

記憶喪失と言う事にしよう………ちょっと苦しいか?

「そ、そうだったんですか!大丈夫なんですか!」

よし、信じた!

「ああ………だからその時の事を話してくれないか?思い出すかもしれないし。」

「はい!」

  ・
  ・
  ・
  ・
  ・
  ・

回想シーン(作者視点で。)

それは10年前の梅雨明けの日の出来事。

「どうしたの?」

一人、しゃがみ込み、両手に顔を当てて、幼い少女が頬を涙で濡らしていた。
彼女の左手に持っているペンダントが涙で光っていた。

そこへ少年が近寄って、話しかけて来た。
少女は泣き止み、顔を上げ、話しかけて来た少年を見やる。

「………だれ?」

「ぼくは、せかいいちのまじゅつし!」

少年は、ニッコリと微笑む。

「ほんとう?」

「うん!」

少女は驚いたのか、眼をパチパチと何度も開け閉めをし、何度も少年を見やる。
そして、彼女は思ったのか、口を開くと…。

「じゃあ、わたしのおねがいをかなえてくれる?」

「どんなおねがい?」

「わたし、このまちにきたばっかりなのに、またおひっこしをしなければいけないの。
 もうおひっこしなんかしたくない。だから………。」

少女は堰を切ったかのように、次々と自分の思いを話し続ける。

彼女の家は何処かの大きな家らしく、両親共々忙しい身である事…。
この街に着たばかりなのに、また引っ越さねばならない事…。
そして、今度の引越し場所は遠い外国である事…。

「わたし、もうどこにもいきたくない。ずっとここにいたい。
 ともだちだってつくりたい。もう、おひっこしなんて、やだ。」

そして、期待の篭った眼で少年を見る…。

「ねぇ、まほうつかいだったら、わたしのおねがいかなえてくれる?」

「………ごめん、それはできないよ。」

「うそつきっ!パパやママとおんなじ。いつも…わたしのことだまして…!
 ほんとは、まじゅつしじゃないんでしょ。」

少女は再び声を上げて、泣き出してしまった。

「で、でも、べつのことだったら。」

「………じゃあ、ゆきをみせて。わたし、まだみたことないの。」

先ほどの返答でがっかりしているのか、些か元気の無い声が少年の耳に入る。

「それぐらいなら………みるだけなら。」

「………ほんと?」

先程と同じような、期待の篭った瞳が少年を映し出す。

「………うん。」

「じゃあ、しんじる。ほんとうにみれたら、えっと………。」

彼女ははっきりと言った。

「およめさんになってあげる!」

「え、あ………うん。」

少年は一度少女の方に手をかざして、何やら呟いた後、今度は手を空にかざした。
少年の手が淡く光りだす。

「ゆきよ!まいおりろ!」

変化は、やがて現れた。

「わぁ………。」

空き地一帯に、白い粒が舞い降りる。雪だ。この暑い中、雪が降っているのである。
それを見た少女の顔には、驚きと、そして笑みが広がった。

女の子はとても喜んで、その後迎えに来た親と帰っていった。

「せかいいちのまじゅつしさん。やくそくだよ」

という言葉を残して………。 

回想シーン終了。

  ・
  ・
  ・
  ・
  ・
  ・

「と、言うわけです!思い出してくれましたか!?」

「そんな事………可能なの?」

「確かに世界一の魔術師でないと無理そうですが…。」

間違い無く俺ではない!天候操作の魔法は一流の魔術師が数十人がかりで可能なものだ。
それを独りでやるなど出来るわけがない!そんな魔力があれば、世界を俺の物にしている。
完全な人違いだが、夕菜ちゃんは何故かそいつが俺だと思い込んでいる。
うーむ、何とか乗り切る方法は無いものか?

ブーン

悩む俺の胸ポケットで、携帯電話がブルッた。誰だ、こんな時に………って、式森!
そうだ!あいつなら何か誤魔化すのにいい方法を思いつくかも知れねえ!

