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▽レス始

「りん、純白の義侠心(コミックス版・まぶらほ)」

e1300241 (2006-07-09 21:45/2006-07-18 00:11)


がちゃ。ガチ。・・・ガチガチッ。

「あれ?」

鍵が回らない。勘違いかと思ってもう一度回してみても、やっぱり鍵は動かない。
・・・一応、部屋の番号を確かめてみる。とは言ってもここは男子寮の端。階も間違っていない。
やっぱりここで間違いない。試しにノブを回して・・・・・・・開いた。
鍵が開いてる・・・? おかしいな、確かに閉めたと思ったのに。

悩んでいても仕方ないからとりあえず部屋に入ってみると、そこには異臭を放つ、見慣れない真っ黒い部屋が。
・・・異臭? 黒い部屋? ってこれは違う!?

「これ煙じゃげほ、ごほっ、なんで!?」

慌てて飛び出すと、驚いて開けっ放しにした扉から煙が流れ出して、少しずつ中の様子が見えてくる。


・・・ゆらり・・・。


「!?」

煙の中で揺らめく影。泥棒? まさか。こんな状況で盗みなんて考えられない。じゃ、じゃあ、そこにいるのは・・・何?

「だ、だれかいるの・・・?」
「・・・」

声に反応したのか、黒煙の向こうから影が近づいてくる。徐々にはっきりとして来た影は、大人にしては妙に小柄だ。
でも、子供・・・にしては大きいし・・・! ま、まさか、背の低い人じゃなくて・・・大型の獣!?

脳裏に浮かぶのは以前遭遇した怪物、召喚獣ベヒーモス。
あの時の、危うく殺されそうになった記憶が、恐怖が蘇る。

「あ、ああああ・・・・」

足が震える。喉が固まって助けも呼べない。
正直、あの時魔法で撃退できたのだってまぐれに近いし、もう一度同じことができるかどうかなんてわからない。
僕は迂闊に魔法を使えないし、使ったとしても当たるとは限らない。
どちらにしろ、早くこの場を離れるべきだ。・・・それは解ってるのに、足がすくんで動けない。

そ、そんな・・・早く逃げないといけないのに・・・影が、影がもう、煙のむこうからぬぅっと・・・

「式森か? すまないな、勝手にお邪魔させてもらっている」

・・・凛ちゃんだった。


コミックス版・まぶらほSS『りん・純白の義侠心If・・・』


「どうしたの? 何で僕の部屋に? って言うか何してたの!?」

煙が晴れて確認すると、意外な事に室内には特に被害はなかった。
その代わり、台所は錬金術に失敗してもここまでは、と言うほどの大惨事。

「き、気にするな。・・・手料理を作ろうとして失敗しただけだ。カップ麺だけは用意できたから、それを食べてくれ」
「じゃあ、鍋からはみ出してる赤黒いアレは・・・」
「失敗しただけだ」
「・・・そ、そう・・・」

常人には食材からアレを作る事は不可能だと思うんだけど・・・案外、科学的には大発見だったりするかもしれない。
それなら面白いけど・・・・いや、やっぱり自分の部屋の鍋でそんな大発見をされるのは、全力で遠慮したい。
でも・・・・まあ他に被害はないみたいだし。
・・・鍋さえ洗えば大丈夫・・・多分。

・・・でも、やっぱり鍋ごと処分した方が・・・

「どうした? 麺がのびてしまうぞ。・・・もしかして食べられるか心配しているのか?
 そんなに心配しなくても、カップ麺くらい作れるぞ。食べた事もある」
「あ、ああいや、そんな事考えてないから! えっと・・そうだね、せっかく用意してくれたんだからのびる前に食べるよ」

っと、マズイ。凛ちゃんが心外そうな顔をしてる。食事を出されて考え込むのは失礼だったかもしれない。
とりあえず鍋の処理方法は後で考えるとして・・・・せっかくなのでカップ麺を頂く事にする。
凛ちゃんの用意した食事・・・ある意味貴重だ。両手を合わせて、凛ちゃんの好意と文明の利器その他諸々に対して真剣に感謝。

「・・・いただきます」
「ああ」


ずずーっ。


・・・うん。


はふはふ、ずるずる・・・・


うん・・・うん。よかった、食べられる。
流石にカップ麺の味まで狂わせることはないだ。悪いとは思うけど、内心ほっとした。

「式森」

ほっとしたのがバレた!?

