インデックスに戻る(フレーム有り無し

▽レス始

「剣振るうは誰の為(まぶらほ+オリジナル?)」

タケ (2006-09-16 00:27/2006-10-03 11:56)

作者注:この話には宮間夕菜、風椿玖里子、神城凛は全く出てきません。
ヒロインは山瀬千早と杜崎沙弓です。
和樹の性格は私風味ですし、和樹の家族は全てオリキャラです。
毎度の事ですが、まぶらほと呼べるか解らない作品になっています。
基本はオリジナルですが、一部に他作品の設定等を引用しています。
それでも構わない方は、どうぞお読みください。長いですけど。


剣振るうは誰の為

プロローグ1 夢語り


5歳の誕生日に、不思議な夢を見た。

僕は女性の様に綺麗な少年になっている。服装も周りの光景にも全く覚えは無い。
その少年…『彼』は王様の息子らしい。***ノミコトと呼ばれている。
僕の名前は式森和樹なんだけどな。そう思っても、僕の意志は『彼』に通じてないが。
『彼』は力が強く、相撲を取れば自分より遥かに大きな男でも投げ飛ばし、
両手で抱えきれないような大きな岩を持ち上げる事も出来た。

目が覚めた後、父さんや母さんに夢の話をすると、面白そうに聞いてくれた。
何でも、ある神様の物語にそっくりらしい。その神様は家の神社に祭られているそうだ。
その神様を称えて、月1回、父さんが剣を持って古風な装束を纏い、舞を奉納している。
その神様の名前は******ノミコトと言う。

その後、しばらくは『彼』の夢を見なかった。


12歳の誕生日に、また『彼』の夢を見た。『彼』は少年から青年になっていた。
それ以降、半月に1度の割合で『彼』の夢を見ている。
何時しか『彼』の行動を共に体験するだけでなく、その想いや感情も伝わる様になった。

『彼』は父親に命じられるがままにいくつもの国を旅している。
旅の目的は他国の侵略であり、剣で斬り合ったり策を練って騙したりと大変だ。
何故『彼』だけがこんな事をさせられているのだろう?他にも兄弟は沢山いるのに?
だが、段々解ってきた。『彼』は父親に嫌われている。その才能を疎まれているのだ。

『彼』は侵略なんて望んでいない。今まで殺した人の中にはいい人も沢山いた。
『彼』の国は旅に出る前から充分に栄えているのに、父親は決して満足しない。
何故それ程に国を大きくしようとするのだろうか?どうすれば満足するのか?

旅を続けて行く内に、『彼』には愛する女性が出来た。
その人が傍にいれば、どんなに辛い旅も耐えられた。だが、その人は死んでしまった。
船旅の最中に嵐に遭遇した。その人は『彼』が止めるのを振り切って、海に身を投げた。
海の神様を沈める為と言って。『彼』の旅の無事を願いながら、最後まで笑っていた。
『彼』には、こんな下らない旅よりも、その人の方が大切だったのに。

それでも旅を続けるうちに、『彼』は別の女性と愛し合うようになった。
前の人を忘れたわけではないけど、その人とならきっと幸せになれると思った。
でも、その人とも幸せにはなれなかった。今度は『彼』が死んでしまったから。
ある村で村人を襲う獣を退治に行った時、相手を侮った『彼』は剣を持って行かなかった。
それが原因で大怪我を負い、死んでしまった。帰ったら結婚する筈だったのに。

最後の最後で『彼』は白い鳥に魂を移して、愛する人の顔を見る事は出来た。
けれど結局、『彼』は愛した人を2人とも幸せには出来なかった。


白い鳥になった後、夢はまた旅立つ前へと戻る。既に何度も繰り返されたか解らない。
悲しい内容だが嫌悪感は覚えない。こうなるな、と『彼』が僕に訴えている気がするから。

やがて僕はこの夢の意味を知る。それは祈り。それは願い。それは誓い。


剣振るうは誰の為

プロローグ2 約束


僕の名前は式森和樹。僕の家は風守神社という古い神社で、父さんは神主をしている。
風守神社は長い歴史を持ち、毎月行なわれる神楽舞という儀式で結構有名らしい。
この儀式は2日間、舞台上で2通りの舞を奉納するもので、毎月大勢の観光客が訪れる。
舞の型は全部で72通り。前の月とは異なる舞を奉納し、3年で1巡りするのだ。
今は父さんが奉納しているが、その前は爺ちゃん、その前は曾爺ちゃんの役目だった。
僕が覚えているのは5歳の時からだ。夢中になって見ていたのを覚えている。
父さんの舞は凄く綺麗だった。僕もああなりたいと思った。

7歳の誕生日の時、僕は舞を教えて欲しいと父さんにお願いした。
父さんは「お前にはまだ早い」と言っていたが、僕の決心は固かった。
宿題を必ずやる事を条件に、次の日から稽古をつけてもらうようになった。


 ◆◇◆◇


父さんは家の神社で舞を奉納する以外に、他の神社からの依頼で出張する事もある。
誕生日から1ヶ月が過ぎて、1つ目の舞を覚えた頃、父さんと一緒に出かける事になった。
練習も大事だが、目で覚える事も重要だという事だそうだ。丁度3連休だったし。

「奉納の儀は、夜からだ。私は禊をするが、和樹はどうする?」

「神社に来る前に公園があったんだ。其処に遊びに行ってもいい?」

「ああ、いいぞ。だが6時までには帰ってこないと駄目だぞ。」

「はーい。」

腕時計を確認して走り出す。まだ2時だから、充分遊べる。


と言う訳で公園にやってきたのだが、誰もいなかった。1人で遊ぶのもつまらない。
これなら父さんと一緒にいれば良かった。それか舞の練習をしていれば良かった。
でも、誰もいないなら此処で練習してもいいか。せっかく来たんだし。
丁度良く地面に落ちていた棒切れを水飲み場でよく洗い、よく振って水気を取る。
練習用の木刀よりも軽いけど、無いよりましだね。

意識を集中し、覚えたばかりの型を頭の中で思い返す。
右手で棒を垂直に構え、右足を踏み出すと同時に振り下ろす。
その勢いを逃さずに横に振り抜き、半回転しながら左足で拍子を打つ。
両手で棒を構え直すと、大きく振り回しながら足を踏み出す。
何時の間にか周りの風景が気にならなくなっていく。ただ夢中で舞に没頭する。

「君、何をしているの?」

突然耳に入った女の子の声で集中が解けた。大きく息を吐く。
声がした方を振り向くと、僕と同い年くらいの可愛い女の子が僕を見ていた。

「初めて見るけど、何?そして、君は誰?見かけないけど?」

面白い物を見たという様に話しかけてきた女の子に驚いたけど、
父さんは「女の子には親切に」といつも言っているしね。

「神楽舞の練習だよ。今日の夜から2日間、父さんがあそこの神社で舞をするんだ。
 僕は父さんの舞を見る為に、一緒について来たんだ。」

「さっきの綺麗な動きが、舞って言うの?」

「そう。でも父さんの舞は僕よりもずっと綺麗で凄いんだ。君も見においでよ。」

「今日のお祭りには皆で行くの。楽しみだわ。」

凄く嬉しそうに、その子は笑った。何故か、もっと笑顔が見たいと思った。

「ねえ、さっきの舞だっけ?もう一度見せてよ。」

「覚えたばかりだから下手だけど、笑わないでね。」

僕はもう一度舞う。家族以外に見てもらうのは初めてだけど、緊張はしなかった。
逆に集中できて、1度も間違えずに舞い納める。一礼すると、拍手をしてくれた。

「凄い凄い、綺麗だったよ。そうだ、まだ名前を聞いて無かったね。私は***よ。」

笑顔で自己紹介しながら、その子は手を差し出した。

「***ちゃん?僕は和樹。よろしくね。」

僕はその手を握る。柔らかくて温かい手だった。

「1人じゃつまらないでしょ、一緒に遊びましょう。」


そして日が暮れるまで一緒に遊んだ。こんなに楽しかったのは初めてだ。
多分この時、僕はこの子を好きになっていたのだろう。

「もう5時30分か。そろそろ行かなきゃ。」

「楽しかったわ。………ねえ、明日も遊びましょう。」

「うん!………でも、僕は舞の練習があるから、2時くらいになるけど。」

「いいわよ。じゃあ、明日の2時に此処で待ってるわ。」

「うん。それと、お祭り見に来てね!」

僕は神社に走って帰る。6時10分前に着いた。

「お、時間通りだな。それじゃあ、まず風呂に入ってきなさい。」

「はい。」

風呂を借りて汗を流し、軽く食事をする。

やがて境内に設置された舞台に篝火が灯り、楽師の人達が音合わせを始める。
随分と人が集まってきた。お爺さんやお婆さんが多いけど、家族連れも多い。
***ちゃんも見てくれるといいな。

そして、舞が始まる。剣を携えた父さんが現れた瞬間、周りは静まり返る。
父さんはゆっくりと剣を振るう。初めはゆっくりと、それが見る間に激しさを増す。
儀礼用とはいえ、真剣を振るう神楽舞は、剣舞といっても過言ではない。
称える神様は武術の神様だそうだから、舞の型も荒々しい。
それでいて優美さと優しさを合わせ持つ、不思議な舞。僕にはまだまだ無理だ。
父さんはこんなに大勢の人がいるのに、全く乱れる事は無い。
舞が終盤に近づき、動きに熱が入り、緊張感が立ち込める。
やがて激しさから緩やかな舞へと変わり、曲の終焉と共に動きを止める。

しばらく水を打ったように静まり返っていた。父さんが一礼すると大きな拍手が起きる。
練習の時よりも魅せられてしまった。そして、僕もあのようになりたいと強く思った。


 ◆◇◆◇


次の日。練習を終えてから公園に行くと、***ちゃんが待っていてくれた。

「今日は、和樹君。昨日のお父さんの舞、凄く綺麗だったわね。」

「うん。僕もあんな風に舞える様になりたいな。」

「和樹君の昨日の舞も凄かったよ。和樹君なら大丈夫!」

「ありがとう、***ちゃん。」

日が暮れるまで遊んだ後、「また明日」と言う***ちゃんに明日の昼前に家に帰る事を話す。
***ちゃんは明日の午前中、家族で出かけるそうなので、これでお別れだ。
………寂しいけどね。

「嫌、嫌よ!せっかくお友達になれたのに!」

「御免ね………。僕も悲しいけど、明後日から学校だから。」

「それじゃあ、何時会えるの!?」

「きっと来年のお祭りで会えるよ。その時にまた一緒に遊ぼう。
 今度は別の舞を見せてあげる。一生懸命練習して、君を驚かせてあげるからね。」

「絶対、絶対だよ!」

僕に抱きついて泣きじゃくる***ちゃんの背中を撫でて、落ち着くまで待った。

「最後にもう一度、和樹君の舞を見せて。」

「解った。」

僕は父さんの動きを思い出しながら、一生懸命に舞をする。
***ちゃんは涙を流しながら、拍手してくれた。父さんに褒められたよりも嬉しかった。

「………約束だよ。」

別れ際に***ちゃんは、僕の頬にキスしてくれた。


 ◆◇◆◇


それから前にも増して、僕は舞の練習に夢中になった。
目標が出来た所為か、僕の舞はどんどん上達していった。
話を聞いた爺ちゃんが田舎からやって来て、僕の練習に付き合ってくれた。
「素晴らしい後継者が出来た」と凄く喜んでくれた。

翌年。僕は***ちゃんとの約束を守り、あの公園で日が暮れるまで待っていた。
次の日もその次の日も待った。でも、彼女とは会えなかった。

それから2年間、お祭りの度にあの公園に言ったが、彼女とは会えなかった。
舞と勉強の両立で忙しい日々を過ごし、何時の間にか彼女の顔も名前も忘れてしまった。
こうして、たった2日間の出会いは、僕の初恋は報われずに終わった。

悲しかったけど辛くは無かった。『彼』の時のように、彼女は死んだ訳ではない筈。
いつかきっと会える。その時に僕の最高の舞を見せるんだ。
彼女はきっと僕の舞を覚えていてくれる筈だ。だって、約束したんだから。


剣振るうは誰の為

第1話 旅立ちと出会い


10歳の時、72通りの舞の型を全て覚えた。この頃から母さんに古流剣術を教わり始めた。
何でも母さんの爺ちゃんに無理矢理叩き込まれたものらしい。
母さんと父さんが喧嘩しても、必ず父さんが負ける理由がよく解った。

神楽舞は只の舞踊ではない。遥か昔に使われた剣術を元にした剣舞である。
その剣術は神様だけが扱える剣、神剣の能力を最大限に生かす為のものらしい。
1つの舞はいくつもの剣の型で構成され、1つ1つの動きが儀式的な意味を持つ。
ならば剣術を覚えた方が舞の質も向上するのでは、と言う母さんの思いつきで習い始めた。
僕は砂が水を吸う様に剣術を覚えた。教えた母さんも呆れるほどのスピードで。


12歳の時、神楽舞の皆伝を認められた。それ以降は僕が毎月、舞台で舞を奉納している。
母さんの思いつきは功を奏し、僕の舞は技術では父さんに匹敵するものとなった為だ。
同じ頃に剣術でも母さんに完勝できるようになっていた。
と言っても僕の剣は舞の型と合わさって、母さんとは別な技になってしまったが。

父さんは日本全国の神社に祭られた御霊を定期的に鎮める為に飛び回る様になった。
爺ちゃんは分家の指導に集中し始めた。僕が実家の守護を任された事で余裕が出来た為だ。
他にも魂鎮めを行なえる家はあるが、最近はその効力が衰えた為、家が引き受けたそうだ。
尤も皆伝を認められたとは言え、まだ僕の舞は父さんには及ばなかった。
神楽舞には2つの側面がある。神域を強化し穢れを浄化する奉納舞と魂鎮めの舞だ。
奉納舞は如何に美しく正確に舞うかが重要だ。しかし神楽舞の本質は魂鎮めの舞である。
奉納舞と違い、魂鎮めの舞は技術だけでは効果が薄い。御霊の想いを理解する必要があるのだ。
封じられし御霊の想いを感じ取り、同調し、癒したいと言う想いを舞に込めるのだ。

休みの調整がついた場合や大掛かりな魂鎮めの際には、僕も同行した。
意識を空にして、父さんの舞を全感覚で捉え、伝わってくる御霊の想いを受け止めた。
その無念さを怒りを悲しみを感じ取る。囚われないで己を見失わないでと祈りを込める。
やがて見学から2人舞いとなり、少しずつ1人で魂鎮めの舞が出来るようになっていった。


 ◆◇◆◇


高校入学を控えた春休み、美樹さんから一振りの刀を授けられた。
3週間前に天災クラスの荒御霊を僕の舞で鎮めた功績をもって、僕が当代と認められたのだ。
僕としては、あの事件が受験日の後だった事が喜ばしい。高校浪人は嫌過ぎる。
親戚から「若過ぎる」という反対意見もあったが、僕の舞を見せると何も言わなくなった。

因みに美樹さんとは母さんの名前だ。何故か家の一族は、成人後は老化速度が遅いらしい。
父さんと母さんも外見は昔と殆ど変わらず、今では僕の兄と姉にしか見えない。
下手に父母と言う方が違和感があるので、名前で呼ぶ事にした。
父さんの事は和正さんと呼んでいる。祖父である隆さんの方が父親に見えるのも異常だが。
とうに還暦を過ぎたのに、まだ40代にしか見えないんだから。

「和樹ちゃん、今日から貴方が式森家の当代よ。和正君は25歳だったから若過ぎるけどね。
 でも昔なら15歳は一人前だものね。この刀は当代の証。銘は『綾』よ。
 手続きは済んでるから、銃刀法もOK。袋に入れれば持ち歩けるわ。」

「………ところで和正さんは?普通、継承の儀は先代が努めるんじゃないの?」

「魂鎮めの依頼があって、お義父さんと一緒に行っちゃったわ。夕方には戻るって。」

刀を抜いてみると、かなりの業物だ。道真公や崇徳院は無理でも大抵の荒御霊には通用するな。
………あれ、今凄い力を感じたぞ?気のせいかな?

