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▽レス始

「Ruins investigation(リリカルなのはA's)」

Rebel (2006-07-20 21:20)


 その部屋は、辛うじて物の輪郭が判別可能な程度に暗かった。
 採光のための窓一つなく、照明も設置されていないせいである。
 部屋の左端から右端までは、目測でおよそ十メートル。
 だが、普通の部屋としては不必要な程に、その部屋の奥行きは長過ぎた。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 そこを、金色の髪を靡かせた一人の少女が、舞い踊るように駆け抜けている。
 前だけを見据え、走る事以外の全ての行動を切り捨てて。
 身にまとう裾の短いレオタードに似たバリアジャケットは、速度重視の特別仕様。
 そのため、走る速さもオリンピックで優勝できそうな勢いだ。

 だが、彼女が尋常でない速度で駆けているのには、一つの理由が有った。
 決して趣味や何かで意味もなく走っている訳ではなく。
 それは、彼女の背後の空間が、歪な闇の中に消滅して行っているからである。
 あたかも、彼女の後を追いかけて来ているかの様に。

『フェイトち……こちらか……位置が確……』

 彼女の建物内での行動は、任務のため、ずっとモニターされていた。
 外部に駐留されている、彼女の所属する巡航艦アースラの艦橋によって。
 そして、この状況に至るまで常に脳裏に届いていた思念も、途切れようとしている。
 だが、そんな事に頓着していられない程度には、彼女は追い詰められていた。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 ただ足を動かす事にのみ意識を向けて、少女は一心に前へと進む。
 飛翔すれば済む話のはずなのに、態々走っている理由は単純なもの。
 この部屋では、魔法そのものが使用できない罠が仕掛けられていたのだ。
 バリアジャケットや肉体強化等の、事前に使用しておくタイプの魔法が解除されなかったのは幸運だった。
 けれど、そんな事は現状を解決する役に立ちはしなかったのである。

『フェ……トちゃん……聞こえ……返事を……』
(駄目、こちらからの念話は通じない)

 次第に遠くなっていく相手の思念に、絶望が心の片隅を過ぎる。
 右手に握る最も頼みとする半身に魔法の発動の可否を問いかけるが、

≪ Sorry,Sir. ≫

 役に立てない己を恥じるかの様な答えが返るのみ。
 だが少女は、この状況では仕方がないと、相棒を責める気にはなれなかった。

(今は走るしかない。次の部屋に入れば、あるいは)

 この部屋に入るまでは、比較的順調に進む事ができてはいた。
 このまま順調に中枢まで辿り着けるかと、彼女も思い始めていたのだ。
 下手に深い所まで来ているため、義兄が救出に来るにしても、多少の時間がかかる。
 事前の注意事項で、この場所での命の危険は恐らくないと告げられたが、絶対は有り得ない。
 そうで有るならば、自分で何とかするしかないだろう。
 今にも動きを止めてしまいそうな太股を叱咤し、彼女はひたすら走り続けた。

「あと、もう少し……」

 そして、終わりが見え始めたその時が、彼女にとっての最後の陥穽となる。
 手の届く所までドアが迫り、わずかに気が緩む。
 体ごと叩き付ける様にドアに手を突いて開いた向こうへと踊り込み、

「――え?」

 次の瞬間、彼女の体を無重力感が包み込んでいた。
 落下しているのだと気付いたのは、下方に覗く深遠を見た後。
 急いで飛行魔法を発動させようと、バルディッシュを振ってみる。
 だが、わずかに発動の手ごたえを感じつつも、発動には至らない。

「駄目なの? そんな――?」

 必死に何度も発動の手順を繰り返すが、状況はまるで変わらず――
 それからどうなったのかは、彼女には解らなかった。


 事の起こりは、次の様なものである。
 現在、クロノ・ハラオウン提督が艦長を務める、時空管理局巡航L級八番艦アースラ。
 大きな事件も久しく無く、通常の巡航中だったアースラがとある遺跡を発見したのだ。
 そしてアースラのクルーは、本局上層部から遺跡の調査を命じられたのである。

 その遺跡は管理局の発祥以前から存在し、幾度となく調査が行なわれていた。
 しかし、結果は尽くが失敗に終わってしまっている。
 何の目的で建造されたのかすら、判明していない状況なのである。

 だが、今までの調査で、何の成果も得られなかった訳ではなかった。
 幾つかの事柄は、掴む事ができていたのである。

 ・自力で空間転移すら可能な、移動要塞の様な構造となっている事。
 ・あらゆる検知方法から逃れ得る高度の遮蔽結界を有している事。
 ・数十年に一度、遮蔽結界が解かれ、一箇所に留まる時期が有る事。
 ・内部に入るには、AAAクラス以上の魔力を保有している必要が有る事。
 ・建造物内部には多数の罠が設置され、中枢に近付く程悪質になる事。
 ・同時に入れるのは二人までだが、二人では罠の発動条件がシビアになる事。
 ・罠から逃れる事に失敗すると、強制的に外部に排除される事。
 ・調査に三度失敗した時点で、建造物は再び検知不能となる事。

 これらを考慮して、魔力と機動力に勝るフェイトが単独で任務に当たったのである。
 しかし、結果はこれまでと同じく無残な失敗に終わってしまった。
 これ以上の失敗はまずいし、調査に割り当てられた時間もそう残ってはいない。
 フェイトの病室からの帰り、クロノは本局内の廊下を考え込みながら歩いていた。

「フェイトの速さならなんとかなると思ったんだが……
 彼女で駄目なら僕だけでも無理だろうし、怪我をしてる以上、無理もさせられない」

 フェイトが病院に運ばれたのは、強制排除された事による異常がないか調べるため。
 そこで、右足首を捻挫している事が判明していた。
 どうやら、最後の部屋に入る直前に捻ってしまっていたらしい。
 治癒魔法を使えば有る程度は癒せるが、デリケートな傷程、完全には治し難い。
 つまり、フェイトを今回の調査に向かわせる事はもうできないという事だった。

「こうなったら他の部署から応援を要請するしかないけど。
 誰にすべきなのか、判断に迷うな」

 現在の管理局内で、個人的に親しいAAAクラス以上の魔導師などそうはいない。
 なのははフェイトと互角の力を有するが、フェイトより上手くできるかどうか。
 はやては未だ体が丈夫ではないし、なのはよりも運動が得意ではない。
 ヴォルケンリッターの魔法は、戦う事に特化し過ぎている。
 唯一そうではないシャマルも、ついうっかりで罠を発動させそうで怖い。

