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「あなたの名前を呼びたくて(GS)」

くらむぼん (2008-02-03 00:34)

 そのことには、けっこう前から気づいていました。


「ちわーす」
「先生ー!! 散歩に行くでござるー!!」
「どわーっ!! いきなり跳びつくな! 顔を舐めるな!
 今来たヤツを挨拶もしないうちに外へ連れ出そうとするな!!」
「先生、こんにちはでござる! 一緒に散歩に行くでござる!」
「挨拶したら連れ出して良いという意味ではないわ! この馬鹿弟子!」
「キャイン!!」
「ちょっと、うるさいわよシロ! テレビが聞こえないでしょ!
 横島が来たからってワンワンワンワン騒ぐんじゃないわよ、この馬鹿犬!」
「犬じゃないもん! 狼でござる!
 のっけから喧嘩売ってるでござるか、この性悪狐は!?」
「なにが狼よ。どっから見ても犬よ。飼い犬よ。
 飼い主が来たから尻尾振って喜んでるのよ」
「その喧嘩、買った!」
「だーっ!! やめんか2人とも!
 タマモもあんまりシロをたきつけんじゃねえ!」
「事実を言ったまでよ。
 横島も飼い主なら、もっとちゃんと躾けなさいよね」
「失礼な! 先生は飼い主ではないでござる! 拙者と先生の関係は、もっと純粋なもので   
「うるさーい!! あんたら、静かにしなさーい!!
 こちとら、デスクワークが溜まっててイライラしてんのよ!!」
「ああ、美神さん! 今日もお美しいですね!」
「やかましいって言ってんの!
 どうせすぐの仕事はないんだから、今日は少し静かにしててちょうだい」
「ちょっと横島。あんた、私に挨拶してないわよ」
「むしろお前が俺の挨拶に返事をしてないとおもうのだが……。
 まあいいや。よう、タマモ」
「……それだけ?」
「へ?」
「それより横島クン。あんた、勉強は大丈夫なの?
 あんたの学校も今週からテストなんでしょ?」
「な!? あの美神さんが俺のテストの心配を!?
 こ、これはもう『テストの結果が悪い』→『俺の将来に悪影響』→『2人の結婚生活に悪影響』と考えているとしか!
 ごめんよ令子! 君を不安にさせてしまった僕を許しておくれ!!」
「常人の理解の範疇を超越した勢いで思考を飛躍させた挙句、そのまま跳びかかってくんじゃないわよこの変態!!」
「うぎゃーっ!!」


 いつもの賑やかな事務所の風景。
 出勤1分後、雇い主の手によって血だるまにされちゃった横島さんに、ヒーリングをしてあげます。


「もう、横島さんたら。大丈夫ですか?」
「ありがとう、おキヌちゃん」


 ヒーリングの効果を遥かに超える勢いで回復し、ニッコリ笑ってお礼を言ってくれる彼に苦笑を返しながら、また、私は同じことを考えていました。


 やっぱり、誰も『忠夫さん』て呼ばないなあ……。


   あなたの名前を呼びたくて

               くらむぼん


 私は『横島さん』
 美神さんは『横島クン』
 シロちゃんは『横島先生』
 タマモちゃんは『横島』

 誰も『忠夫さん』て呼びません。

 事務所以外に範囲を広げても、

 同級生兼除霊委員仲間の愛子さんは『横島くん』
 後輩兼お隣さんの小鳩さんは『横島さん』
 義妹とも言えるパビリオちゃんは『ヨコシマ』
 アンドロイドのマリアは『横島さん』
 ひのめちゃんは、最近『にーにー』と呼んでいるみたい。

 他にも名門旧家のお嬢様とか竜の女神様とか千里眼の女神様とか魔界の軍人さんとか、横島さんと親しい女の人はたくさんいますけど、全員が横島さんのことを『横島』という姓で呼びます。

 私が知っている女性で、横島さんのことを『忠夫』という名で呼ぶのは、横島さんのお母さんだけです。

 そもそも、かつてその恋人という立場になることができた唯一の存在である蛍の魔族の女性ですら、横島さんを『ヨコシマ……』と呼んでいたのだから。


   ていうか、周りに女の人が多すぎるとおもう……」


 気がついたら、ポツリと独り言を漏らしていました。
 今、適当におもいついただけで、いったい何人の女性が頭をよぎったことでしょう。

 私は、小さく溜息をついて、手にしていたシャーペンを机の上に放り投げました。
 机の上に広がっているのは、数学の教科書とノートです。
 いつもだったら、もう寝ている時間なんですが、私の通う六道女学院も明後日からテストなので、その追い込みをしているのです。

