GS美神 冬
冬ノしあわセ
くるっくーー
「・・・そろそろ、冬かなー・・・?」
タマモは閉じた窓越しに、電線に止まった鳩が時折、フワッと羽を膨らませるのを見てそう呟いた。
美神除霊事務所が、部屋に程よい暖房を効かせ始めて一週間。
外の風景も、着実に衣替えを進めていた。
「何言ってんの? 元はと言えばそっちが変な見栄はって、情報を出し渋るからあんな大事になったんでしょ! こっちもねっ、命の危険に加えて、使わなくても済んだ諸々のアイテムを3千万から使い込むはめになってんのよ! 違約料も含めて5千万なら安いものでしょ・・・・・・」
部屋の中では所長の令子が、昨日の仕事の『事後商談』に励んでいる。
「ま、ビル半壊させて戦ったってのに、結局社長室に隠してあった呪いの元の『モガちゃん人形』を封じたら片付いちゃった事件だったもんね。」
そしてちょっと視線を移すと、そんな令子と対照的に夕方の再放送時代劇に燃えてるシロの姿が在る。
「・・・なんで毎回同じ展開ばっかのものに、あんだけ熱中できるのかしら。馬鹿みたい。」
それは追求してはいけない様式美と言うモノだ。
おキヌちゃんは、学校が終わったら夕飯の買い物をしてやって来るだろう。
横島は・・・ビルの半壊にモロに巻き込まれた昨日の今日では、立つ事も難しいと思えるが、たぶん夕飯をたかりにはやって来る。これもいつもの事だ。
秋も過ぎ去ろうとする日の夕方。
美神除霊事務所は、いつも通りの一日だった。
「だから! 私もプロよ! 話してくれてればクライアントの秘密はまも・・・・・えっ!?」
と、突然令子は電話口での論争をプツリと途切れさせた。
商談に関しては妥協も容赦も無い彼女にしては、珍しい事だった。
見ればその視線も窓の外を泳ぐ様に見つめていて、心そこに在らずと言った風情だ。
「?」
タマモは令子のその様子に窓の外を見てみるが、特に変わった様子はない・・・いや、ちょっと前と違っている事は確かに在った。
「・・・なに? この曲?」
そう、窓越しに小さくだが、タマモの耳に勇ましく重厚で勇壮な曲が聞こえて来た。
「お、これは以前テレビの映画で聞いた曲でござるな。」
CMの映ったテレビから目を離し、シロが言った。
しかし、令子が、あの美神令子が、お金のかかった交渉を中断する理由になりそうなモノは特にはなかった。
「・・・・・! あ、いや認めてないでしょ!? あたしは黙ってただけ・・・そんなの勝手に決めるんじゃ無いわよ!! なんだったら録音持って出るとこ出ましょうか!」
言葉尻を取られて慌てて巻き返しを始める令子を見て、シロはテレビに、タマモはまた外の風景にと、視線を戻していた。
そして、10分後。
ガチャン!!
「「!!?」」
話しが終わったらしい令子は、ものすごい勢いで受話器を置くと、突如窓をバタンと全開させて乗り出す様にして外に首を巡らせた。
「な、なにしてんよ! 寒いじゃないの!!」
「どうしたんでござる? 美神殿??」
しかし、令子は二人の声も聞こえぬ様で目を皿の様にして、辺りを伺っていた。
その明らかに普段と違う様子に、口ごもり少し後ずさりするシロタマコンビ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ」
沈黙が落ちてから1分程経って、令子はようやく身体を引っ込めると、カックンとうなだれて溜め息をついた。
見慣れた『損した時』のものとは違うが、明らかに心底残念そうな表情にシロとタマモは互いに顔を見合わせた。
「どーしたの? 何か外にあったの?」
ビクン
タマモの問いに、令子の肩が過剰な反応を示す。
「・・・・・来たのよ」
「え? な、なにがでござるか?」
「来てたのよ!」
「だからなにが!?」
タマモが聞き返した途端、令子の雰囲気が変わった。
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
「「ひえっ!??」」
その身から吹き出すのは、さっきと対照的な火口からあふれる灼熱のマグマのごとき激情。
「・・・・・最初に知ったのは、私が中学生だった頃よ・・・その頃から、『あれ』は伝説だったわ」
呟くかの様に語るその言葉ににじみ出るのは、口惜しさなのか憧れなのか。
まるで過去の傷をを吐露するかの様に、令子は話す。
「口伝えに聞いたのは、たった一つ。『あれ』はあの曲と共にやってくるの!・・・ただそれだけ。」
「それって、もしかして・・・」
「さっき聞こえてた、あの曲でござるか?」
二人の言葉を聞き、令子はクワッと目を見開く。
「そうよ!! リヒャ○ト=ワー○ナー(←伏せ字)の『ワルQーレの騎行』(←伏せ字)にのって!!」
♪パーパパパーパーパーパパパパーパパーパパパーパパーパパパー♪
『ワルQーレの騎行』(←伏せ字)
それは某戦争映画のテーマ曲として使われ、有名になった壮大な歌劇の一節だ。
その重厚で勇壮な音は、一度聞けば胸を叩き、耳に残る、言わずもがなの名曲である。
ちなみに類似した物に『ワルQーレの奇行』という伏せ字でないのがあるが、上記の楽曲とは一切関係はない事を明言しておく。
「え、えと、それでそれっていったい何モノなの?」
