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「あざらし座の怪人(GS)」

犬雀 (2006-09-25 20:32)

『あざらし座の怪人』


「お願いします美神さん!」

いつもは穏やかな、人によってはのほほんとしているとも天然とも評するだろうが、とにかくおキヌらしくない剣幕で詰め寄られて令子は目を丸くした。
彼女の態度からすればかなり重要な話なんだろうが、生憎と彼女はまだ何も言っていない。
いくら妹みたいに思っている少女の頼みとはいえ内容も聞かずに頷くなんてことは流石に出来なかった。

「まあ落ち着きなさいって。私になにを頼みたいわけ?」

言われて初めて自分が何も言っていないことに気がついたのかおキヌの頬が赤く染まる。
スーハースーハーと深呼吸をして落ち着くと、彼女はその願い事とやらを語り出した。

「えーとですね。前に学校の授業でボランティア体験をした幼稚園でバザーがあるんです!」

「あ、そうなの?」

最近の学校は奉仕の精神を養うという名目で生徒にボランティアをさせているところもある。
自分の頃には無かったが、六女にもそういうカリキュラムが出来たのだろう。
そういえば前におキヌが学校から帰ってくるなり「子供って可愛いですねー」とどこか夢見るような顔で微笑んでいたことがあった。
生憎と子供が苦手な令子にとっては理解しがたい感情ではあるが、まあそれでも自分の身内や子供ならば私にも可愛いと思えるかも知れないわねとおキヌに気づかれないように苦笑してみる。

「それで! そこの園長さんからのお願いで私たちの事務所でなにか劇をして欲しいって!」

「ごめん無理…」

「あう…」

バザーとなれば子供は当然、その父兄もくる。
何も好き好んでそんな中で見世物になりたいとは思わない。
宣伝効果はあるかも知れないが、美神令子除霊事務所はそんな小細工めいた宣伝をしなくてもとっくに業界トップの座を維持しているのだ。
しかも劇となれば台詞あわせなどの練習をしなくてはならない。
それは面倒くさがりの令子にとってあまり嬉しくない話だった。

「そもそもなんで私たちが劇なわけ?」

「えーと。実はですね。前に行った時に子供たちに「うちの事務所にはオオカミさんやキツネさんがいるのよー。とっても可愛いのよー」って言っちゃって…」

なるほどと令子は心の中で頷いた。
確かに子供はそういう小動物が大好きだ。
しかもリアルに動いて劇をしてくれるとなれば子供たちの喜びはいかばかりだろうか。
しかも場合によっては「可愛いオオカミさん」や「可愛いキツネさん」に触れるかもしれない。
しかも生である。齧られる心配も無い。
幼稚園の園長が是非とおキヌに頼み込むのも無理は無いだろう。
最近の動物園だって「動物と触れ合う」をコンセプトに展示を考えているところも多いのだし。
もっとも小動物扱いされ撫で回されるシロやタマモにとってはいい迷惑かも知れないが。

「なんとかなりませんか美神さん!」

床に頭がつきかねない勢いでお辞儀するおキヌを慌てて宥めるが、やっぱりどうにも気が乗らない。
なんだか知らないが彼女の霊感は最大級の警報を発しているのだ。
こういう時、自分の霊感に従って間違ったことはないだけにおキヌを気の毒に思いながらも簡単に「いいわよ」なんて頷くことは出来ない。
なんとかおキヌを傷つけないように断ろうと頭を捻り言葉を選んでいるうちに、突然、事務所のドアが開くと本人はニヒルな笑いのつもりなのかも知れないが、どうみても顔面神経痛のカエルのように顔を歪めた横島が現れた。

「話は聞いたよおキヌちゃん…」

「ひーん…横島さーん…」

胸に縋りつくおキヌの頭をヨシヨシと撫でながら横島はまるで子供をあやすように彼女に囁く。

「おキヌちゃん…美神さんが金にならないことをするわけないじゃないか…」

「ちょっ!」

確かに日頃の言動からすれば言われても仕方ないかも知れないとちょっとだけ思わないでもなかったが、だからと言ってなにも本人の目の前で言わなくてもいいではないかと抗議の声を上げかける令子を遮るおキヌの涙声。