と思ったら、そうじゃなかった。別に怒ってる様子はない。
・・・とすると、本題かな? 急に尋ねてきて、料理を作ろうとした理由、とか。

「食べながらでいい。聞いてくれ」
「・・・うん」

来た。間違いなさそうだ。
怒ってはないみたいだけど・・・ちょっと不安になる。

・・・正直、僕は凛ちゃんには好かれていない。
最近は刀を向けられる事は殆ど無くなったけど、それでも何の理由もなく手料理を作ってもらえるような関係じゃない。
かといって玖里子さんみたいに何かを企むタイプじゃないし・・・正直、さっぱり訳がわからない。

僕最近、凛ちゃんに何かしたか?
ラーメンをすすりながら考えてみるけど、思い当たる事はない。

・・・・ああっ、もう! ダメだ、考えてもわかんないよ!
話してくれるんだから、ここは大人しく聞こう、うん。

「その・・・お前に受けた恩を返したくてな。色々考えたんだが・・・どうも上手くいかない」
「ずるずる・・恩?・・・ってはに?」
「先日、刀の修復に協力してくれたろう。あれはお前が悪い訳ではないというのに・・・」
「んぐ・・・ふう。いや、僕が折られたんだし」


〜〜回想〜〜

「・・・い、嫌だあっ! 私は家には帰らないっ!!」

凛ちゃんが振り回した刀をひょい、とかわす二人の女性。
明らかに冷静でないとはいえ、凛ちゃんの剣を前にあの余裕。
神城のお庭番ってあんなに凄いものなのか?

「え〜? それは困りますぅ〜」

三本の鉤爪のついた手甲――某有名RPGで言う鉄の爪――とでも言うべき武器を装着した女性が、挑発するような返事を返す。あるいはこれが素なのだろうか。

「当主が凛様の上京をお許しになっているのはぁ、最高の魔術師の血脈である式森和樹様との婚約のためですよぅ〜? お二人には剣術、魔術共に優れたお世継ぎを産んで頂かなくては〜」

「「なっ!!?」」

凛ちゃんの実家って、本気でそれ考えてたんだ・・・。
凛ちゃんの口から聞かされてはいたけど、本人は拒んでいたし・・・改めて聞かされるとやっぱり驚く。

「いいい、嫌だぁぁっ!!! 家には帰らないいっ!! まして・・まして式森の・・・っ!!!」

ギン、ギィン、ギンッッ!!

逆上して斬りかかる凛ちゃん、受ける爪使い。
かなりの勢いなのに爪使いの方にはまだ余裕がありそうだ。・・・それにしても、ものすごい怒りぶり。
最近マシになってきたと思ってたのに・・まだ、かなり嫌われてるんだ・・・改めて聞かされるとやっぱり傷つく。

「そうはいきませんよ〜。他家の女性に先を越される訳には参りませんから」
「なにっ」
「もしお二人の仲が思わしからん時は・・・」

密かに落ち込む僕を尻目に戦いは続く。
ギリギリと金属の擦れる音を立てて鍔迫り合いに移行する二人。

「さらってでも先に襲名させよとの事です!!」

『爪』は当然二刀流。鍔迫り合いの隙を突いて、片方が喉元を狙う。
凛は咄嗟に、片腕になった防御ごと相手を弾き飛ばし間合いを取り、魔法を使おうとする。

「剣鎧・・くっ!?」
「歯向かうならば、凛様とて容赦しません!」

ここに来て、静観していた薙刀使いが突然斬りかかった。
奇襲とはいえ、普段の凛なら防いでいただろう。だが今、凛は怒りに我を忘れていた。
そして彼女らの技量を持ってすれば、逆上して冷静さを欠いた相手の不意を突く事は容易だったのだろう。

ギィン! ガギンッ!! ガイィィィン!!!

