――深夜、都内某所。
「こちらでございます、西久邇様」
西久邇と呼ばれた男が、そう声をかけられつつ、次の間に通されようとしていた。西久邇は、威儀を正しつつ、次の間に歩み入る。
次の間――、そこには暖炉の前に安楽椅子に座った一人の小柄――であるが、常人には出せざる場を凛と支配するかのような威圧感を漂わせる老人が座っていた。
西久邇は、その間に入るなり、その老人に――完璧な作法で――敬礼をしつつ、口を開いた。
「畏れ多くも大御心をお乱れさせ――」
「西久邇さん、そのような挨拶は無しにしましょう。あなたと私は、遠いとは言え親戚ですし、今日は内密にお越し願ったわけですから。さあ、どうぞそちらにおかけください」
老人は、そういい、自分の安楽椅子の傍らの椅子を西久邇に勧めた。
「はい、失礼します」
そう言い、西久邇は老人の傍らの椅子に腰掛ける。すると、老人が重々しく口を開いた。
「それで、西久邇さん。彼については」
「はっ、それについては鷲司が、『彼については自分に一任してほしい』と、申しておりましたが……」
「そうですか、鷲司が……。それならばそれでよろしいでしょう」
その老人の声を聞くや否や、西久邇は、大声を張り上げた。
「しかし!」
しかし、西久邇の声を、老人は片手を上げて制した。
「西久邇さん、鷲司は、父が信頼していた者です。そして、その信頼の念は、私の代になっても変わることはありません。それとも、西久邇さん、鷲司は私の父や私の信頼を裏切るようなものだとお思いですか?」
あくまでも静かにその言の葉を紡ぎながら、老人は――おそらくこの国では老人しか出せ得ない――巌のような帝王の風格と威厳を滲ませた。――最早、それは老人が支配する結界といってもいいだろう。西久邇は、その老人の言葉と彼が醸し出した結界に圧倒され、呻くしかなかった。
「グッ……、確かにそれはその通りですが……、しかし、私には事態が鷲司の手にあまることになるような気がしてならないのです。私はただただそのことのみを苦慮しておりまして……」
「手に余るのならば、鷲司のほうから言ってくるでしょう。そうなったらそのときです」
「……」
老人の言葉に西久邇はただただ沈黙を続けた。
「今日はお越しいただいてありがとう。もう結構です」
「はっ」
老人の言葉を聞くや否や、西久邇は席から立ち上がり、完璧な敬礼を持ってその間から立ち去ろうとする。すると、老人が、西久邇に言葉をかけてきた。
「西久邇さん」
「は?」
「あなたが、私のために憂慮されていらっしゃることはわかります。本当に、その労は私にとって多とするところです。それはご理解していただきたい」
「……いいえ、私どもは、お上の藩屏ですから……。失礼します」
「ご苦労様でした」
そして西久邇がその部屋から立ち去った。後には、瞑目しながら安楽椅子に身をゆだねる老人のみが残った――。
――同じ頃、京都は大江山。
そこに、横島と山科雅芳が猶も、話し込んでいた。
「ひとつ聞いてもいいですか?」
と、横島が口を開く。
「なんや?」
「これまでやり取りで、山科さんが凄い除霊師――」
と、言いかけたとき、山科がそれを遮った。
「除霊師やない」
「へ?」
「除霊師やない、俺は陰陽師や。間違えてくれるなよ」
「あ、すんません。――山科さんが凄い陰陽師やいうんはわかりましたわ」
「そうか、他人から凄い、言われるんは照れくさいけどな」
そういうと山科は、男くさい照れ笑いを浮かべた。
「続けてもいいですやろか?――でもだからこそ、気になることがあるんです」
「なんや」
「聞いてもいいですやろか?」
「おう、何でもええがな」
「山科さんほどの実力のある陰陽師だったら、例のアシュタロス事件の時、オカルトGメンに召集されたりとか、美神さんのように、神族や魔族の依頼を受けたりとかありそうなもんですけど、そういうことはなかったんですか?」
それを聞くや否や、山科は浮かべていた照れ笑いから真顔に戻った。そして、そしてその問いに対して、ポツリと呟いた。
「……あるにはあったよ……」
その言葉を聞いて、今度は横島が怪訝な表情を浮かべた。
「へっ?そうなんですか?でも、そのときに俺、山科さんの顔を見た覚えがないんですけど……」
「当たり前や……。俺、そういう話、断ったんやから……」
その山科の言葉を聞くや否や、横島は血相を変えた。だが、あくまで山科は表情を変えずにいた。
「どういうことですか!!人類だけやない、三界の一大危機に、なんもせんって!!あんた、美神さん以上の実力があるいうんに、逃げとったんですか!!?」
「まあ、落ち着け」
「これが落ち着けますか!!」
「ええから落ち着け。それにはいくつか理由がある。それ聞きたないんか?」
「理由?」
「そうや」
「……ほな、聞きましょう」
「長おなるで」
「聞きますわ」
「まあ、ゆっくり聞いてくれ……」
そういうと山科は口を開き始めた……。
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どうも、高沢です。
ああ、これを書くのも、ずいぶん久しぶりだ(苦笑)。まあ、ずいぶんとお待たせしたんでゆっくりと読んでくださいませ。