「あっ!!
そーいえば『天の川』って英語で……」
「たしかに『ミルクの道』って言うわね」
私がポンと手を叩くと、それに美神さんが反応してくれました。
私たちの横では、タマモちゃんとシロちゃんが、
「……これのどこがロマンチックなの?」
「さあ……?」
と不思議がっています。
(あら……!?)
二人には分からないのかもしれませんが、今、目の前で繰り広げられている光景は、とってもロマンチックなんですよ?
だって、織姫さまと彦星さまが抱き合っているんです。それも、バキバキと音を立てるほどの強い力で。
実は織姫さまは、牛乳をドッサリかぶってしまい、誰も近寄りたくないような臭い状態です。だけど、彦星さまは全く気にしていません。
(これが本当の愛……!
匂いや外見なんて
どうでもいいんですね)
彦星さまとは違って、世の中には、外見に騙されてしまう男の人もいます。
私は、ふと後ろを振り返りました。
シェルビー・コブラでガードレールに激突した横島さん。彼は、まだハンドルを握ったまま、頭からドクドクと血を流していました。
(横島さん……)
織姫さまの今夜の浮気相手に選ばれてしまって。
織姫さまの変身能力に惑わされてしまって。
なんとか『浮気』を未然に防ぐことは出来たので、喜ぶべきなのですが……。
私の気持ちは、ちょっと複雑です。幸せ一色ではありません。
だって、織姫さまが『横島さんの好きなおなご』として化けていたのは、ずっと美神さんだったんですから。
緋色の短冊
美神さん、シロちゃん、タマモちゃんの三人は、美神さんが運転する車で帰りました。
私ひとりが、横島さんをヒーリングするため、事故現場に残りました。
事務所の面々にとって、横島さんの流血は既に見慣れた光景です。でも、これは交通事故なんですから、キチンと癒してあげる必要があると思ったんです。
「やっぱり……
横島さんが一番好きな女の人は
……美神さんなんでしょうか」
膝の上にのせた彼の頭に対して、私は問いかけます。
えへへ。
もちろん、今、横島さんに意識はありません。だから、ふだんは恥ずかしくて口に出せないことも、今なら言ったり聞いたり出来ちゃうんです。
「私のことは……どう思ってるんですか?」
美神さんは、女の私から見てもステキな女性です。だから横島さんが心惹かれるのも理解できます。
でも……。
「少しは私のことも気にしてください」
それが女心です。
私自身の気持ちだって、どの程度『好き』なのかハッキリしてないんだけど、それでも、横島さんには望んでしまいます。
「たまには私にも……目を向けてください」
例えば、今夜だって。
美神さんたちは普通の服装でしたが、私は七夕らしい格好をしてたんです。
天の川と笹竹と短冊を模様としてあしらった浴衣。
自分では気に入ってたんだけどなあ。
横島さんに対しては、まったくアピールにならなかったみたいです。
「私のセンスって……ちょっと古くさいんでしょうか?」
と、私がつぶやいた時。
横島さんが、パチッと目を開けました。
___________
「横島さん……?」
もう迂闊なことは言えません。
とりあえず名前を呼びかけてみたのですが、返事をしてくれませんでした。
よく見ると、まだ目の焦点が定まっていない感じです。
それじゃあ、横島さんの意識がハッキリするまで、もう少し今の姿勢を維持しましょうか。
「うふふ……」
こうして横島さんを膝枕しているのも、なんだか幸せです。
私は、膝と右手で彼の頭を抱きかかえながら、左の手でヒーリングを続けました。
しばらくの間、そうしていると……。
___________
「今度はおキヌちゃんに化けたのか!?
卑怯者ーッ!!」
そう言いながら、突然、横島さんが飛び退きました。
どうやら、回復はしたものの、私のことを織姫さまだとカン違いしているようです。
でも、これって酷いですよね?
『美神さん』に化けた織姫さまにはメロメロだったくせに、『私』からは逃げるなんて!
(もう……!)
ちょっとムッとしたので、少しイタズラしちゃいます。
織姫さまのフリをしてみるんです。
「このおなごは……イヤか?」
そう言いながら、私は横島さんに歩み寄りました。
横島さん、ジリジリと後退していきます。
「どうした?
逃げることはなかろう?」
不敵に笑う織姫さま……を演じているのですが、心の中では、私ちょっと傷ついてます。
(……そんなに魅力ないのかな)
と思ってしまったのです。
すると。
「イヤとかそんなんじゃねーよ!」
横島さんが叫びました。
___________
「おキヌちゃんに手を出したら
……完全に悪者じゃねーか!」
え?
