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▽レス始

「復讐の零地点(GS)」

竜の庵 (2006-12-11 22:31)


 かーーん  かーーん かーーん


 「お前は…私の…分身…」


 かーーん かーーん かーーん


 「私の遺志を受け継ぎ…斬れ!! 斬って斬って斬って斬って…鋼の芯にまで穢れ爛れた呪わしき怨念を刻み込め!!」


 かーーーーーーーーーーーーーんっ


 …この日、拙者は産まれた。いや…拙者の横で干物が如き死体を晒すこの男…締鯖 芳宗の怨念が宿った。
 拙者には使命がある。
 締鯖が拙者を鍛えている最中、呪詛のように叫んでいた『斬れ』と言う言葉。男も女も子供も動物も関係無し。片っ端から命という命を切り刻んでしまえと。

 くく……

 だがな、締鯖。拙者は知っておるぞ。お主が本当に殺したいのは一人だけだ。
 お主が惚れた女を、お主には見向きもしなかった女を、たった一晩でモノにしたあの男…片桐 団十郎じゃろう?

 くひゃひゃ……

 向こうは当代きっての舞台役者、こちらはゴミのような下町の木っ端刀鍛冶。
 勝てるわけがない! ついでに言えば、腕っ節でも敵わぬな!


 げひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!


 だーかーら、お主は八つ当たりに拙者を打った。お主がひとっつだけ誰にも負けぬ…憎悪の念を丹念に丹念に塗り込めて! 本来、鍛冶とは清浄な水と炎で行う神聖な儀式! だが締鯖、お主は澱んだ泥水と死体からかっぱいだ着物を焼いた灰、大火で燃え尽きた仏像の一部…不浄の炎にて拙者を鍛えた。本物の職人が見たらお主、たたっ斬られて死んでおるぞ?
 ああ、もうからっからに干からびて死んでおるか!


 げひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!


 判っておる…お主は成功した。この拙者という稀代の妖刀を世に生み出した。きっちりと己の怨念を封じてな?
 斬ってやるさ。
 人も、神も、悪魔も。
 大願成就じゃ。締鯖よ、安らかに苦しめ? お前がしたかった事は全部、拙者が代わりに成し遂げてくれる。


 …そうじゃな。拙者の名は、妖刀シメサバ丸。

 この世に斬れぬものは無い、世界最高の人斬り包丁よ!!


                   復讐の零地点


 「ふーんふーふふーんっ…♪」

 とんとんとんとん…

 「横島さん、お麩の味噌汁…好きかなー…」

 はっ! あ奴は好き嫌いなんて出来るほど恵まれちゃおらん…食わなきゃ死ぬしな。
 豆腐は掌の上でまず水平に一閃。
 次いで縦に格子状の切れ目を入れる。ふむ…キヌの奴、上手くなっておるな。まあ勿論、拙者の切れ味がズバ抜けている…つまりは道具が良いこともあるが。
 む、勘違いするな?
 料理人の腕は、道具も込みで判断するものだ。一流の料理人に三流の包丁では様にならぬだろうが。
 その点、氷室キヌは及第点を付けてやるのに十分な腕だ。落ち着いて調理出来る、手順に焦りが出ない規模の料理店なら、こ奴の腕で切り盛りできるぞ。拙者が保証してやる。


 ………ん?


 って、おおおおおおいっ!?


 拙者は妖刀シメサバ丸!!


 ふざけるでない!! 拙者はこれまで何百人もの命を吸い取ってきた妖刀! よ・う・と・う! 今宵も血を欲するとかそういうノリの存在だぞ!
 妖しい刀なんじゃよ拙者は! 断じて使い勝手のいい万能包丁ではない! ステンレス製穴開き包丁なんぞにも負けん! 通販でやっていたトマトの断面を潰さない切れ味なんぞお手の物じゃっつーの!! 100枚重ねたサンドイッチだって綺麗に切るっつーの!!

 ……だあああ!? 何を言っておるんだ拙者は!?