「しまった・・・!」

一合。二合。三合目まで耐えた事はむしろ彼女の技量を賞賛するべきか。
女性用の武器として使われるせいか意外と知られていないが、薙刀の攻撃は重い。
初撃こそ防いだものの、体勢を崩した凛は続く攻撃で武器を弾き飛ばされてしまう。

「くっ!」

咄嗟に和樹が刀を拾うが、間に合わない。
爪と違い、薙刀は柄を使った攻撃によって致命傷を与えなくても相手を無力化できる。凛が刀を受け取る為に背を向ければ、瞬時に取り押さえられてしまうだろう。

流石に殺す気は無いはずだから、和樹が間に割り込めば刀を渡すくらいは可能かもしれない。
だが、爪使いがそれを見逃すはずもない。和樹に向けて一気に間合いを詰める。


―――目的は和樹を婿に迎える事。と言う事は、降参すれば無傷で済むはず。和樹もそれは解っている。が・・・・


・・・だからってここで引けるか!!

「・・・来いッ!!」


〜〜回想終了〜〜


・・・確かにそんな事もあった。
神城家の女二人組に襲われて、咄嗟に凛ちゃんの刀で応戦・・・しようとしたら一撃で刀身を叩き斬られた。

とは言っても・・・あの人達は、素人に怪我をさせないように随分気を遣ってくれたんだろう。
何だかんだで(あの二人には)かすり傷一つ付けられる事はなかったし、後で凛ちゃんに聞いた話だけど、素人が刀なんて振り回すのはとても危険らしい。
敵が何もしなくても、自分の攻撃で勝手に大怪我をする危険が高いとか。
情けないけど、僕は迅速に取り押さえられてむしろ助かったのかもしれない。

全く・・・怖い話だ。ただ受けるのにも技術がいるなんて。
慣れない事はするもんじゃない・・・と、今はそんな話をしてるんじゃなくて。

「刀を折られた原因はどう見ても僕だよ。責任は取らないと・・・。」
「刃物を持った相手が向かって来ていたんだ、あの状況では仕方ない。・・・それに、そもそもあの二人は神城家の者だ」

ますます落ち込む凛ちゃん。
護り切れなかった事に責任を感じているらしい。

ど、どうしよう。凛ちゃんのせいじゃないって言ってるのに・・・。
ああ、もう! とにかくフォローしないと・・・!

「ええと・・・凛ちゃんの命令で動いてた訳じゃないし。それは気にしなくても」
「だが、こちらの都合には違いない。お前が刀を折ってしまったことは責められない・・・ああ、食べ終わったか?」

・・・あれ?
落ち込んでる訳じゃない・・・の、かな?
未熟を反省してるだけで、後悔してる訳じゃないとか。

「あ・・うん。おいしかったよ。ご馳走様」
「いや・・・その、食べ終わったのならこっちへ来てくれ」
「?・・・うん」

・・・なんか様子が変だな。カップ麺しか作れなかったのを気にしてるのかな?
凛ちゃんはベッドの横に座る。料理の前にやってくれたんだろう、枕やシーツは綺麗に整えられていた。

「あれ・・ベッドが綺麗になってるね。凛ちゃんがやってくれたの?」
「あ、ああ・・・乱れているのが気になってな。勝手なことをしてすまない」
「謝らなくていいよ。やっぱり綺麗な方が気持ちいいしね。ありがとう、凛ちゃん」
「気にしないでくれ・・・その、話の続きだが」
「うん。えっと、刀を折ったのは許してくれるんだよね」
「ああ。・・だから、刀の修復に協力してもらった事、改めて礼をしようとしたのだが・・・さっきも言った通り、上手くいかなかった」