「お、思ったよりどうしようもない状況なのか、これは……?」

 だが、全く知らない人間を、データのみで選ぶのも避けたい所だ。
 他に誰がいただろうか、とクロノが足を緩めて考え込んだ所で、

「あ、クロノ君だ。クロノく〜〜ん!」

 聞き覚えの有る元気な少女の声が、背後から彼にかけられる。
 振り向くと、栗色の髪を左側だけポニーテールにした少女が手を振っていた。
 たった今考えていた中にいた少女、高町なのはである。

「やあ、この間の合同作戦以来だね、なのは」
「うん。クロノ君は元気だった?」
「丈夫なだけが取り柄だからな、僕は。
 君も元気そうで何よりだ」
「えへへ。私も、元気なのが取り柄だからね」

 立ち止まった自分の元に走り寄るなのはと、クロノは軽い挨拶を交わした。
 なのはが親友のフェイトの事に触れないのは、学校でいつも会っているからだ。
 クロノも、妹が怪我をした事を教えるつもりはなかった。
 ちょっとした捻挫で、入院する必要もない程の軽傷だったからである。

「そう言えば、今日はどうして本部へ来てるんだ?」
「えっと、最近は休暇を利用して魔法の特訓をしてるんだけど。
 ちょっと思い付いた事が有って、それの実験のために、ね」
「思い付いた事?」
「口では説明しにくいかなあ? そうだ、時間が有るなら見てく?」

 現状では、特に急いで仕事に戻る意味も無い。
 首を傾げたなのはの提案に、クロノは一も二もなく頷いたのである。

 彼女が向かったのは、シミュレーション・ルームの管制室だった。

「おせーぞ、高町なのは!」
「ごめんね、ヴィータちゃん、久し振り。
 でも、私の名前をフルネームで言う癖、まだ直ってなかったんだね」
「どーでも良いだろ、呼び方なんて。
 それより、さっさと始めてとっとと終わろうぜ、かったりー」

 室内に入った途端、なのはに怒声を浴びせたのは、真紅の少女。
 赤い髪に青い瞳を持つヴォルケンリッターの一員、鉄槌の騎士ヴィータだった。

「遅かったね、なのは。それに、彼はどうして?」
「クロノ君とは、ちょうどそこで会ったから、見学に誘ったの」
「何だか凄く嫌そうだな、ユーノ」
「そんな事はないよ、君の気のせいだろう」

 なのはに向けた笑顔から一転、クロノを嫌そうに見やるユーノ。
 単に、なのはと彼が一緒だったのが気に入らないだけなのだろう。
 それが解っているため、自然とクロノの対応も冷ややかなものになる。
 たちまち険悪な雰囲気になる二人に割り込む様に、なのはが声を上げた。

「じゃあ、私達はシミュレーション・ルームに入るから!
 ユーノ君、データ取りよろしく。
 クロノ君もごゆっくり」
「あ、ああ、解ったよ、なのは」
「頑張ってくれ」

 口喧嘩はもはや恒例行事の様なもので、実際に手を出す意思も理由もない。
 なのはの言葉に、ユーノとクロノは素直に頷き、普段の態度に戻る。
 そんな彼らに小さく手を振ったなのはは、ヴィータを伴って管制室を出て行った。


「それじゃヴィータちゃん、始めよっか」
「ああ。待ちくたびれたぜ、実際」

 バリアジャケットを身にまとい、各々のデバイスを手にした二人は静かに対峙する。
 首をコキコキと鳴らして愚痴を漏らすヴィータになのはは苦笑すると、

「ごめんね。じゃあ――スタート!」

 一言謝罪の言葉を口にしてから訓練を開始を宣言した。
 桃色と赤の魔力光が、弾かれた様に宙を翔ける。

 二人が使用しているシミュレーション・ルームは、本局でも最大規模のものである。
 廃墟と化した街を模した、超巨大な訓練施設。
 本来は集団戦闘訓練のためのもので、一対一の模擬戦に使われる様な場所ではない。
 けれど、なのはの要望により、ここが借りられる事になったのだった。

「てめえ! これは訓練なんだろうが!
 ちょろちょろ逃げ回ってんじゃねえよ!!」
「これも今回の訓練の目的に必要なステップなんだよ。
 意味もなく逃げてるんじゃないんだから!」

 訓練を開始してから五分程が経過した後も、二人の激突はなかった。
 何故かなのはは、徹底的にヴィータから逃げ回っていたのである。

「どういう事だ、ユーノ?
 なのはは一体、何を狙っている?」
「ああ、なのはからは詳しい事は聞いてないの?」
「会ってすぐこっちに誘われたからな。あまり聞いてない」

 データ採取のためにコンソールを操るユーノの背後からクロノが尋ねると。
 若干の優越感を滲ませたユーノは、手を動かしながら説明を始めた。

「僕やレイジング・ハート――つまり、魔法と出会う前のなのはに付いては?」
「あまり詳しく聞いた覚えはないな」
「そうか。彼女はその頃から理数系には天性の才能を示していたらしい。
 AV機器の扱いに関してはプロ並の父親に匹敵し、パズルゲームやシューティングゲームは全国クラスの腕前だったそうだ」
「ふむ、現在主流になってる魔法大系を扱う下地はできてたって事か。
 だけど、それが今回の訓練と何の関係が有るんだ?」
「現時点でも、誘導弾の多数同時制御に関しては、なのはは管理局でもトップクラスだけど。
 今回の訓練では、それを一歩推し進めた運用を試す事になってる」
「回りくどいな。具体的には、どんなものなんだ?」
「簡単な事だよ、戦闘空域を巨大なゲーム画面に見立てるのさ。
 一定時間敵から逃げ回り、地形と敵のデータを採取しつつ誘導弾や拘束魔法を各所に敷設。
 しかる後、直接戦闘を開始して設置した罠を駆使しつつ敵を追い詰め、最後に捕縛」

 我が事の様に得意げなユーノの説明に、クロノは眉をひそめる。

「普通にアクセルシューターを使った方が早くないか?」
「う……まあ、そうかもね。でもこれは、なのはの魔法の可能性を量る実験だから」

 当たり前の指摘に、若干気まずい空気が漂う。
 そして二人は、スクリーンに映る二人の様子に注意を戻した。

 一方その頃、なのはとヴィータの方はと言うと。
 ようやくなのはが、追い掛けて来たヴィータと向き合っている所だった。

「よぉっし、準備完了! サクっと終わらせるよ、ヴィータちゃん!」
「バカヤロー、それはこっちの台詞だ!
 ずっと逃げてばっかりで、やる気あんのか、おめぇは!」
「あるよぉ。今からそれを証明してあげるから、良っく見ててね」

