久々のスクランです。またもや原作は無視です。
超姉分をセルフ補給したかったのですが、いつの間にやらこんな事に…
あ、題名はアレですけど、中身は健全です。壊れてるけど。
それでは。
つつがなく一日が終わる。
愛しの彼女の放課後の動向が気になるところだが、後を尾けるのは却下。
最近、妙に筆のノリがいいのだ。漫画の神が降りて来ている間に、出来るだけ原稿を進めたい。
それに、いくら彼女の事を愛しているとはいえ、後を尾け回すのは流石に憚られる。
男と二人連れだなんてとんでもない自体などでない限りは、出来るだけ我慢している。
今日もさっさと帰ろうとしていたところに……何故か、美術教師、笹倉葉子から呼び出しがかかった。
内心、首を傾げながらも道を急ぐ。
「っかしいな畜生。美術と物理だきゃあ、割とマジメにやってたんだが…」
播磨は絵を描くのが割と好きだ。
それに、一介の高校の美術教師とはいえ、笹倉葉子は個展を開くほどの腕前。何かしら学ぶものがあったとしても不思議ではない。
そう思い、美術の授業は彼なりにマジメに受けて来た。故に、呼び出される理由が分からない。
…ちなみに、物理はサボると後が怖いので、殆ど欠らずに出席している。
「…ま、なんとかならぁな」
笹倉葉子とは、彼の従兄弟繋がりでちょっとした知り合いでもある。
それで融通が利くとは思い難いが、今更、素行に関してどうこう言われるような事はあるまい。
そう楽観視して、播磨は美術準備室の扉を開けた。
「…ちぃーす」
「あ、播磨君。いらっしゃい」
イーゼルに向かっていた葉子が振り向く。
その顔にはにこやかな笑み。普通の男子生徒は喜ぶだろうが、播磨はこれが苦手だった。
彼の従兄弟、刑部絃子の影響か知れないが、どうもこの笑みは不気味に見えるのだ。イマイチ何を考えているのか判らない。
一見おっとりしているようで、実はしたたかな女であるのも知っている。苦手度合いで言えば、絃子といい勝負であった。
なるべく早く用件を済ましたいので、播磨から声を掛ける。
「で、何の用ッスか」
「ま、ま、座って座って?」
「……………」
漠然と不吉な予感を感じつつ、勧められるままに腰を下ろす。
この辺りの押しの強さが、一瞬、美人の保険医の姉ヶ崎妙、通称お姉さんに重なって見えた。
…余計に嫌な感じがしたので、もう一度話を切り出す。
「…で、何の用ッスか」
「ま、ま、飲んで飲んで?」
「……………」
す…とカップが差し出される。なみなみと注がれているのは、匂いからして紅茶らしい。
播磨は別段、紅茶が飲めない訳でもないが……
カップと葉子を見比べる。満面の笑顔。…不吉だ、と播磨は思った。
「……で、何の用ッスか」
「ま、ま、ぐぐっと♪」
ずい、と差し出される。
播磨の頬に冷や汗が流れた。
「…………で、何の用ッスか」
「ま、ま、駆けつけ三杯♪」
ずずい、と。
気のせいか、にこやかに微笑む葉子の背後にオーラを感じる。
効果音を付けるなら、ズモモモモ…!とかそんな感じ。
飲んでしまうのもちょっと危険だが、飲まないのはもっと危険そうだ。
(…ええい、俺も男だ!腹ァ括ってやろうじゃねえかッ!!)
無闇に気合を入れ、播磨はカップを手に取った。
ぷるぷると震える手で、そろそろと口に運ぶ。
その様を、葉子は目を輝かせて観察している。
…そして、温くなった紅茶が播磨の口腔へと流され……ごくりと、喉が鳴った。
(…………ん?
ちっと風味が変な感じだが……別に、それほど違和感は感じねぇぞ…?)
微妙な違和感のようなものを舌に感じるが、そもそも自分の舌は紅茶の飲み分けが出来るほど上等なものじゃない。
そう判断し、一抹の不安を残しつつも、播磨は紅茶を飲み切った。
カップを下ろす。空のカップがソーサーに当たり、カチリと小気味いい音がした。
…葉子の笑みが深まる。
「ふふ、おいしかった?」
「はぁ……まぁ」
「良かった♪
……ところで、なんか眠いなー、とか思わない?」
「…は?」
「俺には何でもできる!みたいな気分になったり、急に空を飛べるようになった気がしたりは?」
「ちょ、おっ!?」
「突然、視界がぐにゃぐにゃに曲がりだして、目の前で8人の鈴木史朗が輪になってコサックダンス踊ってたりしない?
