ちらちらと舞い踊る雪が、次第に色濃く早朝の空を支配し始めた…冬の或る日。
美神令子除霊事務所の窓の外から見える風景は、映画で見るような雪景色になっていた。
「うへー…積もったなオイ…俺んちの水道凍ってんじゃねえのこれ…」
横島忠夫はうんざりした表情で窓際から離れ、応接室のソファに座った。横島家は環境の劣悪さを低家賃で誤魔化しているようなボロアパートなので、天候が崩れる度に普請の心配が尽きない。
「先生っ! 拙者雪の中を駆け回ってみたいでござる! 散歩に行くでござるよ!」
待ちわびた、とばかりに横島の右腕に飛びついたシロがきらきらした瞳で訴えてくる。横島はうんざり顔を微動だにせず、シロの額に無言でチョップを振り下ろした。
「これから仕事だろうが。何のために集まったと思っとる」
「くぅん……だって美神殿本人がまだ来ないではござらんか。きっと二度寝と洒落込んでいるんでござるよ! だから…」
額を押さえて一旦下がったシロだったが、口を尖らせて抗議する姿に反省の色は見えない。潤んだ瞳がちょっと『クる』というか仔犬の卑怯さであるが。
とはいっても、土曜日の早朝である。しかも外は見るからに寒そうな冬の空。コブラだって幌をかけてタイヤにチェ-ンを巻かないと走れないだろう。暖気だっている。
美神の出不精で面倒くさがりな性格を鑑みると、気分で中止、なんて事態も十分に有り得る。仕事の中身というか、報酬の額次第だろうか。
「はい、ココア淹れてみましたよー。眠気覚ましと、体がぽかぽかになる効果もあると思って」
ぐだぐだな横島&シロの様子とは違い、お盆にマグカップを5つ載せて部屋に入ってきた氷室キヌの声はしゃきっとしている。
「あれ、タマモちゃんはまだ寝てる?」
「女狐の奴なら、布団に包まって出てくる気配も無かったでござるよ。軟弱者でござる!」
カップを受け取り、立ち昇る香りに鼻をひくひくさせるシロは、相部屋の妖狐の少女をそうこき下ろして満足そうに胸を張った。
「その点拙者は夜明けと同時に起床し、既に朝散歩のノルマを達成済み! 先生褒めてでござるーっ!」
「もう行ったのかよ!? なら俺と行く必要ねえだろが!」
「先生との散歩は別腹でござるよ! 朝散歩は云わばうぉーみんぐあっぷ! さあ先生、いつでもOKでござる!」
「シロちゃん元気ねぇ…」
横島の向かいに座り、おキヌはTVのリモコンを操作して天気予報をやっているチャンネルを探した。朝の情報番組の時間帯だ、直ぐに見つかった。
「わ…どこも雪だるまのマークですよ横島さん…うわあー…」
「日本中が? それって異常気象じゃねえの?」
画面の中、気象予報士の男性が興奮気味に話している。今年が例年に比べ寒気の発達具合が異常だとか、既に都心部の積雪が数十センチを超えていて除雪作業に追われているとか…
「冬将軍大暴れって感じだなー」
温かいココアに舌鼓を打ち、横島はしんしんと降り続けるぼたん雪を見やる。
「その通りよ!」
と、聞き慣れた大声と同時に応接室に現れたのは、防寒具一式に身を包んだ美神令子その人だった。
横島の目が瞬時にその全身に閃き、眉を顰める。
「む…! どんなときでもサービス精神を忘れず観客の目を楽しませる工夫に余念の無い筈の美神さんがそんな厚着でっ!? 流石の俺も雪だるまみたいな美神さんには萌えられな熱っ!?」
「誰がダルマか!! いいから皆あったかい格好すんのよ!」
動き辛い姿にもかかわらず、美神は神速で横島の後頭部に延髄斬りをかまして華麗に着地してみせる。横島は熱々のココアを顔面に浴びて悶絶中。
一汗かいた美神は好戦的な笑みを浮かべると、びしっとTV画面に並ぶ雪だるまマークを指差して、宣言した。
「今日の相手は冬将軍!! さあこの美神令子が極楽へ逝かせてあげるわよっ!!」
決戦は白く輝く冬の庭!!