 焦れた様子のヴィータを気にもせず、なのははレイジングハートを構える。
 たちまち足元とデバイス周りに魔法陣が展開され、魔力が収束されていった。

「やらせるかよッ!」
「遅いよ、ヴィータちゃん!」

 突進して来るヴィータに合わせて後退しつつ、なのはは魔法を発動させる。
 通常の飛行魔法だけなら、なのはの方がやや速い。
 結局ヴィータは砲撃を防げず、魔法の発動を許してしまった。

「ディバインバスター!」
≪ Divine buster, Fire. ≫

 正面からのエネルギーの奔流に、ヴィータは大きく迂回する事を余儀なくされる。
 そこへ――

「レイジングハート、砲撃中断! 速やかにアクセルシューターへ移行!」
≪ All right, Accel shooter. ≫

 なのはが叫びと共にレイジングハートを振りかざすと、

「な、何!?」

 ヴィータの死角から、二発の誘導弾が高速で迫って来た。
 ほとんど不意打ちに近かったため、ヴィータに迎撃する余裕はない。
 また、一発の威力は高い方ではないが、防御魔法なしで受けられる程低くもなかった。

「くそっ! グラーフアイゼン!」
≪ Panzer schild. ≫

 ヴィータがかざした右手から魔力の盾が形成され、誘導弾を受け止める。
 咄嗟の事でもあり、威力の全てを相殺できず、彼女の体は大きく弾かれた。

「次!」
「なッ!?」

 そこへ、ほとんど間を置かずに、更に二発の誘導弾が襲い掛かる。
 魔法を発動する暇はないと、ヴィータは地表へと高速で降下した。

「甘いよ、ヴィータちゃん!」

 なのはの声に反応するかの様に、新たに二発の誘導弾が迫る。
 背後の二発を気に掛けながらその二発を避け、今度は平行に抜け出した。
 追いかけて来た二発と避けられた二発は合流し、ヴィータを追って行く。
 計四発の誘導弾を引き連れ、ヴィータは舌打ちしながら地表すれすれを飛翔し続けた。

「なんつー嫌らしい攻撃だ!
 使ってる奴の性格の悪さが滲み出てるぜ!」
「む。そうゆう事言うんだ? なら、容赦はなしだね」

 気分を害したのか、拗ねた様ななのはの声に、ヴィータは顔をしかめる。
 この時点で、なのはが手加減してるとはとても思えない。
 だったら、これ以上どんな手に出て来るのか、と。


 それから、ヴィータにとっての悪夢の時間が始まった。
 誘導弾を叩き落しても、新たな誘導弾に捕捉される。
 物陰に隠れてもたちまち見つけられ、死角から誘導弾が襲って来る。
 酷いケースだと、突然進路上の建物や道路が爆発したりする場合も有った。

 だが、なのはに近付こうとすると、強力な砲撃が待っている。
 どこにいるのか悟られているため、行動の意図自体も筒抜けになってしまうのだ。
 向かって来る誘導弾を視界に収めつつ逃げ回るのが、ヴィータに取り得る唯一の手段だった。

「いよいよ大詰めだよ、覚悟は良い!?」
「駄目っつーても無駄なんだろーが」

 いい加減、逃げ続ける事にヴィータがうんざりした頃、なのはから通信が入る。
 その時ヴィータは、大きな二つのビルに挟まれた道路すれすれを飛んでいた。
 そこへ、前方から四発の誘導弾が飛来して来たのである。

「ちくしょう、挟み撃ちかよ!」

 だが、その四発はヴィータには向かわず、二手に分かれて左右のビルの一階部分に着弾した。
 爆発はそのまま上方へと突き抜け、ビルの登頂部分までをくまなく破壊。
 頭上から崩落したビルの破片が次々と降り注ぎ、

「マジかよ、殺す気か!?」
≪ Pferde. ≫

 愕然としたヴィータはすぐ様高速飛翔魔法を発動。
 器用に落下してくる障害物の合い間を縫って上方へ飛び抜けた。
 そして尚も追いすがって来る四発の誘導弾に痺れを切らし、

「このままじゃ埒が明かねえ! 防ぐぞ、グラーフアイゼン!」
≪ Panzer hindernis. ≫

 カートリッジで強化した全方位防御魔法を発動させた。
 そして、ヴィータの狙いに違わず、四発の誘導弾は壁を崩せず霧散する。
 だが――

「その行動も予測済みだよ。残念だったね、ヴィータちゃん」

 聞こえて来た念話での声に、空を見上げるヴィータの視線の遥か先。
 そこには、主砲の一撃を発射せんとするなのはの姿が在った。

「レイジングハート、カートリッジ・ロード!」
≪ Yes, master. Divine buster Powered, fire. ≫

 撃ち下ろされる白き奔流に、ヴィータを守る障壁は呑み込まれてしまう。
 底上げされたその威力は、彼女の護りを容赦なく侵食していった。

「ヒビが……!? このままじゃ――」

 崩れていく障壁を砲撃の方向へとかき集め、最後の抵抗を試みるヴィータ。
 その結果、地表近くまで押し流されたものの、防ぎ切る事はできたのだが。

「チェックメイト! それまで、だよ」
「って、またバインドかよ!?」

 次の行動へ移る間もなく、ヴィータの体はなのはの魔法で拘束されてしまった。

「ただいま〜」

 訓練が終わり、ユーノがコンソールを操る音が響く中、管制室のドアが開いた。
 そこには、にこやかに微笑むなのはと、仏頂面のヴィータの姿。

「お帰り、なのは、ヴィータ」
「ご苦労だったな、二人とも。特にヴィータは災難だった」

 手を止めて振り向きながら挨拶を返すユーノと、苦笑しながらヴィータを見るクロノ。

「あんなやり方は卑怯だ。もう絶対、おまえとサシで訓練なんてしないからな」
「え〜? いろんな戦い方をする相手と戦っておくのはプラスになると思うんだけどな」

 心底うんざりした風に睨み付けて来るヴィータに、なのはは悪びれた様子もない。
 本当に、自分の言葉を疑っていないためであろう。

「まあ、ベルカの騎士は正面からの近接戦闘が身上だからな。
 今回のなのはのような相手は分が悪過ぎるだろう」

 ぽんぽんとヴィータの帽子を叩きながら言うクロノを、彼女は迷惑そうに見上げた。

「言っとくけど、絶対勝てないって訳じゃないからな。
 今日はちょっと調子が悪かっただけだ」

 言い訳だと自覚しているせいか、少し自信なさげなヴィータの言葉。

「ああ、解ってる。君の――ベルカの騎士の強さは充分承知してるさ」
「……なら良いんだけどよ。疲れたから、あたしはこれで帰る」
「お疲れ、ヴィータ」
「今日はありがとね、ヴィータちゃん」
「お疲れ様」