「それからね。貴方の剣術の師匠として、最後に伝えたい事があるの。」

「何?」

一旦、鞘に戻し、美樹さんに向き直る。

「剣は道具よ。殺す為に使うのも活かす為に使うのも貴方次第。
 振るうべき時は自分で決めなさい。でも、決して後悔をしないようにね。」

「僕はあくまで舞の練習の一環として覚えたんだけど………。」

「使わないのも貴方の自由。でもこれだけは教えて。貴方はどんな覚悟で剣を振るいたい?」

僕は何の為に剣を振るうのか?一瞬、夢で見た光景が蘇る。
『彼』は愛する女性を守れなかった。あの過ちは決して繰り返さない。

「もし僕の大切な人が危険に曝される事があったら、その人を護りたい。
 命にかけてとは言わない。僕の死がその人を悲しませてはいけないから。
 僕の全力を尽くして、その人と共に在るべき未来を切り開く為に剣を振るいたい。」

「………いい覚悟だわ。安心しなさい、何があっても私と和正君は和樹ちゃんの味方よ。」

「ありがとう。」

「それにしても早いわね。明日から和樹ちゃんは学生寮に行ってしまうんだもの。」

僕が合格した葵学園は東京にある全寮制の学校だ。
魔法使いのエリートを養成する事を目的とし、魔法回数が万単位の生徒も多く居ると言う。
物は試しと受けてみたが、何故か受かってしまった。僕の魔法回数って8回なのにな。

「僕は此処の高校でも良かったんだけどね。」

「和樹ちゃんは式森家の当代なんだから、充実した環境で勉強させたかったし。
 それに学費もそんなに高くないしね。ただし、学費しか出さないからね。」

「………それは僕が和正さんの代わりに出張の依頼を受けろって事でしょ。」

「15歳になって中学卒業したんだから、当代のお披露目をしなくちゃね。
 それに和樹ちゃんの実力は和正君を既に超えているって、お義父さんも絶賛してたし。
 家の都合という事で公欠扱いにしてもらえるから大丈夫。礼金の3割を渡すわ。」

話を聞くと、大体月に1〜2回で拘束期間は1〜3日。礼金は20〜50万だそうだ。
交通費と宿泊費は別に出るらしい。

「こないだの御霊鎮めの報酬から100万渡すから、当座は何とかしてね。
 あの舞は見事だったわ。和正君、落ち込んでたわよ。親の立場が無いって。」

仕送り抜きは和正さんの意地悪かい!大人気ないな。

「さあ、今夜は御馳走よ!」


その日は新鮮なネタを惜しげもなく使った特上寿司で、凄く美味しかった。
何でも寿司屋の親父さんが僕の舞のファンなので、半額で握ってくれたそうだ。
つくづく人の縁て大事だなあと思う。

食事の後、授けられた『綾』を使って、舞の練習をする。
さっきは気づかなかったが、予想以上に僕の魔力と波長が合うようだ。
それに内在する霊力も大きい。前の仕事でコレが在ったら良かったのに。

1時間ほどで切り上げ、境内を散歩する。此処とも当分お別れと思うと、少し寂しい。
だが、それとは別に僕の中には大きな期待があった。あの時の少女の事だ。
葵学園には全国から魔法の優秀な生徒が集まるとの事。もしかしたら逢えるかもしれない。
例え逢えなくても、これから全国の神社に出張するのだ。可能性は充分にある。

「逢えるといいな。」


 ◆◇◆◇


僕が入った彩雲寮は、外観は随分と古い。実家の合宿所も似たようなものだけど。
通常2人部屋だそうだが、運良く1人部屋だ。2階の一番端の212号室。
実家の僕の部屋と同じくらいで、住み心地は良さそうだ。

荷物の整理をしてから、これからお世話になる管理人さんに会いにいく。
管理人さんは何故か喪服を着ているが、かなりの美女である。美樹さんに負けていない。
服装はその人の趣味だ。赤の他人の僕がどうこう言う資格は無い。
少し話してみたが応対も丁寧だし、ベール越しに見えた笑顔もいい感じだ。
管理人さんに、此処から一番近い神社の場所を教えてもらった。
其処の神主さんに神楽舞の練習に使わせて欲しいと頼むと、快く了承してくれた。

入学式までの3日間、朝と夕方に舞の練習をした。樹が多い所為か、集中出来る。
小動物が多く、舞を終えると小鳥やリス等の姿が目に入ってくる。
昼間は町を歩いて、お世話になりそうな店の散策を行なって過ごした。


 ◆◇◆◇


今日は葵学園の入学式である。

掲示板を見ると、僕のクラスはB組だった。教室に行くと、もう半分くらいが来ている。
すると、僕の方にスポーツマンらしい男子が歩み寄ってきた。

「よお!」

「あ、おはよう。僕は式森和樹。君は?」

「俺は仲丸由紀彦だ。魔法回数は8万4千回!今の所、俺が一番だな。」

流石魔法使いのエリート養成校だな。本当に万単位がいるなんて。

「で、お前は何回なんだ。」

「8回だよ。」

「………聞き間違いか?俺には8回って聞こえたが。」

「そうだよ。」

しばらく呆然としていた仲丸君は急にゲラゲラと笑い出した。

「信じらんねえ!たった8回でこの学園に来たのかよ!そんな回数じゃ魔法が使えねーじゃん!」

「別に魔法使いになりたくて来たわけじゃないし。ただ、勉強するのはいい環境だからね。
 それに入学要項に魔法回数1桁は認めないなんてのは無かったし。」

大体予想されたリアクションだったので、特に怒る事も無く、席に座る。
すると仲丸が僕の前の席に座る。もう君付けは要らない。

「そんな回数じゃ色々と大変だぜ。今なら月5万でこの俺が護衛してやるよ。」

「身を守るくらいは大丈夫さ。それにそんな大金払えないよ。」

「ちっ、貧乏人か。」

そう言うと仲丸は席を立つ。周りは僕を珍獣の様に見ている。
あれだけ大声なら、全部聞こえるか。気をつけた方が良さそうだな。


担任は中村先生という男性教師で、少し熱血漢のようだ。
気のせいか、他のクラスメート達は先生をつまらなそうに見ている。
「偽善者か」とか「金持って無さそう」とか変な言葉が聞こえてきた。

中村先生の誘導で体育館へ移動する。やがて式が始まり、学園長の挨拶となった。
この手の挨拶は長いと相場が決まっているが、本当に長い。もう20分になる。
僕は鍛錬の所為か全然平気だが、女子の中にはふらついている人も居る。

その時、少し離れたF組で女子生徒が倒れたのが見えた。
しかし学園長は特に気にも留めずに話し続ける。
ふと怒りが込み上げてくる。それは模範となるべき教師の態度ではない。

ダン!!!

右足で拍子を打つ。かなり強めに打ったので、物凄い音が体育館に響いた。
学園長も驚いたのか話を止める。他の生徒達も一斉に僕の方を見た。

「人が倒れたんだぞ………。いい加減にしなよ。」

僕の声が聞こえたのか、学園長は気まずそうに話を切り上げた。
僕はゆっくりと列から出て、さっき倒れた女子生徒の方に行く。

「立てそう?」

「………無理。」

返事は返ってきたが、意識が朦朧としている様だ。さっさと保健室に連れて行くか。
僕は女子生徒を横抱きに抱えあげる。周りが騒ぎ出すが、無視して歩き出す。
神楽舞の稽古は全身を酷使するものだ。僕の体力は体育会系の大学生にも負けてない。
女子一人抱えたくらいで、身体がよろける事などありえない。

周りの視線を無視して、近くにいた中村先生に保健室の場所を聞く。
親切にも案内を買って出てくれた。やはりいい人らしい。

「交代しなくても大丈夫か?」

「後30分くらいは平気ですよ。」

先生の心配そうな声に軽口で返す。事実だけど。
そこで、初めて僕は運んでいた少女の顔をまじまじと見た。
ショートカットが良く似合う、愛らしい顔立ちの美少女だ。
華奢だけどバランスの取れたプロポーションをしている。
今は辛そうだけど、笑ってくれたら凄く可愛いだろうな。

不意に心臓の音が高鳴る。こんな感覚は今まで感じた事はなかった。
腕に感じる彼女の温もりが嬉しい。そして彼女の辛そうな顔が悲しい。
なんとも不思議な感覚に戸惑いつつも、少し足を速める。
今は一刻も早く彼女を保健室に連れて行かないと。


「どうしたね?」

保健室に入ると、白衣に身を包み眼鏡をかけた長髪の男性が椅子に座っていた。

「紅尉先生、生徒が式の最中に倒れてしまって。」

「ふむ。では其処のベットに寝かせてもらえるかな?」

紅尉と言うらしい養護教諭の言葉に従い、彼女を優しく寝かせる。
すると紅尉先生は彼女の脈を取り、呼吸状態を調べている。

「大丈夫、軽い貧血だ。しばらく此処で休ませればいいだろう。」

その言葉にほっとする。

「よろしくお願いします。」

体育館に戻ろうと腰を浮かせた時、中村先生が声をかけてきた。

「ああ、式森だったな?お前も疲れただろう。少し休んでいくといい。まだ式は長いからな。
 20分位したら、教室に戻って来い。」

「いいんですか?」

「今戻ったら、注目の的になるぞ。さっきのは格好良かったからな。」

うーん、目立つのは苦手だな。もう遅い気もするけど。

「じゃあ、お言葉に甘えて。」

僕がそういうと、中村先生は軽く手を振って、保健室から出て行った。
すると紅尉先生が僕の方に向き直る。

「君が式森君か。早速逢えるとは運がいい。」

「紅尉先生でしたね、僕の事を何故知っているんですか?」

「式森家は決して無名ではない。魔法回数は少ないが長い歴史を持ち、鎮魂を生業とする一族。
 日本各地の神社で捧げられる幻想的な神楽舞は、間違いなくこの国の繁栄に貢献している。
 何よりも私は1年前、君の実家で見せて貰った。君の美しい舞をね。」

眼鏡の奥で、深い緑色の瞳が輝く。

「私もこれまで多くの舞を見たが、君ほどの舞手には会った事が無い。
 特に1ヶ月前の道真公の荒御霊を鎮めたのを見た時は本当に驚いたよ。」

あれは大変だった。何処の馬鹿だか知らないけど、かの道真公の墓前を穢す馬鹿がいるとはね。
まあ、全員が落雷で死んだそうだけど自業自得だ。御蔭で3時間ぶっ続けで舞う羽目になった。
あの時は霊格の高い刀が見つからなくて、京都から『髭切』を無理言って借りたんだよな。
只の奉納刀じゃ、道真公の霊圧に耐え切れないし。『綾』は丁度、研ぎに出していたし。
何とか鎮まったから良かったけど、一歩間違えば大惨事になる所だった。
あれ以降、各地から家に注文が殺到して大変だったな。中学校も卒業式以外数える程しか出て無いし。

「………出来れば黙ってて下さい。」

「何故かね?君の評価は上がるし、無知な若者に神々の怖さを教えるのに丁度いいが。」

「後者はいいんですが、前者は遠慮したいです。」

人と違う力を持つ事は周りの反感も買い易い。特にこの学園は魔法エリートの集まりだ。
限定的とはいえ、魔法よりも強大な力を回数の消費無しに行使できるのを知られない方がいい。

「君は奥ゆかしいのだね。気に入ったよ。気軽に遊びに来てくれたまえ、歓迎しよう。」

「ありがとうございます。」

その後、紅尉先生の質問にいくつか答え、僕も色々とこの学園について聞いた。
そして、しばらく話をしてから教室へと戻った。


剣振るうは誰の為

第2話 2人の少女


入学して既に3ヶ月が経った。

入学式の後、教室に戻ると仲丸が僕の魔法回数を吹聴しており、周りが妙に親切に迎えてくれた。
今思えば、僕の魔法回数が少ない事で自分達が優位だと確信したからだろう。
不本意だが目立ってしまったからな。自分達の脅威にならないので安心したのだろう。

この3ヶ月で思い知らされたが、1年B組は魔法の才能はトップクラスの連中が揃っている。
何故、魔法回数8回の僕が此処にいるのかがさっぱり解らないが。
それと同時に人間としては大きな問題のある連中ばかりが集まっている。
一部の例外はあるが、基本的に金銭欲と自己顕示欲の塊で協調性がないのだ。
葵学園は魔法エリート養成の為、クラス間の競争を奨励しているが、B組は拡大解釈し過ぎだ。
他クラスに密偵を送り込んだり、仲間割れを誘う謀略は当たり前。
しかも大半は計画を密告して報酬を得ようする者が出て、成功せず、周囲を呆れさせていた。
もしかして才能は惜しいが扱い辛い連中を一箇所に集めて監視するようにしたのでは?

