それは一年の年の中でも最も気温が低くなると言われている2月が終わり、
学生の卒業ラッシュが終わった三月中旬のことであった……。
その日横島は自宅で胡座をかき、眉間のシワを寄せながら悩んでいた。
彼の目線の先には一枚のB4サイズのざらばん紙があり、
紙は横島が何度も読み返したのかボロボロであった。
横島は紙との睨めっこに終止符を打ち、
大きな溜息を吐きながら後方に倒れ込んだ。
「……進路かぁ~」
仰向けになりながら溜息と共に零れ出た言葉だった。
横島が先程から穴があくほど見ていた紙……。
それは学校から配布された今年度
卒業した三年生の進路先及び就職先が書かれていたのであった。
横島は来年度より三年生になる。
なんと、彼は何度も欠席したにもかかわらず進級することに成功したのであった。
来年度も休むことなく学校に登校すれば、
来年の今頃には学校を卒業している……ということがありうる。
そのことを考えた横島は卒業後……それに伴う進路。
そう、進路について深く考えるようになったのであった。
横島が寝転がって進路について考えていると、
お世辞にも上品とは言えない叩き方でドアが叩かれた。
横島は誰がどうみても嫌そうな顔を浮かべ、
先程の溜息より大きな溜息を吐きながら立ち上がり、
ドアを開けるために玄関先に向かった。
チェーンを掛けた状態でドアを開け、
横島はチェーンの長さの分だけ開かれた隙間から玄関前に誰がいるかのぞき見た。
「おはようでござるっ! 横島先生!!」
まるで毒リンゴを食べて寝てしまった白雪姫でも驚いて目を覚ましてしまいそうな大声であった。
ドア越しでありながらおもわず怯んでしまう横島。
昼……とまではいかないが朝から大声を出すその者に怒りを覚え、
声の発生者に怒鳴る。
「あほーっ!! なん、べん、大声だすなっ、って言ったら分かるんだ——っ!!」
横島に怒られた者は飼い主に叱られた子犬が出すような声で怯えた。
「うぅぅ~。ごめんささいでござる~」
そこには腰付近まである長い銀髪に頭部の僅かな部分に赤いメッシュが入り、
ブルーのジーンズ、白色の長袖のフリース、
首から深みのある緑色の精霊石のネックレスを掛けた中学生くらいの少女……
人狼族の犬塚シロがいた。
もう春だが気温自体は高くないとはいえ明らかに季節違いな服装であるが、
少女の周りに漂う元気そうな雰囲気を感じると、
自分も今日は薄着でも構わないかな?
と思える様な活動感溢れ、みるからに健康そうな少女であった。
そして今は霊波刀と呼ばれる、霊能力の基礎を教えた横島……
彼女にとって先生に叱られ肩を萎まし、顔を下に向けつつも目はチラチラと
慕っている先生の様子を伺う姿は……保護欲をそそわれ
彼女を助けてあげたくなる……そんな犬チックな姿であった。
「うっ……!」
そんな姿を見せられては思わず自分が悪いのでは無いかと思ってしまう横島であった。
心の中で自分は決して弟子である、ときめいたりしていない!
