――――――奇妙な世界への扉は、貴方のすぐ近くにある。
半期に一度、タ○さんが変に真面目ぶってストーリーテラーを演じる番組で口にするような言葉だ。
俺こと千堂 和樹は正直、まさかそれが自分の現実になるなんて思ってもみなかった。
これは、そんな俺に降りかかった、この業界ではありがちながら極めて稀で、この上なく奇妙な話――――――
―――それは、プロデビューを果たした俺が久しぶりに参加した三月のこみっくパーティー、通称『春こみパ』での出来事だった。
「にゃああああああああっ!と、とまらないですぅ〜〜〜〜〜〜!!」
詠美の『CAT or FISH!?』のスペースを後にした俺の耳に、どこからかすごく聞き覚えのある泣き声が届いた。
同時に、重い何かが転がるようなゴロゴロゴロという音も。
「ごめんなさい!ごめんなさい!!ごめんなさいですぅ〜〜〜〜〜〜っ!!!」
それらの発生源は俺の前方だったらしい。
まるで『十戒』のワンシーンの如く、目の前の人の壁がザザザっと左右に割れて、俺への進路がクリアになる。
そして、その進路上を猛スピードで迫り来るあきらかに過積載な台車と、ドップラー効果のかかった叫び声。
「お、おいおいおい……いくら久しぶりだからって、こんなとこまで再現されなくっても」
台車は俺の姿を捉えると何故か俺へと向かって加速する。
さすがに身の危険を感じ、逃げようとする俺の体重移動した方向へと狙ったようにその向きを変え、蛇行しながら猛進してくる。
「つ、追尾システム!?」
「にゃあああああああああああっ!!?」
人一人を充分に殺せる重量のそれは、久しぶりの俺を歓迎するように勢いよく飛び込んできた。絶妙な捻りさえ加えて。
「だあああああああああああっ!!?」
どんがらがっしゃーん☆
交通事故さながらの衝撃に俺の身体は木の葉のように吹き飛んだ。
薄れ行く意識の中で見えたのは、俺の周囲を舞う色とりどりのオフセット同人誌。
そして、まるでスローモーションをかけられたかのようにゆっくりと流れる反転した景色。
…あ、これ聞いたことあるぞ。バイクで事故ったりするとこんな風に見えるって。
野次馬達が遠巻きに現場の惨状を見ているのが目に映った。
台車の近くでノビてる千紗ちゃん以外、特に知り合いは見当たらない。
…それにしても、千紗ちゃんに轢かれるのは初めてじゃないけど、以前はこんなに痛かったっけ。
やっぱ、身体鈍ってたかな?などと、どうでもいいことを考えながら真っ逆さまに落ちていく。
―――身体が床に叩きつけられる寸前、俺の意識は電源を切られたテレビのようにプッツリと途絶えた。
ぴんぽんぱんぽ〜ん♪
『この駄文は当然フィクションです。
劇中に登場する団体及び個人は実在する団体、個人とはなんら関係ありません。
また、演出上の都合により、一部登場人物が危険な行為、または道義的に反する行為等を行う可能性がありますが、
そのような行為を実際に行いますと周辺に迷惑が及ぶばかりではなく、行ったあなた自身にも重大な危機を及ぼす可能性があります。
唯でさえ社会不適合者がマスコミの食べ物にされている昨今、くれぐれもそのような行為をなさらぬよう重々注意して、
密やかに創作、ファン活動を行ってください。 かしこ 』
こみっくパーティー準備委員会
館内責任者:牧村 南
そこは、地獄の一丁目。
汗と血と涙。夢と野望と欲望が渦巻くワンダーランド。
世界最大にして、最強のマンガ同人誌の祭典。
その名は『こみっくパーティー』。
略して『こみパ』!(どーん!)
これは、そんなオタク達の最前線へとひょんなことから舞い戻ることとなった、ある男の熱き神話(まいそろじー)である!
