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▽レス始

「まぶらほ〜空幻絶夢〜 第零夜 無題(まぶらほ)」

弧狐 (2006-08-17 00:14)


 何も見えなければ、何も聞こえはしない。
 暗い暗い夜道を歩いていこうにも、耳鳴りがしては方向を定めることは出来ない。
 今晩もいい月が出ていると鈴虫が囁いてくれているのに、それを聞けないというのは何とも哀しいことやら。頭の中で暴れている鐘が鳴き止まない。痛すぎる。五月蝿い。自慢の耳に不法侵入した悪い子鬼が、好き勝手に金棒を使って釣鐘を叩きまくっている。怒りと異常を通り越して我慢ならない。いっそうのこと鼓膜を破って直接脳まで指を捻り込んで、生意気な子鬼を握り潰してやろうか。いやいや、そんな野蛮な事をするよりもっと効率的で簡単に美学に反しないで済ませる方法があるじゃないか。
 今の時間帯は真夏の深夜。行動するにも実行するにも、“コレ”にとってはいい夏日和じゃない。それは素晴らしい。いつも通りにやれば問題は全くない。むしろ“コレ”の利益が増えるではないか。いいねいいね、早速やろうじゃないか。服装は良し。余所行きの玩具も準備万端。お気に入りの『――』も持った。
 それでは楽しい楽しい夜の散歩へ、しゅっぱつしんこ〜――


 まぶらほ〜空幻絶夢〜
 第零夜 無題


 都市伝説――不可解な怪現象、及び特異霊障が起こる事を示す呼称名。
       または高密度言霊処理で人為的に起こされた『反自然現象』の正式名称。


 真夏の季節。明け暮れる平凡な毎日に退屈を感じないのは良い事だ。
 いつものように“三度目の放課後”をこっそりと訪れるのは彼女のご愛嬌だ。緋色に染まる廊下を軽やかなスッテプを鳴らす靴音とともに陰法師がついていく。通り過ぎていく夕暮れの教室に人影はなく、代わりに僅かに残留している魔力の欠片がその場で談笑を交わしていた。聞こえない会話、見えない笑顔と疲れた顔、どれも今日という一日の出来事を振り返って友達と話し反省をする。
 『残留思念』――帰宅した生徒達の、もう一人の自分達の姿。誰にも気付かれず、誰にも相手にされない、すぐに消えてしまう可哀相な存在。けど彼女は彼等を同情することはない。彼らは単なるその場で取り残された情報源でしかなく、生きている訳でもない。本体(オリジナル)が生きている限り彼らは『本当の生』を得ることができない。それがこの世界でのルールなのだから。
 鮮やかな桃色の細糸が、宙を舞う。ストレートに伸ばした後髪は肩甲骨辺りまで届き、右耳の少し上に付けた真紅のルビーがはめ込まれた髪飾りが濁りのない光を放っている。身長は百七十センチ前後。薄手の黒い春物コートに黒のジーンズにサングラスと、全身黒一色で統一された今の季節と相性が悪い服装といったところだ。眼を隠しているため素顔は分からないが整った紅色の唇と雪のような肌、鼻の位置を見る限り美人の部類に入るかと思われる。あとは、特徴といえそうなものが一つ。肩に担いでいる彼女の身長に合わせた無骨なギターケース、彼女の手書きか可愛らしいネコちゃんマークが施されていた。
 懐かしい香りと馴染んだ腐臭が漂い始めた、夏色の景色に溶け込むように、彼女はステップからゆっくりと廊下を歩いていく。
 遮る物体(もの)はない。彼女以外に誰もいない校舎で邪魔する馬鹿はいない。いるとしたら、五メートル先の地面に出来た円形状の窪みから浮かび上がった“死人(しびと)の肌色をした細腕”だけだろ。

「条件どおりだな」

 常人が見たら卒倒しそうな場面に彼女はさして驚いた様子はなく、担いでいたギターケースを足元に下ろした。ずどん、と地面が僅かに陥没する。それほど重そうに見えないケースの異常な重量感を伺えた瞬間だった。
 窪みから二本目の腕が這い出てくる。彼女はそれを眺めながら左耳の六芒星型のイヤリングを人差し指で軽く弾くと、

「目標と接触。目標の認証と限定隔離空間の展開を要請する」

 虚空に向かって、小さく呟く。すると即座に、

『了解。目標の発動条件を再確認と出現位置、及び霊圧変化――全て一致。高密度言霊B+級(クラス)“カミオンナ”と認証』

 姿の見えない、少し幼さが残る男の声が答えた。
 それに続くように周りの景色が、廊下が、教室が、パズルの欠片(ピース)そのものに変質し、バラバラに分解されたそれらは再び組み立てられた。今までと変わらない光景。暁色に染まった廊下と教室。立ち位置が変わっていない彼女と窪み。――否、一つだけ変わったところがあった。廊下の窓と教室の位置が映し出された鏡のように左右にかわっていた。

『――限定隔離空間・神隠(かみかくし)を半径一キロ四方に展開。現在の座標軸と特定位置を送信。“都市”具現化まであと十五秒。準備はOK? 夕菜姉さん』
「いつでもいける。サポートは頼んだ。和樹」

 彼女……宮間夕菜の両手に握るは鈍く光る鉄色の銃身。ギターケースから取り出した二丁のサブマシンガンの銃口を前方に向ける。
 狙い定めるは、窪みから抜け出した、完全にこの世界に具現化を果たした泥色の長髪の女性。――とある校舎の廊下に現れ、自分より綺麗な髪を持つ女性を襲い、頭髪ごと首を抉り千切る。
 女生徒たちの間で噂され、いつしか本当に現れることなった『都市伝説』の一つ“カミオンナ”。

「さあ、始めよう、殺し合いを」

 夕菜の唇の端が、楽しそうに、僅かな笑みを、
 つくった。


あとがき

こんばんは。初めまして、弧狐(こぎつね)と申します。
この度、この投稿掲示板に初投稿させてもらいました。
題名のとおり『まぶらほ』のSSですが、主人公は宮間夕菜でサブ主人公は式森和樹です。
ちょっとした異色の小説ですが、皆様に楽しんで貰えたら嬉しいです^^
それでは今宵はこれにて失礼します。


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