そんな連中が集まったクラスの担任を押し付けられた中村先生は気の毒である。
元がまじめな性格であるが故に、このクラスの担任は辛すぎたようだ。
毎日昼休みに保健室に来て、紅尉先生にカウンセリングを受け、大量の薬を貰っている。
何故知っているかと言えば、GW後のある日、暗い雰囲気で保健室へ向かうのを見て同行した為だ。
胃の辺りを押さえながら、尽きる事の無い悩みを打ち明ける中村先生はあまりにも気の毒だった。
胃を痛めて食欲の無い先生に、僕の弁当を薦めたところ、大層喜んで食べてくれた。
先生は独り身で外食ばかりなのも、ストレスの悪化に拍車をかけていたようだ。
次の日から、昼になると保健室に3人分の弁当を持って行き、其処で昼食を取るようになった。


 ◆◇◆◇


ある日の昼休み。

何時ものように3人分の弁当の包みを持って、保健室へと向かう。
「男の子も料理くらい出来なきゃ大変よ♪」という美樹さんの意見に賛同し、
食事の支度を手伝いながら腕を磨き、レパートリーを増やした。料理には自信がある。
中村先生にも紅尉先生にも好評で、中村先生の胃の状態も改善してきたらしい。
食費として2人とも毎月1万ずつ渡してくれる。材料が無駄なく使えるので、こちらも助かる。

「式森君。」

「あ、杜崎さん。何か用?」

廊下で後ろから声をかけられた。杜崎沙弓さん。クラスメートでは数少ないまともな人だ。
身長180センチの長身の美女で、腰までの長い黒髪と切れ長の目元が魅力的である。
ウチのクラスは可愛い子が多いけれど、彼女はその中でもトップクラスだ。
何故か僕には好意的で、クラスの女子の中では一番仲が良い。
この間仕事で知り合った人と同じ姓だけど、あちらは九州だしな。

「今から時間あるかしら?」

「これから保健室に行くんだけど………一緒に行く?」

「あら、何処か調子悪いの?」

「いや。カウンセリングの手伝いみたいなものかな。中村先生のね。」

「………なら、私も行くわ。後、もう一人連れて行くから。先に行っていて。」

そう言うと、杜崎さんは反対方向へ走っていった。


「失礼します。」

「おお、式森。」

「待っていたよ。君の料理は上手いからね。妹にも見習わせたいよ。」

「紅尉先生、妹さんがいるんですか?」

「外国に研究に行ったまま、随分会っていないがね。その内紹介したいものだ。」

中村先生は最近少しずつ調子が戻ってきたそうだ。
昼休みに僕達の前で溜まった鬱憤を吐き出し、僕が慰めて、紅尉先生が助言する。
それから栄養バランスの取れた食事を取り、次への活力とする。
前に和正さんが薬に頼るのは良くないと言っていたので試してみたが、効果はあった。
薬も最初は通常使用量の3倍以上飲んでいたのが、今では2倍程で済むと喜んでいた。

「これから杜崎さんがもう1人連れて此処に来るんですが、構いませんか?」

「松田や仲丸なら絶対反対だが、杜崎ならいいぞ。」

「食事は大人数の方が上手い。君の友人なら大歓迎だ。」

隣に通じる扉を開けると、保健室と同じくらいの部屋がある。紅尉先生の私室だそうだ。
備え付けのソファーに腰を下ろし、テーブルの上に重箱を開いて、蓋を開ける。
下段に俵結びのお握り。上段はおかずだ。なるべく脂っこい物は控えて、野菜中心にした。
肉類や塩気の強い物は、1人暮らしだと食べる機会が多いが、野菜類は不足しがちだから。
紅尉先生が入れてくれたお茶を飲みつつ、食べ始める。

「美味いな、やはり君は料理人の才能もある。」

「うう、お袋の味だ。この煮付けがたまらなく美味い。」

2人とも満足そうに食べていく。作った方としても嬉しいものだ。
………でも、ちょっと塩気が強いな。もう少し抑えないと。

「「失礼します」」

杜崎さんが見覚えのある女子の手を引いて、部屋に入ってきた。
間違いなく入学式で倒れた子だ。目が合うと顔を赤らめて、恥ずかしそうに目をそらす。

「おお、確か1年F組の山瀬君だったね。体調は大丈夫かね。」

「ええ、御陰様で。」

「式森君。この子は山瀬千早。中学時代からの私の親友で、ルームメイトなのよ。
 入学式の日は良く眠れなかったみたいで倒れちゃったけど、普段は見ての通り元気よ。
 私は家の用事で入学式に出れなくて、昨日までその事を知らなかったけどね。
 随分遅くなっちゃったけど、千早を助けてくれて本当にありがとう。」

「あ、あの時はありがとうございます。それから迷惑をかけて御免なさい。」

「いや、大した事してないし。」

彼女は僕の方に顔を向けると笑顔を見せる。まるで花が咲いたような気がする。
自然と僕も微笑んでいた。

「君達みたいな美少女達と知り合えて、迷惑なわけないよ。良ければ、今後ともよろしく。」

「あら、結構口が上手いのね。でもちょっと嬉しいわ。」

「美少女?今後とも?………ええっ!!」

「あれ、山瀬さんには迷惑だった?」

ちょっと悲しいな。

「ぜ、全然、全然迷惑じゃないです!ふ、不束者ですが今後ともよろしく!」

嫁入りじゃないんだけど。面白い子だな。

「式森君。歓談中に悪いが、君の分が無くなるぞ。」

紅尉先生の言葉に重箱に目を向けると、もう半分以上無くなっている。
中村先生、胃の調子が治ったのはいいんですが、食べ過ぎは良くないですよ。

「なら、私達のお弁当を少し分けてあげるわ。」

「ちょっと作り過ぎちゃって。………この御重を式森君が作ったの?少し貰っていい?」

山瀬さんが興味深そうに、おかずに箸を伸ばす。

「あ!凄く美味しい!」

「………ほんと。式森君て、実はお買い得かもね。」

「山瀬さんや杜崎さんの弁当も凄く美味しいよ。僕も見習いたいね。」

それから昼休みが終わるまで、2人と色々な話をした。
こんなにフレンドリーな会話は、かなり久しぶりだ。
B組のクラスメートとは当たり障りの無い会話しかしないし、
部活とかはしていないから、他のクラスや上級生の知り合いは少ないからな。


放課後。

一緒に帰ろうと誘われて、僕は山瀬さんと杜崎さんと一緒に下校している。
知り合ったばかりなのに、彼女達の側に居るのが凄く心地良い。
そう思うと、あの学園長の長い挨拶も捨てたものじゃなかったな。

「………へえ、B組ってそんなに大変なんだ。」

「玲子とか雪江とか、まともな子も少し居るけど、大半は和美みたいにアクが強いし。
 男子も駒野君と式森君以外は騒いでばかりで付き合いきれないわ。」

「同感だけど、明日から少しは希望が持てそうだよ。素敵な友人が2人増えたからね。」

「ふふふ。でも千早が言ってた人が、式森君で本当に良かった。
 貴方の事がずっと気になっていたみたいなのよ。事情を話してくれたのは昨日だけどね。
 今まで何度か話して、貴方が真面目で優しいのが解ってたから、紹介する事にしたの。」

「さ、沙弓!余計な事言わないで!」

「それは光栄だね。でも僕が本性を隠しているとは思わないの?」

「これでも人を見る目には自信があるのよ。貴方は信用できるわ。」

「私もそう思う。それに式森君の側に居ると安心できるの。初対面とは思えないくらいに。」

山瀬さんに初めて会った時、僕もそう思ったが、彼女もそうなのか?
もしかして………いや、それは都合が良すぎる考えだな。

「そういえば、式森君は部活やってないの?」

「あまり興味があるのが無くてね。」

舞の稽古に加えて、出張依頼が多いからなあ。勉強に追いつくのが大変で、そんな余裕無いし。

「それに結構休みが多いわよね。中村先生は何も言わないけど。」

家の事情だから、公欠にしてもらえたんだけどね。もう10回目だしな。
それなりに大変な仕事ばかりだったから、貯金はもう200万を超えているけど。

「家の用事が入っただけだよ。そう言えば杜崎さんも、休み明けは怪我してるの多いよね。」

「私も家の用事かな?叔父さんの仕事を手伝うのを条件に、中学から上京したから。」

「仕事?」

「沙弓の家は代々続く退魔士なんだって。だから凄く強いのよ。」

「そうか、道理で身のこなしに隙が無いと思ったよ。『杜崎』だものね。」

杜崎の人がこっちに出て来てるとは思わなかったな。
神城と違って少数精鋭だし、当主の史彦さんも勢力拡大する気は無いって言ってたし。
あ、そう言えば史彦さん、僕と同年代の娘と離れて暮らしてるって言ってたな。

「………式森君、私の家の事を知っているの?一般人は普通知らないのに?」

しまった。余計な事を言ったな。こんな美少女2人と知り合えた事で浮かれ過ぎたか。
でも誤魔化したくはない。彼女達には何故か本当の事を話したい。何故だろう?

「退魔一族の杜崎と言えば、九州では剣鎧護法の神城家に並ぶ名家だよね。
 もしかして現当主の史彦さんの御息女かな?」

「父さんを知っているの!?………式森君、ちゃんと教えてくれない?」

「そんな怖い声を出さなくても大丈夫。4ヶ月程前に大宰府で御会いしたんだ。
 僕の家は荒事は苦手だけど、別の方法で魔を退ける術を受け継いでいる。その縁でね。」

「大宰府、4ヶ月前、式森………ま、まさか、道真公の荒御霊を鎮めたのって!?」

「神楽舞により荒御霊を鎮め、穢れを浄化するのが『式森』の務め。僕は当代の式森和樹。
 3ヶ月前に継いだばかりだけどね。」

「う、嘘………確かに私と同年代の男の子だって聞いてたけど………。」

「ねえ、どうしたの沙弓。そんなに式森君て凄いの?」

「人の身では封じるのが精一杯の怨霊の怒りを鎮め、妖魔や邪神に侵された地を浄化する。
 それが『式森』。それも魔法ではなく、その幻想的な舞で奇跡を起こすらしいの。
 退魔の一族にとっては、式森君は本物の英雄なのよ!」

杜崎さんの僕を見る眼が熱を帯びている。いや、それ程大層な事では無いと思うが。

「舞……何か引っかかる……約束……駄目、思い出せない。」

山瀬さんは何やら考え込んでしまった。どうしたんだろう?

「見たいわ…。」

「へっ?」

「見せて欲しいの!父さんが神業だと話していた、荒御霊を鎮める舞を!ねえ、お願い!」

杜崎さんが僕の両肩を掴んで懇願してくる。か、顔が近いです!危ないです!

「わ、解りました。だから落ち着いてください。近過ぎです。」

「やったわ!」

「はぶっ!」

杜崎さんは僕の頭を自分の胸に引き寄せ、抱きしめてくる。ちょっとやばいですよ!?
身長差の所為で、僕は杜崎さんの胸に顔を埋める事になった。や、柔らかくて、いい匂い…。

「ち、ちょっと沙弓!ずるいわよ!」

「え?………ご、御免なさい!つい嬉しくなって!」

「ふう………天国な地獄だったよ………。」

顔を赤らめた杜崎さんが可愛く思えた。普段がクールなだけにギャップが凄い。

「2日後の土曜のお昼でどうかな?練習の後がいいし。」

「仕事が入ってるから、日曜日では駄目?」

「いいよ。それじゃ日曜の午後1時に。山瀬さんもそれでいい?」

「私も見てもいいの?」

「杜崎さんの話は誇張し過ぎだけど、用事が無ければ見て欲しいな。」

「勿論見に行きます!楽しみだなー。」

その後、神社の場所を説明し、2人とは女子寮への横道で別れた。
特定の誰かの為に舞を見せるのは、あの時以来だ。楽しんでもらえるように頑張るか。


剣振るうは誰の為

第3話 果たされた約束


2日後の土曜日の夕方。

今日は朝から時々休憩を取りつつ、一日中神社でずっと稽古をしていた。
帰るついでに買い物して行こうと思って、スーパーに向かって歩いている。
練習に使った木刀を布で包んで、肩に担いでいる。

明日、山瀬さんと杜崎さんに僕の神楽舞を披露する約束だ。
尤も神楽舞は普通の舞とは大分異なる。言ってみれば、神道の儀式魔術だ。
まあ基本的に歪みを打ち消すものなので、周りに害を与える事はないのだが。
魂鎮めは無闇に使えないから、奉納舞をいくつか見せるとするか。

そんな事を考えつつ歩いていると、ふと見知った気配を2つ感じる。
同時に物凄く嫌な予感がした。

「………こっちか。」

木刀を抜き、気配のほうに向かって走り出す。


 ◆◇◆◇


―――沙弓視点。

仕事帰りに千早と待ち合わせて買い物に来たんだけど、予想以上に疲れてたのね。
石に躓いて転んで膝を打って歩けなくなるなんて、我ながら未熟だわ。
そこに葵学園の札付きの不良共と鉢合わせなんて、厄日もいいとこね。
相手は5人か。どうやって逃げようかしら?

「おお、可愛い子じゃん。こっちはいい身体してるし。」

「ちょっと付き合えよ。楽しませてやるぜ。」

「余計なお世話よ、離して!………くぅ!」

掴まれた腕を払った瞬間、膝に激痛が走る。まずいわね………。

「沙弓!………怪我してるんです、邪魔しないで!」

「こっちは車だ。送ってやるよ。お楽しみの後でな。」

「………こうなったら!」

千早が魔法を使う為に集中する。悪いけど、お願いするしかないわね。

「魔法を使うってか。だが、判断が甘いぜ!」

バチッ!

「ううっ!!」

「………沙弓!なんて事を!」

スタンガンを当てられて倒れた私を見て、千早の集中が途切れてしまう。
その隙に千早は腕を掴まれてしまった。不良のくせに変な所で知恵がまわるわね。

「は、離して!」

「バーカ。俺達は魔法使いの先輩だぜ。魔法への対処くらい考えてるさ。」

「千早!」

「おら、逃げんのか?友達を置いて逃げんのか?薄情者!」

キッと怒りを湛えた瞳で、千早は自分の腕を掴んだ男を睨みつける。

「魔法は止めろよ。んな事したら、こいつを使うぜ。今度は最大電圧を試してみっかな。」

倒れた私を押さえ付けた男が、スタンガンのスイッチを入れて脅しをかける。
何とか起き上がろうとするが、身体が言う事を聞かない。

「大人しくしろや。その綺麗な顔に傷を付けたくないだろ?」

リーダー格と思われる奴がナイフを取り出し、私に近づいてくる。
その瞬間、風が吹いたかと思うと、そいつの姿が消えた。

ドガシャァァン!!!

「ぎぃやぁぁぁ!!!」

同時に横から車が衝突したような音が聞こえ、更に隣で聞くに堪えない悲鳴が聞こえた。
それと同時に私を押さえ付けていた男が手を離した。悲鳴の方に何とか顔を向ける。
するとスタンガンを持った男が白目になって倒れ、痙攣している。
右腕が本来ありえぬ方向に折れ曲がり、手に持ったスタンガンがそいつの身体に当たっていた。
どうやら最大電圧の威力は自分で味わう事になったようだ。

「大丈夫、杜崎さん?」

声がした方を見ると、木刀を両手に構えた式森君が私の傍に立っていた。
声をかけられるまで、気配はまるで無かった筈なのに。

「ちょっと待ってて。山瀬さんを連れてくるから。」

瞬き一つする間に、式森君は3メートル程離れていた千早の傍に移動する。
私が移動したと気付いた時には、式森君は男に向かって木刀を振り下ろしていた。
木刀が千早の腕を捕まえていた男の頭に当たるすれすれの所で、ぴたりと止める。

「うわっ!」

一瞬の後に現状を理解した男は千早の手を離し、たたらを踏んで地面に座り込む。
男の手が千早から離れたと同時に、式森君は千早を右手で抱き寄せ、素早く後退する。
そして私の傍に千早を降ろすと、私達を背に庇うように再び木刀を構える。

「そこで倒れている奴等を連れて、退け。」

式森君の声はいつもよりも低く、恐ろしいまでの威圧感を伴っていた。
………あれ?そう言えばナイフを持った奴は何処に行ったのだろう?
私が千早に支えられながら身体を起こすと、左側の塀の傍で蹲った男に気付いた。
そう言えば、さっき目の前で消えたと思ったが、そんな所にいたのか。
前の3人も式森君の目線に促されて、漸くその存在に気付いたようだ。

「ぐ、げ………た、助けて、くれ…。い、痛え、よ…。」

そいつは呻き声を上げながら、何とか逃げ出そうと這いずっている。
私達がその声に気がつかなかったのか。それとも今まで気を失っていたのか。
よく見ると右肩が不自然に垂れ下がっている。鎖骨が折れているのだろう。
それだけでなく右腕と右足も折れているようだ。これでは逃げられない。
さっきの凄い音からすると、何かに突き飛ばされて塀に衝突したのか?