 その辺りには言及せず、クロノが彼女の強さを証明してやると、やや照れた様子で彼女は帰って行った。

「クロノ君、やたらと女の子の扱いが上手くなってると思わない?」
「エイミィやフェイトで慣らされてるだろうし、ある意味当然なんじゃないかな?」

 その直後、背後で小さく呟かれた会話に、クロノは無視を決め込む。
 否定しようと肯定しようと、その話題に踏み込むのは危険だと判断したために。
 そして何事もなかったかの様に振り向くと、二人の様子に言葉をなくすはめになった。


 そこには、金髪の少年の背中にややだらしなくもたれる少女の姿。
 コンソールに座るユーノにじゃれ付きながら、なのはが甘えた声を出していたのだ。

「私喉が渇いちゃった。これ、少しもらうね、ユーノ君」
「い、良いけど。そんなにくっつかないでよ」
「ごめん、ミスタッチしたらまずいよね」

 完全に体重を預けてられているので、ユーノには彼女の胸の感触がはっきりと解るだろう。
 彼の頬が赤く染まっている事からも明らかである。
 それに頓着する様子も見せず、なのはは彼の脇に置かれた紙コップに手を伸ばしていた。
 そして、プラスチックの蓋から出ているストローを、躊躇いもなく口にする。

「んー、おいしー♪ ありがと、ユーノ君」
「あ、うん」
「……なあ、ちょっと聞いても良いか?」

 いつまでも呆然と見てても仕方がない。
 はっと我に返ったクロノは、小さく咳払いして喉の調子を整えてから口を開く。
 唐突にかけられた言葉に、独自の世界を形成していた二人はクロノの方を見やった。

「なに、クロノ君?」
「僕で答えられる事なら」
「下世話な質問かもしれないが、君達は付き合ってるのか?」

 微妙な表情でのクロノの質問に、二人は顔を見合わせて黙り込んだ。

「別に、付き合ってる訳じゃないよ。一番の男友達……かなあ?」
「そうだね……」

 ややあって返されたなのはの答えに、ユーノは肩を落としながら同意した。

「そ、そうか、済まない。友人にしては、やけに親密過ぎる気がしたんだ」
「そっかな? 別に普通だと思うけど。ね、ユーノ君?」

 謝罪を口にしたクロノに、可愛らしく首を傾げるなのは。
 自分の感覚がおかしいのかと、ユーノに視線で問いかけると、

「興味が有るなら、高町家でしばらく暮らしてみなよ。
 なのはの言う事が、痛い程良く解るから」
「えっと、まあ……そうか」

 諦観混じりの言葉が返って来た。
 彼は一体、高町家で何を見て来たのであろうか?
 と言うか、未だに高町家のなのはの部屋に泊まったりしてるのか?
 ふと、好奇心が湧き出るのをクロノは自覚したのだが。
 どんよりとしたユーノの様子に、これ以上の追求は危険と悟る。
 そのため、慌てて話を変える事にしたのだった。

 それから三十分後、本局の食堂にて。
 なのはがシャワーを浴びて着替えて来るのを待って、クロノは場所を移していた。
 それぞれが注文した飲み物が到着し、しばし無言で喉を潤した後。
 テーブルの向かいに隣り合って座るなのはとユーノに、クロノは端的に話を切り出す。

「古代遺跡の調査の同伴……? なのはに?」
「ああ、遺跡という程上等な代物かさえ定かじゃないんだが」

 真剣な顔で話を切り出したクロノを、訝しげに睨むユーノ。
 アースラには、なのはに匹敵する魔導師が一人いるはずだからだ。
 なのはもそれは不思議に思ったのか、身を乗り出してクロノに尋ねた。

「クロノ君、フェイトちゃんはどうしたの?」
「フェイトが昨日調査に当たったんだが、その時に怪我をしてしまってね。
 怪我自体は大した事はないが、無理はさせたくないと判断したんだ」
「そんな、フェイトちゃんでも駄目だったなんて」

 心配そうに表情を曇らせるなのはに、クロノは尚も言い募る。

「確かに君とフェイトは互角の実力者だが……今回の実験で思い付いてね。
 なのは、君はどうやってヴィータを追い詰める事ができたんだ?」
「え?……地形を3Dデータに再構築して把握してから、予測を立てたんだよ。
 今は、ある程度行動パターンを知ってる相手にしか使えないけど」
「それだよ、君のその能力が有用だと判断したんだ。
 調査で判明しているデータを渡すから、予め最短ルートの予測を立てて欲しい。
 どうしても誤差は出るだろうけど、そこは僕と同行する事でフォローしてくれれば」

 不自然な程勢い込むクロノに若干引きつつ、なのははしばらく沈思した。

「……良いよ、クロノ君。フェイトちゃんのリベンジ、したいしね」
「ありがとう、なのは。後で君の予定を教えてくれないか?
 僕の方でそれに合わせるから」
「了解。それじゃ、後でメールするね」

 何やら話がまとまりかけた所で、慌ててユーノが乱入する。

「ちょ、ちょっとなのは、そんなに簡単に決めちゃって良いの!?
 クロノ、この調査はかなり危険なんじゃないのか?
 フェイトだって調査中に怪我をしたんだろ?」
「いや、今までの調査結果から命の危険は全くないと判断している。
 フェイトの怪我だって、足首の捻挫だけなんだ」
「う、そうか。だったら、止めるまでもないけど。
 できるだけ、注意はしてくれよ」
「承知してるさ。何が有ろうと、なのはは絶対無事に帰す」

 しぶしぶながら了承したユーノに、クロノは真剣な表情で頷いてみせたのである。
 こうして事前の打ち合わせは、ほぼ無事に終了した。
 クロノの最後の台詞に、不機嫌になった少年と顔を赤らめた少女がいたりしたが。


