俺の名前は「伊達雪之丞」。
国籍は日本、性別は男。
そして親権者は「唐巣和宏」という、日本で悪魔祓いをしている教会の神父だ。
だが、俺と唐巣神父には血のつながりはない。
俺の記憶は嵐の夜からはじまる。
当時5歳だった俺は、その日大好きだったママに連れられて町を歩いていた。
嵐の夜にだ。
俺とママは、ずっとアパートに二人で暮らしていたんだが、ある日からママが布団から起き上がれなくなったんだ。
そして、その日大人の男が俺とママの部屋に勝手に入ってきて、俺とママは外に放り出された。
なにが起きたのかは今なら分かる。だけど、あの日の俺は訳が分からず、男に殴られて気を失うまで、俺達を閉め出したドアに向かって体当たりをしていた。
ママと二人で俺はあてもなく町を歩いた。ものすごい風と雨が容赦なく顔を叩いていたが、俺は気にもならなかった。
ママがいればそれでよかったんだから。
だけど、ママはずっと俺に向かって謝っていた。
フラフラと歩いてきた俺とママだったが、ついにママが倒れた。
大好きだったママの顔は、幸せな頃の記憶と少し違っていて、ひどく痩せていた気がする。
俺は何度もママを呼んだが、ママは細くなった指で俺の顔を撫で、これだけは記憶と少しも変わらない澄んだ綺麗な目で俺を見つめるだけだった。
半狂乱になって人を呼んださ。これで声が出なくなっても構わないってくらいに。
時刻は深夜で天気は最悪の嵐。子供が精一杯に張り上げた声なんて、雨音と風にかき消されて響きもしない。それでも俺はママの手を握りながらずっと叫んでいたんだ。
そして俺は会った。
30半ばくらいの神父が、戸口を開けて出てきたのさ。
暗いし雨は降ってるしで分からなかったけど、きっと表札にはその日も「唐巣教会悪魔祓い事務所」って書いてあったんだと思う。
結局ママはそのまま死んだよ。
最後に神父に「この子をお願いします」と言ってね。
そして俺はその日から唐巣神父のところで暮らすようになった訳だ。
俺は最初、神父にまったくなつかなかったと思う。
とくにママが死んでからの半年くらいは一言も口をきかなかったらしい。
起きて、教会の庭にあるママのお墓の前にずっと座っていて、そのまま寝てしまう。
そんな毎日を送っていた。
あとになって知ったんだが、ママのお墓の前で眠り込んでしまった俺を、毎日ベッドまで運んでくれたのは神父らしい。
まあ、この教会には神父と俺しかいないんだから、当然といえば当然なんだが、話を聞かされたときはマジで恥ずかしかったぜ。
そのうち、まあ口くらいは開くようになったんだが、どうしてそうなったと言われても、別段、ドラマティックな事件とか感動的な言葉とかをかけてもらった気は無い気がする。
ただ、神父はいつでも俺に語りかけてきてくれてたんだ。それこそ毎日。
内容だって至って陳腐なもので、やれ『今日は天気がいい』だの『そういえば明日はお祭りがある』とか、更には神父のくせに般若心経の朗読までしていた。
まあ、神父にしても俺をどうやって相手したらいいか分からなかったんだと思うけどよ
……般若心経はねえよな。
ただ、あの一言だけは良く覚えている。
ある日神父が言ったんだ「ここに居るかい?」と。
俺は肯いたと思う。
ところでこの教会だが、おそろしく貧乏だ。
俺とママも裕福じゃあなかったが、ママが病気になるまでは、それなりに一般人の生活はしていた。
だけどよ、この教会ときたら、俺とママの末期的な生活レベルが『普通』なんだぜ?
毎日毎日『もやし炒め』ってのは、どうよ?
神父はお世辞抜きに凄腕のゴーストスイーパーなんだが、その上に超がつくほどのお人よしがつく。なんで、ほとんどの仕事は金のない人たちに対するボランティアばっかで、収入なんてマジでない。
だけど、神父は俺をちゃんと学校に通わせてくれたし、俺の服とかもなんとか手に入れてくれていた。
俺は子供心に思ったね『強くなって神父の力になろう』ってな。
そして中学くらいのときか?俺は力を手に入れた。『魔装術』っていう力を。
この『魔装術』ってのは、悪魔と契約して霊気の鎧をまとうっていう、ちょっとそこいらじゃお目にかかれない強力な代物だ。
俺は勇んで神父にその姿を見てもらったね。これで神父の仕事を手伝えるってな。
だけど、俺の姿を見た神父は何故か真っ白になって、頭髪がハラハラと抜け落ちていったんだ。
……なんでだろうな?
