視界すべてを焼き尽くす紅い太陽・・・・・・夕日。
崖縁に立つ彼女と炎を隔てるのは唯一つのガードレール。
創造主により『産み出された』のでは無く『造られた』自分。
そんな自分にすら何かしらの、名すら知らない衝動を魂の根源、存在の最奥に湧き立たせる不可思議な輝き。
それを感じられる自分は確かに生きている。それが確認できる事が何故か、嬉しい。
ベスパはその身が紅い光を受け同色に輝いているのを認識し、少しだけ微笑んだ。
「・・・ガラじゃないね」
姉さんじゃあるまいし、と彼女は踵を返し、止めてあった車へと歩み寄る。
低く、獣の唸り声をあげる『車』のボディに触れ、ベスパは嫌な物を思い出したかのように美しい眉を歪めた。
「少し遅れちまったかね。パピリオの奴、ウルサイんだろうなぁ」
買い物を終え、別荘への帰り道、峠道。その途中にある誰も使用しない駐車場。
ベスパは器用にハンドルを切り返し、車道へと乗り出した。
フィアット500。
アニメ映画を観た妹のパピリオが、潜伏中の移動手段を考えていたルシオラにねだり、彼女に造ってもらった本物そっくりのレプリカである。まあ『エンジン』は全くの別物なのでパワーは本家とは段違いに向上してはいるのだが。
ベスパは割とこの車を気に入っている。
クラシックな外見もそうだが、何よりあの煩わしいラジオが附いていないのがいい。
その外見や普段の言動と違い、実は静かな雰囲気が好きなベスパだった。
(もうすぐ・・・・・・か)
胸中にて一つ呟く。
もうすぐ。そう、もうすぐ始まるのだ。
永遠に近き時を過ごしてきた我主。
その『彼』の悲願を達成する為の最後の作戦が始まる。
作戦が始り次第、暫くの根城となる鉄の城、移動妖塞『逆転号』の準備も万端だ。
「大丈夫・・・、アタシ達は絶対に・・・・・・負けない」
そう自分に言い聞かせる。
勇を人の形とした様な彼女とて怖いのだ。三界を相手に、たった数人で戦いを挑むなど。
主の力を絶対的に信じてはいるが、それでもやはり、怖いのである。
「そう・・・、負けない」
確認するように再び呟く。
死ぬ事が、ではない。
主の力になれない事が、主の望みが叶えられない事が、怖いのである。
「・・・・・・絶対」
アクセルを踏み込み、スピードを上げる。
一段と早く流れていく景色の中、ベスパは家路を急ぐ。
もしここに人がいて、尚且つ彼女の運転する車を目撃したならば、
大層驚くに違い無い。
古びた外観のフィアットが、かなりのスピードで
蛇行する山道を物ともせずにカッ飛んで行くのだから。
そのとき、である。
そのスピードにもかかわらず、悠々と運転していたベスパの視界、
バックミラーの中で、グングンと近づいてくる光があった。
どうやら車のヘッドライトの様であるが、その速さもまた尋常ではなかった。
ベスパの乗るフィアットに匹敵、いや、それ以上の速さであっという間に
彼女の車の後ろについたのだ。
「・・・なんだい?」
一向に追い抜いていかない、正体不明の車の出現に眉をひそめるベスパ。
しかし彼女は知らなかった。
この峠道が、夕方から深夜にかけて、ある種の車好きたちの戦場になるという事を。
彼女は知らなかったのだ。
ギャリギャリギャリッ!!
耳をつんざく音をたて、その車、赤いスカイラインは強引にフィアットを抜き去り、かつそのまま走り去ろうともせずにフィアットの前を走り続ける。
チカッチカッ
そしてテールランプが点滅し、再びスカイラインは速度を上げて離れていった。
世間に疎いベスパだったが、彼女が戦士、であるからだろうか。
この行為の意味には気付く事が出来た。
自分は挑発された、と。
「・・・・・・っ人間がぁ!!」
瞬間に沸騰したベスパ。
シフトを変え、アクセルを限界まで踏み込む。
あの『敵』を倒す為に!