なるほど、それで手料理か。それなら友好的なのも頷ける。
律儀な凛ちゃんの事だから、そう言うからには本当にお礼をしに来たんだろう。これなら斬られる心配はなさそうだ。

「そっか。ええと、ご飯美味しかったよ。これでその借りも返し終えたかな?」
「・・・馬鹿にするな。私の刀はカップ麺一つ分の価値か? それに・・・私はそんなに薄情な女ではないつもりだ」

心外だ、という表情。難しいな。ちゃんとお礼をしてもらわないと馬鹿にした事になるなんて。
でも、そんな義理堅いところも凛ちゃんのいい所だと思う。ここは素直に引こう。

「ごめん、そんなつもりじゃなかったんだ。馬鹿にした訳じゃなくて」
「い、いや、謝らないでくれ。礼をしたいのに謝らせてしまっては本末転倒だ。その・・・困る」
「ごめ・・あ、いや、その」
「・・・ふふ」

ふっ・・と笑みがこぼれた。それだけで場の空気が柔らかくなる。
凛ちゃんは元がいいから、笑うとかなり可愛い。普段は名前の通り凛々しい雰囲気だから、こういう表情は新鮮に感じる。
・・・刀を向けられてる事が多いから、なおさらギャップを感じるのかもしれないけど。

「いや、分かってくれたならいい。・・・礼を、させてくれるな?」
「・・・うん。凛ちゃんの気の済むようにして」
「ああ、そうさせてもらうつもりだ・・・返さなければならない借りはそれだけではないしな」
「へ? ・・・他に何かあったっけ?」

特に思い当たる事は・・・ない・・・けど?
あ、そういえばこの間ネット接続を手伝った豆腐屋さんが凛ちゃんの実家だったような・・・。

「・・・悪いがベッドに座って、目を閉じていてくれないか。少しの間だけだから」
「? いいけど」

面と向かっては言い辛いような事? ・・・想像がつかない。一体なんなんだ?

「・・・私は、刀の借りを返そうと色々と試したのだが・・・その・・礼が上手くいかないばかりか、逆に迷惑をかけてしまったり、助けられてしまったり・・・借りがどんどん増えていくんだ・・・」

凛ちゃんが立ち上がる気配。ベッドの脇に移動したのがわかる。

「最初は何か贈り物をしようと思ったのだが……」


〜〜〜〜〜〜回想2『凛の恩返しVS和樹・第一回戦。』〜〜〜〜〜〜〜〜


すらり。

鞘から抜かれた刃が、美しい輝きを放つ。

……これが一度折れた刀とは信じられない。
ヒビ程度ならともかく、普通、折れた刀はそう簡単に修復できないものだ。
それが完璧どころか、明らかに以前よりも切れ味が良くなっているではないか。と言うか、これはもはや名刀か…霊刀とでも呼ぶべき代物だ。切れ味で比較するならば、この刀は魔力付与もなしで剣鎧護法を施した並の刃物と互角……いや、それ以上。
折れた刀を修復するだけのつもりだったのに、まさかこれほどの業物になって戻ってくるとは。

……この恩は返さねばならないな。

だが、恩義を返すには何をすれば良いだろうか。
困っているときに助けるか? それは当然だが、それではいつになるか分からない。
第一その時まで礼の一つも言わないのでは、薄情すぎる。

……とりあえずその時には助けるとして、まずは礼を言いに行くとしよう。
ふむ……では、その際に気を付けることは何だろう?
挨拶をして礼を言って…ああ、手ぶらではなんだな。礼の品を用意しておこう。次の日曜にでも買い物に……待て。
そもそもどこで買えば良い? 何を買えば喜ばれる?
本人に訊けば分かるかも知れんが、それなら商品券でも渡した方が確実か?
だが、本当に商品券ではなんというか、あからさますぎるな……どうすればいい……? 確かこういう時には―――


