1999年、魔界の大公爵が宇宙そのものを改竄しようと目論み仕掛けた前代未聞の大侵攻。
後の歴史に「アシュタロス事変」として刻まれる事になるその事件は人類の活躍によって未然に防がれた。
多くの悲しみだけを残して。
――――私は、どうすれば彼に報いる事が出来るのかしら・・・
私、美神美智恵は一人の青年の事について思い悩んでいた。
横島忠夫。
極めて稀な霊能「文珠」の使い手であり自分の可愛い娘の想い人。
そして、私が娘を守るために犠牲にしてしまった青年。
この結末は私にとっては最良に近いもの。娘を殺さず、被害は最小限に食い止めた。これ以上は望むべくも無い。
後悔はしていないし、むしろこの結末を変えようとする輩がいるのなら私は全力で止めるだろう。殺してでも。
しかし、私は彼と蛍の魔族が愛し合っていた事を知っている。
彼女は愛する彼の居る世界を守るため造物主にすら逆らい、結果、命を落としてしまった。
いや、転生も出来ないとの結果の出ている以上それは「消滅」と言ってもいいのかも知れない。
神魔族両方が復活のための方法を模索したが、結果はNOだった。
その結果を聞いた彼の言葉、
「それじゃあ結局、ルシオラだけが―――」
あの言葉が頭から離れない。
私が未来に来たのも、娘だけを不幸な目に会わせて救われる世界というのが我慢出来なかったからだった。
それは、今の彼と同じ気持ちだったのではないのか?
(やっぱり後悔してるのかしらね、私は)
しかし私ではどうしようもない。そもそも彼の方が能力的に万能なのだ。全てを可能にするとさえ言われた文珠ですらどうにも出来ない事をひっくり返す事など出来はしないだろう。
リビングの方では、娘と小竜姫さま達の話し声がしている。
「いい?横島クンの中にはルシオラの霊体が大量にあるから、それが影響して子供に転生する可能性があるって事にするわよ」
「いいのか?アイツに嘘を吐く事になるぞ?」
「バレたらバレたで恨まれてもいいわ。今の横島クンには、希望が必要なのよ」
「・・・好きな人の為、ですか・・・」
「なっ!?ち、違うわよ!横島クンは私の丁稚なの!生殺与奪の権利は私にあるのよ!それに煩悩の無い横島クンにはGSとしての価値が無いっていうのは証明された事だもの、働いてもらうには元気になってもらわないと困るのよ!」
「・・・辛いぞ」
「・・・わかってるわよ・・・」
娘は、彼に対して偽りの仮説を打ち立てる気らしい。
遺伝と転生は根本的に無関係だ。そうでなくては前世と自分の魂の色が全く同じなどという結果にはならない。
しかし彼がその事に気づけるのはもうしばらく先の事だろう。霊能はともかく、知識としては未だGSとしては駆け出しレベルなのだから。
彼はその茶番劇に気づいた時どうするだろうか。
怒るのか、嘆くのか、彼の性格からして、赦すということもあるかもしれない。
彼がどんな選択をするにせよ、出来れば幸せになって欲しいと思う。自分でも身勝手だとは思うけれど。
私は明日、元の時空に帰る。五年間は贖罪すら出来ない罪の意識の中を彷徨うことになるだろう。
その間に少しでも彼のためになる事を考えておかねば。これから、彼の恋人を見殺しにする者として。
そこまで考えて、違和感に気づいた。
「・・・ん?五年間?ということは・・・五年前?」
「それなら私、普通にルシオラさん復活させられるんじゃない?」
私が彼に報いるには、ソレしかないわ!
私の中で何かが吹っ切れた。
「もう隊長が帰る時間なんです・・・横島さんに文珠で雷を出して欲しいって・・・」
「いけね!?もうそんな時間か・・・!?」
二人があわただしく部屋を出て行く。
私はその様子を窓に張り付いて見ていた。
「よし、行ったわね」
二人が完全に出たのを確認してからカサカサと部屋の中に入る。これからやろうとしてる事は更なる時空の歪みを引き起こす可能性があるので神魔族に決して気づかれていけない。勿論霊波迷彩スーツは完備装着してるからヒャクメ様にも気づかれない。我ながら冴えてるわ。
中にいるのは彼女の欠片である蛍がいた。
私はその欠片に話しかける。
「霊破片が欲しいか?霊破片が欲しいのなら―――与えましょう!!」
蛍が激しく点滅している。なにやら言いたそうだが生憎私には蛍語はわからない。
とりあえず蛍をポケットの中に突っ込んで私は部屋を出た。
「ごめんね~。少しトイレが長引いちゃって・・・」
そう言いながら出てきた私を迎えたのは、なんか哀れな人を見るような目線だった。
「ど、どうしたのよ令子?」
とりあえず愛娘に話しかける。
「ママ、本っ当にトイレだったの?」
ギクリ。
何故気づかれているの?私の作戦は完璧の筈なのに・・・
「やーねぇ、何言ってるのよ令子。トイレじゃなきゃ何だって言うの?」
「ふーん、じゃあさっき館の壁に張り付いてた変態はママじゃないのね?」
「な、何でわかったの!?霊波迷彩は完璧だったのに!」
「いくら霊波迷彩が出来てても、肉眼で丸見えだったわよ・・・」
・・・しまったぁぁぁぁぁぁぁ!!
