都内ホテルにある大きなフロア。
結婚式の披露宴会場などにも使用されるこの部屋は、御影の間と呼ばれている。
有名な建築デザイナーによる空間様式、程よく上品にまとめられた内装、そしてホテルスタッフによる塵一つ許さない完璧なメンテナンス。
まさに、ホテル自慢の一室である。
今日この部屋は、世紀の瞬間に立ち会おうとしていた。
「…ほとんど万国博覧会ね」
部屋の前列付近に位置取った美神は、後ろを眺めながら呟いた。
ざっと見て、実に壮観な面子である。
美神達の後ろの列右端に陣取っているのは、王立国教騎士団──通称ヘ○シング機関と呼ばれる大英帝国の対吸血鬼部隊。その反対側である左端には、ヴァチカン法王庁特務局第13課、通称「特務機関イスカリ○テ」の姿。
更には裏高野山の退魔師、中国道教の仙人、ヒンドゥー教のブラフミンやらイスラームのウラマー。珍しいところではブードゥの呪術師なんかも見えた。
まさに全世界のオカルト関係者揃い踏みといったところである。
美神は後ろを向けていた頭を元に戻すと、手元の紙を見た。
そこには唯一文
【重要なお知らせ有り○月×日 ○○ホテル】
とだけ書かれている。
普通なら出向きはしない。しかし、差出人が問題だった。
オカルト関連者、しかも限られた者だけが知る『神魔デタント協定』のロゴ。
そのロゴの前には、誰しも抗うことなど出来なかったのである。
「……いったい何が出てくるやら」
「なんにせよ、これだけの面々を集めてのこと──相当重大事と見て間違いないわね」
隣に座っているのは、オカルトGメン日本支部隊長にして、美神令子の実母である美神美智恵だった。
彼女は会場についてから、ずっと眉間に皺を寄せている。恐らくはその明晰な頭脳で様々な事態をシュミュレーションしているのであろう。
……皺とれなくなるわよ?
と美神がうっかり惨殺ワードを口にしそうになった時、更に声が掛けられた。
「──?そういえば横島クン連れてこなかったのかい?」
美智恵の更に隣の席に座った長髪の男。美智恵の部下にして美神の初恋の『お兄ちゃん』たる西条輝彦である。彼は期せずして美神の命を救った。
「今日は話だけだと思ったから連れてこなかったわ。横島クンじゃあ難しいことは分かりっこないし」
同じ理由で他のメンバーも置いてきた。と美神は答えた。
「……じゃあ、今日は大人だけって訳だ、隊長どうですか?終わったら三人で1杯というのは?」
さりげなさを装い、西条はあくまで美智恵に提案する。将を射るならなんとやら。
美智恵はそんな西条の心の動きなど、全てお見通しであったが、乗ってやることにした。
「そうね、時間的にも直帰になりそうだし、それも……」
いいわね──と美智恵が言いかけたところで、室内のライトが落ちた。
そして、設けられた簡易ステージに幾つかのスポットライトが当たる。
どうやらはじまったらしい。
ステージ脇のカーテンから姿を現したのは、白衣を着た中肉中背の40代くらいの男。
「皆様、初めまして。わたしが本日のプレゼンテーターを勤めます矢凪田と言います」
そう言って軽く会釈をする矢凪田。
とりあえず白衣といういでだちはどうかとも思うが、それ以外は別段普通といっていい男である。
「さて、本日おあつまり頂きましたのは、人類世界、更には神魔界までも巻き込む大改革を発表するためです」
ザワザワと会場がざわつきはじめた。一体なにが起きたというのか?
「人類世界、また神魔界においても、霊力とは『マイト』という単位で表されていることは皆様ご承知のとおりかと思います、このマイトは非常に昔から使われ、我々も慣れ親しんできました」
──ザワ?
「しかし、昨今の世界では怪獣、ヒーロー、はたまた宇宙人やら未来人やら超能力者といった、雑多なカテゴリーの強者が氾濫しております」
…………
「しかるに、彼らはそのカテゴリー、もっと細分にそのグループ内でのみ通用する単位を使用して各種の数値を算出しており、これは昨今の『町村合併』やら『EU』やらに代表される統一化という風潮とは全く相容れないものであります」
…………
「まったく嘆かわしい、あるグループは『1千万パワーのバッ○ァローマン』やら、あるグループでは『スカ○ターの値が1300だと!?』など、中には数値すら使わずに『雷○知っているのか!?』なんていうセリフのあとに怪しげな文章を記載しているものまで……」
──なあ、この展開ってアレっぽくねえ?