「ま、真崎さん………!」

「聞こえなかったか。さっさと連れてけ。それとも、お前達もこうなりたいか?」

式森君は感電した男の襟元を右手で掴み上げ、3人が居る方に放り投げる。
70キロはある人間を片手で放り投げるなんて、この細い腕の何処にそんな怪力があるのやら。

「「「う、うわぁぁぁぁ!!!!」」」

仲間が一瞬で無力化された上に今の光景を見て、耐えられなくなったのだろう。
残った3人は倒れた二人をあっさり見捨てて、一目散に逃げ出した。


私は目まぐるしい変化についていけず、頭の中が真っ白になってしまった。
黙っている所を見ると、千早も同様だろう。
式森君は木刀を下ろし、私達の方に向き直ると、柔らかい微笑を浮かべる。
ついさっきまでの圧倒的な威圧感が嘘のように消えていた。

「山瀬さん、杜崎さん。大丈夫?災難だったね。」

ドキン!

その微笑に見とれてしまった。鼓動が速くなり、顔が赤くなったのが解る。
私達の危機に颯爽と現れて奴等を退散させただけでも、評価大だったのに。
完全に反則だわ。思いっ切り、ツボに入ってしまったじゃない。責任取ってよ。

「怪我してるの?」

「………はっ!そうだ、沙弓!大丈夫なの!さっきスタンガンで!」

「へっ?………………駄目ね、まだ立てないわ。」

千早の大声で我に返った。身体を起こそうとするが、まだ言う事を聞いてくれない。

「2人とも朝霜寮だっけ?送っていくよ。」

式森君は木刀を袋にしまい、背中を向けてしゃがみ込んだ。

「杜崎さん、歩けないんでしょ。負ぶって運ぶよ。」

え、嘘、おんぶ?

「よ、よろしくお願いします………。」

………歩けないからしょうがないわよね。

「よっと。」

式森君は私をおんぶすると、軽々と立ち上がる。重くないかしら?
木刀を自分の肩に担ぐと、千早の方に笑顔を向けた。

「じゃあ、帰ろうか。」

「は、はい!」

式森君の背中の温もりを感じる。私の鼓動が速いのに彼は気付くだろうか?
子供の頃に父さんにしてもらったけど、こんなに気持ちがいいなんてね。
見た目は私よりも細身なのに、よく鍛えられているのが服を通して解る。

「式森君て、あんなに強かったんだ。」

千早が私を羨ましそうに見ながら、彼に話しかける。

「剣術も少し齧ってたんだ。神楽舞は剣術の型が含まれているからね。
 無我夢中だったから、もう1度やれと言われても出来るか解らないけど。」

何でもないように言うが、さっき見た一撃は父さんでも反応できないだろう。
何時移動したのか解らなかった。木刀を振り下ろす瞬間が捉えられなかった。
一切の無駄を省いた鋭い一撃。無拍子とは、ああいう動きを言うのだろうか?

「膝の方は2,3日もすれば平気だね。明日はどうする?延期しようか?」

「………テーピングして、自転車で行くわ。」

「解った。じゃあ、明日の昼1時に迎えに来るよ。」


それから色々と話している内に朝霜寮の前に着いた。式森君はゆっくりと私を降ろす。
その身のこなしからは疲労の色を見る事は出来なかった。

「それじゃあ、明日ね。」

式森君は彩雲寮に向かって走り去った。私達はその背中をただ見送っていた。

「千早………。貴方を応援する筈だったけど無理だわ。御免なさいね。」

「しょうがないよ。あんなに素敵なんだもの。正々堂々頑張りましょう。」

私達は握手をした。これは誓い。決して相手を恨んだり妬んだりしない為に。
こんなにも人を好きになるなんて思わなかった。明日が待ち遠しかった。


 ◆◇◆◇


次の日、昼頃。

僕は動き易い黒のジャージを上下に着て、朝霜寮の前で待っていた。
彩雲寮から自転車を借りてきたので、杜崎さんを後ろに乗せればいいだろう。

「でも、昨日のアレは何だったんだろう………。」

昨日、山瀬さんと杜崎さんが不良達に襲われているのを見て、強い怒りが込み上げた。
全身が熱くなり、全力で地を蹴ったら、あっという間に杜崎さんの傍に移動していた。
スタンガンを持っていた男の腕を木刀で払い上げ、ナイフを持っていた男の胴を薙いだ。
それだけなのに腕の骨をへし折るわ、車で轢いたみたいに人が吹き飛ぶわ。
2人を助けられたので気にしていなかったが、あの時の僕は普通ではなかった。

「明日、紅尉先生に相談してみるか………。」

時計が1時10分前になった時、玄関から山瀬さんと杜崎さんがやって来た。
杜崎さんはゆっくりと歩いてくる。足は大丈夫そうだな。

「お早う。」

「し、式森君!?もう来てたの?」

「お早う、式森君。もう御飯食べちゃった?」

「いや、本番前に食事はしないから。」

「よかった。私、お弁当作ってきたんだ。」

そう言って、山瀬さんは手に持った包みを見せる。

「ありがとう。自転車を借りてきたから、杜崎さん乗ってよ。」

「え、ええ………えええっ!!」

「2人乗りはいけないんじゃ………まあ、仕方ないよね。」

それから山瀬さんも自転車を借りてきて、出発する事になった。

「杜崎さん、しっかり捕まっててね。それじゃあ、行くよ。」

「え、ええ…。」

「待ってよー。」


 ◆◇◆◇


――― 千早視点。

式森君に連れられてやって来たのは、小さな神社だった。
樹が多く茂っており、静かな所だ。それに塵一つ落ちていない。

「誰が掃除してるんだろ?」

「ああ、練習の前に僕が掃除しているんだ。今朝やったばかりだから、綺麗でしょ?」

沙弓が自転車から降りるのを支えながら、式森君は当たり前のように話す。
本当に真面目だな。それに優しいし。

入学式で助けてもらってから、ずっと式森君の事が気になっていた。
あまり目立つ雰囲気ではないけど、偶に見せる笑顔が凄く素敵だった。
よく困っている人を助けていたのが印象的で、私だけじゃないと思うと寂しくなった。
だから仲良くなりたかった。私を知って欲しかった。きっかけが欲しかった。
それで沙弓に相談したんだけど、予想以上に素敵過ぎたわね。優しいのに強いんだもの。
御蔭で手強いライバルが出来ちゃったわ。でも諦めないもん。勝負はこれからよ。

「それじゃあ、始めるか。5メートルは離れてね。」

式森君は境内の真ん中辺に移動すると、肩に背負っていた細長い包みを解く。

「………式森君、それ、本物の刀に見えるんだけど。」

「家は正式な舞では真剣を使用するんだ。いい刀でしょ。銘は『綾』。」

鞘を腰に紐で括りつけながら、何でもないように返事を返された。
ええと、日本で真剣持っていていいんだっけ?

「大丈夫よ。許可を貰えば。」

そうなんだ。ありがとう、沙弓。

式森君は刀を両手で持ち、肩に担ぐように構える。一瞬の内に空気が変わった。
さっきの穏やかな雰囲気は霧散し、空気が張り詰める。

ブン!

空気すらも切り裂くかのような斬撃が放たれた。それが始まりだった。


凄い………。綺麗………。

緩やかに、それでいて鋭く空を斬り裂きながら、刀が縦横無尽に振るわれる。
刀を振り下ろした勢いのままに宙を舞ったかと思うと、空を蹴って地に降り立つ。
片手に持ち替え、腕を大きく振りながら、緩やかに回りだす
回る度に右手から放たれる斬撃は鋭さを増し、静止した瞬間に彼を中心に旋風が舞った。
眼が離せない。その一歩に、腕の一振りに魅せられてしまう。
荒々しいのに優雅で、猛々しいのに柔らかさを感じる。相反する物が調和している。

ふと隣の沙弓を見ると、うっとりと式森君の動きを見つめている。
と言うか、彼以外を眼に映してないという感じだ。
でも、何故だろう。私は式森君の舞を見るのは初めてなのに、凄く懐かしい感じがする。

そのまま彼の舞を見ていると、不意に別の光景が浮かんできた。
懐かしい場所だった。其処は私が小さい頃に住んでいた町で、よく遊んだ公園だ。
昔、妹の神代とよく遊びに言ったのを覚えている。だが私の傍にいるのは神代ではない。
初めて見る、何処かで見たような黒髪の少年だった。その子が棒を握って、動き回っている。
その動きは式森君の舞にそっくりだ。随分ぎこちないけれど。
………何時の間にか私も小さくなって、その子と一緒に遊んでいた。

ふと場面が変わる。小さな私がその少年に抱きついて、泣いていた。
そんな私に彼が優しく話しかけてくる。

『きっと来年のお祭りで会えるよ。その時にまた一緒に遊ぼう。
 今度は別の舞を見せてあげる。一生懸命練習して、君を驚かせてあげるからね。』

その言葉に小さな私は更に強く泣き出した。その少年は私が泣き止むまで背中を撫でてくれた。

『最後にもう一度、和樹君の舞を見せて。』

その時、小さな私の口から、あの人の名前が出た。

『解った。』

そう言って、その子は舞い始める。始めはぎこちなかった舞が見る見るうちに優雅な舞へと変わる。
舞の変化に合わせるように、少年の姿が変わっていく。何時しか、その少年は式森君になっていた。

不意に意識が現実へと戻った。目の前で式森君が、いえ和樹君が舞っている。
………ああ、そうだ。今、私の目の前にいるのは和樹君。私の初恋の人だ。
和樹君と約束した後、お父さんの仕事の都合でどうしても引っ越さなければならなくなった。
あの時の私は周りが呆れるくらいに泣き喚いて、反対したのだ。でも願いは適わなかった。
引っ越した町でも泣き続ける私を見かねたお母さんが、魔法でその記憶を封じてしまったのだ。
それ以降、彼を思い出す事は無かった。なのに私は思い出したのだ。彼の舞を見て。


気が付くと和樹君は舞うのを止めて、刀を鞘に収める。ゆっくりとこっちに歩いてきた。

「………こんな感じなんだけど。」

「………凄いわ!こんなに感動したのは初めてよ!」

沙弓が興奮を抑えきれない様子で、彼に歩み寄る。足の怪我を忘れているようだ。

「危ないわよ、沙弓。………綺麗だったよ。本当に驚いちゃった。そして御免なさい。
 和樹君との約束、私は守れなかったのに。」

「え………。」

「千早?」

「思い出したの。公園で遊んだ事、舞を見せてくれた事、次のお祭りで会う約束したのを。
 その時に別の舞を見せてくれるって言う約束も。………ほっぺにキスしたよね、私。」

「!?………………ちはやちゃん?君があの時の!?」

「もう一度、お友達になってくれる?一緒に遊んでくれる?」

「勿論だよ!良かった………覚えてくれるって信じてた………。」

「和樹君!」

私は和樹君の胸に飛び込んだ。和樹君も私を抱きしめてくれる。
しばらくの間、私達はそのまま抱き合っていた。

「………ねえ。出来ればでいいから、事情を説明してくれない?」

沙弓の声に我に返って、慌てて離れた。


「へえ、ドラマチックね………。」

私達の話を聞いて、沙弓が驚いたように呟いた。

「僕も山瀬さんの顔や名前は忘れてたけど、突然思い出したんだ。」

「本当、今でも信じられない。初恋は適わないって嘘なのね………。」

「………はい?」

「和樹君、私は貴方が好きです。入学式で助けられてから気になって、会ってみたかった。
 友達って言われて嬉しかった。昨日助けてもらった時に、貴方が好きだと気付いた。
 そして昔の記憶を思い出した今は、もう貴方しか見えないの………。」

もう気持ちを抑える事は出来なかった。私が2度恋をした貴方と離れたくない。
貴方の傍に居られる事以外の幸せなんて考えられない。

「山瀬さん………。」

「千早って呼んで。」

「ち………千早?」

「今すぐ返事をしなくてもいい、ずっと待っているから。駄目でも友達ではいさせてね♪」

私は決して諦めない。この想い、何度でも何度でも貴方に伝えるわ。

「………やるわね、千早。先を越されたわ。」

「へっ?」

「言いたい事は先に言われちゃったけど、私も式森君が………和樹君が好きよ。
 勿論Likeじゃなくて、Loveの方よ。」

「も、杜崎さん!?」

「沙弓、でいいわ。私も貴方を名前で呼びたいから。」

流石、沙弓。こんな事で諦めるほど、私達の想いはいい加減なものでは無いものね。

「で、でも、まだ知り合って少ししか経っていないのに………。」

「人を好きになるのに時間は関係ないわ。」

「そうね。私があの時、和樹君を好きになるのに1日もいらなかったし。」

「………凄く嬉しいんだけど、まだ君達を良く知らないし………。」

「それなら、これからゆっくりと選んでくれればいいわ。まだ1年だし。
 最初は友達からで充分よ。………それも駄目なの?」

やるわね、沙弓。普段のクールさが嘘みたい。

「そ、そんな事無いよ。君達みたいなステキな子に想われて嫌な筈が無いよ。
 ただ、あんまりにも僕に都合が良すぎるから。」

「3人で何処かに遊びに行きましょう。少しずつでいいから私を、私達を知って欲しい。
 そして、まだ私達が知らない和樹君をもっと教えて欲しいの。」

不意に式森君は目を閉じて黙り込んだが、やがて目を開けると照れた様に答えを返した。

「………僕も君達をもっと知りたい。友達からでいいのなら、よろしくね。」

「こちらこそ!」

「………良かった。せっかくだし、お弁当にしない?」

「いいわね。それじゃ、あそこのベンチで食べましょ!」

再会の約束は果たされた。和樹君は私との約束を守ってくれた。
あんな子供の頃の約束を信じて、私に見事な舞を見せてくれた。
私は何のお返しも出来ないけど、少しずつでもいいから貴方にお返しがしたいな。
だから、私を貴方の傍に居させてね。今は友達で充分だから。


剣振るうは誰の為

第4話 文化祭はトラブルの予感


一学期の期末テストの辺りからやかましかった蝉も姿を消し、代わりに蟋蟀が静かに鳴き始める。
まだ残暑はあるものの、樹々もそろそろ色づく頃合である。
唐突だが、2学期である。って誰に言ってるんだか。

山瀬さんと杜崎さん…じゃなくて千早と沙弓との奇妙な関係は、今でも続いている。
あれから登下校は待ち合わせだし、休みの日は3人で遊びに行くようになった。
保健室での昼食会にも参加している。先生達は「華がある」と喜んでいるが。
いや、勿論僕も嬉しいんだけどね。2人とも料理上手だし。

結論から言うと選べなかったのだ。2人ともタイプは違うが、文句なしの美少女。
性格も文句無し。今まで女性に縁の無かった僕にとっては一生に1度あるかどうかの幸運だ。
この2人のどちらかを即決で選ぶなんて、仲丸を真人間するくらいに難しい。
2人も今の状況に不満は無い様で、傍から見れば両手に華のような付き合いをしている。
勿論、手は出していない。腕を組むくらいはするが、キスもしていない清い関係だ。
いい加減に決めないと失礼だし、両方に逃げられる可能性が高いのだが………。

当然、B組男子の厳しい追及があったが、千早の「幼馴染」発言で納得してしまった。
実は結構単純なのか、それとも幼馴染は恋愛対象じゃないと信じ込んでいるのか。
女子は追及する人が少なかったのが幸いである。

夏休みは3人とも帰省したので、会う機会は無かった。と言うか、僕は忙しすぎた。
僕が長期休みになったので、ここぞとばかりに和正さんが出張依頼を受けて来たのだ。
魂鎮めはいいとしても、奉納舞による結界強化の依頼まで何で受けてくるのやら。
依頼内容は簡単だけど、挨拶回りが大変だと言うのに。
結局、後半になると身体が2つ無いと不可能になり、和正さんも出張する羽目になった。
その事で美樹さんと隆さんに説教を食らっていたが、自業自得だ。

それはさておいて、今は秋である。葵学園の秋の名物、文化祭が来月に迫っていた。


 ◆◇◆◇


「和樹くーん。」

「ちょっといい?」

後10分ほどで、最後のHRが始まる。
特に用事が無かったので速めに教室へ向かっていた僕を千早と沙弓が呼び止めた。

「何?」

「来月の文化祭の話なんだけど………。」

「ああ、F組は何にするの?ウチのクラスは次のHRで企画を決めるんだけど。」

「それがね、F組からウチのクラスと合同でやろうなんて無謀な案が出たのよ。」

「それはまた………自殺志願者としか思えないね。千早、止めた方がいいよ。」

「F組の皆はステージ発表を考えているんだけど、それだと人手が足りないのよ。
 でも、他のクラスはもう準備始めているから、まだ決まっていないB組と、って。
 私もB組の実態を話して反対したんだけど、誰も信じてくれなくて…。」

「………F組には最高の反面教師だから、試練だと思ってもらうしかないね。
 後は早急に現実に気付くのを期待するか。僕に出来るのは君達を護る事かな。」

目立ちたくは無いけど、いざとなればB組全員病院送りにしても彼女達は護る。
でも、流石に『綾』を使ったら問題かな?