もしくは、時間と空間の区別がつかなくなったり、鉄拳とパペットマペットが同一人物に見えたりは?」
「い、今、ナニ入れ…ッ!?」
「……でも、やっぱり眠い?」
「な、なに、を……?」
「ほら、あなたはだんだん眠くなるー、みたいな?」
「そ、そんな、こと、は…………」
「眠くなるー♪」
「ね、ねむ…………む………」
こくり、こくり、と。
播磨が舟を漕ぎ出す。
葉子がにんまりと笑う。
「…………むぅ……ん」
「うふふ♪」
播磨が半ば意識を投げ出したのを確認すると、いそいそとカップを片付ける。
片づけが終わると、葉子はポケットから目薬のようなケースを取り出し、ゴミ箱に捨てた。
ラベルには、『催眠誘導剤』と銘打たれてあった。
「…さぁてっ♪」
完全に催眠状態に入っている播磨の前に席を移動させると、葉子はわきわきと指を蠢かせた。
その双眸は、きらきらと、まるで子供のような輝きを放っている。
…葉子は、播磨に覆い被さるようにして、耳元で囁く。
「…あなたは絃子先輩の事がキライになる……絃子先輩の事がキライになる……絃子先輩の事がキライになる……」
「む………ん……」
播磨が、寝苦しむように呻く。
「いつもいつもあなたの事を監視して……機嫌が悪くなると、すぐあなたに当たって……
随分と昔から、あなたに苦労ばかりかけてきて…………ほら、段々、キライになってきたでしょう……?」
「う……む……きら、い…」
播磨の眉間に皺が寄る。
寝言のようにその単語が出て来た瞬間、葉子の興奮は最高潮に達した。
(うふふふふふふふふふ……♪
絃子先輩には悪いですけど、これで播磨君が絃子先輩に、面と向かって『キライだ』とか言っちゃったら…
そして、『もうお前とは暮らせない』なーんて事になったら……♪
絃子先輩、傷付くだろうなー♪悲しむだろうなー♪弱り絃子先輩………ああぁ、最ッ高!!
それに、弱ってるところに付け込んで、優しく優しーく抱擁なんてしちゃったり…♪
絃子先輩、あれで案外、人に依存したがったりするから……その対象が、播磨君から私に♪
最初は絃子先輩の応援をしてたけど、はっきり言って脈ないみたいだし、別にいいですよね?
これで、これで遂に、遂に絃子先輩が私のモノ……私だけの絃子先輩……ッ♪
ああ、絃子先輩……「あなたは私のモノですっ!!」
感極まり、己の体を抱き、くねくねと身をよじらせながら絶叫する。
ガラガラガラッ
「…何を騒いでいるんだ、葉子。廊下にまで聞こえていたぞ」
「あ、絃子先輩♪」
突然、美術準備室の扉が開き、件の絃子先輩が姿を見せる。
葉子は、内心、妄想が漏れていたのかとヒヤヒヤものだったが、絃子の反応を見るに、大丈夫だったらしい。
「…む?拳児クン?なぜこんな所に……」
「あ…」
…すっかり忘れていた。
絃子の怪訝な声に、播磨に意識を戻すと……ばっちり視線が合った。どうやら起きていたらしい。
「葉子。また、妙な事を企んでいたんじゃないだろうな?」
「い、いやですねえ絃子先輩! 私がそんなことするわけないでしょう?」
「……………」
場の不自然さを追求する絃子。あせる葉子。
そんな二人を尻目に、播磨は暫くぼんやりしていたが……突然、がたんと椅子を蹴倒して立ち上がる。
「……拳児クン?」
「は、播磨君……?」
播磨の不審な行動に、絃子は眉を顰める。
一方、葉子は嫌な予感を感じ、冷や汗を流していた。
…播磨がカッ!と目を見開く。一瞬、彼の背後に炎のエフェクトが奔った。
そして、予告もなしに、力強く葉子の肩に手を置いた。というか、肩を握った。
「なっ!?け、拳児クン!?急に何を…!?」
「い、痛っ!?」
当惑する二人をよそに、すうっと息を吸い込むと……絶叫した。
「俺は、あんたのモンだっ!!」
「な……!?なあぁっ!?」
「は、播磨君っ!?」
「好きだーーーーっ!!」
「……………(呆然)」
「……………(愕然)」
まさかの大告白に完膚なきまでに固まる二人。
一方、勝手にボルテージを上げ、播磨は葉子を抱き締めた!
これには流石に黙っていられず、まず絃子が膠着から脱出する。
「け、拳児クンっ!!き、君は今、何を言ったのか、何をしているのか、分かっているのかっ!?」
「うるせー!お前なんかキライだーっ!!」
「な…………」
子供のように言い返す播磨に、しかし絃子は言葉を失い、立ち尽くした。
悲しいとか言うよりも、まず、何を言われたのか理解出来ない。
「け、拳児…クン?い、いま、何と……?」
「てめーなんかキライだっつてんだよっ!」
「そ、んな………」
がくり、と力を失い、その場に座り込む。
刑部絃子は、真っ白に燃え尽きた。
…一方その頃、葉子はと言うと……
「好きだぜ……愛してる、笹倉センセー…いや、葉子…。
今まで、なんであんたみたいな佳い女の存在に気付かなかったのか、自分で自分が理解できねぇ……。
ああ、葉子………愛してるぜ、葉子………」
「あ………」
(力強い胸板………男の人の匂い……な、なんで胸がどきどきするの…?