「で、電話が来ちまった。ちょっと待っててくれ!」

俺は急いで廊下へと出ると、通話状態にする。

『あ、仲丸?先週貸した1万円の事だけど…。』

「ナイスタイミングだ、式森!流石は親友!ちょっと相談に乗ってくれ!(小声)」

『何?』

「お前が普通に魔法が使えると仮定して、
 『雪を見せて』とせがむ少女の願いを適える方法って何か思いつくか!?(小声)」

『………『雪を降らせて』は無理だけど、『雪を見せて』なら出来るかな?』

「本当か!?どうやんだよ!(小声)」

『まずは………。』

うーむ。式森が説明した方法なら、確かに俺にも出来そうだった。だが…。

「その子が成長して自分の所に来たらどうする?事情知ったら怒るんじゃねーか?(小声)」

『そしたら頭を下げて謝るよ。僕にはこんな事でしか君を慰められなかった、とね。』

「ふーむ………正攻法か。案外、いいかもな。」

『所で、何でそんな事聞くの?』

「あ…ああ!ちょっとした思いつきでな、大した事じゃない。
 金は明日倍にして返すぜ!じゃあな!」

俺は急いで電話を切った。

「話の途中ですまなかった…思い出したぜ。あの時の女の子だな、君は(棒読み)。」

「思い出したんですね!嬉しいです!」

夕菜ちゃんの顔が不安から笑顔に変わる。そうして、上目遣いに俺を見つめる。

「我侭だとは思うんですけど………もう一度見たいって、お願いしてもいいですか?」

「も、もしかしたら、君は怒るかも知れんが、それで良ければ…(棒読み)。」

仲丸由紀彦、一世一代の大賭けだ!リスクは高いが、やるっきゃ無え!


 ◆◇◆◇


俺達は寮の外へと移動する。風椿先輩と神城も何故か付いて来た。

「本当に出来るのか、興味あるわね。」

「お前が不埒な事を夕菜さんにしないか見張らぬとな。」

夕菜ちゃんは期待に目を輝かせて、俺を見る。………ほんとに大丈夫なのか、式森!?

「あ、あの時の、俺にはこんな事しか出来なかった…(棒読み)。」

夕菜ちゃんの眼前に手をかざし、幻影の呪文を唱える。空から雪が降る光景をイメージして。
次にペットボトルに入れた水を夕菜ちゃんの頭上に移動させ、氷結魔法で雪の結晶に変える。
式森の案は雪の降る幻影と氷の魔法による雪の結晶の作成で、雪を体感してもらう事だった。

「あ………。」

夕菜ちゃんが空を見上げる。彼女の周りを白い結晶が舞い踊る。彼女の顔に微笑が浮かぶ。

「………成程ね。これは確かに『雪を見せて』くれてるわね。」

「頭だけは良かったんだな…。」

夕菜ちゃんにだけしか魔法は掛けてないが、状況は把握したらしい。2人とも感心した様子だ。

「あの時と同じです…。とっても綺麗。やっぱり由紀彦さんは世界一の魔術師です!」

夕菜ちゃんが俺に抱きついてくる。俺も彼女の身体に腕を回した。あー、柔らけえ。

「今度は私が約束を守る番ですね。由紀彦さんの妻として恥ずかしくない様に頑張ります!」

よっしゃー!金持ちの清純派美少女をゲットしたぜ!性格もいいし、正に理想の彼女だ!

