地獄のような大学卒業試験を何とか乗り越え、教育免許を取得した横島だが。世間の風は冷たく辛く、1年をバイトと家庭教師で食いつないでいた。
両親の親友と言う六道暗(ろくどうあん)が理事をつとめる『六道学園』に新任教師として採用されることになった。
もともと女子高校だったのだが、昨今の少子化の現状を鑑み。一部共学制を取ることになった。
そんな学園に横島は新任教師としてやって来た。
自分の人生が右斜め上にコサックダンスしながら駆け上っていく事を知らないままに。
横島の目の前には赤い光景が広がっていた、信じられないが赤かった。
その殺伐とした光景の中、横島の教え子が清楚な雰囲気のまま皇女の様にたたずんでいた。
その手を紅に染めて。
スタイル良く、男児学生の視線を集めるその特徴のある胸。美人と可愛いがちょうど良く交わった顔。
副担任の横島によく懐いていた花戸小鳩が、必死に横島に言い訳をしているが、横島はいまだに現実を直視できないようで目が虚ろだった。
「 せんせ よ 先生 聞いていますが? 横島先生!私が悪いんじゃありません、あの人達が、用事があるからってここに呼び出したんです。
向こうから先に手を出してきたので、軽く抵抗しただけなんです!」
漸く横島のシュナプスが情報を伝達しだしたようで、靄がかかった思考がはっきりしだした。
「待て、ちょっと待ってくれ。状況を整理させてくれ」
横島は花戸との間に壁を作るように手を挟んだ。
「花戸が倒れて血まみれになっているこいつ等に此処に呼ばれたんだな?」
肯定。
「で、男数人に襲われそうになって抵抗したと…」
花戸を襲ったと思われる男子生徒達は酷い事になっていた。四肢は折れていないが見える範囲には青痣が点在し、顔ははっきり言って見るに耐えないほど凹んでいた。鼻は折れ、赤く染まった踊り場には前歯と思われる白い物体が転がっていた。
顔を覆う手からは粘度の高いどす黒い血が垂れていた。
「横島先生だけは誤解されたくなくて…」
そんな花戸に横島は声を絞り出すように。
「しかし、だな、花戸。お前これって、事件だぞ」
横島の言葉に花戸は何か気がついたらしく“ポンッ”と手を打って、
「あ、ちょっと先輩達と話を…」
花戸はやっと立ち上がりそうになっている男子生徒に近寄りぼそぼそと喋りかけた、すると男子生徒の顔色が変わり震えるではないか。
痛みを我慢しているだろう、動かない体を無理に動かし階段を下りていく男子生徒に横島は恐怖を覚えた。
「先輩達は3人で遊んでいて階段から落ちたことにするって♪」
可愛らしい顔でさらっと隠蔽に成功したと言う花戸。
「今、あいつらに何を言った… しかし、あいつら大丈夫か?病院にはどう説明したらいいか…」
「自分達で行くって言ってましたし」
その言葉に花戸の横顔を見る横島。その横顔は野獣が獲物を狙う鋭い視線があった。
「まさか喧嘩で弱いものいじめをしていた人が、1年生のしかも女の子一人にスデゴロでやられたなんて、恥ずかしくて言ったり出来ないでショ クスクス…」
横島は猛獣の檻の中へ迷い込んだ気がした。
「あ…」
痛みを伴った言葉と共に花戸が上体をすこし屈みこませた。
「どうした花戸。まさか怪我でも!?」
どうであれ花戸は横島の生徒だ。おびえる体をなだめ透かして支えようとする横島。
「大丈夫です横島先生。手に先輩の歯が刺さっていただけで」
カラン…
花戸の手から抜かれゴミの様に捨てられた歯の白さがまぶしかった。横島は自分の食い扶持と花戸のこれからと、そしてたぶん自業自得な男子生徒達を心の天秤に乗せ。
「とりあえず教室へ戻りなさい。そうそう、手をちゃんと洗ってカッターシャツに血が飛んでいるから着替えを持ってるのならちゃんと着替えて」
隠蔽することに決めた。
つづく