ましてや欲情なんてしていない! と言い聞かせていた。
……彼は自覚していないだろうが、意識している時点ですでに彼は少女愛好者、
ロリータコンプレックスの“ケ”があることに気づいていなかった。
「……それで一体何のようだ?」
一度心を明鏡止水のごとく落ち着かせシロを自宅にあげた横島。
横島は胡座、シロは正座で向かい合い、
努めて不機嫌な声でシロに自宅訪問の理由を尋ねる。
……横島はシロが訪れた理由の見当はついてた。
「先生っ! これから拙者と一緒に散「却下———っ!!」……きゅ~ん」
まだ体が成熟していないため余計な脂肪はついていない、
まるで冷えた白桃のようなキュッと引き締まったお尻から生えた可愛らしい尻尾が
力無く畳に着いた。
「せんせぇ~、何故駄目なんでござるか~?」
シロが横島に理由を尋ねる。
横島は正直に“面倒くさい”と言ってしまおうかと考えたが、
そんな事を言えば自分が自転車に乗って彼女が引っ張る……
……と言った妥協案を提案されるかもしれない。
その案も当然、却下である。
都会で犬橇の真似ごとなどしたくない、何より疲れる。
どのように言えばシロを納得させられるか考える。
敬愛する先生と散歩に行けずに落ち込むシロに砂糖一匙分程度良心を痛めつつ、
何か言い訳になるような材料を探す。
……そして、彼の目に先程見ていた進路のプリントが目に入る。
「……今日はこれからの事を考えなければいかん。
それがお前と散歩に行けない理由だ」
いかにも重苦しそうに言い訳をシロに話す横島。
本当はお前と散歩に行きたいんだがな……
と聞こえてきそうな演技であった、
顔だけが良いアイドルの演技よりは上手いのでないだろうか。
「これからのこと……でござるが?」
師の未来の話しと聞いて神妙な面持ち横島の言葉を復唱する。
「ああ……。来年順調にいけば学校を卒業できる。
そうすると俺は大学に進級するか、就職するかのどちらか選ばなければならない」
「……つまり先生は一年後のことを考えておられるのでござるか?」
そうだ。と横島は肯定した。
……シロはいくつかの疑問が浮かび、横島に尋ねる。
「横島先生は今美神殿事務所で働いているでござる。
卒業されても問題なく事務所で働いていけるのでは……?」
「ぶっちゃけた話し、それでも問題ないんだが……。
シロ、今俺は美神さんとこにどんな形で雇われているか分かるか?」
横島は面接中に面接官が化学反応式を聞くような事をシロに尋ねる。
シロは横文字が得意でないだろう、直ぐに口に出すことが出来ない。
出そうで出ない……まるでクシャミの時と言えばいいだろうか。
……数十秒後たってシロはまるで夏の夜空に咲く花火のような笑顔で単語を発した。
「分かったでござる! にーと! ニート!! でござるな?」
「違うわ、アホ———っ!!」
横島は進路先が書かれたプリントを素早く丸め、
シロの頭をスナップを効かせ、はたいた。
彼女は苦笑いであははと後頭部をかいていた。
横島は自分の未来が“ソレ”になりそうで動揺したのであった。
「誰がニートだ!? バイト! アルバイトだ!!」
「あはは……そうであったでござるな。
何故その“あるばいと”と言う役職では駄目なんでござるか?」
横島はうっかり魚の骨が喉にささってしまった時の様な声を出し、
シロの問いに答えることができなかった。
何故なら横島自身まだ詳しくは知らない、
正社員とアルバイトの違いが多くあるのだ。
横島が今の段階で知っている知識を総動員して答えを探す。
「あ、あれだ! 正社員の方が収入……つまり給料が多いし、安定しているんだ」
これが横島の出した答えであった。
シロはしばらく目をつむりながら考え、
何か良いアイディアが浮かび、思わず笑みが浮かびそうなのをこらえ、
横島を“じとー”と湿気を大量に含んでいそうな目で見るのであった。
横島はそんなシロに気づいた。
「な、なんだ……」
「何故、先生は美神殿に直談判しなにのでござるか?