──言うなよ、考えないようにしてたんだからさ
なにやら目と目で通じ合う会場にお集まりいただいた方々。
「そこで、私こと矢凪田は、この事態を憂い、神魔最高指導者にある解決策を提示したところ、じつに快い返事を頂きました」
そして、プロジェクターに写される神魔最高指導者の手による文章。
『あはは、おもろいなぁ。ええんとちゃうか?』
『まあ、暇ですし私が面倒にならないならいいと思いますよ』
((((絶対この会場を見てやがる))))
なぜか皆がそう思った。
「ここまでで、およその見当がついた方もいらっしゃるかとは思いますが、その解決策とは霊力をも含めた『強さ』の統一!そしてその為の新たなる単位の創設!!」
クワッ!と目を見開く矢凪田。
ツツッ…と目を逸らす皆様。
会場はうれしはずかし擦れ違いの花園と化した。
「発表します。新しい統一的単位、それは──『ジャバ』!!」
【ぱぱらぱぱぱ~】となんとも古典的ファンファーレと共に、ステージの天井から『ジャバ』と書かれた垂れ幕が落ちてくる。まあ、一応はそれなりの落成式だろうか?
「この新統一単位『ジャバ』は、各種規格の異なる『強さ』というものを統一的に扱う、誠に持って素晴らしい単位であり……」
…………
「……聡明なる賢者が各種考察に基づき、大変複雑且つ難解な思考を繰り返し、たどりついた……」
…………
何故だろう、彼が言葉を紡げば紡ぐほど、どんよりとしたおいたわしい空気が流れるのは。
会場は只一人を除き、全ての目が三白眼となっていた。できれば今日のことはなかった事にして、暖かな家のベッドで快適な目覚めをした時点からやり直したい。
しかし、現実は残酷だ。しかも誰かがアレに踏み込まねばならない。
三白眼のまま、あたりを伺う出席者達。彼らの死んだ目はしかし強烈に訴えていた。
──お前行けよ──と。
そんな短いが深刻で引けぬ戦いが繰り広げられたあと、ついに勇者が現れる。
年長者としての責務からか、さっさと終わらせて帰って寝たいとの欲求からか、美神美智恵は毅然として起立し、質問をした。
「オカルトGメン日本支部の美神美智恵です。質問なのですが、ジャバという単位はどのような量を基準にされているのでしょう?」
──直球だ!これ以上ない直球だ!!この質問が通ればこいつは間違いなく三振に斬って取れる相手となるが、もし仮に予想どおりのブツだったならば、そのストレートはバックスタンドに運ばれる!!
すさまじい緊張が走った。はたしてこの場が単位統一の発表で済むものか、はたまた魔空間への直行便かの瀬戸際だ。
──ごくり
そして、壇上の男は、得意の絶頂とも言うべき表情でのたまった。
「無論──ジャイア○ト馬場です」
──予想はしていたがこれはキツイ
『ジャバ』
最小単位『1ジャバ』を伝説の名レスラー『ジャイア○ト馬場』氏の行う仕事量と捉え、様々なロボット、超人、ヒーロー、怪獣などの『強さ』というものを統一的に計ろうとした魅惑の単位である。
20世紀末1冊の本(バイブル)『空想科○読本2』に記述され、21世紀に入っても様々な物議を捲き起こす。ある種、封印指定にあげられるブツ。
ちなみに、本当にどうでもいいことだが、
ウルト○マンは45万ジャバ。
松井でないほうのゴ○ラは5万ジャバ。
ゼッ○ンにいたっては140000000000000000000000000000000000000ジャバ。
である。
その触れえざるモノを、揺り起こしてきたというのか?この男は?
だが、だがしかし、ほんとうに悔しいが、だがしかし!
このアンポンタンは憎たらしいことに、神魔最高実力者の御墨付きを持ってこの場にいる。
本来ならば、尻にロケット花火を詰込んで打ち上げてやりたいところだが、皆ぐっと堪えた。
もはや、霊力の単位はジャバと決定したのだ。この場は引こう。
あとは適当に1ジャイアントとの比較計算でも何でも勝手にやってくれ。
皆がそう結論付けて、帰り道に一杯引っ掛けて憂さ晴らしでもしようと立ち上がりかけたときである。
壇上の男が、またしてもトンデモ発言をかましたのは。
「──え~それでは、質問が無いようでしたら、実測にうつらさせて頂きます」
──は?なにか奇妙なことを言い出したぞ?この男は
すると壇上の矢凪田は、ステージ脇のほうを向き、なにごとか手招きをした。カーテンの影から赤髪の少年が現れる。
「紹介します。この少年の名前は『衛宮五郎』魔術師です」
──またお里が知れるようなのが……
「さて、会場の皆々様。これより皆様をある世界にお連れしましょう」
矢凪田の申し出は、非常に迷惑この上ないものだった。
皆の三白眼がますます強まる。
「では衛宮……やってくれたまえ」
そんな場を全く読まず、矢凪田は無意味にサムズアップしながら衛宮と呼ばれる少年に合図を送った。
んで、例の有名な呪文を唱え始める。
Unlimited …… works.