 時間は、もう深夜。
 シロちゃんもタマモちゃんも、流石にもう寝てしまったのでしょう。屋根裏部屋からは物音ひとつ聞こえてきません。
 本当は、もう少しこの数式に慣れておきたいところなのだけれど、どうにも気が散って集中できません。
 思い浮ぶのは、最近、なんだか妙に気になる横島さんの名前のこと。

 一般的に、他人を呼ぶときに名じゃなく姓を呼ぶのは、その人とあまり親しくないということです。
 でも、横島さんに限っては、この法則はあてはまりません。
 さっき名前を出した女の人のほとんどが、横島さんに対して異性として好意をもっているからです。

 たとえば美神さん。
 本人は絶対に否定するでしょうが、横島さんを好きなことは、見ていればバレバレです。

 シロちゃんは、ほとんど公言しているようなもんですし、タマモちゃんだって最近の態度はかなりあやしいです。

 小鳩さんは、あの結婚式の記憶を今でも大切にしているようですし、マリアの場合は、マリアが「さん」付けで名を呼ぶのは横島さんだけです。

 皆、とてもとても横島さんが好きなのに、誰も直接、告白したりしないです。
 よく考えると変な関係ですね、私達。


 それでも、最近は少しずつ変わってきているような感じがします。


 美神さんは、なんだか横島さんに対して優しくなってきたような気がします。
 あいかわらず殴ったり蹴ったりするんですが、そうじゃない場面では、細やかな気づかいをするようになったとおもいます。

 シロちゃんは、横島さんと一緒の散歩の時間が長くなりました。
 横島さんに聞くと、距離が伸びたわけじゃないそうです。
 「やっと加減をおぼえてくれた」と横島さんは泣いて喜んでいたけど、多分、ちょっと理由は違うとおもう。
 ゆっくり散歩すれば、それだけ長く横島さんといられることに気づいたんじゃないかな。

 タマモちゃんは、よく横島さんにご飯を奢ってもらってるみたい。
 本人は「キツネうどんをたかっているだけ」と言うけれど、でも、2人で外食って、それってデートってことじゃないの? むー。

 少しずつ変わる関係。今の楽しい場所も大切だけど、彼との関係を進展させたいとおもう気持ちも確かにあります。

 それは、きっと皆がおもっていること。皆が同じくおもっていること。

 私も同じです。
 私も、もう少しだけ、横島さんと仲良くなりたいとおもいます。

 一緒にお出かけしたり、一緒にデートしたり、キ、キスしたり、そ、それから   キャーッ! 私ったら!! キャーッ!!


 ハアハア……。
 と、とりあえず、まずは横島さんを、た、『忠夫さん』て呼んでみたいんです。

 少しだけ、少しだけ今の関係を進展させたいんです。

 私が彼を『忠夫さん』て呼んで、彼が私を『おキヌちゃん』て呼んでくれて。


 それって、きっと、とっても素敵だなあっておもうんです。


 そんなことを思いながら夜更しした、次の日。


「あれ? 今日は誰もいないの?」


 直接、学校から来たのでしょう。
 学生服姿で事務所に現れ、驚いたような、呆れたような声で問いかけてくる横島さんに、私は、皆の今日のスケジュールを教えてあげました。


「はい。
 シロちゃんとタマモちゃんは、オカルトGメンの捜査の手伝いということで朝から出ていますし、美神さんは、お得意様の建設会社の社長さんに会ってくるって、さっき出かけました」
「……それって、昨日、俺が事務所にいた時点で、既に決まっていたスケジュールじゃない?」
「……まあ、そうですね」
「なんだよもーっ。
 美神さんも、そうならそうと昨日のうちに一言くらい言ってくれよなー」


 ここ『美神令子除霊事務所』に所属している正規のGSは、美神さんだけです。
 横島さんは、実力はともかく、公式にはまだ見習いGSだし、私とシロちゃんとタマモちゃんは、その「見習い」の域にも達していません。