「だから私だけを見て下さいね。余所見しちゃ駄目ですよ。
 勿論、浮気は絶対許しません!由紀彦さんは私だけのものです!誰にも渡しません!」

………何か今、聞き捨てならん台詞を聞いたような気がするぞ。

「あらあら、妬けるわね。ちょっと勿体無かったかな…。」

「はははっ!先輩なら何時でも歓迎するぜ!」

風椿先輩が軽口をたたき、俺もそれに乗った。ほんとはマジで惜しいけどな。

「………由紀彦さん。」

ん?夕菜ちゃんが唐突に俺から身を離すと、顔を俯かせて身体を震わせている。

「や、やばっ!じゃ、じゃあね!無事を祈ってるわ!凛、行くわよ!」

「ど、どうしたんです、玖里子さん?」

風椿先輩は急に顔色を変え、神城の腕を引いて走り去った。

「もう、浮気ですか………。」

「へっ!?」

ゆっくりと顔を上げた夕菜ちゃんの顔は、口元が引き締まり、目尻が吊り上っていた。
彼女の右手が発光する。精霊が集い、火球が形成された。

「ま、待った!俺は何もしてないぞ!さっきのは、どう聞いても只の冗談じゃないか!」

「いいえ、私には本気に聞こえました。約束したばかりなのに………酷いです!」

夕菜ちゃんは右手を振り下ろす。生み出された火球が俺を目掛けて飛んで来る。
とっさに防御魔法を展開するが完全には防げず、爆発の衝撃で俺は宙を舞った。

(もしかして俺は………とんでもない子を選んだのだろーか。)

地面に激突した際に頭を打ち、意識が薄れゆく中、俺はぼんやりとそんな事を考えていた。

続く。


――― ◆ ――― ◇ ――― ◆ ――― ◇ ――― ◆ ――― ◇ ―――


その名はWz

6. 明暗


葵学園のサーバーに何処ぞの馬鹿な探魔士が侵入したとDrから聞いた、次の日。

「さあ、女の子に賭ける人、いないの?」

教室に入った僕の耳に飛び込んで来たのは、何やら賭け事をしている松田さんと、
それに「男だ!」「俺は女に!」と金を渡しながら叫ぶ生徒達だった。

「………今回は何をネタにしてんだろ?」

「ミャア?」

クラスの連中は何かあれば、すぐに賭けを始める。前は僕の魔法回数が対象にされた。
僕は、賭けとは胴元が得する様になってると思ってるんで、興味は無いが。
席に着くと、何人かのクラスメートが僕の元に駆け寄ってきた。

「よっ!毎度の事ながら凄えぜ、式森!ほんとにK社の株が大暴落だ!」

「おはよう。今朝のニュースでも出てたね。合成獣の違法研究を行なってたって。
 社長と重役3人が逮捕、研究所は閉鎖。それに代議士まで絡んでたとか。」

「警察も対応が早えよな。証拠を入手したんで、直ぐに起訴まで持ち込めるってよ。」

確かに霧香さんの対応は早かったな。実際に動くのは2日先くらいと思ってたけど。
警察も方針さえ決まれば結構優秀だって事なのだろうか。

「実は、この件にもWzが裏で協力したらしいぜ。何時ものメッセージが出たってよ。」

「一体、誰なんだろうな。遂に賞金が500万になったらしいが、未だ正体不明だし。」

「式森の情報網で解らないのか?」

「僕は探偵じゃないって。………所で、あの騒ぎは?」

「時期外れの転校生が此のクラスに来るらしいんで、男と女のどっちかを賭けてるのさ。
 あの集計を見る限りじゃ、男7の女3だが、式森はどっちに賭ける?」

僕は、あの場所に仲丸の姿が無い事に気付いた。はっきり言ってあり得ない事態だ。
彼の席に目を向けると、机の上で力無く突っ伏している。ふむ………。

「女の様な気がするけど、それ以上に賭け自体が有耶無耶で終わる気がするね。
 だから、僕は賭けない。」

「何だそりゃ?」

不思議そうに見る連中を余所に、僕はグーリアスを左肩に仲丸の席へと移動する。

「おはよう、仲丸。君が賭けを仕切らないなんて珍しくない?」

「………今日は体が痛くてな。大人しくして居たいんだ。それに俺はもう賭けた。」

「ふーん。そう言えば、昨日は何があったの?」

ビクッ!