「おキヌちゃんは……おキヌちゃんは、
そういう存在じゃないんだよーッ!!」
トクン。
横島さんの絶叫を受けて、私の胸が鳴りました。
___________
えーっと。
『そういう存在じゃない』という言葉は、色々な意味に受け取れます。
「色気も何も感じないんだ!」
というニュアンスで使われたのなら、私は悲しむべきです。
でも……。
「手を出したいけど、出しちゃいけないんだ!」
と神聖視されているなら、ちょっと嬉しいです。
(えへへ……)
そうなんですよね?
そう思っていいんですよね?
私の自惚れじゃないですよね?
確認のために、もう一歩だけ、踏み込んでみることにしました。
___________
「ふふふ……。
本物に手を付けるには罪の意識があるのだな。
では偽物のわらわだったらどうじゃ?
『おキヌ』をモノにするチャンスだぞ」
そう言いながら、私は、横島さんに顔を近づけました。
きゃーっ!
我ながら大胆です。
織姫さまのフリしてると、ここまで出来ちゃうんですね。
でも……。
これくらい大胆に迫らないと、なかなか横島さんの本音は聞けません。
以前の『大好き』発言だって、なんだか有耶無耶にされてしまったんですから。
___________
そんなことを私が考えていたら、
「うぎゃーッ!?
誰か止めてーッ!!」
と叫びながら、横島さんが飛びかかってきたんです。
心の準備もなかった私は、その場に押し倒されてしまいました。
(いゃん!)
横島さんの手が、私の背中を撫で回しています。
男のコなんだから――しかもスケベな横島さんなんだから――本当は別のところを触りたいのでしょうが、まだまだ遠慮してるのでしょうか。
……なんて分析してる余裕、私にはありませんでした。
彼の腕の動きがだんだん大胆になってきましたし、それに、好きな人に体を触られていたら、私だって……!
___________
「もう……。
そういう気持ちがあったのなら、
ちゃんと私に言ってください」
目を閉じて、横島さんの手に身を委ねたまま。
私は小声でつぶやきました。
「……え?」
横島さんの動きが止まります。
どうやら、織姫さまではなく本物の私だということに、ようやく気付いたようです。
「でも……そうなんですよね。
私が怒っちゃったから流れちゃいましたけど、
前に『大好き』って言った時、横島さんは
『おキヌちゃんでいこう』って言ったんですよね」
ここで私は目を開けて、横島さんの顔を見つめました。
横島さんの頭は私の胸の辺りに埋もれていたのですが、今は彼も顔を上げて、こちらを見ています。
そうやって二人の視線が絡み合っている間に、私は質問をぶつけてみました。
「今でも……まだ……
『おキヌちゃんでいこう』って思ってくれてますか?」
___________
横島さんは、何も言わずに、ガバッと体を離しました。
「そうやって逃げちゃうのが
……横島さんなんですよね」
「いや……その……」
しどろもどろな横島さん。
視線もキョロキョロと動いていましたが、それが突然、ハッとしたように一点で止まりました。
横島さんが見つめているのは、私の浴衣です。少し遅れて、私も、その意味に気付きました。
「あっ」
いつのまにか、私の浴衣は汚れていたんです。
でも、頭から血を流していた横島さんを膝枕したり、彼に抱きつかれたりしたんですから、考えてみれば、これも当然の結果ですね。
ちょうど短冊のいくつかに、血が付いていました。
短冊全体が赤く染まったものもありますし、血文字で何か書きこんだように見えるものもあります。
「ごめん、おキヌちゃん。
せっかくの浴衣が……」
「ほら、また……
そうやって話をそらすんですから」
謝ろうとする横島さんを、私は止めました。
これはこれで……。横島さんの色に染められたみたいで、なんだか嬉しかったんです。
「いいんですよ、気にしないでください。
だって……」
微笑みながら、私は、スーッと近寄りました。
また逃げられちゃうかなとも思いましたが、今度は大丈夫でした。
逃さないようにキュッと抱きついて、彼の耳元で囁きます。
「この短冊に私が書きたかった願いは……」
(緋色の短冊・完)
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こんにちは。
七夕のエピソードでは、せっかくおキヌちゃんだけ浴衣を着てたのに、おキヌちゃんの扱いは既に脇役のようだと(個人的には)感じました。
おキヌちゃんファンとしては少し悔しかったので、こんな話を作ってみました。浴衣のガラに着目した物語です。
これも以前に投稿した横キヌ短編と同系統だと思うので、こちらに投稿させていただきました。やや曖昧にしている部分もありますが、読者の方々が色々想像していただければ、私としては嬉しいです。