これを読まれると、作中の表現により不愉快な思い等をする可能性がございます。極力減らそうとは思いましたが作品の雰囲気の為にグロい表現を多少含む事を避けられませんでした。その事に了承された方のみこの先へお進みください。
目を開ける。ただそれだけの行為が酷く面倒で億劫な物に感じる。
気だるい体の疲れにまだ眠っていたいと体が訴えているが、外界の聴覚情報がそれを邪魔をする。しかたなく安部はゆるゆるとその瞳をあけた。
暗い。夜の闇がそこに広がっていた。星明りも届かない。なぜならここは自分達がねぐらに使っている廃ビルの中なのだから。それでも意識して見ようと思えば、容易くその闇は狂った内を曝け出す。
白、ぼんやりと揺らめくそれは女の裸身だ。それに跨りせかせかと腰を振る男のケツが見える。
「おらっまだお寝んねすんには早いんだよ! 起きて腰ふれっ腰!」
確かこの声はシルバーといったか、20にもなっていない若い男の声がする。なるほど、このケツは奴の物か。
彼の事はハンドルネームくらいしいか知らないし、自分も知らせていない。本名なぞは知らないし知りたいとも思わない。それは彼に限った事ではないが。
シルバーの罵声が安部の安眠を邪魔する。どうやら、未だに玩具と遊び足りないようだ。
元気な奴だ。安部は思う。それとも今日始めて味わった肉の快楽にすっかりはまってしまったのか。
安部とて、女を抱いたのは今日が初めてだったのだが、だからといって何度も味わいたいと思うほどはまってはいない。
――こんなものに比べれば、あの快楽の方が数段上だ
そう1人ごち自分の手の平を見つめる。
まだそこに、赤い液体がこびり付いているような錯覚を覚える。粘っこい液体の芳醇な香り、舐め取った時の甘美な味わい、断末魔の叫びの調、之に勝る快楽はない。絶対者を気取っていた下種たちの、自分を支配し束縛する事を当然とする両親の哀願と悲鳴。これに勝る歓喜はない。
一本一本指をへし折ってやった。助けてくれ、許してくれ、そう叫ぶ彼らに微笑みを張り付かせながら行う行為のなんて素晴らしい事か。
まざまざと思い起こす事が出来る。
自身の男性器が勃起している事を感じる。このまま殺人の瞬間を思い出すだけで射精してしまいそうだ。そうしてもよいのだが、代えの下着を用意するのが面倒でもある。
安部は取りあえずは甘美な世界から帰還すると、他の仲間たちの方へ視線を向ける。
女を抱いているのは、もうシルバーだけのようだ。曹長とジャモジはそれぞれ離れた位置で壁に寄りかかりハッパをふかしている。犯り疲れたのか、それとも飽きたのか。たぶん自分と同じ理由だろうと安部はあたりつける。
目が、同じなのだ。目の前で女を犯す事に終始するシルバーを冷ややかに、愚物でも見るように見つめるその目が語っている。
”そんなものより凄い快楽を、俺は知っているんだぞ”彼らの目は、そして自分の目はたぶんこう語っているのだろう。
「腰ふれって言ってんだよ! この雌豚がよぉ!」
「おいおいシルバー、雌豚ってお前変なの見過ぎじゃねぇの?」
ジャモジが馬鹿にしたような笑みを張り付かせてシルバーを揶揄する。
「あ、やっぱりそう思う? いっぺん言ってみたかったんだよね、雌豚」
「どうでもいいけどよぉシルバー、そいつもう死んでんじゃねぇ?」
「え、嘘マジ? うわっホントだこいつ息してねぇや」
今更気づいたのかシルバーが女の死体から離れると、薄気味悪そうにその、すでに肉の塊と化したそれを見つめる。
「うげぇ、俺死姦してたのかよ。ネクロフィリアってんだっけ? うげぇ気持ち悪!」
「まぁ朝から晩まで休み無しで3日も続けりゃ死んじまうだろうさ」
大げさに嫌悪を露わにするシルバーに答えてやりながら、曹長が冷めた瞳で死体を見つめる。その瞳が言っている。
”どうせ殺すなら、ちゃんと楽しみたかった”と。
同感だ。どうせ殺るなら悲鳴を聞きながら血を嚥下し、哀願を聞きながら殺すのがいい。こんな、栄養失調による衰弱で静かに死ぬのなぞ何も楽しくない。