「「和樹君…。」」

2人が潤んだ目で僕を見る。………やばいくらいに可愛い。
「2人まとめてGO!」と語り掛ける悪魔な自分を脳内で八つ裂きにして、平静を保つ。

キーンコーン カーンコーン

「予鈴だ!千早、それじゃ後でね。行こう、沙弓。」

あわてて、僕達は教室へと移動を始めた。危ない、危ない。


教室に駆け込み、席に着いてから数秒後、中村先生が入ってきた。
紅尉先生のカウンセリングの効果か、夏休みに旅行に行った所為か、最近は調子がいい様だ。
B組を更正させるという無謀な考えを捨てたのが大きい。服用する薬も更に削減したと喜んでいた。

「おら、席に着け。着かなくても俺は構わんがな、閻魔帳にチェックが増えるだけだ。
 そろそろ危険だぞ、浮氣。生活態度も進路を左右するからな。」

浮氣の御託を綺麗にスルーして、先生は話を続ける。
言い訳には耳を貸さない。生徒には常識でなく損得で説明する。
いい傾向だ。最近、職員室でも評価が上がっているそうだし。

「さて、来月には文化祭だ。他のクラスは夏休み前から準備を始めている所もある。
 さっさと企画を出せ。出さなくてもいいが、お前達の評価が更に下がるだけだ。
 既に学年最下位のクラス評価だから今更だがな。内申書にも影響するぞ。」

「先生がそんなに投げやりでいいのかよ。」

「俺は悟ったんだ。お前等と真面目に応対しても馬鹿を見るだけだしな。
 担任の交代をお願いしたが、誰もなり手が居ないしな。拝まれて続けてるんだ。
 お前等が居なくなってから、俺は理想の教育者を目指す事にするよ。」

更に文句の声が上がるが、完全に無視している。確かにここまで割り切った先生は居ないな。

「そうだ、F組から合同でステージ発表をやらないかという案が出た。
 俺はノイローゼになる奴が増えるだけだから止めるように言ったんだが…。
 まあ、ステージ発表は最も評価が高いからな。汚名返上のチャンスでもあるが。」

そう言うと、中村先生は教室から出て行った。
本当は担任も出席するのが普通だが、B組でそれをするとストレスが溜まるだけだ。
担任の行動としては問題があるが、それを咎める先生はいない。下手したら自分に返るから。

「中村の奴、予想以上にしぶといな。半年で止めると思っていたが。」

「でも正論ね。企画を決めて何かやらないと私達が損するだけよ。」

B組連中は面倒くさい事は嫌いだが、自分達が損をするのはもっと大嫌いだ。
しょうがなく仲丸と松田さんが前に出て、周りの意見を聞いていく。

「大前提は俺達の利益になる企画。楽して儲かるものがいいな。」

毎度ながら、前提から間違っているな。

学生金融、リラクゼーションルーム、ミスコン、放火ごっこ、ドラッグ栽培講座。
出てくる意見はまともなものが無い。

「中村が言っていたF組との合同企画はどうだ?」

「あのクラスは前から気に入らなかった。偽善者ぶって評価が高いからな。」

「合同で企画をやって、もし成功すれば両方のクラスに加算される。
 そんな相手に塩を送るような奴等が実際にいるわけが無い。」

「きっと純粋な善意の振りをして企画を持ちかけて、私達を罠にはめるつもりよ!」

「でも、チャンスかもよ。相手が陰謀企てるなら、逆手に取る事ができるし。
 宣戦布告してきたのは向こうでしょ。どんな報復でも合法だわ。」

予想したくなかった展開になってきたな。沙弓の方を見ると、黙って首を振っている。
このクラスにも少数だが普通の人間は居る。だが、自己主張を好まないものばかりなのだ。

「よし、このチャンスを最大限に生かそう。俺達の企画は今決めなくてもいい。
 相手の提案を受け入れて、それに仕掛けをすればすむ。これで奴等を潰せるぞ。」

仲丸が嬉しそうに笑う。成績優秀で学園内でも評価の高いF組に謀略を使うのが楽しいのだろう。

「そういうわけだ。式森、親友として頼みがある。F組と交渉してきてくれ。」

「何時親友になったんだよ?それに何で僕が?」

「お前はF組の山瀬と幼馴染だし、いかにも人畜無害そうだからな。相手も油断するだろう。」

うーん。でも、上手くやれば被害を抑えられるかも。しょうがないか。

「………いいよ。それじゃ杜崎さんにも来てもらう。山瀬さんと仲がいいしね。」


 ◆◇◆◇


F組の文化祭実行委員は相馬と言う、べっこう眼鏡をかけた背の高い男子だった。
隣には千早が控えている。

「合同企画を引き受けてくれたんだって?ありがとう。うちは大歓迎だよ。」

「ど、どうも。でも、後悔しませんか?うちのクラスがどう呼ばれているか知ってるでしょ?」

「ああ。何か変な噂を聞くが、酷い話だね。そんな冗談みたいな人間がいる筈が無いよ。
 噂とはそういうものだ。僕達は気にしていない。」

うちみたいな不真面目なクラスは問題が在り過ぎるが、真面目過ぎるのも問題だな。
………社会勉強と思ってもらおう。何時か今回の体験が役立つ時がくると思う、多分。

「………それがそちらの総意なら、何も言いません。少しでも被害を減らすよう頑張ります。」

「私と式森君、そして数名の同志と共に全力でフォローします。」

「………はあ、よろしく。じゃあ肝心の企画なんだけど、僕達は演劇を考えている。
 ステージが2時間くらい空いているんだ。昼間だし、丁度いい時間帯だろう。」

「劇か…。でも舞台のセットとか小道具とか、準備に時間が掛かるんじゃ…。」

「だから合同なんだ。手で製作するものが多いから、人海戦術なら出来るだろう。
 役者はその間に練習すればいい。」

確かに1クラスでは手に余るような事でも、人手があればどうとでもなる。
問題はB組の反応だな。

「解りました。僕もいいと思います。一応クラスで訊いてみるけど、大丈夫でしょう。」

僕の返事に千早は笑顔になり、相馬もホッとしたような表情になった。

「劇を引き受けてくれる事を祈ってるよ。一緒にいい物を作ろう。」


 ◆◇◆◇


F組の提案は「奴等の真意は何処にあるか」で多少の論議が沸き起こったものの、
全体として受諾の方向にまとまってしまった。

「演劇は何かと好都合だ。」

と仲丸が言った。

「舞台には罠を仕掛けられるし、役者同士の接触の機会が多いから、不意にダメージを与えられる。
 それに服には様々な武器が隠せる。」

その意見に松田さんや他の生徒も同意する。

「練習時に相手を拉致する事も可能ね。時間さえあれば、こちらの工作員に出来るかも。」

「天はB組に味方したな。」

「F組は策に溺れたって事だ。」

クラスメート達は、何時にない盛り上がりを見せている。
僕はF組に邪な気持ちは無いと説明したのに、殆どのクラスメートは信じようとしない。

「式森に杜崎、よくやってくれた。これで俺達は葵学園で優位に立てる。
 F組最後の日は近いぞ。お前達の功績は大きい。」

「全然嬉しくないわね…。」

「………仲丸、1つだけ言っておきたい事がある。」

「何だ、式森。」

「F組には僕達の大事な友達がいる。だから、生徒に怪我をさせるような事だけは絶対に許さない。」

「………許せなかったらどうすんだ?」

「………知りたいの?」

僕は仲丸を睨みつける。すると急に怯えた様子で後退りする。

「わ、解った。善処する。」

変に物分りがいいな。どうしたんだ?

「和樹君、殺気を抑えてくれない?寒気が止まらないわ。」

沙弓が耳元で囁いてきた。おや、何時の間に解放したんだろう?
急いで殺気を抑える。固まっていたクラスメート達が、恐る恐るこちらを見る。

「今、式森が凄く怖く感じたぞ。」

「き、気のせいよ。だって式森君、魔法使えないし。」

「そ、そうだよな。」

僕に怯えたのを認めたくないのだろう。僕は魔法使いの落ち零れと認識されているから。
これでも少しは剣も使えるし、仕事で怨霊や祟り神と向き合って来ているのだ。
ある意味、君達よりも広い世界を知っているんだけどね。

「そ、それで、演劇の内容はどんなのだ。」

何事も無かった事にして、仲丸が話し掛けてくる。

「まだ、決まっていないよ。今後の打ち合わせで決める予定だけど。」

「なら、俺達も参加しよう。敵の出方が確認できる。」

「………ふう。了解。」

F組の生徒達は、B組のどす黒くねじくり曲がった精神を全然理解出来ないだろう。
何となく1学期の中村先生の苦しみが解る。手遅れにならなくて良かった。
僕も割り切ってしまおうかな。あくまで千早と沙弓を護る事だけに。

「今度の打ち合わせは、いわば前哨戦だ。タフな交渉になるぞ。式森も覚悟しておいてくれ。」

「ああ、別の意味で覚悟を決めるよ………。」


 ◆◇◆◇


2つのクラスはすぐ打ち合わせをする事になった。場所はB組の教室である。
F組の出席者は相馬と千早、他に3名が出席した。
B組からは僕と沙弓、仲丸と松田さんに、その他20名。勝手に肩書きを決めて出席している。
この場には集音マイクが設置されており、離れた所で残りの生徒が耳をそばだてている。

「えー、まず、企画を受けてくれたB組の皆さんに御礼を言います。
 僕達1年の初めての文化祭。必ず成功させよう。」

この一種異様な雰囲気に怯まないのか気付かないのか、相馬の発言から打ち合わせは始まった。


打ち合わせの詳細は………思い出したくも無い。つくづく自分のクラスが嫌になった。

ある意味、ウチのクラスは何処のクラスよりもまとまっているかもしれない。
ほぼ8割の生徒が同じ思考の元に行動しているのだ。金と陰謀の名の下に。
そして、それがあたかも万国共通の思考だと信じ込んでいるのだ。

普通は会計係を決めるのに選挙も所信表明も監視団も必要無い。会計に複数の監視も付けない。
帳簿を別の人間が金庫に保管したり、その金庫が複数の鍵で無いと開かない様にはしない。
道具を横流しにする発想も小道具に細工する発想も決して一般的ではない。
何よりも相手の意見を全て陰謀に曲解するんじゃない!
僕は今ほど『綾』を部屋に置いてきたのを悔やんだ事は無かった。
沙弓は溜息をついてるし、千早は目を白黒させている。免疫が無いからな。

脚本はオリジナルで行く事に決まった。
ファンタジーをベースに独自に作ろうと千早が言い出したのだ。
F組から最初はシェイクスピア風でと言う案が出たが、B組は却下した。
戦闘や暗殺のシーンが多いので、事故に見せ掛けて殺られると解釈したのだ。
いい加減にうんざりしてきたので、水を向けてきた千早に同意し、決定させた。
すると仲丸と松田さんが小声で「もっとじらせ」とか文句を言い出したので、
そちらに顔を向け、口元だけで笑いながら意図的に殺気をぶつけてみると、黙ってくれた。
しかし、脚本の執筆に参加すると言いだした松田さんを止める事はできなかった。

その後は細かい話が続き、後はそれぞれのクラスで検討する事になった。
F組の生徒達は礼を言って、教室から出て行った。


寮への帰り道、何時もの様に3人で帰る。普段は笑顔の2人も疲れた様子だ。
先程の打ち合わせは、予想以上に精神にダメージが来たのだろう。

「………私、責任者から外れたいなあ。」

「駄目よ、私と和樹君も逃げられなくなっちゃったんだから。」

「結局、B組の実行委員にされちゃったしね。だから、千早も頑張ってよ。
 同じ実行委員なら会いに行く口実が作り易いしね。」

「………うん。せめて2人が同じクラスなら心強いのにな。いいわね、沙弓は。」

「和樹君の傍に居られるのはいいけど、B組と言う事で相殺よ。
 と言うか、和樹君が居なかったら耐えられないわね。」

「味方が必要だな。駒野と………柴崎さんと片野坂さん辺りなら賛同してくれるかな。
 明日、相談してみるか。」

「玲子と雪江には私が声をかけてみるわ。」

その後は沈黙が続く。僕は意を決して2人に話しかける。

「………夏休み前の話だけど、もう少し答えは待ってもらえないかな。
 正直言って、2人とも魅力的過ぎて………どちらかを選ぶのが難し過ぎて。御免なさい。」

「前にも言ったけど、あせらないでいいわ。正直、私達も今の状態が楽しいから。」

「沙弓も加えて3人だと楽しさが倍増するものね。
 それに選んでもらっても振られても、多分辛い気持ちになりそうだしね。」

「そうかもね。とりあえず、今は文化祭に集中しましょうよ。」

2人の言葉が嬉しかった。逢う度に話す度に、僕は君達2人に惹かれてしまう。
『彼』の気持ちが痛いほど解る。離れたくない、離したくない。
あまりにも勝手な感情を持ち余しつつ、千早と沙弓の言葉をかみ締めた。


 ◆◇◆◇


文化祭まではあまり日が無い。僕達は忙しく走り回る事になった。
B組の実行委員になったので、資材の手配や学校側との調整など、やることは多かった。
面倒な事は嫌いだが、B組の他の生徒達も小道具の製作やら何やら作業しているのだ。
僕だけが文句を言うわけにもいかない。この団結力を正しく使ってくれればいいのに。

「これ以上、騒ぎを起こして自分達まで白い目で見られたくない」という僕の意見には、
駒野と柴崎さんと片野坂さんから賛同が得られ、トラブル対応の協力者が増えた。
学校側との調整には、中村先生と紅尉先生が親身になって協力してくれた。
それに千早に沙弓、そして相馬が手伝ってくれる事で何とか仕事をこなしていった。


放課後になると、僕の机の上には書類や連絡事項の紙が置かれるようになった。
「F組打倒、B組による独裁支配万歳」等と書かれたビラは全力で無視した。
1番上の書類束を手に取り、ざっと目を通す。………頭痛がしてきた。

「………松田さん、これ何なの。」

「脚本よ。F組が書いたものに私が手を加えたの。」

千早に聞いていたが、劇の内容は異世界ファンタジーである。
未知の国に飛ばされた日本の高校生が知り合った仲間達と手を取り合い、
国を混乱させる魔王と戦うと言うストーリーだった。
オーソドックスだが、友情や勝利と言う要素は全て組み込まれていた。

だがこれは何だ!?