今回の仕事の依頼人は、なんと気象庁だった。
「あんた達は知らないだろうけど、冬将軍退治は毎年恒例の行事なの」
「へ、でも…冬将軍ってきっつい冬の様子を表現したもんでしょ?」
「一般的にはね。でも、あんただってウチの業界が一般的でも普通でも無いってことくらい知ってるでしょ。オカルト業界では、冬将軍ってのはまんま…冬将軍なのよ」
運転席でハンドルを握る美神の説明は、業界歴の浅い横島やおキヌには上手く通じていなかったようだが。
凍結した路面と荒れてきた天候に、運転に集中したい美神は詳しい説明は現場で、とだけ言うと無言になった。北上すればするほどに天気は悪くなっている。
「拙者、聞いたことあるでござるよ。まだ父上が存命の折、里を異常な寒波が襲ったことがあって、里の大人達が総出で『これより冬将軍討伐に出陣するから留守を頼む』。と」
一行の中で最も薄着のシロが、後部座席から身を乗り出して言った。
猪の毛皮を被った父はシロがついて行きたい、と我侭を言うのを笑顔で制して…大きな手で頭を撫でてくれた。
「数日後、寒波はぴたりと収まり、討伐に出た父上達は寒さに牙を鳴らしながら帰ってきたものでござる。ついでに狩ってきた、という鹿肉の鍋が美味しかったでござるよ」
父との思い出、鹿肉の鍋の味…両方を思い出して相好を崩すシロの頭を、助手席の横島はがしがしと撫でてやった。父とはまた違った、けれど温かい感触に少女は甘えた声を上げて銀髪を横島へ摺り寄せる。
流石の美神もアイスバーンでは速度を上げられず、コブラが目的地に到着したのは予定より1時間以上も遅れてからだった。
だだっ広い、雪の無い時季は田畑の類であろう見渡す限りの雪原。
依頼人が特定した冬将軍の通り道が、ここだという。
雪は吹雪いてこそいないが、しんしんと降る雪華は停車したコブラを見る間に白く覆い尽くし、雪像のようにしてしまう。走ってきた轍の跡もすっかり消えてしまっていた。
「ここで冬将軍を迎え撃つわよ。私と横島くん、シロで陣地を設営、おキヌちゃんとタマモは周囲を警戒していて。斥候が出てる可能性があるから」
毛糸の帽子を目深に被った美神の指示で、一行は文句も言わずに作業を始めた。正直動いてないと凍えてしまいそうなほど、気温は低い。防寒着の襟元を締め直し、マフラーで隙間を念入りに塞いでいても寒気が肌に染み入ってくるようだった。
「小さい頃、冬将軍って実在の人間だと思ってなかった?」
「そうだなあ…親父が『悪さすると冬将軍に攫われて雪だるまにされるぞ』って脅しやがるから、強面のヤーさんみたいなん、想像してました」
ガキの頃は何でも信じたっけなー、としみじみ横島は感慨に耽る。
「冬将軍ってのはね、そういった空想や妄想が具現化した怪異なの。この時期になると、どこからともなく現れて寒波をばら撒きながら日本全国を席巻して回る、しかも倒しても倒しても翌年には復活しやがる面倒な相手なのよ…」
「だから恒例行事なんですね…」
傘をさして周囲の警戒に当たっているおキヌは、冬将軍自体現代になって知った言葉だ。将軍、姫といった存在にリアルタイムで付き合いのあった彼女は、鎧兜を纏い、冬と描かれた旗を背中に差して白馬を駆る武士の姿を連想したものだ。
「あ、なるほど。天気予報が外れるんすね、放っとくと」
「そ。対症療法でしかないけど、現状とれる手段はそれしかないのよ」
スコップでせっせと雪を積み上げながら、美神は得心がいった風の横島に答える。
「で、美神さん? 何故に俺達は雪山を作っておるんでしょーか」
美神の見様見真似で、横島も大振りなスコップを振るって山を築いているのだが、はたと疑問に気付いて手が止まった。命じられるがままに動いてしまう自分に、ちょっとだけ切なさを覚える高校2年の冬。
「相手は将軍なのよ? 軍勢を率いてくる相手に、丸裸で応戦する馬鹿がどこにいんのよ。待ち伏せの意味分かってる?」
「軍勢っ!? 何すかソレ!? 雪だるまとか雪ん子とか西高東低とかシベリア寒気団とか引き連れてくるとでも!?」
「半分正解。ほらさっさとしないと来ちゃうわよ!」
やけに美神が楽しげに見えるのは目の錯覚だろうか。
横島は作業を再開して暖を取りつつも、美神の雄雄しい姿に首を捻った。
…その、捻った先に。
「あったまるわー…日本人はかくあるべきよね」
「大人しいと思ったらタマモーーーっ!! 何かまくらん中で甘酒飲んで和んでやがるっ!?」
一人サイズのかまくらの中で、どてらを着込んだ妖狐の少女、タマモが頬を薄っすらと紅色に染めて悦に入っていた。カセットコンロに仕掛けられた鍋から甘酒の良い匂いが漂ってくる。