獣の咆哮をあげ、フィアットもまた驚異的なスピードでその後を追っていった。
INITAL A
「うわ~~~んっ、ルシえもぉ~~んっ!!」
玄関の扉を蹴り開け、泣きながら飛び込んできたベスパの声に、
リビングで一人テレビゲームで遊んでいたパピリオは盛大にずっこけた。
「どどど、どうしたんでちゅかベスパちゃんっ!?」
慌ててコントローラーを放り出し、パピリオは泣き伏す姉に駆け寄った。
「どーしたもこーしたもっ! オロロ~ンッ!!」
「ひゃっ!」
妹の声に涙と鼻水でドロドロの顔をガバリと上げたベスパだったが、
パピリオはその悲惨な化粧を施した姉の顔面に、思わず悲鳴をあげてしまった。
「うわーんっ!」
「うるさいなぁ。どーしたんだい、ベス太くん?」
妹達の声を聞きつけたのか、ようやく奥の部屋から姿を現したのは、
水着の上に白衣を纏うというマニアックな格好のルシオラだった。
「・・・なんでちゅかその格好は?」
「科学者だからよ」
ジト目のパピリオに、ドラ焼きを齧りながら当然、と答えるルシオラ。
「意味がわかりまちぇんが・・・」
「つまらない事に拘る子は、脳みそをアレコレしちゃうわよ?」
「すみまちぇんもう聞きまちぇんってゆーか許してくだちゃい」
真っ青な顔で土下座する妹にニッコリと笑いかけ、ルシオラは今だ泣き叫び続ける
ベスパに近づきしゃがみ込んだ。
「で? どうしたのよベスパ?」
「びぇ~んっ・・・て、ハッ、ルシえも「落ち着きなさい」ぶべらっ!」
姉の存在にやっと気付いたベスパだったが、混乱したまま喚きながら縋り付こうとするもルシオラが懐から取り出したハンマーで一撃され、沈黙した。
「・・・・・・で?」
「あ・・・うん、実は・・・・・・」
凶器を懐へ戻し、再び笑顔で尋ねるルシオラに空恐ろしいものを感じつつ、
ベスパは赤くなったおでこを摩りながら涙目で話し始めた。
彼女の話はこうだった。
買い物帰りの峠道で車の勝負を挑まれたベスパ。
細かい事は判らないが、どうやら車のスピードと運転技術を競い合うようだ。
おぼろげながらそう解釈したベスパは上等! とばかりに勝負を受けたったのだが・・・。
「・・・負けちゃったわけね」
「うん・・・」
「しょうがないでちゅよ、ベスパちゃんは悪くありまちぇん」
がっくりと項垂れるベスパとそれを慰めるパピリオ。
一方、なにやら思案顔のルシオラだったが、やおら立ち上がると力強く頷いた。
「大丈夫よベスパ、貴方を・・・勝たせてあげるわ!」
「「・・・えっ!?」」
不思議そうに目を丸くするベスパとパピリオ。
特にベスパは期待に満ちた目で姉を仰ぎ見ている。
当然だろう、大切な戦いの前に変な泥が付いてしまったのだから。
姉妹たち、そして何より敬愛する主の為、リベンジは果たしておきたかったのだ。
「こんな事もあろうかと、密かに用意しておいたものがあるのよ」
科学を志す者にとって憧れの台詞を口に出来た喜びからか、
ルシオラは嬉しそうに微笑んだ。
次の日の夕方。
別荘の前にベスパとパピリオは立っていた。
「・・・ルシオラちゃんはあー言ってまちたが」
