ツキオツルマボロシノユメ
月堕幻夢
第一章 月の章
−2−
日向ハナビがどんな人間かと聞かれれば幾つかの単語が瞬時に思い浮かぶ。
「優秀な忍び候補生」と答えた人間はアカデミーの先生だろう。
「生意気な幼女」と答える人間は私と同世代か、
それ以上の歳の下忍、もしくはその候補生だろう。
「日向の姫君」と答えるのはわりと一般的だろう。
「萌え」とか答えた奴は間違いなく変態だ。
暗部に出動要請したい。・・・・・出来ないけど。
そんな彼女は私、「山中 いの」にとっては妹の様な存在である。
同学年だし、成績も然程変わらないからそういう意味で面倒を見ることはない。
だが、それでも彼女は私のことを姉に近い態度で敬意を持って接してくれる。
アカデミーで一番彼女と仲の良いのは間違いなく私だろう。
日向ハナビは良い意味でも悪い意味でも子供らしくない。
遊びも、恋も、彼女の眼中には無く、日々勤勉に過ごしている。
その口調は冷たく、態度も冷淡で協調性は無い。
そんな彼女が集団から完全に孤立しないのは、
――――卑屈にならずに済む要素が多々あるからだろう。
成績は優秀で、アカデミーでは男女合わせてもトップ3に入る。
体術、手裏剣術に限定すれば、他の追随を許さないほどである。
容姿も可憐。
艶やかな黒髪を赤いリボンで後ろに結び、その長い前髪に映える端整で愛らしい顔立ち。
白く透き通った陶磁器の様な肌は病的と言うほどではなく、ほどほどに健康美がある。
十歳にも満たない年下だから、アカデミーでは誰も相手にしようとはしていないが、
見立てでは後、三年もすれば引く手数多だろう。
(ま・・・・・本人の“病気”が直ればだけどね)
どういうわけかはよく知らないが、ハナビは男女の付き合いと言うものを良しとしない。
彼女の好きという気持ちは家族愛や友愛程度で留められている。
年齢故のことと言えばそれまでだが、それを踏まえても彼女の恋愛に関する価値は低い。
否、低いと言うより、マイナスな傾向がある。
(・・・・・全く、折角良い素材なのに勿体無いわね)
いのは華が好きで、そして人を華に喩えるのも好んでいる。
そして、そういう感じで喩えれば、――――彼女はさしずめ薔薇の蕾か。
綺麗な華を咲き誇るのは解っている。
だが、棘が沢山ありすぎて、蕾が咲き誇ろうとするのを阻害しているのだ。
花屋の娘としては、色々思うところがある。
「絶対、将来美人になること間違いなしなんだけど」
だから放って置けないのかもしれない。
絶対に綺麗になると解っている華が咲かないで朽ちていくなど、いのには耐えられない。
勿体無いし、どんな風に咲くか見てみたい。
「・・・・・いっそ、男が駄目なら、私で蕾を開いちゃいかしら」
無意識の内にぽつりと呟く。
ほっそりとした痩躯。滑々の白い肌。透明な白い瞳。艶やかな黒髪。
まさに大和撫子。乙女の中の乙女。極上の蕾。
――――どんな味だろ―――――
『い、いのさん。駄目です。私たち、女同士・・・・!』
『ふふっ、男の子とこういうのはもっと嫌なんでしょ。大丈夫。天国に連れてってあげる』
『あ、駄目。胸――――』
『あら、小さいのがコンプレックスなの?
大丈夫。これから大きくなるわ。私も協力してあげる』
『あ、いや、吸わないで!』
『ふふっ、―――可・愛・い♪』
『ひゃ! 其処は!?』
『もう濡れてきたわ。感度が良いわね。もう指くらい入るかしら?』
「―――――って、それ、百合!