「何よー。うるさいわね、ヨコシマは風情ってものを知らないの? がさつー」
「いつの間にんなもん用意した!?」
「かまくらはシロ。甘酒はおキヌちゃん。どてらは私」
「お前はだだ甘えかっ!? 自慢の冬毛で防寒しろよ!?」
「私ホンドギツネだからー」
「国産かい九尾の狐っ!?」
「よし、こんなもんね」
「って美神さん仕事早っ!?」
1メートルほど積んだ雪山は四角く整形し、中心を刳り貫いて人が隠れるための砦にする。雪原には同じような雪の砦が幾つも点在し、俄かに決戦の地の体裁が整えられた。
本陣となるコブラの側には一際大きな砦が設営され、中では横島とシロを除く三名が、作戦会議よろしく額を寄せ合って喋っていた。
「敵方の部隊規模は、この寒波から察するに例年以上と思われるわ。雑魚の相手は前衛組に任せて、私達は直接将軍の首を狙うわよ」
「タマモちゃん駄目でしょ? あの甘酒はお仕事が終わった後に皆に振舞おうと思って、用意してたんだから」
「だって寒かったんだもん…」
「最前線で偵察任務に就いてる横島君から発見の報が有り次第、討って出るわ。シロの機動力を囮に、横島君のうざったさを餌にして」
「そもそもタマモちゃん? 今朝だって私が起こしに行くまでベッドから出てこないなんて、小学生じゃないんだから。寒くてもちゃんと一人で起きられるようにならないと、社会に出てから困るでしょ」
「私もう働いてるじゃん…」
「おキヌちゃんのネクロマンサーの笛で、敵部隊を同士討ちさせるのもアリね。タマモには幻覚でサポートしてもらって…」
「あんまり屁理屈言うと、お揚げのお料理もう作らないよ?」
「お、鬼!? おキヌちゃんの鬼嫁っ! 旦那に言いつけてやるっ」
「えうっ!? だ、誰が鬼嫁ですかっ!? そして旦那って誰っ!?」
「ふっふーん…教えてほしければお揚げ料理廃止を撤回することねっ!」
「な、せ、せめてヒントだけでもっ!」
「そーねぇ…ヒントその一、鈍感」
「きゃあああ!? でもそれだけじゃまだ…!」
「その二、意外と初心」
「きゃああああ!? すっごい絞り込まれた!? あと一歩で核心に…」
「その三、どスケぶっ!」
「きゃあああああ!? ど真ん中っ!? 私、お嫁さんになりゅっ!?」
「タマモは黙れおキヌちゃんは落ち着け!! 甘酒からどんだけ話題ズレてんのあんた達はっ!?」
ぺしぺしっとタマモとおキヌの頭をはたいた美神が怒っているのは、自分の話を二人が聞いていなかった、それだけの理由ではないようだ。
しっかりと『ズレた話題』の内容を把握しているのが、その証拠ではなかろうか。
目元が引き攣っている美神は苛立たしげにヘッドセットへ怒鳴り声を上げる。
「横島! シロ! 敵影はまだ確認できないの!?」
『え、俺達八つ当たりされてる!?』
『大人気ないでござるよ美神殿! それに先生のお嫁さんには拙者が…』
「しっかり聞いてんじゃない馬鹿犬っ!!」
『俺としては…』
「あんたの意見なんてどうでもいいっ!!」
美神の怒声に、砦がびりびりと震動してちょっとだけ角が崩れ落ちた。
何時も通りといえば何時も通りの光景に、この時、美神の意識は戦場から遠ざかってしまっていた。
本陣から少し離れた、一見何の変哲も無い雪原。
「……テキ、ハッケンセリ。テキ、ハッケンセリ」
これ以上はないくらい、雪原に溶け込んでいたその白い影は、誰にも気付かれることなく…もさもさと雪中を自陣へと這い戻っていくのだった。
最前線…要は本陣から最も遠い砦の中で、横島は双眼鏡を右手に、携帯カイロを左手で振りながら前方の警戒を続けていた。
砦はかまくらと同じでなかなかに温い。正直もう尻に根っこが生えた状態で、吹雪き始めた外に今更出る気にはなれない。
「こちら横島ー…シロ、そっちはどうだー? 何か見つけたかー」
『こちらシロちゃん、未だ状況に変化無し、でござる! おかしな霊気の類も感じないでござる!』
「りょうかーい。出来ればこのまんま何事も無く…」
『ぬ!? これは!? う、迂闊!? 拙者ともあろう者が、このような…!』
と、突然無線の向こう、シロの声が俄かに乱れ、霊波刀を形成する鋭い音が横島の耳に届いた。
「おいシロ?! どうした!?」
『せ、先生っ! 情報が洩れていたでござる! 待ち伏せを喰らったでござるよっ! 早く本陣に連絡を…きゃ、きゃいいいいいぃぃぃぃぃんっ!?』
ザーーーーーー…、と。
それっきり、無線からはノイズしか聞こえなくなった。電光石火の出来事に暫し呆然としていた横島は、カイロをひとまず懐に入れてから本陣へ慌てて連絡を取る。
「ほ、本陣! 本陣! こちら横島! シロが、シロが敵の待ち伏せを受けて連絡途絶!! 求む救え…!?」