「何で知って………痛たたた!」

顔を伏せていた仲丸が突然顔を上げ、直ぐに痛そうに背中を押さえた。

「昨日の電話の時に様子が変だったから。別に言いたくなきゃ聞かないけどね。
 それより金返して、元値でいいから。」

「あ、ああ………サンキュー。」

そのリアクションから遺伝子狙いの連中が来たのだと確信できた。
怪我している所を見ると、揉め事になったのだろう。

「それじゃ、お大事に。」

仲丸に幾分労わりを込めて呟くと財布に1万円札をしまい、自分の席へと戻った。


始業のチャイムが鳴り、賭けの申し込みは終了した。比率はそのままの様だ。
クラスの面々は席に戻り、パンフ等を用意しながら、目をぎらつかせて転入生を待つ。
始業時間から少し遅れて、2年B組担任の伊庭かおり先生が入ってきた。

「おーら、席に着けーっ。」

いつもながら眠そうだ。またゲームに熱中して、徹夜したのだろう。
まあ、このくらいの性格でもないとB組の担任など無理なのだろうが。

「あー、もう知ってるとは思うが転入生が来た。お前達と違ってまともそうな奴だ。
 くれぐれも、ねずみ講や株やマルチ商法を勧めるな。私が上に嫌味言われんだから。
 全く、何で転入生をこんな問題クラスに入れんだか。F組にしときゃいいだろうに。」

生徒達から文句の声が上がるが、耳を押さえて無視を決め込む。
声が治まったのを見計らって扉の方を向き、声をかける。

「待たせてすまんな。入って来い、宮間。」

すると扉が開いて、ピンク色の髪をツインテールにした清楚な感じの美少女が入ってきた。

(おや?確か彼女は、あの宮間家の…。)

『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!』

クラスの連中は、宮間と呼ばれた少女の可憐そうな外見にどよめきたった。
まあ、そこらのアイドル顔負けの美少女、それも清純系とくれば無理も無いだろう。
2年B組にも清純に見える女性はいるが、あくまでも『清純に見える』である。
大小はあれ、基本的にほぼ全員が『人の不幸を喜ぶ』性格をしているのだ。
清純派ヒロイン等とは久しく無縁だった為に、その衝撃は大きかった。

あちこちから、「可愛い!」だの「可憐だぁぁ!」とか飢えた男子は叫び、
また女子の間からもそれに似た声が聞こえてきた。
とは言え、リーラやネリーと比べると随分落ちる気がするけどね。

「ミャア!!」

「え?此処は危険すぎる?………了解。」

グーリアスが滅多に無い程強い声で僕に警告を告げる。
グーリアスは嘘を言わないので、早速荷物をまとめて移動の準備を整える。

「騒がしくてすまんな。こら、まだ自己紹介してないぞ!静かにしろ!」

すると喧騒は一瞬にして治まる。ほんと、思惑が一致した際の連帯感は見事だ。

「あの、先生。ちょっと気分が優れないので、保健室に行きたいんですが…。」

「何…大丈夫か!?構わん、無理はするな。お前が居ないと私の負担が増えるんだ!」

何故か伊庭先生に過剰に心配されつつ、荷物をまとめて席から立ちあがる。

「………あ、すまん宮間。続けてくれ。」

「あ、はい。初めまして、宮間…じゃなくて、仲丸夕菜。由紀彦さんの妻です。
 由紀彦さん共々、よろしくお願いします」

そう言って、彼女曰く仲丸夕菜さんは深々とお辞儀をした。教室が静まり返る。
成程………これは下手しなくとも、危険過ぎる。教室が半壊で済めば御の字だ。
僕はそそくさと反対側の扉へと歩き出すが、重い空気の所為で足が上手く動かない。

ドタン!

その時、何かが倒れる大きな音が静まり返った教室に響き渡った。
音のした方向を見ると、仲丸が椅子ごと転げ落ちていた。

「………あ、あははは。」

『なーかーまーるーぅぅぅ!!!!!!』

ギロリ!