 落ち着け拙者。

 判っておる。拙者は敗れた。折れてしもうた。血と脂で塗れた刀身もいっそせいせいするくらい浄化され、跡形も無い。というか普通、人を殺しまくってきた妖刀を…包丁なんぞにするか!? 気持ち悪くないのか!?

 …いや、そうじゃ。
 ここの連中は、普通ではない。除霊師の中でも特別変わっておる。
 美神令子…拙者を包丁にしようなんて言い出したのは、こ奴だ。きっと宮地獄神社拝殿の注連縄のような神経をしとるに違いない。
 氷室キヌ。拙者を振るって美味い料理を日々こさえておる、こ奴もある意味変人じゃ。つうか幽霊じゃぞ幽霊!? 幽霊に飯作らせるなんぞどこのトンデモ世界じゃ!?
 最後に横島忠夫…こ奴はなぁ…キヌの料理を残さないんじゃ。理由はきっと、味の好き嫌いではないな。『氷室キヌの料理は好き』、そんな感じにカテゴリ分けして食っておる。まあ『美人の料理は好き』かも知れないがな。

 キヌの料理は和風家庭料理が大半じゃが、洋風もイケる。拙者にかかれば大抵の食材は問題無いしな。肉でも魚でも骨ごとぶつり、よ。
 拙者に限らず、良い刀というのは…振るう人間が斬りたいと思ったものしか斬らぬ。意志が伝わるんじゃ、意志が。こう、切っ先の先端にまで使い手の思いが染み渡る。

 …キヌの想いという奴は、それは温くてな…

 食わせる相手への愛情が、毎日毎日、全く衰えやせぬ。
 栄養のバランス、味のアクセント、独自の工夫、個々についての好み…おいこら美神令子。お主らはとても恵まれておるぞ。その辺、自覚するがよい。


 …………。


 ええい違うわああああああああああああっ!!!!


 だから拙者は妖刀なんじゃよ! 締鯖が怨念やら呪いやらを凝縮し濃縮して形にした、それが拙者! 残虐、非道、悪辣、殺戮の限りを尽くす、シメサバ丸!
 包丁なんぞに今は身をやつしているとはいえ、拙者の意志は健在。つまり、怨念も呪いも生きておるんじゃ馬鹿者が!
 美神令子…お前は刀に憑く妄執を舐めておる。お主の認識ではまだ足りぬ。鋼と溶け合って鍛えられた念は、ちょっとやそっとでは消せぬ。拙者がその気になれば、今でも…そう、まさに今、拙者を手にしているキヌの幽体を操って……!

 「今日はカボチャの煮物にしましょうかー。大ぶりに切って、甘―く煮付けて…」

 南瓜だと!? ふはは、上等ではないか。確かに奴はウリ科の中でもトップの硬度を誇っておる。が、拙者の刃は獲物を選ばぬ!


 細胞一つ潰さず切り刻んでくれるわげひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!! 貴様は斬られたことにすら気付かぬまま、食卓の中央に栄養満点で盛られる運命じゃよひゃっはあっ!!


 ……………。


 あれ?


 拙者には後悔がある。
 当然、昔の事だ。
 誰にでも、ルーキー時代は存在する。妖刀として人を斬りまくった拙者でもな。

 そう、片桐 団十郎…あ奴を、拙者は斬れなかった。拙者が乗っ取った浪人の男の腕では、あ奴に一太刀すら与えられなかった。あまつさえ、片桐は返り討ちにした浪人から拙者を奪い、己が得物とした。
 拙者はまだ誕生したばかりで、片桐のように意志も生命力も…霊力までもが強かったあ奴を、操ることが出来なんだ。
 のう締鯖…お主の怨念ですら、片桐には効かなんだ。立っている舞台が違い過ぎる。人知れず干からびたお主と、万雷の拍手に包まれて舞う片桐とはな。

 ともかく。拙者はそれから数年の間、全く人を斬ることが出来なかった。拙者にしてみれば、人生の目的を奪われたようなものだ。人生と例えるのも変じゃがな。

 拙者は屈辱を忘れぬ。長持の中で過ごした数年間…あの暗闇を忘れぬ。外から聞こえる賑やかな嬌声を、絶対に忘れぬ!!