「ぐす…でも…でも…美神さんだってたまーーーーーーーに凄く優しいじゃないですか…」

「うっ!」

胸の中でひっそりと息づく良心に天然ゆえの悪意の無さで言葉の弾丸を打ち込まれて仰け反る令子。
だがそこは彼女も辣腕経営者。
この程度の攻撃では彼女の良心を覆う鋼鉄のバリケードは貫けぬとばかり反論の方法を脳内で組み立てはじめた。
なんとか論理構築が終わり、再反攻の口火を切ろうと立ち上がる令子の鼻面にカウンターをかますのはいつの間にか現れたシロタマの獣っ娘コンビ。

「それに美神殿は子供が苦手でござるしな…」
「子供って寝顔とかは凄く可愛いのにねぇ…」

「だうっ!」

金の件なら「あーでもないこーでもない」と考え付いた反論も「子供が好き」とかいう視点に立たれれば通用しない。
考えてみればシロもタマモもひのめの世話でぐったりしたことはあるが「子供が嫌い」と明言したことはなかった。
というよりはっきり口にしたのは自分だけ。
それってなんだか極悪非道っぽいと言われた気がする。

内心の動揺が顔に出始めた令子に更に追い討ちをかけてくるのは四人の視線。
声こそ無いが皆の目は「まあ美神さんじゃ仕方ないよなぁ」とハッキリキッパリと語っている。
さしもの令子の心のバリケードもサラウンドで晒される視線の集中砲火の前には持ちこたえることも出来そうにない。
だったらここは一時撤退し論理の再構成をすべきであると唇を噛む令子だったが、事態はすでに彼女の思考の回転速度をはるかに上回って進み始めていた。

「あのさ。「事務所」じゃなくて「おキヌちゃんの友達」って立場でやればいいんじゃないかな?」


え? 私の立場は?


「そーでござるよ。拙者、日頃からおキヌ殿にはお世話になっているでござるからお助けするでござるよ。見捨てるなど言語道断!」


いや…あの…私だって見捨てるとまでは言ってないんだけど…


「まー、おキヌちゃんにはいつもご飯作ってもらっているしね。ここは助けるのが人の道ってやつかしら?」


諭されてるっ! 私ってばキツネに人の道を諭されてるっ!


「あ、ありがとうございます!皆さん!!」

感極まって嬉し涙を流しながらペコペコと頭を下げるおキヌの肩を三人は笑顔で叩く。
そんな少女と少年の様子を優しく見守りながら人工幽霊はその冷静な部分で彼の演算能力をフルに働かせる覚悟を決めた。
横島たちの視界の外の日の差さない事務所の隅っこで丸まりはじめた令子を慰めるために。
だけど彼の演算能力や記憶力をもってしても令子を慰める方法は見つからなかったのである。


ふと気がついてみればいつの間にか事務所に漂う、負のオーラの染み付いた「えぐっ…えぐっ…」という泣き声をとりあえず人工幽霊に任せることにして横島たちは魔鈴の店に避難した。
嫌でも耳に入ってくる悲痛な嗚咽のあるところで劇の相談なんかできはしないのだから仕方ない。
宥めても、理由を聞いても、令子は「えぐえぐ」泣くだけで要領を得ないのである。
「はてさてなんでまたこんなことに?」と首を捻りつつ事務所から出てくる時、普段は感情を表さない人工幽霊が悲鳴混じりに「私を一人にしないでぇぇ!」と懇願していたが、やっぱり何が原因でこうなったか彼らには今ひとつわからなかった。
時として真実が人を完膚なきまでに打ちのめすということを知るには彼らはまだちょっとだけ人生の経験が足りなかったらしい。

いつもの笑顔で出迎えてくれる魔鈴に注文したケーキセットが届き、手作りらしいケーキと繊細な作業で煎れられたそれぞれの飲み物で口を潤して四人は劇とやらの打ち合わせを始めた。

