この、私の胸中に宿るもの。
これが一体なんなのか、私自身、未だに量りかねている。
ほんのう。〜狐の悩むこと、油揚げのごとし。(副題に意味なし。)〜
不意に目が覚める。
時刻は午前一時を回ったころか。
機械よりも正確に時を知らせる体内時計に、ほんの一瞬、疑いを持つ。
まだ眠い。
何故こんな時間に目が覚めたのか、それこそ時計が狂ったのではないかと思ったのだ。
テレビの上に鎮座する、安物の目覚まし時計で時刻を確認しよう。
「―――止まってるじゃないの、このお馬鹿」
闇に目を凝らして睨み付けた文字盤と針は、七時十五分三十秒を指し続け、何の役にも立たないことを知らせている。
時計ならちゃんと時間を知らせなさい。
「もう……いいわ、どうでも……」
十二月の冷気に晒された肩が寒い。
私は布団に身体を巻き込むようにして身をくるみ、ついでに隣でぐーすか寝こけるお馬鹿の胸に、頭を寄せた。
お馬鹿は、お馬鹿っぽく「むにゃむにゃもう食べられないよ、タマモ……」などと寝言を呟いている。お馬鹿。
ぬくい。
暖房を完全に切らした部屋には、この温み以外、身を寄せるものが無い。
それは嫌ではないけれど、なんとなく癪に障る。
ぺったりと、素肌の胸に張り付いた私の頬。ぬくい。
その胸の下に収まっているであろう心臓の音が、どうしようもなく私を和ませる。
でも、私を和ませるその音が、同時に私の心にちくちくと疑問を突きつけるのだ。
私の感じているこの感情は―――愛情なのか、それとも本能から生まれるなにかなのか。
「―――ん〜……わかんない」
考えても考えても、答えは見付からない…………というか、身を寄せた半身から伝わるぬくみと、頬に跳ねる心音とが、一切合財うっちゃりたい気持ちにさせるのだ。
もう少しくっ付く。そうすればぬくみと心音で、もっと心地よい気持ちになれる。
「う゛〜、う゛〜」
ぐりぐり。ぐりぐりぐり。
「―――あの、なにしてらっしゃるんスか? タマモさん」
あら、目が覚めた。
「あのな……そんな思いっきり頭で抉り込まれたら、痛くて起きるに決まってるだろ……」
声を潜めなさい……何時だと思ってるの、あんた。
「何時って、七時じゅう……ああ、目覚ましの電池切れてたんだった」
ほう―――あんた、やっぱり電池切れてるの知ってたのね? 知ってて交換しないってなによ? ちなみに今は一時くらいよ、お馬鹿。
「うっさいなぁ……つか、おまえはそんな真夜中に人を抉り起こしておいて、そのでかい態度はどうなんだ? でかいのは他のとこだけで十分だ」
ほ、ほほう……ヨコシマのくせになかなか巧いこと言うじゃないの。ちょっと感心しちゃったわよ。
「いや、忘れてくれ……我ながら下ネタもいいとこだ。おっさん臭ぇ……」
むぅ……いえ、ヨコシマ臭いわ。
「なんかイジメみたいだぞ、それ……」
そう? ―――まぁ、なんだっていいわよ。それにしてもねむいわ、寝るわよ?
「おま、人を無理矢理起こしておいて、なんちゅ〜身勝手な……」
勝手に起きたのよお馬鹿。大体、狐は身勝手なものと昔から決まってるのよ。
「しらんわ、そんなこと……も、いい。寝る」
ういうい、ならこっちおいで〜。可愛がってやろう。ほらほら?
「はいはい……おやすみ〜……」
はい、おやすみ〜……。
寝る……と言ったものの、実はもうあまりねむくない。
冷えた空気が頭を活性化させたのか、やれやれ……といったところだ。
「こいつは、まぁ幸せそうな顔しちゃって―――」
私の胸の谷間に顔をうずめたヨコシマは、ふにゃふにゃに蕩け切った表情で夢の国。くそう、かわいいなコイツ。
こうしてヨコシマの部屋で、そして同じ布団で眠ることが楽しみになったのは、一体いつからだろう?
よく憶えていないが、一番最初もやたらと寒い日だった気がする。うん、たぶん。
手狭な部屋の真ん中に、布団をひとつ、取り合うように眠る。
そんな、他人から見たらどうでもいい……むしろうざったいことに心浮き立つ。
や、別にどう思われたって気にならないけど。
まあ、幸せなんじゃないかな〜? と思ったりする、今日この頃。
ふとした弾みで、あの疑問が鎌首をもたげてくる。つまり――――――
恋なのか? 愛か? それともただ、本能が選んだだけの相手なのか?
