横島さんは、あまりキスが好きじゃない。
「変な顔になるんだよな、なんかこう焦っちまってさ」
わたしは、少しだけ不満。
唇を併せた瞬間の横島さんの体温が大好きだから。
「別に焦らないで下さいね。わたし、逃げたりしないから」
だから、口付けをねだるのはいつもわたしから。
肩に手を伸ばして、背伸びする。
横島さんは誰もいるはず無いのに左右を確認してからわたしの首に手を伸ばして、温度を伝えてくれる。
「ん、つ、……はぁ」
離れていくのも彼の方。
名残惜しく見つめると、腕は腰に回ってくる。
「あ-もう、たまらんっ!」
泣きそうな表情。
次に進みたくて仕方がなくなっている彼は、それでも無理やり進んだりしない。
訴えかける視線に頷いて、やっと外されるボタン。
「横島さん」
名前を呼んで見つめても。
鼻息に遮られてしまう声。
何度目だか数え切れないくらいなのに、わたしを求めてくれる心は少しも褪せない。
ワンピースを床に落とせば、待ちきれない指が下着を外す。
横島さんのシャツのボタンを外すわたしの指。
背中にお腹に、回される手にたえながら、動かしていく。
「しっかし。おキヌちゃんもエッチになったなー」
「そういうこと言わないで下さい」
首筋に唇を寄せて、男の人の服を脱がすなんて、少し前までは有り得ないと思ってた。
今もドキドキしているけれど、それは嬉しさも含まれていて、彼の言葉を否定できない。
「……横島さんの所為なんですからね」
好きな人に抱しめられて大切にされて、嬉しくないわけもなく。
欲望と混じり合った愛情を交わす行為に、わたしは夢中になった。
「最初、すごく痛かったのに」
「うう、すんません」
申し訳なさそうな声で、彼の指はかつての痛みの痕を探る。
彼を受け入れるそこは敏感に反応してしまう。
「焦ってたからなー」
背中に回した彼の腕に力が込められて。
吸い付かれる胸。
少し強くて、痛くすらある。
「結局、逃げてたのは横島さんなのに」
布団の上に押し付けるように押し倒される。
つむじ、と触感の世界。
(まだ怖いですか?)
声に出さず、彼の頭を抱え込む。
欲望を叫ぶくせに横島さんは心の触れ合いには慎重な人だと思う。
キスまでも、それからも。
わたしを気づかい、何度も立ち止まり確かめてくれた。
服を脱ぎ、肌を重ねるのはそんな慎重さを溶かしていく行為。
――壊しそうで、怖い――
そんな呟きは、何度も聞いた彼の言葉。
わたしは抱しめられながら、言葉をリフレインする。
「ずっと、もっと、そばに、ね?」
肉体は心の器にすぎない、とかつて哲学者が言った。
それが真実だとしても、横島さんの指にわたしの肉体は心の全てを凌駕する。
彼から伝わる全てを受け止めて、思うことなど全てが消え去り、反応する。
荒い呼吸。
目の前には横島さんのバンダナ。
首筋に、鎖骨に、胸に。
ただ繰り返される口付け。
「あ、う」
声が、流れ出る。
舐られて。つままれて。
敏感になっている胸の刺激が、わたしを押し付ける。
「感度、いいよな」
いじわるな指がリズムを重ねていく。
「ひうっ」
導かれてしまった声が、彼の瞳に映る。
真剣な視線。
「全部、貴方のためなんですよ?」
天井と、まだ袖を抜いていない白いワイシャツ。
ジッパーの降ろされた学生服のズボン。
だらしなくニヤケた顔。
「あかん、不肖、横島忠夫っ突撃させていただきますっ!!」
鼻からプシューって蒸気機関車のような息を出して。
ズボンをパンツごと脱いで、ジャンプ。
「キャアッ!!」
思わず避けてしまって。アジの開きのように布団にへばりついてしまう横島さん。
……えーと。
「ごっ、ごめんなさいっ」
でもでもあの勢いで飛び掛られたら、危なかった気もするし。
現に横島さんは布団に突っ伏したまま動かないし。
「ふ、ふ、ふっ。つっかまえたっ!!」
覗きこんだわたしに邪悪な笑みが被さる。
それはなんていうか。
スイッチが入っちゃった男の子の顔。
「おキヌちゃん。覚悟はいいんやろな?」
ぎゅっと腕を掴まれて。
再び組み敷かれる。
視線を下に移せば、真っ赤で元気な横島さんの象徴と目が合ってしまったり。
……いえ、目なんてないですけど。
鼻からの蒸気はさらに荒々しく。
ちょっとだけ怖くなるけれど。
もう一度逃げても仕方が無いので、そっと真っ赤な彼に手を添える。
「ちとまった。ゴム」
枕元に手を伸ばして。
必然的にその。アレが、より近くなる。
「つ、つけましょうか?」
……いつも。この間がいやなんじゃーとか。
くー。とか泣きながら、横島さんは必ずわたしを気遣ってくれる。
「なっ、え?いいっ?」
否定?肯定?
