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▽レス始

「Childhood friend(リリカルなのはA's)」

Rebel (2006-03-19 02:23/2006-03-19 10:21)


 闇の書の事件が終結を迎えて数ヶ月が過ぎていた。
 高町なのはは、戦技教導官としての道を歩み始め。
 フェイト・テスタロッサは、ハラオウン家の養子となって執務官を目指し。
 八神はやては、保護観察の身分ながら、特別捜査官として働き始めた。
 そんな頃に起こった、ちょっとした事件。

 その日、はやてとヴォルケンリッターは本局のレティ提督の元を訪れていた。
 ちょうど本局に来ていたクロノとフェイトも、それに付き合っていたのだが。
 ヴォルケンリッターに話が有るとの事で、はやて共々執務室を追い出されていたのである。

「わたしを除け者にしてみんなに話って、一体なんやろな?」
「さあ? あまり深刻な話じゃないと思うけど」
「最後のあの笑顔を見るに、どうせ碌な理由じゃないだろうけど」

 この頃には、はやてもようやく自分の足で歩けるようになっていた。
 とりあえず、お茶でも飲んで待っていようと食堂に向かう傍ら。
 首を傾げるはやてに、苦笑したフェイトと、嫌そうな顔をしたクロノが答える。

「何や思い当たる事でも有るん? クロノ君」
「特には無いが……強いて言うなら、勘、かな?」
「レティ提督も、あれでお茶目な所が有るから……」

 真ん中を歩いているクロノに、右隣のはやてが疑問をぶつけると。
 顎に手をやった彼の答えに、その左隣のフェイトも賛同した。
 その意見に、はやてもなるほどと頷いた。

 時空管理局提督、レティ・ロウランは、切れ者として名が通っている。
 本局運用部に所属し、人事や艦艇の配備等を主に取り仕切っているのだが。
 はやてとヴォルケンリッターが一緒に働ける様尽力してくれたのが彼女だった。

 四角四面で仕事一辺倒ではなく、機転の利く頭の良さも備えているのだ。
 そして、仕事から離れれば、気さくな年長者として振る舞える余裕も有る。
 はやてやフェイトにとっては、付き合いやすい大人であると言えるだろう。
 生まれた時からの付き合いであるクロノには、別の意見が有る様だが。

 とりあえず、レティの不審な態度を忘れる事にして、三人は歩みを進めた。
 クロノにとっては、はやてと会うのは前回の模擬戦依頼になるため、話は尽きず。
 和やかな雰囲気で談笑しながら、やがて目的地へと到着する。

 時空管理局の食堂は、百人以上の客が入れるだけの広さを持つ。
 そして、学生食堂の様な質素な佇まいながら、出される料理は上等の部類に入る。
 提督クラスの幹部も利用するため、その辺りには気を配られているのである。
 職員の多さによる大量生産でのコストダウンで値段も良心的となれば。
 わざわざ近場のレストランや喫茶店へ行く者も少なかった。

「わ〜、今日は結構すいてるんやね〜?」
「昼食の時間はもう終わったら、こんなもんだ」
「うん、ゆっくりできそうだね」

 けれど、昼食時には混み合うテーブルも、今は割り合い閑散としていた。
 これならば、のんびりとおしゃべりができそうだと三人は思ったのだが。
 そんな考えを嘲笑うかの様に、事態は動き出していたのである。

「あ〜っ! クロノく〜ん!」

 テーブルに着いてクリームソーダをすすっていた一人の人物によって。

「もしかして……クリス、か?」

 勢い良く立ち上がり、クロノに向かって手を大きく振っている、その人物。
 笑みを湛えた顔を見たクロノの呆然とした声が、フェイトとはやての耳に届いた。


 その人物は、有り体に言うと、非常に目立っていた。
 黒地に銀糸の刺繍があしらわれた、俗にゴシックロリータと呼ばれるドレスを身にまとい。
 肩まで伸びた薄い緑の髪の上に、ご丁寧にヘッドドレスまで被っている。
 はっきり言えば、特殊な趣味の持ち主でもない限り、お近付きにはなりたくない格好だ。
 もちろん、クロノにそんな性癖の持ち合わせはなかった。

