既に日は落ち、夜の帳が世界に落ちる。
「う〜、さぶさぶっ」
弱々しい街路灯の光が照らす薄暗い道。コンビニの袋を手に提げたバンダナの少年が、そうつぶやいて身震いした。
――他に人影はいない。
しかし、少年を見下ろす視線があった。街路灯を支える柱に、その細長い体を巻きつけている。
手足はない。蛇のようではあるが、蛇よりはずんぐりとした太い体だ。鶏冠(とさか)のようにも見えるたてがみを持ち、少年を見下ろす目の数は異様に多い。
「こんなに寒いと、また風邪引いちまうよ……またあの苦い薬草茶飲むの、嫌なんだけどなー」
しかし、そんな怪物としか形容のしようがない存在の視線に晒されている少年は、その視線に気付いた様子もない。
歩を進める少年に合わせて、怪物は次の街路灯へと移動する。
少年は隙だらけ。しかし怪物は決して油断せず、ただ慎重に、辛抱強く、決定的な隙を待ち続ける。
「まったくあのクソ狐、助けてやった恩も忘れて……って、そーいやあの薬草も、あいつが持ってきたんだっけか?」
少年が、ふと足を止めて首をかしげた。怪物は、それでもなお動かない。
じっと、じっと待つ。
「……よく考えてみたら俺、おキヌちゃんと一晩過ごしたってことになるんだよな……ってもしかして、いやもしかしなくてもチャンスだった!? あ、いやしかし、それで襲っちゃっておキヌちゃんに泣かれでもしたら……でもおキヌちゃんならもしかしたら……いやでも……」
ブツブツとつぶやき、にへら〜っと下心満載な顔で笑ったかと思えば、真剣な顔になってぶんぶんと頭を振ったりを繰り返す。
やがて――
「って、あれこれ考えたところで、結局はもー過ぎたことやんけ! ヤれたにしろヤれなかったにしろ、悩むの遅すぎやんか! バカ! バカ! 俺のバカーッ! 折角のチャンスをーっ!」
突然叫び始め、怪物のいる街路灯の柱にその頭を打ち付け始めた。ぐらぐらと揺れる足場に、怪物は必死にしがみつく。
十数度の振動に耐えていると、不意に街路灯を襲う衝撃がぱたりとやんだ。怪物が改めて少年を見ると、額からダクダクと血を流してフラフラしている。
コンビニの袋を持つその手が、力なく緩み――
――怪物が、動いた。
前後不覚に陥っている少年の頭上に、怪物が真っ直ぐに落ちて行く。
突然湧いた気配に気付き、少年は頭上を振り仰ぐが――遅い。
もはや、目標到達までコンマ1秒とないだろう。怪物はその凶悪な牙が生え揃った口蓋を大きく開き――
ばくんっ!
その口を、威勢良く閉じた。
怪物は身を翻し、そのまま逃走する。口には、捉えた獲物をぶら下げたまま。
「あーっ!」
怪物の背後から、絶望の色を滲ませた絶叫が響いてきた。しかし怪物は頓着することなく、逃走スピードを緩めることもしない。
「返せーっ! 俺の赤い○つねーっ!」
絶叫――先程まで怪物が監視していた少年の声だ――は、完全に無視である。無視ったら無視。
その怪物『ビッグ・イーター』は、カップうどんの入ったコンビニ袋をくわえた口を、ニヤリと笑みの形に歪めた。
『ふたりはロジウラ』
公園の木々の間を、影がすり抜けて行く。
コンビニの袋をくわえたビッグ・イーターは、右に左にと複雑かつ不規則に進路を変えながら、公衆トイレの裏手に降り立った。
追っ手の気配は、既にない。完全に撒いたようである。
『……よし』
ビッグ・イーターが声を上げた。女の声である。
直後、その背中がジーッと音を立てた。
――そして――
「ふぅっ」
その体の中から、年若い紫の髪の少女がひょっこりと顔を出した。ファスナーをでっかく開いて。
この場に関西出身の煩悩少年や守銭奴のボディコンGSがいたら速攻でツッコミを入れるに違いない光景だが、あいにくと少女以外に人はいない。残念。
「よしっ。久々にまともな食品を確保っと。……人間を襲えるだけの力が回復してりゃ、こんな面倒しないんだけど……今更愚痴っても仕方ないか」
少女の名はメドーサ。以前は神魔界に悪名を響かせた指名手配の魔族だったが、とある事情により死んで生き返ってまた死に掛けてと繰り返し、かろうじて生き残りはしたものの力のほとんどを失ってしまい、魔界に帰ることもできずに路地裏生活にまで落ちぶれている。
