「……一人で数十件は多すぎだろう」
などと呟きながら歩いてくるのは、美神除霊事務所のアシスタント兼バイト兼丁稚の横島忠夫である。
彼はつい先ほど、単独での仕事を終えたところだった。
仕事と言ってもいつもの除霊といった荒事ではない。美神令子は少なくない不動産物件に対して霊的な管理という仕事も請けているのだが、大抵のそれは定期的にメンテナンスする必要がある。
今日横島がやっていたのは、それだった。
まだまだうんざりする程の残件数が残ってはいたが、とりあえず今日の分のノルマはこなしたので、彼はコンビニで飯を買い込み、遅めの昼食をとろうと目に付いた公園に足を踏み入れた。
月曜日の公園。
取り立てて特筆すべき物もないその場所には1基のベンチがある。横島はそこで昼食をとろうとしたのであったが、残念ながらベンチには先客がいた。
小学校の高学年くらいの女の子である。
彼女は3人掛けくらいのベンチの右に腰を下ろし、その脇に赤いランドセルを置いていた。
ざっと公園を見回してみるが、小さな公園であり残念なことにベンチは一つ。椅子代わりになりそうな柵の類もなかったので、彼は少々ためらいつつも問題のベンチに歩み寄った。
公園には横島と女の子以外に人はいない。さすがに近づいてくればすぐわかる。
目の細かい砂を踏むスニーカーの音に、女の子は視線を上げた。
「あ〜〜その〜〜飯を食いたいんだけど、端っこいいか?」
横島は出来るだけ爽やかに女の子に話しかけた。間違って変質者と思われることだけは避けたい。自分はロリと間違えられることだけは避けなくてはいけない。そうしないと色々大変なことになってしまう。
そんな彼の頑張りが通じたのかどうか、女の子は小さく肯くと、腰を浮かせて自身を端に寄せた。そして、さらにベンチに置いてあったランドセルを自らの膝の上に乗せようとしたのであったが、横島はそれを止める。
「いや、俺のほうが後から来たんだし、ランドセルはそのままでいいぞ。飯食うだけだしな」
3人掛けのベンチである。一人分を女の子が使い、一人分を横島が使い、残った部分をランドセルが使う。まったく問題ない。
女の子は横島の言に従った。
コンビニの袋から、肉まんの入った紙袋を取り出す。お茶とかいう気の利いたものはない。本来ならば、弁当を買いたいところであったが、なにせ彼は貧乏人。肉まん三つが今日の昼食であった。
一つ取り出してガブリとかぶりつく。安っぽい肉団子であるが、ホカホカと暖かなそれは、まだ寒さの残る季節に格別な幸せをもたらしてくれた。
ふた口目を食べ、三口目をかぶりついたところで、ふと気になった。
そういえば今日は平日で、まだ午後二時くらい。終業が早い小学校といえども、まだ授業中のはずである。
(サボりかな?)
今更ながらそんな風に思って横島は女の子を覗き見た。
彼女は彼が公園に来たとき、少し俯き加減でベンチに座っていた。そして今、やはり俯いてランドセルの向こう側にいる。
女の子が何を考えているのかは横島にはわからない。当たり前だ、会話とも言えない言葉を交わしただけの全くの他人なのだから。
だが、少しだけ、ほんの少しだけ分かった様なことをいえるとしたら、彼女は寂しそうに見えた。
「食うか?」
目の細かい砂の地面を映し出していた視界に、いきなり現われた肉まん。少女は少し面食らっていたようだったが、チラリと横島を見て小声で言った。
「……知らない人から物をもらっちゃいけないって言われてます」
どことなく、胡散臭そうな目で見つめる少女。たしかに怪しい、誰もいない公園で見ず知らずの少女の横に座り、あまつさえ肉まんを手渡そうとするバンダナGジャンの男。お巡りさんが見ていたら補導モノかもしれない。
「な、違うっ!違うぞ!! 俺はロリじゃないっ!断じて違うんやあーーっ!!」
そんな少女の視線に大声で取り乱す横島。なにか自身に思い当たる節でもあるのか、ゴンゴンと地面に額をぶつけている。
女の子はいきなりの声量に小さく震えた。震えたのだが、あけすけな言葉を吐きながら頭を打ち付けている横島を見ているうちに、クスリと笑った。
「肉まんもらっていい?」
花が咲いたような笑顔だった。
いっしょに何かを食べるということは、それだけで不思議と連帯感を持つものだ。
横島と女の子は、二人で肉まんをパクつきながら、ぎこちなく会話をしていたが、徐々に普通に話すようになった。
