さてお立ち会い。
世界を救った救世主であった彼らに待っていたのは3月頭に行われる学年末テストで平均点をとらなければ即留年という事実であった。
いや、彼らが英雄でなければ出席日数で留年が決定していたわけだから、多少考慮された結果であろう。
そして彼らの雇用主などにも話がつけられ、彼らはそれぞれに譲れない理由を抱え、波乱に満ちた学園生活がスタートされたのだった。
2月14日。聖バレンタインデー
かつてキリスト教の聖者バレンタインが殉教した日。本来は愛を伝え、愛をたたえる日なのだが、この国ではすっかりお菓子会社の陰謀にまみれていた。
そして今年のもてない男代表二人と言えば……。
「もー、もらえるとかどうでもいい、とにかく平穏に過ごしたい」
「右に同じですけんのー」
何とも枯れた感想であった。
しかし、それも仕方がないだろう。命の宿ったチョコレートに追いまわされ、何リットルものチョコレートを口移しで飲まされたり、差出人不明のチョコレートで名誉毀損されたり、魔女の作った薬のせいで女性に蛇蝎のごとく嫌われたり。とにかくここ数回ろくなことがないのだ。―――何で高2で四回目なんだとか言うことは突っ込んではいけない大人の事情だ。
それにもらえない。という点では、朝一にお隣の小鳩から、おキヌからは数日前に「14日はよってくださいね」と言われている。
美神が言うには今日に向けてシロやタマモ、それから同級生二人とキッチンで何やら作っていたと言うから、期待してもいいだろう。
タイガーにしても、今年は一文字魔理というガールフレンドがいる。その魔理と放課後会う約束があるので、こちらも目くじらを立てる必要がないのだろう。
「おはようございます、横島さん、タイガー!」
しかし、昇降口でピートの手に持たれた紙袋から、たくさんのラッピングされた箱が目に映ると思わず呪いたくなるのはもはや条件反射といってもいいだろう。
『おはよー!』
ひとしきり昇降口でじゃれあった後――1人生命の危機に瀕したが――3人は自分たちの教室にたどり着く。
あちこちから朝の挨拶が掛けられ、それに返しながら席に着くと、古い机に腰掛けた愛子が奇麗にラッピングされた箱を三つ差し出した。
「こ、これは!!」
『除霊委員のよしみよ』
どうせもらえないんでしょ?と妖怪である愛子にまで言われるのは癪だが、ありがたいものはありがたい。
すっかり「除霊委員」というのが定着しているが、すでにそこは逆らう気がないのか誰も否定しない。
「へっへー」
拝むような卑屈な態度で愛子から受け取る。しかし、それを見たクラスメイトから――その態度があまりにも卑屈だったせいか――次々にチョコが渡される。
中にはチロルチョコ詰め合わせなど明らかに「義理」と主張しているものもあったが、それでもバレンタインチョコレートである。
「うぉぉぉ!!生まれてこのカタこんなにチョコレートもらったのは初めてだ!」
「右に同じですけんのー」
男泣きをする二人にクラスの女子から何とも言えない生ぬるい笑みが、男子からは同情のまなざしが注がれた。
今日という日に女性からチョコレートをもらって男から同情される男など彼らぐらいだろう。
「あ、言っとくがホワイトデーは期待すんな!」
『わかってるわよ』
「極貧のあんたらから三倍返しとか期待しないから」
ぴたりと泣きやんだ横島がそう宣言すると、こちらもそれぞれからそんなお言葉。こればかりはピートも期待できない。何しろ彼らは昼ごはんのたびに、「GSは本当に儲かる職業か」とクラスメイトに疑問と将来への不安を抱かせているのだ。
「でもこれで、先生も最低限のカロリーが確保できます」
「唐巣のおっさんまた死にかけてんのか」
主よ、あなたの施しに感謝します。と十字を切るピートに、既知の神父の清貧ぶりを思って横島は苦笑いを浮かべた。
そして、横島の願いどおり、一見平穏なまま一日が終わるかに見えたのだが…。
「横島先輩、これ、受け取ってください!!」
その一言で、平穏なあっさりと破壊されたのだった。
「つまり、先週の除霊委員の活動のお礼だとそう言うわけだ」
「は、はい」
殺気ばしったクラスの男子に詰め寄られた女子生徒(学年は一つ下)はそうまとめた言葉にうなずいた。
「よかったな横島、お礼だそうだ」
その言葉を受けるとクラスメイトはチョコレートを横島へと差し出した。が、横島と言えば男子全員から袋叩きにあいヒクヒクと嫌な痙攣をしていたりしたのだが、それは些細な事柄であった。
クラスメイトの女子からのお情けのチョコレートは許せても、初々しさのまだある可愛らしい少女が恥ずかしそうに持ってくるチョコレートは許せなかったらしい。
持ってきた後輩にも「この男はすげースケベなんです!」「女の敵だ」などとさんざん告げ口していた。
『災難ねー、横島君』
「うるへー、つーか止めろよ、お前らだって除霊に参加してたんだからよ!!」
ちなみにチョコレートは「除霊委員の皆さんへ」であるから別に横島一人に渡されたものではない。ますます横島は殴られ損だ。
届けてくれた少女はクラスの男子の言葉を鵜呑みにしたのか、汚物を見るような視線で横島を見るとさっさと立ち去ってしまった。ますますやるせない。
「先週の除霊って言うと…」
「女子更衣室に出た奴かのー」
せっかくだしと、さっそくもらったチョコレートを開けながらピートが件の事件を思い出し、思い当った4人はげんなりとした顔になった。
先週の金曜日。女子バレー部のキャプテンに呼ばれた4人は、女子更衣室の前にいた。 女子バレーのキャプテンから持ち込まれた相談は、この女子バレー用の女子更衣室にのぞきの幽霊が出るということだった。
最初は横島の生霊が疑われたのだが、話を聞くに従って、どうやら30代のおっさんの姿だということで疑いが晴れた。晴れる前にタイガーが「自首するなら今のうちですけん」とか言ったり「主よ罪深き友の罪を許したまえ」とかピートが祈ったり、愛子の机の角が頭に突き刺さったりしたが、いつものことである。
横島が横島である限り、そんなことはいつものことなのだ。
『ちちーしりーふとももーブルマー』
女子更衣室の窓の外をこっそりとうかがっていると、血走った眼の確かに30代ぐらいのおっさんが窓にべったりと張り付いていた。
とりあえずハンズ・オブ・グローリーで作ったハリセンでその頭を後ろからシバキ倒し、話を聞く。
どうやらブルマ泥棒で、この学校に侵入する直前に、車にはねられたらしい。
たしかに免許取りたての大学生が事故起こしたとかで冬休みに入る少し前に話題になり、校門の少し離れた電柱の下には花があったりするのだが、当然その頃は学校に来ていなかった横島たちは知る由もなかった。ただ一人、愛子だけが「そう言えばそんなことあったっけ」とうなずく。
『14でブルマに目覚めて以来ブルマ一筋24年!
