「真友くん、はぐれるわよ。意地張ってないで手を繋ぎなさいよ」
「……」
頭一個分上から彼女の声が降ってくる。
並んで歩く僕達の間には約1センチの隙間。
触れるか触れないかのギリギリのラインがそのまま今の僕の絶対防衛ライン。
ここを抜かれたら僕は負ける。
自分でも良く解らないけど、とにかく負ける気がする。
「何意地張ってんだか……えいっ!」
「あっ!」
僕の左手を素早く握った白い手。
包み込む様な柔らかい圧力を孕んだ掌は少しだけ汗ばんでいて。
「変な意地張らないの。男が下がっちゃうわよ」
振りほどけなかった僕はきっと負けたんだと思う。
握った掌の力にじゃなく、彼女の笑顔に。
そんな言い訳をする僕はやっぱり負けた。
タマモは人間じゃない。九尾の狐っていう妖怪らしい。
最初に出会ったのはデジャヴーランドで子供に化けた彼女だった。
その時は色々あって恥ずかしい所を沢山見られて。
僕の身長が彼女の首の所から顎の先に伸びる間にもやっぱり恥ずかしい所を見られまくった。
そして今日も僕は詰まらない意地を張ってまた変な所を見られてしまう。
日曜日の繁華街を並んで歩く仲の良い姉弟。
誰が言わずとも周りの認識はそうだろうし、客観的に見て間違いじゃない。
その認識を覆せない今の僕。
何の事はない。僕はタマモに意地を張ったんじゃなくて自分自身に意地を張っただけだった。
さっき見た映画の内容は殆ど覚えてないのにお釣り硬貨の枚数は覚えてる。
二人とも千円札を払って僕だけ100円玉が3枚帰ってきた。
彼女は大人料金で僕は子供料金。
頭一個分の差を世間は僕とタマモを厳然と区別した。
悔しいって思う方が可笑しい。
それでもやっぱり僕は悔しい。
100円玉三枚の差でしかないのに、その三枚が恨めしい。
そんな悔しさが僕に意地を張らせた。
手を握ってしまうと周りの認識がそのまま僕とタマモの関係を固定化してしまいそうで
タマモがその認識を肯定してしまいそうなのが怖くて
僕は彼女の手を握れなかった。
「コラッ今変な事考えてたでしょ?」
「えっ?」
不意に不機嫌な声が上から降ってきて僕は引き戻される。
少し首の角度を上げるとそこにはちょっと眉を寄せたタマモの顔があった。
「……ふーん」
「な、なんだよ?」
不意に口角を上げたタマモの顔は悪戯を思いついた時の顔で。
「真友君が今考えてた事当ててあげましょうか?」
「な、なんだよ急に……別に何も考えてなんかいないよ」
「僕を子供扱いするなっ!……って所かしら?」
「っ!?」
図星を指されるってかなり恥ずかしい。
言い返せないのって物凄く悔しい。
それでもムキにならずにはいられなかった。
「別にそんな――」
「いいじゃないの子供なんだから」
「…………」
あっさりそう言われて何も言い返せなかった僕はやっぱり子供で
鼻の奥が少しツンとし始めたのがその証拠で
俯いて顔を隠したのは自分が子供だと認めてしまったからだった。
「来年はどうなの?」
――?
「再来年は?そのまた来年は?」
――3年後の僕?
「いいじゃないの、今は子供でも。大人になれるんだから」
当たり前の事言われてこんなにショック受けたのは多分初めてだった。
今の僕は子供で
それはどうしようも無く現実で
将来大人になるのが当たり前で。
「そのうち私と背も変わんなくなるんだからいいじゃないの。今は子供でも」
僕は今はまだ子供で
「……同じくらいどころか見下ろしてやるからな」
こんな生意気言っても笑って済まされて
「へー、期待しないで待ってるわ。確かクラスでも前の方じゃなかったっけ?」
牛乳を毎日飲もうなんて決心してみて
「現代っ子ナメんなよ。来年には追いついてやるからな」
「ふーん、ま、牛乳飲みすぎてお腹壊さないようにね?」
お互い握った手に力が入ってるのに気付かなくて
タマモの耳の後ろが少し赤かったのに気付いたのは
周りの視線が少しニヤついているのに気付いてからだった。
おしまい