オレには家族とは何なのかが分からない、家族って……記憶喪失のうえ天涯孤独のオレには遠い言葉。
しかし、それでも安定した生活を送っているし…そこそこに楽しい日常を平穏無事に生きている。
でも、いつも見る夢だけが、心を不安にさせた……金色の瞳を持つ『誰か』の夢。
○
生徒がそれはもう山のように群れて押し寄せてくる……オレは笑顔で対処、これ基本ね。
「そんなに急がなくても、まだまだあるから安心しなよ……水野、英語の予想表三枚追加ね」
「はいはいって、りく……こんなに稼いでどうするの?」
親友の水野の言葉に、お客の相手をしながら、手でジェスチャー、猫の形をひょいひょい。
ああっ、と手を打って納得、ってゆーか、オレには趣味そんなんしかないしなぁ。
「ええーっ、その売り上げてテストの打ち上げとかとか考えないの?」
「そっ、この金は………寮で密かに世話をしている外猫たちのエサ代だからさ、はいはい、今日はこれで終わりだよ」
パンパンッと、売り残りが無いのを確認してお客……生徒達を追い出す、今日はここまでってね。
「ねえねえ、そんなに猫ばっかり世話するのも良いけどさー、りくって彼氏とか欲しいとかは思わないわけ?」
「……はっ?」
水野の言葉が理解できずに間抜けな声を上げてしまう、カバンを持ちながら言葉を噛み締める…何故かクラスの男子生徒の動きが止まったような。
気のせいだな。
「りくって、顔もいいし器量もよし、それなのに自然と男子のことは避けてるし、どーゆう事って意味…好きなタイプとかいないの?」
「好きなタイプ?……え、えっと……しいて言うなら子猫みたな」
「そうじゃなくてさ、真面目な話ぃ………アタシは心配してたり……興味ないわけじゃないよね?」
それはそうだと心の中で呟く、しかし、中々に男子…異性と話すのが好きなわけではないのも確か…友達としてなら良いけど。
施設時代は良く腕白な男の子達を世話してたりしたのだ、別に苦手ってわけでもないと思うけど……金色の眼をした人。
ふいに、浮かぶ。
「えっと、好きなタイプって言うか……金色の眼した人好きかも?」
「………うそっー、外人さんじゃんソレ…しかもりく…………はぁ、帰ろうか」
飽きられても困る、実際に、ほんの少しだけ『好みのタイプ』っぽい人が浮かんだのは確かなんだから。
オレって頭大丈夫かなぁ?
○
「あっ、丁度、フリーマーケットやってるみたい♪」
「へえ、オレってフリマ見るの初めてかも、ちょっと寄ってみようか?」
帰り道、少しながら興味の湧いたフリーマーケットの文字、おもしろそうだなと素直に思う。
「うん♪でもアタシたちって美人だからナンパされちゃうかもね☆」
「………どうだろう、水野は可愛いけど、オレは微妙だしな……な、なんだよ」
「いえいえ、他人にはあんなに世話を焼くのに……自分のことになると、とことん鈍いなーって」
少しばかりの皮肉が混じったその言葉にムッとなる……無視をして足を進める、いきなり人を指差して”鈍い”はひどい。
オレだって気分が悪くなるときはあるんだからな。
「あー、ごめんごめん、そんなに怒らないでよりく〜〜〜〜〜〜!」
何か一言ぐらい、文句を言い返そうとして後ろを振り向こうとして、トンっと肩が誰かに当たる。
あきらかにこちらが悪い、すぐに謝ろうとして、頭を下げようと……眼が合う、眩しいばかりの金色。
『ふんっ、気をつけろ……ん?何だ人の顔をジロジロと見やがって……俺様がスーパービューティフルなのはわかるが、貴様みたいになガキでは……』
息が止まる、何だろう、顔が熱くなるのを感じる……茶色の褪せた髪と、金色の瞳をした年上のその人は訝しげに腰を落とし、視線を合わせる。
人によっては凶悪に見えるほどの個性が見え隠れする顔、野性味あふれるその顔は何処か猛獣のようで、忙しく動き回る両目は子供のようで。
少し可愛いとか初対面で思ってしまう……う、うわ、な、なに考えてんだオレ!?