 だから、美神さんが不在になると、残されたメンバーでできることは極端に少なくなります。
 最近は、横島さんが単独で除霊にあたることも多くなりましたが、それもあくまで事前に美神さんの指示があればこそ、です。

 今回のように事前の指示がなにもないと、途端に横島さんもすることがなくなってしまいます。


 ちなみに、今回の件は、美神さんが横島さんにスケジュールの話をしていなかったわけではありません。
 昨夜、横島さんも一緒に事務所で夕ご飯を食べたとき、美神さんは「明日はこなくていい」と横島さんに確かに言っていました。
 ただ、そのときの横島さんは、おかずのトンカツを巡ってシロちゃんと熾烈な戦いを繰り広げていたので、耳に入らなかったんだとおもうんです……。


 女の子とはいえ、人狼族の中でも高いレベルの能力を持っているシロちゃんの本気の(おかず)狩りを、自分の身ひとつで凌いでしまう横島さんは、やっぱりちょっと凄いとおもう。


 でも、これは私にとってチャンスです。


 2人きりです。横島さんと2人きりです。
 ほんの少しでも良い、彼との関係を進展させるチャンスです。
 『横島さん』から『忠夫さん』に進歩するチャンスです……!


 なのに、横島さんは。


「そっかー。誰もいないのかー。どうすっかなー?」


 ……横島さんは。


「誰もいないんじゃしょうがないしなー。帰るかなー?」


 ……。


「なにも皆で出かけなくてもいいだろうに   お、おキヌちゃん?」
「……なんですか?」
「え、えーと、もしかして、なにか怒ってらっしゃいます?」
「……なんにも怒っていません」
「で、でも」
「……私は『皆』に含まれてないみたいですから」
「え!?    あ、違う!」


 事務所に私しかいないことが不満みたいに言う横島さん。
 つい、恨みがましい目で見てしまいます。


「……むー!」
「ち、違うんだよおキヌちゃん!
 ほら、あれだ、シロがいると散歩につきあわなきゃなんないし、タマモがいるとどこかに連れてけってたかられるし、美神さんがいると覗きとか色々しないといけないし!」
「……最後のはともかく、シロちゃんやタマモちゃんとは遊んでも、私とは遊べないってことですね」
「い、いや、そうじゃなくて!」
「……どうせ、私といても退屈ですよね」
「だーっ! ごめんなさーい!」


 目からダクダクと涙を流し、土下座を始める横島さん。


「いや、ほら、おキヌちゃんって、他の3人みたくワガママ言わないし!」
「……自己主張もできない、つまんない娘です」
「だーかーらー違うってーっ!
 ほ、ほら、おキヌちゃん、明日からテストだって言ってたでしょ!?
 仕事もないのに俺が事務所に残って騒いでたら、おキヌちゃんのテスト勉強の邪魔しちゃうから!」
「……私のテスト勉強の邪魔になるのが嫌なんですか?」
「へ?    あ、ああ、そうそう」
「……横島さんも、明日からテストでしたよね」
「へ?    あ、ああ、そうそう」
「……横島さん」
「へ?」
「……私のワガママもきいてもらえます?」


 事務所の応接セットで広げていた英語の教科書を取上げる。
 横島さんの言う通り、横島さんが来るまでしていたテスト勉強で使っていたものです。

 それを、横島さんから見えるように掲げて、私はワガママを言いました。


「一緒に勉強会、しましょう?」


 ティーパックで簡単に紅茶を淹れて。
 事務所の応接室に2人で差し向いで座って。

 勉強会の始まりです。

 「テスト期間じゃなかったら持ってなかったよー」とか言いながら、横島さんも鞄から勉強道具を取り出しました。
 いつもだったら、教科書とかは学校に置きっ放しにしちゃっているそうです。一文字さんと同じですね。


 そうして始まった勉強会だったんですが、少し意外なことがありました。


 横島さんには申し訳ないんですけど、私は、横島さんの学校の成績は、あまり良くないとおもっていました。
 1番の理由は、アルバイトをしているせいであまり授業を受けられないことだとおもうんですが、今までも「テストの点が悪かった」みたいな話は、本人からもよくきいていました。