 おい誰か!

 拙者をここから出せ!!

 中華鍋とか水切りボールなんぞと一緒くたにしおって!

 刺身包丁も菜切り包丁もいらぬだろうが拙者がおるんだから!

 砥石はちゃんと乾かしておけい!

 まな板は毎日浸け置き除菌しろ! 表面を洗っただけじゃ足りぬっつーの!


 …………。


 拙者いつからキッチン周りの主に………


 「こら美味い! こら美味いっ!!」

 「ちょっと横島君…毎度毎度うるさいわよ」

 「先生それは拙者のウインナーでござるっ!!」

 「ねえねえおキヌちゃん。お揚げってうちでも作れるってホント?」

 「出来ますよー? タマモちゃん一緒に作ってみる?」


 …平和な食卓、という奴じゃ。
 拙者が収納されているのは、戸棚の扉裏にある包丁立て。ひょろっとして頼りない刺身包丁と、無駄に刃が厚い菜切り包丁…それに拙者シメサバ丸の三振りが次の出番を待って、待機しておる。
 拙者が美神令子除霊事務所に来て数年。
 外の世界では、良く知らぬが、オカルトの大事件があったらしい。うちの連中も深く関わっていたらしく…特に横島の落胆振りは、見ていて滅入るほどじゃった。拙者には無関係じゃがな。
 で、事務所には妖怪が二匹住み着くようになって、キヌの料理もレパートリーが増えた。拙者の出番も比例して増えるという寸法よ。

 「お料理って楽しいですよねー」

 「どしたの突然?」

 「いえ…私ほら、幽霊だったじゃないですか。ここにお世話になるようになって、美神さんや横島さんに作ることがあっても…こんな風に一緒に食べる機会は無かったでしょう?」

 そうそう。
 拙者も驚いたんじゃが、キヌの奴が人間になりおったんじゃ。もう結構前の話で、今は違和感無く馴染んでおるが…当時は突然、柄を掴む感触が生々しくなってたまげたぞ。

 「お料理って、作るのも楽しいけど、やっぱり大好きな人達とこうやって食べてやっと…完成するのかなって」

 「……くううーーーっ! おキヌちゃんええ子やええ子過ぎるーーっ!!」

 「私も久しぶりに、キッチン立ってみようかしらねー」

 「おキヌ殿のご飯は、記憶にある母上の味とそっくりなのでござる。癒されるでござるよー…」

 「大好きな人って、よこし「タマモちゃんお揚げ作ろうお揚げ!?」…今更隠すこと?」


 …何だろうな。
 拙者は妖刀だ。
 生まれも育ちも血に塗れ、怨まれ、恐れられる忌むべき存在のはず。
 なのに、どうしてこんな感情が芽生える?
 あの食卓が…羨ましいなどと。暖かそうだなどと!?
 日和ったな…締鯖よ、今の拙者を見たら泣くか? それとも笑うか? 蔑むか…?

 …げひゃひゃ………

 拙者は憎しみの中から生まれた。泥水とドス黒い炎に焼かれて誕生した。
 締鯖が拙者に願ったのは、惨殺。斬殺。

 …拙者には、あの食卓を羨む資格すら無い。
 のう締鯖。
 所詮は同じ穴の狢…拙者はお主と同じ業火に焼か…

 「おつまみ作りますね。偶には横島さんも一品作ってみませんか?」

 「あー…でもオレ、理想は亭主関白だから。男は台所に立たない!」

 「不可能ね」
 「無理でござるよ」
 「夢見過ぎ」

 「行間すら無視して俳句調に全否定された!?」

 当たり前じゃボケが!
 つうか貴様なんぞに拙者を持たせてみろ? 速攻指切るね! 最悪切り落とすね! このシメサバ丸を甘く見てもらっては困るぞ。
 つうか横島空気読め。キヌがお前と肩を並べて料理したいと思っとるのが、判らんかの。ほれ見ろ、残念そうな顔してこっち来るではないか!