特に、横島が学校を休んでバイト中だと言ってからは、少女も実はサボりだと告白し、一種共犯者めいた心理が働き、舌も潤滑になった。
「お兄さんはGSなんだ?すごいね〜」
「ふふん、すげえだろ?」
GSと言えば特殊な才能を持つものだけがなれる、ある種エリートである。少女は素直に感心しているようだ。しかし、彼女はふと手に持った肉まんを見て言った。
「……でもGSってお金持ちって聞いてたけど、そうでもないのね」
「ぐっ、痛いところを……確かに今は時給255円だが……そのうちきっと……きっと……きっと?」
得意満面の顔から、急転直下の涙顔。横島の百面相に少女はまた笑った。
笑ったのであるが、その笑みは急速に力を失い、彼女は俯いていた時と同じ目で遠くを見た。
「……そのうちきっと……か」
年齢に似合わないそんな仕草に、横島は少し黙った。
「そのうちきっと何とかなるって……ほんとかなぁ」
横島にとって、彼女は1時間前までまったく接点のなかった他人である。いや、今現在も少々話をしただけで、これっきりの縁といっても過言ではない見知らぬ他人だ。なにせお互い名前すら名乗っていない。
そんな彼女が何を考えて、何を抱えているかなど横島にはわかる筈もないし、分かったとしても多分何も出来はしない。
だが……
「なあ、なにがあったか知らないけど……聞くくらいのことはできるぞ?」
呆然と遠くを見ていた少女の目に少し光が戻った気がした。
「なんだ、ほら、人に話すだけでも楽になることあるし、俺は言い方悪いかも知れないけど他人だからさ、まずいこと話しても問題にもならんだろ」
横島はたどたどしく言葉をかけた。正直自分もなにを言っているのか把握しているとは言いがたい。
だがしかし横島は声をかけた。
なぜと言われても言うほうを彼はおかしいと思う。悲しそうに見える人がいて、自分はそれを見つけた。だとすれば話くらい聞いてあげるのが人情というものではないか?
それを見過ごすのが効率的だとかプライバシーとかいうならば、そんなものはクソ喰らえだ。
少女もそんな彼の言葉を聞いているのかいないのか、先ほどと変わらず遠くを見つめる姿勢のままだったが、たっぷりと時計の秒針が三周はした頃、ぼそりと口を開いた。
「お兄さん変」
出てきた言葉は実も蓋もない二つの単語。
「……変か?」
「変だよ?」
「変はひどいだろ」「変は変よ」などと妙な押し問答がしばらく続いた。
だが、少女の目は呆然とどこか彼方を見つめることなく、確かに横島を見ていた。
火曜日の出会いは偶然だった。
まだこの公園付近に残案件が残っていたことと、横島の懐具合で再びこの公園で昼食をとった。そこにまた彼女がいた。
水曜日の出会いは蓋然だった。
少し離れたところで仕事をこなした横島だったが、足を伸ばしてわざわざこの公園で昼食をとった。彼女はポッキーを持参していた。
木曜日の出会いは必然だった。
電車を使ってまで横島はわざわざこの場所までやってきて昼食をとった。彼女はポットにお茶を用意していた。
そして金曜日。
ここ数日来のように横島が公園に足を踏み入れると、いつものベンチに腰掛けていた少女は明らかに分かる笑みを浮かべてくれた。
今日は弁当を二つ購入してある。横島自身は焼肉弁当、もう一つは昨日彼女が好きだといった幕の内弁当。少々出費が懐に痛かったが、昨日した約束である。しかたがない。
「遅かったじゃない。待ちくたびれちゃった」
「悪ぃ、ちと離れたとこから来たもんでな」
そしていつものように、横島はベンチに座ろうとした。したのだが、昨日までと違って、ベンチの端にランドセル、その横、つまり真ん中に女の子が腰掛けていて、空いているスペースはもう一個の端、女の子の横だった。
女の子は少し照れたような仕草を見せていたが、横島は気づかぬ風を装って、「よいしょ」と少し年寄り臭い声とともに、エスコートされた空間に腰を下ろす。
横島は彼女に弁当を手渡して、彼女はポットのお茶をいれてくれた。
「いただきます」と行儀のいい彼女の声に、横島も久方ぶりにその言葉を口にして昼食をはじめた。
食べながら他愛もない話をする。もっぱら横島の話で女の子はほとんど聞き手。彼女はGSの仕事の話が好きなようで、それを好んでせがんだ。
危険で怖くて、でも毎日が楽しそうな美神所霊事務所の仕事の話を。
「──でだ、そのとき俺は言ったね『蝶のように舞い、蜂のように刺す!』」
「……そして『ゴキブリのように逃げた』んでしょ?」