 それなので、


「だからね、この英文は関係代名詞の使い方が大切なんだとおもうんだ。これがこっちの単語と繋がるから、この文章の意味は
 『彼女はお金が好きです。でも、お金の方が、もっと好きです』って意味になるんだよ」
「……それ、なんだか日本語がおかしくありません?」
「……あれ、本当だ。え~と  いや、やっぱりあってるな。
 なんだこの英文?」


 教科書の英文法をわかりやすく解説してくれる横島さんに、少し驚きました。


「凄いです。横島さんて、お勉強できたんですね」
「……まあ、俺は、しょせんバカキャラですけどね」
「ああああ! いえ、そういう意味じゃないんですけど!」
「……そういう意味じゃないのなら、どういう意味なのかと問い質したい」
「えーとえーと!
 だって、よく『赤点だー!』とか『補習だー!』とか言ってたじゃないですか」
「んー。まあ、最近は、少しは勉強してるかんなー。
 1学年下のおキヌちゃんにならなんとか教えられる程度には」
「そうなんですか?」
「そうなんですよ」
「でも、事務所では勉強したりしてないですよね」
「ここに来ると普通に仕事があるしね。
 それに仕事がなくてもシロの相手をしたりひのめちゃんの子守があったりで、忙しくって参考書なんて広げてらんないよ」
「そうなんですか?」
「そうなんですよ。   ていうか、愛子がさ」
「え?」
「愛子がさ、最近『クラスメートが留年するなんて青春じゃない!』とか騒ぎ出してさ、放課後も学校に残されてムリヤリ勉強させられたりしてんだよ」
「そ、そうなんですか!?」
「そうなんですよ。
 しかも俺だけ狙い撃ち! 成績悪いヤツは他にもいるっちゅーねん!」
「よ、横島さんと愛子さんだけで勉強しているんですか!?」
「そうなんですよ」
「そ、それで!?」
「へ? いや、それだけだけど?」
「え?」
「へ?」


 勢いがつきすぎて、ちょっと声が大きくなってしまった私の質問に、横島さんはキョトンとした表情を返して来ました。

 なんだか、本当になにもわかっていないようです。
 愛子さんが、どういうつもりで横島さんに居残りをさせたのか、私が、どういうつもりでそのことを問い質したかったのか。


 ……これも、前からおもっていたんですけど、横島さんって一部のことについて鈍すぎるとおもうんです。


 横島さんの場合、全部が全部、鈍いってわけじゃないんです。
 横島さんの心の機微が、暖かい心が誰かを癒すということは、今までもたくさんありました。
 それは、横島さんの大きな魅力のひとつです。

 でも、なんていうか、自分に向けられた好意にだけ、極端に鈍いんですよね……。

 色んな女性が横島さんを想っているのに、誰もそれを伝えられていないのは、絶対にこの横島さんの鈍さのせいだとおもうんです。


 ああ、違いますね。
 なんだか唐突におもいだしましたけど、私、いつだったか横島さんに告白したんでしたっけ。


 ちゃんと「大好き」って言ったのに、横島さんてば「こーなったらもー」とか言い出して。
 しかも、そのすぐあとにグーラーさんとイチャイチャして……。

 あれー? もしかして私、もっと怒ってもいいんじゃないでしょうか?


「…………」
「……(なんだかおキヌちゃんから美神さんばりの殺気が)え、えーと、おキヌちゃん、どうかした……?」
「……いえ、別に……。愛子さんも大変だなーとおもって」
「え?
 そ、そう言えば、愛子は『おキヌちゃん達も大変よねー』とか言っていたような……」
「あー、そうですかー」
「えーと。ど、どういうこと?
 もしかして俺、なんか変なこと言ってるの?」
「いえ、別に。ただ、横島さんは鈍いなーっていう話です」
「そ、そうなの!? 愛子とかおキヌちゃんから見て、俺って鈍いの!?
 だからナンパが上手くいかないの!?」
「またナンパとかしてたんですか!?」
「ち、違うんや! 冬のこの寒さがいけないんや!
 冷たい風が心の隙間から入って来て、つい人恋しくさせるんやーっ!!
 なのに、なのにあいつらときたら、揃いも揃って『無視』『嘲笑』『罵倒』のトリプルコンボかませやがって……!
 30人も声かけたのに……」