「久し振り――ッ! 相変わらず無愛想だね、クロノ君ッ!?」
「ああ、久し振りだな、クリス」

 駆け寄って来て首に両腕を回して抱き付かれながらの言葉に、クロノは無表情に答えた。
 何の感慨も無さげな彼に、クリスと呼ばれた人物は青い目を吊り上げ、むっとする。
 フェイトとはやては、二人の様子をただ目を丸くして見守っていた。

「ほんっと、何でいつも、そんな風に澄ましてるのかな、クロノ君は!」
「君には関係ないんだから、放っておいてくれ。
 今まで別に不自由はなかったし、これからも問題ないだろ。
 しかし……」

 ぷんすかと可愛らしく怒っているクリスを、ため息と呆れ混じりで眺め、

「どうして、そんな奇天烈な格好でここにいるんだ、クリス?
 それに、その喋り方も女の子っぽくて変だぞ」

 発せられた当たり前と言えば当たり前な質問。
 不躾なそれに、クリスは不満そうに顔をしかめてから、

「何よう。似合ってるでしょ、これ?
 それに、どんな話し方をしようが、私の勝手じゃない」

 ドレスの裾を両手で摘んで、その場で優雅に一回転してみせた。
 ふわりとドレスの裾が舞い、最後に一礼で締め括られる。

「この場合、異様に似合い過ぎてるのが一番の問題だと思うんだが」

 半目で呻く様に呟くクロノも、似合っている事は認めているらしい。
 そこで、唐突な再会劇に言葉を失っている連れの視線に気が付いた。

「あ、ああ、悪い。そう言えば、二人にも紹介しとかなきゃな」
「良いわよ、クロノ君。自己紹介くらい、ちゃんとできるから。
 二人とも初めまして。私の名前は、クリス・ロウランって言うの」

 後ろを振り向いて紹介しようとしたクロノを遮り、クリスが挨拶すると。

「フェイト・テスタロッサ・ハラオウンです」
「八神はやてです」

 やや慌てた様子で、フェイトとはやても名乗り返す。
 その次に、顔を見合わせて揃って首を傾げ、ある言葉を同時に呟いた。

「「……ロウラン?」」

 その言葉を聞いたクリスは、にこりと微笑み、大きく頷いてみせる。

「そ。よろしくね、フェイトちゃん、はやてちゃん。
 苗字で気付いたと思うけど、レティ・ロウランは私の母親よ。
 それに、クロノ君とは、生まれた時からの幼馴染って事ね」
「そう言えば、前にお花見した時に……」
「お子さんがいるって言うてたね」

 驚いた顔をするものの、納得してクリスを見る二人の少女。
 そこへ、憮然とした表情のクロノが、訂正の台詞を口にした。

「幼馴染って言うより、単なる腐れ縁だろう」
「あ、クロノ君てば、そう言う事言っちゃうんだ?
 へ〜〜? ふぅ〜〜ん?」

 むっとした表情をした後、転じてチェシャ猫の様な笑みを浮かべるクリス。

「な、なんだ?」

 そして、その魅力的な笑顔に言い様のない何かを感じ取って怯むクロノ。
 それに構わず、クリスは彼の右腕を取って胸元に抱きかかえ、

「ついでに言うと……母親同士が決めた許婚でもあるのよね、これが」

 と二人の少女に向かって、爆弾発言を投下したのである。

「えと……」
「その……」

 発言者の意図した通り、フェイトとはやては身体を硬直させた。
 一生懸命、小さな頭の中で、今の言葉の意味を充分に咀嚼し。

「「…………い!?」」

 一瞬後に、微笑んだままのクリスにぐぐっと迫って異口同音に爆発した。

「「許婚〜〜〜〜ッ!?」」


 とある日の事。
 懐妊して産休を取っていたレティ・ロウランは、部屋に友人を迎え入れていた。
 士官学校時代からの親友で、ずっと切磋琢磨してきたリンディ・ハラオウン。
 職場結婚と言う事情も、示し合わせたかの様に一緒であった。
 実際は、両者共に仕事が忙しく、職場以外に異性との出会いがなかっただけだが。
 それでも、恋愛結婚であり、現在が幸福である事に異論を差し挟む余地はなかった。