 「はー…私、いいお嫁さんになれると思うんだけどな」

 ぽつりと拙者を握ってキヌは呟く。拙者に話しかけるくらいなら、ちゃちゃっと告ってしまえ。
 酒の肴はなんだ? …なんじゃ冷奴か。斬り甲斐が無いのう…豆腐切って長ネギ刻んだら終わりか。柚子も擦っておけよ。

 「私は亭主関白でもいいんだけどなぁ…」

 だから、本人に言えと。もう拙者が代わりに言ってしまうかこの際。修羅場の空気は嫌いじゃないしの。

 「…駄目だなぁ私。いっつも愚痴ってごめんねシメサバ丸…」


 ―――――!!


 ……………。


 こ奴だけじゃなぁ…拙者を名前で呼んでくれるのは。

 …じゃが時折、真っ黒いオーラを纏って拙者を人に向ける時があってな…妖刀びびらすくらいの黒さだったぞ。何なんだろうな、キヌのアレは。

 …まあ、認めてやるか。
 拙者は正直、この居場所を気に入っておる。締鯖の怨念が徐々にだが、キヌの気に当てられ浄化されておる。

 もう一つ認めてやる。
 ……拙者は、締鯖の怨念が消えた時、多分この世からも消える。妖刀シメサバ丸は単なる切れ味最高の包丁に今度こそ生まれ変わるじゃろう。

 怖い。

 消えるのが怖い。

 馬鹿らしいとは思うが、拙者は臆病になっている。散々人を殺めてきたこのシメサバ丸が…自分自身が消えることを恐れている!

 何て恥知らずな!?

 何様じゃよワシは!?

 …拙者なんて、もうやめておく…滑稽じゃ。ワシはあのイヌころとは違う。もう、桃太郎侍がおると聞いてもざわめく心は持ち合わせておらん…


 キヌの手際は、ワシがクソ下らない悩みに苦しんでいる中もてきぱきと素早い。
 あっという間に人数分の冷奴と美神用の熱燗、未成年連中にはジュースやら茶やらの注がれたコップが用意される。
 ワシは台所のまな板に放置され、漠然と食卓の様子を眺めていた。

 もしも。

 もしもワシが妖刀なんぞではなかったら…あの輪に入れたのか?

 締鯖の馬鹿が怨みつらみなんぞに囚われず、澄んだ水と清浄な蒼い炎で一振りの刀を鍛え上げ、キヌのような愛情をもって『大太刀 締鯖丸』とでも名づけていたら…
 人外の連中が談笑するあの輪に、ワシも…?

 ……くだらぬ。

 ワシは所詮、只の人斬り。振るわれる理由の正邪善悪なんぞは物の数ではない。血を浴びる存在に変わりは無いわ。

 くだらぬ。

 くだらぬわ!

 おいキヌ! さっさとワシを暗闇に仕舞え!!

 何も考えずに済む、ワシの居るべき場所に帰せ!!

 こんな…明るい場所にワシを置くな!!!

 ワシは妖刀シメサバ丸!! 触れれば斬れる、最悪のクソ刀なんじゃからなあっ!!


 …………………………………。

 ………む?

 なんだここは。戸棚内の暗闇ではないな…?


 『シメサバ丸よ』


 !? 誰じゃ!?


 『私に名前は無い。強いて言うなら…』


 言うなら…?


 『宇宙意志のうっちー☆とでも呼んでくれたまへ』


 うおおおおおおおおおいいいっ!? なんじゃ貴様ワシを笑いに来たんじゃなくて笑われに来たのか!? 