「あ〜あ……フォアグラにキャビアに上物の酒、人間の……とりわけ霊力の高い奴の生命力。アシュ様の資金使ってた頃は、食い物に困ることなんてなかったのに……いったいいつまでこんな生活が続くんだか」
嘆いたところで、現実が変わるわけでもない。艶やかだった髪は見るも無残に荒れ果て、目の前にあるのは『赤い○つね』が入ったコンビニの袋が一つだけ。普段は残飯漁りをしているのを考えれば、先の言葉通り『久々のまともな食品』にありつけたわけだが……貧困とは無縁だった頃を思えば、気が晴れるわけもない。
「……ま、何はともあれ、まずは栄養補給が先決だ」
つぶやいて、メドーサは抜け殻になったビッグ・イーターの口に手を伸ばす。その牙に引っ掛けられたコンビニの袋を掴み取り――
「…………ん?」
異変に気付いたのはその時だった。
袋の中身が――なくなっている。
「なっ……!?」
メドーサは驚愕した。確かにあったはずなのだ。その中身が、つい先ほどまで。
しかし――今はない。それが事実。
「ど、どういうことだい……!?」
カップうどんの姿を追い求め、周囲を見回すメドーサ。
と――その時。
「あーっはっはっはっはっ!」
哄笑が響いた。まだ年若い、少女のような声だ。
「誰だい!」
メドーサは誰何し、声のする方――頭上へと、視線を向けた。
そこには、公衆トイレの屋根の上に仁王立ちし、三日月をバックにこちらを見下ろす、ミニスカ姿の金髪少女。その手には、赤いカップうどんの姿。
右手はなぜか狐の前足になっていて、肉球が丸出しになっているのがちょっとぷりてぃ。
「追っ手が来ないからって油断したわね! 古今東西、GS二次創作界において、お揚げが登場して私が登場しなかった作品はないのよ! このきつねうどんはこの私、タマモがいただいたわ!」
「そーゆーメタな台詞はやめないかい! アタシの赤い○つね、返せ!」
胸を張り、NGギリギリ(というかむしろアウト?)の台詞を吐いて登場するのは、ナインテールという奇妙な髪型が特徴の妖狐の少女、タマモ。つーかメドーサ。そのカップうどんは、そもそもあの少年のものだ。
「残念だけど、返すわけにはいかないわね。妖力回復させないと右手の火傷も治りづらいのよ」
嘲笑を浮かべながら言って、変化できてない右手をプラプラさせる。
「で、きつねうどん、しかもインスタント食品で妖力回復? 随分と安っぽい妖力ねぇ」
「はん。ホームレスの魔族に笑われたって、どこも痛くないわね。……ってか、そっちの方がよっぽど見てて痛いわよ? マジで」
「うっさい!」
多分に哀れみを含まれた視線を投げかけられたメドーサは、情けなさからくる羞恥を隠す意味も込め、食料を奪い返すべくタマモに飛び掛った。
「遅いっ!」
「ちっ! ……本調子だったらこんな奴……!」
公衆トイレの屋根の上から、逃げるタマモを追いかけて林へと入る。木々の間をすり抜け、時として木の上へと逃げるその動きは、人化しているとはいえさすが野生動物である。
しかしメドーサとて、腐っても蛇竜の魔族だ。追いつくことこそ出来ないが、引き離されることもない。
「しつっこいわねぇ!」
「食い物の恨みって言ってね! こちとら、久々のまともな食料を逃がすつもりは毛頭ないんだよ!」
いつの間にか、メドーサもタマモと同じように樹上へと飛び上がって追いすがっていた。
「こんなカップうどん一つに目の色変えるなんて、魔族のプライドないのあんた?」
「言うなっ! そんなんで腹が膨れるなら、こんなことしてないよっ!」
「……追い詰められてる奴って、言う事違うわねー……」
――それ以上言うな。情けなくなるから――
喉元まで出てきた言葉を、メドーサは寸前で飲み込んだ。口に出せばさらに惨めになるし、何より、自分をからかう材料を与えるだけの結果に終わることは明白だったからだ。
少女二人の追いかけっこは、なおも続く。
が――ここは公園である。しかも夜。
そんな場所に定番といえば……
「「「おおっ! これはーっ!」」」
「「……へ?」」
突如、下方から聞こえてきた複数の声に、視線を下げるメドーサとタマモ。
そこでは何人かの男が、カメラ片手に自分達を見ている。
そして――
