『Dear…』
「というわけでおはよう………ございます。もう昼ですけど」
「おはよう…」
さて問題です。
ここは俺の部屋です。
特に勉強した覚えも無いのにちゃっかり京都の大学に進学した俺に親父とお袋が用意してくれた六畳一間のワンルームです。
嬉しいことに今度はお風呂もシャワーもついてます。
それはいいとして…なんで俺の部屋におキヌちゃんがいますか?
しかもベッドの横に座って俺の方を見てますか?
これは夢でしょうか?
でも夢にしては生々しいです皆さん。
彼女の呼気が甘い香りとともに俺の顔の上を通り過ぎて行きます。
ていうか近すぎじゃないでしょうか。
「………まだ寝惚けてます?」
「うーんと…なんかやたらリアルな夢かなぁとか…」
「………夢じゃないですよ」
「そっか夢かぁ…そういや東京出てからもう三ヶ月だもんなぁ…」
彼女の指が俺の頬っぺたをツンツンと突いてます。
あはは…こそばゆいです皆さん。
まあリアルな夢は感触まで再現するという話を聞いた気がします。
とは言ってもまだ心理学は概論の初期の段階でそれすら俺にはチンプンカンプンなわけですが。
それにしても俺って奴は事務所のバイトを辞めると宣言して割り切ったはずなのに何を今更未練たらたらですか。
まあね「高卒でGSとしてやっていく」と宣言したものの「せめて大学は出ろ」という親父お袋連合軍との戦いで敗れた俺が言うのもなんですがもうホームシックですか。
人恋しくなってますね。
ははは。俺と言う奴は覚悟を決めてもこの程度でしたか。
おお。夢の中のおキヌちゃんがぷーっと頬っぺたを膨らませている。
ちょっとハムスターに似ているかも。
「もう! これでも夢だと思いますか?」
いきなり手を握られました。
あまつさえ胸元にもっていかれました。
温かいです美神さん。
「ちょっ! ま、マジでおキヌちゃん?!」
「はい!」
「ど、どしたの?」
えーと…俺の記憶が確かなら彼女は東京のはずではないかと…って当然じゃん。
しかもこの時期はテストとかあるんじゃないっけ?
あ、でも六女と俺の高校とは違うのかも。
「………だって横島さんってばこっちに来てから全然連絡くれないし」
握り締めた手をぎゅっと胸元に押し付けておキヌちゃんは俯いてます。
柔らかいですおキヌちゃん。
あ、あ、あっ、あっ、当たってますがな!
あれ? でもこの柔らかさはなんぞやもし?
まさかのノーブラ?!
「………連休には帰ってくるのかと思ってたのに」
俯くおキヌちゃん。
そのまま胸に抱いた俺の手にそっと唇をつける彼女の言葉は最後まで聞き取れないけれど、なんだか非難されているのは間違いなさそうな。
あれ?でも変だな。
「連休はレポートとかで忙しいってメールしてたよね?」
「………メール………ですか?」
キョトンと上げられた表情には嘘とか誤魔化そうとか言った感情は読めなくて。
あれあれ?もしかして本当に気づいていない?
でもそんなはずは無いんだけどな。
そりゃ俺は筆まめなほうじゃないから毎日なんて無理だけど時たまやり取りしていたはずだし…って昨日もメールしたじゃん?
