肉の交わる音がする。女の嬌声が耳に届く。男の哄笑が脳を揺さぶる。鈴の音の響きが背筋を駆け上がる。
――嗚呼、またこの夢か。
静かに瞼を開ける。
目の前にタトゥーを体中に彫った男と、それに組み敷かれるうつ伏せの女が在る。
獣のような格好で交わい、共に口から泡を飛ばしながら唸る。
男は怨敵、女は想い人。
女は男に貫かれる度に嬌声と涎を吐き散らし、更なる快楽を男にせがむ。男は男で、女にせがまれる度に嬉々として腰を振りたくり、女の体を撫で回す。
「本当にてめぇは可愛いなぁ。弄くれば弄くっただけ反応が返ってきやがる」
鈴の音が響く。
「ちりんちりんってなぁ。いい音を立てると思わねぇか?」
誰に向けた声なのか、男が女性器の付近を弄りながら声を上げる。
また鈴の音が鳴る。
「新しいピアスはどうだい、マコトちゃん」
女の耳朶を舐めながら意地悪く問う。
「いい、いいですぅ。ちりんちりんって、ご主人様が動くたんびに、動いて、響いて、マコト、感じちゃう」
女が、その見かけには反して童女のように、しかし酷く淫靡に言葉を繰る。
こんな女性ではなかった。
彼女の、何時も凛と立つその姿に憧れを抱いた。美しくさえ見える戦う姿に、目指すべきものを見た。だからこそ、いつか背中を任せられる男になりたいと思った。
守りたいと思った。
その彼女はすでに以前の面影も無く、理性の感じられない瞳でもって男に与えられる快楽を浅ましく貪る。
「きゅうきゅう締め付けやがって。ケツの穴がそんなに気持ちいいのか、よっと!」
肉が肉を叩く音が一層高く部屋に響く。
「ひっ、駄目、それだめぇ、いっちゃう、いっちゃう、いっちゃうよぅ」
クスリによるものか、それとも術によるものか。今の彼女からは以前の彼女を感じられない。
男の貪り喰らうような責めに、いつしか女は甲高い悲鳴を上げて突っ伏した。
部屋の中を、男女の交わった証である甘ったるい匂いと、荒い息遣いだけが支配する。
「悔しいか」
唐突に、怨敵が不意に此方を目だけで見て、嘲りも露わに、侮蔑も露わに、自分を罵る。
「惚れてたんだろ、この女に。どうだ、惚れた女を目の前で犯されるってのは」
罵りに答える事は無い。答える術は無い。
「けっ。吠える事もできなくなったか。屑野郎め」
罵りを受け入れる。
何故なら之は罰なのだから。そう自分に言い聞かせ、目の前の光景を見続ける。
男は自分が何も反応を示さない事で興味を失ったのか、すぐに視線を女に戻す。
「そら、マコトちゃん第4ラウンド、ってか5だったか? まぁどうでもいいか。おっぱじめようぜぇ」
男は性器を抜く事もなく、また行為を始めた。
肉のぶつかる音、彼女の嬌声、男の哄笑、鈴の音の澄んだ音がまた部屋を支配する。
それを、男は見ていることしか出来ない。
涙は流し尽くし枯れた。喉は叫び果て潰れた。
守れなかった罪。逆に守られ彼女を犠牲にしてしまった罪。ならば、罰を受けるべきなのだ。罪は罰を受ける事で償われる筈なのだから。
前を張り型に、後ろを男自身によって貫かれ、嬌声を上げる彼女を見つめながら、男は、自分の罪が許される事をただ祈った。
そうして、羽村は目を覚ます。見慣れた悪夢は、体をじっとりと包む汗は、自分への不快さのあらわれだ。
夢が悪夢としてあるのは、そこに自分の汚らしさを客観視できる部分があるからだ。
この悪夢に教えられた。自分が、ただ救われる事を、彼女を救おうと思う心よりも強く願ってしまっていたという事を。
これは楔なのだ。そう、羽村は思う。または誓いの再確認か。
自分の弱さと汚らわしさは、怨敵の対するものにも勝る怒りを羽村に抱かせる。
拳を軋むほどに強く握り締める。分厚くなった手の皮が擦れ、ぎちりと鳴る。
息が荒くなる。
自分と、奴への怒りに心を浸す。彼女を取り戻す瞬間を夢想する。それだけで体を心地よい力が包む。
昨日は散々だった。昔馴染みに会った、ただそれだけで己の所業に疑問をもってしまった。目の前に奴の尖兵がいるというのに、それを殺す機会をみすみす逃してしまった。
――今度は、そうはいかない
己への誓いを再確認する。力を張る。奴を殺す為なら、彼女を助ける為ならば幾らでも殺し尽くしてやろう。最善ではないだろう。けれども最短であろう手段を自分は選んだのだから。
自分は、確実に奴に近づいているはずだ。あの刺青姿の光狩に、確実に。
上体を起こすと周りを確認する。
この部屋をあてがわれた当初からある机、その上にあるデジタル時計、小型の冷蔵庫、それと今寝ているベッド。それがこの部屋にあるものの全てだ。
買い足そうとも思わないし、その必要もない。