 クロノがなのはに調査の同行を依頼した翌々日。
 事前の準備を終えた二人は、転送ポートを通って目的地へと到着していた。

「ここが問題の遺跡? 映像じゃ解らなかったけど、大きいねえ」
「僕も前に一度肉眼で確認しただけだが、その感想には同意する」

 文化レベルの低く、緑の多い世界の海上に、問題の遺跡は停留していた。
 外観上は、中央部が盛り上がった銀色の円盤の形をしているそれは、巨大なドラ焼きに見える。
 その無駄に巨大な威容に半ば呆れていた二人に、アースラから通信が入った。

『じゃあ二人とも、遺跡の入り口に向かってくれる?
 それと、最終確認をしておくね。
 今から十分後にミッションスタート。
 以降は、問題が発生した場合のみ連絡を入れる形になります。
 こちらから不用意に連絡して邪魔をしないための措置だね。
 以上。こちらへの質問がなければ、復唱をお願いします』
「了解」
「解りました、エイミィさん」

 エイミィの指示に従って、二人は入り口へと飛んで行った。

「さて、あの後渡しておいたデータには目を通しておいてくれたか?」
「ばっちり。バルディッシュが細かにデータを取っててくれたんで助かったよ。
 計算してみたら、フェイトちゃんも後少しで中枢って所まで行ってたみたい」

 艦艇のエアロックにしか見えない入り口に立ち、会話を交わす二人。

「そうか。それを聞いたらフェイトもきっと喜ぶよ。ありがとう」
「ええ? そ、そんな、フェイトちゃんの実力なんだし、私は何もしてないし……」
「それでもだ。ありがとう、なのは」
「い、行こうか、クロノ君。早く終わらせてフェイトちゃんにも教えてあげよ」

 素直な感謝の念がくすぐったかったのか、顔を真っ赤にしてなのははクロノを促す。
 横を通り過ぎる彼女に微笑ましいものを感じながら、彼はその後を追った。

「最初の部屋は確か、蜘蛛型のゴーレムの巣窟だったな」
「うん。だから頼りにしてるよ、クロノ君」
「どういう意味だ、なのは?」
「ほら、プレシアさんの城に突入した時……」
「ああ、なるほど。確かに僕向けの部屋かもしれないな」

 初めてなのはと共同戦線を張った時の事を思い出して頷くクロノ。
 二人で戦ったあの時の記憶は、今も色褪せずに記憶に残っている。
 何か余計なおまけが付いていた様な気もするが、とクロノは口元を緩めた。

 一辺が数十メートルは有りそうな広い部屋の床に幾つも描かれた魔法陣。
 そこから、雲霞の如く湧き出てくる石でできた蜘蛛の群れ。
 だが、迫る脅威を前にしても、普段の会話の様に気負いが全く見られない。
 それは、二人が互いの力を信頼しているから――

「クロノ君、ぶっ飛ばしちゃえ!」
「よし! 行っけ――――ッ!!」
≪ Stinger Snipe. ≫

 詠唱を終えたクロノが、右手のデュランダルを振って魔法を発動。
 駆け出した二人の周囲を守るかの様に、光の帯が大きく螺旋を描いてうねる。
 クロノの意思で操られた光は、瞬く間に部屋中のゴーレムを打ち砕いていった。

 最初の部屋を危なげなく抜けた二人は、次の部屋へと入った。
 そして、ほぼ無重力に保たれた室内で、浮いてしまう体を制御しながら先を見る。
 目測で百メートル程向こう側に見える、次の部屋への扉。
 そこに至るまでの空間には、無数のデブリが高速で不規則に動き回っていた。

「ここは、飛行魔法で障害物を避けながら進むしかなかったな」
「うん。攻撃魔法の一切を無効化する結界が張られてるからね。
 ついでに、防御魔法も効き難い傾向にあるみたい。
 障害物に当たったら大きく弾かれちゃうから注意しないと」
「君は飛行魔法の制御は得意な方だったか?」
「苦手って事はないけど、得意って訳でもないと思う」

 そうかと考え込んだクロノは、突然なのはに近寄る。
 不意な行動の意味を考える間もなく詰め寄られ、

「ちょっと済まない」
「え、え、えええ!? く、クロノ君!?」

 腰に手を回されて抱き寄せられたなのはは驚愕の声を上げた。
 意外と逞しい胸板の感触に赤面しながら、わたわたと身を捩っている。

「これが最善だ。嫌かもしれないが、抱き付いて密着してくれるか」
「う、うん。仕方ないよね、うん」

 恥ずかしそうに頷き、なのははクロノの背中に両腕を回してしがみ付く。
 そうしながらも、彼女は同時に自分の役割を果たしていた。

「最適な飛行ルートを計算したから受け取ってくれる、クロノ君?」
「了解した……なかなか便利だな、後で教えてくれるか?」
「もちろん!」

 クロノの視界に被さる様に描かれた軌跡。
 超長距離射撃の照準補正用の魔法をなのはがアレンジしたものだ。
 リアルタイムで計算中の最適な軌道を、クロノに転送しているのである。
 その精密さに感嘆するクロノに、なのはは笑顔で頷いたのだった。


 それから幾つかの部屋を協力して通過して行き、二人は道程の終盤に差し掛かる。
 殺風景な正方形の広い部屋の中央に、一つだけ描かれた巨大な魔法陣。

「この部屋は、召喚獣が出てくる部屋だったか?」
「そうだよ。二人だから、フェイトちゃんの時より強いのが出ると思う。
 見て、クロノ君……召喚が始まってる」

 魔法陣の帯びる光が徐々に輝度を増し、その直上に一つの形を取り始める。
 全長十メートル程、巨大な頭部と長い尾部、体に比して短か過ぎる四肢。
 それは、伝説でのみ語られるドラゴンの姿に酷似していた。
 視線を交わし、この場はなのはが適任だと頷き合うと、二人は戦闘準備を整える。

「レイジングハート、ディバイン・バスター、行くよ!」
≪ All right, master. ≫

 なのはがアクセルモードのレイジングハートを標的に向けて構えた。
 瞬時に彼女の足元とレイジングハートに魔法陣が展開され、魔力をチャージする。
 そして、召喚された何かが実像を結ぶと同時に、それは発射された。

「貫け――――ッ!」
≪ Divine buster. ≫

 だが、なのはの必殺の一撃は、

『――――――――』
「嘘!?」

 標的の発した“聞こえない音”に掻き消される様に消失してしまった。
 そして、驚愕するなのはが思わず動きを止めるのとほぼ同時。
 標的の周囲を覆い尽くすかの如く、無数の光の刃が出現した。