つーことは可能性としてあるのは別人に送ったってことか…。
でもなぁ…。
「えーと…もしかして俺って違うメアドに送っていたのかな?」
「………あ?………はいはい! 携帯のメールのことですね!! ええ!来てました! 来てましたとも!!」
「そ、そう?」
「は、はいっ! あはははは、私ったらうっかりしてましたー!!」
俺の手を握りながらブンブンと手を振り回すおキヌちゃん、だけどどうみても誤魔化してます。
ということは読んでない。あるいは適当に返信していたってことだろうか。
彼女は現役女子高生だしその人柄故に友達も多い。
きっとメールなんかも一杯来るんだろう。
そんな中で芸の無い俺のメールなんか忘れていても仕方ないよなー。
うわ…微妙に凹んだ。
表情に出たんだろう。おキヌちゃんがワタワタと慌てて手を振る。
ちなみに手はまだ握りっぱなしだから俺も揺れる。
「で、ですから!! ほら!! お手紙のことだと思うじゃないですか!!」
「手紙って?」
「いきなりメールって言われたらポストに入れるほうのお手紙かなーと思うじゃないですか!」
「そういうもんなの?」
「そういうものです!」
そういうものらしい。
確かにおキヌちゃんは元々江戸時代の生まれだし、今でも古風なところがあるから手紙と勘違いしても不思議じゃないわなぁ。
なにしろ彼女のメールはいつも「前略」で始まって「かしこ」で終わっているし。
あ、そういえば最初のメールの「件名 前略」ってのは俺のツボに入ったっけ。
本人には言えないけれど今こうして見ててもドジっ娘オーラ健在だし。
「………今何か良からぬことを考えてませんでしたか?」
「べ、別に…」
あ、ちょっと前より勘が鋭くなっている。
ふむふむ。男子三日会わざれば活目して見よという言葉もあるぐらいだ。
ましてやこの年頃の少女にとって三ヶ月というのは成長するのに充分な時間かも。
うーん。手に残ったさっきの感触からすればそっちの成長にはまだ時間がかかりそうだな。見たこと無いけど。
でもさすがにタマモよりはあるはずだよなぁ。
それともすでに負けたとか?
「………今なにかとてつもなく良からぬことを考えてませんでしたか?」
「考えてないよ…」
「………そうですか…」
こっちを睨むおキヌちゃん。
あの…凄く怖いんですけど…でもおキヌちゃんもこういう顔をするんだ。
もともと美人系の顔立ちでしかも幽霊経験が長いだけあって迫力がありますな。
うーむ…このままこの話題を続けたらマズイ。
美神さんのところで培った危機回避の能力は今でも健在だ。
話を変えることにしよう。
「で…どうしたの?」
「へ?」
「いやさ…どうして来たのかってこと」
ホケッと目を丸くするおキヌちゃん。
なんだか今日の彼女は俺の記憶の彼女より表情が豊かな気がする。
いや元々表情は豊かなんだけどこんなに目まぐるしく変わるってのも新鮮だ。
しばらく見入っているとホケッとした表情は深刻なものにとって変わる、かと思えば照れたように頬を染め、視線をウロウロとさ迷わせたり、ふと手を見てまだ俺の手を握っていることに気がついて真っ赤になって放したりと大忙しだった。
それでもなんとか考えが纏まったのかウンとばかりに拳を握り締めて彼女は俺の目をまっすぐに見る。
「………横島さんの様子を見てきてくれと頼まれて…」
「美神さんに?」
「え? そう………ですね。あとはシロ…ちゃんとかタマモちゃんとか」
「そうなんだ。そういやシロとかに連絡してないなぁ…」
「ヒドイですよ横島さん! シロちゃんは心配してましたよ!!」
「タマモは?」
「………………あんまり気にしてませんでしたね………」
「そっかー。やっぱ俺はタマモに嫌われていたかー」
わかっちゃいたがはっきり聞かされるとやっぱこたえる。
まあ送別会でもつまらなそうにしていたし、見送りの東京駅ではいかにも文句がありますとばかりに俺を睨みつけていたりしたし無理も無いだろうなぁ。
「そ、そそ! そんなことないでしょ! タマモちゃんは口には出さないけど心配してましたし、とっても怒ってましたよ!!」
「なんで?」
「え…えーと…手紙の一つもよこさないってどういうつもりだーって…もしかしたらタマモちゃん、横島さんが自分のことをどうでもいいと思っていたとか思っているのかも…所詮は拾われたキツネだしとか…」
そういうわけじゃないんだけどな。
単に色々と忙しかったとか、俺自身がまだあの事務所から離れたという実感が無いってのが理由なんだけど。
それにまるっこ忘れていたわけじゃない。
「だってさぁ俺って筆不精だし、それに近況とかならおキヌちゃんにメールしているし、わざわざ手紙ってのは面倒くさいというか」
「それでも手紙ぐらいは欲しいんです!!」
ぐわーってな感じて怒るおキヌちゃん。
やっぱ彼女もメールには違和感があるのかな。
もともと昔の人だし。
もしかしたら女の子にとって手書きの手紙というのは特別な意味があるかも知れない。
「そうなの?」
「はい。だってシロちゃんもタマモちゃんも携帯持ってないじゃないですか…」
「そういやまだ持ってないって言っていたなぁ…」
「どうせかける相手がいるわけじゃないからいいんですけどね………」
「え?」
今、なんだかおキヌちゃんらしくない発言を聞いた気が…。
おキヌちゃんその顔に影を落として笑うのやめてっ!なんか黒いですから!
