縦も横も高さもない暗闇がある。
地球がある3次元の世界とは少しだけずれたところに位置する空間だ。
そこに圧倒的存在感、圧倒的重圧感を放つ『何か』がいた。
「・・・ほぅ、鳴海の弟が勝ったか。私が用意した駒を超えるとは・・・・・・・ククク、いい、いいぞ鳴海歩。
私の予想が覆されるなどここ数億年なかったことだ。イレギュラーとは存外おもしろいものだな。」
『何か』が発する声は男とも女ともとれる澄んだ美しい、だが若干の狂気が入り混じった声だった。
「さて、鳴海歩。お前は私の暇つぶしに最適の人材だ。悪いが私の遊びに付き合ってもらおうか。
・・・・・・・おっと、私の最高傑作である鳴海清隆を破り、私を楽しませてくれた礼もしないとな。
この私――――■■■を楽しませた礼だ。存分に味わえ。」
■■■はそう言うと、クククとくぐもった笑い声を上げ、闇に溶け込んでいった。
DANCE WITH THE CREATOR
「・・・みさん・・・・・・おき・・・く・だ・・い」
深いまどろみの中、俺の安眠を妨げる声が聞こえてくる。その声の高さと柔らかさから相手が女性だと推測。
最初は姉さんかと思ったが・・・どうやら違うみたいだ。働かない頭でしばらく考えてみると一人の女性が浮かんできた。
・・・・ああ、あいつの声か。
「もう、・・・・るみさん・・ってば・・・お・・て・・・・さいってば!」
なにやら俺を起こそうと必死らしいが、眠いので無視を続けていると物騒なことが聞こえてきた。
「む〜、いい加減に起きないんでしたら私にも考えがありますよ?以前、鴨○ジムのボクシング世界チャンピオンから伝授してもらった
【プーさん殺しパンチ】を脳天に叩き込んで一発で昇天・・・・じゃなくて覚醒させてあげますから。」
「・・・・・・起きるからそれは勘弁してくれ。」
・・・・・・流石にまだ昇天したくないので、やれやれと重たい瞼をこじ開る。
昨日は作曲に没頭してしまい徹夜だったので、まだ頭がぼーっとしている。
暗闇に慣れた目に日の光が眩しいが、俺のすぐ近くに人影を発見した。
「やーっと起きてくれましたか、鳴海さん。」
あいつは俺の顔を見てにっこり笑いながら声を掛けてくる。
俺はそれと真逆、睡眠を邪魔されたのですこしムスッとしながら返す。
「・・・・起きたんじゃなくて、あんたに起こされたんだ。というか、あんた昨日
『今日の夕方には発たないといけないんです』って言ったじゃないか。なのに、なんでまだ此処にいるんだ?」
ムスッと返しながらも何故ここにいるのか気になったので尋ねると
あいつは怪訝そうな顔を作り、肩にかかったおさげを弄くりながら返してきた。
おさげの色は見事なほどの亜麻色で日の光に反射して眩しく輝いている。
・・・・・・・・・・いや待て、おさげ・・・・だと?
「・・・私が何処に行くっていうんです?私はそんな事を言った記憶はまっったく、これぽっちもありません。
夢でも見たんじゃないですか?まったく、私には今里先生を殺した犯人の調査をさせているのに
鳴海さんは気持ちよさそうにぐーすかお昼寝するんですから。」
「・・・・・・・・・・」
などと言って、ぷんすかっと怒っているあいつをよそに、俺は呆然としていた。
今里先生を殺した犯人の調査・・・・・・だと?