ただ、あの悲鳴を聞きながら犯す楽しみは、少しだけ認めてやってもいい。そう、思った。
「曹長、ハッパある?」
体を起こしながら聞いてみると、曹長は黙って紙巻煙草を一本投げてよこした。手を上げるだけで礼を言うと100円ライターで火をつける。
吸って、灰に貯めて、快楽がじわじわと体に触れるのを待つ。そして、待ち望んだものが届いたら思いっきり吐き出す。
視界がぐにゃぐにゃと不定形に歪み、世界が原色に染められる。
ハッパも悪くない。
セックスも、まぁ及第点だった。
だが、やはりあの殺人の快楽にだけは、それらは決して届きはしないのだ。
快楽に煙る思考は、すでに代えの下着のことなぞ心配せずに、あの最高の2日間の事へと飛び立った。
切っ掛けは、実に唐突でドラマチックに起こった。今でもそれを思い出すとき、彼はあの男こそ天が自分に使わした天使の類だと信じたくなる。
いつものように、くだらないクラスメイトと愚かな授業を聞くふりをして、時間を潰した。それから女とヤクの事しか頭にないような下種どもに金をたかられ、小突かれまわされながら親の財布から掠め取った金を渡す。
帰宅すると、二言目には良い大学と良い就職と狂ったように唱える母――この生物を安部は愛を込めて狂信者と呼んでいる――に塾へと追われ、また学校と同じ事を繰り返す。
日が落ちて大分たってから帰宅すると、白豚と密かに呼んでいる父という生物が狂信者と人外バトルをしていた。汚らしく唾を飛ばしあいながら相手を罵り合う姿は、余命を全て使ってでも相手を打ち負かそうとしているかに見えた。
流石に、五月蝿いしとばっちりが来るのも面倒だったのでさっさと部屋へ戻る。それから帰りに買っておいたコンビニのおにぎりと麦茶で夕飯をすますと、塾と学校、両方の宿題と予習を手早く済ます。
それから就寝する。
何時ものように流れて何時ものように糞ったれだった1日は、そうやって終わるかに見えた。
「よう、坊主。反吐が出るような夜だな」
なんて、そんなふざけた言葉が耳に届いた。
驚き身を起こす安部の目の前に、その男は宙に浮かびながらにたりと笑った。
男、刺青を施した上半身を隠すことなくさらけ出したその男は、自身をピーターパンだと名乗った。
聞いたことがある。くだらないクラスメイトどもが、いつだったかその話で湧いていたのを薄ぼんやりと安部は思い出した。
「てめぇ様をイッちまう程イカしたネバーランドに連れてってやろうと思ってな。俺様自ら来てやったってわけだ」
なにがそんなに可笑しいのか、げらげらと笑いながらそう言って何も無い手の平を安部に向ける。
すると、腕に彫られたタトゥから光が走ったかと思うと、それは蛇のように男の手の平へと這い進むと弾けて消え、後には黄金色に輝く粉末が在った。
「こいつを飲み込めば、てめぇ様は超人になれる。どいつもこいつもぶち殺せるだけの力が手に入る。どうだすげぇだろう」
そう、怪しく笑う怪人に、半ば飲まれながらも異論を唱える。そんな怪しい物なぞ飲めない、と。
すると怪人は、笑みを一層強くすると、こう言った。
「くだらねぇ世界をぶち壊したくないのか」
と。
それが決定打だった。
もとより失うものなぞ無いと思っていた。全てくだらないと思っていた。ならば壊してもなんら問題はないと思った。
阿部はそれを、その場で全て飲み干した。
変化はすぐに訪れた。そして劇的だった。
周囲の雑踏が大音声で聞こえてきた。下の階の両親の喧嘩の内容がすぐそこでやっているかのように聞こえる。隣の家の夫婦のセックスの喘ぎ声が聞こえる。近くのコンビニで、バイトが欠伸をしている。
体中を力が這うのが分かる。ためしに勉強机を軽い力で叩いてみると、凄い音を立てて2つに割れた。
見えていないはずなのに、後ろすら見渡す事ができるようだ。
白豚の酒臭い息を、外の雨上がり独特のアスファルトの香りを、部屋にいながらにして嗅ぐ事が出来る。
とんでもない情報量に、一瞬パニックになりかけるもそれすらすぐに収める事ができた。五感の情報をことごとく統制し、要不要に区分けして必要な物だけを抽出する。