「ぬぁ〜にが大丈夫だ! しっかり覗かれてんじゃねーかよ! ってか、目の前にアタシがいるのに他の女に見とれてんじゃねーっ!」
「あいだだだだ! す、すすすスイマセンですジャーッ!」
などとじゃれ合う半裸の男女の姿もあった。
「「へ?」」
そんな連中を見て、改めて自分の姿を確認する二人。樹上を飛び跳ねる自分達は、揃ってミニスカ姿だ。
そのことに思い至った瞬間――まるでその考えが正解だと言わんばかりに、下方からマズルフラッシュが連続して発生した。
「「み、みみみ見るなああああ〜っ!」」
顔を真っ赤にして叫び、スカートを押さえる二人の少女。
が――それはメドーサはいいとしても、タマモの方がいけなかった。
「…………あ」
カップうどんは、ものの見事にタマモの手を離れた。
そして、メドーサはそれを見逃さない。
「もらったああああああっ!」
スカートを押さえたまま着地し、下から覗かれる心配がなくなったと同時に駆け出して、カップうどんをキャッチする。
「しまった!」
「はん! 返してもらったよ!」
一瞬だけ嘲笑をタマモに向けると、メドーサはすぐに反対方向に向き直って駆け出した。
「待てえええええっ!」
「待てと言われて待つ馬鹿がい――どえええええっ!?」
タマモの声に、あざ笑いながら後ろを見て――台詞の最後は悲鳴に変わった。
そして、突然スピードを上げて一目散に逃げ出すメドーサを見て、タマモは眉根を寄せる。
ドドドドドド……
「?」
その時、背後から聞こえてきた音に気付き、タマモはメドーサを追う足を緩めることなく背後に視線を向け――
「って何あれえええええっ!?」
悲鳴を上げると、メドーサと同じくスピードを上げて一目散に逃げ出した。
彼女らの背後から来るもの、それは――
ドドドドドドドドドドッ!
「むぁてえええええええっ!」
首に注連縄を巻いた霊体のイノシシと、それを追う老人だった。
「おのれぃ! 去年の戌に引き続き、貴様までも年神に逆らうとゆーのか! 捕まえて折檻してくれる!」
『フゴオオオオオッ!』
「何あれ何あれ何あれーっ!?」
「アタシが知るかい! ちょっ……なんでこっちに来るんだい!」
暴走する霊体イノシシは、とんでもないスピードでもってメドーサとタマモに迫る。
……それを追うことができる年神とやらの健脚も呆れたものではあるが。
逃げるメドタマ、追うイノシシ。ついでに年神。
両者の距離は、瞬く間に縮まり――
『フゴオオオオオオッ!』
「「うっきゃあああああああっ!」」
ごめすっ。
――哀れなりメドタマ。ものの見事に、イノシシに跳ね飛ばされてしまった。
「むぁてえええええええっ!」
『フゴオオオオオッ!』
そして、イノシシと年神はメドタマにも一顧だにせず、そのまま走り去って行ってしまった。
一方、跳ね飛ばされた方といえば――
「ぎゃんっ!」
「へぶっ!」
往年の車田落ちを披露して、無様な悲鳴を上げていた。
「「あたたた……」」
お互い、すぐさま頭をさすりながら、起き上がる。
目の前に獲物を奪い奪われる間柄の『敵』がいる以上、のんびり寝てるわけにもいかないのだ。
――その『獲物』がインスタントのカップうどんとゆーのは、情けない限りだが。
だが――
「「あ……っ!」」
気付き、二人同時に声を上げる。
ないのだ。メドーサの手に、あのカップうどんが。おそらく、先ほどの衝撃で手放してしまったのだろう。
なんたる不覚――だが、悔いている暇はない。目の前の敵よりも先に、カップうどんを見つけなければ。
だが、そのカップうどんを見つけたのは、生憎とタマモが先だった。
「あった!」
「何っ!?」
慌ててその視線の方向に目を向ければ、大きく放物線を描いて飛んで行くカップうどんの姿。
先に見つけた分、タマモの方が行動が早かった。すぐさま、カップうどんの落下地点に向けて走り始める。
メドーサも慌ててその後を追うが、スタートダッシュの差はなかなか埋まらない。
走る、走る、走る――
カップうどんの落下予測地点は、公園を大きく外れていた。自然、二人は公園を飛び出すことになる。
「「ぬおおおおおおおおっ!」」
目を血走らせ、両手を前に突き出した二人の声が重なる。四つの手が、カップうどんの下に差し出され――
キキィーッ!