・・・なんの冗談だ?と思いつつも、俺の鼓動は一秒ごとに早くなり、嫌な汗が流れ出して頬を伝っていく。
もしや、夢を見ているだけではないかと疑って腕を思い切り抓ったりしたが、鋭い痛みが走り、これが現実だと知らされた。
・・・知った瞬間、俺は全身が総毛立った。
まるで氷の棒を背中に突っ込まれた感覚。体は硬直し、思考が乱れる。
恐らく、今の俺の顔は見事なまでに真っ青だろう。
だが、兄貴を乗り越えた時以上の精神力を使いなんとか表情には出さないようにと努力する。
多大な精神力を使い、幾分気持ちを落ち着けた俺はすぐさま頭を働かせて現状を分析した。
今里先生を殺した犯人の調査
見覚えのある部屋・・・病室でなく新聞部の部室
服は・・・・・・月臣学園の制服
最近はろくに動くことのなかった左手が自在に動く
そして――――目の前にいる制服を着たおさげの娘
信じることなど到底できそうもないが、これらの情報を統合すると冗談のような可能性が浮かび上がってくる。
・・・・・笑えない冗談だが・・・・・
「鳴海さん?本当にどうしたんです?具合が悪いなら保健室に行ったほうが・・・・」
心配そうにこちらの様子を窺うあいつ。
俺はなんとか平静を装い、少し顔を洗ってくる、とだけ返してすぐさまこの場を離れることにした。
――バシャ
程よく冷えている水道水で顔を洗う。
顔を洗うとある程度落ち着きを取り戻し、思考がクリアになる。
そして、そのはっきりした思考が再度冗談めいた可能性を示唆してくる。
俺の思考が示唆した可能性とは、まさにファンタジー、まさにSF、といったものだ。
このことを誰かに話せば精神科医を紹介されること間違ない。
だが、この状況はそうとしか思えない。
・・・俺は・・・・・・・
「・・・・・過去に戻ってきた・・・」
顔を洗い、現状を確認した俺は自分でも驚くくらい冷静になった。
最初はパニックになったりもしたが、一度受け入れるとそれほど混乱はなかった。
新聞部の部室に戻り、あいつと話しても平静を失うことはなかった。
それどころか自然と料理雑誌を開いて夕食の献立を考えているほどだった。
・・・・・長年の習慣とは恐ろしい。
そんな俺をよそに、語尾に♪を付けそうなくらい機嫌がいいあいつが能天気に報告してくる。
「あ、鳴海さん見てください。ぞくぞくと情報が集まってきます。どんどん包囲網が出来上がってますよぉ」
俺は料理雑誌を閉じ、パソコンに向かって作業を続けている小さな背に目をやる。
結崎ひよの
実在の人物でなく、兄貴が創作・設定したキャラクター・・・・。
いかなるときも俺に側にあり、信頼し、サポートせよと命じられて送り込まれ、俺に最大の絶望を与えるために兄貴が用意した最後の欠片。
兄貴との決戦の一週間くらい前、このことを思い当たった時は正直言って頭を鈍器で殴られたかのような衝撃が走った。
だが、裏切られた、騙された、と言った思いはまったく浮かんでこなかった。
竹内理緒との勝負の時は俺の推理を信じ、毒が入っているかもしれない水を躊躇いなく飲み干した。
カノン=ヒルベルト戦の時も情けなかった俺を信じて命がけで時間を稼いでくれた。
口調とかそこぬけに明るい性格は演技だったとしても、俺は彼女の行動が全て演技からだとは思わない。
そして、気がつけば、あいつは俺の物語の中で姉さんや兄貴よりもずっと重要な位置に入り込んでいた。
兄貴との決戦の後、素の顔を晒して現れたあいつと話しても、姉さんや兄貴よりもずっと重要な位置にいることに変わりなかった。
「でも鳴海さん。私の調査って結構おおっぴらにやってますよ。そりゃあ、秘密には調査できませんが・・・・
犯人がこれに気づいて学園から逃げちゃったりしませんか?」
あいつは作業する手を止め、小首を傾げながら聞いてくる。
・・・・さて、どうしたものか・・・・・
俺は本来なら過去である現在の未来を思い浮かべ、思案する。
おそらく今回も過去と同様の手口で来るのは間違いないと思うが・・・・・何かするには時間が足りない。
あの子はブレードチルドレンの中でもかなり厄介だ。爆弾や銃火器の製造技術もそうだが頭も切れる。
前回、あのカノン=ヒルベルトでさえあの子を警戒し、奇襲を仕掛けて早々に消そうとしてたほどだ。
下手な策を打てば火傷ではすまない。
・・・・今は・・・・まだ過去をなぞるしかないか
「この犯人は逃げないよ。殺し方から分かるが、犯人は自分の能力によほど自身があるんだ。
だから網に気づいても逃げるなんて発想はしない。正面から受けて経ってくるよ。」