「元気そうで良かったわ。それで、予定日はいつだった?」

 大きなお腹を抱えながらも客人にお茶を振る舞うレティに、リンディが微笑んで尋ねると。

「ありがとう。来月の十二日くらいに産まれる予定よ」

 慎重にソファーに身体を沈ませ、レティも微笑み返して答える。
 そう、と頷いたリンディは、腕の中で眠る赤ん坊をいとおしげに見詰めた。

「クロノ君も大きくなってきたわね。もうすぐ一歳だったかしら?」
「ええ。再来月にちょうど、ね。
 クラウドったら、誕生日のプレゼントを何にするか、今から悩んでるのよ。
 仕事が忙しくて、なかなか家に帰って来れないから……
 せめて父親らしい事の一つもしておきたいみたい」
「ほんと、生真面目な彼らしいわね」

 やや呆れた様に言うリンディだが、その口調は柔らかい。
 くすくすと笑うレティにも、それは良く解っていた。

「そう言えば、貴女の子供は男の子? 女の子?」
「うちの旦那がね、楽しみが減る〜って言うもんだから。
 検査で性別の確認はさせてないのよ」

 しばらく茶飲み話に興じた後。
 興味深そうに尋ねたリンディに、レティはお腹を撫でながら苦笑する。
 その意見には賛同できるものが有ったのか、リンディも似た様な笑みを浮かべた。

「そっか。楽しみね」
「ええ、そうね」

 ほっとした空気が、二人の母親の間に流れる。
 それは、とても心地好い空気だった。

「もし、この子が女の子なら――」
「え、なに?」

 大切な宝物に触る風にお腹を撫で続けていたレティを、リンディは聞き咎めた。
 優しく微笑んだレティは、もう一度繰り返す。

「もし、この子が女の子なら、将来クロノ君と結婚させたいわねって」
「え……?」

 一瞬、言われた言葉の意味を量りかねたリンディだったが。
 やがて理解の色を瞳に宿すと、くすくすと微笑み始めた。
 あまりに気が早いレティの台詞に。
 一頻り笑ってから、満面の笑みでリンディも頷いて肯定する。

「そうね。もしそうなったら、とても素敵ね」
「ええ。結局決めるのはこの子達だけど。
 そうなれば良いなとは思うわ」

 約束とも言えない、他愛の無いやり取りでしかない会話。
 だが、これからの幸せを疑わない母親達は、子供達の未来図を語り合った。
 その時、リンディの腕の中で、赤ん坊が起きてぐずり始めた。

「あらあら。どうしたの、クロノ?
 ミルクじゃないと……ああ、おむつね」

 哺乳瓶の乳首を嫌がる赤ん坊のおむつの裾をくつろげ、そう言うと。
 傍らに置いてあったバッグから予備を取り出し、交換を始めるリンディ。
 風呂場を借りて、ぬるま湯で汚れを洗い落とし。
 濡れた身体を柔らかいタオルで丁寧に拭い。
 吸水性に定評のある紙おむつを付けて、汚れたおむつをごみ籠へ。

「ふうん。流石に手際が良いわね」
「まあ、一年近くこればかりやってるとね。いい加減慣れちゃうわよ」

 あんなに不器用だったのに、と感心するレティに。
 リンディは抱き直した息子の背中を軽く叩いてあやしながら笑った。

 それは、ほんの少しだけ過去の、幸せな日の出来事――


 一つのテーブルに、クロノの隣にクリス、向かってフェイトとはやてが座っている。

「という事がね、有ったのよ」
「素敵、ですね……」
「生まれた時からの、運命的な絆って事やね〜」

 自己紹介を終えた四人は、それぞれ注文の品を手に、会話に華を咲かせていた。
 陶酔した表情で、うっとりと過去の出来事を語るクリス。
 それに相槌を打つフェイトやはやての瞳も、心なしか輝いて見えた。
 だからこそ、不機嫌そうなクロノは、その場で異彩を放っているのだろう。

「……それで、どうして僕と君が許婚だって話につながるんだ?」
「クロノ……」
「うわ、クロノ君、鈍いのもここまで来ると罪やよ?」

 ぶすっとしたままのクロノの言葉に、フェイトとはやてが非難の目を向ける。
 だが、それを気にした風も無く、彼はクリスを軽く睨んでいた。

「良いのよ。ありがとう、二人とも。
 私は、クロノ君がどうしようもない鈍チンで朴念仁だって知ってるから。
 なんせ、付き合いイコール年の数なんだし、ね?」
「クリス……」