「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!」

 なのはの攻撃が防がれた時のために、クロノは別の呪文を用意していたのだ。
 振り下ろされるデュランダルに同調して、光の刃が一斉に標的に着弾する。

『――――――――』

 その攻撃が同様に防がれるのを確認するや否や、クロノはなのはに飛び掛かった。

「きゃっ!?」

 床を揺さぶる轟音と共に、標的が意外な俊敏さを発揮していたのだ。
 間髪入れずに、標的の巨大な顎が二人のいた位置を噛み砕く。
 上方へと逃れたクロノの腕の中で、なのははクロノに詰め寄った。

「どうしよう、クロノ君! 魔法が効かない敵なんて勝てっこないよ!」
「慌てるな、なのは。奴を良く見てみるんだ」

 落ち着いたクロノの言葉に、冷静さを取り戻したなのはは素直に従う。

「あれ? クロノ君の刃が喉に一本だけ刺さってる?
 それに、周辺にも何本か刺さってるって事は、消去されるのは近くのものだけなんだ」
「ああ。奴は恐らく使い魔用に改造された砂竜の一種。
 故に魔力の規模は高く、AAAランクには届くだろう。
 さっきのは、なのはの一点突破の砲撃が防がれた時に備えての広域拡散魔法だったんだが、収穫は大きかった。
 あの魔法消去の力は脅威だが、見ての通り死角がない訳じゃない。
 つまりは勝機は充分有ると言う事だ」
「で、でも、どうするの?」
「簡単だ。僕が今から囮になって奴を撹乱する。
 魔法消去以外の隠し球はないはずだから、囮程度ならどうにかなる。
 その間に君は、奴の喉元に強烈な一撃をお見舞いすれば良い」

 しばらくその言葉を咀嚼してから、なのははしっかりと頷いた。
 微かな笑みでそれに答えると、クロノはなのはの体を放り出す。

「作戦開始だ、なのは。幸運を祈る」
「任せて。絶対やり遂げてみせるよ!」

 砂竜の影響がでないぎりぎり限界の距離に、なのはは横滑りしながら着地する。
 そこへ、クロノによって被術者の姿と魔力を隠す守護結界が展開された。

「わ、クロノ君てば、こんな時まで紳士っぷりを発揮してるよ」
≪ It might be nature. ≫

 あの巨体とあの能力。
 恐らくは、生半可な攻撃では通用しないだろう。
 召喚された砂竜の周囲を飛び回って注意を引くクロノを視界に収めつつ。
 小さく深呼吸したなのはは、レイジングハートを構えて高らかに宣言した。

「レイジングハート、エクセリオンモード、ドライブ!」
≪ All right, Exelion Mode, drive ignition. ≫

 砂竜の顔の周辺を飛び回りながら、クロノはその時を待っていた。
 最低でもなのはの準備が整うまでは、現状を維持しなければならない。

「間に合ってくれると良いんだが」

 目にも留まらぬ速さで迫る巨大な顎と鋭い牙を辛うじて避け、クロノは小さく呟いた。

 それから数十秒が経過し。
 噛み合わされた砂竜の口に何度目か解らない冷や汗を流したクロノの耳に、

「お待たせ、クロノ君! 今行くから避けてね!」
「了解!」

 待ち望んだなのはの言葉が届き、彼は大きく退避した。
 嫌がらせとばかりに、何発かの魔法を叩き込みながら。

『――――――――』

 そして砂竜が魔法消去を行なうのと同時に、

「エクセリオンバスターACS、ドライブ!」

 六枚の光の翼を羽ばたかせたなのはの突進は、砂竜の喉元に突き刺さる。

「ブレイクシュ――トッ!!」

 次の瞬間、砂竜の頭部は内部から溢れる光に破壊し尽くされた。

「はああっ……」

 仮初めの生を失った砂竜の体が、光の粒子となって消え去る中。
 へなへなと座り込んだなのはの傍に、退避していたクロノが降り立った。

「ごくろうさま、なのは、おかげで助かったよ」
「ううん。私こそ、クロノ君がいなかったらきっと諦めてた」

 差し出された手を握って立ち上がったなのはが微笑むと、

「いや、同行を依頼した手前、僕が先に音を上げる訳にも行かないだろ?」

 クロノは彼女から視線を逸らして言葉を濁した。

「あれ、クロノ君。もしかして、照れてる?」
「そ、そんな事はない!」

 顔を覗き込んで来るなのはから逃れるように、次の部屋への扉を見るクロノ。

「いよいよ、フェイトが脱落した原因になった部屋まで来れたな」
「やっとだね。でも、私の予測が正しければ、次の部屋は難しくないと思う」

 クロノに合わせる様に真剣な表情になったなのはを、彼はまじまじと見直す。

「それはどういう……」
「行ってみれば解るよ、クロノ君」

 クロノの質問を遮って、なのはは静かに歩き出し、追求を諦めた彼もそれに続いた。


 次の部屋に入って数歩進んだ所で、背後の空間の消滅が始まって行く。

「……! 後ろを見ろ、なのは」
「落ち着いて。走っちゃ駄目だよ、クロノ君」

 注意を促して来たクロノの腕を掴み、なのはは普通に歩いて行った。

「どういう事だ? フェイトの時にはかなりの速さで消滅が進んだみたいだが」
「きっと、この部屋の消滅の速度は、入った人間の速さに比例するんだと思う。
 要するに、入った後の最高速度で消滅が進むんだよ。
 実際、走らなくても追いつかれないでしょ?」
「するとフェイトは、慌てて走ったせいで……?」
「自分の首を絞める形になっちゃったんだね」

 こうして二人は余計な体力を消耗する事無く、次の部屋に辿り着いた。
 底の見えない暗闇を覗き込み、互いに推測を話し合う。

「この部屋は、発動までに時間がかかるけど、魔法は使えるみたい」
「となると、底に着くまでに飛行魔法を使えるかが勝負か。
 後ろの部屋の崩壊もすぐだし、飛び降りるぞ」
「うん」

 二人が飛び降りるのと時を同じくして、前の部屋が全て消滅した。
 それを知る事無く、背筋の凍るような落下感を伴い、二人は落ち続けていた。
 そして、底となる床と前方へと続く通路が見えた所で、

