冬
私が始めてあの人に会った季節。
まだ雪深い山の中で私はあの人に出会いました。
ふふ、そういえば私は最初あの人を殺そうとしたんでしたね。
でも、出来なかった。あの人を私は殺せなかった。
今思えばあの時殺していれば二人でずっといられたかな?なんて思ったりもします。
そう。そうすれば良かったのかもしれない。
私は・・・あの時・・・幽霊だったんだから・・・
毎年、冬になるとそんなことを考えてしまいます。
あの時は・・・幽霊だった私は自分の気持ちを理解していなかった。
ううん、違う。理解していないふりをしていただけ。
それは叶わぬ願いと知っていたから・・・
人として再び生きていけるようになった今でも覚えている・・・あの時の気持ち。
「あっ・・・」
私は冬も終わりに近いある日、特に目的も無く町を歩いていました。
足の向くまま気の向くまま、なんとなく気になったお店に入ったり、本屋さんで立ち読みしてみたり、学校で聞いたおいしいケーキのお店に行ってみたり、そんな感じで町を歩いていた私はある洋服屋さんで足を止めました。
そこは今の私には無縁な、男性物のお洋服を扱うお店でした。
「ここにあったんだ・・・」
私は以前ここに来たことがありました。
あれはまだ幽霊だった頃・・・
今日と同じように特に目的も無くぶらぶらしていた私がなんとなく立ち寄ったお店。
あの時の私は姿を消してこのお店に入り、買いもしないのに洋服を選んだりしていました。
あの人に似合いそうだなんて思いながら・・・
今思うとバカみたい、流行らないとか考えてしまいますが、あの時の私は・・・
それだけで心が温かくなったから・・・
「ありがとうございました〜。」
はぁ、買っちゃいました。お洋服。
だってあの人に似合いそうだったから・・・
自分に自分で呆れてしまいます。
バカみたい、流行らないとわかっていても、私の思いはあの時と同じ、ううんあの時より大きくなってるんですから。
しょうがないですよね?たとえ人に笑われようともこれは私の正直で、大切な気持ち。
まったく、あの人は私がこんな気持ちになってるなんて知りもしないんでしょうね。
「あれ?おキヌちゃん?」
そう。そんな口調でいつも私に声をかけてくれて・・・
「お〜い。おキヌちゃんってば。」
いつも他の女性に声をかけて、隙あらばセクハラを試みる。
「おっキヌちゃ〜ん。聞いてる〜?」
私の気持ちを知りもしないで・・・
「無視しないでよ〜。」
なんだか考えたらムカムカしてきました。これはあれですね。やはりこんな気分にしてくれたあの人に責任を取ってもらいましょう。
「そうと決まればお買い物をしに行きましょう。」
「あれ?買い物に行くの?別に良いけど何買いに行くの?」
「何って横島さんの部屋に行くから夕飯の買い物をしてご飯を作ってあげようかと・・・」
「あっ、そうなの?嬉しいな〜。この頃カップラーメンばっかりだったから。」
「もう、いつも言ってるじゃないですか?もう少し栄養を考えてって・・・」
そこで私はあることに気がつきました。
ギギギギギ・・・・
私の首が音を立てて向きを変えました。
「よ、横島さん?いつからここに?」
「ん?いつからっておキヌちゃんがなんか考え込んでる時からだから・・・10分ぐらい前かな?」
10分・・・・私がお洋服屋さんを出てすぐじゃないですか!?
「それでおキヌちゃん?結構考え込んでたみたいだけど、なにか悩み事?」
「ななななな、何でもありません!!!そ、そんなことよりはやくお買い物に行きましょう!!早くしないと売り切れちゃいます!!」
「う、うん。あ、おキヌちゃん待って!!」
私は早足で歩き出しました。
まったく!!言えるわけ無いじゃないですか!!あなたのことを考えていましたなんて!!
お夕飯のお買い物を済ませ、私達は夕暮れの中二人で並んで横島さんの部屋に向かっています。
横島さんが色々と話しかけてくれますが私はどこかうわの空。
だって・・・あんなところを見られたせいか、私はさっきから横島さんの腕が気になってしかたないんです。
冬も終わりとはいえまだまだ夕暮れ時は寒いです。
もし私にもう少し勇気があればこの寒さのせいにしてあの腕に飛び込めたかもしれないのに・・・
私はそんな考えにまた少し顔が赤くなっていることを自覚しながらも横島さんの顔を見上げました。
「ん?なんかついてる?」
横島さんは私の気持ちを知りもせず、いつもの人懐こい笑顔でそういいました。
この人は・・・
いつもそうだ。私の気持ちを知りもしないで、この笑顔を向ける。
その笑顔に私は癒されて、いろんなものを貰う。それは温かさだったり、笑いだったり、勇気だったり・・・
降参です。この笑顔を向けられては私のムカムカした思いや、照れなんかはどこかに行ってしまいました。
でも、負けっぱなしは嫌ですよね?
私は笑顔の横島さんを少しだけ見つめた後、すばやく横島さんの腕に自分の腕を絡めました。
「お、おキヌちゃん!?」
ふふふ、横島さんは突然のことに顔を赤くしながら慌てています。
「少し寒いんです。お部屋まで・・・いいですよね?」
私は少し横島さんを見上げるような形で問いかけました。
「あ、ああ。い、いいんじゃないでしょうか・・・」
横島さんは顔を更に赤くしながらしどろもどろの口調で了承してくれました。
私は少しだけ横島さんの腕に絡めた腕に力を込めて、
「ありがとうございます。」
自分でもわかる最高の笑顔を横島さんに向けました。
横島さんの部屋までの道のりの中、私は一つの決意をしました。
今までは勇気がなくて言えなかったことを・・・出会ってから今まで貯めてきたこの思いを全て横島さんに話そうと・・・
何から話していいかわからないけど最初にすることは決まっている。
横島さんに似合うと思って買ったお洋服を渡すこと。
それが幽霊だった頃の私の思いを渡すこと・・・
そして今の私は・・・
まだどうするべきかはわかりませんが私に不思議と不安はありません。
この絡めた腕から伝わる温かさが私に勇気をくれるから。
それにもう冬も終わりです。
冬の次は「春」が来るものですしね。
横島さん、覚悟してくださいね?
私の思い・・・春の訪れと共に受け取ってくださいね?
あとがき
お久しぶりです。恥知らずにもお久しぶりの投稿の寿です。今回は久しぶりの短編です。元ネタはとある歌から。知ってる人はあててみてくださいね。
今回はおキヌちゃん視点。ギャグもありません。ほのぼの系かな?
毒にも薬にもなりそうにありませんが投稿させていただきました。
さて私の書いていた「心の声が」ですがもう少々お待ちください。今までの書き方に限界を感じ始め試行錯誤中です。
もしよろしければ感想のほうよろしくお願い致します。
追伸
「心の声が」でのレス返しは今回は行わず、続きできちんとお返ししたいと思います。申し訳ありませんがもう少々お待ちください。