とうとう今日という日が来てしまった。 こうやって消えるのは覚悟していたが、やっぱりキツイなぁ…
一昨年の冬、唐突に呼び出された妙神山で知らされた事実。 猿師匠は苦虫を噛み潰した顔で、小龍姫様はこんなにもしょうもない俺に額を道場の板に叩き付ける様に土下座をしてくれた。
今までの無茶が祟って外見は普通に見えるが、俺の体はどうしようもないくらいに壊れているそうだ。 腕や足を大げさに動かし、何時もの道化を演じている自分を出してボケてみたが、その場の雰囲気は沈んだままだった。
事実を少しずつ受け入れながら猿師匠とちびちびと酒を酌み交わす、今まで言いたくても言えなかった事や、これから俺に迫る現実を話し合いながら。
遠くを見つめたままの瞳で猿師匠は俺に話しかける。
「横島よ、ワシの御師匠様のことは物語として知っているな?」
俺は猿師匠の目を見ながら答えた。
「ええ、俺には無理ですね。 他人の為にあそこまでの献身と善心を信じきる覚悟。 俺には真似できないですよ」
「いまさらながらだが、本当にいまさらなんだが、ワシはお前の心に御師匠様の一部を見ていたんだよ。
どうして人間ってやつは、いい奴から消えていくんだろうなぁ。 こんな岩猿の無駄に長い人生を分けてやれるなら幾らでも… 本当に嫌って言うぐらい分けてやるのに。
お師匠様もなぁ、粗末な衣服だけで他人に尽くして消えてしまったよ… オレに一言言ってくれれば………」
そう言った猿師匠は、背中を向け寂しそうに自分の部屋へ帰っていった。
猿師匠の喉に押し戻した言葉はなんとなく分かってしまった、あの人がそんな事を言わない事を知っていての思いだ。
俺は静かに猿師匠の部屋へ頭を下げ、泣いたままの小龍姫様にお礼を言って山を降りた。
それから俺は何時ものように美神さんの所で働きながら、少しずつ少しずつ身辺整理を始めた。
オヤジやかーさんには正直に話して、日本に戻ってきてもらい一緒にすむ事にした。 ついでにとオヤジに頼んで小鳩ちゃんとマリアの面倒も頼んだ。
小鳩ちゃんは勢いで、ままごとと言っても指輪まで交換した中し。 マリアにしても俺に優しくしてくれたヒトだ。
マリアにはカオスじぃさんに職を、職といっても今までカオスじぃさんが作ってきたモノ達にちゃんとした光を当ててやっただけ。
なんせ、ちゃんと図面にまとめて特許申請したら、出るわ出るわ特許の山。
流石、ヨーロッパの大魔王。 金が無くてマリアが元の姿に戻れないって事はなくなった。
小鳩ちゃんには、普通の教育と普通に勉強できる環境。 今までが今までだから、俺みたいにパッパラパーじゃないけど、普通よりちょっと上のしか出来なかったそうだ。
オヤジに頼んだ次の日、オヤジの右腕、クロサキさんが色々と調べてくれたそうだ。 知能指数で見るなら小鳩ちゃんは六大学のどれでも受けれるんだそうだ、だが、学力が足りない。 そう言う理由なんで、そのチャンスを用意してもらった。
感謝されまくって行くとこまでいって、気持ちが残ったら『俺』がまずいのでそれは美味い事理由を作ってくれた。 かーさんの渾名『紅百合』を受け継ぐ存在を作ってみたいって事にして。 最初はただの理由だったけど、今では小鳩ちゃんの能力の高さにかなり本気で教えているかーさん。
ごめんなみんな、俺の我侭ばっかりで…
数日前から足の指が固まってしまった、とうとう御迎えが来そうだ。
今日なんか『あの』美神さんまでも心配してくれて、むちゃくちゃ嬉しかった。 おキヌちゃんは「なにかおいしいものでも食べます?」って。 嬉しいけど今にも泣き出しそうな心を見られるのが嫌で、何時もどおり誤魔化してしまった。 情けない… 覚悟はもう終わっているのに。
シロやタマモは、都会の生活に慣れたといっても人狼に大妖怪の生まれ変わり。 なんとなく分かっているようで、獣の状態で俺に纏わり付いていた。
家にたどり着き、まだ真新しい自分の部屋へ戻る。 動きにくいがまだ体は動く、寒さに震えながら下着を新しいものに履き着替える、一番着慣れたGジャン・Gパンそれにバンダナを付け直す。
死に装束がこれってのも俺らしいかな? 体が固まる前に終わってよかった、フルチンで見つかるものなぁ… それはそれで俺らしいかも。
なんとなく眠くなってきた。
とりあえずベットに横たわり、その瞬間を待ち構える。 まだ時間がかかりそうなので、お約束どおりに昔からの記憶を掘り起こしてみる。
銀ちゃんに夏子。 銀ちゃんは次のステップを登って外国の映画祭に呼ばれる事になった。 夏子はむっちゃ綺麗になっていた、同窓会に長年来なかったって理由で思いっきりどつかれた後、昔とは比べられないぐらいにえげつなく育った胸に顔を挟まれた。
いまだに底が見えないかーさんとオヤジ。 こっちにくるのはずっと後にしてくれ。
唐巣神父に隊長、冥子さんに、エミさん。 ピートにタイガー、伊達、それに愛子、今に思えば楽しかったなぁ…
シロにタマモ、あいつらには当分会わなくてよさそうだし、間違ってこっちに来る様なら蹴り戻すけどな。
色々な人やヒトが記憶から俺に微笑む。 俺って、結構良い人生だったんだなぁ。
おキヌちゃんまたね、『死んでも生きていられる』のなら。 だから、またね。
美神さん、気をつけないと行かず後家ですよ。 プロポーション崩したら大問題です、生活改善してください。
ルシオラ… よっ、ひさし
在る地方新聞にひっそりと載った死亡記事。
たった数行の記事だったが、その人物を知っていた人やヒトに与えた衝撃は考えに及ばない。 そして思った、次は極楽な人生を、あの人物らしい極楽な人生を。
在る産婦人科…
「おめでとうございます、立派な男の子ですよ!」
そして、祈りが形となり歴史が又動き出す。