クスクスと笑いながら横島の話をつなげる女の子。ここ数日の会合で、横島忠夫という人間について大方理解してしまったようだ。
「しゃーないだろ、相手はとんでもないんだぞ?俺みたいなのが真っ向からやりあえるかっての」
少女の茶化しに、横島は少々不貞腐れてみせた。そんな彼がさらにおかしかったようで、女の子は益々楽しそうに笑った。遂にはお腹を抱え込んで、体をくの字にしてしまう。
しばらくすると、ようやく笑いもおさまったようで、楽しくも苦しそうな声は聞こえてこなくなったのだが、彼女は顔をあげなかった。
そして、先程までとはうって変わった、とても乾いた、最初にこの公園で出会ったときのような声色が聞こえた。
「……そうよね、真っ向からやりあえないなら逃げるしかないわよね」
すべてに絶望したかのような声。どうしたらこのような年齢でそんな声が出せるというのか。
その声が初日を思い出させたのか、横島はずっと触れなかった話題を口に乗せた。
「……なあ、学校行かないのか?」
動かない少女。
「まあ、サボってる俺が言うのも変ちゃ変だけどな。それでもやっぱ学校って行ったほうがいいと思うぞ」
「……酷く一般的で高説な御意見ね」
その声は氷のような冷たさをもっていた。あきらかに彼を拒絶した声色。
しかし、横島は再び声をかけた。本当に拒絶しているなら返事もしないはずだと信じた。なによりも『余計なお節介』をやいてやりたかった。
「誰かさんが何も話してくれないからな。一般的な意見にもなるってもんだ」
この返答は、彼女の意表をついたらしく、女の子は思わず顔をあげて横島をまじまじと見つめてしまった。
ニヤリと笑う横島。女の子はそんな彼の表情を見て、プイっと体ごと横島と反対側を向く。だが、その仕草に先ほどまでの氷の感触は感じられなかった。
ポットからお茶をそそいで啜る横島。ズズーっというのんびりした音が誰もいない公園に響く。
横に置いてあったもう一つのポットの蓋である湯のみを見ると、中身が空っぽであることに気づいた。
「茶飲むか?……といってもお前が持ってきてくれたものだけどな」
飲む──とぶっきら棒に答える女の子。
彼女は器用にも体は反対側を向いたままで、横島から熱いお茶の注がれたポットの蓋を受け取った。
しばらく茶を啜る音だけが木霊していた。
「────何処にでもある一般的な理由よ……私いじめられっ子なの」
横島の横から淡々とした少女の声が聞こえてきた。
「……だから学校から逃げてるの。それだけ」
ある程度は予想していたが、実際に聞かされると予想以上に堪えた。
「家出してるのか?」
「ううん、毎日『行ってきます』って家を出て、この公園に来てるの」
「両親とか、先生とかには?」
「言ってない……っていうかね、いじめって言ってもだた『無視』されるだけなの、そんな酷いことじゃないんだ。だからね……」
私が弱いだけかもね──そう言って女の子は笑った。
まるで乾ききり、ひび割れた地面のような、そんな笑みだった。
「そろそろ仮病も限界みたいだし……また来週からは頑張るよ」
聞いてくれてありがと──と言ってベンチから腰を浮かしかけた彼女だったが、その腕を横から掴まれた。その手は力強く、少し痛かったが、ほんのりと暖かかった。
「──なあ、嫌じゃなかったらなんだが、来週もまたここに来ていいか?もちろん時間はお前の学校が終わった後、夕方になるだろうけどな」
初日は変な人、二日目はまた会った人、三日目は期待した人で四日目は待ってた人。
五日目は、私を泣かせた人になった。
「お兄さん、ロリコン?」
「ちがうわ!!」
「──クスっ、じゃあそうしてあげる来週から時間をかけて……ね」
乾いた大地が涙一滴だけ瑞々しさを取り戻した日。
日曜日。
聖書に記載されたほどの、全世界的な休日であるが、横島忠夫には全く関係ない。むしろ休日こそ、学校が公然と休みであるため、美神は遠慮なくバイトとしてこき使った。
そんな訳で総出での除霊を終えて事務所に帰宅した一同。そこで横島は明日の予定について話を切り出した。
「美神さん、あのですね、明日……というか暫らくというか、ひょっとすると結構な期間?平日の夕方時間がほしいんですけど」
「──いったい何の用なの?ろくでもない事だったら当然却下よ」
突然のこの申し出にきょとんとする美神。だが、結構な期間と聞いては、ほいほいと二つ返事で了承するわけにはいかない。おキヌ、シロ、タマモの三人も、会話を聞いて集まってきた。