自分達を待たせたまま一向に現れないルシオラを不思議に思いつつ、ポツリと呟くパピリオ。
「・・・大丈夫でちょうか?」
「・・・うん」
小さく答えるベスパ。
「・・・不安でちゅね」
「・・・うん」
「私たち、死にまちぇんかね」
「・・・うん」
夕日を受け、いつもよりも赤く輝く髪をなびかせ、それでもベスパは
小さく答えた。
ポン、と不安がる妹の頭に手を乗せる。
「それでも・・・アタシ達は勝つ。そうだろう?」
「ベスパちゃん・・・」
不敵に笑う姉にパピリオも大きく頷いた。
「フッ、待たせたわね」
絆を再確認しあった姉妹の前に漸く現れたルシオラ。
その服装はいつもの格好の上に、またしても白衣を羽織っていた。
「で? 何処にあるんだい。その秘密兵鬼は?」
「フフフ、慌てないの」
ルシオラはベスパの問いに懐からある物を取り出した。
すわハンマーかと身構えるベスパが見たものは、彼女の手中で鈍く輝くリモコンだった。
「「?」」
首を傾げる妹達を尻目に、ルシオラは楽しそうに叫んだ。
「マッハ号、GOォーーーゥッ!!」
叫びと共にポチッと押されたボタン。
同時に三人から少し離れた地面がパカリと開き、何やら車らしき物がゆっくりとせり上がってきた。
優雅さと力強さを兼ね備えた美しいフォルム。
艶めき輝く黒い車体。
その車が醸す雰囲気は、まるで獲物に狙いをつけ、飛び掛る寸前の獅子の様に思えた。
「す、すごい・・・」
「カッコイイでちゅぅぅ~」
予想を遥かに、しかも良い方に上まわる秘密兵鬼の登場に、呆然とするベスパと
うっとりと頬に手を当て車を見つめるパピリオ。
「フフフ、どうかしら、私の渾身の自信作、『マッハ2000』は?」
腰に手を当てて薄い胸を張る姉に、妹達は大喜びで駆け寄った。
「すごいじゃないかルシオラっ! まさか此処までなんて・・・」
「コレならどんな奴が来ても絶対に勝てまちゅよっ!!」
「でしょぉ~っ!?」
賛辞の嵐にウフフンッとさらに胸を張るルシオラ。
「エンジンもさぞかし凄いんだろうねぇ~」
ベスパは恐る恐るという風にボンネットに触れて呟いた。
「当たり前よ。今の人界で考えられる最強のエンジンが搭載されているわ」
「最強かぁ」
自身満々の姉の言葉に、ベスパは興味を惹かれてボンネットに手を掛け。
「どら」
パカリと開いた鋼鉄の胎内には。
「・・・・・・やは」
彼女の王、魔神アシュタロスが鎮座していた。
体育座りで。しかも楽しそうに手を振って。
「・・・・・・」
パタン、と。
無言のまま蓋を閉め、ベスパは猛然とルシオラに詰め寄った。
「ななななんだいなんだいってゆうかあしゅさまなんであんなえがおでてぇふって!!」
「何でって、昨日ご報告したら貴方の事酷く心配なされて、ねぇ、アシュ様?」
「うむ・・・」
ギイ、と頭でボンネットを押し開け、アシュタロスが顔を覗かせ頷いた。
その画は怖い。とても怖い。しかも気持ち悪い。
「散々苦労をかけたせめてもの礼だ。今日は全身全霊でもって漕ぎまくろう」
「漕ぎ?」
主の言葉に首を傾げるベスパに、ルシオラが真面目な顔で補足した。
「・・・足漕ぎ式なの、あの車」
「ただのオモチャじゃんかっ!!」