 指で目元を拭う仕草をしたクリスの指先に、水滴が乗っていた。
 きつい言葉にも健気な様子を見せるクリスに、フェイトは感動している。
 だが、はやては、クリスが直前に霜の浮いたグラスに触れたのに気付いていた。
 わざわざ指摘する様な事はしなかったが。
 理由は、単にその方が面白くなりそうだったから。

「クリス、勝手に被害者面してるんじゃない。
 そもそもだな……」
「あら、じゃあこの場で確認してみる?
 貴女達、今まで彼と親しく接して来たでしょう?
 聞くけど、彼が朴念仁じゃないと思えるかしら?」
「えっと……」
「はっきり言うと角が立ちそうやね」

 流石に全面的に悪い様に言われるのは心外だったか、クロノが反論するが。
 それを遮って出されたクリスの質問に、フェイトは困り、はやては苦笑する。
 味方がいないのを悟らざるを得なくなったクロノは、目に見えて肩を落とし、

「どうせ、僕に対する認識なんて、そんなもんなんだな……」

 柄にも無くいじけてみせた。

「現状を把握する能力は、指揮官には必須スキルよ?」

 けらけらと笑ったクリスに一蹴されてしまったが。

「……まあ良い。僕に言えるのは、許婚云々は戯言でしかないって事だ。
 大体だな……」
「酷い……」
「クリス?」

 まともに取り合うだけ無駄だと、クロノは話を進めようとするも。
 瞳にうるうると涙を溜めた幼馴染の様子に、留められてしまう。
 ついでに、義妹と友人の少女の視線がちょっと痛かった。

「クロノ、今の言い方は、私も酷いと思う」
「わたしも同じ意見や。クロノ君らしゅうない」

 俯いた顔を両手で覆い、肩を震わせているクリス。
 少女らしい正義感からか、フェイトとはやての瞳には容赦が無い。
 その肩の震えが笑っているからだと知るクロノは反論しようと考え。
 どうせ聞いてはもらえないだろうと、実行を諦めた。

「解った。僕も言い過ぎたと思う。
 すまなかったな、クリス」
「ううん、解ってくれたら良いの♪」

 クロノが頭を下げて謝罪すると、顔を上げたクリスは、満面の笑みを見せる。
 その顔には、涙の後など欠片も無く。

「「……え?」」
「つまり騙されたんだよ、君達は。
 一々こいつの言う事を真に受けてると、馬鹿を見るぞ」

 きょとんとして事態を飲み込めない義妹達に、クロノは懇切丁寧に説明した。

「失敬ねえ。人を嘘吐きみたいに言わないでくれる?」
「みたいじゃなくて、実際嘘吐きだろうが」

 途端にむうっと頬を膨らませた幼馴染に、突っ込みを入れるのも忘れなかったが。

「何よ」
「何だよ」

 ぐぐっと額を小突き合わせて、互いに険悪な眼差しで力一杯睨み合う。
 先に目を逸らし方が、即死、という感じの勢いでもって。


 そんな空気に耐えられなかったのだろう。
 今にも取っ組み合いを始めんばかりな二人を、フェイトが止めに入った。

「あ、あの……こんな所で喧嘩するのは……」
「せ、せやね。せっかく久し振りに逢うたのに、不毛や思うわ」

 ギロリと表現したくなる風情で少女達を睨み、

「「ひぃっ!?」」

 恐怖に身体を竦ませた彼女達が、思わず悲鳴を上げると。

「そうだな。こんな所で決着をつけるなんて面白くない」
「あら、あらゆる意味で私に勝てるつもりなのかしら?
 ぶきっちょだった貴方が」
「あんまり吠えるな。思わず手が滑るかもしれないじゃないか」
「遠慮なんか必要ないわよ? ええ、ほんとに」
「「ふふふふふふ」」

 興味を失ったかの様に、幼馴染達は睨み合いを再開させていたが。
 互いの瞳に唯一人しか映っていなかったが故に、気付くのが遅れた。
 友人達の間で温和の代名詞となりつつ有るクロノの義妹が爆発寸前なのを。