「芋よ!」
「・・・・・・へ?」
「幻の『石焼き芋』、ニーベルング!! 当時も今も、都市の女性の間でのみ語られる生ける伝説よ!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・シロ、おキヌちゃん今日の晩ご飯なんだって?」
「えーと、寒くなって来たから水炊きと言ってたでござるか。」
「ちゃんと話しを聞けぃ!!」
「「は、はいぃっ!?」」
会話から逃げようとした二人を引っぱり戻すと、令子は軽く咳払いをして話しを続けた。
「あのね、アンタ達わたしが絵空事に酔ってると思ったみたいだけど、私が根も葉もないただの都市伝説を信じると思ってんの?」
「・・・じゃあ何? その焼き芋屋に会った事あるって言うの?」
「もちろんよ。そこのお芋だって食べたわ。」
令子は誇らしげに胸を張って言った。
「中学の3年の冬だったかしら。その時は話しは聞いてたけど、今のあんた同様、うさんくさくて鼻で笑ってたわ。
でもね、少し遅くなって家に帰る途中、後ろから聞こえて来たの・・・『ワルQーレの騎行』が」
ちょっとその情景を想像してみるタマモ。
夕闇が深まった道を、コートの襟元を合わせながら家路を急ぐ女子中学生。
その背後から夕闇に紛れ近づいてくる『ワルQーレの騎行』・・・・
「(やっぱ、都市伝説じゃないの?)」
そう思わざるを得ない、絵面であった。
「さすがに普段聞き慣れてない音楽が間近に聞こえて来たから、無視できなくて振り向いたんだけど、そしたらそこに居たのよ。ほんとに焼き芋屋が。」
「狢(むじな)とか物の怪のたぐいじゃなくて?」
「人間だったわよ、屋台の方も変化の類じゃなかったし。」
「・・・ま、それはそれとして・・・で、お芋買って食べたんだ。」
「ううん、最後に残ってたの、譲ってくれたの。」
「「・・・・・・」」
「でもね、今はお金払っても良かったって思ってるわ・・・・」
「「ええっ!?」」
驚愕に固まる二人をよそに、令子の目は今度はトロンと潤み、うっすらと頬を染めて空を仰いだ。
「あれは普通の焼き芋よりも皮が薄くってね、一口かじると蜜と錯覚しそうな甘みが舌で蕩けるの。口当たりは『これクリーム?』って思う程ねっとり柔らかくて、口の中には甘い熱気がホコホコと広がって鼻に抜けるのよ・・・それが喉を通ってからお腹に落ちる時には、極上の舞台を見終わった後みたいな満足感が全身を満たしたわ・・・・・・」
その味を思い出しているのか、しばし言葉を止めた令子の喉がコクリと鳴る。
「たかが焼き芋に大げさじゃない?」
「ぜんっぜん大げさじゃない・・・って言ったら?」
自分の皮肉に怯みもせず、それどころか真顔で返す令子に、逆に気圧されするタマモ。
「私もその焼き芋屋の正体確かめようと思って、いろいろ聞いてみたのよ。
そしたら、そこの焼き芋のお芋っておじさんが自分ちの庭の畑で作ってるモノで、一冬にせいぜい4〜50個くらいしか採れないらしいわ。」
「「たった50個!?」でござるか!?」
驚くシロタマに令子は頷いて話しを続けた。
「そ。信じられないけど、儲けなんか二の次の100%そのおじさんの道楽なのよ。それに売るにも、焼き芋用のお芋としては味は極上なんだけど、焼き方にかなりコツが在るらしくて、商売で売るには明らかに向いてないらしいのよ・・・しかも」
「「しかも?」」
「シーズン中、売りに出るのは多くても三日、その年の収穫によってはたった一日の事もあるのよ。それにそのおじさん、冬ごとに関東圏内で売り場を変えてるらしいのよ。だから、買えるかどうかは出会える運とタイミングだけなの。」
「でも、最近ならネットとかの自主情報網で場所は探せるんじゃない?」
「もちろんそれも『あった』らしいわ。そしたら全国規模で、一度にお客が殺到して近所にどえらい迷惑かける羽目にもなったもんだから、やめざるを得なくなったのよ。」
言ってみれば、夏と冬にある巨大同人誌即売会を、予告もなく街中でやらかした様なものだったらしい。
その場の人口比率は最大人口密度を誇る『三日目』と互角にまで至っていた様だ。
「それに無駄に競争率上げて少ない『ブツ』の取り分を減らすだけって事で、情報の過剰流出は御法度になったらしいわ。あくまで、街で見かけた人が勝ち・・・って言うのが暗黙のルールになったわけ。」
「はー・・・正に『実在する幻』ってわけね。」
「でしたら、先ほどは正に千載一遇のチャンスだった訳でござるな。」
ミシッ…
ビクリと肩を震わせた令子のこめかみに、青筋が浮かんだ。
「そうよ・・・それなのにあの馬鹿社長、自分の不始末棚に上げてたった六千万出すのにネチネチと値切りかけやがってーーーー!!」
「「(さっきより一千万増えてる・・・)」」
決して転んでもタダで起きない令子であった。
「そう言えば、先ほど美神殿が窓を開けた時、風に微かに甘い芋の匂いが混じっていたでござったなぁ・・・」
「!!」
故郷での落ち葉焚きを思い出してポツリと言ったシロに、令子は表情を変えた。
「ど、どうしたの?」
「そうよ・・・シロ、タマモ。アンタ達なら・・・・・」
「な、なんでござる?」