ヒロインの女の子の設定がアル中になっているわ、一升瓶で主人公を殴るわ、
中ボスの必殺技が掲示板荒らしだの、国の主要産業が競輪と大麻栽培だの、
母親を失って泣きじゃくる子供に蹴りを入れる美人エルフだの、
脳内の小人から送られた電波で行動する賢者だの、ろくなものが無い。

「中々の出来でしょ。F組がひれ伏すような脚本にしたわ。」

松田さんは自慢げにいった。脚本を公開しただけで中止にされるよ、こんなの。

「ああ、杜崎さん。ちょっといいかな?」

近くで柴崎さんと話していた沙弓に声をかける。彼女に脚本を手渡し、耳元で囁く。

「この脚本が没となる理由を松田さんに説明してくれない?僕じゃ無理だし。」

「フォローその他の手数料込みで、今度の休みは和樹君が昼食奢ってね。」

「了解。」

沙弓は柴崎さんにも読ませながら、松田さんと口論を始める。
沙弓と松田さんが中学からの友人だと言うのが未だに信じられない。


裏庭に大道具と小道具の製作状況を見に行くと、舞台背景がそびえ立っていた。
背景には城の絵が描かれていた。誰が描いたのか知らないが、中々上手である。
その周りでB組の生徒が忙しく作業している。作業は順調そうだ。
見学する内に、背景の青空の部分に小窓が仕掛けられているのと、
セットの下の方に細長い切れ込みがあるのに気づいた。

「よう、式森。確認か?」

そこに、仲丸が声をかけてきた。

「うん。調子はどう?」

「やっぱり遅れ気味だな。人手もつぎ込んでいるし、精一杯やっているんだが、
 スタートが遅かったからな。だが、何とかしてみせる。」

「頼むよ。ところでさ………。」

さっき疑問に思った所を聞いてみたのだが………聞かなきゃ良かった。
いや、聞いて良かったのか。小窓はF組生徒を吹き矢とボーガンで狙撃する為のもの。
切れ込みはF組と流血沙汰になった時の血の処理用らしい。そんな事してるから遅れるんだ。

「か…式森君。」

遠くで声がした。振り向くと千早が鞄を持って手を振っていた。駆け寄ってくる。

「御苦労様。大変だね。」

「そうだね。色々と大変だよ、本当に。」

「ふ、ふーん。お疲れ様。あたし、今日の仕事は終わったの。一緒に帰ろうよ?」

「うん、いいよ。僕も疲れたし………。」


B組の教室に向かい、沙弓にも声をかけて、3人で帰る。
女子寮へ向かう何時もの並木道は、時間が遅い所為か殆ど人通りは無い。
黄色い銀杏の葉が舞い落ちる中を歩きながら、進行状況を話し合う。
僕の見ている道具関係の遅れが激しいが、それはB組が余計な罠を仕込んでいる為だ。
今からでも普通に戻せれば、期日までには完成するだろう。

「でね、B組の人達が上手く演技してくれなくて。妙に警戒してるし。」

「あの馬鹿達の事だから、F組が細工するって思い込んでるだけよ。」

「はあ………やっぱりB組との合同企画は無謀だったかな。」

「あんまり気にしちゃ駄目だよ。真面目にしてたら馬鹿を見るだけだから。」

「でもね、元々他のクラスとの合同企画を言い出したのは私なの。
 F組って小さくまとまっちゃってるのよね。他のクラスと付き合い無いし。
 部活やっている子も少ないし。学生生活をすごーく地味にやってる感じなのよ。」

「へえ、優等生ばかりで羨ましいと思ってたけど、それじゃつまらないわね。」

外からは優秀なクラスにしか映らないが、内には違った面があるようだ。

「だからちょっと刺激があった方がいいと思って、提案したんだけど。
 まさかB組以外の全クラスが既に企画して動いているとは思わなかったから。」

「まあ、ウチも一応団結したみたいだし、F組にも思い出になると思うよ。
 悪夢になる可能性が高いけど、それも長い将来を見ればいい経験に………なるかもね。」

刺激と言うより、「危険!取り扱い注意!」だからなあ。トラウマにならなきゃいいけど。
話している内に、何時の間にか女子寮への横道まで来ていた。

「じゃあ、また明日。いい文化祭にしようね。」

「明日も忙しいわよ。ゆっくり休んでね。」

「うん、それじゃ。」

明日また会えるのに何故か寂しさを感じつつ、2人の背中を見送った。


 ◆◇◆◇


相も変わらずB組の面々は「打倒F組」を旗頭に団結しており、
舞台背景への細工のみならず、靴に画鋲を入れるという懐かしい方法から、
F組への塩素ガス散布計画まで限りなく立案されていった。
その為に僕は駒野と柴崎さんと片野坂さんの協力を得て、背景の小窓に釘を打ち、
画鋲を取り上げ、ガス搬入を阻止する等の対策に追われ続けた。
沙弓は武闘家の役で舞台に上がる事になり、そっちに手一杯だった。
千早は台本を書き上げた関係上、演出も担当している為、手を借りれない。


作業は前日になっても終わらなかった。大道具だけでなく、役者の練習も上手くいっていない。
賢者とエルフの役がB組生徒なのが一番の原因だった。

賢者は主人公に感銘を受けて戦いに参加する筈なのだが、
「それはおかしい。俺なら権力者におもねって、民衆を弾圧する。」とか、
「誰が無報酬で動く?まず法外な賃金を要求し、交渉して徐々に下げる。」等、
自分の歪んだ価値観を並べ立てて、千早を怒らせるし。
エルフは昔の香港映画に出てくる女忍者そっくりの真っ赤な衣装を着ている。
「この世界に、手裏剣投げたり煙玉使うようなキャラはいない!」と力説しても、
劇の台本の表紙を指差して、千早を困らせてくるのだ。

因みに題名は『葵校生ユウジの冒険〜踊る悪魔のドキドキ忍者危機一髪〜』だ。
主題は千早がつけたが、副題は松田さんがつけ、削るのを許さなかったのだ。

幸いな事に主人公とヒロインはF組の生徒だし、沙弓もフォローするだろう。
千早には悪いが、こっちも手一杯なのだ。帰り道に愚痴を聞くくらいしか余裕が無い。
文化祭が終わったら、3人で何処かに遊びに行こうね。当分は僕が奢るからさ。

そして文化祭前日は結局、徹夜同然となった。


剣振るうは誰の為

第5話 危機一髪!そして…


文化祭当日の朝。

学園長と生徒会長の挨拶があって、葵学園の文化祭はスタートした。
開会式の為、ステージに集まっていた内外の客は、
簡単なパンフレット片手に思い思いの場所へと散っていった。

ステージでは企画の為の準備が大急ぎで行なわれた。
B組とF組の演劇の為に小道具が持ち込まれ、正面には椅子が並べられた。
僕は千早と一緒に表にチェックしていく。最後にB組生徒達がセットを運んできた。
明け方まで作業して、漸く完成したのだ。よく間に合ったと思う。

「間に合って良かったよ。」

「誰かが細工を潰してくれてな。多分F組の工作員だと思うが。仕掛けが全滅だ。」

「結局、普通のセットなんだよね。」

「ああ。こうなったら、アレをマジでやるしかないかもな。」

「このまま発表が成功すれば、充分な評価が得られるだろう?もういいじゃないか?」

「此処まで来たら、F組に目にものを見せねば気が済まん。」

やれやれ、まだ悪巧みをしているのか。

「ええっ!嘘でしょ!」

横で千早が大声を上げた。傍には相馬が立っている。

「どうしたの、山瀬さん?」

「式森君。実はヒロイン役の深山さんが急な腹痛を起こして、病院に運ばれたんだ。
 ああ…もうすぐ本番だと言うのに。」

「代役は誰がやるんだい?」

「台本を充分に読み込んでいないと無理だ。だから今、山瀬さんに頼みに来たんだ。」

「成程。脚本書いたのは彼女だし、杜崎さんの練習にも付き合ってたからね。」

「そういう訳だ。引き受けてくれないか?」

「………解ったわよ。とちっても許してよね。」

苦笑いしながら、千早は衣装に着替えに行った。


 ◆◇◆◇


舞台裏に入り、最期の確認をする。袖から客席を覗いている柴崎さんに尋ねる。

「お客さんはどう?」

「7分の入りってとこね。」

「ちょっと少ないかな?」

「屋外で目立つから、始まればもっと来るわよ。」

柴崎さんは台本を片手に、待機している役者の方を向く。彼女は千早の代行なのだ。

「そろそろ開始よ。よろしくね。」

「へーい。」

着飾った生徒達がぞろぞろとステージの袖に移動する。アナウンスと拍手があり、劇が開始された。
急遽ヒロインとなった千早が登場する。凝った衣装と可愛らしさに観客から歓声が上がる。

問題無く劇は進んでいく。もうすぐ主人公の出番だ。柴崎さんが「主役を」と囁く。
頷いて、呼ぼうと振り向き………仰天した。其処には仲丸が着替えて立っていたのだ。

「な、仲丸、その格好は!?」

「見りゃ解るだろ。主人公だ。」

「って、なんで!本当の主役は!?」

「さっき無理矢理酒を飲ませた。道具置き場の隅で寝てるぞ。」

「………F組にダメージを与える為だけなら、ここまではしないよな。
 お前の事だし、ここで目立って、成績の個人評価アップを狙ってんだろ。」

「ふふ、黙ってろよ。これがバレたらクラスの奴等がうるさい。何か奢るからよ。」

舞台ではナレーションが異世界の現状を述べ、ヒロインが魔王の悪逆ぶりを嘆いていた。
もうすぐ主人公の出番だが………どうしよう?

「ぐっ!?」

仲丸が突然、自分の体を抱きかかえる様にして、座り込む。

「抜け駆けは許さないわよ。」

背後に松田さんが立っていた。仲丸の首筋に押し付けた右手が青白く光っている。
魔法で足止めしたのだ。相変わらず無駄な事に魔法を使うな、こいつ等。

「この裏切り者!私達の注意をF組に向けておいて、自分だけいい目を見ようなんて…。」

「てめえこそ……なんだ、その服は……。」

そう、松田さんも仲丸と同じ服装、主人公の格好だった。

「主役がいなきゃ困るでしょ。私が代役で出るわ。
 女の子が主役を演じれば、学校への覚えも良くなるってもんよ。」

「てめえも……それが……狙いか。」

「ふふふ。負け犬は黙ってなさい。」

舞台では天がにわかにかき曇り、雷が鳴った。いよいよ主人公の降臨である。
颯爽と舞台に上がろうとする松田さんの足を仲丸が掴んだ。ばちっと音が鳴る。

「きゃっ!?」

バランスを失い、転んでしまう。腰から下の力が抜けた様で、尻餅をついたままだ。

「くはは……同じ目にあえってんだ……ざまあみろ。」

「この陰険男!」

「人のこと言えるか!」

2人は小声で罵り合う。どっちもどっちだろ。
僕は2人の後ろへと周り込み、首筋に手刀を落とす。

「「ぐきゃっ!」」

よし、静かになった。でも、舞台はどうしようか?
うーん………制服のままだけど、そこはアドリブで何とかするか。
何よりも今までの苦労を無駄にしたくないし、千早や沙弓を困らせるわけにはいかない。

「柴崎さん、仲丸達の妨害で主役は動けない。」

「えっ!?ど、どうするの!?」

「杜崎さんとの練習で、僕も台詞は覚えてるんだ。僕が出る。裏方にフォロー頼める?」

「いいけど………大丈夫なの?」

「このまま中止するよりはましだよ。」

意を決すると、制服のままで舞台に上がった。やけに長かった雷が鳴り止む。
千早が僕を見て驚くが、目で続けるよう合図する。

「えっ……どうして。貴方、何者なの?今まで誰もいなかったのに!」

「ん……ここは……何処だ?」

「何処から現れたの、答えて!」

千早も理解してくれたようだ。腰の剣に手をやって詰問してくる。

「ちょっと、落ち着いてくれ!えっと、ここは何処なんだ?」

「ふざけてるの!?いい度胸ね!」

「決して怪しい者じゃない!だから、そんな物騒な物は抜かないでくれ!」

「……解ったわ。悪い奴じゃ無さそうだしね。一緒に来て。」

そう言って、千早は僕の腕を取った。


その後も何とか躓く事無く、演技を続けていく。そして何とか第1幕は乗り切った。

「よくやってくれた、式森君!助かったよ!」

相馬が嬉しそうに声をかけてくる。柴崎さんが上手くフォローしてくれたようだ。

「いえ、うちのクラスの馬鹿2人の不始末ですから。独断で動いてすみません。」

「いや、なかなか舞台慣れしていたぞ。演劇部よりも上手いんじゃないか?」

「本当ですね。何で初めから立候補しなかったんですか?」

「目立つのが嫌いなのと、クラスメートの暴走監視の方が急務だったからね。」

実家の舞の奉納をまかされて3年。舞台に出るのは慣れている。緊張などするわけが無い。
だが、そんな事は言えないので、駒野と片野坂さんには笑って誤魔化した。

「頼んだぞ、君だけが頼りだ!」

「頑張ろうね、式森君。まさか3人で舞台に上がるとは思わなかったけど。」

「楽しみにしてるわ。演技でも傍で戦えるんだから。」

千早と沙弓の応援に気を引き締める。2人の前で格好悪い所は見せられない。
主役の衣装に着替え、模造の剣を腰に挿す。さあ、第2幕だ。


 ◆◇◆◇


そして幕が上がる。

僕達2人は協力しながら魔物を倒し、新たな仲間として武闘家も加わった。
旅を続ける内にエルフと賢者が仲間に加わり、魔王の元へと向かった。
主人公とヒロインが急造の為、ぎこちない演技もあったが、何とか誤魔化した。

場面は何度か変わり、城の内部となった。魔王の居城、という設定である。
乗り込む一行。その眼前に魔王の部下が出現した。親衛隊長とその手下だ。

「出たわね。力ずくでも通してもらうわよ!」

千早が啖呵を切る。

(何が力ずくだ。)

(こっちの要求こそ、通してもらうわ。)

すると、背後から恨みに満ちた呟きが聞こえた。
沙弓と顔を見合わせ、なるべく不自然にならないように後ろを見ると、
さっき倒れた筈の仲丸と松田さんが仲間のエルフと賢者の扮装で立っていた。

(何やってんのよ、和美!?)

