「妖怪退散っ!!」
ぼしゅっ。
美神の破魔札が炸裂する。
くらってしまったのは、夏のレジャープールでイヤガラセをしていた下等妖怪、コンプレックスだ。
『ぐふっ……だが……おでは
必ずよみがえる……!
夏が来るかぎり……おでは……』
そう言い遺して、コンプレックスは消滅した。
「……最後までうっとーしい奴……!!
だまって消えろっての!」
『「はいれぐ」……かあ……
あのひと来年も本当に来たりして……』
コンプレックスを煩わしく思った美神とは対照的に、幽霊おキヌは、もう一度水着を着せてもらうことを、少し期待してしまう。
しかし、コンプレックスは、おキヌの予想よりも遥かに早く復活するのであった……。
季節外れのコンプレックス
『……ん?
ここは……どこだぎゃ!?』
その場に漂うマイナス思念……劣等感(コンプレックス)を核として、この世に蘇ったコンプレックス。
しかし、そこは、彼の馴染みのプールでもなければ、海水浴場でもない。安っぽいアパートの一室であった。
『それに……なんだか寒いだぎゃ?』
コンプレックスは、妖怪のくせに体を震わせる。どうやら、場所だけでなく季節まで違うようだった。
『ともかく……まずは現状把握するでやー』
今は誰もいないが、ここに陰気が溜まっている以上、この部屋の主はマイナスエネルギーをたくさん持っているはずだ。そいつから陰の気をすすれば、パワーアップできるはず。
そう考えたコンプレックスは、周囲の様子を伺う。
『隣の部屋から……話し声がするだぎゃ?』
陰の気をたどり、部屋の主が隣を訪問していることを悟ったコンプレックス。彼は、ソーッと隣の様子を覗いてみたのだが……。
『ああっ!?
あいつらは……!!』
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「おらはちーせ頃から
ケンカもスポーツもぜんぜダメで、
らけどみんなに負けるのがやーで
勉強ばっかしてたんらて。
それが……3度続けて受験に失敗して、
親も今年ダメらったらイナカに帰って来いって……」
と語るのは、マイナス思考が肉体にも影響を与えたのか、すっかり頬もこけた男だった。視力も悪いらしく、漫画のようなグルグル眼鏡をかけている。さらに、三浪中ということはもう高校生ではないはずなのに、まだ学生服を着続けていた。
彼……通称『浪人さん』は、さらに話を続ける。
「今年が最後のチャンスらって思ったら……
いくら勉強しても怖くて……」
彼のマイナス思念は、コンプレックスにとっては格好のエサだ。
(そうだ、その調子だぎゃ。
どうせうまくいかないんでやー!!)
コンプレックスは、隣の部屋から、『浪人さん』の劣等感を応援する。
彼は、早く強くなる必要があるのだ。
この『浪人さん』自体は良いカモなのだが、コンプレックスは、『浪人さん』の前で話を聞いている二人には、見覚えがあったのだから。
『そんなにがんばってるんなら
きっとうまくいきますよ』
「……あんまし無責任に
気休め言うのはよくないぞ。
がんばってもダメなときゃ
ダメなんだからさー」
『そんなことありませんよ!
人間がんばれば
どんなことだってできますよ!!』
一組の男女……いや、正確には、人間の男と、女の幽霊。
横島忠夫とおキヌである。
忘れるはずがない。この二人は、海でコンプレックスを除霊した女GS美神令子の、仲間なのであった。
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(……だが、こいつら二人は大丈夫だぎゃ)
例えば、横島は、
『夏なんかーっ!!
明るい太陽なんかーっ!!』
「嫌いだーっ畜生ー!!
バカヤローッ!!
とゆーわけでハイレグ女の霊で
明るい青春に水を差してやりたかったんですーっ!!」
と、コンプレックスにコロッと洗脳されて、その意図を代弁したくらいだ。
また、おキヌは、コンプレックスに共感することはなかったが、幽霊であるが故に、ハイレグ水着で動きをコントロールされたのだった。
(問題は……こいつらの仲間の女!)
そう、美神令子こそ、コンプレックスの天敵なのだ。
美神令子は、弱冠二十歳で、すでに超一流のゴーストスイーパーである。
スタイル抜群の美人であり、さらに、料理・車の運転・スキー・ゴルフなど、なんでもこなしてしまう。それでも人間だから欠点はあるはずだが、素直ではない性格のために、自分の欠点も認めにくい女性だ。
劣等感(コンプレックス)とは無縁な存在。
妖怪コンプレックスにとって、一番、相手にしたくないゴーストスイーパーである。そんな美神の前だからこそ、レジャープールで対決したときも、本来の力が発揮できずに負けてしまったのだ。
……コンプレックスは、美神の詳細など知らないながらも、そう感じていた。
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そして、今、隣の部屋では、
『生きてるんですもの!!