突如目をキラキラさせて迫ってくる令子に、二人はいやーーな予感を感じて大きく後ずさる。
「アンタ達なら、今からでも匂いで追えるわね!?」
「「ええーーーーっ?」」
☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆
「う〜〜〜〜なんであたしがこんな事〜〜〜〜」
冷たい風が吹き抜ける中、新調したライトグリーンのジャケットに包まる様にして、タマモがぼやいた。
「しょうがないでござる。美神殿(家主)の頼みごとでござるに」
「まったく、たかが芋買うぐらい自分でいきなさいよね! バカ犬! さっさと見つけて帰るわよ!」
「犬じゃないでござる!! というか、タマモも探すでござるよ。」
「何言ってんの、匂いを知ってるのアンタでしょ?」
「だったら匂いは拙者が捜すでござるから、タマモはあの曲を探してくだされ。」
「やってるわよ。でもどっからも聞こえないわよ。」
「拙者もほんの少ししか嗅いでないござるし・・・それにあちこちから芋の匂いがして、区別し難いでござるよ〜」
なにしろ石焼き芋もシーズン突入したばかりであるし、都内に何台屋台が走っているやら見当もつかない。
「むぅ〜・・・よし! まずはあの曲を探すわよ。それに近づけばアンタの鼻で判別つくでしょ。」
「それしかないでござるな。」
・・・・・・・・・・・・
「いしや〜〜きいぃも〜〜〜〜」
「甘くておいしいいしやきいも〜」
「や〜きたて〜のやーきいもーー」
「九里よりうまい〜十三里」
「おい〜もおいも〜おいも〜〜〜」
「やーきいも〜いしや〜〜きいも〜〜〜」
「と−ふ〜とーふ〜〜一丁売れんけんこうてくんね〜〜〜」
・・・・・・・・・・・・
「ぜんっぜん『曲』じゃないし! 特に最後の何っ!?」
二人で耳を澄まし始めて10分あまり。
さっきの『曲』を聞き流してしまっていたタマモは、拾うべき『音』のイメージが、よく知ってる『焼き芋屋』の方に引きずられてしまってどうしても上手く行かない。
「そっちはどう?」
前にも一度同じ曲を聞いたシロに、タマモは少し不貞た声で尋ねる。
「こっちも聞こえないでござるよ・・・もしかしてもう店を閉まってしまったんでござろうか?」
さっき聞いた極端なまでの少数販売の方針からして、その可能性も決して低くはない。
しかし、それだとあの自分達より少女チックな瞳で期待をしていた家主が、不機嫌になるのは間違いあるまい。
「売る数が少ないんだから、わざわざ一日で遠くまで売り歩く事はしない筈よ。まだこの近所に入る筈よ。」
「だといいんでござるが・・・・んっ!!」
シロが閉じていた目を開けて、バッと顔を上げた。
「いたの? どっち!?」」
「南の方・・・・・あそこのビルの向こう辺りでござる!」
「いくわよ!」「応っ!」
夕餉の買い物に出て来た人で混み始めた歩道を、二人は隙間を縫う様に走り抜ける。
「タマモ! 曲が途切れたでござる!」
「匂いは!」
「・・・ハッキリしてきてるでござる! 間違いなく、さっきのモノでござるよ。」
「居た!! あれよ!」
シロが示したビルを回り込むと、100mばかり先を走る焼き芋屋の軽トラックがあった。
「まずっ! 売り場所変える気だわ!」
走る車を車道の排気ガスを浴びながら匂いを追っかけるのは、鼻の利くシロとタマモにはあまりにもキツイ。
「しょうがないわね、シロ! 路地を抜けて先まわ・・・」
「そこの芋屋どのーーーっ!
待ってくだされーーーーーーっ!!!」
ビシッ・・・!
瞬時に凍り付くタマモの表情。
れーーーーーれーーーーーれーーーーー・・・・・・
そして、夕暮れ間近の街にこだまする、シロの声。
キィッ
その声が届いたらしく、焼き芋屋の屋台は脇に寄って止まってくれた。
・・・四方八方に加えマンションのベランダからも二人に集中する、とってもイタイ視線と引き換えに。
「あああああああアンタ!? 何を馬鹿な事してんのよぉぉぉ!!?」
「何がでござる? 屋台の物を買うに、屋台に止まってもらうのは当然でござろう?」
大正論である。
しかし、タマモの乙女回路はそれに強烈に反発を示す。
「だだだだだからって、だからってぇ! 花も恥じらう女の子が焼き芋屋の屋台を大声で止めるってぇぇぇ!!?」
「?? なに言ってるか、わからんでござるよ。それより早く買っていくでござる♪」
「あああああああ・・・・・・」
そして、意気揚々と屋台に向かうシロの跡を、周囲の視線を痛々しく感じながら真っ赤な顔で俯いてタマモはついていった。
「いきなり申し訳ござらん。焼き芋を5個ばかり頂きたいのでござるよ!」
助手席の窓に身体を寄せて顔を出したおじさんに、とてもハキハキと元気よく注文するシロ。その後ろでタマモはますます小さくなる。
だが、
「ああ、悪いね。今、売り切れて新しいのを入れたとこなんだ。焼けるにはまだ時間がかかるよ。」
「ええっ!?それじゃあ、あたしは恥かいただけ??」
「そうなんでござるか・・・・ん? これは・・・!?」
「・・・・・どーしたのよ。」
「芋の匂いが・・・違うでござる! 見つける前に感じてたのと、少しでござるが明らかに違ってるでござるよ!?」