一息置いて耳を塞ぐ準備
「いや、それどころか犯人はこう考えるさ。
包囲網はまだ完成していない。ならあの新聞部の部長を殺せばこっちの勝ちだ、とな。」
俺は言い終わると同時に耳を塞ぐ。
あいつは少しの間キョトンとしていたが、やがて意味が分かったのか校舎中に響き渡りそうな声で絶叫する。
「ええええええええ!!!!??」
・・・・耳を塞いでおいて正解だった。
絶叫が終わると俺は雑誌を読みながら話を再開した。
「俺が大声で情報収集を頼んでいるんだ。包囲網の要はあんただと丸分かりだし、
いつまでに終わるかも公言させている。噂も学校中に広まってるだろうよ。
なら、犯人は逆転を期して今日中にあんたを狙ってくるだろうな。」
だが――――
「それが最初から俺の狙いだ。犯人が自らからこちらに近づいてくる、これほど捕まえやすい状況はない。
犯人は自信家だ。よって範囲網を破るなら俺を嘲笑うかのように学園内であんたを殺そうとするはずだ。
だが、俺はあんたの側にいて直接接近して殺させるチャンスを潰してきた。
よってあんたを殺そうとするなら方法限られてくる。たったの二つだ」
指を二本立てて見せる。
「遠距離からの射殺か、機械的な罠を立ち回り先に仕掛けての自動殺人のみ。
空間的に学園内での射殺は難しすぎるから消去法により、仕掛けられるのは機械的な罠ってことになる。
そして、あんたを殺すトラップを仕掛けるならこの部室が最適だ。仕掛けられそうなのはおそらく殺傷能力の高い
爆弾といったところだな。これだけ分かればあとは簡単だ。わざと犯人がトラップを仕掛ける隙を与えてそこを押さえればいい。
俺の包囲網は最初から二段構え。これで完全封殺だ。」
俺はいっきにここまで話すとパタンと雑誌を閉じ、前回のことを思い浮かべて僅かに苦笑する。
実はこの封殺には抜け道が一本だけある。
今回の範囲網は相手がブレードチルドレンで肋骨が一本欠けているというのがキーポイントになっている。
ならば爆弾かなにかで肋骨が数本なくなってもおかしくない程度に胸部を破壊すれば確かめる方法がなくなり、網は途切れることになる。
実際にやるのは正気の沙汰とは思えないが、前回はものの見事にやられてしまった。
そして、それを伏線として病院での第二ラウンドでも完璧に打ち負けた。
このおさげ娘がいなければ俺は一生敗北者のままだっただろう。まったくもって苦い記憶だ。
――――sideひよの
「遠距離からの射殺か、機械的な罠を立ち回り先に仕掛けての自働殺人のみだ。
空間的に学園内での射殺は難しすぎるから消去法により、仕掛けられるのは機械的な罠ってことになる。
そして、あんたを殺すトラップを仕掛けるならこの部室が最適だ。仕掛けられそうなのはおそらく殺傷能力の高い
爆弾といったところだな。これだけ分かればあとは簡単だ。わざと犯人がトラップを仕掛ける隙を与えてそこを押さえればいい。
俺の包囲網は最初から二段構え。これで完全封殺だ。」
私は鳴海さんが話し終わった後もしばし呆然とすることしかできませんでした。
・・・・これは推理?・・・いえ、そんなもんじゃありませんね。最初は論理から始まったとしても
鳴海さんの読みは理屈を越えたレベルに届いています。
鳴海さんには自覚ないのでしょうか?自分がどれほど凄いことをしているのか・・・・・
今回の鳴海さんは一味違うどころか別人のようです。
・・・・・・って・・・
「そーいえば鳴海さん。私を勝手に囮にしましたね?万一殺されてたらどうしてくれるんです?」
私は勝手に囮にされたことをふと思い出し、ふつふつと湧き上がってくる怒りをおさえつつ鳴海さんに尋ねます。
すると鳴海さんは少しの沈黙の後、にぱっと笑って
「いや、ほら、あんたって12回殺さないと死にそうにないから。」
などと言ってくれちゃいました。
その瞬間、ブッツンという切断音が私の頭の中で響き渡りました。
・・・ええ、流石に仏のひよのちゃんと呼ばれ、崇められている私でも流石に堪忍袋の緒が切れちゃいましたよ。
このか弱い美少女・ひよのちゃんを勝手に囮にしといて謝ってもくれません。
あまつさえ、人をどこぞの狂戦士みたいに言うんですから!私はあんなにむっきむきでも、マッチョッチョでもありません!!
私はでっかい青筋を浮かべ、鳴海さんに近づいて【プーさん殺しパンチ】(ふるぱわ〜)を叩き込もうとしたとき
鳴海が聞こえるか聞こえないかくらいの声でボソッと呟きました。
「・・・・それに・・・あんただけは死なせないから。」
・・・え?・・・鳴海さん・・今なんて・・・・?