 あぐあぐと泣き出す横島さん。

 知らない女の人をナンパしたりするから、そうなっちゃうんです。

 知っている女の人をナンパしたら、絶対に上手くいっちゃうのに。


「お、俺って鈍いんか!?
 女心とか全然わかっとらんのか!? 空気読めとらんのか!?
 い、いかん、それって男としてより大阪人的に致命的だぞ……。
 嫌ーっ!
 『空気嫁』と言われるのも嫌だけど『KY』とか言われるのはなんかもっと嫌ーっ!!」


 その場でのた打ち回る横島さん。
 その様子を見て、私は、気づかれないように小さく笑ってしまいました。

 「横島さんは横島さんのままだなー」とかおもいます。

 彼の周りの女の人の多くが、今の関係から変わりたい、変わろうとしているのは事実だとおもいます。

 でも、そんなのきっと横島さんには関係ないのかもしれません。


 賑やかで、元気で、びっくりするほど優しくて。

 そんな魅力的な横島さんが横島さんのままなのは、きっと、皆にとっても嬉しいことですよね。


 私は、なんだか妙に安心したような気分になって、軽く気持ちを切りかえました。
 いつの間にか、日はずいぶんと傾いています。
 私も横島さんも、けっこうがんばって勉強していたみたいです。


「もう、こんな時間ですね。
 横島さん、夕飯の準備をしますから食べてってくださいね」
「うう、ワイは、ワイは~……って、それは悪いよおキヌちゃん」


 途端に気づかわしげな視線を向けてくる横島さん。
 そういうところは、よく気がつく人です。
 もっと違うところにも気づいて欲しいのに。


「俺、もう帰るからさ。気にしないでよ」
「ダメです。
 横島さん、このまま帰ったら、絶対に自分でご飯つくらないですもん。
 栄養が偏っちゃいます」
「いや、ダメだよ。
 テスト勉強で忙しいおキヌちゃんの時間を使わせられないよ」
「ダメです。
 これは、そのテスト勉強を教えてくれた横島さんへのお礼という意味も込められているんですから」
「いや、ダメだよ。それに、今日は他の皆はいないんでしょ?
 俺だけのために料理することないって」


 もう!
 横島さんのためにお料理したいんですよ。


「ダメです! もう決めたんですから」
「いや、ダメだって。
    ていうか、そもそも今日は事務所に他に誰もいないんやないか!
 ゴメン、女の子1人だけのところに男がいつまでもいちゃまずかったよね」


 だから、そうじゃなくて   


「もう! 横島さんと2人っきりなのが嬉しいんじゃないですか!」
「へ?」
「え?」
「へ?」


 事務所の中に沈黙が訪れました。
 見詰めあう私と横島さん。


 あれ? 私、今、なにを言って   


 横島さんは、なにも言いません。
 ビックリしたような顔で、私を見ています。


 自分の顔が、凄い勢いで赤くなるのがわかりました。


 あ、あれ!? も、もしかして私、なんだか凄いことを言っちゃいました!?

 ま、またですか!?
 前の告白? のときも、勢いで言葉が出ちゃったみたいな感じでしたけど、また、今度もそうですか!?

 顔が熱いです。むちゃくちゃ熱いです。
 絶対、凄く真っ赤になっています。

 ど、どうしよう? 横島さんに変におもわれちゃう!


 私は、おそるおそる横島さんに顔を向けました。

 横島さんは、まだビックリ顔のままだったけど、それでもきっと、段々と私が言ったことの意味がわかってきたみたいで。
 なんだか、少し顔が赤くなっているみたい。
 横島さんも、照れてる?

 それとも   喜んでいる?


    あ、言えます。


 頭は混乱しているし、心臓はバクバク鳴っています。
 顔だって真っ赤のままでしょう。

 それでも、横島さんも顔を赤くしているのを見たら、心のどこか、一部分だけがストンと冷静になりました。

 言えます。
 なんでだろう、今なら、きっと上手く言えます。
 ずっと気になっていた、横島さんの『名前』のこと。


「……た……」


 沈黙を破ったのは、私。
 横島さんは、まだなにも言いません。

 だって、きっと、上手く言えるのは私だから。


「……た、た……」


 それでも緊張して、声がかすれているけれど、でも、それでも言いたい。

 横島さんに言いたいんです。

 『忠夫さん』て。

 『忠夫さんて、呼んでいいですか?』て。


「……ただ……!」


 今なら、絶対に上手く言えるから……!