しかし昨今はブルマの学校は減り、ようやく見つけたというのに侵入の直前で車にはねられて死ぬとは、む、無念!!』
「わかる、わかるぞー!確かにここんとこブルマの学校は減ってるからなぁ」
オイオイと泣く男に横島も同情したように泣く。しばらく二人で「○○女子の今年の出来はいまいち」だとか「○○大は穴場だ」とかそんな話で盛り上がっていたが、他の三人の白い目で正気に戻った。
「で、どうします?」
「決まってるだろう、ここは一つ未練をなくしてやるためにブルマ泥棒をさせてやるんだ!」
以前美神さんも銀行強盗に失敗した幽霊をそうやって除霊した。と、主張する横島だが、『どーせ、成仏した後を奪うつもりでしょ』と、愛子の冷たい目であえなく却下された。
そもそもこのブルマ泥棒はまだ幽霊になりたてで霊力が弱い。おキヌなみに安定した霊でなければ物質に干渉することはできないし、何よりもこの学校の関係者ではないから入れないのだ。
「え、そう言うもんなのか?」
愛子の説明に、横島が驚いたように目を見張った。
『私やメゾピアノ、トイレの花子さんみたいに学校霊のような牾惺鮫瓩テリトリーの妖怪は別だけど、基本的にそれぞれの建物は建物ごとに縄張りが決まってるのよ』
それは結界ほど強固でも明確なものではないが、そう言う棲み分けがあるらしい。特に学校などは生徒や教師などが無意識のうちに縄張り意識を持つので、その傾向が強いのだという。
『ほら、他の学校に部活や文化祭で行くとみょーに居心地が悪かったりするでしょ。それと一緒ね』
愛子の説明に、3人は「はー」とか「へー」と言う返事を返した。とにかくそう言う理由で、このブルマ泥棒がブルマ泥棒をすることはできないのだという。
かと言って横島が盗んできたものや、差し出されたものではだめなのだというのがブルマ泥棒の主張だ。
『数々の難関をくぐりぬけ、己の手でお宝をつかむことに意味があるのだ!』
とのことらしい。
「対象がブルマじゃなきゃいい言葉なんですけどね」
とはピートの意見であった。
結局、タイガーの幻覚でブルマ泥棒を成功させる幻覚を見せて、見事除霊に成功したというのが、事の顛末である。
「そう言えば、あのブルマって誰のもんでしたかいのー」
チョコレートをつまみながら回想に浸っていた面々だが、ふいにタイガーの言葉に正気に戻った。
たしかにブルマだけはタイガーの幻覚ではなく、あらかじめ実物を用意してあった。現在そのブルマは事故現場近くの電柱――花の添えてあったところだ――にそっと供えてある。
「購買で買ってきたんだよ、オレが。購買のおばちゃんにすげー変な目で見られて。しまいには爐っといいことあるよ瓩箸いって売れ残り品もらっちまったんだぞ!」
なんでオレだけこんな役回りなんだよ!と、横島が怒鳴る。
「まぁまぁ横島さん。最後の一つどうぞ」
ピートが横島をなだめるように最後の一つ部を差し出し、ようやく今年のバレンタインは終わりを迎えたのだった。
「シロ、タマモ、これなんだ?」
数時間後、美神除霊事務所にて肉と油揚げをコーティングしたチョコレートを差し出された横島が顔をひきつらせるのだが、それはまた別の話である。
あとがき
こんにちわ、蓮です。
明らかに開始時期を誤りました。なんで夏に冬の話書いてんでしょう…。
というわけで、今回はブルマ泥棒のお話。
横島との掛け合いがいまいちノリが…。「コンプレックス」的なノリが書いてみたかったんですが。主役なのに妙に影薄いし…。
次回こそは横島が活躍する話を!
以下レスです。
スカハサさん、あたまさん、ZEROSさん感想ありがとうございます。
タイガー、た、たしかに少ないかも…。何より動かしにくいのでクラスメイトじゃなかったら省きたいですね〜。
wataさん
そうでした700歳でした。なんか800歳というイメージがありまして。修正しました。ありがとうございます。
水島さん
タイガーの口調指導ありがとうございます!
今回は…頑張ってみたものの、出番がなかったです…。