「で、劇っていつなの?」

「それが来週なんです…」

「それって練習する時間があるんでござるか?」

練習も何も台本すら決まっていない。
無謀としか言いようのないタイムスケジュールに小さくなるおキヌに横島は心配するなと笑いかけた。

「横島さん?」

「ああ、大丈夫。俺に名案がある…練習のほうは何とかなると思うけど、問題は何の劇をやるかだよなぁ…」

ふーむと考え込む一同の中、最初にシパッと手を上げたのはシロだった。

「時代劇がいいとおもうでござる! 拙者が悪人をバッタバッタと撫で斬りにするような痛快なのが!」

「幼稚園で時代劇はまずいだろう…」
「ですねぇ…」
「馬鹿犬…」

三者三様の反応に怯むシロ。
だが彼女はサムライ。ただ怯むだけではない。

「ぐっ…ならばタマモにはいい案があるでござるか!」

切り返されて今度はタマモが慌てた。
「うーんとうーんと」と考えて、あれなら子供に見せてもいいだろうとつい最近見た絵本を思い出した。

「えーと…やっぱ民話とかいいんじゃない? ごんぎつねとかどう?」

「良いとは思うが…登場人物が二人しかいないじゃん…」

「あ…そうか…おキヌちゃんは?」

言われて見れば確かにその通り、しかも最後はキツネが撃たれるという悲劇は幼稚園児にはキツイかもと納得したタマモが今度はおキヌに話を振った。
「うーん」と考え込むおキヌ。
実は劇の話が出た時から考えていたが、ここはやっぱり横島相手のラブストーリーをやってみたかったりする。
けれど相手は幼稚園児。
彼女が思い浮かべたようなストーリーはちょいと早すぎる気がしないでもない。
具体的に言えばキスシーンとか。
となればやはり無難なところに落ち着くしかない。

「……白雪姫とかどうですか?」

「うーん…」

確かにそれが一番無難な線だろうけど、折角、幽体離脱できる少女とか人狼とか妖狐とかがいるのだからそれを何とか生かしたいという気もある横島。
それにまだ言っていないが彼はこの劇に文珠を使う気だった。

「やっぱシナリオから自作した方が良いかもね」

「でも…今からシナリオなんて…それに誰が書くんですか?」

「うーん」と再び悩み出した一同を見かねたのか魔鈴がコーヒーの御代りの載ったトレーをもって話に加わってきた。

「あの、ちょっとよろしいですか?」

「なんですか魔鈴さん?」

「えーと…聞くとはなしに聞いてしまったんですけど、私、良いシナリオライターの方を知っているんですよ。なんでしたら紹介しましょうか?」

「でもプロに頼む金なんて…」

「あ、それは大丈夫だと思いますよ。書いてもらうんじゃなくてシナリオの書き方を習えばいいんです」

「ああ、なるほど…」

こうしていつの間にか魔鈴も加わって話はとんとん拍子に進み、美神除霊事務所の出し物は創作劇ということに纏まった。

「そうと決まれば早速連絡を取ってみますね」

席を外した魔鈴が戻ってくるまでほんの数分。
笑顔で戻ってきた様子からすれば意外にあっさりと承諾されたらしい。
細かいことを魔鈴から聞いておキヌがそのシナリオライターに会うことが決まったところで打ち合わせは終了となった。
こうして運命のサイコロはコロコロと坂を転がり落ち始めたのである。


次の日、おキヌは都内某所の動物園のあざらしの前に居た。
平日の夕方にも関わらず周囲はアベックばかりで学校帰りにまっすぐ来たため制服姿のまま一人佇むおキヌはとても目立っている。
「横島さんと来ればよかったな…」と詮無いことを呟いて、小さく溜め息つきながら待つことしばし、しかしそれらしき人物はなかなか現れない。
もしかしたら急に都合が悪くなったのかしらと不安になった彼女がもう一度腕時計に目を落とした時、いきなり背後から渋い男の声が彼女の名前を呼んだ。

「氷室キヌさんですか?」

「は、はいっ!」

まさか後ろから来るとはと慌てて振り返ってもそこにはそれらしい人物はいない。
それもそのはず、何しろ彼女は先ほどからずっとあざらしの檻の前に立っていたのだ。
つまり飼育員でもない限り彼女の背後をとることは出来ない。
案の定、そこにいるのは呑気に泳ぐ数頭のあざらしと、水の中で律儀に直立しつつこちらを見ている一頭の少し大柄なあざらしだけ。
人の姿はどこにも見えない。
首を傾げるおキヌに行儀良く直立していたあざらしがニッコリと笑いかけた。

「初めまして、魔鈴さんから話を聞いています。シナリオライターのレジェンド・GOです」

水中でペコリとお辞儀するあざらしの姿に思わず眩暈を感じるおキヌ。
確かに魔鈴は伝説のシナリオライターと言っていたがまさかあざらしだったとは想像もしていなかった。
そもそもあのヒレでどうやって万年筆を持つというのか?あるいはワープロを打つというのか…霊能者で人と違う人生を歩んできた自分でもまだまだ知らないことは多いんだなぁ…とどかこか投げやりに考え始めた。
無論、ある意味、怪異に耐性のある彼女と違って一般人からすればあざらしが喋るなど常識はずれでしかない。
人は自分の常識を物差しにする。
そして世間一般の常識はあざらしは喋らないということだ。
だから直立するあざらしと女子高生が会話しているなんて状況を見て、幾人かのアベックはおキヌに憐憫と同情の視線を向けてくるのである。