それから魔装術を手に入れた俺は、たびたび神父がやっている除霊の仕事を手伝うようになった。
手に入れた力が力なもんで、人に取り憑いている霊を祓うとかいう普通の除霊は力になれなかったけど、地縛霊とか悪霊みたいに『とにかくぶっ飛ばす』といった除霊は力になれたな。
霊をぶっ飛ばすって変かもしれないが、霊力を使いこなせる人間なら、それほど難しいことじゃない。特に俺の魔装術なら尚更だ。
魔装術を契約した頃に俺は『霊波砲』っていう、己の霊力を大砲のように射出する技も覚えていたから、特に『ぶっ飛ばす』のは得意だった。
俺は霊波砲をぶっ放し、魔装術を纏って殴りこんでいったもんさ。
その際、なにやら神父が叫んでいた気もするけど、除霊中は集中しているからよく覚えてねえ。
とにかく辺り一面をぶっ飛ばし、霊を退散させる。
俺が手伝いに行った日は、夕食の『もやし炒め』が半分しかなかった。
翌日には決まって神父の枕に大量の毛髪が散っていて、請求書がやたら来ていたのを良く憶えてる。
……なんでだろうな?
高校に入ってからは、アルバイトもした。
貧乏な教会だったし、正直俺の成績なんて最悪だったから、高校なんて行く気がなかったんだが、神父が
「お金なんてなんとかなる。雪之丞、高校に行くことは決して君のマイナスにはならないから」
と強く勧めてくれたので、俺も首を縦に振ることになった。
なったんだが、せめて学費くらいは自分で稼ごうと思った俺は、アルバイトをはじめたという訳だ。
霊能力があったから、ゴーストスイーパー関連の仕事がしたかったんだが、あいにくとGSの仕事をするには免許がいる。
特例はGS免許のある人について仕事をすることなんだが、俺は神父以外に師事する気もなかったから、しかたなく普通のバイトをはじめた。
最初はオーソドックスにコンビニだったと思う。
思うとかいうのは、俺が在学中にこなしたバイトの数が、あまりにも多すぎてよく覚えていないからだ。
何故かは分からないが、俺のバイトは大抵1日で終わってしまう。
俺は真面目に仕事をし、ふざけた客をぶっ飛ばすだけだというのに。
俺がバイトに行った日は、夕食の『もやし炒め』が半分しかなかった。
翌日には決まって神父の枕に大量の毛髪が散っていて、請求書がやたら来ていたのを良く憶えてる。
……なんでだろうな?
ほんとに神父には感謝してもしきれないぜ。
俺は俺の全てをかけて、神父に恩返しをするつもりだ。
高校も卒業し、就職先も決まった。
三食住居付のなかなか良い職場だ。
ただ、世界をまたにかけての活動だから、教会から足が遠のいてしまうことだけが不満だったけど、そこは我慢する。
なんといっても報酬がでかいのだから。
これだけもらえれば……神父、あんたにもらった恩の数分の一でも返せるかもしれないってもんだ。
今日は俺の初仕事の日。
なんでもテレビをつかって、全世界に向けてのメッセージを発信するらしい。
うっし!気合いれていくぜ!!
「おろかなる人間ども…!!いずれおまえたちは我々の前にひざまづくのだーーー!!」
テレビの中のニュースキャスターが続けた。
『…この男は「ダテ」と呼ばれており──その正体はいまのところ情報規制されています』
見ていてくれよ神父。
俺は必ず雇用主から日本をもらって、あんたにプレゼントしてみせるからな!
その頃、アシュタロス対策のため、オカルトGメンに出向いていた神父から最後の毛髪が失われた。
おしまい
後書きのようなもの
え~と、こんばんわキツネそばです。
初めて美神除霊事務所以外をメインキャストに扱ってみました。
更に一人称も挑戦です。
伊達少年の愛と青春のほろ苦いグラフティ(?)をどうぞ。