恋は激しい病のよう。罹れば人が変わる。価値観が変わる。時に破滅を呼び込む―――そんな感じらしい。
罹ったことないから、よくわかんな〜い。
や、正直な話、ヨコシマに感じているものは、そこまで激しいものではない……と、思う。うん、わかんないや。
なら愛は? ―――伝え聞くところによると、主成分が「馴れ」に取って代わった、恋の進化……亜種……ん〜、とにかく別物らしい。恋とは。
これか? 私のはこれに近い気がする――――――けど、やっぱりよくわからない。狐ですから。
最後に―――本能。
妖狐としての、私の本能。
自分を守るために、誰かに取り入る。
誰かを利用するために、その情を手に入れようとする、私が生まれながらに備え持つ機能。
――――――うん、ちがう。と、思う。ヨコシマに感じているものは、たぶん違う。違うはず。
「違うったら違う―――絶対、違う」
これは、そんな味気ないものじゃない。
恋も愛もよくわからないけれど、大事な物だってことは知っている。
本能は言ってみればお腹が減るのと同じようなもの。生きるのに不可欠なもの。
自然と必要とするものを本能って言うのだ。
別にヨコシマがいなくなったって、死にゃしないって。
それに私は本能に従うだけが能じゃない、そんな妖狐を目指したい。てゆーか、目指す。目指しまくる。
「とは言うものの―――具体的には何したらいいのかしら?」
うーむ、と首を捻るも、さっぱり思いつかない。
よし、ここは一丁、相方に相談してみよう。
ちょいとそこのお馬鹿!
「―――んあ? なんだよ……またか?」
そうよ、またよ。悪い?
「なんでいきなり怒ってるんだよ……勘弁してくれ」
怒ってないわよ。ちょっと相談があるから起きなさい。
「いやじゃ、ねむい……ぬくいし、ふかふかで気持ちいいから起きたくない」
むぅ!? ま、まあ気持ちはわからんでもないわ……ふふん! ―――あ、でも駄目よ。起きなさいって!
「あ〜……わかったわかった……そんで? どうしたんすか、タマモさん」
ちょいと相談事よ。ねぇ、あんたはこいー! とか、あいー! とか聞いたら、どんなこと思いつく?
「寝る」
それ駄目。下半身以外で。
「じゃ〜…………子供?」
子供? ふぅ〜ん……盲点だったわ。ありかもね、それ。
「なぁ、もう眠いんだが、ほんとに……」
ああ! ちょい待ち! まだ寝るなってーの! まだ質問は終わってないわよ!
「頼む……! ねむくてねむくて死にそうなんだ……寝かしてくれ……」
そう言わずに! ほら、あとでもっとすごいことしたげっから!
「………………で、何さ?」
あんたも大概、現金な性格してるわね……このすけべ! って、脱線しちゃったわ。何の話だっけ?
「えーと……子供?」
ああ、それそれ! それよ! ―――子供が恋とか愛な話だったわよね? でもさ、子供作ろうって思うのって本能じゃないの、コレ?
「……? だろう?」
じゃ、恋でも愛でもないんじゃない? 子供イコール恋愛って、どっからきたのよ、これ?
「あ〜……恋して、一緒にいたいと思う。愛になって、一生過ごしたいと思う。本能は〜……まあ、生き物なら……なあ?」
……ねえ? ―――よくわからんわ、恋だの愛だの。とにかく子供?
「じゃねぇの?」
あ〜……子供か〜……。じゃ、作るか!
「――――――あ?」
子供。いらん?
「いやいやいや! いらんっ……こともない! がっ! い、今か!?」
おうよ。
「なんで!? なんでいまっ!?」
いや、愛の結晶〜! みたいな? あと声が大きいわよ、お馬鹿。
「―――さ、さっぱりわからん……」
まあ、気にすんな! ほら、おいでおいで。可愛がってやっから!
「さっきも同じようなこと言ったような――――――まあ、いいか」
ん、いいさ。
「つーわけで、あんたが生まれるから結婚したのよ」
「あんまり詳しく語られても困るんだけど……」
娘に語る、出会いの話〜。……いつの間にか結婚の切っ掛けまで語ってるけど。
困ったような、照れたような…………初々しい娘の様子に、顔がにやにやしてくるのがわかる。
「―――なにその顔? 馬鹿にしてる? ていうか、してるよね? 馬鹿に?」
「あらやだ。ママはひとり娘が頬を染める姿が可愛いから嬉しいだけよ? 馬鹿になんてして無いもん」
「もん……って、いくつよ? あんた」
「秘密です」
少なくとも、見かけより二十歳以上は若いです。妖狐ですから。
「あ〜あ……パパはなにが良くて、こんなのと結婚しちゃったんだろう……」
「身体?」
「下ネタ禁止っ!」
今日も今日とて、娘をからかう若奥様タマモです。
娘は既に中学生。いまだに姉妹に間違われるのが悩みの種。
いつまでも美しいってのも考えものかしらん?
いまだに恋愛ってよくわかんないけど、子供を作ったら、あいつとの間に一本芯が通った気はする。
そんだけ。
今でもたまに悩むことはあるし、不安は尽きないけれど―――
でも、ま、いいんじゃない?
旦那はよく稼ぎ、奥様は若々しく、娘は元気。
あとは別にどうでもいいか? いいな? うん、いいわ。
タマモは知らない。
愛だ恋だと悩むことこそ、妖狐に天与の本能そのもの。
男女の仲はいずれ冷める、枯れる…………。
しかし妖狐の恋は冷めず、愛はいつまでも湧き続ける。
いつまでもいつまでも、飽きることなく恋愛に現を抜かす……。
そんな、甘露のような生活こそ、妖狐が庇護者を得る手段。
それが、妖狐の本能。
タマモは知らない。タマモはきっと、気付かない―――…………
あとがき。
ねむい……ねむいなら寝ろよ、自分……
そんな思いから生まれたのが、推敲も微妙な、この話。
R18か15か。
悩むところですが、直接表現も無いし、いいやね。うん、いいやね?
寝ます。