りたーん?・とぅ・こみっくパーティー
・
・
・
「千堂さん!?危ないですのーっ!!」
「…え?」
――キキキキキキ
聞いたことのない女の子の声に呼び起こされ、目を移した先には迫り来るダンプカー。
軋むようなブレーキの音が辺りに鳴り響く。全ての光景がスローモーションが掛かったようにゆっくりと進む。
取りあえず、状況が理解できなかった。
確か俺は、三年ぶりに参加した春こみパ、挨拶回りの途中で千紗ちゃんに撥ね飛ばされて…。
それがなんで、いきなり往来の真ん中に突っ立って、目の前にはダンプが迫ってるのか。
もうどうにも出来ない距離だ。だけど、思い浮かぶのは死ぬってやっぱ痛いんだろうな〜とかそんなもん。
突然すぎて思考が追いつかず、現実感が全く無いのだ。
そんな俺の前にまるで庇うかのように飛び込んでくるひとつの青い影。
…なんでこんな状況で?
俺の目に映った影の正体は、青いひらひらの服を着た小柄な女の子。
髪の長いその少女は迫り来るダンプの巨大な影に恐れる様子も無く、なにやら古武道っぽい構えをとる。
瞬く間に起こったその光景は、すべてがまるで不条理なショートフィルムのような妙な感覚があった。
「いざっ!大影流合気術奥義っ!!」
掛け声とともに風が渦巻き、彼女の長い髪が舞い上がる。漫画的表現だ。
それだけでこの小柄な女の子が達人級(マスタークラス)の使い手だってことが俺にも判る。
「流牙旋風投げ!!」
うなる旋風。それは迫り来るダンプカーを軽々と呑み込み、宙高く巻き上げる。
それだけではない。その風は俺も、そして技を繰り出した小柄な女の子までも同じように巻き上げてしまう。
「う、うおおおおおっ!!?」
下に広がる光景が結構小さく見える高さ…恐らく二十メートルくらいまで浮き上がった俺の身体は、そのまま地面へと落下。
「ぐはっ!?」
どっし〜ん☆と背中に衝撃。痛みに息が詰まる。
「いてててて……」
この痛みが現実感に乏しい一連の事柄を、実際に起こったことだと俺に訴えてくる。
それにしても、結構な高さから落ちたはずの俺は、不思議なことに多少の擦り傷と打ち身程度で済んでいた。
痛いものは痛いが、ダンプに轢かれればミンチになっててもおかしくなかったわけで、それを思えば実に幸運である。
それより、いま俺の思考を九割以上占めるのは命を助けてくれた小柄な少女のことだった。
前後左右全ての方向にいくら視線を廻らせても、あの女の子の姿が何処にも見えないのだ。
「ど、どいてくださいですの〜っ!!」
そう、そんなカンジの声の……っていま、上から聞こえなかったか?
そう思って見上げると、空中に咲く水色の花が一輪。
「上を見ちゃだめですの〜っ!!」
……も、もしかしてアレってアレなんですか?
ぴんくのふりるつき……ってだあーっ!
命の恩人が見ちゃダメだって言ってるんだから、見ちゃダメだろうがーっ!!
「せ、千堂さんのチカンさんっ、ですの〜っ!!」
うわあああっっ!!?そんな名指しで言わなくてもっ!
大体、普通は人間が上から降ってくるということ自体がありえな〜いので、反応するなってのがムリって言うか〜。
…ってあれ?なんで俺の名前知ってるんだ?
「もお、ダメですの〜っ!?」
「って、ンなこと言ってる場合じゃねーだろっ!」
恩人のピンチをぼーっと見過ごすほど俺はダメ人間じゃない!
女の子一人くらい、俺にだって受け止められないわけがあるかよっ!!