「なんですって!? あの、おじさん。おじさんってお芋売る時に何か音楽掛けてる?」
それを聞いたおじさんは、「ああ」と合点がいった様に苦笑した。
「お嬢ちゃん達、よく知ってたな。あれだろ。『ニーベルング』を追っかけてたんだろ。」
「知ってるの?」
「ああ、有名な同業者だからなぁ。つーか、あれがこちらに来たから、切りのいい所で場を変えようとしてたとこなのさ。」
「おお、それほどまでとは!」
「・・・美神の話って本当だったんだ・・・」
それがわかった途端、タマモの喉が小さく鳴った。
「ね、ね、じゃあさ、今どこにいるかわかる? 私たち、アレを買って帰らないと、今夜の食事ぬかれちゃうの!」
「なんと!?」
もちろん令子はそこまでは言っていない。ただ、おじさんに商売敵の情報を話し易くする理由を与えただけである。
それを真に受けてるシロを無視して、少し潤んだ目でタマモはおじさんに迫った。
「うう〜ん。俺も例の『曲』が聞こえただけで、姿は見なかったからなぁ。」
「そう・・・」
「ま、そんなに大きく場を変えたりはしない筈だ。しばらく『曲』をたよりに探してみな。」
「うん。ありがと、おじさん。」
「ああいいっていいって。そのかわり、今度はうちでも買ってくれよ。」
「もちろんでござる!感謝するでござるよ!」
「よっし、シロ! さっきのビルのとこに戻るわよ。ありがとね、おじさん!」
窓から手を振るおじさんに礼を言うと、二人はこの屋台を見つけたビルの角まで走った。
「ここまでは確かに事務所で嗅いだ匂いがあったでござった。」
「つまり、ここであのおじさんの屋台が目に入っちゃったせいで、あれだ!と思い込んじゃったって事よね。」
タマモはそうってぐるりと、周囲を見る。
そこは美神除霊事務所から5分程の大小のビルと商店街と住宅の入り交じって見える風景、中央と郊外の境目の場所。
よくよく見れば、地形としては比較的シンプルだが、空調の排気やビル風が吹き込んで絡まり合い、音や匂いを運ぶ空気の流れはかなり複雑な所だ。
「さーシロっ、チャッチャとみつけるわよ!」
「なんか、さっきまでと違ってえらく威勢がいいでござるな。」
「べ、別にそんな事無いわよ。」
「まあ、拙者も食事抜きは嫌でござるから、気合いを入れるでござる!」
「(・・・まだ本気にしてんのね)」
二人は、顔を寄せ合い相談に入った。
「こうなると時間勝負でござる。ここは二手に分かれて・・・」
「だめよ。私は見分ける為の情報があやふやだもの。それに、美神に貰ったお金は人数分買ったらほとんど丁度でしょ?持ってない方が見つけたら、持ってる方が来るまでに時間が空いちゃうわ。」
「それなら、お金が届くまでに先に芋を取っておいてもらえば・・・」
「あまいわよ、シロ。こういう少数品はね、
現 場 で !
現 金 で 買 え っ てのっ!!!!それがルールってもんよ!」
「そ、そうでござるか・・・」
「そう! でないとツテのある奴ばっか楽して、馬鹿正直に買いに走る方は馬鹿を見るだけじゃないの!!」
「・・・えらく具体的でござるな。」
「・・・期間限定きつねうどんの予約席とろうとした時に、ちょっとね・・・うどんマニアなんてきらいよ・・・」
「さようか・・・」
パーパパパーパーパパパパーパー・・・
「なっ!?」「この曲は!」
タマモに合わせて、びみょーな沈黙に入ってしまった二人の耳に、あの曲が聞こえて来た。
「今のは!」「あっちでござる!」「くっ! さっきの逆か!」
二人は脱兎の如く(「狼でござる!」「私は狐よ!」)音を追って駆け出した。
「今度は逃がさないわよ! シロ! 曲が切れても、匂いは逃(のが)さないでよ!」
「承知!」
2分程走ると、さっきと同じ様に曲が途切れた。
「シロ!」
「大丈夫、ちゃんと匂いは捉えてるでござる!・・・・しかし、風が別れてるのか、両方から匂うでござる。」
そこは走って来た車道が左に折れて、小さな商店街の裏手の入り口と、狭い路地が交差した場所だった。
匂いは車道から離れて、商店街と右手の路地、の両方から流れている。
「こっちよ。」
タマモは迷う事無く、商店街を指した。
「どうしてでござる?」
「決まってるでしょ。こっちの路地じゃ、車は入れないわ。それにお客が居るのはこっちよ。」
「なるほど!」
そして二人は商店街の雑踏を、足早に巡る。
すると、シロがピタリと足を止め、鼻をヒクつかせた。
「居たでござる!」
「ほんと?どっち!」
「タマモも落ち着いて鼻を効かすでござるよ。すごく濃い香りがするでござるに」
雑貨屋のある曲がり角に、二人はオリンピックアスリーテスも超えたスピードで走り込む。
すると、近づく程にタマモの鼻にもさっきの屋台とは違う芋の匂いが嗅ぎ取れ、その豊潤な甘い香りに思わず生唾が口に湧いて来た。
『や、やだ! わたし何生唾のんでんの? た、たかが焼き芋じゃない。』
そう思いつつも緩む顔は抑えきれない。
しっかりと嗅ぎ取ったその香りは、タマモの心をしっかりと掴んだのだ。
匂いに近づくごとに、胸が弾む。ワクワクした気分になる。
まるで幼子の様に。
焼き芋にツンデレし始めてるタマモと、そしてシロは、ついに目標の居る角を曲がった。
「見つけたわよ!!」
ビシィッッ!!