訓練に必要な設備は自分の組織が勝手に用意するし、装備の類もまた同様だ。ここはただの狗小屋だ。走り回り、獲物の匂いを探り、狩り立て、牙を突き立てる。そうして疲れ果てた狗が雨風から身を守るためだけに在る場所、之以上の物を望むべくもない。
羽村はベッドから起き上がると軽く伸びをして、体をほぐす。それからポケットの中に入れっぱなしだった携帯を確認する。
着信は無し、メールの受信が一件。
メールを開くと、ざっと目を通す。
送信者は、田中と呼ばれる中年の男性から。もちろん偽名だろう。しかし、そんな事は知ったことではない。
内容は本日行われる任務の時間と場所、それらが簡単な暗号でもって書かれていた。
今日の獲物は複数、おそらくは全て深度C以上と見られている。0200時現着。現地へは202を使い向かう事。場所は……。
デジタル時計は22時半を示している。現地はそう遠くない廃ビルの一つ。あの男の車を使うなら余裕をもってつける時間だ。
先日の少女は深度Fと言われた。成り立てであった事と、まだ人を食らっていない為ろくな抵抗を受けることなく無力化することができたが、今日はそうは行かないだろう。
少なくとも人を数人食らい、しかも一ヶ月以上覚醒から時間が立ったと見られる者を雇い主たちはCランクと診断する。
手傷を負うことを覚悟しなくてはならない。かといって勝てない相手ではない。
そう判断すると、枕元にある手袋、もはや篭手と表現するに相応しい得物をはめる。そう、得物だ。身を守る物ではない。
符を焼いて作った灰を混ぜた火薬は光狩に接触した瞬間、皮膚を貫き内部を焼き尽くすだろう。生娘の髪を溶かし込んだ鋼は分厚い筋肉を潰し尽くすだろう。鋼線を呪によって織り込んだそれは光狩の牙と爪を数瞬遠ざけてくれるだろう。
光狩を討つ事を生業とする特殊な力を持つ者達、火者。その教育機関かつ対光狩組織たる”里”においての異端、無能力者達が独自に開発し、研鑽した究極がそこにあった。
それをぎちぎち音を立てながらはめる。血と鉄と、そして火薬がつんと香った。
彼女が愛用していた得物。羽村が頼りにする奥の手にして第二の相棒だ。無能力者の為に作られた対光狩用格闘武具、その名を雷穿甲という。
立てかけておいたもう一つの相棒を手に取る。
無形の剣、そう呼ばれる武器。己の成長と供物として捧げる希少石の組み合わせによって、ほぼ無限の可能性を秘める異形の剣だ。羽村の能力に目覚めたその日から、片時も離れることなく在る相棒だ。
羽村は相棒たちを手に立ち上がると、早速202に連絡をし出発の準備をさせる。
軽く体を温めて準備をすることにする。体と、得物の状態のチェックは欠かさずにしている。そうしなければ生きてはこれなかっただろう。これまでも、そしてこれからも。
床に投げ出したままのコートを拾い、袖を通す。そこかしこに暗器を仕込んだそれは、体にちょうどいい重みを与えてくれる。
「マコト」
愛しい少女の名前を呟く。
彼女自身をこう呼んだのはただの一度だけだった。互いに名字で呼びあっていたので、そう呼んだ時は違和感と可笑しさに2人で微笑んだものだった。
雷穿甲が軋むのを構わず、拳を硬く握る。
「マコト」
いつか、彼女を前にそう呼べる日が来る事を願う。いや、呼べなくてもいい。失望され、嫌悪されて当然の事を自分はしたし、今やっていることも彼女の望む事ではあるまい。自身を救う為に、光狩に取り付かれたとはいえ、人を慈悲もなく殺すことなど望む人ではなかった。むしろ、そうい者を救いたいと力を振るった彼女だったのだから。
無形の剣が、唸りを上げるようにのたうつ。
「マコト」
扉を開けて、訓練所へ向かう長い廊下を進む。
涙は、流れない。ただただ彼女の笑顔だけを願った。
――あとがき――
こ、こっぱずかしかぁぁぁぁ!
エロい文章なんて自分には書けないというか修行不足である事を痛感しました、娑羅刺那です。こんにちは。
やはりあれですね、無理して日刊して見苦しいものだすよりちゃんとしたものを出したほうがいいですよね。時間かかっても。といっても相変わらず短いんですよねぇ。どうしたもんやろ。
勉強不足と資料不足が悔やまれる。もう夜が来る、色々忘れちまったよぉ。
マスト様>うう、楽しみにしていただけるのはありがたいのですが、自分ごときのものでは、やりこんだ方にはちょっとアレかもしれません。後、誤字修正しました。いや、本当お恥ずかしいミスで……ありがとうございましたぁ。
白様>ご指摘、どうもありがとうございます。いやほんと、分かりやすく書こうとは思っているのですが、自分の実力では今は之が限界でして……大変もうしわけない;;