『何ですって!? ちっ、横島君そこも危ないわ! さっさと引き上げなさい!!』
「…美神さん、もう遅いみたいっすよ…」
何の気配も、何の霊気も感じなかった。危険に対する第六感は並外れて高い筈の、横島だというのに。
既に砦は…
色とりどりのバケツを被った雪だるまの軍団(眉代わりの木炭が逆への字で怒り気味)に、取り囲まれていた。
『横島君! 横島君!?』
「こ……こんな緊張感に欠けた奴らに負けられるかあぁぁぁああぁぁぁ!!」
横島はこめかみに井桁を浮かび上がらせ、砦から飛び出した。一挙動で霊波刀を展開させる。
「軍手とマフラーまで色違い!! 一匹一匹表情まで違ってやがるーーっ!! 何だそのディティールの凝り加減!?」
雪だるまの一体? 一匹? ずつを指差しながら、霊波刀を振り回す。
「だるだるー☆」
「ぬああああああ!? 無用なキャラ付けまでしやがってぇーーーーっ!?」
叫んだのはいいが、全方位を囲まれた状態では手の出しようもなく。
「だるだるー☆」「だるだるー☆」「だるだるー☆」「だるだるー☆」「だるだるー☆」
「だるだるー☆」「だるだるー☆」「だるだるー☆」「だるだるー☆」「だるだるー☆」
「だるだるー☆」「だるいっつの」「だるだるー☆」「だるだるー☆」「だるだるー☆」
「だるだるー☆」「だるだるー☆」「だるだるー☆」「だるだるー☆」「だるだるー☆」
「だるだるー☆」「だるだるー☆」「だるだるー☆」「だるだるー☆」「だるだるー☆」
『よ、横島君!? 何今の声!? 甘ったるいっていうか魔女っ娘大集合みたいな感じの声だったけど!?』
「魔女っ娘だったらもっと喜んどるわぁーーーーっ!!」
輪を狭めてくる白い悪夢のプレッシャーに、忙しなく体を入れ替えて牽制しながら横島は叫ぶ。
『横島さん!!』
「おキヌちゃん…俺はここで出来るだけ数を減らす…! 今のうちに…」
『魔女っ娘は大抵小さな女の子ですよ!? そっちに行ったら駄目ですーーっ!!』
「そっちってどっちやぁああぁあぁーーーーーーって、ぷりきゅあすぷらっ!?」
おキヌの指摘に全精力を傾けて突っ込んだ横島に、白塊の嵐が襲い掛かる。
火柱ならぬ雪柱が彼のいた地点から吹き上がり、だるだるー☆という勝ち鬨の声が、吹雪に混じって周囲へ木霊していった。
偵察部隊・壊滅!
「不味いわね…どうやら作戦がばれてたみたい」
「んな大層な作戦だったっけ?」
シロに続き横島からも連絡の途絶えた本陣では、美神が神妙な表情で戦況の不利を憂いていた。
どてらの前を合わせ直して、行儀悪く鼻を啜るタマモの軽い突っ込みもスルーして、美神は立ち上がった。
「こうなればやるべき事は一つ! 片っ端から雑魚共を排除して真正面から冬将軍を討つのみ! タマモ、おキヌちゃん! 私に続きなさいっ!」
「美神さん、横島さんとシロちゃんはどうするんですか!? 敵陣で孤立しているんじゃ…」
「大丈夫よ。大事にはならないから」
「ふえ?」
無線機本体の前で前線の二人に呼びかけていたおキヌは、しれっとした美神の答えに首を傾げる。
そういえば今回、美神は何だか…
「さあ行くわよ! 目指すは敵本陣っ!」
どこから取り出したのか、金の房糸のたなびく軍配を掲げ、美神は本陣から出立していく。そして渋々どてらを脱いだタマモも。
残されたおキヌは、意気揚々と吹雪の中を往く美神の後姿を見て、
「子供みたいだなぁ、美神さん…待ってくださーいっ!」
なんとなくそんな感想を覚えつつ、無線のスイッチを切って追従するのだった。
ただ、おキヌの心もまた…子供のように綻んでいた。自分でも仕事中に不謹慎かなと思いつつ、おキヌは新雪を踏む感触と音を楽しむ。
神通鞭の一振りが、扇状に布陣した雪だるま一個小隊を薙ぎ払う。
「だ、だるだるーっ☆!?」
「あんた達の声かいっ!」
シロが音信不通となった場所を目指し、美神達は戦場の中央を駆け抜けていた。当然のように雪中から出現し行く手を阻んだ雪だるま軍と、現在は交戦中である。
美神を尖がりに尖がった槍の穂先として、後方左右におキヌとタマモが控える布陣。その突破力は一雪だるまが抗しえるものではない。
「狐火っ!」
青白い火の玉が幾つかの雪だるまに着弾し、春先に放置したときのような姿へ雪だるまを溶かしていく。が、美神の破壊力に比べると見劣りしてしまう。
タマモは面白くないとでも言いたげに足元の雪を掬うと、ていっと押し寄せる雪だる軍へ放った。
別になんて事のない、その雪玉を。
「だだだだ、だるだるーーーーっ☆!?」
ずざざざざざーーーっと、波が引くように、転がるように…雪だるまの群れはえらく大仰に避けて怯んでみせた。
「……へ? 私、なんか凄いことした?」