タマモが指差す先には、正しくホクホクと香りをたてる『焼き芋』があった。
毒気など欠片も感じない自然で美しい赤紫の皮は内側の肉に盛り上がり、湯気にうっすらと濡れて艶をまとう。
なによりそれは、大自然の中でさえ滅多に見つからない、豊満な大地の生気に満ちた『極上の御馳走』であると、二人の野生の直感が知らせた。
しかし・・・
「う?」
・・・・・しかしそれは、いきなり自分を指差す二人のお姉ちゃんの姿に、小首をかしげる小さな女の子が持つ袋の中にあった。
「・・・・・・・」
ちなみに、屋台の方は姿がない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
当然の事だが、焼き芋の匂いは焼き芋からするのであって、屋台からしてなくてもよいのである。
「盲点だったーーーーーーっ!!」
ズゥゥゥーー・・・・・・・ン・・・・・・・
己の迂闊に、タマモは全身を“鬱線”(※)の塊と化して地に伏せた。
※『鬱線』(utsu-sen): 落ち込んだ人に被さって青色に染める、細かに波打つ縦線の事【浜丹生書籍刊/『誰も知らない漫符大全」より】
「おねーちゃん、だいじょうぶ?」
「ああ、だいじょうぶでござるよ。それはともかく、拙者達も焼き芋を買いに来たんでござるが、お嬢ちゃんはどこでそのお芋を買ったでござる?」
「んーとね、あっちにいたお芋屋さん。」
女の子はもう一つ奥の十字路を指差した。
「そうでござるか。ありがとうでござる。」
相方がぶっ壊れたせいか、逆に冷静になってるシロは女の子に礼を言うと、“鬱魂”(※)と『せっせっせーのよいよいよい♪』と戯れ始めてたタマモの腕を引っぱって再び走り出した。
※『鬱魂』(utsu-dama): 落ち込んだ人の周りを取り囲む、蒼白い人魂モドキの事【浜丹生書籍刊/『誰も知らない漫符大全」より】
「あううううううう・・・ばかばかばか!わたしのばかーっ!」
「もーいいでござるから! とにかくあの子が買ったばかりでござるから、まだ近くにいる筈でござるよ。」
「ん! そーね、見てらっしゃい! ぜーったいに手に入れてやるんだから!!」
そして、十字路に立つと、二人は再び鼻を利かす。
そろそろ帰宅の車も増え、匂いが追い難くなって来ていたが・・・
「しかし、人が多いとは言え・・・まったく姿が見えんとは。」
「っていうか、いったい何モンよこの芋屋!! 『迷い家』の仲間!?」
もっともな意見であった。
パーパパパーパーパパパパーパー・・・
「来た!」「今度こそ!!」
その人を超える獣の五感を覚醒させ、二人は『風』になった。
「風になっても、見つからんものは見つからんでござるよなぁ・・・・」
「ううううううううう・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
走る奔る走る奔る走る奔る走る奔る走る奔る走る奔る走る奔る走る奔る走る奔る、
走って奔って走って奔って走って奔って走って奔って走って奔って走って奔って走って奔って走って奔って、
走り回って1時間。
曲は聞こえど匂いはすれど、姿はおろか影すら見えず、二人はバス停前のベンチに座り込んで息を整えていた。
西の空は真っ赤に染まり、東の空は藍色に変わり、カラスが「あほー」と飛んで行く。
「しょうがないでござるよ。美神殿には見つからなかったと正直に謝罪するでござるよ。」
「・・・・いーのよ」
「ほ?」
「美神はどーだっていーのよ! わたしが、わたしが食べたかったのよ! 美神にあんな顔見せられて、あんないい匂いかがされて、あんなおいしそーな焼き芋があるって見せられて・・・・
結局食べられないって、ひどすぎるわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
滝の様な涙を流し絶叫するタマモ。
シロはその気持ちがわかるだけに、慰める言葉が浮かばなかった。
♪パーパパパーパーパーパパパパーパパーパパパーパパーパパパー♪
「な!」
「ふぇ?」
ところが、その時突然あの曲が響き渡った。
二人の聴力でなくてもわかるほどハッキリと。
「どっち? どっちよ??」
「落ち着くでござる! ・・・・・こっちでござるよ。」
少しパニクッてるタマモの手を引いて、シロは前に在ったコンビニの脇の路地に入った。
「こっちって、こんな狭い道、屋台がどうやって・・・」
「あ、あれではござらんか?」
シロが指差す先に、路地を少し窮屈そうに進む屋台の姿があった。
「え? え?? ええええぇぇぇぇぇーーーーーーーー−っ!!?」
それを見たタマモは悲鳴の様な声を上げた。
「り、り、リヤカァァァァァァァーーーーーーー!!?」
腰に付けたiP○dで、肩から下げたFMラジオのスピーカーから勇壮な『ワルQーレの騎行』を鳴らすおじさんが引っぱる屋台は、最近滅多に見かけない、軽トラの屋台よりもふた回りくらい小さい人力のリヤカーだった。
「ぁ、ぁ、ぁ、ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」
「・・・どーりで大通りばかり探してては、見つからなかった筈でござる。」
「も・・・・・」
「およ?」
「盲点だったあああああああああああああ!!」
がっしゃぁああああああああああああん!!!