…でも、こんなに強引で、情熱的なのは初めてかも………)
…播磨の胸の中でときめいていた。
うっすらと頬を染める葉子。顔を真っ赤にしながらも、力強く葉子を抱き締める播磨。
そんな二人を前に、一旦虚脱したかのように見えた絃子は、ゆらゆらと、幽鬼のように立ち上がった。
その表情は、前髪の影になって窺う事は出来ない。ただ、ぶつぶつと何か呟いている事だけは見て取れた。
そのただならぬ雰囲気に、メロっていた葉子が意識を取り戻す。
「……い、絃子先輩?」
「…裏切ったな………裏切ったな、葉子……!私の、私の気持ちを裏切ったな!!」
「そ、そんな!先輩、これは誤解で…!」
「五月蝿いッ!!葉子は私の気持ちを裏切ったんだッ!!」
「ち、違うんですよ絃子先輩っ!
こ、これはアレです! ドイツ第三帝国の陰謀なんですっ! 少佐の野望なんですっ! 諸君、私は播磨君は好きだ! ああいやそうじゃなくてっ!
も、もしくは、ラジカルな非ユークリッド幾何学が実存的空間で小粋なリズムを奏でつつ今夜も大ハッスルなんですぅぅぅっ!!」
「だ、黙れ!!そんな適当極まりない単語を並べた処で、言い訳になろう筈も無いッ!!
それに……誤解だと言う積もりなら、さっさと拳児クンから離れろッ!!この泥棒猫ーッ!!」
「そ、そんな昭和テイストな…」
もはや半泣きになって責める絃子に、流石に罪悪感を感じたのか、葉子は身をよじった。
…しかし、播磨が離してくれそうな雰囲気は無い。
「ちょ、ちょっと、播磨君、放してくれるかな…?」
「いやだッ!!俺は一生、葉子を離さねぇッ!!」
より一層、葉子を抱き締める力が強まる。
『あっ…』とか、更に頬を赤らめる葉子。
ここで、絃子の理性とか堪忍袋とか人間としての尊厳とか女のとしてのプライドとかが、一気に限界突破した。
感情が爆発する様は、巨大ダムの決壊にも似ていた。
「………………コロシテヤル」
「い、絃子先輩……?」
それまでの醜態は何処へやら、絃子の感情は一気に色褪せ、その表情も、まるで能面のように薄くなる。
内ポケットを漁ると、何故かその手に業務用カッターナイフが。
ちきちきちきちき…と殺意の刃がせり出される音を、葉子は何処か遠くで耳にした気がした。
「は、はははっはあっははははは播磨君っ!!はははははは早く離れてっ!!お願いだからっ!!」
「いやだっ!!絶対に離さねぇっ!!」
「その気持ちはちょっぴり嬉しかったりしちゃうんですけど、今はそんな事言ってる場合じゃないのよぉぉぉぉぉうっ!!
ライヴで生命の危機なのよ!?燃え盛る嫉妬の業火の前に、今まさに私の命の灯火が呑み込まれようとしているんですよぉっ!?」
「うぉぉ、葉子ーーーーーーッ!!好きだーーーーーーーーーーーーッ!!」
「逆効果ーーーーーーっ!!?」
説得失敗。
葉子が絶望しかけたその時……ふと、ある事を思いついた。
「は、播磨君っ!」
「ん?なんだ葉子?キスして欲しいのか?いやむしろ俺がしたいんだが」
「あ、あなたは今すぐ眠くなるーーーっ!!」
「む…ぅ…?ね、ねむ………」
がくり、と力が抜け。
播磨は、葉子にもたれかかった形で、ずるずると脱力した。
ふう、と額を拭う葉子。これで絃子も一安心だろうと向き直り…硬直する。
「コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス……」
「ひいぃぃぃっ!!?」
絃子さん、未だエレクト中。
…思い返してみれば、まだ播磨と濃密に密着したままだった。
葉子はすぐさま、脱力した播磨を投げ倒す。ごきりと嫌な音がしたが、気にしない。
「い、絃子先輩っ!ほ、ほら、もう大丈夫ですよっ!
見ての通り、私と播磨君は何の関係もありません!!ねっ!?ねっ!?」
「…む……?」
必死に弁解する葉子を前に、絃子の瞳に徐々に理性の光が宿っていく。
「私は、一体……?」
「実は催眠術がですねっ!?」
混乱したように頭を押さえる絃子。
葉子は、誰に言われるまでもなく、勝手に説明を始めた。
数分後。
すっかり事情を理解した絃子は、我を失っている播磨を無理矢理椅子に座らせ、その前でにやりと笑っていた。
「催眠術、か……。ふふ、ふふふふふふふふ……」
「い、絃子先輩?何を…」
「いやなに、少し、面白い事を考えてね……。ふふふふふ……」
妖艶に微笑むと、絃子は、眠る播磨に、播磨の耳元に、そっと口を近づけた―――
「君は、刑部絃子が好きになる…」