当のタマモがきょとんとする中、美神の目が輝いた。両目がピキーンと。
「そっか! これは『雪合戦』なのよ! タマモ、おキヌちゃん! 無駄に霊力使うより、雪玉投げて進路を確保しなさいっ!」
ますます楽しくなった。自身は鞭を振るい、おキヌとタマモに雪玉を作らせながら美神はそう笑う。
「なるほど、なるほどね…だからママも…」
「美神さん、前前ーーっ!?」
おキヌの悲鳴に、眼前へ中空から迫ったややスマートな雪だるま3体を、見もせずに叩き落とす。雪煙が舞った。
「っとおっ! このままガンガン行くわよっ! タマモ! 馬鹿正直にその体で雪玉作ることないわよ、ピッチングマシーンみたいなのに変化すればいいじゃないの!」
「機械って変化し辛いのよ! なんか他にリクエストは!?」
「じゃあ…」
どこまでも楽しげに、美神はタマモに作戦を耳打つ。それを聞いたタマモは、呆れたような視線を美神に送ってから了承の意を告げた。
タマモが見るのは必死になってひょろい軌跡の雪玉を投げるおキヌ。えいえいっと一生懸命なのは分かるが、雪玉の大半は狙った方向からはかけ離れている。まあそれが却って、ランダムな砲台として機能しているようだが。
「おキヌちゃん、ちょっと失礼っ!」
「ふえっ!? タマモちゃん何ーーーっ!?」
美神が辺りを薙ぎ払い隙を作った瞬間、タマモは雪を蹴って軽やかに跳躍、見事おキヌに『おんぶ』された。訳が分からないのはおキヌで、突然負ぶさってきた少女を、それでも反射的に落とさないようしっかりと抱える。
このあたり、流石はおキヌである。
「行くわよおキヌちゃん!」
「何なのーーーっ!?」
「変化! おキヌちゃん観音!!」
美神の巻き上げた雪煙が落ち着いた時…その場に立っていたのは。
9本の腕を背負った、おろおろしっ放しのおキヌだった。
「タマモちゃんこれは何事!? え!? 何これーーっ!?」
「ふっふっふ。おキヌちゃんが前に話してた、弓ってヤツの技をパクらせてもらったわ! 腕が九本ある分、私のが凄いけどね。ついでにこうやってくっついてるとあったかいし一石二鳥!」
おキヌの上半身はふさふさな狐の毛皮で覆われ、背中からは9本の尻尾の先を掌状に変化させた腕が、ゆらゆらわきわきと揺れている。ちょこんとおキヌの頭上に載った仔狐の頭がらぶりーだった。
「これで…あれ、雪でも火力? まあいっか。火力は数倍! おキヌちゃんと私の波状攻撃受けてみなさい!」
「よ、よく分からないけど頑張ります!?」
見た目はぶっちゃけ、ヘンな尻尾の狐を背負ってるようにしか見えないのだが。
おキヌは雪玉発射をタマモに任せ、自分はかじかんできた手でネクロマンサーの笛を構え、寒空に高い音色を響かせた。微妙に戸惑いの色も載せて。
「さあ敵本陣は目の前よ!!」
目に見えてたじろいだ雪だるま軍のど真ん中に神通鞭を叩きつけ、美神は出来た穴へ自分を飛び込ませていった。
ネクロマンサーの笛の音は、雪中深くにまで浸透し二人の戦士の意識をも覚醒させる。
最早大半の雪だるまが侵攻し、僅かな数が警戒に残っているだけの、旧前線。
「だる☆?」
一体の雪だるまが、異変に気付いてその雪山を見上げた瞬間、
「狼は冬眠しないでござるーーーーーーーーっ!!」
「だるーーーーーっ☆!?」
爆発音と咆哮が、全身を吹き飛ばしてバケツが宙に舞った。
歯の根をがちがちと合わせながら、フーッフーッと白い息を吐くシロが、ここに復活を遂げた。流石に雪漬けは寒かったらしい。
「もう許さぬ!! 霊波刀の錆、否…露と溶かし尽くしてやるでござるーーーーーっ!!」
人狼族の健脚が、雪原に爆ぜた。
半ば崩れ落ちた砦の傍ら、一本の腕が雪中から突き出している奇妙なクレーターの中央でも、変化が起こっていた。
「俺は…」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…とクレーターの周囲を震動が走る。そして震動とは別の力…そう、人の意志としか言いようのない力強さで、腕の先、ちょっぴり爪が紫色になりかかった拳が握られる。
「俺はーーーーーっ!!」
震動は一層強くなり、クレーターが罅割れていく。
意志の体現者が、唇も紫にしたその少年が雪中より立ち上がり、大いなる決意と大いなる決別の双方を載せた魂の叫びを、天よ割れよとばかりに轟かせる。
「俺は魔女っ娘より魔鈴さんを代表とするお姉さん系小娘の甘酸っぱさなんて貴方には要らないわ何故なら私の魔法で甘くとろとろに煮込んであげるん・だ・か・ら的包容力&蠱惑で小悪魔な魅力を兼ね備えたそんな大人の魔女の方が大好きであって炉では決して――――――――――おじゃまじょどれみいっ!?」