『母さん、それって何?』
『これはお歳暮って言うのよ、凛。お世話になった人に―――』


ふと実家にいた頃の記憶が蘇る。
確か……お歳暮とか、お祝い、祝い返しなどの度に、母と……確か百貨店へ出かけていた。

「…そうだな。百貨店へ行けば何かあるだろう。確か駅前の方に六越デパートがあったはず」


そして日曜日。

『六越デパート』

大きな看板に、周囲がガラス張りの明らかにそれと分かる大型店舗。

…間違いなく目的地だ。

それは分かっているのに入店できない。
と言っても、別に入り口の回転ドアが怖い訳ではない。
こういった店を滅多に利用しないため、気後れしているのだ。

……どうした私、早く入ればいいだろう。
大丈夫だ、気後れする事はない。今回は式森に礼の品を買うという大義名分があるではないか。

「・・・よし!」

凛はとても単なる買い物とは思えない気合を入れ、店内に向けて一歩踏み出し―――

「あら、凛」
「本当だ。どうしたんですか? こんな所で会うなんて珍しいですね」

―――何故かそのタイミングで友人に遭遇し―――

「……夕菜さんに、玖里子さんではないですか。偶然ですね。私は(式森の)服でも買おうかと」
「そっか〜、凛もついに女の子らしさに目覚めたのね〜〜」
「そうなんですか!? じゃあ、一緒にお買い物しましょう!」
「え? いえ、わたしは」
「私が似合う服を見立ててあげるわね〜。素材がいいから選びがいがありそうだわ」
「あ〜、玖里子さんずるいです! わたしだって凛さんに服を選んであげたいのに!」
「…あ、あの? お二人とも…」
「じゃあ、どっちの選んだ服が似合うか、勝負しない?」
「いいですよ、受けて立ちます。さあ凛さん、行きましょう!!」
「ちょ、ちょっと、ゆうな、さ、う、うわぁぁぁ〜〜〜〜〜〜!?!?!」

―――二歩目を踏む前に拉致されてしまった。


そしてどうなったかと言うと―――

「これなんてどう? いつも袴だし、日常とのギャップでその辺の男ならころっと」
「そうですね。凛さん小柄だし、似合うかも……流石です、玖里子さん」

二人の女性によって弄ばれていた(笑)もうすっかり着せ替え人形である。

「では、私はこれです! どうです!」
「むむ……確かに似合うわ…‥。やるわね」
「あ、あの…お二人とも……」

とりあえずこのままではいけないと、口を挟んでみる凛。

「私が欲しいのは、男モノの」
「男が欲しいの? 大丈夫よ、凛ならすぐ―――」
「……斬りますよ?」
「あ、あはは、冗談だってば」

ちょっとマジな剣気を発生させる凛、後ずさる玖里子。
刀は持っていないが、剣凱護法を使えば適当な棒でも十分な武器になる。
このまま脅かして、逃げる隙を作ろうとして……

「それにしても、凛さんに男装の趣味があったなんて……」
「……それも違います」

せっかく怒って見せているのに、さらにボケを振ってくる夕菜。思わず脱力して、せっかく纏った剣気が霧散させられる。
……どうやら本気で怒っているわけではない事くらい見抜かれているらしい。伊達に友人はやっていない。

「……少々、世話になった知人に礼をしようと思いまして。
 私も人の事は言えませんが、あまりお洒落に気を遣わない人物なので……服の一つでも贈ろうかと」
「あら、そうなの?」
「なぁんだ。凛さんの服じゃなかったんですね」

凛もいい加減疲れてきたらしい。観念して事情の一部を話してしまう。
肝心な部分さえぼかしておけば、多少は話してしまってもいいかという気になったようだ。

「凛の服じゃないのは残念だけど……まあ、折角だから付き合うわよ。凛ってそういうの苦手でしょう?」
「……はい。恥ずかしながらその通りで、どんなものを選べばいいかさっぱり……。
 手伝っていただけると、正直言ってとても助かります」
「そういう事なら私も付き合いますよ。その人ってどんな人なんですか? 体格とか、雰囲気とか」
「それは……」

