もしかしたらありえるかもしれない、
これはそんなもしもの未来絵図、
彼と彼女の五年後のお話、
それでも時は進みだす
―それはきっと幸せな未来―
Presented by 氷砂糖
五月雨が降る。
古い日本家屋に咲く藍色の紫陽花に、その雨はよく似合っている。
庭に面する縁側で忠夫は甚平を羽織り、柱に寄りかかって座り何をするでもなく振り続ける雨を見入っていた。
シトシトと振る雨が葉に当たり音を立る。
サーーーーー
パラパラパラ
サーーーーー
パラパラパラ
小さく耳に入るその音色はとても心地よかった。
柱に体を預け、目を閉じ、耳をすませるのではなく、自然に耳に入る音を聞入る。
そうすることで初めて聞こえる音もある。
雨の中鳴く鳥の詩、
地に落ちた雨が流れる音、
雲を流す風の声、
忠夫の表情に薄っすらと微笑が浮かぶ。
キシ
キシ
そんな忠夫の耳に、木が擦れる乾いた音が聞こえた。
「忠夫………………眠っているのですか?」
「いや、………起きてるよ」
忠夫に声をかけたのは質素ながらも仕立てのよい着物を着付け、鴉の濡れ羽色の見事な黒髪を持った一人の女性だった。
「菓子を持ってきました、それと熱いお茶を」
コトリ
女性はゆっくりと床にお盆を置き忠夫の傍に座った。置かれたお盆の上には湯飲みとガラスの器が二つずつ。
「すまんな。お、菓子はわらび餅か」
ガラスの器の中には氷水が張られ、その上には茶色、緑、黄土色と三種類の餡を中心に含んだ小振りのわらび餅が浮かんでいた。
「茶色はあんこ、緑は抹茶として黄土色は何なんだ?」
彼女はこういった菓子や料理を作ることに手を抜かない。出会ってからそれは変わっていない事の一つだった。
「食べてみての楽しみです」
そして変わった事といえば、
「そうか。なら早速いただくぞ、千夜」
「はい」
氷の様に動くことの無かった表情に、小さな笑みを浮かべるようになったことだ。
「黄土色は干し柿だったんだな」
「はい。晩秋に作った物を氷室の中に吊るしておけば長い間持ちます。それを漉して餡にしました」
菓子を食べ終えた後忠夫はいつものように千夜の膝に頭を置く。確かに千夜の言うとおり餡はなかなか楽しめるものだった。
「お気に召しましたか?」
忠夫は真上から聞こえる声に、笑みを浮かべながらこたえる。
「ああ」
千夜は忠夫の返事に満足したのか、膝の上の忠夫の髪をゆっくり撫でる。
「そうですか」
静かな沈黙が雨音の鳴り響く中に訪れる。優しくしっとりと、
「なあ、千夜」
「はい」
忠夫は千夜の膝に頭を乗せたまま、目を瞑りゆっくり千夜に聞く。
「初めて出会ってから五年、いろいろ合ったな」
「ええ、あの時の私は家を続けることしか頭にありませんでした」
「………そうだったな」
千夜の返答に忠夫は薄く笑う。
「あれから色々ありました、私の考えが変わるほど」
彼女は変わった、家のことしか考えていなかったあのころに比べずっと魅力的になった。
「そうか」
「ええ」
忠夫は懐かしい記憶に身を浸しながら、さらに深く思い出す。
「そういえばあのころはハンバーガーすら食べたことが無かったんだっけ?」
懐かしい思い出に千夜は頬を緩め、
「あなたにはラーメンを食べに連れて行ってもらいましたね」
忠夫の頬へ手を当て、忠夫はその手を握る。
「そうだったっけか」
千夜の手は忠夫の頬を冷やし、
「そうです」
忠夫の手は千夜の手を温める。
「そうだったな」
「はい」
会話は雨の中思い出と共に行き来し、握り合った手はそのままに、別の手で千夜は忠夫の髪を撫で、忠夫はそれを甘受する。
やがて会話は無くなり、二人はそのまま時間を過ごす。
「千夜」
忠夫は千夜の名前を再度口にする。
「はい」