震動の正体。それは別に横島の霊力や気合でもなんでもなく。
「うさうさー☆」「だるだるー☆」「うさうさー☆」「だるだるー☆」「うさうさー☆」
「うさうさー☆」「だるだるー☆」「うさうさー☆」「だるだるー☆」「うさうさー☆」
「うさうさー☆」「だるだるー☆」「うさうさー☆」「だるだるー☆」「うさうさー☆」
「うさうさー☆」「だるだるー☆」「うさうさー☆」「だるいってば」「うさうさー☆」
「うさうさー☆」「だるだるー☆」「うさうさー☆」「だるだるー☆」「うさうさー☆」
お目目も真っ赤な雪兎(軽自動車並の大きさ)に乗った雪だるまの騎馬部隊ならぬ騎兎部隊の大軍だった。
咆哮も半ばに兎の丸っこい足に蹴られ弾かれ潰された横島は、ある意味ギャグキャラの本懐…
『地面に綺麗な人型でめり込む』
を立派に達成し、確かな満足感を持って意識をぷっつりと途絶えさせた。
もうネクロマンサーの笛の音も、届きはしないだろう。
炉疑惑の男・横島忠夫ここに眠る。
「邪魔ーーーーっ!!」
雪だるまをバケツごと唐竹割りに両断し、美神は額の汗を拭った。もう冬の寒さなど微塵も感じない。全身を包むのは寒さなどではなく、心地良い高揚感だ。
「! 美神さん、あっちからなんか来ます! 凄い数ですよ!?」
間断無く九尾の手が雪玉弾幕を張る中、おキヌは吹雪の向こうから更に濃い雪煙が近づいていることに気付いた。徐々に足元を震動が襲ってくる。
「うさうさー☆」「だるだるー☆」「うさうさー☆」「だるだるー☆」「うさうさー☆」
「うさうさー☆」「だるだるー☆」「うさうさー☆」「だるだるー☆」「うさうさー☆」
「か………」
ぴたりとおキヌの笛の演奏が止まる。視線を釘付けにしているのは、雪煙の中に垣間見えた…白くて丸い、紅い円らな瞳のアイツ。
「可愛いーーーーっ! けど大きくてたくさんいるーーーっ!?」
「おキヌちゃん、足止めないで!?」
おキヌが思い描いた雪兎の大きさと愛らしさが、判断を遅らせた。タマモの警告も手遅れとなり、二人はうさうさだるだるの集団に飲み込まれ、美神から分断されてしまう。
「おキヌちゃん!? く、この…!」
美神の事など眼中にも無いのか、騎兎部隊は雪崩を打って彼女の脇を猛進していく。足元が揺れるため踏ん張りが効かず、美神は思うように鞭を振り抜けない。
おキヌとタマモの両名も、タマモがおキヌちゃん観音を解除、今度は両腕を翼にしておキヌ共々白い濁流から命からがら飛び上がり、一安心。
上空から見る騎兎部隊の威容は、どうやら勢いを殺しきれないらしく大きく雪原を迂回して美神へと迫ってきている。間抜けといえば、間抜けだったり。
「よおし…タマモちゃん、兎さんの先頭へ飛んで!」
「ちょっと、美神と合流しないの?」
「考えがあるの! お願い!」
「ふーん…了解、なんか面白そうだしね!」
タマモは腰に捕まったおキヌを気遣いながらも、翼を打って速度を上げ、荒ぶる吹雪にも耐え高度を落としていく。
「そろそろ先頭だけどー!?」
「出来るだけ近づいてー!」
白い奔流は一気に流れを変えて、美神を圧しようとしている。彼女も震動と轟音で騎兎部隊の動きが掴めていない様子だ。
急がないと。
おキヌはタイミングを見計らう。
「タマモちゃん、もうちょっと下がって!」
「これで限界!」
先頭集団に肉薄するタマモ。巻き上がる雪片と雪煙が邪魔をして、上手く姿勢を維持出来ない。
「むむむ…! えーーーーいっ!!」
「おおおおおおキヌちゃん!?」
姿勢制御に四苦八苦したのも束の間、突然軽くなった己の体から、タマモはおキヌが眼下の濁流に身を投げたことを知る。
急激にバランスが崩れたことで、タマモ自身も低空飛行を維持し切れずに急上昇してしまう。
「おキヌちゃんがオームの群れに身を投げたぁぁーーーっ!?」
最近見て密かに涙した某アニメ映画の名作を思い出し、タマモは空で無意味にぎゅんぎゅんと旋回するのだった。
「だるだるっ☆!?」
「上手く行った! ごめんね雪だるまさん…!」
当然、おキヌは雪兎の暴走を止めるための人身御供になったわけではない。兎の赤目は興奮してなるんじゃないし。
ついでに言えば、この雪兎の目はりんごを半分に切ったものだったりする。ディティールに凝っている、と言ったのは今は亡き誰かのセリフだが割愛。
部隊の先頭集団、中ほどの雪兎に上手いこと落下してしがみ付いたおキヌは、動揺する雪だるライダーに苦笑を浮かべた後、0距離からネクロマンサーの笛を吹き鳴らした。
ひとたまりも無く、先頭集団はおキヌの手綱に委ねられる。すると当然、後続集団もそれに従う形となり。
(ちょっと気が引けるけど、ごめんねっ!)