突如、横から聞こえてきた音に振り向く。視線を向けたその目の前には、乗用車――車種はシェルビー・コブラだった――の鼻先。
「「…………へ?」」
呆ける暇もあればこそ。
どごむっ!
「「うきょおおおおおおおおっ!?」」
哀れ、二人の少女はまたもや空を飛ぶ羽目になってしまった。
そして、そのシェルビー・コブラの運転手といえば――
「うわっちゃあっ! い、いきなし飛び出してきたあんたらが悪いんだからね! 死んでも化けて出ない方がいいわよ! 私GSだからっ!」
などと吐き捨て、脱兎の勢いでその場を走り去った。
――いーのだろうか? いわゆるひき逃げという奴であるが。
バレたら、また後で母親に絞られることは間違いない。
そして、跳ね飛ばされた方の少女二人は、それでも今度はカップうどんを手放すまいと、しっかりと――二人仲良く――カップうどんをその手に掴んでいた。
「は、離せ!」
「そっちこそ!」
罵り合いながら、着地のために体勢を整える二人。
が――その奪い合いがいけなかった。二人はカップうどんに集中するあまり、足元の着地地点を見てなかったのだ。
――結果――
「ドクター・カオス! 上空から・落下物・感知!」
「ん?」
落下地点の一番近くにいた女性が、機械的な声で近くの老人に警告する。二人とも、黄色い安全メットをかぶっている。
――直後。
「これはアタシんだ!」
「私のお揚げよ!」
などと醜い争いをする二つの人影が、女性と老人の目の前で、開きっぱなしになっているマンホールの中へと落ちていった。
ひゅるるるる〜、などとゆー効果音付きで。
がんっ! ごんっ! がががががっ!