例のどこかで聞いたことのあるような怪文を赤髪の少年が唱えると、会場に居た者達は、先刻までの御影の間ではなく、真っ赤な大地と灰色の空を持つ空間に運ばれていた。
皆、一言の声も無い。
そんな彼らに矢凪田は手をあげる。
「……皆さん、驚かれるのも無理はありませんが、大丈夫。これは、この『衛宮五郎』のみが使える固有結界という魔術でして、別に害はありません」
しかし、誰もがそんな彼の言葉なんぞ聞いてはいない。心の中はただ一言。
──あ~~~~~~やっちまったよコイツ
とだけ、悲しくリフレインしていた。
「……で?こんなところまで連れてきてどうしようって訳?見たところ剣もなさそうだし」
もはや、NGワードもなにもなく、美神は三白眼のまま矢凪田に問い詰めた。
むろん本来ならば彼女とて、このようなことは聞きたくもないし関与もしたくない。だが、この劇中の名前ある登場人物として、彼女は自らの矜持を棄てて使命を果たしてくれたのだ。
グダグダな物語を進めるという使命を。
「むろん、先ほど言ったとおり『実測』を行います」
そんな中、唯一矢凪田の返答は淀みない。
「わたしは言いました『実測』だと」
矢凪田の目が不必要に光る。
「そして、ジャバの1単位は『ジャイア○ト馬場』であると」
矢凪田の口が不必要にニタリと歪む。
「衛宮五郎は固有結界使いであると!」
本人の最高のキメポーズなのだろうか?なにやら首が前に少し出た、見ようによっては歌舞伎の見栄のような、非常に不可思議な格好で最後のセリフを決めた。
『んちゃぁー』と言われていたら皆即死だったはずである。
だが、その最後の言葉で彼らは思い出す。
矢凪田の連れてきた、この正義の味方を目指す英霊前のバッタモンは、なんといって自分達をこの場に連れてきたか?
──そうだ、思い出してきた
体は馬場で出来ている。
血潮は蹴りで、心は葉巻。
幾たびの三冠を越えて引退。
ただ一度の敗走もなく、
ただ一度の理解もされない。
彼の者は常に独り キャピトル東急で食事をとる
故に、生涯に意味はなく。
その体は、きっと馬場で出来ていた。
Unlimited 馬場 works.
皆の目に理解の色が広がった。
と、同時に赤茶けた地表の彼方に見える影、影、影!!
スクワットで汗の水溜りを作る馬場。
剣山にひたすらチョップを繰り返す馬場。
葉巻を吸う馬場。
赤いチャンチャンコを着る馬場。
中にはレアなパーマ馬場もいる。
こまったことに混じってラビッ○関根もいた。
それは無限ともいえる数のジャイア○ト馬場(?)の群れだった。
「実測は単純です。1馬場倒せばその人は1ジャバ、10馬場倒せば10ジャバです。いたってシンプル、そして確実完璧安心無害!」
「どうみても1体づつ強さ違じゃないかっ!」
西条の突っ込みも全くだ、赤いチャンチャンコの馬場なぞ、もはやファミリー軍団でラッシャー○村から『アニキー』と呼ばれていた面影しか見えない。
ラビッ○に至っては馬場ですらない。
「そこはファジーですから」
──いや、単位にファジーはまずいだろ
そんなハートフルな会話をしているうちに危機的状況は迫る。
迫りくる無限の馬場。馬場の大海嘯。無限の『アッポー』。16文×無限。
全てのモノを飲みつくさんと、溢れかえる馬場大奔流が美神達に迫る。
「「「「「あはは、あはは、あははのは……」」」」」
彼らにはニニン的なオチをつけるのが精一杯であった。
後日、この特定者だけに大被害をもたらした単位統一騒動は、正規の歴史では全てがなかったものとされる。
理由は至って明快
『私が面倒にならないならいいと言ったじゃないですか、ほんとに変えたら面倒でしょ?』
ということらしかった。
しかし、かの『空想科学○本108』には、この日起きたことが事細かに黒歴史として記載される。
またしてもバイブルには表舞台の光を浴びない真実の言葉が編纂されたのであった。
おしまい
後書きのようなもの
え~と、こんばんわキツネそばです。
考えないで下さい;考えては負けです;
馬○さんも柳○氏も大好きですよ^^いあほんと