全能感とでも言うものが体を包む。生まれてこのかた、之ほどの幸福を味わった事があるだろうか。
安部は静かに手のひらを開閉させると、その喜びを高らかに叫んだ。
声は衝撃となって窓を震わせ教科書を吹き飛ばし、部屋の中を滅茶苦茶に駆け回った。
何事かと、喧嘩を一時中断して部屋に駆けて来る両親の足音が聞こえた。
「俺を失望させてくれるなよ」
ピーターパンは、最後にそれだけ言うと現れた時と同様に唐突に去って行った。
阿部は1人口を歪ませる。いい顔で笑えているだろうか。あの男のように狂ってイビツな、素敵な笑みを。
――嗚呼、最高に魅せてやろうじゃないか
両親の手は、まさに部屋のノブを握った所だった。
それからは実に簡単であった。だが、最高に素敵な時間だった。
いつもは妄想するだけで終わった事を、全て現実にすることが出来たのだ。
1日目で、醜く喚く白豚を引裂き、甲高い悲鳴を上げる狂信者を圧殺した。2日目であの下種どもをミンチにした。
どれもこれもイッてしまうほどの快楽を安部に与えてくれた。
そらから、ふと気づく。自分の他にこんな風になった連中がいるに違いないと。
ピーターパンの話は噂になるくらいなのだ。自分のようになった連中がいてもおかしくは無い。
早速安部はネットである有名な掲示板に書き込んだ。
ネバーランドへ逝った基地外たちへ。
そう書き殴った板へ、何人もの書き込みがあった。大概は冷やかしであったが、それでも安部は慎重に、根気強く仲間を探した。そして見つけたのが、シルバーであり曹長でありジャモジだった。
慎重に連絡をとり、会合のセッティングをして会ってみれば3人とも年齢も容姿もばらばらな男たちだった。ただ、その身にまとう力と鈍く光る瞳が彼らに、そして自分に共通するものだった。
オフ会、というかなんというか、変なテンションになった自分達は街で見かけたそこそこ綺麗だと思う女を捕まえ、付近の廃ビルにしけこみ今に至る。
「もう1人か2人攫ってくっかぁ」
死体を蹴転がしながらシルバーが言う。
下らない奴だ。まだ肉の快楽が欲しいとみえる。
このグループの中で、シルバーだけが浮いている事に本人は気づいているのだろうか。
力を手に入れたとはいえ、シルバーだけがまだ殺人の快楽を知らない。小心なのだろう。実に小物だ。これだけ素晴らしい力があると言うのに、まだ人間なんていう狭い視野で物を見ている。
こいつは、捨てるべきかもしれない。そう思う。一緒にいても共感できるものを感じないし、なにより足手まといになる。いつか来る奴との戦いに、こいつは使えないだろう。
奴、それの存在を考えるだけでわくわくする。
いつの間にやら書き込む人数も増え、何人か”本物”がまじるようになった板に流れ始めた噂。
フック船長と呼ばれるそいつは、ウエンディ――ピーターパンに会い、覚醒した者をいつしかこう呼ぶようになった――を狩る化け物だ。
蒼い人魂を引きつれて現れ、超人たるウエンディと同等の力をほこりそれを殲滅する。
そいつに会って生き延びた者は少なく、さらに書き込みをして数日後には確実に板に現れなくなる。
いつしかフック船長の話題はタブー視されるようになった。恐れ始めたのだ。超人たるウエンディたちが、男か女か、さらには個人か組織かもわからないその存在に。
だが、自分は恐れない。安部はいつかと同じように手の平を開閉させる。
殺人の快楽は、強烈だ。それは、相手が強ければ強いほど濃度を増す。両親を殺した時よりもあの下種どもを、自分が絶対者だと勘違いしている分だけ殺した時の快楽は増える。
フック船長はどれだけだろう。ウエンディたちを数多く屠って来た奴はどれだけ傲慢な面をしている事だろう。その上から見下ろした面を、恐怖と絶望に塗り替える瞬間を考えただけで身震いしてしまう。
――嗚呼、楽しみだ
舌なめずりをして、その瞬間を夢想する。
その時、それは起こった。
「え、あ?」
誰かの間の抜けた声が響いた。安部たちはお互いの顔を見回す。と、ジャモジだけが目をあわそうとしない。