うわわ。なんだか地雷を踏んだ気分だぞこれは。
何が地雷かはわからんがこの話を続けるのは危険だと思う。
「そ、そういえばおキヌちゃん飯まだだろ! なんか食いにいかないか?!」
「え? ご飯ですか? いいですねー。昨日の夜からなにも食べてないのでお腹すいちゃいましたー」
「そうなの? そんなに急いで来てくれたんだ?」
「はいっ! 飛んできましたー!! あははー」
シパパッと上げた手を横に広げておキヌちゃんはブーンと言いながら飛行機の真似をしてみせる。
なんつかー可愛いぞコンチクショーといった感じだ。言わないけど。
「んじゃ俺、シャワー浴びるから待ってて」
「はいっ!」
両方の拳を胸の前に合わせてコクコクと頷く彼女の頭を撫でてみたいという衝動を抑えながら、俺は着替えとバスタオルと携帯を持ってシャワーに向かったが、笑顔で見送ってくれるおキヌちゃんに一言だけ付け加えておかなきゃ無いことがあるのでそのまま振り向いた。
「覗かないでね」
「覗きませんっ!!」
真っ赤になってムキーと怒る彼女に冗談だよと告げてからトイレと一緒になっている浴室のドアを閉めた。
まあ男のシャワーなんて10分あれば充分だから待たせすぎることもないだろう。
さて…やることを済ませるとしますか。
実際には15分ほどかかったが仕方ないだろう。
俺だって色々とやることはある。
もっともおキヌちゃんは俺の部屋にあったマンガを読んでいて文句を言ってくることはなかった。
ベッドの隙間に巧妙に隠された本を見られなくて良かったと思ったのはお兄さんとの秘密だ。
外に出てみれば真夏を思わせる太陽が肌を焼く。
しまった。夕方まで待てばよかったかと思ったが、東京とは違う風景が珍しいのかおキヌちゃんのテンションは高い。
近代と現代、それに中世が微妙に交じり合ったこの街はやはり観光都市としての側面が強い。
そういえば新婚旅行で行きたい場所十傑にランクインしているとかいないとか。
「珍しい?」
「え? あ、はい! そうですねー。昔とは随分と変わりましたねー」
「なるほど…ところで何か食べたいものある?」
「キツネうどん!!」
即答だった。
思わず笑みがこぼれそうになるがグッと堪える。
なんにせよ具体的に言ってもらえるというのは、まだこの街に慣れていない俺にとってはありがたいことだった。
そういえば心理学の授業で言っていたが女の子の嫌いな三つの質問の一つが「なにを食べる?」ではなかったか。
うーむ。これがデートならいきなり失敗するところだった。
やっぱ講義は真面目に受けよう。
それはともかく折角の機会だし、彼女の意図は読めないけれど今は会話に専念しよう。
男の礼儀という奴である。目的もあるしな。
「そんなに好きだったっけキツネうどん?」
「あ………それはですね…関西のおうどんって食べたこと無いじゃないですか…ですから食べてみて今度タマモちゃんにも作ってあげたいなーと…」
「優しいんだ…」
「そ、それほどでも…」
耳まで真っ赤に染めて俯くおキヌちゃんの肩にさりげなく手を回す。
一瞬だけピクンと体を震わせたけど拒否するということもないのでそのまま京都の街を歩く。
他人から見ればカップルに見えるんだろうなーとは思うが、なんというか煩悩は沸き起こらない。