「――――ッ!!」

 大きく息を呑む音と共に、テーブルに掌を叩き付ける音が響くと、

「……いい加減にして、二人とも」

 錆びた蝶番が動く感じに、首を巡らせるクロノ達。
 その二対の視線の先には、大人しく気が弱い少女は、もういなかった。
 つつっと、冷や汗が額から頬、背中からお尻に流れて行く。

「すまない。少し箍が外れてしまってた。許してくれ」
「ごめんなさい。ついむきになっちゃって」

 そのわずか後、ずっと年下の少女に平身低頭で謝り倒す二人がいた。
 友人の意外な一面に軽く驚いているはやての横で、当の本人は、

「え、えと、あの……私もつい、言い過ぎたし……」

 先程の態度を思い返して顔を真っ赤にしてうろたえていた。
 それを見て楽しそうな感情を瞳に閃かせ、はやてはクロノに矛先を向けた。

「それにしても、凄く意外やったわ、クロノ君の態度」
「どういう意味だ? 別にいつもと大して変わらないと思うが」

 からかう気満々なはやての様子に、クロノは鼻白む。
 その事に気付いているのかいないのか、はやては言葉を続けた。

「だって、クロノ君って、基本的に女の子には優しいやないの。
 私やエイミィさんがからかっても、本気で怒るの見た事ないし。
 冷たい態度取ってるのを見たの、ユーノ君くらいじゃないかな?」
「はぁ……良く見てるな。確かに、今日の僕の言動は褒められたものじゃない。
 けど、こいつに優しくなんてしたら、図に乗って手が付けられなくなるから」

 理由が有るなら言うてみ?
 と、にっこりと微笑むはやてに、疲れたため息を吐きつつクロノは答えた。
 けれど、その台詞は、当の本人には気に入らないものだったらしい。

「何なのよ、その言い草は。ムカつくわねぇ。
 幼馴染に優しくしたって、罰は当たらないと思うわよ?
 て言うか、私の何が悪いって…………はっ!?」

 クロノの襟首を掴んでまくし立てている途中、クリスは突然何事かに思い至った。
 視線を一旦下に落として考え込んだ後、一層両手に力を込め、

「おっぱいね! おっぱいなのね!? 胸が小さい人間には生きる価値がない。
 おっぱい星人なあんたは、そんな事を考えてるのね!?
 どうせ私の胸は真っ平よ悪かったわねけど仕方ないじゃない不可抗力よ――ッ!」

 最後の方はノンブレスで、怒濤の如く文句を垂れ流した。
 その魂の叫びに、フェイトとはやては、何となくクリスの胸元を見る。
 確かにそこはなだらかで、泳ぐ時には効率が良さそうだった。
 次に、それぞれの持ち物に視線を落とす。
 五十歩百歩だった。
 二人は、何となく落ち込んだ。

「ま、待て……やめ……落ち着……!」

 がくがくと頭を揺らされながらも、何とか宥めようとするクロノ。
 周囲の人々の冷たい視線を浴びつつも、その狂騒はしばらく続いた。


 ようやくバーサークが解けたクリスが、幼馴染を解放する。
 クロノは這う這うの体で、自分のコーヒーを口にして呼吸を整えていた。

「……正気に戻ったか? 全く。
 昼間から食堂で不穏当な台詞を言うなよ、恥ずかしいだろう」
「何よ、元はと言えば、クロノ君が悪いんでしょうが」

 ジト目で睨んで来る幼馴染から、クリスは拗ねた口調で視線を逸らした。
 未だ周囲の注目を集めていた二人だったが、気にする余裕はない様である。
 そこへ、悪戯っぽく瞳を輝かせたはやてが質問をぶつけて来た。

「あの、クリスさん。クロノ君って、やっぱり胸が大きい方が好みなん?」
「ぶっ……あのなあ、はやて」
「クロノ君は黙ってて。そうね、私の知る限りでは、大きい方が好きなはずよ。
 だって、ぺたんこな私に対しては、いっつも冷たいもの」
「人の嗜好を勝手に決め付けるな」
「あら、もしかして、フェイトちゃんやはやてちゃん位の大きさが好きなの?
 知らなかったわ……クロノ君がロリコンだったなんて」
「あのな。それじゃあ、さっきの発言と食い違うだろうが。
 胸の大きさなんか関係ない。問題は中身だ中身。
 何が悲しくて、君に優しく接しなきゃならないんだ」