はちきれそうな井桁を幾つも浮べるベスパだが、ルシオラは全く気にした風もなく微笑んだ。
「・・・でも確かに最強よ? それにアシュ様も乗り気だし」
「うむっ! そのとーりっ!!」
「アシュ様っ!?」
驚き振り向いたベスパが見たものは、開け放たれたボンネットから仁王立ちし、
隆々たる筋肉を詰め込むように腕を組んだアシュタロスの姿だった。
「こんな事もあろうかとぉっ、鍛えつづけたこの体ぁっ!!」
腕を解き、ムキャァッと力を漲らせポージング。
「何時の日か役に立つっ! そう信じっ! 買ってて良かったブルワーカーっ!!」
「はいはいアシュ様もう結構ですから中にお戻りください」
テンション高く叫び続ける主人を、ルシオラは笑顔のままボンネットに押し込めようとする。
「え? あ、ああ。そうかね。でももう少し「はいはいどーも」バタンッ
アシュタロスがまだ何か言おうとするも、ルシオラは問答無用で蓋を閉めカギを閉めた。
「・・・姉さん、あんたホントにアシュ様、好き?」
「何よ、当たり前でしょ?」
どこか引っかかるものを感じながらも、まあ当人が良いんなら、と納得し、
気分を新ためてベスパは運転席に乗り込んだ。
「私も乗っていいでちゅか!?」
瞳にハートを爛々とさせて助手席に飛び込んでくるパピリオ。
ベスパは良いのかい? とルシオラに目で確認した。
「もちろんよ。パピリオには最初から助手席に乗ってもらうつもりだったから」
「ホントでちゅかっ!? 私がんばるでちゅよっ!!」
「じゃあ、ルシオラはどうすんだい?」
2シーター左ハンドルのこの車。
肝心のルシオラが乗らなければ、訳の判らないボタンが沢山ついたこの車を
運転しきる自信がベスパには無かった。
「私は仕事で行けないけど、別に心配要らないわ」
運転席側の窓から中を覗き込んだルシオラは、ベスパでもパピリオでもなく
『別の誰か』に向けて声を掛けた。
「出てらっしゃい」
『はぁ~いっ』
彼女の声に応じ、ハンドルの右辺り、丁度使用する者の居ない灰皿の辺りから
可愛らしい声と共に小さな人影が現れた。
『ちゃぁ~ッス! あいあむミニオラちゃんデスッ!』
ピッと敬礼しウインクするその姿は、ディフォルメされた二頭身のルシオラだった。
「かっ、かわいいでちゅぅ~っ!!」
「・・・なにコレ」
頬を染めて目を輝かせるパピリオと、ジト目のベスパ。
妹のその視線に、何故かルシオラは得意げに解説を始めた。
「この子は『マッハ2000』に搭載された魔導精霊よ。私の代わりに色々とナビをしてくれるわ」
『すこしオツムは弱いんデスけど!』
ルシオラの言葉を継ぎ、テヘッと愛らしく恥じるミニオラ。
ベスパは何故か痛んできたこめかみを軽く揉み、少しだけ溜息をついた。
「・・・まぁ、何でも良いよ。」
そう言ってシートベルトを締め、エンジンキーを回す。
『ぶるぅんっ』
何処からか野太い男の声が聞こえたが、彼女はあえて気にしない事にした。
「じゃあ姉さん、行って来る」
「絶対勝ってきまちゅからっ!」
「気をつけてね。頼むわよ、ミニオラ」
『ほ~いっ』
ゆっくりと動き出した『マッハ2000』。
戦いが・・・始まる!