『………んん?………お前……』
眼が疼く、左目の奥のほうが痛い………ズキズキッ、懐かしいようで、甘い感覚……オレ、”この人”知ってる。
「ふんっ、こっちの言葉のほうがわかりやすいか、お前、陸か?」
ブァァアアアアアアアアアア、顔が熱くなる、彼に名前を言われた瞬間に、甘い感覚と苦しい感覚。
「う、う」
「あん?」
「うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
耐え切れずに全力で走った、それはもう、恥など投げ捨てて全力で……だって、恥ずかしかったから。
あぁ、もう、わけわかんねぇ。
○
「……な、何なんだあいつは……わけがわからんぞまったく」
「ランス兄さん……どうしたの?」
椎の奴がアイスを舐めながら、ひょこひょこと現れる……今まで何していやがった、ったく。
「いや、陸の野郎を見つけたんだが………俺様の顔を見た瞬間に顔を真っ赤にして逃げやがった、ムカムカ…けしからん奴だ」
「……何となく状況は読めたけど……ふーん☆、兄さんも罪に置けないって解釈でよいのかな?」
「むっ、意味がわからんぞ……ん? 皐月のバカはどうした?……」
そういえば、先ほどから姿が見当たらないことに気づく……こいつらの世話を何で俺様がしないとならんのだ。
ムカムカを抑えて問いかけると『さあ、迷子にでもなったのかな♪』との軽い返事。
「……あいつ、まさか、俺様の事を完全に忘れたんじゃないだろうな、陸のやつめ」
「それはないと思うけど?僕たちの事を忘れても絶対にランス兄さんのことだけは忘れないね……これ、本当だから♪」
理由を問いかける前に椎の野郎がアイスを差し出して来やがった……ちっ。
○
『「ふんっ、こっちの言葉のほうがわかりやすいか、お前、陸か?」』
息が荒い……自分の名前を言われた瞬間に、頭の中が真っ白になって…何処かに意識が飛びそうだった。
ふらふらする……うぅ、何なんだよ、これ……つーか、誰だあいつ………金色の瞳をしてるなんて、冗談で言ったのに。
息を整えようとすると、あいつのニヤついたような笑みが頭に浮かび、首をふる…絶対にあれはまともな人じゃない、関わらないほうがいい。
でもまた会いたい?
「ってああああああああぁぁ、もう、何考えてんだオレッ!?あんな極悪面が好みなわけないだろっっっ!しっかりしろ深川りく!」
『……うっせぇ奴……こっちの世界にも変な奴がいるんだな…………ん?』
どこかの外国の言葉……のように聞こえたが意味はちゃんと理解できる、そんな言葉を発しながら横を通り過ぎようとした男は止まる。
不思議そうにこちらを見つめた後に、胸にぶら下げた石のようなものとオレを何度も見比べて、目を大きく見開く。
『陸ッ!テメェ陸なんだなッ!オレだッ、皐月だっ!くそっ!五年間も何処で迷子になっていやがった!』
胸倉を掴まれて押される、背中に感じる冷たいコンクリートの感触と呆然としてしまう意識、何を言ってるんだこいつ?
つうか、何でこんな理不尽なことされなきゃならないわけ?
「ッ、何だよこの眼帯!銀髪で眼帯なんてどこぞのコスプレかよっ!ってかはなせよ!」
女と男の腕力の差が恨めしく思う、絶対にはなさないといった感じで、体を掴まれて、身動きが出来ない。
くそっ、はなせよっ!
「はいはい〜〜、そこまでだよ皐月、兄妹とはいっても、相手は女の子なんだからね〜」
何処からか現れる、人のよさそうな……掴み所の無いような感じを受ける少年、こちらのほうも危うい格好。
な、なんなんだ一体?
「……よう」
ぶすっとした顔でさっきの『悪人面の人』も顔を出す、物凄く機嫌の悪そうな……怒ってる?胸が痛い。
何だか、謝りたいような、変な衝動……お、オレは何にも悪いことしてないぞ!?
「双葉、向こうに帰るぞ……皐月、俺様が許す、その馬鹿を放すんじゃねぇーぞ」
ギロリと睨まれて、逆らいがたいものを感じて顔を下に向く、無茶苦茶だ…こいつら無茶苦茶。
しかもまた新しく、兎の耳のようなアクセサリーをつけた奴が変な呪文を唱えながら『任せるのだ』と手書きで…喋れないのか?
「ちょ、あんたら一体何なんだよッ!新手の人攫いか何かか!?」
「ホントに全部忘れてるんだ………僕たち、あっちのウサ耳の双葉、こっちの銀髪の皐月、そして僕が椎、君の家族だよ☆」
少し軽薄そうな、そんな椎と名乗った少年の言葉に頭が真っ白になる……へっ、家族………お、オレの?
「じゃ、じゃあ、その人は?」
ウサ耳の双葉の呪文が終わると同時に、目の前に出現した障子を疑問に思いながらも、それだけを何とか問いかける。
その人はムスッとして、”ちっ、忘れてるんだったらもっと綺麗なねーちゃん達と遊んどけば良かったぜ”…なに?
「ああ、この人はランス兄さんで、えっと、陸の婚約者」
「……ああっ、そうなんだ……って、なにぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」
世界が変わる瞬間に、オレの叫びがその境界で、木霊した。