 途中から、何故か胸談義になっているが、先程までの険悪さはない。
 やはり、フェイトがキレるが怖いのだろうか。

「仲が良いのか悪いのか、今一解り辛いなあ」
「そうだね」

 もはや、フェイトとはやても止めようとせず、呆れて舌戦を眺めていた。

「おかしいわね。幼馴染は男にとって最強の属性の一つのはずなのに……」
「おかしいのは、君の思考だろう。何なんだ、それは」

 口論で枯れた喉をジュースで潤し、ぶつぶつと考え込むクリス。
 その呟きを聞いたクロノが嫌そうに突っ込むのと同時に、

「はっ!? まさか……ッ!」
「……え?」

 クリスは勢い良く、フェイトに向かって視線を投げ掛けた。
 いきなりの事に驚くフェイトを指差すと、

「まさかこんな所に伏兵がいたなんて……!
 幼馴染を超える属性、血のつながらない義理の妹!!」
「え? ええ?」

 バックに雷鳴を轟かせ、力一杯絶叫する。
 そして、付いていけない三人に構わず、受信した電波を垂れ流し始めた。

「そうよ、お兄ちゃんではなく、お義兄ちゃん!
 兄妹という関係に背徳感に浸りつつも、互いに好意を寄せ合い、惹かれ合う!
 そして兄は、妹がシャワーを浴びている所へ偶然を装って乱入し、一線を……」

 鈍い音がしたかと思うと、クリスは脳天を両手で押さえつつテーブルに沈んでいた。

「子供の前で妙な事を口走ってるんじゃない!
 馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、救いようの無い馬鹿だな、君は!
 大体、家での風呂やトイレは、慎重に誰もいないのを確認して使ってるんだ。
 そんな素敵イベントが発生する余地は全くない!」

 顔を怒りで真っ赤にして、一気に叱り付けるクロノ。
 何か途中で致命的な事を口走ってしまったような?
 冷め行く頭でそう考えた時、彼の耳に、義妹の小さな声が届いた。

「クロノ……」

 振り向くのが怖い。
 もし、そこにフェイトの軽蔑の視線が有ったとしたら……?
 そう考えて硬直するクロノだが、振り向かない訳には行かなかった。
 だが、事態は更に混迷を極めていたのである。

「素敵、なんだ……?」

 もじもじと口元で両手の指を突き合わせ。
 上目遣いの瞳は若干潤んでいて。
 柔らかそうな頬も、怒り以外の理由で赤く染まっていた。
 要は、フェイトは何だか嬉しそうだった。


 意識を飛ばしていたのは、数瞬の事だったらしい。
 フェイトの様子が変わっていないのを確認して、クロノはそう判断した。
 誤解をそのままにしておくと、きっと禄でもない事になる。
 主に自分にとって。
 そう計算すると、クロノは義妹に向き合って釈明を始めた。