『フハハハハッ、ぶるるるるんっ!!』
男は上機嫌で、不機嫌だった。
自分がこの『峠』最速である。という事実と、それ故に良い勝負が出来る
好敵手が全く居ない、という現実。
この二つの理由が彼に相反する心情を持たせていた。
「・・・昨日の奴、くらいか」
久々に良い勝負が出来た相手の事を思い出し、キュっと笑う。
よい戦いだった。
改造フィアット、というそこらではまずお目に掛かれない
代物に乗った相手だった。
ちら、と見えたシルエットから女だったのだろうか。
ドライバーの腕も、度胸も悪くは無かった。
だが所詮はフィアット。
この改造に改造を重ねたスカイラインの敵ではなかった。
「マンガじゃあるまいし」
そう言って笑う男の名は・・・、いや、この際彼の名前などどうでも良いだろう。
重要なのはこの男が『峠』に於いて最速の称号を冠し、そしてベスパの敵だという事である。
今夜の対戦者を求め、夕日に照らされた峠を赤いスカイラインが疾走する。
『ぶるうぅぅぅぅぅぅ~』
「?」
刹那、何処からか野太い男の声が聞こえた様な気がした。
『ぶるううぅぅぅ~、ぶんぶんっ』
「!?」
空耳ではない。
確かに聞こえた。身も凍る様な野太い声が。
男は首筋の産毛が一本づつ、丁寧にそそけだっていくのを感じた。
やばい。
男の戦闘者としての本能か。
それとも単純に生物としての第六感からか。
彼は直感した。
『とんでもない』ものが迫ってきている、と。
「・・・やばい。やばいやばいやばいっ!」
ただの勘である。
しかしそれだけで十分すぎた。
シフトチェンジし、アクセルを限界まで踏み込む。
全速力で走り出したスカイライン。
怯える男が視線を向けたバックミラーに見えたのは、悪魔の咆哮を揚げる黒い凶獣だった。
「・・・見つけたぁっ!!」
ベスパは吼えた。
山中を走り回り、漸く怨敵を捉えたのだ。
ハンドルを握る両手に力が入る。
「・・・で、具体的にどーするんでちゅか?」
パピリオからの当然といえば当然な質問に、ベスパは至極単純明快に答えた。
「・・・抜くっ!!」
「抜く?」
「抜き去って『ハハハバーカオッセェダッセェ!!』ってバカにしてやるっ!!」
ギン、と犬歯を剥き出して笑う姉に、正直、パピリオは引いた。かなり引いた。
「ま、まあ頑張りまちょうね」
「おうさっアシュ様っ!!」
引き攣り気味のパピリオに力強くウインクし、ベスパはエンジンルームへ声を掛けた。
『ぶるぅんっ! おお、なにかねベスパ』
運転席の小さなモニターに、どアップで映し出されたアシュタロス。
小刻みに揺れているのは彼がペダルを漕いでいるからだろう。
流れる汗が変に艶かしく、そしてやはり気持ち悪かった。
「奴を見つけましたっ! 追撃しますのでスピードアップをっ!!」
『フハハ。よかろう、ベスパ、叩きのめせっ!!』
「ハッ!!」
直後、ズドンッ! という衝撃と共に、グングン加速されていくマッハ2000.
ベスパは暴れまわろうとする車体を必死に操作し、逃げるスカイラインを追いかける。
逃げる車、追う車。
二台は曲がりくねる峠道を異常なスピードで走り続けた。
「・・・くっ、流石に、やるっ!!」
悔しそうに歯噛みするベスパ。
先程からかなり近距離まで追い詰められて行けてるのだが、後一歩、という所で
急カーブに差し掛かり減速を余儀なくされているのだ。
ベスパと相手との『知識』と『経験』の差が、彼女に悔しい思いをさせているのだ。
「ミニオラッ、ミニオラッ!」
『んぁ~っ? なんデスかぁ?』
ベスパの激しい声に応え姿を現したミニオラ。
しかし彼女は眠たそうに目をショボショボさせていた。
凝ったことにその服装はパンダプリントのパジャマである。
『もうオヤスミの時間デスので、帰ってもいいデスかぁ~?』
「いやダメだろ。ってそれよりなんかないかっ!? 武器とかっ!」
欠伸するミニオラに少し血走った目で尋ねるベスパ。
武器とか、などと口走る辺り、彼女も少々テンパっているようだ。
『武器ぃ~? ミサイルがぁ、あるデスぅ~』
「あるんでちゅかっ!?」
仰天するパピリオ。
段々なんの勝負をしているのか判らなくなってきた。
「上等っ、パパっと撃っちまいなっ!!」
『いえっさデスぅ~』
眠たそうな声でミニオラが応えた瞬間、助手席側、つまりパピリオの側のドアが
爆発音と共に、猛烈な勢いで後方へ吹っ飛んでいった。
「・・・・・・え?」
凄まじい風をその身に浴び、パピリオは目を点にした。
(なんでちゅかこれは? なんでちゅかこれは?)