「あだっ! ぎゃんっ! んのおおおおっ!」
「痛い痛い! はしごが! はしごが背中にいいいいいっ!」
そして、人間二人が入るには狭すぎるマンホールの中から、やたら痛そうな音と二人分の声が聞こえてくる。
「「…………………」」
顔を見合わせる女性と老人。
「……さ、仕事仕事」
「イエス・ドクター・カオス」
二人は何事もなかったかのよーにそう言って、老人は誘導灯を持って交通整理を再開し、女性はツルハシを振るって工事作業を再開した。
「「いたたたた……」」
やたら狭っ苦しい穴を通り抜け、擦り傷だらけになった少女二人。
彼女らは今、下水道の中で尻餅をついていた。
もちろん、二人ともカップうどんから手を離していない。
「くっさ! 何ここ? 下水道?」
「見りゃわかるだろ」
空いている手で鼻を押さえるタマモに、メドーサが冷めた目でツッコミを入れる。
「ったく……着地地点がマンホールだなんて、どこのド○フだい」
「……ド○フって何?」
「知らないのかい? これだからお子様は……ってか離しなよ。それはアタシんだ」
「やーよ。そっちこそ離しなさいよ」
バチバチと火花が散る勢いで、睨み合う二人。
……カツ……カツ……カツ……
「狐は狐らしく、山の中で山菜でも兎でも獲って暮らしてなよ」
「お揚げのないとこなんて嫌よ。そっちこそ、魔界に帰ればいーじゃない。人間界よりも魔力が豊富で、回復も早いわよ」
「それができないからこっちにいるんじゃないのさ」
……カツ……カツ、カツ、カツ、カツ……
「それで今は家無き子? 無様ねー。そんな生活続けるなら死んだ方がマシとか考えないの?」
「その台詞、そっくりそのまま返してやるよ。あんた、そんなナリしてるけど金毛白面九尾の狐だろ? 転生したって聞いたけど、あの大妖怪がこんなチンチクリンになってるとはね」
「転生したてで人間どもに追い回されて、妖力スッカラカンになってるのよ。悪い?」
「無様はお互い様じゃないのさ」
「うっさい」
カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ。
「「……………………」」
二人の罵り合いが、一旦止まる。
睨み合うその頬に、一筋の汗が伝い落ちた。
「…………ところで、さ」
「…………なに?」
「あんた、一体どこに向かって歩いてんの?」
「そっちこそ、どこに向かって歩いてんの?」
そう――先ほどから響いている音は、二人の足音だった。
しかも、二人は歩こうと思って歩いてるわけではなかった。足が、ひとりでに動いている。
冷静になってみれば、何かの霊波が自分達を操っているのが感じられた。その波動は強力で、気を抜けば精神まで操られかねないほどだ。
「何かに……操られてる?」
「何かって何よ!?」
「アタシが知るかい!」
怒鳴りあったところで、操られている足が止まることはない。
が――彼女らを操る霊波は、歩を進めるほどに強く、濃くなっていく。
「くっ……誰よ一体!? これだけ強力な霊波……!」
「抵抗……しき、れない!? や、ばい、精神にまで、侵、される……!?」
――瞬間。
メドーサの瞳から、光が失われた。
「あんた!?」
『――キ』
その変化に気付いたタマモが声をかけた、その時。
『キキキッ!』
「あっ――!」
メドーサが突然奇声を発し、タマモからカップうどんをひったくった。
「ちょっ……ドサマギで何してくれんのよ! あんた実は操られてなんかいないんじゃないでしょーねーっ!?」
『キッキッキーッ♪』
タマモの叫びは完全に無視し、背景に『きゃーほきゃほほっ♪』とでも写植されてそうなマヌケ面で、スキップしながら去っていくメドーサ。
ふと気付いてみれば、タマモに対する支配は抜けていた。メドーサを完全に操れたことで、用は済んだということだろうか。
「……まったく情けない姿ね……あんなのはどーでもいーけど、お揚げはほっとけないわ。仕方ないわねー」
ため息一つ。タマモは萎えそうになる気力を奮い立たせ、マヌケ面晒して去っていくメドーサを追いかけた。
そして、何度目かの曲がり角を曲がった先で――下水道の壁に、大穴が空いていた。
その奥には、坑道だか基地だかといった景色が広がっている。中央にキャタピラの壊れた旧式の戦車があったり、奥の方には不発弾らしき弾頭が見えることから、おそらく旧日本軍の基地といったところか。
そして――そこに立つのは、カップうどんを手にしたメドーサ。そしてその眼前に、小さなドブネズミ。
タマモもメドーサも知らないことではあるが、そのネズミこそ、以前美神とGS犬マーロウに退治されたネクロマンサーネズミで、メドーサと同じくコスモプロセッサで蘇った存在である。
アシュタロス亡き後は、以前と同じく下水道に篭り、低級霊を操りながら細々と暮らしていた。
閑話休題。
『キキッ……ココマデ追ッテキタカ……』
振り返ったメドーサの口から出た言葉に、しかしタマモはネズミの方に視線を向ける。
「なるほど。精神コントロールの霊波は、あんたの仕業ってことね」
『ソウイウコトダ』
ネズミの声帯では言葉を喋ることができないから、メドーサに代弁させているといったところか。
「……何が目的?」
『僕ノてりとりーヲ侵ス者ハ許サナイ……ト言イタイトコロダガ、ソレヲヤッテハマタ以前ノヨウニGSニ殺サレルノガ落チダ。ダカラ、食料ダケ置イテイクノデアレバ、命マデハ取ラナイ』
その言葉に、タマモの眉がぴくりと吊り上がる。
「…………食料?」
今、このネズミは食料と言った。そして、自分達が持っている食料といえば、ただ一つ。
ネズミと操られているメドーサは、揃ってニヤリと笑った。
『ソウダ。コノ女ガ持ッテイル『赤い○つね』ト書イテアルいんすたんと食品ヲ、コノ僕ニ――
――って何寝言ぬかしてやがるこのげっ歯類がーっ!」
どげしっ!