「ぱぎゅうう〜っ!!」
「だああああっっッ!」
ぼすっ!と両腕に衝撃。
いくら小柄な女の子とはいえ、かなりの高度から落ちてきたわけで、結構な力を要してしまう。
俺は、どうにか落とさずに踏ん張りきって、ほうっと息をついた。
「…………」
腕のなかの女の子を見つめる。
激突の衝撃を堪えようと待っているのか、彼女はぎゅっと目をつぶって身を硬くしている。
かなり可愛いコだ。一種理想的な女の子らしい華やかさがあった。
フリルにリボンとひらひらの服装も、可憐な容姿の彼女に良く似合っている。
「ね、ねえ?大丈夫かな?」
耳元にそっと囁きかけると、女の子は顔を上げた。
暫しきょろきょろと辺りを見回し、俺に抱きかかえられてる状況を認識したのか、顔がぱーっと赤く染まっていく。
「……ぱ」
「ぱ?」
「ぱぎゅうう〜っ!?」
どがっ!!っと彼女はいきなり俺の顎に見事な掌底を決めた。
「がふぁっ!!」
不意を付いた形のその一撃に吹き飛ばされた俺は、もんどりうって倒れる。
「せ、千堂さんっ!?ごめんなさいですの〜っ!」
宙を舞う俺の腕からネコのような体捌きでクルリと着地した彼女は、はっと思い出したかのように自分の殴り飛ばした俺の下へと駆け寄ってきた。
「い、いや、まあ大丈夫だから」
先んじて手で制する。この子の技量(達人級)で追い討ちなんか食らったら、幾ら由宇に殴られ慣れてる俺でもきっと死んでしまう。
「なんにしてもありがとう。キミのおかげで助かったよ」
ガクガクする顎で、どうにか感謝の意を伝えた。
「でもでもっ!あたし、千堂さんに掌底を……」
「あれは……気付いたら知らない野郎の腕の中だったからだろ?仕方ないさ」
「うりゅう〜」
「それに、スカートの中も見ちゃったし。まあ、殴られる理由なら結構あるよ」
「ぱぎゅうっ!?」
俺の弁解でさっきのことを思い出して、スカートを押さえながら恥ずかしそうに顔を真っ赤にする女の子。
気持ちは解らないでもないけど、そういう反応されるとこっちまで気まずくなって喋れなくなってしまう。
「…………」
「…………」
なんとも言いがたい微妙な沈黙。道路の真ん中で口を噤んだまま立ち尽くす俺と少女。
そんな二人の耳に、遠くより迫り来るサイレンの音が聞こえてきた。
「そ、そういえば…」
そろ〜りとダンプカーの吹き飛んで行った方を向く。
旋風に巻き上げられたダンプは、落下した際、その自重で恐らく致命的であろう状態に潰れていた。
あれでは、運転手が無事であるとはちょっと言えない。
幸い何か建物にぶつかった様子や、下敷きになった人がいたということはなさそうだが。
「運転手、奇跡的に無事だってよ」
「すげえな。あれで助かるかフツー?」
野次馬達の声が聞こえた。どうやら人死には無かったらしい。
向かい合った少女とともに、ほう、と安堵の息をつく。
「そ、それにしても凄い技だね。あんな大きいものを吹っ飛ばすなんて」
「梃子の応用ですの。タイミングさえ掴めればどんなものでも投げられますのよ」
どんな支点があればそんなことが出来るのかは知らないけど、相手はマスタークラス。余計な詮索は無用だろう。
「千堂さん、道路の真ん中でぼーっとしちゃいけませんの。もう少しでぐちゃぐちゃのぽいでしたのよ?」
「それなんだけど……どうにも腑に落ちないんだよね」
「ぱぎゅ?どういう意味ですの?」
「俺さ、こんなところ歩いてた記憶ないんだよ。確か、こみパの会場に…」
「こみパ!?千堂さんこみパにいくんですの!?」
俺の発した『こみパ』という言葉に、何か妙に驚いた様子の女の子。
「あ、いや、そうじゃなくってさ、俺はさっきまでこみパに居たはずなんだ」
「でも、まだ八時前ですの。こみパは始まってませんのよ?」
「……え?なんだって?」
「もうすぐサークル入場の時間ですけど、今行っても会場には入れないはずですの」
「まだ八時になってないだって!?んな馬鹿な」
どういうことだ?千紗ちゃんに轢かれたときはもう既に午後に入ってたじゃないか。
それとも何か?あれは夢だったとでも……。
「それにしても、『ブラザー2』は今回もカタログに載ってなかったはずですの。もしかして、『ここ』では違うサークル名で……」
困惑する俺と目を合わすことも無く、小声でなにやらぶつぶつと呟く女の子。
しかし、いま『ブラザー2』の名前が出たような……もしかして知り合いなんだろうか?