締めていたシートベルトが彼女の身を自動的に一層締め付け、
次いでシートごと車外へと迫り出していく。
(私のおバカ私のおバカ私のおバカ私のおバカ私のおバカぁっ!!)
心中、安易について来た事を悔やみ泣き叫ぶが、もう、遅かった。
『パピリオミサイル、発射DEATHッ!!』
ずばがぁんっ!!
ミニオラの声と共に助手席に内蔵された超魔力パルスジェットエンジンに火が灯り、
哀れな少女をマッハを超えたスピードで撃ち放った。
「あぁんまりでちゅううぅぅぅぅぅぅぅ~っ!!」
ひゅぅぅ~~~~ん、・・・・・・ぼんっ!
ミサイルは目標を大きく、大きく外れ、あさっての方向へと飛んでいった。
何処か遠くのお山に、小さく響く爆発音。
車内に訪れる重い沈黙。
「・・・・・・だ、大丈夫だよなっ、パピリオは強い子だもんなっ!」
『デ、デスよぉ~っ!!』
夕日の向こうに消え去った妹に、ベスパ達は汗をたらして誤魔化すように笑った。
しかし、和やかな雰囲気はすぐに驚愕に変わった。
小さな振動の後、車のスピードがどんどん落ちてきたのだ。
「なんだいっ、どーしたんだいっ!?」
『ん~っと、あっ、エンジンに異常デスっ!』
小さいといえ、流石にルシオラの名を冠する者。
慌てるベスパにミニオラは即座に原因を解析、報告する。
「エンジン? アシュ様かっ!?」
主の身に何か異変がっ!? とモニターをつけるベスパ。
映し出されたそれには。
「・・・・・・や、やは。ペスパ・・・・・・」
逞しい体が一転、カリコリのへろへろになったアシュタロスの姿が在った。
「痩せとるぅーーーっ!?」
ベスパは変わり過ぎた主人の姿に、ドギャンと目が飛び出る程驚き仰け反った。
『燃費悪いデスから、この車』
「そんであんなんなるのっ!?」
どんな車だっ、と怒鳴りそうになるのを必死で堪え、兎も角何とかせねばと
ベスパはミニオラに指示を出す。
既に彼女の頭から、居なくなった妹の事など微塵もなかった。
「なんとかなんないのかいっ!?」
『いえっさデスよっ、栄養剤を注入するデスっ!』
「栄養剤?」
サムズアップするミニオラに、ベスパは不穏なものを感じた。
「大丈夫なんだろうね、ソレ」
『無論デスだ。霊酒ソーマをベースに、各種霊薬を混ぜ、トドメに五番町飯店の秋山君からいただいた謎キノコやカレー将軍に貰ったブラックカレーなんかが入ってますデスっ!』
製作者同様、ない胸をエッヘンと張り自信ありげに答えるミニオラ。
「そ、そうかい。じゃ、頼むよ」
『ラジャりましたデスっ!』
意味の判らない言葉を羅列され混乱したベスパは、とにかく何でもイイや、と
ミニオラの提案を飲んでしまった。
そして悲劇が始まった。
『んごっ!? ぐふっ、んぬぬぬぅ~~~~!?』
アシュタロスに金属製のチューブが数本突き刺さり、何とも言えない色をした
液体が一気に彼の体に流れ込んでいく。
瞬間、くわっ! と目を見開いたかと思うと、次いでガクガクと痙攣し白目をむいたアシュタロス。怖い。
「アシュ様っ!? アシュ様!? 大丈夫ですかアシュ様ぁっ!?」
『おごごっ!? ずげげげげっ!!』
驚いたベスパが必死に声を掛けるが魔神は震えるばかりで答えない。
『え~。あ~。あの、も、門限が近いので帰るデスっ!!』
「あっ、待てコノっ!」
『ありべでるちっ!!』
ダクダクと汗を流しながら魔神の異常を青い顔で見ていたミニオラだったが、
言い訳の挙句ベスパが止める間もなく逃げ消えた。
「あいつぅっ! って、なんだっ!?」
