第一章 ソレは、回避不能
1,日常のヒカリ
それは夢だった。辺りは靄(もや)がかかった様にぼやけ、ただその男しか見えない。
喪服を着た男、髪は所々跳ねているが、寝癖というわけではないだろう。長さは横島より、ほんの少し短いくらいだ。
後姿から徐々に正面側へと移行する視界。だから判った、これが夢であると。
酷く違和感を感じたのは、輝る篭手だ。淡く、深く、矛盾しているソレは、両腕の肩下までを覆っている。
色は深緑(ふかみどり)−−いや、そんな安っぽくは無い、黒翠(ふかみどり)、それは造語であるが、それ以外に形容しようのない色だ。
その男が手を天に掲げた、いつの間にだろうか? その手に何か握られている。
右手には大人の拳大の水晶のような物。左手には−−
−−ひゅっ。
息を呑む。それは、ルシオラだった。
いや、正確にはルシオラの霊基片、その結晶体だ。
その男は手の内にある、淡く光るソレを見て嘲(わら)った。
男の顔には仮面が付けられいる。ピエロの仮面だ、両目から幾筋もの涙の雫を流している、そんな、仮面。
故に男の顔は見えない。
夢だからか、五感は視覚以外無く、声も聞こえない。だが、嘲ったように、見えた。
寒気すら感じる、”ぞわ”っと何かが這い上がってくるような、霊感が警笛を鳴らす。
−−なんつー悪趣味な”夢”や。
波立った心を静める。それは暗示だ。
こういうのを無駄な努力とでもいうのか、横島を嘲笑うかのように、その男はルシオラを、ルシオラの霊基片を−−握りつぶした。
声も出ない、思考が停止する。
夢とか現実とか、そんなことは関係なかった。ただ、涙は出なかった。
悲しくないわけではない。ともすれば、叫び、その男を切り裂き、串刺して、魂すらも消し飛ばしてやりたいほどの激情があった。
だがコレは夢。体はなく、ただ見ることしかできない。
−−くそっ!
その男が嘲った。こちらを見てだ。視線が交差する。
子供が新しく買ってもらった玩具を自慢するが如く、右手に持ったソレを掲げて見せる。
なぜ、今の今まで気がつかなかったのか? 横島の記憶の中、ソレと似たようなものを見たことがあった。
−−嘘、だろ……? 魂の結晶!?
そう、ソレは酷似していた。
何故だろう? 嗅覚が戻った。最初に感じたのは瘴気だ。言いようも無い酷い匂い。次に感じたのは−−
−−血の、におい……あいつが? つーか、あいつ魔族?
その疑問に答えるように、その男の頭から角が生える。捻くれた、二本の角。
その男は此方(こちら)を見ながら”コクリ”と肯くと、結晶体らしきものを持った右腕を振るう。
つい先日起こった、あの大戦時のべスパすら超えるだろう魔力が、周囲の靄を吹き飛ばす。
自分と相手、その力は比べるだけ無駄、それほどの格差。
完全に視界が開け、見えたのは首、そう、生首だった。
変わり果てた姿、それは皆、横島の知り合いだった。
−−あ……
この夢で最大の衝撃だった。
美神親子、おキヌ、シロ、西条、ワルキューレにベスパ、パピリオ、小竜姫にヒャクメ、斉天大聖、天龍童子までも。
敵味方関係なく並ぶソレらは、本当にコレは夢なのか? そう、過ぎたはずの疑問すら再浮上するほどにリアルだった。
血のにおいの向こう側、微かに感じられる彼女たちの香り。
狂いそうな思考を留めたのは、偶然だ。”カチリ”と意識の奥で音がした。俗に、そういったものを閃きと言うのだろう。
泡のように湧き上がる思考、それを纏めれば、つまりはこういう事だ。
”神魔や妖怪は生首になどに成りはしない。彼、彼女らは、死すれば空(くう)に消える。なぜならば、人のように肉の体が無いのだから”
その考えが基点となり、横島を留める。
−−は、ははっ……脅かすなってのっ。 そうだよ、コレ夢だろ? そう、夢だ……。
少しの余裕を取り戻し、あらためて、ソレらを見渡す。無意識下の行動ではあるが、それは自分の考えを肯定するためだ。
そして、一人の少女に目が留まった、シロの隣にあったソレは、生前なら誰もが目を留める美少女だっただろう。
だが、横島はその娘に見覚えがなかった。
−−いやいや、俺がこんな美少女忘れるはずがっ……って、タマモ?
その思考に驚いたのは、横島自身だった。
知るはずのない少女、だと言うのに、思うより、すんなりと出た名前。だが、その矛盾にとらわれる前に横島の視界は、思考は−−ブラックアウトした。
「ふえぁ……」と気の抜けた欠伸。重い瞼を”ぐしぐし”と擦り、開(ひら)けた視界は、いつもの部屋。本当に六畳あるのか? と、疑いたくなるような狭苦しい部屋。
いつもなら、「せめて風呂付きで…」等々と愚痴ってしまうのだが、今日は違う。目が覚めたらこのボロ部屋、それが酷く嬉しかった。
横島は寝ぼけ眼のまま、”はぁ”と一つため息をついて、「なんつー悪趣味な”夢”や……」そう呟いた。
窓から入ってくる光に、その向うにある空(そら)に、いつもの日常を投影しながら。
終
作者の声
えーと、はじめまして。田中太郎と申します。
最初に、私の駄作をお読みくださった皆々様に感謝の言葉を、ありがとうごさいます。
この話は基本的にダーク、バイオレンス、インモラル、横島最強系だったりします。
全部を通して、ダークだったり何だったりしますので、全話に注釈(インモラル、ダーク、バイオレンス、15禁)を付けさせていただきます。そのことについてはご了承くださいませ。
えー、あと、ですね。今回が、初SSだったりしますので、生暖かい目(ぉ)で見てくれると嬉しかったりします。
えーと、それでは、これからもヨロシクお願いいたします。
あっ、最後に、短いのは仕様です。1−2以降から少しは長くなったりします。