と、とりあえず誤魔化さないと!
「え、えーっとアレはね?そ、そう!横島君とおキヌちゃんがいい雰囲気にならないかなーって覗き見しちゃったのよ!」
「いくら俺でも、ルシオラがどうにもならないって時にそんな真似しないっスよ・・・」
きゃぁぁぁぁドツボ!?
「あ、う、と、とにかく私は過去に戻ったら自分を死んだ事にして五年間姿を消します。じゃ、じゃーね令子!」
そうして私は、自らの娘にすら「早よ帰れや」という痛い視線を向けられながら五年前に帰還したのだった。
私が転移してきたのは、五年前―――正確には私のもとの時空だけど―――の我が家。
玄関では、公彦さんが待っていてくれた。
「ただいま、公彦さん。今帰ったわよ」
「美智恵・・・おかえり」
公彦さんは言いながら私を抱きしめてくれた。
「ここから転移する前に『死ぬかもしれない』なんて聞いて、気が気じゃ無かった。何の力にもなれなかった私を許してくれ・・・」
「いいえ公彦さん、あなたは十分私の力になってくれたわ」
「・・・ありがとう、美智恵」
そしてどちらからとも無く見詰め合った私たちは家に入っていった。
「あっ、ちょっと待って公彦さん。服を洗濯機に入れて回してきちゃうから」
「わかったよ」
「・・・よしと。いいわよ」
「美智恵・・・」
「公彦さん・・・」
「キャア!ごめんなさいー!」
洗濯機で回され瀕死の状態の蛍を見つけたのは翌日、洗濯物を干しているときに決死の力を振り絞ってポケットから出てきたのを見てからだった。私としたことが・・・うっかりしてたわ。
それから五年。
あの後取り合えず除霊中に悪魔と相打ちっていう設定で姿を消した私は、公彦さんのフィールドワークに付き合いながら夫婦で愛を育んでいた。
それにしても、この五年は本当に危ない五年間だった。
だって、ジャングルって虫を食べる動物とかが多いんだもの。
ある時はカメレオンに襲われ―――
ある時は蜘蛛の巣に引っかかり―――
ウツボカズラに誘い込まれてた事もあったわ―――
そんな苦労を乗り越えて、やってきましたジャッジメント・デイ!!
今私は、ルシオラさんが消えようとしている場所の真下、展望台の中で身を隠している。
私の手の中で力強く光るルシオラさんの欠片。やはり自分を感じているのかしら。
おっと、今横島君が窓の外を落ちて行ったわ。行かなくちゃ!
「一緒にここで夕日を見たね、ヨコシマ・・・昼と夜の一瞬の隙間・・・短い間しか見れないから、きれい・・・」
東京タワーの展望台の上、力尽きた私の体が、光の粒となって今消えようと・・・
「ちょっと待ったー!!」
「・・・はえ?」
いきなり響いた大声に、思わず体の崩壊が止まる。
私の目の前にいたのは、
「大丈夫?ルシオラさん」
今ベスパの毒にやられた後遺症で入院しているはずの隊長さん。
「え、えと・・・何で隊長さんが?」
「そんなことよりも!ルシオラさん、新しい霊破片よ!」
隊長さんが大きく振りかぶり、何かを私に投げつけてきた。
・・・150km/h位の剛速球で。
「きゃぶふぅっ!」
思わずヒロインにあるまじき妙な悲鳴を上げてしまう私。
「な、何するんですかいきなり!」
「いや、あなたを復活させようと。投げたのは・・・様式美?」
「今死に掛けてるのにこんなの喰らったらむしろ死んじゃいます!・・・って、アレ?」
そこまでつっこみかけて、私は少しだけ力が戻っているのに気がついた。
「な、何で・・・?」
「詳しい事は後で説明するわ!とりあえず小さくなるとかして力の消耗を抑えて!」
「は、はい・・・!」
隊長さんの言葉に慌てて小さくなる私。
よく考えると、そうすれば死なずにすんだのよね。なんでさっきまで思いつかなかったのかしら?