「駄目、間に合わない……!」
「なのは!」

 悲鳴を零したなのはの体を攫い、直前で魔法の発動に成功したクロノは飛翔する。
 直前の恐怖が堪えたのか、なのははクロノの首に腕を回して目を閉じた。

「大丈夫か? このまま行くから掴まっててくれ」
「…………うん」

 優しく宥める様に囁くクロノに、なのはは子供の様にこくんと頷く。
 通路には特に罠の類は設置されておらず、二人は次の部屋への扉に到達した。

「あ、ありがとう、クロノ君。もう降ろして良いよ」
「解った」

 抱き上げていたなのはを床に降ろし、共に扉を見上げるクロノ。
 今までのものと比べて異様に大きい扉に、二人は息を呑んだ。

「たぶん、この扉の向こうが遺跡の中枢部分だと思う。
 念のために計算し直してみたけど、ほぼ確実だよ」

 恐る恐るなのはが扉に手を触れると、中央から二つに割れ、左右に開いて行く。
 開き切った所で二人は中に入り、途端に感嘆の声を上げた。

「わぁ〜、大きいねぇ」
「何なんだ、この無駄な大きさは」

 円筒状の部屋の中心部にぽつんとコンソールの様なものが見える。
 そこに至るには、入り口から伸びる幅五メートル、長さ百メートル程の通路があるのみ。
 それ以外の床はなく、落ちればただでは済まないだろう闇が見えていた。
 そして、数十メートルは有ろうかと言う天井部分には、

「なんかブロックだらけだけど、もしかして……?」
「もしかしなくても落ちてくるみたいだぞ。気を付けろ、なのは」
≪ Blaze Cannon. ≫

 ゆっくりと落ちだす、一辺が数メートルも有る立方体のブロック群。
 なのはに注意すると同時に、クロノはブロックに向けて炎の弾丸を発射する。
 それはブロックを破壊する事はできなかったが、大きく動かす事はできた。
 動いたブロックは他のブロックとぶつかり合い、軌道が変化して行く。
 そして、最後には通路の一部を削ぎ落としつつ、床下の深遠へと消えた。

「駄目、クロノ君! うかつに攻撃したら駄目。
 どんな落ち方をするか解らなくなっちゃうよ」
「それに、表面に耐魔法処理がされてて破壊はできないみたいだな。
 ここは君に任せる。魔力は後どれくらい残ってる?」
「あ、さっきの砲撃で大分心許ない感じに減っちゃってるかも」
「了解した」
≪ Divide Energy. ≫

 なのはの自己判断に頷き、クロノはデュランダルをレイジングハートに触れさせた。
 水色の魔力光が、レイジングハートの本体に吸い込まれて行く。

「え、クロノ君?」
「今の君にこそ魔力が必要だろうからな。それに……」
「きゃっ!」

 目を丸くしたなのはにそう言って、クロノは彼女の体を抱き上げた。
 俗に言うお姫様抱っこの形で。

「僕が君の体を運ぶから、君は上のブロックにだけ注意しててくれ」
「役割分担だね。うん、解った」

 なのはの体を抱いたクロノは、なるべく早足で先へと進んで行く。
 ブロックは自由落下している訳ではなく、床に近付く程早くなる設定の様だった。
 おかげで、なのはが対処可能なレベルを逸脱せずに済んでいる。

「アクセルシューター、三十六番、三十七番、ファイア」
「……見事なものだ」

 クロノとなのはの周囲には、アクセルシューターの弾丸が無数に浮かんでいた。
 その中の必要最低限の弾数で、なのはは落下するブロックの軌道を制御している。
 クロノの口を突いて出た感嘆の言葉も、集中している彼女には聞こえていない様だった。

「……ごめん、クロノ君。後どれくらい?」
「後十五メートルくらいだな。限界が近いのか?」
「うん、もうあんまり余裕がないの。急いで」
「よし、走るぞ!」

 残り後わずかと言う所でなのはの様子に焦りが見られ始めた。
 もうすぐ打ち止めだという彼女の言葉に、クロノは足を速める。

「って、ブロックの落下速度も上がってる!?」
「後少しなら大丈夫。クロノ君、行って!」

 誘導弾がひっきりなしに頭上を飛び回る中、二人は中心部に到達する。
 なのはをそっと床に降ろし、クロノはコンソールらしきものを調べ始めた。

「これは、タッチパネル? 掌を付ければ動くか……?」
「あ……止まった?」

 コンソールに一つだけ備え付けられたスクリーン状のパネルにクロノが手を触れると、全てのブロックが動きを停止させた。
 更に、パネルの上部に開いたスリットから、掌大の金色のカードが一枚排出される。

「何だ、このカードは…………うぁ?」
「何なに、それ何だったの、クロノ君? あれ? この光って……」

 カードを引き抜いて眺めた途端、かなり嫌そうな顔をするクロノ。
 抱き付くように彼の腕を取ったなのはは、周囲に発せられた光に目を奪われた。

「たぶん転送用の魔法陣が起動したんだ。
 このまま外に出られると思うから、僕に捕まったままでいてくれ」
「う、うん。大丈夫、だよね?」
「ああ、心配ない」

 次第に強くなっていく光は、やがて全てを包み込んで――


「あ――でられたみたい。クロノ君、外にでられたよ!」
「そうだな、結構近くに出してくれたみたいだ。
 下手したら、成層圏か海中にでも放り出されるかと思ったんだが」
「うわ、心配ないって言ったのに! ぞっとしないよ、それ」

 今まで調査を行なっていた遺跡が一望できる小高い草原に二人は出現していた。
 任務を終わらせた開放感に、微笑み合って草原に腰を下ろす。

「う〜〜ん、やっと終わった〜〜!
 もう魔力も体力もすっからかんだよ」
「ごくろうさま、調査を無事終わらせられたのも君のおかげだ。
 経理部に掛け合って特別支給を弾んでもらうから、期待しててくれ」

 伸びをして体をほぐすなのはへのクロノの言葉に、彼女は表情を輝かせた。

「やった! 今度フェイトちゃんも誘って、どこか遊びに行こっと!」
「そうしてくれると、僕も嬉しい。フェイトを頼むよ、なのは」

 楽しそうに予定を語るなのはにクロノが相槌を打つと、途端に微妙な顔をされた。

「な、何か変な事でも言ったか、僕は?」
「別に、良いお兄ちゃんしてるんだなって思っただけ。気にしないで」
「そうか? そうなのか?」
「まあまあ。あ、そう言えば。最後のカード、結局なんだったの?」
「ああ、あれか……見てみるか?」