がんばってできないことなんか、
あるわけないですよ……!!
だから……ね!?
がんばって……!!』
おキヌが、『浪人さん』の手を握り、彼を必死に励ましていた。
「…………
おら、何か元気出た!!
明日が試験なんらけど
やれそうな気がしてきた……!!」
『よかった……!
私、応援してます!!』
と、一般の人間の目には感動的なシーンが、繰り広げられている。
しかし、これは、コンプレックスにとっては、迷惑この上ない。
(うぎゃー!!
やめてくれーっ!!)
『浪人さん』が自信を取り戻してしまったら、コンプレックスが吸い取る陰気エネルギーも無くなってしまう。
さきほどから横島やおキヌにバレないように自分の霊力を抑えていたコンプレックスであるが、このままでは、わざわざ抑制しなくても、霊力そのものが弱まってしまいそうだ。
(う……ううっ、ちくしょう!!
こんなところに……いられないだぎゃ!!)
コンプレックスは、横島たちのアパートから逃げ出していく。
こうして、おキヌが『浪人さん』を励ましたことで、一匹の可哀想な妖怪が追い出されたわけだが……。そんなこと、当然、おキヌは気付かなかった。
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『……おお!?
ここでエンジョイする若者たちのカゲには
無数の怨念と陰の気がうずまいてるでやー!!』
受験シーズンということは、季節は冬。
夏のレジャープールや海水浴場に相当する場所として、コンプレックスが辿り着いたのは、スキー場だった。
『ここでイヤガラセするんだぎゃー!!』
コンプレックスが新たな住処として入り込んだのは、大きなホテルの地下室である。
『今度は水着じゃなくて……
スキー板を使えばいいんだぎゃ!?
それとも……スキー服!?』
ちゃんと作戦も練り始めたコンプレックスは、外見まで変化させていた。スキー場にちなんで、雪をかぶったような白一色になったのだ。
『おでも……オシャレになっただぎゃー!』
と思うコンプレックスだが、それは、あくまでも彼の主観である。彼自身の霊力で『雪』を作り出して着込んでいるために、他人の目には、単なる悪霊にしか見えなかった。
なお、今、彼がいるホテルは、HOTEL SHIRABAKA PRINCESS という名前のホテルだ。
数あるスキー場の中で、よりによってここへ来てしまったのは、彼の不運だったのだろうか。あるいは、近くに魔法植物マンドラゴラが生えているくらい、霊的に異常な地であったからだろうか……。
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「ちょっと悪さが過ぎたようね!!
ゴーストスイーパー美神令子が
極楽へ行かせてあげるわ!!」
再び、コンプレックスの前に現れた美神令子。
もちろん、コンプレックスが姿を変えてしまったため、美神のほうでは、相手がコンプレックスだとは分かっていない。
「吸引!!」
美神が、吸魔のふだを突きつける。
そこに吸い込まれながらも、最後に、
(スキー場はダメだっただぎゃー!!
おでは……たとえ冬でも……
海かプールに行くべきだったんでやっ!!
今度よみがえるときは……常夏の国に……)
と考えるコンプレックス。
後にコスモ・プロセッサで蘇る地がハワイとなるのは、このときの思念の賜物なのかもしれない……。
(季節外れのコンプレックス・完)
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こんにちは。
まずは、『海坊主の逆襲……?』にコメントをくださったPDさんに、感謝の意を表明させてください。ありがとうございます。PDさんのコメントのおかげで、アイデアを刺激されて、この作品が生まれました。
昨日投稿した『海坊主の逆襲……?』でコンプレックスを登場させなかったのは、意図的なものでした。コンプレックスは、該当エピソードで除霊されてしまっている(後にコスモ・プロセッサでは復活したがコスモ・プロセッサ破壊と同時に消滅したと思う)からなのです。しかし、コメントをいただいた後、コンプレックスのエピソードをもう一度読み直して、
「こいつは勝手に復活する可能性があったんだな」
と気付いてしまいました。そして、ふと、浪人さんのエピソードがコンプレックスのエピソードよりも後であること、さらに、スキー場のエピソードはもっと後であること(しかもそのエピソードでは魔物の詳細は描かれていないこと)を思い出し……。コンプレックスを主役として、それら三つのエピソードを裏でつなげてみました。このアイデアが既出でないことを祈っています。
主役が吸引されて終わってしまう、『救い』のない物語になってしまいましたが(コスモ・プロセッサによる復活と結びつけたのが、かろうじての『救い』でしょうか?)、わずか三千文字の超短編ですので、御容赦ください。
いかがだったでしょうか。皆様の御意見・御感想がいただければ幸いです。
(なお『海坊主の逆襲……?』のレス返しは、そちらのページ内で、もう少したってから行う予定でいます。そちらの作品も、よろしくお願いします)