(服部君と慧子から役を奪ってきたのよ。まだ痺れが残ってるけどね。)

(F組にこれ以上、おいしい目を見せられるか。)

2人の目つきは獲物を発見した狼と言うか、
目の前で限定カードの最後の1つを買われた小学生のようであった。

シーンは親衛隊と主人公のバトルになっていた。
千早が剣を振るい、戦っている。沙弓も相手に向かって、蹴りを放つ。
すると仲丸が千早の背後に忍び寄り、手にした大きな杖を振りかぶった。

(後ろから不意打ちだ。観客の前で恥をかきやがれ。)

(………千早を傷つけるのは許さない。)

すぐさま仲丸の隣に移動すると、剣の柄で仲丸の脇腹を強めに打つ。
観客からは死角なので見えない筈だ。そのまま、千早の傍に移動する。

「べげらっ!」

仲丸は奇声を上げつつ、派手に転んだ。観客がどっと沸く。

(何やってんのよ、仲丸君。)

後ろで松田さんが何かしようとしているのを感じた。
振り向くと、大きめの弓を手に千早に向けて矢をつがえている。
僕は手下役の生徒の持つ模造剣を自分の剣で叩き折ると、
その破片を弦を引き絞った松田さんに向かって、剣で弾き飛ばす。

「きゃあ!」

目の前を通過した破片に驚いた為、彼女が放った弓は、あらぬ方向へと飛んでいった。
だが、この殺陣の最中にこれ以上妨害するのは面倒臭い。この人達には後で謝るか。

「はああっ!」

敵役の生徒達の前に瞬時に移動すると、両手に持った模造剣を勢い良く振り下ろす。
振るう度に彼らの持っていた模造剣が衝撃で折れるか、弾き飛ばされる。
呆然とする彼らに、小声で「倒れて」と囁く。何とか状況を理解して倒れてくれた。

少し派手にやった所為か、観客から歓声が上がる。やり過ぎだったかも?
しかし模造剣が木刀をベースに作った物で良かった。竹光ではこうはいかない。
こうして親衛隊との戦闘は終わった。


最後の敵である魔王を求めて、僕達一行は城の内部を進んでいく。
セットの一部が変わり、舞台は最上階となった。

「遂にここまで来たぞ。皆、これが最後の戦いだ。気を引き締めて行くぞ!」

「この国に平和を!」

「みんなの敵、今こそ取らせてもらうわよ。」

僕の台詞を受けて、千早と沙弓も台詞を言い、戦闘の構えを取る。
しかし、その背後で懲りない2人がひそひそ話をしていた。

(このままじゃ、らちがあかねえ。最後の切り札を使うぞ。)

(あんた達が張りぼての怪物の中に仕込んだ呪術人形ね!)

(諏訪園と千野がネットで落札した下位魔獣召喚用の道具だ!効果は確認済み!)

(Dランクのヘルハウンドだっけ?火を吐くから派手でいいわね。)

(念話で全員に連絡だ!最終手段発動!)

おいおいおい!何を無茶苦茶な事を言っているんだ!

(馬鹿な事は止めなさい、和美!)

(ここで魔獣が暴れれば、いくらF組でも責任問題が出てくるだろ!)

(堕ちてもらおうじゃない!)

(僕等も問題になるだろ!)

(俺達の不幸よりあいつらの幸福がむかつく!)

「出たな、魔王め!」

千早が叫ぶ。役になりきっていて、僕達の話が聞こえてないようだ。
セットを破るようにして、触手だらけの怪物が現れる。

(アレに魔力を注げばいいのね。)

(そうだ。それと同時に全員でキーワードを叫べばいい。)

キーワード?僕はそんなの聞いてないぞ?

「「イシカホノリ!」」

僕の眼には、怪物に向かって膨大な量の魔力が流れ込んでいくのが『見えた』。
次の瞬間、張りぼての怪物から黒い霧が噴き出し、異形の魔獣として実体化した。

その姿はベースは獅子、背中に黒山羊の頭があり、尻尾は毒蛇。
魔道書の挿絵で見た事がある。Aランクの召喚獣、キマイラ。
自衛隊の精鋭たる魔法旅団の2個中隊に匹敵する、凶悪な魔獣。


 ◆◇◆◇


召喚されたキマイラを見て、観客は沸き立つ。演出だと思っているのだろう。
だが、対峙しているこちらは絶体絶命のピンチだ。発される瘴気に寒気が止まらない。

「な、何でよ。何であんな化け物がこんな所に………。」

「あ、べ、ば………。」

松田さんの声が恐怖で震えている。仲丸は腰を抜かし、支離滅裂な言葉を呟いている。
キマイラといえば、獅子の闘争力と黒山羊の叡智、毒蛇の狡猾さを併せ持つ魔獣。
獅子の口から放たれる火炎の吐息は人を消し炭へと変え、背中の黒山羊は暗黒魔術を行使する。
尻尾の毒蛇に噛まれれば、同ランクの召喚獣でさえ、絶命させると言う。
普通の魔法使いはCランクの召喚獣とほぼ互角。Aランクの召喚獣など無謀の極み。

ぐおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!

魔獣の咆哮が大気を振るわせる。しゃがれた声が僕の耳に入ってきた。

『長カッタ。アノ魔術師ニ忌マワシキ人形ニ封ジラレテ数百年。トウトウ自由ニナレタ。
 召喚道具ノフリヲシテ待ッタ甲斐ガアッタ。オ前達ノ魔力ハ実ニ美味デアッタワ。
 シカシ奴モ哀レヨノ。セッカク我ヲ命ガケデ封ジタト言ウノニ子孫がボンクラデワナ。
 己ノ欲望ノママニ人形ニ邪ナ魔力ヲ注ギ込ミ、我ヲ解放シテクレタノダカラナ!』

数百年ぶりに自由を得た喜びに身を震わせ、封じられた怒りと空腹を満たす為、辺りを見回す。

『丁度良ク美味ソウナ餌が揃ッテイルナ。腹モ空イタ。飽クマデ喰ワセテ貰オウカ。
 ………イヤ、ソレデハツマラヌ。モット怯エロ、抵抗シロ。我ヲ楽シマセヨ!』

獅子の口がそう言うと背中の黒山羊が呪文を唱え、3つの魔力弾を生み出す。
それが僕達に向かって放たれた。

「くっ!」

直感に従って、横に飛ぶ。その直後、僕が居た場所に魔力弾が炸裂した。

ドゴォォォォン!

ドゴォォォォン!

ドゴォォォォン!

衝撃波で身体を壁にぶつけたが、何とか立ち上がる。
爆風が治まると、ステージ上のセットが無残に破壊され、床にも大穴が開いていた。
暗幕も吹き飛んで、B組とF組の生徒達が呆然とこちらを見ている。
流石に観客も異常に気づいた様だが、瘴気の禍々しさに動けないようだ。

「喰われてたまるか!ぶっ放せ!」

誰かの叫び声に、生徒達が一斉に自分の尤も得意な魔法をキマイラに向かって放った。

ドゴォォン!

魔法の衝撃による轟音。ステージが更に破壊されたが、気にする者はいない。
数10発に及ぶ魔法攻撃。おそらく殆どの生徒が倒したと思ったのだろうが………。

ぐおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!

凄まじい咆哮が煙を吹き飛ばす。そこには全く無傷のキマイラの姿があった。

『愚カ者メガ!ソノ程度ノ魔法デ我ガ倒セルモノカ!コソバユイダケヨ!』

「嘘……。」

呟いたのは果たして誰だったか。その言葉を合図に皆は戦意を喪失した。
その場にへたりこみ、近くにいた級友と肩を寄せ合って泣き叫ぶ者もいる。

「どうすれば………!」

神楽舞は実体を持った魔獣相手には効果は薄い。それに手元に『綾』が無い。
霊力を秘めたあの刀があれば、逃げる時間を稼ぐくらいは出来るのだが………。

その時、僕の頭に千早と沙弓の姿がよぎる。何故今まで気がつかなかった!

「千早!沙弓!」

大声を上げて、辺りを見回す。すると、小さな呻き声が聞こえてきた。

「くっ!………ドジったわ。退魔士失格ね………。」

「………私も、ちょっと動けないかも………。」

急いで声のする方へ移動したが………2人とも動ける状態ではなかった。
沙弓は崩れたセットの下敷きとなり、千早は頭から血を流して蹲っている。

畜生!魔力弾をかわすのに手一杯で、2人へのフォローが出来なかった!
せめて盾代わりくらいには成れたのに!瓦礫をどかして、手当てをしないと!

「千早!沙弓!しっかりして!今、助けるから!」

「和樹君………動けるなら貴方だけでも逃げて………。」

「お願い………私達は貴方には生きていて欲しいの………。」

「………嫌だ!絶対に君達を置いていかない!愛する君達を見殺しに出来ないよ!」

『グワッハッハッ!サッサト逃ゲレバイイモノヲ。雌ガ気ガカリデ動ケヌカ!
 ムッ………小僧、ナント強大ナ魔力ヲ!コノ血肉ヲ喰ワエバ、我ハ更ニ強クナロウ!』

その声に振り向くと、キマイラの6つの赤い目が僕を捉えていた。
飢えを満たし力を得る為に僕を喰らおうと、ゆっくりとこちらに歩み寄って来る。
全身が恐怖に蝕まれていく。震えが止まらない。それでも逃げ出す気にはならなかった。

………嫌だ。千早と沙弓を置いていくのは嫌だ。助けられないのは嫌だ。
また守れないのは嫌だ。こんな奴に喰われるのは嫌だ。無力な自分が嫌だ。

………力が欲しい!


――― 何をしている。そんな不恰好な獣風情に何を怯えている。

その時、僕の頭の中で声が響いた。初めて聞く、それでいて聞き覚えのある声が。

――― 愛する女を見殺しにする気か?また悲劇を繰り返すのか?

その言葉に頭の中が真っ白になる。

「誰がするものか!だけど、僕には2人を護る力が無いんだ!畜生!刀があれば!
 『綾』があれば、こんな魔獣など………!!!」

『綾』があれば。何の根拠も無いのに、それだけは確信があった。

――― ならば喚ぶがいい。汝が牙を。

「来い、『綾』!」

掲げた右手に『綾』が現れる。その事に何の疑問も思い浮かばなかった。
鞘を背負い、刃を抜き放つ。両手に剣の重みを感じた瞬間、恐怖が消えた。

――― さあ、我が分御霊よ。我を喚び起こせ。我が力を汝の物とせよ。

ドクン!

心臓の音が大きく聞こえた。分御霊………神霊の一部が本体から分れたモノ。
………そうか。あの夢は嘗ての僕の記憶だったのか。
そして、僕に語りかけてくる貴方が………そうなのか。

その言葉を受け入れた瞬間、僕のすべき事が見えた。『綾』を構え、舞い始める。
今までに覚えた神楽舞とは全く異なる、そのどれよりも短く複雑な舞を。
今まで聞いた事も無いのに、生まれる前から知っていた詩を唱えながら。

「高き天に住まいし神々よ。我が想いを聞き届け給え。我は猛き剣の神霊の欠片。
 天に上る時、迷いとして残されしモノ。愛する女を護り切れぬ、無念の涙………。」

詠うように祈るように言葉を紡ぐ。紡ぎながら剣を振り、舞を捧げる。
千早と沙弓を護る想いを込めながら、それだけを願いながら舞い続ける。
舞い始めたと同時に、キマイラの動きが止まった。いや、時が止まっているのか。

「幾千の永き夢の果てに、我は目覚めたり。今こそ、我が許に来わし給え………。
 大和を統べる猛き者………ヤマトタケルノミコト!」

その名を唱えた瞬間、僕の身体から凄まじい魔力が天に向かって放たれる。
望めば天候すらも自在に操るであろう、大いなる力が。

――― 『鏡』は、我が想いを映す。

頭の中に声が響くと同時に、僕の頭の中に膨大な知識と記憶が流れ込んでいく。
チャクラの制御方法。5つの神通力。神剣を用いた剣術。数多くの法術の知識。
各地に眠りし国津神の情報。大気に満ちる魔力と自分の魔力を融合する術。
旅の記憶。敵と戦った記憶。そして、愛する人を2度失った悲しみ。等等………。

――― 『勾玉』は、汝を導き、守護する。

更なる声と共に身体から再び魔力が放出され、白い光が僕の周りを取り巻いていく。
光が治まると同時に、僕は胸元に蒼い勾玉の首飾りを身に付けていた。

「蒼の勾玉よ、僕に力を………。」

僕の願いを受けて勾玉は輝き、正中線に存在する7つのチャクラを廻し、魔力を汲み上げる。
汲み上げた魔力が全身を包み込み、身体能力を爆発的に高め、身を護る不可視の鎧となる。
更に大気に満ちる魔力を勾玉から取り込み、体内の魔力と融合させ、身の内と外に纏う。
肉体の外にある魔力は陽、内にある魔力は陰。陰と陽が感応し合い、僕は莫大な力を手にした。

――― 問おう。汝、何の為に剣を振るうや?

それは前に美樹さんに聞かれた言葉。あの時の想いは今も変わらない。

「僕の大切な人達を護る為に、その人達と共に在るべき未来を切り開く為に剣を振るう!」

――― なれば、我が『剣』を取れ。

3度目の魔法が発動する。白い光の粒子が、僕の手に持った『綾』を包み込んでいく。
光が治まった時、『綾』の形状が変わっていた。
刃が片刃から両刃へと変わり、2尺5寸(約75cm)だった刃渡りは4尺(約120cm)となった。
細かった刀身もバスタードソードのように幅が広く、肉厚となった。柄も長くなっている。
何よりも違うのは刀身の色。紅かった。夕陽を映した様な真紅の刃の剣になっていた。

――― その誓いを忘れるな。この先何か起ころうとも、流れの中で自分を見失うな。
――― そして、共に幸せを掴み取ってくれ。

その言葉を最後に、『彼』の声は聞こえなくなった。


そして、時は動き出す。

僕の前にはキマイラがいる。僕の背には愛する人達が、千早と沙弓がいる。
今いるのはボロボロになった屋外ステージ。周りには崩れたセット。
少し離れた所で、遠巻きに眺めるB組とF組の生徒達。怯えて動けぬ観客達。
一見すると、何も変わっていない。だが、状況は大きく変わっていた。

僕は狩衣の様な服を纏い、蒼い勾玉を首に下げ、真紅の長剣を構えている。
その全身は濃密な魔力に包まれており、勾玉も剣も強い光を放っている。
キマイラの発する瘴気は、その輝きに中和されたかの様に弱まっている。

『何ダ、ソノ忌マワシキ輝キハ!?キ、貴様、一体何者ダ!?』

答えは返さずにキマイラを睨みつけ、口元に少し笑みを浮かべてやる。

『オノレ!図ニ乗ルナ、小僧!消エ失セヨ!』

僕が餌ではなく怨敵である事を理解したのか、キマイラの獅子の口から炎が迸る。
その火力の前では人間など骨まで燃え尽き、消し炭すら残らないだろう。
だが、ヤマトタケルの分御霊として覚醒した今の僕に、そんなものは通用しない。

「『綾』改め『草薙』よ………阻め!」

言葉と共に、右手で持った剣を盾の様に掲げ、もう一方の手を刃に添える。
僕の前方に光の壁が形成され、爆炎を遮る。『草薙』を媒介に法術を編み上げたのだ。
陰陽の魔力融合によって力を得た時の僕は、事実上無限の魔力を手にしたのと同じ。
大気に拡散した魔力を何度も取り込む事で、回数に関係なく強力な法術を行使できるのだ。