「……ただ「「ただいま~」でござる~」おさ……」


 ……あれ?


「あー、つっかれたー」
「ああっ! 先生でござる先生でござるー!」
「えっ!? シロとタマ   てどわーっ!!
 いきなり跳びつくな! 顔を舐めるな!
 帰って来た途端に断りもなく他人を外へ連れ出そうとするな!!」
「先生、ただいまでござる! 一緒に散歩に行くでござる!」
「断れば連れ出して良いという意味ではないわ! この馬鹿弟子!」
「キャイン!!」
「あんたら、よく毎日飽きずに似たようなやりとりを繰返せるわね……。
 ていうか、横島はなんでここにいるの?
 仕事は休みだって言われてたでしょ?」
「あ、ああ、ちょっとな……。2人の仕事は、どうだったんだ?
 Gメンの手伝いだったんだろ?」
「それが最悪!
 簡単に言うと『盗まれた霊的アイテムの捜索』だったんだけどさ、これが全然見つかんなくて!」
「盗まれてから時間がたってて、匂いが殆ど残っていないでござる。
 一旦、今日は解散して、また、明日も手伝うことになったでござるよ」
「そ、そうか、大変だったな。
 それでまだ、そのGメンの制服を着てるのか」
「……ハッハ~ン。
 横島、なんであんたが、わざわざ休みの日に事務所に来ているのかわかったわよ」
「うぇ!?」
「あんた、私とシロの制服姿を見に来たのね!!」(ババーン!)
「そうなんでござるか?」
「違うわー!
 なんでわいがお子様達の制服姿に興味持たなきゃならんのやー!?」
「またまた~♪ 強がり言っちゃってー♪ ほーら、タイトミニですよー」
「それならそうと早く言ってくれれば良かったでござるのに……。
 ほーら、ストッキングでござるよー」
「う、うお!? こ、これはなんとも……。   はっ!
 ち、違う! ワイはロリやない! ロリやないんやー!」
「でも、横島って制服とか好きなんでしょ? ほーら、パンプスですよー」
「銀行で、そーゆーのに弱いとか言っていたでござるなあ。
 ほーら、白いブラウスでござるよー」
「うおお! ワイはロリやないロリやないない……。
 ていうか、なぜ2人とも初期の頃のそれを知っている!?
 あの時点ではお前達、設定があったかどうかさえ怪しい   
「ただいまー! 横島クン来てるー!?
 て、なに鼻の下伸ばしてんだこのガキャーッ!!」
「うぎゃーっ!!」
「て、横島クン、血だるまになってる場合じゃないわよ!
 仕事よ! 急いで準備して!」
「……し、仕事っすか……?」
「そうなのよ!
 あの建設会社のハゲ社長、わざわざ他人を呼び出すからなにかとおもったら仕事の依頼だったのよ!
 自分とこが開発しているG県のダム建設現場で悪霊が大暴れしてるんですって!
 もう納期も間近なんだから急いでなんとかしてくれって泣きついてきたのよ!
 依頼料は1億!
 5日以内に除霊できたらボーナスでもう1億ですって!」
「おお! なんだか凄そうでござるなあ! 拙者も行きたいでござる!」
「あー、私も行きたーい。そっちの方が面白そう」
「ダメよ。あんたたち、Gメンの仕事は終わったの?」
「「う……」」
「さっきママから電話があって聞いたけど、明日もやることになったんでしょう?
 こっちの依頼ほどじゃないけどGメンの仕事だってそれなりにいい金額なんだから、キャンセルなんて許さないからね!」
「「えー!?」」
「ちょっと、なにグズグズしてんのよ横島クン! さっさと準備して!」
「いや、割られた顎がなかなか戻んないんすけど……」