悲劇のヒロインに酔ってたとか?・・・あるかも。
「よし!大丈夫みたいね。じゃあとりあえず一緒に来てもらえる?」
「で、でもまだアシュ様は」
「大丈夫!アシュタロスは横島君が倒すから。その辺の説明もするわ」
――――こうしてホテルに移動した私は事の顛末を聞いたのだけれど、頭には全然入ってこなかった。
ヨコシマにもう一度会えることの喜びに頭が一杯だったからだ。
待っててねヨコシマ!もうすぐ会いに行くから!!
「あ、う、と、とにかく私は過去に戻ったら自分を死んだ事にして五年間姿を消します。じゃ、じゃーね令子!」
五年前の私が時間移動を行って過去に帰っていく。
それを私とルシオラさんは影から見ていた。
あの後「過去の私が戻るまでは横島君に会いに行っては駄目」という話の内容を聞いていなかったかのように窓から飛び立とうとしていたルシオラさんだけど、耳元で「洗濯機、蜘蛛、蟷螂・・・etc.」と囁いてあげるととっても素直な良い子になった。やっぱり素直が一番ね。魂に刻んどいて良かったわ。
娘が横島君に何やら話しかけている。恐らく子供に転生云々の話だろう。
さあ、ここでルシオラさんを横島君に届けてミッション・コンプリート!汚名挽回よ!!
・・・あれ、何か間違ったかしら?まぁいいわ。
「ルシオラさん、行ってあげて」
そっと背中を押してあげる。
そうするとルシオラさんは何か恐ろしいものから逃げる小動物のように横島君に向けて駆け出していった。
「ヨコシマ!!」
「ル、ルシオラ!?な、何で・・・?俺の娘として復活するんじゃ?」
さぁ、ここで名乗り出るのよ!これで私も名誉返上だわ!
「私が連れてきたのよ横島君」
なるべく冷静な表情をつくりながら私は物陰から出てくる。
「た、隊長!?どういう事っスか?」
そして私は今までの五年間のことを説明した。
―――まず、あの時窓から覗いていたのはルシオラさんの霊破片を回収して過去に戻り復活させるためだった事。それは神族や魔族に見られたら止められる可能性があったからあんな風にごまかした事。
―――それからは五年間で陥ったルシオラさんの危機、そしてそれから身をもって守った私のこと。
ちょっと誇張した所為でSF超大作みたいになったけど横島君は信じてくれたみたいだわ。
「隊長・・・俺は、俺はなんて御礼を言えば良いのか・・・」
いつもの情けない泣き方ではなく、男泣きをしながら御礼を言ってくれる横島君。良い表情するじゃない。
何はともあれ、これでHAPPY ENDよ!!
「・・・あれ?」
そう私が喜びを噛みしめていると、ヒャクメ様が首をかしげている。
「どうしました、ヒャクメ様?」
西条君が話しかける。
「美智恵さん、貴女はルシオラさんの霊破片を持って逆行してルシオラさんを復活させたのね~?」
「ええ、そうですけど」
何を今更。私そう言ったじゃない。
「それでルシオラさんは復活。でもベスパはそのことを知らないから必死に霊破片を集める・・・結果足りなくなって貴女が逆行する・・・」
あれ、なんか雲行きが怪しい?
「・・・美智恵さん。ぶっちゃけあなたルシオラさんの復活を遅らせただけなのね~」
・・・は?
「え、じゃあルシオラはホントはすぐに復活できたんか!?」
「多分そうなのね~」
「じゃあ何・・・?ママのやったことって・・・」
「無駄どころか・・・」
「足を引っ張っただけ・・・?」
「・・・そのようだな」
そして私のほうをじぃ~っと見つめてくる一同。
「・・・ア、アハハ、ほら、一応ルシオラさんは復活したし、大団円って事で、良いじゃない!」
宥めようと言葉をかけてみるけど、一向に視線は弱まらない。
そして、耐え切れなかった私は、
「そ、それじゃ!」
再び皆の痛い視線を受けながら逃げ去る事となった。
「私が何したって言うのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
泣きながら走る私を、夕焼けが照らしていた。
<HAPPY END?>
ちょっと電波を受信したので書いてみました。初短編です。
一人称に挑戦とかも初めてだったのですが、難しい・・・自分の文章力の無さを痛感しました(汗)これからは多分一人称はやりません。
ヴァンパイアの方は、土日の間に書き上げようと思っているのでそれまでお待ち下さい。そのときにレス返しも致します。
それでは!