それでも楽しいものは楽しいし、折角遠いところを飛んできてくれたんだから俺から飛びっきりのサプライズを渡したいじゃないか。
そのためにも今は即席のカップルを演じるのは悪くないと思えた。
勿論、拒否されたら止めるつもりだったけど彼女は拒否しようとはしない。
ちらと横目で見た彼女に顔には嬉しいような悲しいような不思議な表情が浮かんでいて、それが俺に密かに計画中のサプライズが成功するという確信を与えてきた。
昼飯は老舗と呼ばれるうどん屋さんで済ませた。
ちょっと予定外の出費だけど幸い大学に入ってからは安定した仕送りがあるので昔のように生活に困るという心配も無い。
いざとなったら学生係に行ってバイトを紹介してもらえば良いのだし。
家庭教師とかは無理だけど肉体労働ならお手の物だ。
「どっか行きたい所はある?」
「特にない………ですね」
「そう? だったら観光名所を見て歩くか。とは言っても俺もガキの頃、親父たちに連れてこられたぐらいだから良くは知らないけど」
「いいのですか?」
「別にいいよ。特にすることもなかったし明日は休みだし」
「普段は何をしてるのですか?」
「なにって言われてもなぁ…特に何も…勉強とか言えれば格好いいんだけどねー」
苦笑いする俺に彼女も優しく微笑む。ちょっと意外だった。
なんだか胸がドキドキする。
誤魔化すために彼女の頭を撫でてみると「むー」と頬っぺたが膨れた。
「子供じゃない!ですよ」
「あはは。ごめんごめん。ちょっと緊張してね。なにしろおキヌちゃんみたいな美人とこうやって歩けるなんて俺にはないことだから」
また彼女の表情に影が指す。
しかしそれも一瞬のことですぐに笑顔に変わった。
勿論、俺は気がつかないふりをした。
彼女がなにを考えているのかを俺なりに見極めたいと思ったからだけど、容易にわからないのが女心という奴なのだろう。
そういう女心の機微にもう少し気を使っていれば俺の高校生活も少しは色がついていたかも知れないと思うとちょっと泣けた。
そういや愛子はまだ学生やってるとメールが来たったけ。
なんでも進学したいとか相談受けたが、超心理学科の推薦枠で入学した俺には受験に関する具体的なアドバイスはできなかった。
あ、でもゼミの教授に相談したら愛子も推薦もらえるかもしれない。
何しろ現役の学校妖怪なんて超心理学の固まりみたいなもんだし。
よし。今度聞いておいてやろう。
「どうしたのですか?」
急に黙り込んだ俺をおキヌちゃんが不安そうに見ている。
いかんいかん。
女の子と一緒に歩いている時に他の女の子のことを考えるのはマナー違反だと親父が言っていたじゃないか。
「だって嬉しいでしょ!! こっちきても女っ気がないと悲観していたのにこんな美人と歩いているなんて! もうね! 涙で前が見えませんっ!!」
「大げさ!!ですよ」
何が嬉しいのかご機嫌なおキヌちゃん。
クルリとダンスでもするかのように身を翻すと夏色のワンピースが舞う。
一瞬、絶対領域に目が行くのは男の本能と言う奴だ。
チラリとシマシマが見えたことに彼女が気づかなかったのは幸いである。
鼻から漏れそうになる漢の浪漫を意志の力で止血する俺に彼女が恥ずかしそうに笑いかけてくる。
え? もしかして見えたのばれた?