こんな目立つ娘なのに、全然覚えてないぞ。
「あ、あのさ、もしかして君……」
「八時……?ぱ、ぱぎゅう!?大変ですの!遅刻しちゃいますの〜〜っ!!」
俺の言葉を耳に入れた様子も無く、突然焦りだした女の子は、がしっと俺の手を掴まえて走り出す。
細腕の少女に引かれた俺の身体はどういうわけかぶわっと浮き上がった。
「ちょ、ちょお…ちょっとおおおおおおおおおおおおわっ!!?」
「ぱ〜ぎゅ〜ううううううううううううっ!!!」
まるで小さな子供に引っ張られる凧のように、風をうけてバタバタと靡きながら引っ張られる身体。
―――結局、俺の疑問は何一つ解決することもなく。
見知らぬ少女に引き摺られるまま、良く知ってるけれど良く知らない、俺の新たなる戦場へと向かうことになった。
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「到着ですの〜☆」
ずざざーっと埃を巻き上げ、我らが聖堂、こみパの大会場へと辿り着いた俺たち。
俺を引っ張る謎の少女は、嬉しそうな歓声を上げた。
「…………」
対照的にげんなりするばかりの俺。
結局、電車に乗ってる間以外、俺の足は全く地面に着くことが無かった。
―――少女曰く、春こみパ開場前だという大会場の前は、長蛇の列と表現するにふさわしい人の数だった。
どうやら本当にまだ開場してはいないらしい。その事実は俺の苦悩を深めるばかりだった。
「マジか…?あれは本気で俺の妄想だったってのか…??」
これが本当なら病院へ行くのが懸命というものだ。
マンガ家というものが常日頃から珍妙な妄想に囚われがちだとはいえ、道の真ん中でそれに耽るなんてのは社会適応性を疑わざるを得ない問題である。
そんな事実をつき付けられて、ヘラヘラしてられるほど俺は楽観的では無かった。
「千堂さん?どうかしたんですの?」
「いや、大したことじゃあないよ…あははは……」
心配げな視線を向けてくる少女に、苦しい作り笑いで応える。これでは心配してくれと言ってるのと同じだ。
「…とにかく、会場に入りますの。サークル入場が終わっちゃいますのよ」
「そうだね……」
虚ろな返事を返しながら懐を探る。
しかし、指先に触れるはずのものが見つからない。いつもはここに入れるはずなのに。
慌てて他のポケットや、財布の中、鞄の隅々まで弄ってみた。しかし………。
「……ない」
「はにゃ?」
「……サークルチケットが無い」
「ぱぎゅう!?それじゃ千堂さんはサークル入場出来ませんの!?」
「………そうだね」
「そんな!それって大変なことですのよ!?」
確かにそうだ。こんなのはこみパを主戦場とする同人作家としては最悪の致命的ミスだ。
いくらプロになって頻繁に参加しなくなった俺でも、赦されることじゃあない。由宇に知れたら殺されても仕方ないだろう。
だけど、何故か焦る心は湧き上がらなかった。
「……なんかもう、色々ありすぎてどーでもいいかも」
「ぱ、ぱぎゅっ!?」
「俺、今日はもう帰っちまおうかな」
無責任は百も承知だ。だけど、気力が萎えてしまっている。
夢の中でとはいえ既に新刊も完売し、時間的にも半分ほど終わったはずの春こみパに疲れたのかもしれない。
それだけではなく、自分に夢遊病の疑いまであるのだ。こみパどころの気分じゃなかった。
「だ、だめですの〜っッ!!」
無気力に項垂れる俺の耳朶に、少女の一括が轟く。
びっくりして顔を上げると、目尻に涙を溜めた彼女は、俺を睨みつけるように凝視していた。
「千堂さんがそんなこと言っちゃだめですのっ!!」
「…………」
「千堂さんのマンガはたくさんの人に夢を見せることが出来る力があるんですの!そんなマンガを描けるんですの!!」
「…………」
「それは、千堂さんがいつでも真剣にマンガに取り組んでるからなんですの!わたしの……『御影すばる』のマンガなんかとは全然違うんですの!」
「…………」
「だから……だからこんなことぐらいでどうでもいいなんて言っちゃいけませんの!」
真剣な瞳で縋りつくように訴える少女。
その剣幕に呆気にとられていた俺も、熱っぽい瞳に絆されるように無気力に包まれた心を開いていく。
「……そうかも知れないな」