自分がなんか痛い娘扱いされていることに気がついて顔を青ざめさせるおキヌに気がついているのかいないのか、あざらしはノタノタと近寄ってくるとそのヒレ足をシタッと上げた。

「見ればまだお若いようですが…あなたのような美しい女性が「あざら師」を目指しているとは…世の中もまだ捨てたものではありませんね…」

「目指してません!!」

「は? それではもしや「アシ家」の道に進もうと?! 悪いことは言いませんお止めなさい! 「アシ家」の道は修羅の道! 一度踏み込めば二度と人としての平穏は訪れませんよ!」

「なんですかそれは!! 私は劇のシナリオのことを聞きに来ただけです!」

いったい魔鈴はどんな説明をしたのかと脱力するおキヌだが、あざらしもといレジェンド・GO氏も残念そうにヒゲを揺らしている。
それでも周囲の視線に半分泣きべそのおキヌの話に納得したのかそのヒレを器用に操るとあざらしの頭の引っこ抜いた。
中から出てきたのはどちらかと言えば美形に分類される青年の顔である。
ただし首から下はあざらし。
黒地に白の銭型模様といい間違いなくあざらし。
あまりにシュールな展開にあざらしと会話しているおキヌを気の毒そうに見ていた野次馬たちが我先に逃げ出す中、なんとか意識を保っていたおキヌが涙に咽びながら話しかける。

「ぐす…そもそも…なんであざらしの着ぐるみなんか着て水槽に入っているんですか…」

おキヌの当然の疑問にレジェンド・GO氏は質問で返してきた。

「おキヌさん…良いシナリオとはどんなものでしょうか?」

「え?」

「…良いシナリオとは…観る人の意表をつくものなのです。観客は目が肥えてます。当然、ある程度の話だと先を読まれてしまう…そこを裏切って予期せぬ展開を提示する…これが良いシナリオの条件なのです!」

GO氏の熱い言葉におキヌは目から鱗が落ちる思いだった。
なるほど確かに面白い劇とは簡単に先の展開が読めないものだろう。
そんな作劇の真髄をこの青年は身をもって示してくれたではなかろうか。
だとすれば自分はなんて失礼なことをしてしまったのだろう。
紹介してくれた魔鈴さんにも申し訳が無いと素直に頭を下げるおキヌの心に先ほどまで感じていた羞恥の気持ちはない。
むしろ爽やかな感動があった。

「す、すみませんでした! それを私に教えてくれるためにわざわざそんな格好までしてくださったのに…」

「いや、これは趣味です」

今度こそガックリと膝をつくおキヌを肩に水槽から出てきた本物のあざらしたちが「気にするな」とヒレを置き、お昼の残りのサバの頭をめぐんでくれたりして…その優しさが嬉しかったのか本格的に泣き始めたおキヌをGO氏は温かい目で見守っていた。


それでも何とかGO氏監修の元、シナリオもギリギリ完成し、劇の当日を迎えることが出来た。
練習は全くしていない。
それどころか皆、台本すら読んでいない。
だのに横島は「大丈夫」と笑うだけ。
不安は一杯だけどシロもタマモも横島を信じているのか何も言わない。
それはおそらく彼の勝算を知っているからだろう。
なんとなく自分が仲間はずれになった気がしておキヌはちょっと哀しくなった。
少しだけ影を落としたおキヌの様子を出番前の緊張ととったのか、横島が近づいてきて彼女の頭を優しく撫でる。

「え? 横島さん!」

「大丈夫。落ち着いて…」

「でも…練習すらしてないのに…」

「台本があれば充分さ…ちょっと貸してくれる?」

不思議に思いながらも手渡した台本を手に横島は手の中の文珠を発動させる。
『演』と書かれた文珠は不思議な光で台本を包み込み、光の帯となって出演者のそれぞれの頭に纏わりついた。
途端に彼らの頭に自分の出番が、台詞が流れ込んでくる。

「す、凄いです! 横島さん!!」

「そしてこれで仕上げ」

次に横島が発動させた文珠は『劇』。
これにタマモの幻覚を絡めて書き割りなどの大道具をこなしてしまおうというのが彼の勝算だった。

「これで何とかなるだろ?」

「は、はい!」
「私も準備OKよ」
「拙者もでござる!」

三人の少女がそれぞれの笑顔で頷くのと同時にベルがなり、美神除霊事務所の有志による舞台劇が始まったのだった。


文珠の効力か、いつの間にか舞台に上がっているおキヌ。
不思議なことに台詞が自然に湧き出てくる。
それが自信となり自分を興味津々と見てくる子供たちや父兄の視線にも怯むことは無く、タマモの幻覚と横島の文珠が作り出した景色の中へと足を踏み出した。