奴の胸から何か黒い筒のような物が生えている。それはまるでそこに在るのが当然とでも言うように、壁を突き破り胸を貫きそこに在った。
「フックだ!」
叫んだのは誰だったろう。自分だったような気がしたし、はたまた曹長だったかもしれない。
ジャモジの首がかくんと折れる。同時にコンクリの壁が豆腐みたいに易々と四角く切り裂かれると、ジャモジの上に倒れた。そこから黒い影がずるりと入り込む。
そいつに向かってありったけの力を込めて腕を振るう。音速を超え大気を切り裂き、真空波を発生させる。それは男に向かい一直線に走るとそいつを切り裂いた、かに見えた。
「え、ひっ、ぎゃあああああ!」
悲鳴は、影からではなくシルバーから発せられた。
事態についてこれず、いまだ粗末なものをぶら下げたままだったシルバーが首根っこを捕まれて盾にされている。影は真空の刃を、見ることの叶わぬ凶刃を、まるで見えているかのように正確に見切り盾で防ぐ。
使えないだけではなく足まで引っ張る。安部は舌打ちした。ボロクズのように引裂かれたシルバーへ向ける感情などそれだけで終わった。悼む必要など感じない。
それにしても信じられ無い。己が攻撃を防がれた事に尊敬の念すら安部は覚えた。
真空の刃の真骨頂は早さでも切れ味でもなく、不可視であると言う事だ。見えないものは避けようが無い。正面から放ったならまだしも、横っ面に奇襲じみて放った一撃、避けれるはずが無い。それをこの男は、まるで見えているかのように巧みに盾を繰り防いだ。
いやまさか、見えているとでも言うのか。
影が死体となったシルバーを此方に投げる。それを腕の一撃で振り払う。耐え切れず死体が胴から真っ二つに裂けた。血煙る向こう側に影はない。
「清明!」
曹長の警告を聞いて地に伏せる。頭上を酷く重い一撃が通り過ぎる。髪の毛が数本巻き込まれ千切れた。同時に転がり離れた。
「くたばれっ」
曹長の声と共に床に散らばる無数の小石が、弾丸となって先ほどまでいた場所に殺到するのを見た。上下左右、逃れる隙間も無いほどの全方位射撃。影にそれは直撃した。小石が肉を貫く音が鈍く響く。
それが、数秒続いた。
――殺ったか?
飛礫に粉塵舞うそこに、影の姿を確認する事ができない。あれだけの攻撃を喰らったら自分でさえ無事ではすまない。
だが、曹長は警戒をとかない。
軽く目で問うと、首を振ることで答える。わからない、らしい。その表情から手ごたえはあった事がわかるが、それでも分からないと言うのだ。
油断するべきではない。一瞬にして2人もやられたのだ。
――聞きしに勝る化け物だぞ、こいつは
化け物のウエンディたちから、さらに化け物と呼ばれる理由がやっと分かった。確かに、化け物の中の化け物に相違ない。シルバーは出来損ないとは言え、ジャモジは安部に迫る、いや安部を凌ぐ実力者だったのだから。
曹長と安部は遠巻きにそこを見つめる。恐ろしくて、とてもそこに攻撃を仕掛ける事ができない。藪を突付いて蛇を出したくないのだ。
どれだけ時間がたったろうか。10秒か、1分か、それとも一時間か。じっと煙が晴れるのを待つ。出来る事ならそこに奴の穴だらけの屍骸が転がっている事を願って。
「ひぎゃっ!」
しかし、それは叶わなかった。
おかしな悲鳴を曹長が上げる。見れば、案山子のように突っ立ち舌を出し、びくりびくりと痙攣している彼の姿が在った。まさしく案山子、その股から脳天へ一本の黒い棒がつき立っている。それは、コンクリの地面から生えて曹長の股から入り、脳天へ抜けている。
もう、なにも考えられなくなった。意味の無い絶叫と、泡を吐き散らしながら滅茶苦茶に腕を振るい、全方位に向かって真空波を叩き込む。自分の周りに円を描くように1発、2発、3発、4発、と。超人である自分が疲れ果てるほど、大気のうねりに粉塵が晴れるほどにそれを行い続けた。
煙の晴れたそこには、棒に寄りかかるようにして真黒のコートを着た人影がいた。それがよろめくと、どうっとうつ伏せに倒れ伏す。
――や、やった?