駄目駄目駄目。それはヤバイ。
大体私にはサスケ君が居るんだから!! ・・・・・・・・・でも、ちょっと興味あるかも?」
行き成り往来の真ん中で、
突然、いやいやと首を振る少女の奇行に、周りの人間が思わず道を空ける。
「いのさん?」
「―――うわぁ!!」
突然掛けられた声に、思わず奇声を上げるいのに声を掛けた方も驚く。
「ちょ、ちょっと、誰か知らないけど急に声を――――うぎょ!?」
「何なんですか、人の顔を見るなり奇声を上げないで下さい」
丁度其処には、先ほどまで桃色の想像に浸っていた相手、ハナビが居た。
妄想している時に声を掛けられたから、色んな意味で心拍数が急上昇している。
――――何か違う世界に目覚めそうだ。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。
――――深呼吸。そう、こういう時は深呼吸して、精神の統一を計るのが重要よ」
「・・・・・なんでそんなに息が荒いんですか?」
「気のせいよ」
きっぱりと言い切るが瞳が明後日の方向を向いている為、あまり説得力は無い。
しかし、どうでも良い事だったのか、ハナビはあまり気にせずに話しかける。
「一体如何したんですか。今は一応授業中だと思うのですけど・・・・・?」
「あんたがそれを言う?」
「私は・・・・・まあ、何時ものことですし」
―――その「何時ものこと」の為にイルカがどれだけ胃を痛めているのか。
「いのさんは私みたいに常習犯じゃないじゃないですか」
「ま、私は優等生だしね〜。今日は理由があるからOKなのよ。
ハナビ。あんた、今日の朝礼も遅れたでしょう?」
「何かあるんですか?」
疑問符を浮かべながら問うハナビに、はぁと嘆息し、そんな事だろうと思ったと呟く。
「どうせ、あんたの事だし、アカデミーの日程とか覚えてないと思ったけど・・・・・
良い? 今月末はアカデミーで一番大事な卒業試験があるのよ!
何時もみたいに連日早退は控えなさい。
テスト内容の発表や、日程の変更とか起きた時に早退していたなんて洒落にならないわよ?」
「ああ、もうそんな時期ですか」
卒業試験。アカデミーにおける最終課題であり、一人前と認められる儀式でもある。
とは言え、所詮は基礎戦闘技能しか教えていないアカデミーの課題である。
卒業試験も然程難易度が高いわけでもなく、受ければ生徒の八割以上は合格する。
合格できないのは、余程卒業課題の術と相性の悪い素質の持ち主か、
忍者としての素質に恵まれていないのかの二択に大体はなる。
とは言え卒業試験自体が受ける事に教員の許可が要るので、前者の二択はあまり起こり得ない。
故に卒業試験で落ちるのは単に素質はあっても授業を碌に受けない劣等生という事になる。
「今回の卒業試験の課題は何なのですか?」
「さあ、まだ聞いてないわ。
受けるのは初めてだから予想も立てられないし・・・・・
まあ、毎年余程大胆なへまでもしない限り誰でも受かるでしょう?
私とあんたの実力なら関係の無い話よ。
・・・・・・そう言えば、ハナビ。あんたなんでこんなところに居るの?
何時も団子屋に居るじゃない。すれ違ったりしたら如何してくれるのよ?」
「その言い方は語弊があります。
それではまるで私が団子ばかり食べる食いしん坊の様ではないですか」
「違うの?」
「断じて違います」
不思議そうに問ういのに、憤然として否定するハナビ。
とは言え、ほぼ毎日帰り道にあの団子屋に寄ればそう思われても仕方ない。
「まあ、別に良いけどね。
それよりさ、本当に何で火影岩の前なんかに居るのよ。
此処、アカデミーから眼と鼻の先じゃない。見つかるわよ?」
歴代火影の顔が彫られた巨大な岩壁。
里の誇りであり、緊急時の避難場所として実益を兼ねるこの里でも重要施設の一つである。
だが、ハナビが此処に居る理由が分からない。
ハナビは今更、歴代火影を見て感心する様な人柄でないし、
緊急避難場所に避難する理由も無い。
また、一応、無断早退(あれで許可を取ったとは言わないだろう)をしているのだから、此処に居ては幾らなんでも不味い。イルカに見つかれば小一時間は説教に会う。
そんないのの疑問にハナビも嘆息して、好きで来たわけではないと言う。
「じゃあ何―――」
「全・員・注目――――――!!」
「―――――!」
突然、晴天の空に大声が響き渡る。
耳鳴りが為りそうな突発的な大声に、いのは耳を押さえる。
「一体誰よ! こんな非常識な大声を発てるのは!!」
何処かで聞いた様な声に苛付きながら辺りを見渡す。
大通りであり人通りは多いが疑わしい者は居ない。――――というか、皆で耳を押さえている。
「一体誰よ、全く――――――」
前も横も後ろも、360度見渡すが、それらしき影も形も無い。
いや、自分だけでなく辺り一面の人間たちが皆、声の主を探している。
ふと、横を見ると、ハナビが火影岩の方を眺めていた。
その様子はやるせないと言うか呆れているというか、何とも判断し難い表情である。
「ハナビ?」
「おい、あれ見ろ!」
「なんちゅー、罰当たりな!?」
「あれは・・・・一体?」
「ん?」
ハナビの様子が気に掛かり、声を掛ける。
だがその瞬間、連鎖するように辺りの人間も次々と火影岩に目を向ける。
(中には指差している奴も出てきた)
つられる様にいのも火影岩に眼を向け、――――そして顔が引き攣った。
「・・・・・・・・あれ、何?」
「・・・・・・・・多分、あれが私の此処に居る理由です。認めたくないですけど」
其処に居たのは馬鹿だった。―――前置詞に凄まじいが付くほどの。
何が誇らしいのか、三代目の顔が彫ってある岩に乗り、腕を構えて背を逸らす。
歴代の火影の顔岩にはその額に黒マジックで、順に1,2,3,4と数字が描かれている。
それは――罰当たりな事かもしれないが――別に良い。
問題は、だ。その四代目の顔岩の隣に、
顔岩の半分以下程度の大きさだが5、と描かれた新しい顔岩が増えていた。
―――少年の顔にそっくりな形で。
「何? 何なの? 何で火影岩が増えてんの?」
「彫った・・・・訳ではないですよね、この短時間では。
幻術では無いみたいですし、粘土ですか、あれは・・・・・・?」
「あんな馬鹿でかい量の粘土をどっから調達して来たのよ・・・・・?」
下界で見上げ、不可解な表情で少年と粘土(?)の顔岩を眺める住人に誇らしげに背を更に逸らし―――海老のようだ―――少年、ナルトは声高々に宣言する。
「こんな事もあろうかと、こんな事もあろうかと!