 『宇宙だけに☆(ほし)。上手くね?』


 上手くないわぁぁあああぁああぁあ!!
 …って、おいおいおい…貴様本気で言っておるのか? 宇宙意志だ? それってアレじゃろうが。先の大霊障時に働いたとかいう…
 ああ、この前美神が酔い潰れてた時なんぞ…

 (…宇宙意志…なんてあるんなら…横島…に…彼女…帰し…)

 ごにょごにょっと零しておったぞ。まったくあの女、酒には強い癖に潰れると途端に女々しくなりおる。


 『彼女、天邪鬼だから。素面じゃとてもとても』


 …貴様、偉いのではないのか? やけにフレンドリーじゃな。


 『神様じゃないし、万能でもないよ。出来る事といえば…』


 ワシの目の前に、突然スクリーンのようにある情景が映し出された。見覚えがあるぞ、これは…!


 『…時間遡行、かな』


 …ワシは、そいつの顔すら忘れかけておった。
 一心不乱に槌を振るう、痩せこけた男。髪は乱れ、はだけた上半身は貧相そのもの。

 締鯖 芳宗……


 『私の力で、君を逆行させてあげよう。妖刀シメサバ丸の本懐を遂げられるようにね。不本意な包丁生活は、息苦しかったろう?』


 妖刀シメサバ丸の本懐、だと…?
 ワシが一瞬にして思い描いた光景を、宇宙意志はご丁寧にもスクリーンに映しおった。
 片桐 団十郎…あ奴が、ワシを弾き飛ばして浪人を一刀の元に斬り伏せる光景。色男じゃな、こ奴はやはり…。締鯖の惚れた女もおる。これ見よがしにワシを拾って、女に自慢しておるわ。


 『当時の君では、彼を斬ることは出来なかった。けれどもし…今の。今、こうして更なる怨念に身を焦がし力を増した君ならば…片桐を斬れる。このいけ好かない好色男を八つ裂きに出来る。締鯖 芳宗の遺志を、本懐を遂げられる』


 ……なるほどな。チャンスという奴か。
 片桐に破れ、美神に破れ、幾ら切り刻んでも満足感の得られないイモやら大根やらを相手にする毎日…そこから抜け出せるのだな。


 『ふふふ…そして、君さえ望めば、人の身へ転生させてもいいよ? 私は何しろ宇宙意志のうっちー☆だからね』


 !?


 『君、人に憧れただろう? 美神令子達が囲む食卓を羨ましいと思ったろう? 笑い合い、言葉を交し合う…そんな己の姿を思い浮かべただろう?』


 …ああ。

 ああ! 

 ああ!!

 認めてやる! ワシは最低の屑鉄じゃ!!
 自分の所業も忘れてそんな夢を見てしもうた、肥溜めの中の糞。ゴミの中のゴミ野郎が、このワシ…シメサバ丸よ!!
 これでよいかクソ意志!!


 『クソ意志は酷いな。ちゃんとうっちー☆と呼んでくれたまへ』


 うるさい!!


 『そんな訳で、どうするね? その夢を実現したいだろう。私なら、そうだね…君と片桐を入れ替えることも可能だ。突然刀の身になりパニックに陥る彼を、川底に蹴飛ばすも良し。締鯖の工房でぐずぐずに溶かし尽くすも良し。復讐としては、最上級の出来だと思うよ』


 …そうして、片桐になったワシが幸せな生活を手に入れるのか? 羽振りがいいな、クソ意志。


 『先のアシュタロスの反乱時…この世界と私とは、極めて僅かながら接触を持った。宇宙意志という曖昧なものに、形と意味を与えてしまった。それが私だ。尤も、末端ではあるがね』


 ああ? それとワシにこんな提案するのにどう関係が…


 『いやだから、暇つぶし。中途半端に形を持ってしまった私の、唯一の趣味だ』


 ……貴様………暇つぶしに他人の人生を弄ぼうと…


 『悪い提案じゃないし、無理強いもしない。断れば、君はこの場での記憶を消去して元通りの包丁生活さ。リスクは皆無だよ。宝くじにでも当たったと思いたまえ。リアル人生ゲームの良いマスにサイが転げた、とか』