ひび割れた氷柱が、最後のトドメを受けて砕け散る様に、地面に崩れ落ちるタマモであった。
「おじちゃん、お芋三つちょうだい♪」
「はい、ちょっとまってね・・・はい、三百円。」
崩れかけたタマモの前で、一人の少女がまたお芋を買って行く。
しかし、一個百円とは今時信じがたい値段である。
「タマモ、そんなへったてる場合じゃないでござるよ。屋台を見つけたんでござるから、早速買うでござる♪」
「!!」
シロの言葉に、タマモはがばっと跳ね起きた。
そして、ポケットから令子に貰った三千円の紙幣を無造作に鷲掴みにして取り出すと、屋台の元に駆け込んだ。
「おじちゃん! お芋ちょうだい!!」
少し、幼児退行している。
すると歳と格好の割にダンディな焼き芋屋のおじさんは、スピーカーから流れる『ワルQーレ』を止めてこう言った。
「ああ、ごめんなぁ。今売ったので最後だよ。」
ビシリッ
タマモは、握りしめた札ごと、塩の柱となった。
「おや?」
「た、タマモ! しっかりするでござるーーーーー!!」
「えぐえぐえぐえぐえぐえぐえぐ」
「ははぁ・・・それはたいへんだったねぇ。」
コンビニ前の駐車スペースに置かれた屋台の脇に腰を下ろし、啜り泣くタマモをなだめるシロから事情を聞いたおじさんが、申し訳なさそうに言った。
「いえ、こちらにも手落ちはあり申した故。それより、明日買うとかはできないでござるか?」
シロの問いを聞いて、ピクッとタマモの肩が反応する。
「いやぁ、今年の分は、今日が最後なんだよ。あとは来年だね。」
おじさんの答えに、ガクン…とタマモの肩が落ちた。
「そうでござるか・・・タマモ、聞いての通りでござるよ。もう日も暮れてきたでござる。諦めて帰るでござるよ。」
コクン
シロに促されて、ヨロヨロと立ち上がり、ヘロヘロと歩き始めたタマモは、フルフルと肩を振るわせてバイバイとおじさんに手をふった。
なんとゆーか、動作一つ一つが見てるだけで痛ましい。
「・・・・・・ちょっと待ちなさい。」
すると、おじさんはポケットから携帯を取り出すと、どこやらに電話を入れた。
パタン
「君たち、もしかしたら買えるかもしれないよ。」
電話を終えたおじさんは、二人にそう言った。
「「はっ?」」
ポカンとした顔の二人におじさんは言った。
「今年の芋は今までで一番の豊作だったんでね。今朝、芋の仕入れが上手くいかなかった仲間に、みんなで今日売る分から分けてやってたんだ。」
それを聞いて、タマモの目に見る見るうちに光りが戻ってくる。
「今電話を入れたら、わたしの譲った分がそろそろ焼き上がるそうだ。一駅向こうの駅前公園で屋台を置いてる奴なんだが、今から向かえば買えるかもしれんよ。」
ガバッ
タマモは全力でおじさんを抱きしめていた。
「ありがとー! おじさん大好き!!」
これほど純粋で裏表の無いタマモの感謝の声など、シロは今まで一度たりと聞いた事が無かった。
目を白黒させ顔を赤くしたおじさんにもう一度感謝を言うと、二人は今日最速の脚でおじさんが示した隣の駅へと駆け出した。
☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆
ギャザザザーーーーーーッ!!
○○駅南口公園。
そこの入り口で、『突風』が“急ブレーキ”をかけて、“止まった”。
ボフヮアッ!!
あまりの高速に、高密度に潰れ歪みきり半固形化して纏わりついた風がほどけると、爆風の様な風が街路樹を嵐の様に踊らせる。
そして、光すら歪めていたその中から、二人の人外少女が姿を現わす。
気化熱に体温を奪われ凍えかけた身体をブルッと震わせると、その二人の全身から、塩の結晶に変わった汗が、パラパラパラと音を立てこぼれおちた。
いったい二人は、あそこからここまで何分で来たのだろう?
いや、それは検証すまい。
もしかしたら今この時、元いた場所ではおじさんに抱きついてお礼を言ってるタマモが存在しているやもしれないのだから。
「ぜーぜーぜーぜーぜーぜーぜーぜーぜーぜー(ここね? おじさんの言ってた公園)」
「ぜいぜいぜいぜいぜいぜいぜいぜいぜいぜいぜい(他に公園は無いでござるから、ここで大丈夫でござるよ)」
「はーはーはーはーはーはー(じゃ、さっそく探しましょ。)」
「ふーふーふーふーふーふーふーふーふー(いや、そう言えば以前、おキヌ殿からここにおいしい焼き芋屋さんが居ると聞いたでござるゆえ、おそらくそこの事かとおもうでござる)」
「はあはあはあ・・・じゃ、そこにいきましょ!」
「ふう・・・うむ!」
そこは、驚く程あっけなく見つかった。
西側の出口、通学路の表記の見える通りに出る所に一台の軽トラが停まっていた。
赤い「焼き芋」のノボリが、焼き芋屋さんである事を示している。
「・・・・・」
クンクン
鼻を鳴らすと、鼻腔に広がるのは間違いようの無い“あの”豊潤な甘い香りだった。
「間違いない・・・でござる。」
「・・・うん。」
遠く夢見たゴールに、二人はゆっくりと歩を進める。
ついさっきまで、物理現象をでたらめに肯定していたくらい急いていたのに、今は心は驚く程穏やかだった。
そして目の前の屋台に続く道が幻でない様に、
うっかり踏み外してしまわない様に、
現実にはあり得る筈も無い危惧を確かめながら、一歩、また一歩慎重に踏み出して二人は進む。
・・・そして、辿り着く。
彼の香りに満たされた、到着点に。
「いらっしゃい。」
二人に気づいたおじさん・・・いや、おじいちゃんと言った方が良いだろうか。
孫に向ける様なあたたかな笑顔で、二人を迎えてくれた。
「あ、あ、あ、あの、」
「タマモ、落ち着くでござる。」
「う、うん。あの、いま焼いてるお芋、5つください。」
タマモはそう言って、唇をきゅっと閉じる。
そう、ここまでは先刻も手が届いていた。