舞台の上には民話を思わせる田舎の雪景色が広がっている。
手にした包みを大事そうに抱え、降り始めた雪の中を歩くおキヌの前に稲荷神社の鳥居が現れる。
狛犬がわりの稲荷キツネの置物の上にも冷たい雪が降り積もっていた。

「あら…可哀想なお稲荷さん…こんなに寒いのに食べ物も無くって…そう言えば今日は町に売りに行ったお揚げがちっとも売れなくてこんなに残ってしまったわ…折角だから一つお供えしていきましよう…」

彼女はキツネの前に手荷物から取り出した揚げを置くとパンと手を打ち一礼して立ち去ろうとした。
三歩ほど歩いたところで舞台一面に響き渡るは恨めしそうなキツネの声。

「置いてけ〜。全部、置いてけ〜」

「ひいぃぃぃ!」

不気味な声に脅かされ、大慌てで雪の中に駆け出し、転んだり滑ったりしながらも何とか家にたどり着いて頭から布団を被ってガタガタと震えるおキヌ。
そんな彼女を呼ぶように戸がトントンと叩かれる。

「は、はい…」

恐る恐る布団の中から返事したおキヌの耳に聞こえるのは若い娘の声。
怖いとは思いつつも人をこんな雪の中に立たせたままには出来ないと布団からは這い出し戸を開けたおキヌの前にいかにも「魔女です」と言った格好の少女が立っている。

「あの…あなたは?」

「私は旅のリンゴ売りです。どうかこのリンゴを買って下さい。タダでもいいです」

「でもタダは悪いですから…」

小銭を渡すおキヌにベコリと頭を下げると少女は一個のリンゴを彼女に手に載せ、そのままニヤリと笑って雪の中へと消えて行った。
不思議に思いながらも手の中の真っ赤なリンゴの放つ甘いにおいに誘われておキヌは一口齧ってみる。

「うっ!」

途端に胸を押さえて苦しげに呻いて倒れると、おキヌはそのまま動かなくなった。

突然の火サス展開に園児たちが息を飲んで見守る中、舞台にどたどたと足音が鳴り、外から昔の消防士の格好をしたシロが帰ってくる。
ヤレヤレと肩に積もった雪を払いつつ部屋を見回したシロは自分の足元に倒れていたおキヌに今更ながら気がついた。

「おキヌ殿どうしたでござるか!!」

揺さぶってみても返事は無い。
かわりに彼女の手からポロリと毒々しい赤のリンゴが落ちる。

「死んでいるでござる…そしてこれは!」

落ちたリンゴを拾って見たシロはそこに書かれたダイイング・メッセージに気がついた。
リンゴには墨の色も鮮やかに「犯人はタマモ」と犯人名、さらに律儀なことに住所と電話番号まで書かれていた。

「おのれタマモ!! こんな悪逆非道の仕打ち断じて許せん! 各々方、機は熟した!! 今こそ討ち入りでござる!!」

途端にデンデンデンツクデデスケデンと舞台に鳴り響くは山鹿流陣太鼓。
その音に誘われて集まって来たのは、火事装束に身を包み、それぞれの武器を構えた友情出演のご近所の飼い犬さんたち四十七匹。
『ワンワンワーーン!』と鬨の声も勇ましく目指すは本所松坂タマモ屋敷。

