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▽レス始

「酒に酔いて(GS)」

ノ定 (2006-12-25 01:10)

「メリークリスマス」
 グラスがふれあう、澄んだ音が部屋に響いた。今年のクリスマスは依頼も入っておらず、また誰も予定がなかったため、事務所でパーティーということになったのだ。犬塚シロにとっては、初めて事務所でのパーティーとなる。そわそわとした空気が、シロの心を弾ませた。
 氷室キヌの提唱で、準備にも彼女が一番熱中していた。美神令子も、勝手にやりなさいよ、という口ぶりとは裏腹にどこか楽しそうだ。横島忠夫は食事目当てのようだったが、それでも大いに盛り上がっていた。いつも冷静なタマモも、目を輝かせている。
 結局、皆このようなことが好きなのだ。五人の小さなパーティーでありながら、異様な盛り上がりを見せていた。
 師の横島と一緒だということが、シロは単純に嬉しかった。師弟関係を超えた情を横島に抱いているシロは、女として見てもらえないことの不満はあるが、そばにいられるというだけで一応満足していた。
 かつて父の仇たる犬飼ポチを追っていたシロは、霊波刀の使い手である横島に教えを請うた。その後美神たちの協力もあり無事犬飼を討ち果たしたのだが、その時はもう仇討ちよりも、新たにできた仲間を守ることの方が重要だった。先生の人柄が、憎悪を溶かしてくれた。シロは、そう思っている。それ以来、横島はシロにとって最も大切な人になった。
 パーティーはますます盛り上がり、場が乱れてきた。最初は美神のみが飲んでいたワインも、他の面々に回り始めた。初めから飲んでいた美神は、かなり酔っているようだ。横島の顔もすでに赤い。酒に弱いキヌは眠りに落ち、タマモはふらふらとしていた。あまり飲んでいないシロ自身も、かすかな酔いを感じている。酔いから来る温かさが、心地よかった。
 グラスを揺らす。芳醇な香りが、シロを包み込んだ。バラにも似たその匂いが、古い記憶を呼び覚ます。

 酒を初めて飲んだのは、まだ父が生きていた頃だ。
 人狼の里でも、やはりクリスマスは祝われる。もっとも、宗教的な意味合いはほとんどなく、交歓のためであったが。家族で、友人同士で、集まり団らんの一時をもつのだ。
 クリスマスはいつも、父と二人で祝っていた。母はいない。もともと病弱であったらしい母は、シロの出産と引き替えのようにして死んだという。だから、シロは母親の温もりは知らない。しかしシロは、それを悲しいとは思わなかった。シロには、大きな父がいるのだ。全幅の信頼を寄せている、父がいる。それだけで、シロは十分だった。
 ある聖夜に父が持ってきたのが、ワインだった。甲州の産だというそれも、バラのような香りがした。ただその時は、アルコールの匂いにむせかえった記憶の方が、シロには強烈だった。
 一口だけ飲んでみる。味は分からなかった。なにか熱いものが、のどを通りすぎていくのを感じただけだ。それはまず胸を灼き、胃の腑から身体全体へと拡がっていった。全身が熱くなり、頭がぼうっとした。杯の残りを一気に呷る。身体が揺れているような感じになった。
 目の前の父が、二重三重にぼやけて見えた。不意に、父がそのまま消えてしまうのではないかという不安に襲われた。酒のせいだ。シロは、そう思うことで不安を払いのけようとした。しかし、消えない。それどころか、不安はますます募っていった。
 シロは、父の方へ手を伸ばした。父の、右目の上を走る刀傷に触れた。以前、シロが病に伏したとき、薬を得るために父は右目を失ったのだ。父が誇りだと言う、その傷を見るたびにシロは、父の偉大さを思い知る。
「父上は、どこにも行きませんよね。シロを置いて、どこかへ行ったりしませんよね」
「どうした、シロ?」
 不安を声に出してしまっていた。よほど切実な響きがこもっていたのだろう。父が、シロの瞳をのぞき込んできた。
「急に、父上がどこか遠くへ、行ってしまわれるような気がして」
「らちもないことを。私が、おまえを置いてどこかへ行くものか」
 父の力強い声が、シロを安心させた。大きな手が、シロの頭に伸びてきた。暖かな手だ。なでられながら、シロはそう思った。
 しかしその翌年、父は死んだ。仇を追って里を飛び出し、そして横島と出会った。

 横島は、力では父に及ばない。試合という形でならば、シロでさえ勝てるかもしれないのだ。そして、シロ自身も父を超えてはいない。
 未熟な師弟である。それでも、とシロは思う。横島が、なんとかなると言ってくれさえすれば、シロには怖いものなどなかった。横島と二人、力を併せればどのような困難でも乗り越えられる。シロは、そう信じていた。
 横島と目があう。酔いが、かなり回っている。シロは横島の脇の下に潜り込んだ。
「おい、どうしたんだよ」
「えへへ、暖かいでござる」
 困惑する横島にかまわず、シロは身体を丸め体重を横島に預ける。そうすると、急に眠気が襲ってきた。
 父に寄せたのと同じ信頼感を、横島には抱くことができる。一方的に護ってもらおうとは思わない。二人で、切り抜けていけばいいのだ。横島となら、それができる。
 ワインの香りが、部屋中に漂っている。
 そして、いつの日かは。ある決心を胸に、シロの意識は遠のいていった。


   あとがき
 お久しぶりの方は、お久しぶりです。そして大多数の方ははじめまして。
 普段は正式投稿でお世話になってますが、今回はサイズが小さいので小ネタ投稿で。
 読んでくださった方が、少しでも楽しめましたら幸いです。


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