「でも……」
「ん?」
「前が見えないのは大変ですね!!」
いきなり手を繋がれた。
これは不意打ちだった。
ちょいとピンチ。
「さあ行きましょう!!」
強引に手を引かれながら俺もまた自分の顔が緩んでいることを自覚していた。
その後は京都の街を案内して歩いた。
シロとの散歩で鍛えられたせいか、かなりの距離を歩いたはずなのにそれほど疲労は感じない。
おキヌちゃんもさほど疲れた様子を見せず、俺が案内した寺院仏閣を興味深そうに見ていた。
日はすでに西に沈み始めている。
そろそろ頃合だろう。
アベックで有名な川べりの公園で俺は横を歩いているおキヌちゃんの手を握る。
ギュッと握り返してくる手の温もりに決意が揺れる。
でもこれは必要なことなのだと自分に言い聞かせた。
「そろそろ東京に戻らなきゃいけないんじゃないの?」
「そう…ですね」
伏せられた顔がどんな感情を浮かべているか俺からは伺いしれない。
ただ小さく震える肩だけが彼女の葛藤を告げてくる。
「今日は楽しかったです」
告げられる想いは小さく儚い。
その一言を彼女はどんな気持ちで言っているのだろうか。
俺のような煩悩まみれの男に理解できるはずも無い。
だから態度で示すことにした。
ゆっくりと彼女の顔が上がる。
潤んだ目に溜まった涙は本気のそれに見えた。
「ちゃんとみんなにお手紙………くださいね………」
「ああ…」
俺は目を閉じたまま上を向いて震えている少女の肩を逃がしてたまるかとばかりにしっかりと抱く。
迷うように俺の腕の中でか細く震える細い体。
そして何かを決意したのか哀しそうな溜め息を一つ零して少女は目を閉じる。
柔らかくてちょっとでも手荒にすれば壊れてしまいそうなその存在感が俺の決意を挫こうとする。
だけど俺は意を決した。
やる時はやる男なのだ俺は。
大きく深呼吸して落ち着くと、慎重に狙いを定めて…
「ちぇすとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「うぎゃんっ!!」
少女のおでこに渾身のヘッドパッドを炸裂させた。
プスプスと頭から煙を上げて沈む少女。
おお。頭の周りをカップ麺が回っている。
手加減はしたつもりだがあんまり意味なかったか?ていうか渾身と自分で言っていたじゃないか。あはははははは。
「笑い事じゃないっ!! なんでこの場面でいきなり頭突きなのよっ!! チューでしょ!! 普通この流れはチューでしょっ!!」
おお。復活したか。
さっきと違う種類の涙が迸っているぞ。
さて。
「誰と?」
「誰とって! 私しかいないでしょうがっ!!」
「そうだなぁ。確かにここには俺とタマモさんしかいないわなぁ…」
「そうそう!!………はい?」
「解けているぞ変化…」
「え?」
慌ててパタパタと自分の姿を確認するのはいつもの格好をしたタマモ。
あ、普段とはちょっと違うか。
なんといっても俺の知って居るタマモはデコにでっけータンコブなんかつけてない。
「あ、あははははは…」
「笑って誤魔化すな!」
「ご、ごめんなさいっ!」
さすがに笑って誤魔化すのは無理があると悟ったのかタマモは頭を下げる。
久々に見たナインテールがピョコンと跳ねるのが妙に懐かしい。
「なんだってこんな真似をした?」
「…………それよりいつから気がついていたの?!」
「うーん。割と最初から。あのおキヌちゃんがノーブラってのがありえねーなとか思ったし、それにメールの件があったしな。だからシャワー浴びている間におキヌちゃんに「今、おキヌちゃんが来てるけど?」ってメールしたら速攻で返事来た」
「う……ここでも立ちはだかるのね携帯電話…」
「でもなぁ俺をからかうのは良いけどおキヌちゃんに化けるのはやりすぎだろう…」
それほど怒気をこめたつもりはないがタマモはビクンと身を震わせると俯いて小さく身を縮めた。
途切れ途切れにもれ出てくるかのような声は湿り気を含んでいて、それが俺の胸に一つずつ突き刺さる。
「だって…だって…こっち来ることも私の知らないうちに決まっちゃってたし……横島こっち来てから全然連絡くれないし……私のことなんか忘れちゃったのかと思ったし…でもシロにもおキヌちゃんに聞くにも聞けなかったし…」