半信半疑、おぼつかない足取りでもって、その影に近づく。
影はどうやら女だったようだ。髪が長くて、体つきもコートの上からでもわかるほど、女らしい体つきをしている。
今ではその体も、安部の攻撃でずたずたに切り裂かれて手足はもう千切れかけている。
勝利の確信を抱くと、つい乾いた笑いがこみ上げてきた。
やった、やったのだ。ウエンディたちに絶対の恐怖と絶望を刻み続けたフック船長を、自分が、この自分が討ち取ったのだ。
どれ、顔でも見てやるか。そう思いつきその屍骸を足で蹴転がす。髪が邪魔で顔が見れない。腕を軽く振るってそよ風程度の風を作ると、顔にかかった髪を退ける。
大分整った顔だ。かなり安部好みの容姿をしている。生前ならば、思わず攫いたくなるほどの美人であったろう。だが、今はその顔はどこか疲れ果てた者特有の気だるさを持っていた。唇が乾ききっている。目が落ち窪んで。
――って違
気づいた時には遅かった。
安部は、生まれて初めて自分の腹が爆ぜる音と、内臓の焼かれる痛みを腹いっぱい味わい意識を手放した。
雷穿甲を使った後独特の、硝煙と肉の焼ける匂いが部屋を占める。
奥の手、敵の身を焼くと同時に自分の拳すらも焼くそれは正しく奥の手と言える物だ。
羽村は傷の痛みに荒れる息を抑えながら、足元に転がる骸を見下ろす。
骸は、見かけ上は生きていた時となんら変わりはなかった。唯一つ、わき腹にできた小さく穿たれた穴を除いては。それこそが、組織によって手を加えられた新しい雷穿甲の真骨頂であり奥の手たる所以だ。
結界の中でなら鉄壁、結界を張らずとも人とは比べ物にならぬほどの強固な皮膚を光狩は持つ。日々進化、強化されるそれに対抗するには、今までの火薬の力だけで敵を撃つ雷穿甲では役不足だった。かといって、装備者に帰ってくる反動を考えれば之以上の火薬の増装は命取り。
ならばと考え出された術が、この小さな穴だ。今までの威力で殺せぬのならば、その力を一点に集中させれば、と。それは皮肉な事に人が人を殺す為に研鑽した術の応用、いや、それそのものであった。
対戦車砲弾に使われている技術、モンロー効果を使ったそれは、爆発の力を一点に注ぎ強固な防壁を貫き、内部の柔らかな部分を焼き尽くす。
骸は表面上殆ど変化が無いように見える。だが奴の内部は、対光狩用に加工された火薬が内臓、骨、全てを焼き尽くしているだろう。皮肉にも強靭な外皮がその内部の力を押さえ込んでいるがゆえに威力は絶大だ。逃げ場の無い力が内部で駆け回り対象者の中身を煮込んだスープのようにどろどろにする。
舌打ちをする。威力の方は申し分ない。確実に命を狩るそれは技術部に感謝こそすれ恨む筋合いなぞ無い。
問題は、自分が手加減できなかったという事だ。殺すはずではなかった。いや、少なくとも奴の情報を聞き出すまでは生かしておくべきだった。
だが、負わされた傷がそれを許さなかった。油断や余裕をもってあたれる相手ではなかった。深度Cとは思えぬ力だった。少なくともCプラス、もしかしたらBマイナスに迫ったかもしれない。わき腹を裂いた傷が、全身に穿たれた銃創じみた傷が、じくじくと疼く。
いくら自分の能力が”重ね”と呼ばれる一種未来予知とも呼べる物であっても、全方位から迫るものや狙いも付けずに撃たれた攻撃は避け辛いものがある。これらの傷も、そうやって負ったものだ。
それでも、手に入れた物は少なくない。10数人分ともいえる魂、夢、これだけのものが奴に届く前に霧散したのだ。