おキヌは一度大きく息を吸い込んでから、一つの意志を込めて高らかに笛を吹き鳴らした。
止まって♪ と。
「「「「「「「うさだるーーーーーーーーーーーーーーーーっ☆!?」」」」」」」
先頭集団が急ブレーキを掛け、雪だるま達と一緒になって前方へ投げ出されたおキヌはひっくり返った視界の中。
思惑通り止まり切れなかった後続集団と先頭集団が、玉突き衝突事故を多重に起こし、一つの巨大な雪津波になって押し寄せてくるのを見た。
「ひーーーんっ!? 後の事何にも考えてませんでしたあーーーっ! 助けて横島さはーーーんっ!!」
くるくる縦に回転しながら泣き声を上げるおキヌを、地面スレスレから近づいてきたタマモが攫っていった。雪津波の頂点よりも高く、その勢いよりも速く、雪風を切って上昇していく。
「もう! びっくりしたじゃないの! やめてよね心臓に悪い!」
上空でバケツ混じりの雪津波が流れていくのを見送ってから、タマモは首にしがみ付いているおキヌに叱咤を浴びせた。
額に浮いた脂汗は、おキヌを死地へ送り込んだかもしれない…そんなタマモの恐怖も含んで。タマモにとっておキヌがいなくなるとは、イコール…
「おキヌちゃんのお揚げ料理、もう食べられないかと思ったわよ! あーもう! あーもうっ!」
「あ、あはは…ごめんねタマモちゃん…」
間近で見てしまったタマモの涙目と蒼褪めた顔は、とても料理の心配だけをしていたようには見えないのだが。
おキヌは今晩のご飯にはお揚げのフルコースを用意しよう、と。小刻みに震える少女の体を抱き締めながら思うのだった。
「のわあああーーーーーっ!!」
一方地上では。
『ぐははははははははははははははっ!! その程度の抑止力で、この冬将軍の悲願を阻めると思うでないぞっ!!』
とうとう現れた総大将、冬将軍対シロの決戦の火蓋が…けっこう前から切り落とされていた。
雪だるまの残存部隊を掃討していたシロは、突然辺り一帯に落ちた影の正体に尻尾をびりりと硬直させ、思わず空を見上げた。
そこにいたのは、白装束を思わせる、細かな装飾も見事な白銀色の鎧兜に身を包み、見上げるほど…そう、あのフェンリル狼をも上回る巨躯をもった…
結局のところ雪だるまだった。髭付き。
「捻りが無いでござる!!」
『じゃかあしいっ!! ワシだって渡〇謙みたいな姿で生まれたかったわ!! 渋いおじさまで在りたかったわ!!』
美神が言った通り、冬将軍とは人々の空想から生まれたもの。
そして横島がそうだったように、空想の多くは子供から生まれたもの。
冬から連想しやすい雪だるまが、冬将軍の中核を為してしまったのは致し方ないのではなかろうか。
『とにかく! 今年の相手はお主か、小娘! この冬将軍、ナリは雪だるまに皐月人形の鎧を着せちゃったようなものだが、我が身に宿る想いは本物! 毎年毎年毎年毎年邪魔をしてくれおって…!! 今年こそ、我が想い成就させてもらう!!』
「魔女っ娘みたいな声で何を言うでござるかっ!! 将軍らしさ皆無ではござらんかっ!!」
『魔女っ娘って言うなーーっ!! ワシを形成したイメージの持ち主に言え!!』
声と姿が微妙でも、背負った薙刀をまん丸の手で構え、シロを捉える気合は本物だ。シロも真剣勝負に気を取り直して霊波刀を正眼に構える。
「我が名は人狼族、犬塚家が一子シロ!! いざ尋常に勝負っ!!」
気合なら負けられない。狩人の血族の名にかけて、シロは退かず、ただ一刀を叩きつけるのみ。
『む、人狼族か。何年か前にやり合ったことがあったなー』
が、その気合を透かすかのように冬将軍はしみじみと述懐し始めた。霊波刀の切っ先がかくんと落ちる。
「…それは父上達でござるな」
『ほほう? 二代に渡りワシの行く手を阻むとは…全く、寒がりだな。そんなことでは強い肉体と精神は得られぬぞ!』
「拙者は真冬でも朝の散歩を欠かさんでござる! 失敬な!」
『あの人狼族共にも難儀したぞ…戦いの中盤、『もう寒くて腹減って敵わん』とか言い出したと思ったら、斬撃をばんばん飛ばしてくる刀なんぞ使いおって…どこの侍に飛ぶ斬撃、なんて使う者がおるか』
「父上ーーーーっ!? 八房! 八房使ったんでござるかああぁあぁあ!? いーんでござるかそれーーーっ!?」
長老の許しは得ていたそうです。
『隙有りっ!!』
故郷の山の方へ全力で遠吠えするシロに、不意をついた重い一撃が襲い掛かった。巨躯から繰り出された長柄の威力は、咄嗟に受け止めたシロが軽々と弾き飛ばされたことでも窺える。
「ぐはっ!」
雪原に叩き付けられ、苦悶の声を上げるシロ。雪がダメージの緩衝材となっていたのが幸いだ。すかさず飛び起きて反撃に移らんと構え直す。
「シローーっ!!」
「美神殿! こやつが冬将軍でござる! かなりの凄腕でござるよ…!」
一合の斬り合いで、達人の腕とは理解出来るもの。おキヌ&タマモと合流して駆けつけた美神にも、先刻シロを吹き飛ばした一撃の鋭さは予想を超えたものに見えた。