「流石に撥ね返すのは無理だが、防ぐのは可能だな。」

障壁を維持しつつ後ろを振り返り、沙弓に向けて『草薙』を横に薙ぎ払う。
沙弓を押し潰していたセットの残骸だけが、粉々になって吹き飛んだ。
次に2人に向かって左手を伸ばすと、治癒の法術を発動させる。淡い光が2人を包んだ。
光が治まると2人は不思議そうにゆっくりと起き上がる。

「えっ………怪我が治っている!?それに貴方は………和樹君なの!?」

「………信じられないわね。上級治癒魔法以上の効果だわ。どうなってるの?」

「千早と沙弓が無事で良かったよ。では、そろそろ幕を降ろそうか。」

勾玉が再び輝き、僕の想いに呼応するように『草薙』に膨大な力が練り上げられていく。
先程までキマイラから放たれていた瘴気と威圧感は、紅い光に完全に掻き消された。
それはあらゆる妖魔を滅ぼす、破魔の光。人の域を超えた神の力。

『ア、アアア………馬鹿ナ、ソレハマサシク神剣!神ガ、神ガ何故コンナ所ニ!?』

キマイラは怯えた様に後ずさる。漸く理解した様だ。僕がお前を滅ぼすモノだと。
さっきまで恐ろしいまでの威圧感を発していたキマイラが、只の野良猫に見える。
最早逃げる所か哀願の声を上げる事すら出来ず、抑えきれぬ恐怖と絶望に身を震わすのみ。

「お前にも生きる権利はあるのだろう。だが僕は、千早と沙弓を傷つけたお前を許せない。
 僕を恨んで、逝くがいい。」

両手で『草薙』を握り、上段に構える。真紅の刃が一際紅い光を放つ。

「受けよ、『八咲』!」

キマイラに向かって『草薙』を8度振るう。その太刀筋は神速。残像すら残らない。
振るう度に刃から真紅の斬撃が放たれ、それが8つ同時にキマイラへと襲い掛かる。
恐怖に縛られたキマイラは為す術も無く八つ裂きになり、只の肉塊と成り果てた。

「冥府へと落ちよ。」

火之迦具土の浄化の炎を『草薙』に召喚し、キマイラを跡形も無く焼き尽くす。
炎が消えた後には、魔獣がいた痕跡は何も残っていなかった。

と、大事な事を忘れていた。ここに居る人達全ての記憶を消さないといけない。
大気から集めた魔力を全て『草薙』に収束させ、記憶操作の法術を編み上げる。
そして万が一画像が残っているとヤバイので、記録消去の術式も付け加える。

「流れ、流れよ、忘却の川よ…。今在りし記憶を押し流せ…。」

『草薙』が白い光に包まれる。掲げた剣から光が天高く上り、空中で拡散する。
ちらちらと、何かが降ってきた。空から白い光粒が雪の様に舞い降りている。
それを身に受けながら、観客と生徒達は呆けた様に立ち尽くしていた。
この法術は、あらゆる障壁を無視して、領域に存在する全ての者に効果を及ぼす。
これで最上階の場面からの記憶は曖昧となり、画像の記録も消えてしまった。
僕は大きく息を吐くと猛る心を静め、チャクラからの魔力供給を最小限に抑える。
気がつくと元の服装に戻っていた。『草薙』も『綾』の姿に変わり、眠っている。

パン!

拍手を打つ音が予想より大きく響いた。その音に観客の意識が戻る。
………さて、この状況をどう説明しようか?


 ◆◇◆◇


合同企画の演劇は、この日だけで終了となったのは言うまでも無いだろう。
セットの大半が灰燼と化し、ステージがボロボロになったのだから。

騒ぎの後、両クラスの実行委員が職員室に呼び出され、何があったかを質問された。
僕が混乱と疲労から返答できない相馬に変わって、

「今回の合同企画でF組よりも高い評価を得ようとB組が独自に仕掛けを作ったのだが、
 その取り扱いを誤って暴走して、この騒ぎとなった。」

と説明した所、あっさりと信じてもらえた。B組の日頃の行い故であろう。
嘘は真実に近いほど、尤もらしく聞こえるものだ。

騒ぎの記憶は残っていないが、B組が陰謀を練っていた証拠は至る所にあったので、
「冤罪だ!」と叫ぶB組生徒の言葉は信用されず、クラス評価は更に下がった。
因みに僕と友人達が何とかこの企画を成功させようと奔走した事は相馬の弁護により認められ、
ちゃんと評価されたのは嬉しかった。

F組生徒はトラブルの連続で疲れきり、初日終了と同時に倒れこんだ。
B組生徒だが、壊れたステージはB組が責任を持って魔法で直す事となったので、
爆発の原因を押し付ける為に今頃は教室で内輪もめの真っ最中であろう。

「ああ………くたびれた。」

僕は誰もいなくなったステージの椅子に座った。今まで後始末に追われていたのだ。
左肩に『綾』を立て掛けている。勿論、竹刀袋にしまった状態でだ。
『草薙』の依り代となった『綾』には、常時認識阻害の法術が掛かっており、
抜き身で持ち歩いても誰も気に留めなくなっているのだが、気分の問題だ。

「こんな所に居たのね。探しちゃったじゃない。」

「今日は疲れたね。一緒に帰ろう、和樹君。」

何時の間にか千早と沙弓が傍に来ていた。全然気付かなかったな。
2人は僕を挟むように両脇へ座る。

「ふう………酷い目にあったよ。」

「そうだね………でも結構良かったよ。」

「本当?」

「ええ。アンケートでも最後以外は良く出来ていて面白かったって意見が多かったわ。」

「それなら中村先生も少しは救われるな。」

多分明日は青い顔で保健室に向かうであろう担任の事を考えると、涙が出そうだ。
せっかく良くなってきたのに。明日は少し気合を入れた弁当にするか。


そのまましばらく3人で、ぼんやりと夕日を眺めていた。
そろそろ冷えてくる。帰ろうと2人に呼び掛けようとした時、

「和樹君、今日は私達の命を救ってくれてありがとう。」

千早の告げた言葉に硬直してしまった。

「な、何の話だい?」

「皆は忘れさせたようだけど、私達は覚えているわ。何もかもね。
 キマイラが暴れた事も和樹君が紅い剣で滅ぼした事も………そして………。」

「………私達2人を愛してるって言ってくれた事もね。」

「………………そうなんだ。」

何故彼女達には効果が無かったのかは置いといて、あの言葉をどうフォローすればいいのやら。

「2人で相談して、決めたの。私達の返事はね………。」

「私達も貴方を愛しています。だから………。」

2人は息を整え、同時に言葉にした。

「「私達とずっと一緒にいて、変わらずに愛してくれますか?」」

少し目を潤ませて尋ねてくる2人に、僕は正直な想いを返す。

「この先何が起ころうとも僕は君達を護り、等しく愛し続ける事を………誓います。」

僕が誓うと同時に、2人は両側から嬉しそうに抱きついてくる。
両頬に感じた暖かく柔らかい祝福が、彼女達の喜びを雄弁に告げていた。
2人は殆ど同時に身を離す。千早が両手を僕の首に回し、そのまま顔を寄せてきた。

「………ん。」

誓いの為の軽い口付け。抱き寄せた背中が少し震えていた。
唇を離すと、頭を優しく撫でてやる。真っ赤になった顔が可愛らしかった。

「私にも………。」

潤んだ目で僕を見る沙弓。その美しい黒髪を手櫛で梳いてみる。
絹糸のような感触が心地よい。それから彼女の頭を引き寄せ、キスをする。

「………ん。」

こちらも軽い口付けだ。唇を離すと彼女の黒髪を一房すくい上げ、恭しくキスをする。
沙弓も恥ずかしそうに、顔を真っ赤にしてしまった。

「さあ、帰ろうか。」

「「はい!」」

それから女子寮の分かれ道まで3人で寄り添って歩いた。
両腕に感じる温もりと柔らかさが嬉しく、少し恥ずかしかった。


剣振るうは誰の為

エピローグ ずっと一緒に…


文化祭から3週間後の土曜日。僕は千早と沙弓を連れて、実家へとやって来た。
初めてのデートの際、文化祭のストレスと妙に盛り上がったムードに流され、
ホテルで2人を美味しくイタダイテしまいましたし。その後も何度かベットを共にした。
今後の事も考え、和正さんも美樹さんに僕達の事を伝えようと思ったのだ。

千早と沙弓は緊張していた。3人で付き合うのを認めてもらえるか不安なのだろう。
だが僕は多分何とかなると思っていた。和正さんも美樹さんは常識に捕われてないし。
案の定というか、僕が2人を「結婚を前提に付き合いたい人達」と紹介すると、
最初は笑って信じてくれなかったが、僕が本気だと気づくと、

「両手に華か。男の浪漫だな。」

「可愛い娘が2人も出来ちゃったわね。早く孫を抱かせてね♪」

とあっさり了承してくれた。美樹さん、流石に孫はまだ無理です。高一なんだし。

「でも日本では重婚は無理なんだよな。………政府に圧力かけるか!」

「認めなければ、今後は魂鎮めをしないって?いいかもね♪」

その手があったか………悪くない。やはり只者ではないな、和正さんも美樹さんも。
2人が落ち着くのを待って、僕がヤマトタケルの分御霊として覚醒した事を話す。

「………ほう。それじゃ、少し舞を見せてくれ。」

「あらあら、楽しみだわ♪」

言われた通りに一差し舞う。すると、

「畜生ー!!悔しくなんか無いぞぉー!!!」

和正さんは泣きながら外へと飛び出し、

「前よりも更に美しく神々しくなったわねー。これなら説得も楽になるわ♪」

美樹さんは嬉しそうに微笑を浮かべていた。つくづく只者ではない。

因みに千早と沙弓は僕の両親とは思えない2人の若々しさと、
交わされる会話の内容に意識が飛んでしまい、正気に戻るのに時間を要した。

その内、千早と沙弓の御両親にも説明に行かねばならないだろうが、
流石にその時は最低でも殴られる覚悟はして行かないとな。


 ◆◇◆◇


更に1週間が過ぎた、ある日の放課後。僕は自分の席で最近の出来事を反芻していた。

僕達の奇妙な恋人関係は、すぐに周りに知られてしまった。
千早と沙弓に僕達の付き合いを隠す気持ちが皆無だったのが原因である。
2人とも非の打ち所の無い美少女なので、交際を申し込む人達は大勢いたが、

「「付き合っている人が居ますから、ごめんなさい♪」」

と2人で僕の腕に抱きついて断るので、直ぐにいなくなった。
代わりに僕を恨みの目で見る男子が増え、体育館裏に呼び出されたりする事もある。
質問には丁重に、悪口には辛辣に、暴力には徹底的に、状況に応じて対処している。
御蔭でこちらも直ぐにいなくなった。特に後ろの2つは。

本来なら、この状況でB組連中が騒がぬ訳が無いのだが、その殆どが意気消沈したままだ。
原因はキマイラの解放である。あの時、陰謀に加担した生徒達がキーワードを唱えたが、
あの言葉は唱えた者の魔法回数を奪い取って、キマイラの糧とする呪いだったのだ。
唱えた生徒達は魔法回数の約3割を奪われた。例えば8万4千回の仲丸は、5万9千回となった。
魔法回数の多さがエリートの証と考える彼らにとっては、大きなショックだったのだろう。
御蔭で最近は静かになったので、中村先生の悪化した体調も少しずつ改善してきたが。

あの時の出来事は、千早と沙弓以外は誰も覚えていない。
僕がヤマトタケルの力を受け継いだ分身である事も、2人と僕の家族以外は知らない。
僕があの状態で『草薙』を振るえば、最強の召喚獣であるベヒーモスをも倒せるが、
その為には蒼の勾玉と『草薙』の同意が必要であり、自分の勝手では使えない。
僕は千早と沙弓を護るだけの力以外は望まないし、周りに目を付けられたくは無いのだ。

それに、チャクラを廻して練り上げた魔力を経絡に流して全身を強化する事で、
最大で人狼レベルの身体能力が得られるし、『綾』を強化すれば岩も豆腐と変わらない。
身体強化は魔法回数を消費しないが、体力を消費するので無闇に使いたくはないが。


「和樹くーん。一緒に帰ろ♪」

開いた教室の戸から千早が入ってきた。

「あれ、沙弓は?」

「先生に呼ばれたから、校門で待っててって。」

「どうしたのかな?」

「別にお説教を受ける感じじゃなかったし、部活の勧誘じゃない?」

2度怪我を負ったのと僕の願いを受けて、沙弓は退魔士の仕事を辞める事にしたのだ。
史彦さんと電話で凄い口論をしたそうだが、何とか認めてもらえたらしい。
そうして余裕の出来た沙弓は、いくつかの運動部から勧誘を受けているのだ。
千早は手芸部に入った。マフラーを編んでくれるそうなので、今から楽しみである。

校門の所で千早と話していると、沙弓が走って来た。

「御免、遅くなっちゃった。」

「やっぱり、部活の勧誘だったの?」

「今日はバスケ部からだったわ。でも、駄目ね…男女交際に煩いらしいし。」

「身体を動かしたいなら、僕の舞の練習に付き合ってみる?」

「それもいいかもね。」

交わされるのは他愛の無い言葉、その当たり前の会話が何よりも嬉しい。
言葉の端々や僕に向けられる笑顔から、彼女達の想いが伝わってくるから。
愛しさが込み上げてくる。だから僕も2人に伝えよう。ちゃんと言葉にして。

「千早、沙弓。」

「きっとずっといつまでも、君達を護って見せるから。幸せにするから。」

「ずっと僕の傍で笑っていて欲しい。」

脈絡も無く呟いた僕の言葉に、2人は笑顔で答える。

「勿論よ。」

「幸せになろうね。」


 ◆◇◆◇


2人と誓いを交わしてから、過去の僕の夢を見る事は無くなった。
『彼』の残した悲しみの記憶は幾千の夜を越えて僕に届き、僕を導いてくれた。
そして僕は大切な人達との絆を手に入れた。彼女達を護る力を手に入れた。

今、僕は夢を見ている。それはおそらく数年後と思われる光景。
僕の傍に美しい女性となった千早と沙弓が寄り添って、嬉しそうに微笑んでいる。
僕達の前で、4人の子供達が楽しそうに遊んでいる。子供達には僕達の面影があった。
声までは聞こえなかったが、皆幸せそうに笑っていた。

これは只の夢なのかも知れない。でも、これが僕達の目指す未来だと信じたい。
夢は所詮夢だとか起こらないから奇跡という考えは、豚にでも食わせてしまおう。
夢の持てぬ人生など価値は無い。僕1人で無理ならば、3人で目指せばいいのだから。

そろそろ夢から覚めそうな気配がする。後で千早と沙弓に今の夢の話をしてみよう。
きっと僕の大好きな笑顔を見せてくれる筈だ。


………そして僕は目覚める。


Fin


後書き

1ヶ月以上の御無沙汰です。タケでございます。
「新たなる物語」の第2部はネタが降りてこないので、まだ書けません。
ぶっちゃけた話、書けるか解りません。書きたいネタは第一部で書きましたので。

今回は新しいネタが先に降臨したので、この話を投稿させて頂きました。
御一人でもいいから面白いと思ってくだされば幸いです。

それでは、別の話で会えます様に。

2006/10/03 細部の修正実施。


△記事頭

▲記事頭

yVoC[UNLIMIT1~] ECir|C Yahoo yV LINEf[^[z500~`I


z[y[W NWbgJ[h COiq O~yz COsI COze