奴の悔しさに歪む顔を想像する。楽しみにしていたプレゼントを横取りされたようなものなのだ。さぞや悔しい事だろう。そう思うと少しだけ溜飲も下がるというものだ。
こうやって、奴に届く前に手下どもを殺して回るだけで、いつか奴は姿を現さざるを得なくなるだろう。人の魂と夢は、それだけの価値がある。奴にとっての娯楽であり食事なのだ。取らねばいつか奴は餓死を避けられない。
白衣の女の言葉を思い出す。
「ようするに、彼らは働き蜂であり、また、ミツアリのタンク役でもあるのだよ」
理解できないといった顔をしていたのか、女は続けて言った。
「ミツアリ、オーストラリアに分布する蟻の一種で、花の蜜を回収し、巣の中に待機する働きアリをタンクにしてそれを蓄える。タンク役のアリは腹を大きくふくらませて巣の天井にぶらさがり、仲間のために蜜をため続ける」
学校の教諭のようにスラスラとその生物に対しての講釈を垂れる。
「つまり、彼ら、君たちが光狩と呼ぶ者たちは君の宿敵の為に人を狩り、それを蓄える貯蔵庫の役目をしているんだよ。自覚の有無は知らないがね」
彼女はそう締めくくった。
だらか、自分は彼らを殺し尽くす。ひとつひとつ、タンクを、狩り手を潰していけばいつか巣の奥底にいる奴を引っ張り出す事ができると信じて。
羽村は痛みにふらつく足を叱咤しながら、1つ1つ確実に骸の心臓を潰して回った。そうしなければ、彼らは真の死を迎えない。活動しなくなったタンクとしてそこに在り続けるからだ。
その途中、女の骸が目に入った。陵辱の限りを尽くされ、息絶えた女の瞳が恨みがましく自分を見ているような気がした。
羽村はもう一度舌打ちした。それは暗闇の中、酷く大きく響いた。
――後書き――
ここまでこの変な物を読んでくれた皆様、どうもありがとうございます。今回はかなり作者の趣味全開でお送りいたしました。
え、こんなのグロじゃない? ええそうですね。でも不愉快な思いはするかもしれないかなぁと思いまして。それで叩かれたら一生立ち直れないなぁと・・・チキンなんです許してください;;
まぁ話としては蛇足気味だったので3,5なんて中途半端な題にいたしました。話としては3話で羽村が向かった現場の、光狩視点のお話。また読者様が減る予感がぷんぷんする。(主に白様が・・・
4話を書こうと思ったのですが筆が進まない&事情により少しの間PCに触れないので、存在を忘れられないように自分のために書いた作品でも投下しておこうとか思ったのです。はいごめんなさい;; ぶっちゃけこれは公開する気はなかったものです。
注釈・モンロー効果ってのは別にマリリンモンローとかギャグではゼンゼンございません。実際に戦車砲だったり対戦車兵器の弾とかに実際使われている技術でモンローさんって人が提唱したものらしいです。それを人サイズに転用できるかどうかは専門家でもないので微妙ですが、できたら格好良いなぁと・・・妄想です、はい。
白様>相変わらず自分の作品なんぞに貴重な時間を割いて感想までつけていただきアリガトウございます。もう自分と貴方様の為だけにこの小説を書いているといっても過言ではない!!
必要不必要を整理しつつ、納得できるもの・・・むずかしいもんですねぇ。自分の為だけに書くとただの自慰小説に成り下がるし(この話みたいに)、読者様の事考えるっていってもどういう物を望んでいるのかさっぱり分からんし;; 自分の作品に納得出来るのは当分先のようです。