全てはここから先の結果なのだ。
「ああ、ちょっと待ってくれよ。」
そういって、木蓋をあけると厚手の軍手をはめた手が、浅く石の上に置かれた『あの』お芋を、手際よく取り上げて袋に詰めて行く。
その様子を見て、シロとタマモは笑顔で顔を見合わせた。
「はい、おまちどう。500円だよ。」
「え? でも」
おじいさんの屋台には一個250円とかかれている。
しかし、おじいさんはしわくちゃの顔をほころばせてタマモに言った。
「お嬢ちゃんたち、さっき電話で聞いた子だろう? わしが芋を分けてもらっとらんかったら、あっちで買えてた筈だったんじゃ。あっちと同じ値段でかまわんよ。」
「おじいちゃん・・・」
「かたじけないでござる!」
おじいさんの厚意を、二人は素直に受け入れた。
タマモから千円を受け取ると、おじいさんは500円玉を前掛けのポケットからチャラチャラと音を立てて摘み出した。
「はい、おつり。」
「ありがと・・・」
タマモはおじいさんからお釣りと、ずっしりと重みを感じる袋を受け取った。
ジャケット越しの腕にジワ〜っと伝わる熱さ、ほかほかと立ち上る湯気のぬくさ、
ものすごく懐かしい・・・記憶は消えていても、魂の奥の奥が知っている喜びが沸き上がってくる。
「・・・よかったでござるな。タマモ。」
「うん」
そんな愛しくなるほど無邪気なタマモの笑顔に、シロは姉の様な優しさのこもった声をかけ、タマモは素直にうなづいていた。
ピリリリリリリリリリリリ
とその時、焼き釜の傍らにぶら下がっていた時計が、可愛らしいアラームを鳴らした。
「おや、ちょうど時間か。」
「なんでござる?」
「いやな、どれ、ちょっとまってなさい。」
キョトンとしてる二人の前で、おじいさんは釜から少し離れた辺りの石を掘り返し始めた。
「ホイ、今日の“おまけ”じゃ。」
とりだしたのは、タマモたちが買った普通の芋よりも、一際大きい焼き芋だった。
しかも、その色つやは紛れも無く『あの』お芋である。
驚いてる二人の前で、おじいさんはその芋を無造作にポクっと二つに割った。
「え、えええ!? お、おまけって、こん、な、大きいの??」
「うちの屋台のサービスじゃよ。その日で一番大きな芋を焼けた時に買いにきてた子におまけしとるんだ。」
「で、でも、これって」
「今日一番大きかったのがこの芋だっただけの話しじゃよ。まあ、お使いのお駄賃だと思えばええ。ようがんばったようじゃしなぁ」
そして二人のそれぞれの目の前に、湯気を立てたお芋が差し出された。
折られた口は正真正銘の黄金色をしており、追い求めていた香りはこの日一番の強さで二人の鼻腔を広げさせる。
ゴクッと喉が鳴ったのは、二人の正直な気持ちの表れだ。
「ご・・・ごちそうになります!」
「いただかせてもらうでござる!」
ふたりはおじいさんの手から、お芋を受け取った。
「あつ! あつあつ!!」
「ああ、タマモ! 拙者が袋持つでござるから、両手使うでござる。」
「あ、ありがと・・・あんた、手は平気なの?」
「拙者は先生との『散歩』で鍛えてるでござるに」
「アンタまだ四つん這いで走ってんの?」
わきゃわきゃと芋やら袋やら受け渡しし合う二人に、おじいさんはにっこり笑って言った。
「さ、冷めないうちに戻んなさい。」
「うん。ありがと、おじいちゃん。」
「また、今度買いに寄るでござる♪」
焼き芋屋のおじいさんと別れると、二人はここに着くまでとは対照的に軽い足取りで公園の出口に向った。
「・・・」
タマモはすっと、自分の元に視線を落とす。
手のうちにある、ほくほくのお芋。
甘い香りが鼻を突き、思わずゴクンと喉が鳴った。
ひょいとシロの方を向くと、やはりタマモの方を見ていた。
「「えへへへへ」」
どっちからともなく笑うと、二人は自分の持ってるお芋に目を戻し―――おもむろにパクリとかぶりついた。
「あふ、あふふ、ふくぅ」
「もほほ、こえは、んむんむ」
口いっぱいに豊潤な香りのつまった熱気がホワアァァッと広がり、舌を焼き歯をしびれさす。
しかし熱いと同時に、加工された菓子とは比較にならない濃厚な甘みが広がり、焼けた舌を優しくいやし、歯に感じたしびれも快感に変えていく。
実肉はねっとりと舌にからみ、そのきめ細かな繊維が唾でほどけると、さらりと滑り喉を通って行く。
お腹に落ちると、自分の命を紡ぐ『力』を得た事を感じ、魂までが歓喜に奮えそうになる。
「ん〜〜〜〜〜〜〜!! おいしい!!」
「うん! でござる!」
ここまでの疲れもきれいに吹っ飛び、極上の笑顔を浮かべながら二人は夕日の中、家路についた。
☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆
「あはは、ごめん。そーいえば、あの音楽はお芋が食べごろに焼けた時に流すって、確かにおじさん言ってたわ。」
「あのねー、そーいう事は最初に思い出してよね! ほんとに苦労したんだから。」
「しかし、探し回った甲斐はあったでござるに♪」
事務所の応接室で、令子とシロタマの三人はホクホクの焼き芋を頬張りながら、まったりと過ごしていた。
一個だけの焼き芋だったが、令子はもう満たされた笑顔で口一杯にその甘露を堪能し、シロとタマモの二人も、自分たちの分にかぶりつきながら、文句をこぼしつつ口福な気分に浸っていた。
「ふー、おいしかったぁ。ね、また来シーズンもたのむわね?」
「あのねー、どんだけしんどかったと・・・・・まあいいわ。だったらそのかわり、美神が見つけたら私たちの分も買って来る事!それなら引き受けたげるわ。」
「いいわ。交渉成立ね。」
食べ終わり、お茶でノドを湿しながら機嫌良く会話を交わす令子たち。
ほんわかとした空気が部屋を満たしている。
「・・・・・」
が、
令子がチラリと視線をずらした。