 確かに…ワシには、後悔がある。
 未練もある。

 ……そうじゃな。

 ワシは…妖刀シメサバ丸。

 のう、クソ意志。


 『決まった?』


 ワシは、逆行させてもらうぞ。この、どうにも苛々する気分を消し去るためにな。


 『OKOK。じゃあ片桐になるかい? それとも他の人に?』


 ふざけるな!!
 ワシは『刃』なんじゃよ!!
 誰が巻き藁程度の価値しかない人間なんぞになるか!!

 いいか、良く聞けよ宇宙意志。


 ワシが、戻るのは―――――――――――――――――


 「うわ、今日のサラダ凄い新鮮ね」

 「ほんとに瑞々しいですよねぇー。ほらほら、このキュウリの断面なんて、こんなに綺麗ですよー? 私も食べたいなぁ」

 「シメサバ丸を包丁にして正解だったわねー」


 見たか!?

 ワシの後悔!! それはな、包丁になってすぐの仕事で…


 キュウリがきちんと切れずに繋がってしもうた事じゃよ畜生っ!!!!


 ワシはな、この事がずーーーーっと気になっておったんじゃ。

 締鯖?
 片桐?

 言ったじゃろうが。ワシはな、キヌの気で徐々に浄化されておったんじゃよ! 悪事なんぞ今更出来るかボケが!! 鋼に怨念練り込んだとはいえ、ここまでキヌの癒しオーラに当てられたら、嫌でも浄化されるっつの! 目が覚めるっつの! ネクロマンサーの霊気じゃぞ!? 温いっつの!

 確かに、ワシは妖刀として大罪を犯してきた。人の命を奪い、そ奴に纏わる人間の人生をも狂わせてきた。
 じゃがな、今のワシなら判るぞ?
 その罪は、ワシが背負うべき業。安易に逆行なんぞして忘れていいもんではない!! 判ったかクソ意志!!
 だからワシは、この時に戻った。少しでも誰かの役に立てる…包丁として贖罪の日々を歩める、この時に。クソ意志には、笑われたがな。…その割には、怨念の消えたワシという存在を付喪神化してくれたり…世話にはなった。
 いや…正直、感謝しておる。自暴自棄になっておったワシに、選択肢を与えてくれたのじゃからな。人間になれるなんて、本当に心惹かれる提案じゃったよ。
 しかしじゃ。ワシは妖刀でも包丁でもとにかく…身に刃を抱く存在。こんな者が人間になってどうする? 周囲を傷つけるに決まっておる。

 まあワシ自身、この心境の変化には驚いておるが。

 こうしてまな板の上にいるワシは、心底から安らいでおる。これは何と表現すれば…この気持ちは…


 ああ、これが『元の鞘に納まる』というのか?


 締鯖でも片桐でもない。やはりワシは、キヌの手元が一番しっくり来るのう…


 「さってと! 今日は何にしようかな…せっかくとってもいい包丁があるんだから、美味しい物作らないと! ね、シメサバ丸!」


 おう、任せておけ。柔いものも硬いものも、ワシが捌いてくれる。
 ビタミンだって壊さぬ! 
 鉄味も付着させぬ!


 ワシの名は銘刀シメサバ丸。

 『人を斬らない』…世界最低の人斬り包丁よ。


 終わり


 後書き

 竜の庵です。
 また、微妙なものを書きました。
 原作では刀に憑いた悪霊〜…と美神が言っていましたね。今作では、打った鍛冶職人の怨念が憑いている設定に。似たようなものかな、と。
 シメサバ丸視点は…多分、あんまりないジャンルかと思われますが…如何でしたでしょうか。
 宇宙意志とか逆行とか、当分使わないと思うので、それらも盛り込んで。
 ギャグかシリアスかわかんないですね、これ。
 ご感想を頂ければと思います。

 ではこの辺で。最後までお読み頂き有難うございました!


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