『キキィッ!?』
台詞を最後まで言い終えることなく。
突然精神コントロールの呪縛から脱したメドーサが、怒号と共に繰り出した足で、ネズミを思いっきり蹴り飛ばした。
『キ、キキッ!?』
完璧に操れていたと思っていた相手からの、まさかの攻撃。ネクロマンサーネズミは、理解不能といった様子で戸惑っている。
そのネズミに向かって、メドーサはパキポキと指を鳴らしながら、ゆっくりと近付いていく。その後ろでは、タマモが薄笑いを浮かべながら、指先に狐火を灯らせていた。
「この赤いき○ねはなぁ……」
「私らが、今まさに奪い合っている真っ最中なのよ……」
『キキィッ!?』
「それを横から掠め取ろうなんて、いい度胸してるじゃないか……」
「食い物の恨みってやつ、身をもって知ることね……」
瘴気を背負って迫る修羅二人を前に。
ネズミは今更ながら、手を出した相手が悪すぎたことに気が付いた。
「ぷはーっ、臭かったぁ」
「ったく……なんでカップうどん一つにこんなに苦労しなきゃならないんだい」
それから数分後、メドーサとタマモは下水道から脱出していた。
二人の手には、相変わらずカップうどんが握られている。双方、いまだ離す気はないらしい。
自然、互いに目を見合わせる――
「…………もう疲れたよ。できれば、これ以上争いたくないんだけど?」
「私も。これ以上妖力消費するわけにもいかないし」
「「……………………」」
そして二人、無言で睨み合う。
――やがて――
「お揚げ」
「うどん」
ただ一言。
互いにその一言を口にしただけで、折衷案が成立した。メドーサとタマモは、ニヤリと不敵に笑い、ガシッと硬く握手を交わした。
決まったならばあとは行動あるのみ――メドーサはビニールを破り、中身の上蓋を半分まで開ける。
タマモが横から手を伸ばし、中にある粉末スープを引っ張り出した。
そして、粉末スープの袋を破り、中身をうどんの上に振り掛ける。
――そして――
「「……………………」」
笑顔のまま、そこで動きを止めるメドタマ。
「「……………………」」
顔を上げると、互いの視線が絡み合う。
「「……………………」」
笑顔で――あくまでも笑顔のままで、頬を伝い落ちる汗一筋。
二人はゆっくりとカップうどんを地面に置いた。
そして――二人はおもむろに、土下座をするかのように両手を地面についた。
「「…………お湯がない…………」」
冬の風は、どこまでもどこまでも冷たかった。
――あとがき――
タイトルと内容には何の関連性もありません(マテ
どうもこんにちは、いしゅたるです♪
ここ最近、二人三脚の方でギャグ的発想が貧困になってる気がしたので、まだ意識して手を出したことがなかったジャンルのギャグに初挑戦しました。不条理の嵐がキャラを襲うというタイプのギャグでして。
この手のギャグは不慣れなんで、上手く出来たかいまいち自信がなかったりします。書き上げるのに、かなり時間かけてしまいましたし……
とはいえ、二人三脚の作品構想の幅を持たせる意味での試金石なんで、厳しい意見がありましたらそれこそ大歓迎です。肥やしにして後々に活かしたいので。
たぶん次あたりは二人三脚を再開できると思いますので、待っていただいてた皆さん、もう少しお待ちくださいw