「行くでござる!」 『ワーーー!』

こうしてシロは道中の苦難を乗り越えて四十七匹の仲間とともに深々と降りしきる雪の中、今こそ本懐を遂げんとタマモ邸へとなだれ込んだ。

「うお! なんだお前らは! 曲者だ! 出会え出会えー!!」

「成敗!!」

「ぐはあーーー!!」

叫ぶ横島を一刀の元に切り捨て、屋内に突入したシロたちはついにお揚げ小屋に隠れていたタマモを見つけ出すと雪の中に引っ張り出した。

「わ、私が何をしたって言うのよ!」

必死に抗弁するタマモの前に進み出るのは先ほど切られたはずの横島と毒殺されたはずのおキヌ。
横島が懐から某有名ドッグフード缶を取り出すとタマモへと突きつける。

「ええーい。控え。控え。控えおろう! 悪に染まりし悪キツネよ。今こそその目でしかと見よ! こちらにおわすお方こそ恐れ多くも犬公方!!」

お約束の台詞についに観念したタマモが「へへーっ」と平伏し、シロがカンラカンラと笑ったところで拍子木がカンカンカンと鳴りおキヌの作った劇は終わった。

だがしかし…

終劇と同時に文珠の効果が切れ、我に返る出演者一同の前にシーンと静まりかえった客席がまるで津波の前の海のような不気味な姿を見せていて…

「ち、ちょっと…これって不味くない…」

とタマモが言えば

「プ、プレッシャーが高まっているでござる…」

とシロが震える声で続く。

どうも状況はかなり悪いみたいだ。
子供はともかく父兄の皆さんの中には過度の電波に頭を抱えている人もいる。
っていうかほとんど全員そうだった。

「逃げるぞみんな!!」

さすがにやばいと気がついた横島の声を合図にあのトロいおキヌまでもが世界陸上の選手も真っ青のスピードで緩慢に動き始めた観客たちの間を駆け抜けた。

我に返った観客たちが気がついたとき、すでに少年たちは事務所へ逃げ帰る途中の、幼稚園から5キロは離れた場所を脱兎のごとくひた走っていたのである。

「おキヌ殿! なんだってあんなシナリオにしたのでござるかー!!」

「えーーーーん、だってだってー。みんなの希望を取り入れたらこんな話にー!」

「せめて前もって練習していればーーー!! それになんか私の扱い悪かったしーー!!」

「俺のせいだっちゅーんかーー!」


息を切らせ喧嘩しながらも何とか事務所に帰り着くことができ、ホッと安堵の息を漏らした一同は「ぐす…とうとう本番まで無視された…」と事務所の入り口で体育座りでいじけている令子の姿に真実を告げるかどうかしばし迷うことになったのであった。


おしまい


後書き 
ども。犬雀です。
えーと…電波なSSですねーと自分で思いつつ。
けっして採って来たキノコの毒にあたったわけじゃないですよ。

なおこのSSは実在の人物・団体とは完全に無関係です(笑)

ではでは


1>ミアフ様
そうかもしれないですね。

2>Ism様
そうですね。犬も結局、通り過ぎます。辛いですね。

3>スケベノビッチ・オンナスキー様
やはり生き物が死ぬのを見るのは辛いものです。

4>ダヌ様
なかなか現実とは割り切れないものですよね。

5>武者丸様
そうですね。野生の動物と絆を結ぶと言うのは諸刃の剣なのかも知れませんです。

6>k82様
助かるエンドは考えられませんでした。すみません。

7>黒覆面(赤)様
どうも犬のシリアスの傾向としては日常の出来事にからむ事件が多いかもです。
普通に生きるって大変なのかもですね。

8>キツネそば様
犬は文章があんまり上手でないので、そういう部分を誉められるととても嬉しいです。

9>偽バルタン様
日常に物語はいくつも転がっているのだと…でも犬たちはそれに気づかないのかもですね。

10>aki様
犬の在では動物が多いのでこういう機会も多いのです。
自然とどう付き合うか…後の世代に伝えたいものです。

11>リーマン様
タヌキは見ませんがキツネなら裏に住んでます。
たまにコウモリも見ます。どんな田舎者なんでしょうか犬は(笑)

12>参番手様
うーん。ダーク表記ですか…犬にしては現実としてありふれた光景なので考え付きもしませんでした。もしや犬はダークサイドに落ちているのでしょうか?(笑)

13>欠美士様
なんだかんだで未発表とか別ジャンルも含めて200話ほど書いてますが、未だに句読点の使い方がよくわかりません。犬の場合、諸般の事情で音読は自殺行為なのです。
今後も研究してみます。ご忠告感謝であります。

14>純米酒様
無念…その一言で充分だと思います。

15>いりあす様
犬の在はヒグマが出ます。犬も接近遭遇をしたことがあります。
マジでしっこ出そうになりました(笑)

16>十六夜様
イタチですか。犬の家の物置にミンクが住みついて困ったことがあります(笑)

17>桜葉様
うーん。ぽっぽこぷー娘さんとかは知らないです。申し訳ない。
ハサミとジャガー。イソギンチャクとジャガーはそれぞれ「デストロン」と「ゲル・ショッカー」の怪人ですね(笑)

18>P-max様
初めまして。裏目………。
そうですね。
答えは読者の皆様の想像にお任せしますが、そこまで読んでいただけて犬はSS書きとして幸せであります。


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