ベスパがバックミラーを見れば、車体の後部がせり上がり、中からコンピュータらしきものが姿を現してあっという間に別荘のほうへ飛んでいってしまった。
「・・・・・・姉さん」
あの姉を信じた事を激しく後悔するベスパだが、もう遅い。
『ぬぅっ!? みぃ、みぃなぎるぅああああああっ!!』
「アシュ様っ!?」
主の絶叫に再びモニターに目をやったベスパ。
ずぎゃっと見開かれた王の瞳を認識した瞬間、彼女は光に包まれ気を失った。
「・・・なんだっ!?」
突如、後方から響いた爆発音。
驚愕の目でバックミラーを覗いた男の目に映ったのは、何故かいきなり爆発し、もうもうと黒煙を上げる追跡車だった。
思わずブレーキを踏んで車を止め、後方を振り返る。
いくら交通の殆どない峠道だからとて、このような暴挙は危険極まりないのだが、
それを踏まえても彼は振り向かざるを得なかったのだ。
これで正体不明の恐怖は潰えたのか。
本当に意味不明な恐怖は去ったのか。
固唾を飲んで黒煙を見守る男は、しかし悪夢が今だ覚めてはいない、という事を悟った。
何故なら彼は見てしまったからだ。
煙を突き破り、中空へと飛び出たマッチョの姿を。
「デビルッジャァァーーーンプゥッ!!」
・・・アシュタロスである。
嫌な事に、結構な規模の爆発であったにもかかわらず、彼のミニは塵ほどの傷もついてはいなかった。
華麗に着地し気勢を揚げる魔神。
「ぬぅぅおぉっ! 何故かはよくはわからんが、とにかく力がみなぎる溢れる迸るぅっ!!」
一通り叫んだ後、彼は数十メートル先に停車している赤い車をねめつけた。
「・・・貴様か、我が最愛の部下ベスパを・・・ってベスパはどこだっ!?」
此処で漸く自分がマッハ2000の胎内ではなく、己の足で大地に立っている事の気がつく。
「・・・むっ、あそこか」
視線を上げた先、夕日の光の少し下。
爆風に飛ばされ気絶したベスパの体はまだ空を彷徨っていた。
「再びデビルジャァァーーーーーンプゥッ!!」
その姿を確認したアシュタロスは、彼女を救出すべく天へと舞い上がった。
「デビルキャッチっ!!」
叫ぶものの、何の事はない。普通に抱き留めただけである。
白目をむくベスパをアシュタロスは激しく揺さぶり声を掛けた。
「ベスパッ、ベスパッ! むう、返事がないという事は危険なのだなっ!?」
ベスパは気絶している。故に返事がないのは当たり前なのだが。
魔神様はそうは取らなかった様である。
「デビルバフ○リンッ!!」
いきなりズボンに太い手を突っ込み、しかも股間の辺りから数錠の薬らしき物を取り出した。
「成分の半分は優しさで出来ているこの薬ならっ、さあ飲めベスパッ!!」
そう言って強引に薬をベスパの口にねじ込むアシュタロス。
しかし口に含ませる事は出来ても、飲み込ませることは出来なかった。
「くっ、仕方ないっ! デビルゴックンっ!!」
「ごべっ!?」
叫ぶなりベスパの腹部に強烈なボディブローを叩き込む。
結果、薬は飲み込ませられたのだが、当然、彼女が目を覚ます事はなかった。
「べ、ベスパッ!?」
白目をむき、しかも泡まで吹き出したベスパを抱き、アシュタロスは涙を流して蹲った。
「お・・・遅かった、か・・・」
事態の総ては自分にある、などとは微塵も思わない。
「お、おのれぇぇ~~~~!!」
赤色に変わった涙を流しながら、彼は微動だにしない怨敵を睨み付けた。
「デビルおんぶひもっ!!」
何処からか長い紐を取り出し、それで力無いベスパの体と自分とを結びつける。
「お前の仇は取る、ベスパ。・・・デビルダッシュっ!!」
おぶさった彼女へ肩越しに囁くアシュタロス。