その先には、口をかっちり折って閉じた新聞紙でできた袋。
中にはまだ二つ、あのお芋が入っている。
ガサ
「ちょっと、なに袋開けてんのよ!? それ、横島とおキヌちゃんの分よ?」
「一個! 一個だけよ!」
「一個だけもなにも、一個づつしか買ってないわよ!」
「だ、だいじょーぶ! 横島君なら今夜のご飯だけで十分満足するわよ。」
「・・・そりゃ知らなきゃそうなるだろうけど・・・人としてどうなのよ、それ?」
「だって、だって6年ぶりなんだもん! お金だってあたしが出したのよ? だからちょっとくらい・・・」
「あのねー、子供じゃないんだから。それに、いっぺんに食べたら・・・」
Puuーー……
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「あ、失礼したでござる。」
湯のみを持ったまま、シロが照れた顔で頭をかいていた。
「・・・・・コホン! こーなるわよ? いいの? もーじき横島来るんでしょ?」
「!! うううぅ〜〜〜・・・」
さすがに令子も、丁稚の前での粗相は絶対に避けたい様である。
「・・・・・わ、わかったんなら早く袋締めて、机に戻しなさいよ!」
横島の昨日の惨状を知ってるため、タマモも令子を戒めてみせたが、実際の所袋から漂って来る香りに心がゴンガラガンゴンガラガンと豪快に揺れ動かされていた。
なにしろ、彼女にとってもこの焼き芋は、現世に還ってから初めて口にした『命を育む、真の意味での御馳走』と言ってもいい代物なのだから無理は無い。
まあ、よーするに二人とも『食べたい』衝動でいっぱいいっぱいなのであった。
「わ、わかったわよ・・・」
渋々と令子は袋を再び閉じて、机に戻した。
「わかればいいのよ、わかれば。」
タマモは小さく汗を流しつつ、いつもの様にクールに振る舞ってみせた。
だが
“あくま”は常に心の隙を突くのである。
「美神さーん、今帰りましたー♪」
エンジのコートと白いマフラーを纏い、買い物用に買った鞄に折り畳めて入れられる愛用のトートバッグに、夕飯の材料を一杯に詰めたおキヌちゃんが、寒さに赤くなった頬に笑みを浮かべて入って来たのだ。
「あら、おかえりなさい。おキヌちゃん。ちょっと遅かったわ・・・ね・・・・・??」
「もうすぐ横島も来ちゃ・・・う・・・・・わ・・・・・・・・・・よ???」
「お! おキヌ殿、その包みは!」
彼女を迎えた三人は、彼女が鞄と一緒に抱えた『紙袋』を見てそれぞれに反応した。
「あ、ほら、前に言ったでしょ? 駅前の公園においしい焼き芋屋さんが来るって。今日、前通ったらすっごくおいしそうな匂いがしてて、ご飯前だと思ったんだけど・・・思い切って買って来ちゃいました♪ ちゃんとみんなの分、ありますよー。」
「「・・・・・・・(ゴクリ)」」
令子とタマモのノドが鳴る。
袋越しにも判るこの香りは、間違いない!
『あのお芋』である。
この瞬間、彼女達の理性は軽やかな音色とともに
ぷっつん♪
と切れた
☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆
「入れてへーーーっ! 入れてください美神すわぁーーーーーん。」
夜7時。
6時頃から降り始めた雪でうっすら白く化粧をした美神除霊事務所の玄関で、ボロ傘を杖に辛うじて立ってるどー見ても絶対安静の重傷患者っぽい少年が絶叫していた。
「ああっ雪がっ! 雪がみぞれにっっ! 冷たっ! 寒っ!! みがみざぁぁぁぁぁぁぁん」
しかし少年に気遣う事無く、雪と雨はしんしんと降り積もる。
「み,美神さん・・・」
「美神・・・」
「美神殿・・・」
『美神所長・・・』
「だめっ!! 絶対にダメ!! 今は何が在っても横島君を入れちゃダメ!!」
すでに部屋では水炊きの準備もでき、
食器の数も五人分。
後は彼が来ればいいだけなのに、ここの主がそれを懸命に拒絶していた。
「あのね・・・だから言ったでしょうに・・・う」
Puu♪
「あんたに言われたくないわよ!はうっ!?」
Puppuu…
「でも、このままじゃ横島さん・・・あぅ」
プ
「美神殿、なにも『屁』くらいでそんな目くじら立てずとでも良いではござらんか。」
ブゥッ
「「アンタは恥じらいってもの持ちなさい!」」
「あは、あはは・・・」
さすがにクリームと紛う程の口当たりを持った芋である。その繊維質の密度と細かさの整腸効果も抜群であった。
「ああああ・・・おどる・・おどる・・・あったかいマンマが、ホカホカの鶏肉が、出汁と鶏脂を吸った白菜が、真っ白なタラの身が・・・」
そしていつしか、お鍋の竜宮城へと旅立たんとする少年の命が、乙女の恥じらいと折り合いがついたのは、それから一時間ほど後の事だった。
おしまい
遅ればせながら,あけましておめでとうございます。
新年早々に下ネタですいませんです。
というか、去年も18禁ネタで新年に書き込みした様な気が・・・(汗)
この話はNight Talker Roadへ投稿した絵、[337] ふゆの幸せ を元に書きました。
書き始めた時は、まさかこう言うオチになるとは、思ってませんでしたけど・・・
もしも面白いと思ってくだされば、感謝です。
それから『Dances with Wives! 4 後編』にレスしてくださったorbさん、HEY2さん、歌う流星さん、セイングラードさん。
返事できずに申し訳ありませんでした。
どうか皆様、今年もまたいい年であります様に。
比嘉
追記
傍観者さんの指摘されたフォントを直しました。
Macのブラウザだとおかしくなかったので気づきませんでしたが、一箇所小文字の閉じタグが抜けていました。
このため、Windows上ではそれ以降の文のすべてに対して小文字のタグが効いてしまった様です。
申し訳ありませんでした。