『仲間が来たか。構わぬ、全員でかかって来い! 分かっておるとは思うが、雪足軽達を退けたような雪玉ではワシは倒れぬぞ?』
薙刀を風車の如く回転させ、脇に構えて決めとする。いつの間にか吹雪は止み、静かに舞い降る雪と薙刀の風圧で空へ散った粉雪とが、幻想的な白舞台を演出していた。
「………その前にさ。ソレ何?」
舞台の主人公の一人であるはずの美神は、何故かひどく白けた目で冬将軍の背後を顎で指し示す。
む? と律儀に後ろを振り返った冬将軍。眉を顰めて美神へ向き直り、
『お前はスーツケースを知らぬのか? 旅の必需品だろうが』
とのたまった。
巨躯に相応しい大きさの、新品同様の艶っとした白いスーツケースは、あまりに鎧兜と似合わない小物だ。違和感の塊である。
「……それ持ってどこ行こうとしてたのよ」
感情を抑えた美神の問いに、冬将軍は嘲笑で答えた。大気が笑い声で震動し、また粉雪が舞う。
『何を今更言うか!! ワシの目的を知って邪魔をしておるのだろうが、貴様らは!! ワシはただ―――――』
薙刀を雪原に突き立て、わなわなと肩を震わせる冬将軍。
『冬の今時期を南国沖縄で過ごそうとしておるだけなのに!!!!』
……冬の冷たい風が、やけに生温く冬将軍と美神達の間を吹き抜けていった。
「お前はシベリアに帰っとけぇぇええぇえええええええええええぇえぇぇぇっ!!!!」
ものごっつい太さの神通鞭が。
超特大の霊波刀が。
太陽のような狐火が。
死霊使いの音撃(!?)が。
凄まじい相乗効果を上げて冬将軍ののっぺりとした顔面を捉え、炸裂爆裂痛恨会心の一撃となって北北西へ巨躯をシバき飛ばした。
『来年こそはああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………』
しっかりと片手にスーツケースを持ったまま、こうして今年の冬将軍は去っていった。
…もう来るな。
美神達は疲れきった内心で思いつつ。
無言で踵を返すのだった。
…ひたすらしんしんと降る雪だけが、何事もなかったかのように、全ての痕跡を白く染め上げていく。同類の不始末を詫びるかのように。
その頃。
「あー、死ぬかと思った…」
髪型まで写し取った理想的な人型の穴から這い出した横島は、軽く頭を振りながら一人ごちていた。
「凍死は死に方の中じゃ楽だって言うが、絶対ウソだな。死ぬほど苦しいやんか」
寒さで言っている内容は支離滅裂だったが、遠くから近づいてくる地鳴りの音に気づける程度には、脳も解凍されていたらしく。
「あん? 何だこの雪崩みたいな地鳴り………ついさっきも似たような音を…」
しばし黙考。目を瞑って思い出そうと、ほんの僅かな時間を祈りにも似た姿勢で過ごす。
「あ、さっきの雪うさ…ぎ……の……」
目を開けた横島の視界一杯に、純白の津波が映っていた。ところどころにアクセントのように、色とりどりのバケツやマフラーが見え隠れしていたのが綺麗だった、と後に目撃者は語る。
「冬なんて嫌いやああああああああーーーーーーーっ!!!!」
おキヌの引き起こした津波に呑まれる寸前、彼の絶叫は寒空に確かに響き渡ったのだった。
…だからどうなるものでもないが。
後日、美神は暖房の効いた事務所の応接室で、上機嫌に語ってみせた。
「私、昔ね…ママに連れられて冬将軍退治に行ったことあんのよ。その時は、当時の実力者数名がグループになって仕事に当たったんだけど。
あの時、何だか除霊の仕事だっていうのに皆楽しげでさー…子供心に何でだろ? って思ってたわけ。
ママもね、私と雪遊びしたり、かまくら作ったりして…楽しそうだった。
実際、退治に出かけて分かったわ。冬将軍討伐は恒例行事だって言ったでしょ? あれはね、言ってみればお祭りみたいなもんだったのよ。年に一度、冬の権化を相手に遊び倒す、そんなお祭り。GSの特権ね。
ま、最近は規模も大きくなって遊びっぽくなくなってたけど。
雪だるまとか雪兎とか、全然致命的な攻撃してこなかったでしょ。あっちも遊びなのよ。
詰まる所、あの場は冬将軍だけじゃなく、冬の庭で遊びたいっていう色んな人の想いが集まって出来上がった雪合戦場だったってわけ。
懐かしくてついついはしゃいじゃったわー…
ね?
皆も楽しかったでしょ? 何のかんの言っても、さ♪」
「俺は死に掛けたし札束数えながらじゃ説得力ありません美神さん」
全身しもやけ凍傷で久々にミイラ状態の横島を尻目に、美神は鼻歌交じりにピラミッド状に積まれた札束の頂点へ、最後の一束を置くのだった。
おわり
後書き
竜の庵です。
冬のお話をお届けします。この時期は元気に外で遊ぶのがいいと思い、ほのぼのとはベクトルを変えてみました。
本編が長めなので、後書きは簡素に。
ご感想等いただければ幸いです。
ではこの辺で。最後までお読みいただき、有難うございました!