「うわっ! なにを泣いているかっ!」
「泣いちゃ悪いの…」
もう涙を隠そうともせずにタマモは俺を真っ直ぐ見上げる。
途端に俺の理性が心の奥底に密かにあった罪悪感を掘り出して、俺の目の前に陳列しはじめた。
それを無視できるほど俺は大人じゃないのである。
「いや悪くない…どちらかと言えば俺のほうが悪い…」
「………そうなんだから…横島の方が悪いんだから…忘れられちゃったって……置いてきぼりにされ……ちゃったかなって思ったんだから………」
「すまん。反省している…」
「………忘れてない?」
「忘れるわけ無いだろう」
そして俺はタマモを抱き寄せる。
再び目を閉じる少女の頭を出来る限り優しく撫でると、ぷっくりと膨らんだおでこにそっと唇を寄せた。
タマモはちょっとだけ不満そうな顔をしたが、すぐに軽く溜め息をつくとそのまま俺の首に両手を回して囁く。
「ねえ…今日は泊まってもいい?」
鼻血を吹かなかったのは俺が成長したせいだと思いたかった。
ちょっと出たけど。
そして翌朝。
誓って言うが何もしていないぞ。
アパートに戻ってから大学のこととかこっちでの生活のこととか色々な話をしただけだ。
なんだか知らないが会話のほとんどは俺の話だった気がする。
そんでもってようやく夜中過ぎてユラユラと船を漕ぎ出したタマモをベッドに寝かせて
俺は床に広げた毛布に包まったのだ。
何もしていないという証拠にほら昨日の夜、念のためにと両手両足を縛っておいたのだから万全である。
なにしろ俺の理性など俺が一番信用してないからな……って解けているし…。
しかもなんか横から寝息が聞こえるし…。
そこはかとなく腕が痺れている気がするし…。
あのー。タマモさん。ベッドは君に譲って僕は床に寝たはずなんだけど、何ゆえ君は僕の横に寝てますか?
「そうね。それは私も知りたいわね」
「ですね…」
「そうでござるな」
あ、あはは…来てたんすか美神さん、そしておキヌちゃんとシロ。
いやー実に久しぶりですね。
お元気そうでなによりです。
「ありがとう横島君。あなたも元気そうね。それでさー。タマモを迎えに来たんだけど…もう手遅れってところかしら?」
誤解です!ってのは聞いてもらえないんだろうなー。
ああ…なんかこの生と死の狭間の感覚が懐かしくって涙が出そう。
それはともかくタマモさん…君からも一つ釈明を…。
「うにゅ…横島……」
うわはははははは。まだ寝てやがりますっ!! 寝惚けております!!
しかも抱きつかれましたっ!
ゴロゴロされております!!
タマモの頭が俺の胸をグリグリしております!! ネコかオマエは!!
うわはぁ! ピキピキピキって音が三箇所からサラウンドで!!
逃げ道はないです隊長!!
空気が変質していきます!!
メーデー!! メーデー!! 部屋のゴキブリがわれ先にと逃げだしてます!!
「………シロ…おキヌちゃん…タマモをお願い…」
「はい!」
「タマモはあっちでお話するでござるよー」
「ふえ? あれ? なんでみんな居るの? 横島は?」
「んふふふふふ…それはこっちが聞きたいですねー」
寝惚け顔のまま謎の宇宙人のように連行されていくタマモ。
すまんタマモ。助けたやりたいが俺とて死地にいるのだ。
なんとか無事に生き延びて俺の無実を証明してくれ。
「さて覚悟はいいわね」
「ちよっ! 話を聞いてっ!!」
「うん♪ することしてからねっ♪」
「そんな明るく死刑執行しないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
こんなのも懐かしいと思うってどうよ?と自分に突っ込みいれながら、明日はレターセットを買いに行こうと心のメモ帳に書きこんで俺は全身を襲う久々の感触に身を委ねたのだった。
おしまい
後書き
ども。犬雀です。
さて今回はちょっと騙しSSを書いてみたくなったりして。
うーん。どうなんでしょうねぇ。犬の意図としては読者様が頭突きで「ポカーン」としてくれたら100点なわけですが、きっとメールとかうどんの辺りでばれていることでしょう(笑)
また機会があれば挑戦したいと思います。
ではでは