そうだ。俺はこれでもマンガのプロだ。マンガで食ってるのだ。命を懸けてるのだ。
自分の作品への責任感は、それこそ同人作家とは比べ物にならないくらい必要なはずだ。
その作品を、いくら信頼できる同志たちとはいえ、大志や瑞希だけに任せるなんてことは出来るはずがない。
「うん、そうだ。たとえ一般入場で午後からしか会場入りできなくたって!」
「千堂さん……」
俺は、大事なことを思い出させてくれた少女に向き直る。
だけど、ここまで親身になってくれたってのに、俺ってヤツはこの子をどうしても思い出せなかった。
「あ、あのさ……今更すごく失礼なんだけど…」
「ぱきゅ?」
「ごめん。俺、どうしても君のこと思い出せないんだ」
「ぱっ!?」
「ホンッとごめん!こんなにお世話になってるってのに」
「ぱ…ぱ…!」
「キミは俺の名前とか、サークル名とか知ってるみたいなのにね。俺ってば、心のどっかで増長してたのかな」
「ぱ…ぱ…ぱ…!!」
「だから…いまさらだけど、名前、教えてくれないかな?ああ、こんな無礼者は赦せないってんならしょうがないけど…」
「ぱぎゅううううううううううううううううううううっ!!?」
突然雄叫び(?)を上げた少女に身を竦める。だが、無礼を働いたのはこっちだ。殴られたって仕方ない。
俺は、マウントパンチの十発や二十発を覚悟する。しかし……。
「そういえばわたし、まだ名乗ってませんでしたの〜〜〜〜!!!」
「…は?」
少女の一言に呆然となる。どういう意味だ?
首を傾げる俺を他所に、少女は姿勢を正し、ぺこりと一礼した。
「わたし、御影 すばるっていいますの。サークル『新住所確定』を主催してますのよ☆」
「あ、ああ…。御影さんね。『新住所確定』か。よし!もう忘れないようにする。ごめんね?ホント」
「千堂さんとは今日が初対面だから知らなくて当然ですの」
「へ…?で、でも御影さんは、俺のこと知っ」
「『すばるちゃん』」
「…はい?」
御影さんの唐突な言動にまたも腰を折られる。
このマイペースっぷりは今まで付き合ってきた女性陣にはなかったものだ。
「千堂さんには『すばるちゃん』って呼んで欲しいんですの☆」
「いや、あの…」
頬を染めて恥ずかしげに身を捩りながらも、どこかしら有無を言わせぬ圧力を感じる。
「だめ…ですの……?」
一転して縮んで悲しげな表情を見せる御影さん。
しかしこの表情、なんかダメだ。なんでも言うことを聞いてしまいそうになる。
「あ、うん。別にかまわないよ。『すばるちゃん』でいいんだね?」
「うれしいですの〜☆長年の夢が叶いましたの〜」
いとも簡単に承諾した俺に、御影さ…すばるちゃんは文字通り諸手を挙げて小躍りして喜ぶ。
だけど、長年の夢ってのはちと大袈裟じゃないか?
「それでさ、すばるちゃんに聞きたいこ」
「それじゃ千堂さん、一緒に行きますの」
この、俺に発言の隙を与えない強引さは、由宇にも匹敵するものがあるような気がする。
こみパに出入りする人間には、やっぱ何処かしら似た部分があるのかも知れん。
「いや、だから……って行くってどこへさ?」
「サークル入場ですの。早く準備しないと開場に間に合いませんのよ」
「だって俺、チケットが」
「はいですの☆」
またも俺の言葉を遮り、ぱっとポシェットから取り出した何かを鼻先に突きつけてくるすばるちゃん。
それは紛れも無く、見慣れたサークルチケットだった。
「これって…すばるちゃんのサークルの?」
「『新住所確定』は個人サークルですの。ですから、わたしはチケット一枚で十分なんですの」
なんの衒いも驕りもなく、眩しいばかりの笑顔を見せるすばるちゃん。ちょっとだけ猪突猛進で強引に感じるけど、間違いなく良いコなのだ。
俺は、このコと仲良くしたいと、久しぶりになんの打算も下心もなく思った。
「知ってるみたいだけど改めて自己紹介するよ。俺は千堂和樹。よろしくねすばるちゃん」
スッと右手を差し出す。
俺の行動に一瞬だけ呆けていたすばるちゃんは、顔を真っ赤に紅潮させて慌てて俺の手をとった。
「は、はいですの!こちらこそよろしくお願いしますの☆」
何故か目尻に涙さえ浮かべて、俺の手を握りしめる。
―――――その涙に篭められた彼女の想いを、『今』の俺が知る由など無かった。