……しまった。これはダメだ。

この二人にそんな事を言ったら―――特に夕菜は―――式森和樹の名を出さなくとも、事情を見破ってしまいかねない。
そうしたら、玖里子はともかく夕菜は和樹を血祭りにあげてしまう危険がある。それでは礼にならない。
とっさに浮かんだ別の人物は―――

「え、ええと、長身で筋肉質で、比較的さわやかな印象の人物……でしょうか」
「典型的なスポーツマンタイプですね。それなら、野生的に、でも清潔な印象を狙って、これとか―――」
「そういう人なら、動き易さを気にするんじゃない? 例えば―――」


―――結局、和樹への贈り物を選ぶ事はできなかった。

あの二人のせいとも言えるけれど、彼女達が悪い訳では決してない。
和樹の事さえ絡まなければ夕菜は友達思いだし、才色兼備で家事万能と、尊敬に値する友人だ。
なんだかんだで世話焼きな玖里子も真剣に服を選んでくれて、もののついでに、と凛の服まで見立ててくれた。

むしろ嘘をついてしまった事が申し訳なくて、とても恨む気にはなれない。
だが……善意で助けてくれた二人に嘘を吐いてしまった負い目で、たった一日で随分と心労が溜まってしまった。
もう部屋は目の前だし、早く帰って、お風呂に入って疲れを落としたい。
鍵を開けて、ドアを開けて……

「はあ……疲れた」
「はは、ホントにそうだね」
「!?」

背後から予想外の声。
疲れていたからか、敵意がなかったせいか、全く気付かなかった。

「…式森!? 何故ここに!?」
「いやあ、玖里子さんに荷物持ちしろって呼び出されて……あ、荷物はここでいい?」

言われてみれば、結構な量の荷物を抱えている様子。
和樹は魔法で負担を軽減する訳にもいかないから、これは辛かったはずで―――

「あ、ああ。荷物はそこでいい。済まなかったな、重かったろう。え、ええと……よければ茶でも飲んでいくか……?」
「ありがとう。……でも、遠慮しとくよ。ここ女子寮だしね。……じゃ」
「あ、待っ……ああ、行ってしまった……!」


………そ、そんな………礼の品物が見つからないどころか、荷物持ちをさせてしまうとは……。
これでは……また借りを増やしてしまったではないか〜〜〜!?


力尽きてうなだれてしまった凛に、もはや追いかけて礼をするような気力は残っていなかった……。


『凛VS和樹』一回戦・敗北。

ちなみに凛は、今日に至るまで数回再戦を挑んでいる……が、ことごとく返り討ちにあってしまったとさ。


〜〜〜〜〜〜回想、終了〜〜〜〜〜〜


「礼の品を買おうとすれば、丁度良い品物を見つけられないばかりか、いつの間にか荷物持ちをさせて・・・・」

しゅるっ、しゅるり・・・。

き・・・衣擦れの音?
風呂敷を隠し持ってた、とか? そこにお礼の品物が入ってて・・いや見つからなかったって言ってるし・・・

「困っているところを助けてやろうと追いかけてみれば、鼻緒が切れてまた助けられ・・・」

・・・ああ、単にエプロンを外してるだけかも!