「じつは『ある子』と会う約束があって」
「「「「『ある娘(?)』」」」」
ああ悩ましき日本語。
「却下!却下!却下!却下!大却下!!」
「ダメです!大事なお仕事を放り出して逢い引きなんていけないと思います!!」
「なにものでござるか!?拙者の先生をたぶらかしたその女狐は!!」
「あんた騙されてるわよ絶対……っていうかシロ、そいつを女狐っていうのやめてくれる?」
とにかく事務所は大騒ぎ。
横島は、何故に自分が女の子(横島視点では子供)に会うのがそんなに反対されることなのか、全く理解できない。
だが、大事な約束である。
彼は先週の出来事をとつとつと語った。
「──という訳で、その子に何かしてあげたくて、でも何していいかも分からないから、とりあえず会う約束をしたんです」
横島の彼にしては長々とした説明により、なんとか事態を飲み込む美神。
「まあ、そういうことなら仕方ないわね」
「いいんですか?」
美神があっさりと承知してくれたことに、横島は少し驚いた。
「──あのね、私だって鬼じゃないわよ。それに……まあ少しだけその子の気持ちも分かるしね」
後半は小声でほとんど美神自身にしか聞き取れない呟きだった。
「そうだ、今度その子を事務所に連れてきたらどうですか?私ケーキとか焼きますよ?」
「それは良い考えでござる!……でも焼肉パーティーのほうが良いと思うでござる」
「……そういう時は皆で『おいなりさん』を摘むのが良いに決まってるじゃない」
わいわいと騒ぐ面々。とりあえず横島の話を聞いて、誰しもがその子を励ましてあげたいという気持ちではあった。
「そうだな、明日聞いてみる。まあ嫌だと言っても引っ張ってくるけどなっ!」
ニカっと笑う横島。明日、彼女はどんな顔をしてこの話を聞くだろうか?
そんな彼らの後ろで、誰も見ていないテレビがニュースを垂れ流していた。
『──では次に○○小学校で起きた児童による少女強姦殺害事件ですが』
次の日の月曜日。
夕方になると、横島はあの公園に来ていた。
夜まで待った。
女の子は来なかった。
火曜日。
夕方になると、横島はあの公園に来ていた。
夜まで待った。
女の子は来なかった。
水曜日。
朝から、横島はあの公園に来ていた。
深夜まで待った。
女の子は来なかった。
木曜日……金曜日……土曜日……日曜日。
女の子は来なかった。
ここ数日、学校もバイトも休んであの公園に行っていた横島。今日もまた、あの公園に向かおうと朝事務所を訪れた。
とりあえず自分の我侭を通しているため、彼は休む旨の連絡を、あえて電話を使わず、事務所に直接出向いて伝えている。彼なりの妙な誠意の示し方だった。
事務所を訪れると、とりあえずリビングに向かう。
美神は朝が遅いほうなので、そこでおキヌちゃんにいれてもらったお茶を啜りつつ彼女を待つのが、ここ数日の慣例である。
だが、今日はリビングに向かおうとした彼を、人工幽霊が呼び止めた。
『オーナーが執務室でお待ちです』
人工幽霊に言われるまま、美神の執務室に向かう横島。さすがに一週間にも渡って休み続けたのは拙かったか?などと考えていたのであったが、執務室に足を踏み入れると、予想以上の事態に思わず足を止めた。
執務机に美神がいた。それはいい。
だが、彼女はあごの前で手を組み、とても乾いた視線で彼を見据えていた。彼女がこのような時、大抵は深刻なことが起きたということだ。
横島は何事かを問いただそうとしたのだが、それよりも早く美神が口を開いた。
「昨日、うちに一件の仕事が来たわ」
機械的な抑揚のまったくない声。
「現場は○○小学校、体育用具室に、とある霊が自縛霊化して憑いてしまった。その場所は、数日前にある少女がクラスメイトの男子児童数人に強姦暴行……そして殺害されてしまった場所。おそらくその少女の霊でしょう」
横島の顔色が変わっていた。まさかとは思う、違うに決まっている。だが一抹の不安が彼を捉えて離さない。
「私は顔を知らないし、あんたすら名前も知らないから、絶対じゃないけど────調書があるわ……見る?」
そう言って、美神は机の上にある書類に目を落とした。横島は吸い寄せられるようにそこに向かう。
調書を手に取った。
「……そう、やっぱり」
調書を手にしたまま、明らかに真っ青な顔をして立ち尽くす横島。
そこにはあの公園で出会った少女の写真が貼られていた。
