「オーホホホ。今日もぼろ儲けね♪」
美の女神ヴィーナスでさえも青ざめそうな悪魔の高笑いを浮かべながら、美神令子は事務所のいつもの場所で手に持った札束をうれしそうに一枚一枚ペラペラと数えながらこの世の春を謳歌していた。
「・・・大丈夫ですか?」
ご機嫌な美神とは裏腹に事務所にたどり着いたとたんにソファに倒れこんだ横島を甲斐甲斐しく世話しようとするのは美神事務所の最後の良心、氷室キヌ。
「・・・死ぬ。」
体力の限りを尽くした横島はキヌの心配そうな一声に顔をソファに埋めたままそう応えた。
いつもならばひとりだけ楽している(横島にはそう見える)美神にセクハラのひとつでもかますのだが、あまりの疲労でどうやら今日はセクハラをする気力さえ残っていないらしい。
その横島の状況にキヌはさらにオロオロし始める。
「先生、大丈夫でござるか?」
横島の横顔をペロペロとなめながらヒーリングを行なうのは自称横島忠夫の一番弟子の犬飼シロ。
「・・・」
横島は突っ伏したまま何の反応もない、どうやらただの屍のようだ
「元気だすでござるよ。
先生の苦労は一番弟子の拙者がよくわかっているでござるよ。
片道10キロの山道を何十キロもの荷物を一人で運ぶなんてことは先生以外の誰にもできないこと。
先生は今回一番がんばったでござる。」
シロは笑顔を浮かべながら横島を励ますがいまいち効果は得られそうもない。
そんな横島の状況をさすがに見てられなくなったのか、横島を気遣いながらキヌは美神へと鋭い視線を向けた。
「・・・美神さん。」
その一言で事務所の空気が一瞬で冷たくなった。
シロはビクンっと自分の毛が逆立つのを感じた。
「・・・そんな怖い顔しないでよおキヌちゃん。
さすがに今回の除霊はそこに突っ伏しているバカのおかげってことはわっかているわ。
だからちょっと給料にイロ付けとくから・・それでいいでしょ?」
美神はウインクをキヌに投げかけながらキヌの機嫌をとろうとする、背中に冷たい汗を感じながら・・・。
「・・・」
キヌはそれでも我慢できないのか今私不機嫌です、と言わんばかりに美神を睨みつけている。
「ははは・・・。
それにそこのバカならすぐに復帰するわ。
例えば・・・こんな方法とかね♪」
美神はかわいた笑顔でそう応えた。
「はぁ~、それにしても今日はまだ春だってのに暑いわねぇ~。
こんな厚着だったら汗かいちゃうわ。」
ビクンっとそれまで横島だった物体が反応した。
「せっかくだし、服脱いじゃおう♪」
自分の身体の確認してみる。
手・・・反応良好問題ない。
足・・・疲労で動かないことなど本能がそれが拒むだろう。
その他の部位・・加速に必要な足さえ動けばモウマンタイ!
霊力・・・煩悩さえあれば(つまり死にさえしなければ)即座に回復。
この間思考に必要だった時間はわずか0.1秒。
疲労などそれを上回る精神(この場合は煩悩)で耐えれば苦になどならない。
ならば、することはただひとつ。
「みっかみさぁ~~~~ん。
オレが手伝いますよ!何ならそのままベッドにぃぃぃーーー!」
キヌが気付いたころには横島はその場から消えていた。
このことはひとつの事実を示していた。
つまり横島の移動速度が人間の反応速度を超えているということだ。
下に恐るべきは横島の煩悩か。
そのありえないスピードで美神へと突っ込んでいく横島・・・
ヒョイッ
横島の煩悩から繰り出される底知れないエネルギーもすさまじいが美神の反応はそれすら上回っていた。
美神はすばやく自分の上半身を傾け難なく自分へと向かってくる横島を回避する。
いかに横島が人間離れしたポテンシャルを獲得していようとも地球に住む限りは物理法則に逆らうことはできない。
・・・ということは。
バシャーン
・・・バキャッ。
悲鳴のようなガラスが割れる音の数秒後に物体が衝突する時に起こる耳障りな不協和音が聞こえた。
「ね♪
だから大丈夫だって言ったでしょ。」
実にさわやかな笑顔であっさりと語る美神。
キヌとシロはしばしの間あっけに取られていたが、すぐに自分を取り戻した。
「って、横島さぁ~ん!!!」
「先生ぃ~~~!!」
二人同時に叫びながら全速力で事務所の下へと駆け下りていった。
「う~ん。やっぱりお金っていいわぁ~。」
駆け下りていった二人など気にもとめず美神はニコニコしながら再び金勘定を始めた。
「はぁ~、何やってんだか。」
その一部始終を見ていたタマモはあきれたようにそうつぶやいた。
MEMORY 作者 ライフハウス
それはいつもの美神事務所の光景・・・・だった。
「はぁ~、何やってんだか。」
あきれたようにタマモはそうつぶやいた。
いつもの日常のワンシーン、横島の暴走を美神が軽くいなし、キヌはそんな横島を心配する。
バカ犬に関しては・・・まぁ、どうでもいいだろう。
ありふれた日常、いつまでもこんな日々が続けばいいと思っていた。
だが、ただひとつ、いつもとは決定的に異なることがひとつあった。
それはタマモ以外、この場に誰もいないということだ。
横島達がこの世を去ってからすでに1000年もの月日が経過していた。
まったく何バカなことなをやっているんだろう。
タマモは自嘲の意味をこめてそう思う。
あれからいったい何年経った?