「昼食を買う金が足りずに困っていればパンを渡され・・・」

ぱさりと布が落ちる軽い音。
うん、やっぱりエプロンを脱いだみたいだそうに決まってるようん。

「傘がなくて困っていれば傘を渡され・・・」
「え、えっと、この際、刀の事は認めるとしても、それ以外って気にするほどの事じゃ」

だからまだ衣擦れの音が続いてるのはなにかの錯覚でああエプロンを畳んでたりするのかも知れないよねそれに決定。

「だが、その借りを返さないうちに、どんどん新たな借りが積み重なっていった・・・。
 このままではいけないと悩んでいたところへ、実家から連絡があった・・・両親までもがお前に助けられたと」

凛ちゃんの気配が、ベッドの上に・・・あ、あはは、何この雰囲気? 変な気分に・・・くそぅ、邪心は消えろ! そうだ落ち着け、むしろ僕が凛ちゃんを襲うところを想像してみよう。そんなことしたら一体、どうなるのか。

**** *******

『凛ちゃん・・・』
『な、何だ・・・? 何故近付いて来る?』
『もう我慢できないんだ・・・いいんだろ? そのつもりだったんでしょ?』
『わ・・・私はただ恩義を返そうと』
『なら身体で払ってもらおうか! 丸腰で抵抗できるならやってみろよ!』

ざく。

『お・・・帯ぃ!? そんな、剣鎧護法ってそんなことも・・・』
『私を甘く見たな・・・さらばだ』

額が割れて、鮮血が噴き出す。とどめの一撃を放とうとする凛ちゃんの姿をぼんやりと眺めながら、意識が暗転してゆく。

******* *****

・・・よし。死ねる。妄想封じの『凛プロテクト』正常に作動中。
少し刺激が強いので、頭と胴体がサヨナラしたところで想像終了(手遅れ)。ふぅ、これで少しは落ち着いたな。

「・・・もういいぞ。目を、開けてくれ・・・」

不安そうな声に促されて、そーっと目を開ける。


・・・襦袢、というのだろうか。

白い、薄手の着物を纏った凛ちゃんが・・・少し手を伸ばせば届く距離で、三つ指突いて頭を下げていた。

「もう、私にはこれしか思いつかない。私を・・・一晩、式森の好きにしてくれ・・!!」
「は・・・・・・?」

喉元まで出掛かっていた、冗談だよね、と言う言葉は。
羞恥に赤く染まったうなじや耳元が視界に入った瞬間、声にも出せず潰された。

待て。ちょっと待て。とにかく待て。まず待て。それから、ええと、待て。これはつまりどういうこと?

混乱のあまり再び妄想の世界へ―――


****** *****


『抵抗できるならやってみろよ!』
『・・・分かった・・・。お前がそこまで言うなら・・・好きに、しろ』

こちらに顔を向けて、目を閉じる。
まだ緊張しているもののこちらに全てを任せようとしているのが伝わってマテまて待てまてマテすとっぷストップ!!
緊急事態発生!凛プロテクト破損!要修復!助けてメイドガイ!

『フフハハハハハァ、据え膳も食えぬとはチキンな御主人め!
 迷わずに済むよう、このメイドガイが退路を断ってくれる!!(カチッ)』
『う、うわぁァァ〜〜〜〜!?!?』

******** *******


「これ以上、借りを作ったままでは心苦しいんだ・・・」

―――軽くパニックを起こしている間にも、事態は進行していく。
しゅるっと軽い衣擦れの音を立てて、白い着物が着崩される。
完全に脱いだ訳ではないけど、辛うじて胸も隠れてるけど、だから大丈夫というものでもない。
どうも凛ちゃんは、さらしやブラジャーもつけて来なかったらしくて、多分その一枚きりしか・・・着ていない。
だから肩を出してストールのように着物を羽織るその格好だと、白い肩だけじゃなくて二つの膨らみが半ば見えてしまう。

きっと誰にも触れさせた事のない、綺麗な肌。
ドクン、と心臓が騒ぐ。・・・触れてみたい。確かめてみたい。
こんなのいけないと思うのに、見ちゃいけないと思うのに。目が・・・離せない。