一斉に怒りと嫉妬と憎悪の視線が、笑って誤魔化そうとした仲丸へと向けられる。
殆どクラスの全ての人間の負の感情だ。はっきり言って、かなり怖い。
並の人間ならば腰を抜かすか、発狂してしまうかの様な怨念じみた視線だった。
その瘴気とすら感じる空気の中、やっと出口まで辿り着いた僕は急いで教室を出る。

「仲丸くーん。どういう事なのか、ちゃんと解る様に説明してくれないかしらー。」

ゾクッ!

大きな声ではない。しかも扉越しだというのに、松田さんの低い声が何故か耳に入る。
その瞬間、僕は音を立てずに駆け足で歩くという矛盾した方法で、その場から逃亡した。

「酷いです由紀彦さん!昨日私の事を強く抱きしめて、愛してるって言ってくれたのに!」

「殺れ!」

確実に危険区域から逃れたのに何故か聞こえた2人の声が、僕達の耳に届いた。
次の瞬間、B組の教室の方から物凄い轟音が響き渡った。

「うぎゃぁぁーっ!!!」

何か断末魔の悲鳴も聞こえた様な気がしたが、きっと空耳だろう。


「危ない所だった…。ありがとう、グーリアス。君は最高の相棒だよ。」

「ミャア!」

思わずグーリアスを抱きしめ、頬ずりする。御返しに僕の頬を舐めてきた。

「凄い怨念だったな…。あんな騒ぎに巻き込まれたら、命が幾つ在っても足りないよ。
 それに宮間の娘に気に入られでもしたら、もう平穏な生活なんて望めないからね。」

彼女は、その筋では有名だ。顔も家柄も人当たりも良く、友人としてなら申し分は無い。
だが気に入ったものには独占欲が強く、自分だけのものにしないと気が済まない。
思い通りにならないと暴君となり、感情のままに破壊を撒き散らすとか。
それでいて、自分が悪いとは欠片すらも思わず、常に相手が悪いとなるらしい。

「まあ、彼女の様子だと完全に仲丸に夢中の様だし、彼にも悪い話じゃないからね。
 望んでいた金と権力が宮間を通して手に入るかも知れないし。耐えれればだけどね。」

見事に生贄の羊としての任を全うしてくれた『親友』の冥福を祈って、十字を切る。

「我が掌の上で踊り狂う…憐れな子羊(仲丸)に、讃美歌を。」

「ミャー」

ドゴーン!

「何処へ行きやがった!」

「絶対に逃がすな!」

「由紀彦さん!妻の私を置いて何処へ行くんですか!酷いです!」

再び爆音が校舎に響き、廊下を集団で爆走する様な足音と叫び声も聞こえてくる。
どうやら仲丸は皆の攻撃を防ぐか避けるかして、教室から逃亡した様だ。
それを怒りで頭に血の上ったクラスの連中が必死で追跡してるのだろう。
だとすれば巻き添えを食らわぬ様に、一番防御の固い場所へ予定通り行くべきだな。

「保健室に急ごう。」

「ミャー」

「え?何で荷物を持ち出したかって?今日の弁当はリーラの御手製だからね。
 万が一にも危険に曝したくないもの。」

騒ぎが沈静するまで、とりあえず保健室で時間を潰す事にした。
もし仲丸が来たら、学食の昼飯くらい奢ってやろうかな?


この騒動が、卒業まで続く仲丸と宮間さんを中心に巻き起こる騒動の日々の始まりであり、
仲丸の受難(女難?)の日々の始まりだったとは、僕を含めた誰にも予測し得ない事だった。


 ◆◇◆◇


その日の夜。自宅にて。

「………と言う訳で、今日は大変だったよ。」

「信じ難い話ですね。でも、和樹様に御怪我が無くて何よりです。」

リーラの給仕で夕食を食べ終えた後、今日の騒動の話をした。

2時限目に教室に戻ると、廊下に人間大のボロ雑巾の様なモノが転がっており、
クラスの連中が宮間さんに仲丸が如何に性質が悪いかを熱弁していた。
宮間さんも負けじと彼らに色々と言葉を返していたが、
それよりも仲丸を保健室に連れて行った方がいいのではなかろうか?
流石に憐れなので、比較的まともなクラスの友人の協力を仰ぎ、保健室へと運んだ。
それ以降、仲丸の姿は見ていない。