数えることすらバカらしいほどの永い永い年月の昔のことなんかに依存して、自分は何をやっているのだろうか?
すでにアシュタロスとの戦いのことなんか、この時代の人間にとっては神話に等しい。
そんなはるか昔の幻影なんかを出したって意味なんてないのに・・・。
そう頭ではわかっているのだが、こうしてひとりきりで夜を過ごす時なんかついついと過去の思い出に引きづられてしまう。
タマモはそんな自分のことを弱いとは思わなくてもマヌケだとは思う。
人間にとっては悠久であろう時間を生きられる妖怪にとっては人間の寿命など取るに足らない刹那の瞬間のようなものだ。
別れは早い、そんなことは分かりきっていたはずだ。
覚悟だってできていたはずだ。
それなのに、どうしても寂しさを誤魔化せない。
タマモは横島達と別れた後、フラフラと人間界を気の向くままに過ごしていた。
次から次へと男の庇護下に入り、妖怪にとって生きにくい時代を耐え抜いてきた。
今まで付き合ってきた男達・・・
権力はあっても気に入らない男もいたし、自分を真剣に愛してくれた男もいた。
自分から離れた男もいれば、最期まで看取った男だっていた。
そして、みな自分より先に死んでしまった。
男が死ねば、また次の男を捜すだけ。
それが自由奔放な妖弧である自分の性である。
それなのに、どうしても人間と妖怪の間に覆せない壁があることを感じてしまう。
タマモはそんな風に感じる自分自身のことを不快に思っていた。
自分は妖怪であり、相手は人間である。
そこに種族以上の差がある。
それは今更確認するまでもない当然の帰結であるはずなのに、なぜかタマモの心を蝕む。
タマモの聡明な頭脳はその原因を薄々ではあるが突き止めていた。
やっぱり、あんな幻影にすがっているってことはあいつらといたあの時代が原因か・・・
わずかな時間しかいっしょにいられなかったがあの時代は楽しかった。
人間として偽ることなくありのままの妖怪としての自分でいれたあの時代は認めたくないが自分にとってはかけがえのない時間だった。
本当の自分を受け入れてもらいたい。
なんと人間らしい思いであろうか。
おそらく歴代の妖弧の中では自分が最も妖弧らしく無難に生きていると考えるタマモがこんな思いを抱いているとはなんとも皮肉な結果である。
あれは数百年前のことだっただろうか。
タマモはふと思い立って妙神山へと足を運んだことがあった。
そんなところへ足を運んだ理由なんかはるか昔の記憶の彼方へ飛んでしまっているが、そこで再会した小竜姫のことは不思議と忘れることはなかった。
「あれ、珍しいお客さんですね。」
鬼門に呼ばれ、久しぶりに再会したタマモに小竜姫は笑顔で出迎えた。
妙神山は以前とまったく変わっていなかった。
タマモは小竜姫に案内されるままに客間へと辿り着きそこで腰を落ち着けた。
「あれからもう随分と時が経ちましたね。」
お茶を入れた後、客間でテーブルを挟んでちょうど向き合う形でタマモと同時に座った小竜姫は一息ついてそう切り出した。
「本当になつかしいですね。
もう二度と会えないと思っていましたから、会えてとてもうれしいです。」
本当に綺麗な笑顔で小竜姫はそう語った。
「私も来るつもりもなかったんだけど・・・
まあ、近くまで来たからちょっと寄ってみたくなっただけだから。」
「そうですか。
タマモさんがどんな風に思われていてもこうして会えたことは私にとってはとてもうれしいことです。
こうして話相手ができることも久しぶりのことですから。」
「久しぶり・・・?」
「えぇ、そうです。
パピリオももう修行を終えて魔界へ帰って行きましたし、ここには私と老師と鬼門しかいません。
だから、私としてはタマモさんにしばらくの間でもいいからここにいて欲しいと思います。
女の子にとっておしゃべりをする相手がいないということは拷問に近いですから。」
まがりなりにも神族なのに、そこから発せられた言葉はひどく世俗じみていた。
「まぁ、話し相手がいないことの苦痛に関しては私も同意見だからしばらくでよければやっかいになるわ。」
「しばらくと言わずいつまでもいてくれてもかまいませんよ。」
「・・・気持ちだけ受け取っておくわ。」
「・・・そうですか。」
小竜姫は少しだけ淋しそうに笑った。