良く聞き取れなかったためもう一度言って貰おうとしましたが、ドアがコンコンとノックされ誰かが部室に入ってきました。
むう、鳴海さんがなにやら嬉しいことを言ってくれた気がするのですが・・・まぁ、後で聞き出せばいいですね。
コンコンとドアがノックされ、間延びした声が部室に響く。
「あの〜〜〜〜」
・・・・来たか
ノックの後入ってきた人物は過去同様に爆弾入りのぬいぐるみも抱えているあの子だった。
過去ではもう少し遅くに来たような気がするが・・・・まあ誤差の内にも入らない。
「・・・なんの用だ?」
「あ!この前助けていただいた・・・・・・って、新聞部の方だったんですか?」
「いや、それはない。」
俺はその問いに自信を持って即答したが、その答えにおさげ娘が反論してきた。
「もう、鳴海さん!さんざん部室やら備品を使っておいてそれはないですよ。」
「さぁ、なんのことやら・・・・・で、なんの用だ?」
おさげ娘の反論をきれいに無視して本題に入る。
するとあの子はぬいぐるみとメモ用紙を差し出した。
「このねこさん・・・・一階の廊下に落ちてました。それで拾ってみたら、このメモがねこさんのおでこに貼ってあったんです。」
差し出されたメモ用紙には“新聞部につれてくニャ”と書かれていた。
俺の隣にいるあいつは何かに気がついたようにハッとした顔になる。
「はれ?ねこさんの中で何かがカチカチ鳴ってます・・・」
そのカチカチ鳴ってる何かの正体は自分が一番良く知っているだろうに。
頭の上に?を浮かべ、そう言う姿は本当に何も分かってないように見える。
・・・演劇部に入れば主役を狙えるんじゃないか?
などと考えていると爆弾はドンっと大気を震わせて爆発した。
俺は突然起きた惨劇にいまだ呆然としているおさげ娘を正気に戻し、救急車を呼ばせている間に応急処置を施す。
応急処置を施して数分後、部室に救急隊員が到着してあの子を連れて行く。
俺はあの子を見送ると、こちらを窺うおさげ娘に何も告げず一人で下校した。
帰り道
俺は普段あまり使うことのない、遠回りの道を一人歩いていた。
なぜ遠回りしたのかと言うと、少しの間でいいので誰にも邪魔をされず、どうして過去に戻ったのか?と、考える時間が欲しかったからだ。
よくよく考えると過去に戻ったのでなく、平行世界とやらに精神だけ移動したのかもしれない・・・・・・・
まあ、どちらにせよ、SFやファンタジーの知識なんぞ持ってないので何とも言えないが、俺はとりあえず幾つかの推測を立ててみた。
推測その1 この状況は兄貴が仕込んでいた
この線は消していい。いくら兄貴とはいえ時や次元を操るなんざ出来るわけがない。
いくら神様とか言われてても所詮は半端なく先が読めて俺しか兄貴を殺せないだけ。
遺伝子学上は間違いなく人間だ。故にこの線はない。
推測その2 実は夢を見ているだけ
この考えも早速破棄する。再度確認するため、先程指を噛んだらやはり痛かったし、血も滲んできた。
これが夢だとは到底思えない。
推測その3 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
推測その4 ・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・
俺はマンションに着くまでに十を越す推測を立てたが、どれも根拠のないものばかりだった。
・・・・はぁ・・・・・SFやファンタジーなんぞ勘弁してくれ。
溜息と共に愚痴が出てしまう。
俺はこれ以上考えるのを放棄しようとしたが、ふと一つの推測が頭をよぎった。
「・・・・ラザフォード達の例え話に出てきた善だか悪だかの造物主が実在し、何らかの理由により俺を過去に戻した・・・・・」
馬鹿馬鹿しい・・・・そう、あまりにも馬鹿馬鹿しい、論理もなにもない考えなのだが・・・・・・なぜか、今までの推測の中でも一番しっくりくる。
俺はこのことに戸惑いを覚えた。
俺は無神論者だ。故に神や造物主が存在するなどと思ったことは一度もない。
だというのに、造物主の存在を前提とする推測がしっくりくる・・・・・この矛盾はいったい・・・・
俺は思考がメビウス輪のようにループしていくのを感じながら鍵を開け、家に入る。
リビングに姉さんの姿はなく、不気味に静まり返っている。
鞄を放り投げ、制服をハンガーにかけると自分の部屋に向う。
部屋に入ると俺は本日二度目の硬直を体験することになった。
俺の部屋に先客がいたのだ。その先客は形のいい唇を片方だけ吊り上げ、口を開く。
「ククク、初めまして鳴海歩。待っていたよ。」
これが俺と■■■とのファーストコンタクトだった・・・・