慌てて立ち尽くす横島さんの手から箱を受け取って袋を破った。
「動かないで下さいね」
手で、触ったことはある。
……週刊誌に載っていた『正しいつけ方』も……えと、大丈夫。
「お、ご、ちょっ、だっ」
ちょっと前かがみになって。
その後なぜかふんぞり返る横島さん。
その方がつけやすい、のかな?
「おおっおっおぉっ」
どうしてもぎこちないわたしの手の動きにお尻がきゅっ、と動いた。
幽霊だった頃、エミさんがGSの試験場でピートさんを見て叫んだ言葉を思い出して、少し笑ってしまいそうになる。
あの時は、横島さんに似ているって思ったけれど、好きっていうのは、つまりそういうことなのだ。
「これ、やばっ、あふんっ」
ふざけた口調は緊張感を薄れさせ、わたし達がいつものわたし達のままだって感じさせてくれる。
脈動から手を離せば、視界はいつのまにか彼の血走った表情でいっぱいになり、ずぷ、と音を立てた衝撃がわたしの呼吸を激しくさせる。
ジンジンとした、痛みに一番近い感覚が身体の中にただ、響いた。
「わり、まだ痛い?」
わたしの表情に苦痛を見たのか、少し申し訳なさそうな彼の声。
「いい、です。横島さんの好きに、してください」
腕に力をこめる。
うっすらと汗をかいた彼の背中が手のひらに溶ける。
目を閉じれば彼の匂いが近く。
二人が繋がる音と温度に意識が溶けていく。
「横島、さん、よこしまさん」
うめくような声が彼の返事。
荒い呼吸。
わたしは、強弱のつけられた律動になす術もなく。
肉体につきたてられた圧力が彼であることを確かめながら昇りつめていく。
身体の中に響く音。
強すぎる感覚に漏れそうになる声を必死で抑えれば、衝動はそのまま熱になって身体を駆ける。
「ひぁっ」
大きく飲み込んだ息が音を立てた瞬間、横島さんは手を広げわたしの脇の下にやわらかく添えた。
指は這うようにゆっくりと、胸の先端を探りながらうごめいていく。
強すぎるくらいの下半身の刺激と優しすぎる上半身の刺激によじれていく心。
「だ、だめです、きもち、よくって、ん、くっ」
涙が流れていく感触が伝わって。
何かが破裂する。
全身から力が抜けた瞬間、引き戻すように胸にくわえられる強い力。
「かっ、はっ」
鋭角な声は彼の声。
目を開くと、片目をぎゅっと閉じた必死な表情。そして柔らかく崩れていく。
「あ……」
温度はじんわりと。
ゴム越しに伝わり。……わたしと彼がゆっくりと剥がれていく。
ひくつくように、わたしが動いているのがとてもとても恥かしくて。
でも、満足感が少しだけ誇らしい。
「横島さん」
背中に回した手を引き寄せて。
ゆるやかで大きな呼吸に唇を寄せた。
焦らなくてもいいキスは、横島さんも嫌いではないらしい。