武士らしくないでござる!」
「い、いや……俺は“ブシ”になった覚えはないのだが……」
シロは横島が見たことのないような迫力ある顔で言った。
そんなシロの表情を見て怯む横島。
…………後で横島は思いかえすことになるが、
この時雰囲気に流されなければ、“あんなこと”に付き合わなくてすんだと……。
「不採用」
食後のお茶を啜りながら“茶柱が立った”と言ったような感じに横島に言うのであった。
横島はあの後美神に直接、
正式に雇用するよう言いにいくべきだとアパートから無理矢理美神のところへ
向かわされたのであった。
……電車ではなく自転車で。
横島は美神除霊事務所までシロと共に来たのであった。
つまり、横島はシロに事務所まで散歩するよう仕向けられたのであった。
これはシロ本来の性格では考えられない。
半年近く美神の所で過ごした結果、
シロも少なからず美神の“あの”性格の影響を受けてしまったのだろう。
……実に心病む話しである。
話しは戻るが、数十分前疲れ切った姿の横島が事務所の前にあった。
彼は自宅までの数㎞~数十㎞の道のりをシロに引きずられて来た結果、
太股が筋肉痛寸前まで追い込まれ、尻は痛み、
体力は走り終わった際地面に倒れ込む程失われていたのであった。
しかしながら、時間は昼食時であったので美神除霊事務所に居候中である
おキヌは昼ご飯にカレーを作っていた。
その匂いを嗅ぐやいな、
体力が無くなったのを感じさせない程の俊敏さで事務所の居間に駆け込むであった。
そして、おキヌが作ったカレー、カレーうどんを
美神、横島、おキヌ、シロ、同じく居候中のタマモを五人で食した後のことであった……。
シロは食後の散歩、そんな同居人に付き添って散歩に行ったタマモ。
おキヌは台所で昼ご飯の際に使用した食器類の片づけ。
横島は……
挙動不審に食後のお茶を机の備え付けの椅子に座り飲む美神を
経験の浅い探偵のように見るのであった。
そして一時間も費やして服を選んだ結果、
結局最初に目を付けた服を買うために会計に行くような気分で美神の元へ向かった。
<Mikami>
昼間から来た横島君の様子がおかしい。
先程から気づかれないように私を盗み見しているけど、
……とっくに気づいているわよ?
あ~ムカムカするわ!
まるで三流の料理人が揚げた天ぷら食べたみたいな気分!
言いたいことがあるなら早く言いなさいよ!
こーゆう時はイジイジ悩むんじゃなくて
バカみたいに暴走しながら話すのがアンタでしょうがっ!?
台所で食器の片づけを終えたおキヌちゃんがお茶のお代わりをいれてくれた。
さっきのカレーもそこらのお店より美味しかったし、
食器の片づけもできる……洗濯もできる。
炊事、洗濯、掃除……たまにヌケてるところがあるけど女としてのスキルはハイレベルね……。
顔も私ほど美人じゃないにしろ、
ベクトルが違う“可愛い”といったジャンルかしら?
女子校で部活もバイトはうちでしているから出会いがないから
恋人がいないけど、出会いがあれば直ぐにでも恋人の一人や二人くらいできるでしょうね。
……って!
おキヌちゃんの色恋沙汰はどうでもいい……
……わけないでしょう!!
おキヌちゃんは私の妹みたいな存在なんだから、
変な男が出来て騙されたりしたら……って!!
違うでしょうがっ!?
あ~何でこんな頭が知恵の輪みたいにこんがらがっているのかしら?
イライラするわ!
そして、私は原因となっている人物の方へ視線を移す。
ア~ン~タのせいよ~っ!!
横島————っぁ!!
言いたいことがあるならさっさと言いなさい!!
……っと、実際に口に出したわけではないけれど
横島君も私の周りに漂う雰囲気にアテられたのか分からないけれど
意を決したかのように私のいる方に歩んできたのだ。
……上等よっ。
さっきから私を見ていた理由、
ちゃんと聞かせてもらうわよっ!
終————正社員の品格 序幕~1/2
<後書き>
ナガツキリです、こちらの方に投稿するのは久しぶりになります。
この作品は原作終了後から半年程度経過した時期を設定しています。
これからの展開ですが……色々考えていますが
作品の根本は横島の原作での性格を維持することを最大の目標に書き続けたいと思います。
是非、誤字脱字、分かりにくい表現、文が読みにくい、もちろん作品に関する感想など書き込んで下さい。
それでは失礼します。