「わ、私も行きます!」


 凄い勢いで状況が移り変わっていく中、ついて行けずに呆然としていた私ですが、なんとかそれだけは主張しました。


「ダメよ。おキヌちゃんは、明日からテストでしょう?」


 ですが、すぐにたしなめられました。


「いやいや、それなら俺だって明日からテストなんすけど……」
「ダメよ。横島クンは、丁稚でしょう?」
「それでなにかをたしなめたつもりかー!?」
「ムッ! 丁稚じゃないとか言うつもり!?
 だいたい、どうせあんたがテスト受けたって赤点に決まってるでしょう!
 テスト受けたって追試、受けなくたって追試なら、受けない方が地球環境とかのためよ! きっと!!」
「なんちゅー酷いこと言うんじゃー!
 思春期真っ盛りの俺のガラスのハートが砕け散ったわー!」
「令子、横島クンと一緒にお仕事したいな☆」
「おのれ憎き悪霊め! 燃え盛る俺の心の炎で焼き尽してくれるわ!」
「よーし! 行くわよ横島クン!」
「うっしゃーっ!!」


 ……あれ?


 割れた顎を1コマで回復せた横島さんと、億単位の依頼に最初から張り切っている美神さんは、そのまま凄い勢いで、車で事務所から飛び出していきました。

 私といえば、それをただ「ああああああ」とか言いながら見送ることしかできず。


 ……あっれ~?


 あれから5日がたちました。

 私は、なんとか無事にテストも終わりました。
 横島さんに教えてもらったおかげか、苦手な英語も、いつもより少しできたような気がします。

 シロちゃんとタマモちゃんも、あの次の日には、無事、Gメンの仕事をやり遂げました。
 今は2人でテレビの前でゲーム機を振り回して遊んでいます。

 美神さんと横島さんは、ついさっき帰って来ました。
 5日間、2人ともほとんど寝ずにお仕事していたみたいで、美神さんはデスクで、横島さんはソファーでぐでーってなっています。

 なんでも現場に行ってみたら、相手はただの悪霊ではなくて、土地神がなにかの理由で凶暴化した存在だったんだそうです。
 とても危険な相手で、美神さんと横島さんの2人がかりでも凄く苦戦したんですって。


「おっかない鬼女だったわねぇ……」
「でっかい角、生えてたっすもんね……」
「でも、私が論理的に、キムチが弱点だって見抜いたのよね……」
「ああ、あれは確かに論理的でした……」


 ……なんだか大冒険だったようです。


 ここ数日、とっても色々なことがありましたけど、けっきょくなにも変わりませんでした。
 でも、良く考えたら、それはきっと素敵なことなんです。

 美神さんも横島さんも、そんな凄い相手と戦ってきたのに、ちゃんと無事に帰って来てくれました。

 テレビの前ではシロちゃんとタマモちゃんが笑っています。

 横島さんと特別な関係になりたいという想いは、今も確かにあります。
 そういう関係になりたい、今の関係を変えていきたいという想いは、確かにありますが。

 5人が揃ったいつもと同じこの風景が、とても幸せだと感じるのも、確かなんです。


 横島さんと仲良くなれるチャンスは、きっとまだまだあります。

 その時、またがんばりたいとおもいます。


 ……その時は、横島さんも私と仲良くなりたいとおもってくれてたら、いいなー。


「……ほら、横島クン。
 いつまでも休んでないで、早く報告書を作りなさいよ……。
 今回はそういう仕事もやりたいって、自分から言ったんじゃない……」
「うう……。はい、がんばるっす……」
「ちゃんと依頼人に報告するまで、仕事は終わっていないのよ……?
 そういう事務仕事まで含めてGSの仕事なんだから……」
「はい」
「いつまでも半人前じゃ困るんだから、がんばってよね……。た、忠夫……」
   ! はい、がんばります、令子さん


 あれ?


                    <ちゃんちゃん♪>




 ほとんどの方は初めまして。くらむぼんと申します。
 ときどーき、感想を書くこともありましたが、基本的にROMだった者です。
 しかし、今回、どういうわけか急にネタをおもいついたため、投稿させていただくことにいたしました。

 むかーし、全然違う場所で、違う名前でエヴァのSSとか書いていたのですが、GSのSSは今回が初めてです。
 そのため、正しくキャラが把握できているか、少々不安なのですが。
 少しでも楽しんでいただければ幸いです。


 それと、くらむぼんは根っからのレイコスキーであることを、最後に申し添えさせていただきます。


△記事頭

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