 顔をしかめたクロノが差し出したカードを眺め、なのはは顔を上げた。

「なんて書いてあるか解んないよ」
「そ、そうか。ミッドチルダの古代語だから、読めなくて当然か。
 これには、“合格おめでとう。貴方達は百二十二組目の合格者です”
 と書いてあるんだ」
「…………え? 意味が良く解んない」
「どうやら、あれは魔導師専用の訓練兼娯楽のための施設だったみたいだな」
「え〜〜ッ!? 何それ〜〜?」
「僕もそう言いたいが、事実だ。
 かなり安全には気を配られた設定だったから、想定の範囲内だったが」

 座ったまま驚愕の声を上げるなのはに返すクロノの言葉はどこか冴えない。
 当たって欲しくない予想が当たっても、嬉しくはないのだろう。
 重たげになのはの横に腰を下ろし、クロノも風に吹かれながら休憩していると、

『二人とも、お疲れ様。無事に調査は終わったみたいだね。
 怪我とかはしてない?』

 アースラの艦橋にいるエイミィから通信が入って来た。

「ああ、大丈夫だ。僕もなのはもかすり傷一つしてない」
「すっごく疲れてますけど、平気です」
『そっか、良かった。転送用の魔法陣はそこの座標から南西に二キロ程の位置にあるから。
 もうしばらく休んだら、帰艦して報告よろしく』
「了解した」
「はぁい」

 通信を終えて数分経ってから、クロノは立ち上がり、なのはを見下ろして口を開く。

「それじゃあ、そろそろ帰艦しよう、なのは」
「うん」

 だが、なのははクロノの顔を見上げるばかりで立ち上がろうとしない。

「「…………」」

 双方無言のまま、時間だけが流れる。

「……なのは?」
「……私もう、魔力も体力もすっからかんなんだよ?」
「ああ、それはさっきも聞いた」
「…………」

 疑問の声を上げるクロノに、念を押す様になのはは言葉を紡ぐ。
 だが素で返され、拗ねた様に上目遣いで彼の顔を見やった。

「……だから、ね?」
「…………ああ」

 それでも気付かないクロノに業を煮やし、なのはは両手を広げて甘えた声を出す。
 そこでようやく、彼も彼女の言いたい事に気が付いた。

「えへへ。ごめんね、クロノ君」
「いや、良いさ。君を酷使した僕の落ち度でも有るしな。
 後でエイミィの追求が怖いが、今はそれも忘れる事にするよ」

 両手で抱きかかえられご満悦のなのはに、クロノは器用に肩を竦めてみせた。
 親友兼腹心の部下のからかいの魔の手からどう逃れるかを計算しつつ。

「クロノ君て、うちのお兄ちゃんみたいだよね。
 こうして抱っこされてると、すっごく安心できる所とか」
「恭也さん……だったか?」
「うん。もう結婚して家を出ちゃったから、懐かしい感じかも」
「僕で良ければ、兄代わりに思ってくれても良いぞ。
 妹が一人から二人に増えても大して変わらないしな」

 懐かしそうに目を細めたなのはにそう提案するも、くすくすと笑われてしまう。

「なんで笑うんだ?」
「ごめんね。お兄ちゃんも昔、アリサちゃんやすずかちゃんに似た様な事言ってたから」
「う……そうか」

 そんな所まで似てるのかと、クロノはばつが悪くなって視線を逸らす。
 黙り込んでしまった彼の首を引き寄せると、なのはは耳元でそっと囁いた。

「でも、そう言ってもらって嬉しかった。
 不出来な妹だけど、これからもよろしくね、クロノお兄ちゃん!」


後書き
 こんばんは、Rebelです。
 えらくお久し振りですが、再び投稿を開始してみようと思います。
 って、前回の投稿からもう四ヶ月経ってるし(汗)
 最悪月一ペースで投稿できるよう、頑張って行く所存。

 さて、内容についてですが。
 今回は、クロノとなのはをメインとした真面目なお話です。
 艶っぽい話を期待された方には肩透かしだったかもしれませんね。
 おまけに無駄に長い上、調査になってない気もするし。むう。
 フェイトの出番とか無駄なシーンを省いてもこれなので、要精進です。

 後、私の二次創作のスタンスは、原作に一握りの捏造を加えるという形です。
 ぶっちゃけ、カップリングを作るだけでも捏造になっちゃうと思ってますし。
 それすらもお気に召さない場合、恐らく私の書く話を読む意味はないでしょう。
 私にできるのは、原作の世界観を壊さない様に気を遣って話を書く事だけなので。
 今後もこのスタンスは崩さないと思いますので、申し訳有りませんがご了承下さい。


 それでは、激遅ですが、レス返しです。
 皆さん、コメントありがとうございました。

>博仏さん
 クリスは狂言回しが必要だったので作ったキャラです。
 ある程度クロノの事情を知ってる奴と言う事で、レティ提督の子供として登場。
 二度と出て来ないのは確定だったので、壊れまくりでした(笑)

>紅夢さん
 フェイトがクロノに気が有るのは、何故か自分の中ではデフォなので(笑)
 あまり出来た妹過ぎると、知佳ぼーになっちゃうので、匙加減が難しいですね。
 という訳で、ちょっぴり抜けた所が有るのが私の書くフェイトになるでしょう。

>クロイツさん
 原作キャラを壊さないためのオリキャラ投入でしたから(笑)
 当初ははやてかエイミィに彼の役割を振るつもりだったのですが。
 私自身に拒否反応がでたので。

>A・ひろゆきさん
 キャラの掛け合いには気を遣うので、そう言ってもらえると嬉しいです。
 後、クロノ達の住むマンションは、A'sで接収した所をそのまま使ってる設定です。
 男女のクルーが使う以上、風呂にも鍵を付けるだろうという事で(汗)

>杵築さん
 奇抜な衣装はその辺を誤魔化すためだったのですが、そんな最初で分かっちゃいましたか(汗)
 仮にもレティ提督の子供である以上、それなりに優秀という設定ではありますが。
 一発キャラはそのまま消えるのが美しいだろうという事で一つ(笑)

>悠真さん
 鍵に付いては前述した通り、公用で使用するための必要な措置です。
 私の家や昔借りてたアパートでは普通に付いてたので言及しなかったのは失敗でしたが。
 クロノも完璧キャラにするのは簡単ですが、それはしたくなかったのでこの扱いだったり。

>Mさん
 オリキャラを出す際は、一応原作キャラを食わないのを第一にしてますから。
 悪く言えば引き立て役としてのみ、出す意味が有るんですよね。
 次を楽しみにして下さったのに申し訳ありませんが、今後はも少し早く投稿して行こうと思います。


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