「え〜っと、フェイト? 今のは言葉の綾だから。
 あまり真に受けないでくれると助かる」
「え? あ、ああ……ええ!?」

 真摯な態度で諭したはずだが、フェイトは気持ちの切り替えが上手くできないようだ。
 見ているのが可哀想な程、慌てふためいていた。

「フェイトちゃん、落ち着いて。はい、深呼吸」
「う、うん、はやて。す〜〜は〜〜」

 見かねたはやてが、背中を擦りながらフェイトを宥めている。
 それを見たクロノは、開きかけた口を閉じて、様子を見守る事にした。
 そして、しばらく時間が過ぎて後。

「落ち着いた、フェイトちゃん?」
「もう大丈夫。……クロノ」
「何だ、フェイト」

 心配そうに尋ねるはやてに、胸に手を置いて頷き、フェイトはクロノに呼びかける。
 保護者的な優しい気持ちになり、クロノが頷いたその時、

「私、お風呂の時、鍵かけてないから」

 と、至極真面目にのたまった。
 どうやら、未だに混乱の最中だったようだ。

「あ、死んだ?」

 返答は、ボウリングのボウルがレーンに乗った時の様な音。
 思い切り額をテーブルに打ち付けたクロノに、はやての疑問の声がかけられる。

「返事がない。屍のようだ……」
「えええっ!? く、クロノ!」
「って、生きてる。痛つっ」

 いつの間にか復活していたクリスの声に、フェイトが慌てるも。
 額を抑えたクロノは、滲んだ涙を指で拭いながら頭を起こす。
 そして、涙目のままフェイトを見やり、

「フェイト……あーゆー事を僕に聞かせてどうしようと言うんだ?」

 赤貧生活に疲れた主婦に似た雰囲気で追求した。

「あーゆー事……? ふぇ、ええええッ!?」

 首を傾げて考え込み、ようやく自分が何を口走ったか気付いたらしい。
 挙動不審を絵に描いたかの様に、慌てまくるフェイトだが、

「正気に戻れい!」

 ちぇいと言う掛け声と共に繰り出されたはやてのチョップが脳天に炸裂。
 錯乱状態からようやく復帰した。

「気が付いたか、フェイト?」
「う……うん。ごめんなさい、クロノ。変な事言っちゃって」
「あまり気にするな。けど、風呂に入る時はドアに鍵をかけろ。
 不幸な事故を未然に防ぐためにも」
「うう……解った」

 落ち着いた口調でクロノに諭され、顔を真っ赤にして頷くフェイト。
 だが、同席していたトラブルメーカーは、尚も場を引っ掻き回そうとする。
 隣に座る幼馴染の袖を掴んで注意を引くと、

「クロノ君、クロノ君。近○相△は、それだけじゃ罪には問われないんだよ?」

 イイ感じの笑顔で爽やかに教えて下さった。

「クリス……」
「あ……」

 普段からは想像が付かない、慈愛に満ちた笑みを浮かべるクロノ。
 彼が後頭部にそっと手を添えると、クリスの瞳がとまどいに揺れる。
 が――

「何を抜かしてやがるか、このクソたわけが――ッ!!」
「ッた――――ッ!!」

 次の瞬間、強烈な頭突きを額に食らい、椅子から転げ落ちてのたうち回る。
 突然の凶行に、フェイトとはやては目を丸くして何もできずにいたが。

「何て事すんのよ、死んだらどうするの!?」
「やかましい! 今日と言う今日は、その性根を叩き直してやる!」

 結構平気そうに立ち上がったクリスは、クロノと罵り合いを始める。
 再び収拾が付かなくなって来た所に、期せずして救いの手が現れた。

「遅くなって申し訳ありません、主はやて。
 ……これは一体何事ですか?」


 言い争う二人を注視しながら近付く騎士に、はやては嬉しそうに駆け寄った。

「シグナム、もうお話は終わったん?」
「はい。軽い注意事項が少しと、紹介したい人物がいるという話だけでしたので」
「紹介したい人物?」
「レティ提督のお子さんで、今度管理局捜査課に配属されたクリスと言う方だそうです。
 共同で捜査に当たることも多くなりそうだから、顔合わせをしておきたいとか」
「あ、クリスさんなら……」

 シグナムの右腕に懐きながら、はやては見苦しく騒いでいるクロノ達の方を見る。
 見た事のない人物に、それが誰かに思い当たるが、シグナムは首を傾げた。

「ハラオウンと言い合っている人物がそうなのですか?」
「うん。クロノ君もそう言うてたし、間違いないと思うけど……どないしたん?」
「いえ、私の聞いた話では、レティ提督のお子さんは……」

 ここまで言った所で、シグナムは話を中断させた。
 いつの間にか口喧嘩を止めていたクリスが、目の前まで来ていたからである。

「初めまして。貴女がベルカの騎士の将、シグナムさんね?」
「ああ、初めまして。確認させて頂きたいのだが、君がレティ提督の?」
「ええ、そうよ。これから何かと顔を合わせると思うから、よろしく」
「こちらこそ、よろしく」

 クリスが差し伸べた右手をシグナムが軽く握ると、一回大きく振ってから離れた。
 どこか釈然としない顔をしながら、シグナムは主に向き直る。

「実は、レティ提督が、これから食事でもどうかと仰っています。
 予定が有るならお断りしますが、どうしますか?」
「別に大丈夫やけど、クロノ君とフェイトちゃんは?」
「お二人もできればご一緒に、との事でした」