その身に有り余る力をフルに使い、彼は敵へ向って走り出した。
「き・・・来たぁっ!?」
男は悲鳴をあげた。
今始めて、自分を追いかけてきた恐怖の正体に気付いたのだ。
謎の悪寒の正体はあの黒い車などでは無く、今こちらに向けて走って来るあの男だという事に。
悪夢はまだ覚めてはいない。
「ひいぃっ!!」
自分でも驚くほどの速さで車を切り返し、再び猛然と走り始める。
バックミラーなど確認しない。恐ろしいものが映っているに決まっているからだ。
「お母ちゃん助けてお母ちゃん助けてお母ちゃん助けて」
念仏のように母へと助けを求めるものの。
当然助けなどこない。来るはずも無い。
神様もヒマではないのだ。
「ふはははは、待て待ぁてぇ~~]
[きぃいやぁ~~~~っ!!」
スカイラインの咆哮にかき消される事無く、なせか耳元で叫ばれているかのように
聞こえてくる無気味な声。
必死で運転しながら、男は少女の様な悲鳴をあげた。
「どこへ行こうというのかねぇ~~~~」
「あけてぇっ、ひらいてぇっ!!」
兎に角、アレに捕まってはならない。
捕まっても『死ぬくらいならば』いいのだが・・・。
それ以上の恐怖が待っているのは確実だった。
「三度、デビルジャンプッ!!」
「っ!?」
魔神の叫びの一瞬の後、ドンッとスカイラインに衝撃が走る。
蒼白な顔の男は少し怪訝な顔をしたが、すぐにその衝撃の原因に気付き目を見開いた。
「上に・・・飛び乗ったっ!?」
怖気の走る事実に、男はとうとう泣き出した。
「うぅ、ゴメンよう、ゴメンよう」
変に幼い泣き方で、男は半死半生の態で謝りつづける。
しかし、魔神様はとことんやる御積もりらしい。
ぞわり。
「!?」
フロントガラスの上面、そこから白蛇の様にのたくった長い髪がぞわぞわと
伝い落ちて来る。
そして現れた『逆さま』のアシュタロスの顔。
「・・・・・・フッ」
「ぎいぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
男の最後の絶叫はカーブを越え、ガードレールをも越え、夕暮れの薄空へ落ちていった。
「・・・・・・成敗っ!!」
一瞬前に車から飛び降りたアシュタロス。
彼は人形の様に力無いベスパを背負い、勝利のポーズを暑苦しく決めた。
戦いは・・・終わった。やっと。
その後。
大いなる戦いの後、この峠周辺に広まった怪談がある。
夕刻、此処を通ると女の死体を担いだ変な色のマッチョに追いかけられる。
というものである。
ちなみにベスパが車を運転する事は二度と無かった。
その理由を誰に聞かれても、彼女はいつも黙して語らなかったという。
終!
みなさまこんにちは。
「免許証は持ってるけどそれだけ」なおびわんです。
車はよくわかりませんよ。
では、また。
あ、あとレス返しです。
>闇色戦天使様
救いの手、のばせられたらいいのですが。
>おやじ様
私は立ち位置が確りしていても自分に自信がありません。
ヒヤヒヤ通り越してガクブルです。毎日。
>紅蓮様
キましたか。愛子っちイジめた甲斐がありました。
続きは・・・あるのだろう、か?
>イルパラ様
有難う御座います。
遅筆な私ですが、これからも頑張ります。
>偽バルタン様
愛子に関しては完全な俺設定ですので少し投稿を迷いました。
楽しんで頂けたのでしたら幸いです。
>諫早長十郎様
その通りなのでしょうね。
ガンバレ愛子っち! おお、こんな所に続編のネタがっ。
>凍幻様
レス有難う御座います。
拙い作品ばかり書く私ですが、これからも宜しくお願いしますね。
それでは