静かな時を忠夫が破り、僅かなためらいと共に口を開く。
「お前は今………」
「………ん」
千夜は最期まで忠夫に語らせようとはしなかった。
千夜は忠夫の両頬を両手でそっと挟み体を折り、
口付けた。
忠夫は驚き目を見開き、ただ千夜の唇の感触を受け入れる。
冷たく、柔らかく、熱く、心地よい。
「……………ん、………ち、や?」
やがて千夜が唇を離し、忠夫は戸惑いの声を上げる。
そして千夜は告げる。
幸せになることを恐れ、何よりも自分を愛した女が不幸になってしまうのではないかと恐怖する夫に、
―そして自分が何よりも愛する夫に―
「幸せです、忠夫。あなたと共にあれて」
心の底から思いを込めて言の葉を紡ぐ、思いの全てが届くように。
「そう………か」
忠夫の胸に熱いものがこみ上げてくる。千夜が口にしたのだ、共にいられることこそが幸せであると。
「そうか」
自分の傍に生涯共にいたいと言ったあの時の少女は、今という時を幸せを感じている。
「はい」
忠夫は見下ろす千夜の顔に手を伸ばし、触れ、引き寄せる。そして、
「千夜」
「忠夫」
今度は忠夫から口付けた。
人生の内ほんの一瞬、今という時間を切り取ってしまえばそんなものだろう。だからこそ二人は思うのだ、
今この瞬間があるなら、二人の生涯は幸せなものであると。
「千夜」
やがて忠夫は唇を離すと、そっと千夜に話しかける。
「はい」
千夜は頬をわずかに染め。それでも忠夫の言葉を待つ。
「俺も幸せだ、お前といられて」
忠夫は伝える、彼女が心の内を語ったなら今度は彼の番だ。
「は、い………」
千夜の頬に涙が零れる。彼女もまた不安だったのだ。彼が自分を選んで本当に幸せになれるのか、自分に人を愛するという心を教えてくれた彼が、今幸せでいるのだろうかと。
「はい」
千夜は涙はボロボロと零す、まるで彼が出会った頃の彼女が年相応になったかのように、
今まで数度しか見せたことの無い満面の笑みを浮かべ、
彼女は涙した。
「俺は」
「私は」
二人の声が重なる。まるで心まで重なるかのように、
「幸せだ」
「幸せです」
いつの間に雨は止み、二人を雲の間から零れる日が照す。
そして空を見上げると其処には、
見事な七色を称えた虹が姿を見せていた。
「十月十日まで後八ケ月、待ち遠しいです」
涙した後独特の擦れた千夜の言葉に忠雄は慌て、千夜の膝から頭を起こし起き上がる。
「な!千夜それって!?」
千夜はあわてる忠雄の口に指を一本当て、忠夫の口を塞ぎ、
「言ったでしょう」
未だ涙の後を残す笑顔で彼女は続ける。
「幸せですって」
回る歯車はやがてどこかに行き着き、
進み行く時は人から何かを奪い、何かを与える、
何を奪われ、何を得るのか、
未来は揺れ移ろい予想なんて出来やしない
だけど二人が共に在るのなら、
其処に待つものは、
―それはきっと幸せな未来―
どうも氷砂糖です。
先ずはちーちゃんカウンターを回してくださった方々に感謝を。思い起こせば“彼の価値彼女の価値観”から結構な時間が過ぎてますね、それからレイン登場やら六道戦や勝利宣言などの数々のイベントがありました。………まあ感傷に浸るのはここまでにします。きりが無いですし。
この話は忠夫23歳と千夜20歳のお話です。この二人が一緒になるとしたらこんな感じかなというものを書いてみました。何か普通に結婚後もバカップルかなーと膝枕が二人の間ではいつものことなのですw千夜は膝枕好きですよー《公認》
この話は結構まえに書いて眠ってたんですが、やっと日の目に当てることが出来てよかったです。もう少しかかるかなーと思っていたんですが、思ったより早くてよかったです。まあ蛇足はここまでにします。次は“過去からの思い後編”で合いましょう。
なんか子供の話も書きたいな