本当に久しぶりに見る小竜姫は以前に見られていた幼さはすっかりなりを潜めひどく大人びた顔立ちをしていた。
髪を少し伸ばし、丸みを帯びた顔の輪郭もややシャープになり、それはどこからどうみても大人の女性だった。
本当に綺麗になった。
あまり他人をほめることのないタマモが素直にそんな感想がでるほど小竜姫は美しくなっていた。
「・・・ん?どうかしましたか?」
小竜姫に見惚れていたタマモはふいの質問に少し戸惑った。
「いえ、なんでもないわ。」
「・・・変なの。」
思わず小竜姫からこぼれた言葉はなんとも少女じみたものだった。
タマモの瞳にはそのギャップがなんともかわいらしく映った。
「ふふ。
それにしてもここは変わらないわねぇ。」
「えぇ、特にここ最近は事件も起きてませんから。」
「人間は来るの?」
「・・・ここ百年の間に妙神山を訪れた人間はたったの5人しかいません。」
「・・・そう。」
小竜姫のさみしそうなつぶやきに、タマモは申し訳なさそうにそう応えた。
人間の技術の進歩には目を見張るものがあった。
特にここ最近のオカルト科学の発達は、神族でさえ予想もつかないほど急速なものだった。
人類はついに霊力さえも手中に収める時代が来たのだ。
霊力が少ない人間にもオカルトグッズを気軽に扱うことができるようにカスタマイズされ、もはや悪霊や妖怪といった類のものは恐怖の対象とはならなくなった。
このことは悪霊や妖怪に無視できない影響を与えることとなる。
人間の怨念や執念をその礎とする悪霊にとって人間に恐怖を与えられなくなるということは自分の存在意義そのものの消失を意味していた。
妖怪にとっては、オカルト科学の発達によって人間が強大な力を持つようになり次々とその命を散らしていった。
残ったのは、伝説になるほど強大な力を秘めた妖怪か、うまく人間社会に溶け込んだ一部のものだけであった。
いずれにせよ、オカルトという不可思議な力が科学によって解体された今、人間にとって妖怪や悪霊といったものは前時代的な遺物と化してしまったのだ。
今から思えば、GSという職業は人間と妖怪、悪霊のちょうど中間にあたる位置にいた存在だったのかもしれない。
妖怪じみた力を使いこなし、数々の超常現象を引き起こす彼らは特別な存在と見なされその地位も高かった。
しかし、彼らは人間であった。
そのことが人類にとって譲れない一線であった。
GSが人類に組する以上、いかに特別な存在であったとしても人間社会からはみ出して生きていくのは難しいし、法律といったものにも従わなければならない。
悪霊や妖怪を倒せるのがGSだけであろうと、彼らが人間であること。
その事実はGSに対する人類の安全を確保するとともに、GSにとっても人類に対する保険であった。
しかし、それらの超人的な力や現象が科学によって解体された今、必然的にGSという職業もその数を減らすことになった。
いかに一般人にもオカルトグッズが扱える時代になったとはいえ、その威力はプロとは比べるまでもないため、強力な妖怪や悪霊に対する切り札としては必要であり、GSという職業がなくなることはなかったが、昔に比べてその地位や影響力は目に見えて少なくなっていった。
「ねぇ、小竜姫は今の生活に満足しているの?」
タマモはそう小竜姫に切り出した。
「さすがにこれだけ永い年月をここで過ごしているとそういうことに対する感想事態が思いつくこともなくなってきましたが・・・
今日、タマモさんに久しぶりに会って少しだけ昔を思い出しましたね。」
「昔のこと?」
「・・・そうです。
横島さんがいて、美神さんがいて、あの頃は楽しかった。」
「小竜姫もそんなことを考えていたなんてねぇ。」
「意外ですか?」
「神族ってもっと達観しているものかと思っていたわ。」
「神族にも色々な人がいますから・・・
もっとも、私みたいに特定の人間に対してこだわりを持っている神族は少ないと思いますけど。」
「こだわり?」
「そうですね・・・。
こだわりというか・・・未練、そう言った方が適切かもしれません。
私が自分の思いを告げる前にあの人は死んでしまったわけですから・・・
今さらどうしようもないことなんですけどね。」
そう言って小竜姫はまるでいたずらに成功した子供のような顔で舌をペロっと出した。
「自分の思いって・・・まさか、あんた横島のこと・・・」
「・・・やっぱり驚きました?