「ヒランヤの加護があるし、グーリアスの『危険予知』もあるから大丈夫だよ。」

そう言って、何時も身につけている銀製の六芒星の首飾りをリーラに見せる。
装着者の身体に魔法障壁を展開し、直撃でなければ攻撃魔法をも防ぐ僕の自信作だ。
儀式魔法は、この様な魔法具作成にこそ最大限の効果を発揮する。

「所で、和樹様………次の連休の予定は開いておりますか?」

「大丈夫だけど、どうしたの?」

「御主人様がこの前の御礼をしたいので、和樹様に島に来て欲しいとの事です。」

「僕、何かしたっけ?」

その言葉にリーラは苦笑する。

「前に和樹様は水銀旅団の管理するサーバをクラックしましたよね。
 それで奴等は資金源と人員の補充方法を失い、大打撃を受けました。」

そう言えばリーラがMMMの宿敵、パジャマ愛好団体『水銀旅団』の話をして、
奴等のサイトに潜ってみたら、嫌がっているメイド達の写真が沢山あり、腹が立って。
管理サーバ本体に『皆殺し爆弾』を送り込み、データもシステムも全て無に還したっけ。
『皆殺し爆弾』はサーバに繋がっている全てのコンピュータに被害を及ぼすので、
水銀旅団全体が受けた損失は半端な金額では無いだろうな。

「あれは流石にやり過ぎだったかも…。」

「ピンクパジャマに堕ちた者達の弱みも消滅し、彼女等のメイドへの復帰も叶いました。
 ………御主人様は後顧の憂いが無くなった事を理由に引退する御積りです。」

あの老人に僕の正体を教えたつもりは無いので、リーラが話したのだろうな。
まあ、僕はリーラの目と判断を信じているし、どうせ証拠など残していないが…。

「え?引退って事は…。それに確か…。」

「はい。次の連休は誓約日です。我々は和樹様に誓約を結んで頂きたく思います。
 皆も和樹様が次期主人となるのを心待ちにしております。」

「そっか………。」

只の高校生が、100人を超える美人ばかりのメイドさん達の御主人様か…。
クラスの連中に知れたら、きっと殺されるだろうな。

「和樹様、もしや不満なのですか?」

僕の沈黙が勘違いさせたようで、リーラが悲しそうに僕を見つめる。

「不満なんて無いよ。唐突だったんで、驚いただけ。喜びこそすれ、嫌な筈無いよ。」

子供の頃は何時も1人だった。寂しくて、自分が必要とされてない事が嫌で仕方が無かった。
グーリアスと出会って寂しさから解放され、リーラと出会って人を愛する事を知った。
今では多くのメイド達が僕の傍に居る事を望んでくれる。不満などある筈が無い。

「これからもよろしくね、リーラ。そして、グーリアス。」

「勿体無い御言葉です。」

「ミャア!」

2人の返事を聞いた時、僕は世界で1番幸せな人間なのかも知れないと本気で思った。


Fin


後書き

ここまで御付き合いいただき、本当にありがとうございます。タケでございます。
久し振りに、まぶらほで電波が来ましたので、投稿させて頂きます。
まぶらほの2次創作は多少強引な設定でも、大抵は許容される大らかさが素敵ですね。
原作ではキシャーという超絶危険生命体が幅を利かせている所為でしょうか?

今回の話では、和樹とリーラ、仲丸と夕菜という変化球で行きました。
仲丸を主人公扱いで話を書くというのは今まで見た事無いですが、他にもありますかね?
あったら、是非に読みたいですね。この話が主人公扱いかは、さて置いて。
続編希望の方には申し訳ありませんが、この話はこれで完結です。
因みに私がまとめて投稿するのは、自宅にネット環境が無いからです。

読んで面白いと思って頂ければ、これ以上の喜びはありません。
それでは、また別の話で会えます様に。


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