「刀の事、鼻緒の事、それから実家の事・・・一つだけでもいい、恩義を返させてくれ・・・!」
「そそそそんな・・・!」

凛ちゃんが身を寄せてくる。ふわりと、柔らかい香りがした。
くらくらして、頭の中が真っ白になっていく。爆発するんじゃないかってくらい、心臓が暴れてる。

唇が・・・近づいてくる・・・。
なのに、柔らかい手を、振りほどけない。
振りほどけない力じゃないのに・・・こんな、小さな・・・震え・・・

「・・・違う、よ・・・凛ちゃん・・・!」
「・・・?」

寸前、かき集めた理性が何とか押し返した。
・・・危なかった。手が震えているのに気付かなければ、きっと流されてた。
ここで止まるのは男じゃない? 知るかそんなもの大切な人を傷つける位なら馬鹿でいい。

「僕は、お礼が欲しかったわけじゃない・・・」

驚いた顔が目の前にある。早く離れてくれないと、マズイ・・・かも。格好つけても理性は崩壊寸前な訳で。

「それにお礼なら、もうしてくれたよ?」
「・・・わたしは、まだなにも・・・」
「『ありがとう』って、言葉。・・・心がこもった言葉なら、それだけで十分だよ」
「あ・・・」
「それに僕の方こそ色々助けてもらっちゃってるし。お互い様ってことで・・・だめ?」

しがみつく手から、力が抜けた。
・・・よかった・・・勿体無いけど、ちょっとだけその勿体無いと思うけど、こういう事は・・・こんな風にしちゃいけないものだ。
心の底にあったその想いが・・・何とか欲望を踏み止まらせた。

「・・のような・・も・・・・・な・・・」
「・・・なに?」

独り言かな? 何か呟いてたみたいだけど、声が小さくて何言ったのかよく聞こえなかった。
ってそれよりそろそろ離れてくれないとマズイ。色々。本気で。

「・・・手を、離してくれないか」
「あ、うん・・・」

ぽす。

・・・何が起こったのかわからなかった。手を離した瞬間、突然凛ちゃんの頭が消えたと同時に軽い衝撃。
答えは迷宮入り嘘ですすぐに分かりました本当は視界から消えただけですハイ。腕の中の暖かくて柔らかい感触が答えだって分かってる。

「あきらめ、たん、じゃ・・・」
「いや・・・やはり気が済まない。・・・それに!」

きっ、とこちらを見上げる瞳。そこには覚悟の色がある。

「このまま帰ったらカップ麺だけ食べさせに来たみたいではないか! 私は・・・っ!!」
「だからもういいってば! それでいい! だから押さないで・・・わわっ」

凛ちゃんは勢いに任せて押し倒そうとしてくる。必死で押し返して・・・わ、柔らかい!? 肩なのに何でこんなに柔らかい・・ああ、あんまり強くしたら壊れる? そそそんな訳ないけどでもいやここは心を鬼に「くぅっ・・」うわわわわだめだ痛そう―――


二人の体重を受け止めたベッドが、ギシッと軋んだ。


後書きのようないいわけ


すみません……二ヶ月経ったんで、時間稼ぎというか、忘れられない内に次を…と、書き溜めてあったものに手を加えて、こんなものを投稿してしまいました……。
シアー編とエーファ編、どっちを書くかで混乱した挙句、両方の現実と淫夢に手を出して、友人に借りた某有名ツンデレゲームに惑わされ、見事に製作が遅延しています。ああ……申し訳ない……っっ!

……そういえば、まぶらほのもっともっとメイドの巻が出版された影響か、自分のサイトの試作品にも続編リクエストが。ネリー編も続き書かないと……あうう……!?

ちなみにこの作品、見ればわかると思いますがここまでがコミックス版に若干の脚色を加えたもの。それを主に和樹視点で語っています。
これは本来ネリー編とエーファ編製作時に、えっちシーンまでの導入部の練習を兼ねて書いていたもので、そっちとネタや展開の一部が被るかも。

原作はここで夕菜襲来(&玖里子・舞穂コンビ)なのですが。もしもそれがなかったら? そういうIfストーリーを書こうとして……全然書けなかった感じです。ぐすん。


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