俺ってば、此処数週間掛けて、
この最高傑作『ナルト大岩』を製作したんだってばよ!!
ふ、こんなこと、アカデミーの連中は元より、
歴代火影の誰もした事がないだろうってばよ。
つまり、“木の葉初”。俺って木の葉初の偉業に達している――――!」
「偉業というか、異業というか・・・・・理解に苦しみますね」
「相変わらず、無駄に目立つ事をするわね」
確かに物凄いと言えば物凄い光景に思わず呟くハナビに、いのが相槌を打つ。
「知っているんですか?」
「知らないのはハナビくらいよ。あいつ、アカデミー1の問題児、「うずまき ナルト」よ。
アカデミーで下からナンバー1の実力を誇り、アカデミーも歴代問題児の頂点に立つ馬鹿よ」
碌でもない成績だとは思ったが、ハナビは予想より低い成績に嘆息する。
あれで本気で火影を目指しているなら大したものだ。
確かに能力云々は兎も角、器だけは大きそうだ。
――――――その器の底には穴が開いていそうだが。
「馬鹿者! 何という罰当たりなことしとるか!!」
「そう、罰当たり。故にお前らにはこの偉業は出来ない。
だが、俺には出来る。余裕で、一切の躊躇も無く!
どうだぁああ。俺ってば凄ぇだろ!!」
見物人から出た抗議にますます声を高々に誇らしげにするナルト。
この時点でハナビはこれから続くだろう嫌な予感に頭痛がしてきた。
「どうだ、ハナビ。俺の凄えとこ解ったってばよ!?」
(凄い愚かのところは、もう余す分無く、理解しました)
何故、あんな馬鹿と関わったのかと後悔の渦に飲まれる。
此処であんな発言をすれば、次がどういう反応が起きるか嫌過ぎるほど予想できる。
「ちょ・・・・・ハナビ!?」
何で超弩級の問題児ナルトがよく早退するとは言え、飛び級をする優秀なアカデミー生であるハナビに親しげなのだといのから疑問が投げかけられる。
それを皮切りに、周りの見物人も此方を見る。
(関係ない赤の他人。・・・・・には出来ないんでしょうね、今更)
どう見てもハナビは巻き込まれている。
今更無関係にはなれないだろう。
「ナルト、ハナビ、いの、お前ら何やっとるか―――――!!」
そして当然の如く来るイルカの怒声を半ば悟った様な心境で受け入れていた。
筆者の一言。
今回は短めになりました。後、シリアスを期待していた人は済みません。
一応基本の路線はシリアスなので、次回に期待していてください。
ナルトの性格は原作とさほど変わりません。
幼児期のイルカの様に、親がいない為に周りの注目を集める為に馬鹿をやっています。
ナルトの経歴は孤児で、両親は九尾事件で死んだという事しか知られてません。
素性はある事情から上層部で塞き止められてます。その辺は何れ本編で。
では、私の駄文を読んで頂き、ありがとうございます。
おっちゃん様>何処まで続くかは解りませんが、取り合えず、続けれるだけ続けてみます。
皇 翠輝様>ナルト×ハナビには為ると思いますが、続き次第では変わるかも・・・・・・
D,様>ハナビももう一人の姉が出てくるのは大分後なので、気長にお待ちください。
器関連の謎は色々複雑な設定にするつもりです。
スレナルではありませんけど、ナルト自信も無関係ではありません。
リーマン様>御期待に沿える面白い作品で続くように頑張ります。