カチコチとアナログな時計の針が進む音だけが、執務室を満たす。
たっぷり数分の時間をおいてから、美神が言った。
「どうする?……あんたが辛いなら……」
ぐしゃり!調書を握りつぶす音が響いた。
俯いたままの横島。握った手は細かく震えており、表情は伸び放題にしている長い前髪のため見ることは出来ない。
だから、声だけ。
心も何もかも置き去りにして、声だけが答えた。
「……会いにいかないと……約束ですから」
どこにでもある小学校。そこのごく普通の体育用具室。
だが、つい先日、ある女の子がクラスメイトの男子児童数人に強姦暴行され、ついには命を落とした場所。
ぽつんと小さな女の子の霊がいた。
『だれ?こないでっ!』
近づいた横島に、彼女は明らかな拒否を示した。
『放して!許して!!私行かないといけないの!!』
少女の激昂に感応するかのように、用具室を満たす様々な器具が横島めがけて飛来する。ポルターガイスト現象だ。
横島の脳裏に美神の言葉がよぎる。
(自縛霊として括られてしまった彼女は。公園へ、横島クンに会いに行きたい気持ちと動けない己のジレンマ晒され続けることになるわ。そしてそれは己をこの場に括った者達、強姦し暴行し殺したクラスメイトを憎む気持ちに昇華する。その後にまっているのは悪霊への道だけ)
だから、だから、彼女を祓わなければならない。
少女に近づく横島。ポルターガイストで飛び交う物は当たるに任せていた。鳩尾にめり込むボール、頭に当たるハードル、背中を痛打する跳び箱。
吹き飛び、よろけながらも横島は歩みを止めなかった。
そして彼女の元にたどり着くと、彼は目の前の少女の霊を抱きしめるように手を回した。
「会いにきたぞ…………遅くなってごめんな」
突き刺される霊波刀。
祓われたことで、この場に括る力から開放される少女。
『わたしこそ、公園……行けなくてごめんね』
刹那の瞬間、彼女は笑ったように見えた。
小学校の校門を出る横島。車道にはコブラと、その脇に立つ車の所有者の姿があった。
横島は、黙ったまま彼女の脇までくると、彼女がそうしているように、コブラのサイドドアにもたれかかった。
「俺、暴行した奴を許せないと思っています。おかしいですか?」
「……おかしくはないわ」
お互いに顔は見ない。ただ、正面に見える夕映えの小学校の建物だけを見つめていた。
「でも、一番許せないのは俺自身だ……なにも出来なかった。助けにもならなかった。お笑いですよね?」
そう言って『ハハッ』と乾いた笑いを浮かべる横島。だが、次の美神の言葉を聞いて、機械仕掛けの人形のように、彼は彼女に掴みかかった。
「……あんたは彼女を助けたわ」
「っ!?──そんな訳ないでしょうがっ!いじめられて、犯されて、あげくに殺されちまったっ!なにが助かったんですか!?まだまだこれからの子が、こんな歳で死んじまった!!それが……なんでっ!!」
襟を締め上げるように美神に迫る横島。目は怒りに燃えており、口調も強かった。
が、美神はその腕を振り解くことなく、変わらない抑揚のない口調で言った。
「『公園に会いに行かなくちゃ』って言ってたんでしょ……その子」
止まる横島。
「あんたは、あの子に一番大事なことをした。結果は残念なことになったけど……あんたのしたことは誰にも間違いだなんて言わせない」
話したい人がいる。気にかけてくれる人がいる。会いたい人がいる。
話しかける。気にかける。会いにいく。
それは宝石よりも貴重で、人が持つ、持たねばならない、宝物のはずだから。
夕日の中、ただ横島の号泣だけが響いていた。
○○小学校
『──ですから当学校ではけっしてイジメとみなされる行為は行われていなかったと』
『──ええですから、我々はまったく気づきませんでした』
『──もちろん、児童とのふれあいは大切にしており』
寂しそうに見えたら声をかけてあげませんか?『大丈夫?』と
悲しそうに見えたら訳を聞いてあげませんか?『どうしたの?』と
お節介はいけませんか?余計なお世話ですか?
──私は決してそうは思わない
おしまい
後書きのようなもの
キツネそばです。
またしても似合わないものを書いてます。
ですが最後につけた蛇足にも相当する部分は、紛れもない私の本心です。
難しいですが、せめて気持ちだけはこう持っていようと心がけています。
色々な意見があるとは思いますが、思い切ってこのテーマを扱ってみました。