でも、それも昔の話ですから・・・。」
「・・・・」
「私、今度結婚することになったんです。
相手は文句もつけようないくらい立派でとてもやさしい殿方です。
私ももういい年齢ですから落ち着かないといけませんからね。
ただ、願わくばもうちょっと待って欲しかったところですけどね。」
「待って欲しかった?」
「人間界では生まれ変わりって言うのでしょうか?
もし叶うことならもう一度横島さんに会ってから嫁ぎたかった。」
少し瞳を俯かせながら小竜姫をつぶやいた。
タマモはそんな小竜姫の様子を不思議な気持ちで眺めていた。
横島の方からの積極的なアプローチ(セクハラ)はあったものの、まさか小竜姫の方も横島のことをそんな風に思っていたなんて夢にも思わなかった。
「・・・なんかしんみりしちゃいましたね。
もう陽も暮れたことですし、そろそろ寝ましょうか?」
「そうさせてもらうわ。」
そう言ってタマモはその場を切り上げた。
タマモは夜の道を歩く。
様々な流線型の建物が所狭しとならべられている。
ふと空を見上げれば、そこには今の時代では珍しくなくなった空中自動車が縦横無尽に動き回っている。
この夜空のさらに彼方の上にも人間は住んでいるらしい。
最近では、太陽系の外へと進出する計画まであるとか。
人間とは恐ろしい。
タマモはひいき無しでそう思う。
いくら、妖怪が強いとはいえこの地球を離れようとは考えもしない。
しかし、人間はその目覚しい技術の進歩を糧に次から次へと未知の領域へと飛び込んでいく。
その尽きることのない好奇心こそ妖怪や悪霊が持ち得なかった人類の至高の武器なのかもしれない。
もはやこの地上には人間の敵はいなくなった。
地球環境でさえもあやつり、遺伝子治療により寿命以外に死ぬ理由が無くなった人間に刃向かおうとする愚か者などこの地球上には存在しない。
しいてあげるとすれば、人間自身だろう。
そこに妖怪が住む場所は存在しない。
それでもタマモはこの時代を生きていく。
本能の赴くままに時代を流れていく。
心にポッカリと空いた空白を抱えながら、タマモは自らの足で歩いていく。
人間は嫌いだ。
それはタマモの中で変わることのない真実である。
でも憎むことはできない。
人間の奥に潜むやさしさを知ってしまったから。
そして自分はこの世界ではどこまでも異端だ。
妖怪であるという事実がどうしても自分という存在を浮き立たせてしまう。
タマモはあまり今の世界を好きではなかった。
タマモが周りを見渡せばうっすらと灯りがさして来た。
すいぶんと長い時間歩いていたようだ。
夜が過ぎれば朝が来る。
それは1000年経っても変わらないこと。
朝日を全身に浴びながらなおもタマモは歩むことをやめない。
その時、ふとタマモはさわがしい二人組みを見つけた。
「おねがいします。
僕を雇ってください!!!」
そう叫びながら必死の形相で男は女にしがみついていた。
「こちらとしては身を切る思いでバイトを雇うんだから。
私好みのかっこいい男の子か、事務所の看板になるようなかわいい女の子じゃなきゃやーよ。」
女は必死に追いすがる男を振りほどきながら男の要求をきっぱり断った。
「時給なんていくらでもいいですから~」
血の涙をドクドクと流しながらなおも執拗に男は食い下がった。
「じゃあ、時給250円」
女は法外な条件を吹っかける。
「ありがとうございま~す。」
男は今度は涙を流しながら女の寛大?な処置に土下座しながら感謝した。
そんな光景に目を奪われていたタマモの表情に笑顔がこぼれる。
それは横島達が死んで以来一度も現れることのなかったタマモ本来の自然な笑顔。
タマモは自分の足取りが軽くなるのを感じる。
あ~あ、転生しても進歩ないのね。
そんな感想がタマモの頭をよぎる。
でも、またお世話になっちゃいますか。
クスクスと口元に笑みを浮かべながらタマモはこみ上げてくる喜びを隠せない。
きっとそこにはまた楽しい日々が待っているだろう。
-fin-
あとがき
どうもどうも、改めましてライフハウスです。
なんとなく勢いに任せた作品ではありますが、自分としてはけっこう気に入っています。
オチがイマイチ弱いかなぁと思いつつもGSの世界ではあまり描かれなかった人間と妖怪の差異を書けたらなぁ~、なんてことを考えていました。
うまくいきましたかね(ドキドキ)
ちなみにタイトルはマイナーな洋楽のバンドの曲名から頂戴いたしました。
知っている人がいたらうれしいですね。
ではでは、感想なんていただけたら天にも昇る思いです。
次はちょっとした長編なんか書こうと思ってますのでその時にまた。