 振り向いたはやてが尋ねるより早く、クロノが首を横に振った。

「僕達は、海鳴に帰って母さんとアルフと一緒に食事をする予定なんだ。
 すっぽかしでもしたら、機嫌を直すのに苦労するからな。
 そういう訳で、今回は遠慮しておくよ」
「ごめん、はやて」

 フェイトも申し訳なさそうに頭を下げて来る。
 それにパタパタと手を振ったはやては、

「家族団らんなら仕方ないよ、気にせんでええて。
 じゃ、行こか。シグナム、クリスさん」
「はい、主はやて」
「ええ」

 背を向けて食堂を出て行こうとした三人に、クロノが思い付いた様に声をかけた。

「クリス、そう言えば、まだ理由を聞いてなかった気がするんだが。
 何故そんな格好でここにいたんだ? 真面目に答えてくれ」

 すると、雰囲気を一変させたクリスは、シニカルな笑みを浮かべた。

「今日は、潜入捜査のための演技指導の訓練が有ってね。
 一日この格好で、役になり切ってろって教官命令だったのさ。
 こんなゴテゴテした服なのは、衣装係の趣味だろ、たぶん」
「それであそこまでやるか? 凝り性なのは相変わらずだな」
「やるからには、徹底的に羞恥心は捨てないとな。
 でも、初見の人間には見抜けない名演技だったと思わないか?」
「それは認めるが、悪戯に全力を費やす悪趣味さは直した方が良いぞ」
「まあ、心に留めとくよ」

 ひらひらと手を振って、クリスははやて達を伴って去って行った。
 まるで別人になったかの様なクリスを見て、フェイトは兄を見やった。
 何か聞きたそうにしている妹に、クロノは苦笑して見せる。

「驚いたと思うが、あれがクリスの地の性格だよ」
「うん、本当に驚いた。まるで男の子みたい」

 頻りにコクコクと頷くフェイトに、クロノは奇妙に顔を歪め、

「それは当然だろう? クリスは男だぞ」

 何を今更、と呆れた声を出す。
 一瞬の沈黙。
 そして、驚愕。

「ええ〜〜〜〜〜〜ッ、嘘ッ!?」
「何で驚くんだ、フェイト?
 ここで最初に会った時、何故クリスが女装してるのか理由を聞いてただろう?」
「……私は、あの衣装に付いて言ってるのかと思ってた」

 思えば、二人の会話の端々から、それらしき雰囲気は感じ取れていた。
 シグナムが妙な顔をしたのも、クリスが少年だと聞いていたからだろう。
 改めて思い返したフェイトは、そう考えた。
 胸がないのも当然と言えば当然。
 だって、男性だったのだから。

「もしかして、二人で私やはやてをからかってた訳じゃないよね?」
「そんな暇な事はしないよ。けど、はっきり言っておかなかったのは悪かった」
「ううん。……でも、どう見ても女の子にしか見えなかったよ」
「あいつは天性の嘘吐きだからな。子供の頃から何度騙されて来た事か」

 嫌そうに顔をしかめてから、話は終わりとばかりにクロノは立ち上がる。

「それじゃあ、そろそろ帰ろうか。
 あまり遅くなると、アルフにどやされる」
「うん」

 そして二人は、家族の待つ家への帰途についたのだった。


後書き
 こんばんは、Rebelです。
 今回は、SS03でちょっとだけ触れられたレティ提督の子供のお話。
 詳細不明のため、完全オリキャラですけども(汗)
 こういう微妙な設定に触れたりするから、後で自分の首が締まるんですよね。

 テーマとしては、「嘘は吐いてませんよ?」という感じでしょうか。
 クリスという名前も、性別不詳にするためのものですし。
 もし最初の方で気付かれてたら、構成ミスか、実力不足によるもの(笑)
 なんかとりとめのない話になった気もしますが、申し訳ありません。


 それでは、お一方だけレス返ししてませんでしたので、ここで。

>悠真さん
 クロノは生真面目なだけに、私の中ではいじられキャラに(笑)
 それと、目の付け所はともかく、それを読み手に伝えられなければ意味が無いのを痛感。
 そういう所は、今後精進致します。


△記事頭

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