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▽レス始

「夏の日の君達は(GS)」

竜の庵 (2006-08-12 00:14/2006-08-12 13:03)


 『今年は例年に比べ平均気温が1.5℃も高めで推移しており、記録的な猛暑が続いています。都内のビアガーデンでは…』


 横島忠夫はぼーっとする頭で、TVから伝えられる情報を整理していた。

 彼の住むアパートは壁が薄い。夏は暑くて冬は寒い。

 今年は猛暑。なんだか暑いと猛暑で涼しいと冷夏…毎年どちらかになっているような気がする。異常気象という奴だろうか。

 つまり、ここにいても自分を襲う熱波から逃れることは出来ないってことだ。

 パンツ一丁で畳に寝そべり、少しでも涼を得ようともがく姿は、炭火焼の網に載せられたアワビのようで。食べたことはないけど。醤油なんか回しかけられたら、香ばしい匂いがしそうだ。

 温度計は裏返して伏せてしまった。別れた恋人の写真をそうするように。いませんけど。

 現状打破のために必要なのは、やはり行動力だろう。横島はのろのろといつものジーンズを履くと、流石に上半身はTシャツだけで部屋を出た。Gジャンなんか着てられません。バンダナも然り。


 「夏やなぁー…」


 雲ひとつない晴天に、金色の火球が浮かんでいた。憎憎しげに睨もうと思いましたが、眼球が蒸発しそうになるだけなのでしません。

 横島は、容赦なく降り注ぐ熱線と、足元からの輻射熱に体を苛まれながら…夏季休業中のバイト先へと向かうのだった。…大名商売ですね?


 夏の日の君達は


 「心頭滅却しても暑いもんは暑い、って言葉は誰の至言でござったろう…」

 「武士の言葉じゃないわねー…」

 美神除霊事務所では、尻尾の生えた二人の少女が扇風機の前に並んで座っていた。扇風機が首を振るのに合わせて、上体をゆらゆらと左右に動かして少しでも風の恩恵に与ろうとしている。
 ぶっちゃけ室温30℃を突破している状況では、扇風機から湧き出る恵みの涼風も、数メートルともたずに温―いそよ風に変わってしまうため、必然的にシロ&タマモの座り位置は扇風機の真ん前になっていた。

 「シロちゃん、タマモちゃん。麦茶入りましたよー」

 声の主は、猛暑にも堪えた様子のないおキヌであった。彼女の格好は薄い藍色の浴衣姿で、日本の夏の良き慣習を彷彿とさせる、涼やかなものだ。花火やお祭りの時に隣にいてくれたら、男子諸君は本望この上ないでしょう。ビバ・和風美人。

 「おキヌちゃん、それって涼しいの?」

 浴衣に興味を持ったのか、タマモがおキヌに聞いてくる。おキヌは冷たい麦茶の入ったコップを手渡しながら、笑顔で答えた。

 「涼しいですよー。私、自分の部屋に風鈴も下げてますから雰囲気もばっちり。夏はこれに限ります」

 「ふーん…ねぇ」

 「はい?」

 「やっぱり、下着は着けてないの?」

 「きゃん?!」

 悲鳴は、脳天から冷えた麦茶をぶっかけられたシロでした。器用にも、ひっくり返ったコップが銀髪の上に載ってます。
 顔を真っ赤にしたおキヌの手が滑り、この惨状となったのだが…シロは大分暑さにやられていたのか、「ちょっと涼しくなったでござるー…」とそんなに嫌がってなかったり。重症です。

 「着けてます! というかタマモちゃん着付けとかそういうの詳しくないの?」

 「ぜーんぜん。でも着物の時は下着着けないのがルールであり伝統だ、って」

 「誰が言ってたの?」

 「ヨコシマ」

 「………………………」

 おキヌの目に冥い殺意にも似た感情が灯りましたが、次いで訪れた『自分がもしほにゃららだったら横島さんは喜ぶだろうか』という疑問に殺意は消え、身を捩って悶える始末に。
 「事故に見せかけてちょっとはだけちゃったり…きゃあああああ!」と呟くおキヌの声は、再び扇風機の虜となっていた二人の犬神には届いていませんでした。暑さは思考も斑にしてしまうもので。

 「決めた。私、お風呂に水張ってくる」

 「ぬあ!! タマモ………ッ!!」

 すっくと立ち上がったタマモに、シロは驚いたような声を上げて親指を立てた。

 「ぐっじょぶでござるよ! 水浴び水浴びっ!!」

 何だか細かいシチュエーションの妄想に入りだしたおキヌを尻目に、ぶんぶんと尻尾を振り振り、シロ&タマモは浴室へ向かうのだった。


 「お、そーだ。アイスでも買ってってやるかー」

 事務所へ行く途中、横島はコンビニに寄ることに。指折り人数を数えて、財布の中身とも相談しつつ、それなりに質も量も高そうなものを選んで買い込む。ここから事務所までは五分程度なので、十分に保つだろう。

 「いらっしゃいま…あら横島くん」

 「愛子?! 何バイトなんてしてんだお前!?」

 レジに立っていたのは、このコンビニの制服に身を包んだ机妖怪…愛子であった。本体である机は、どうやら事務室の方に片してあるらしい。

 「いーじゃない。夏休みにバイトするのも青春よ? …あらアイス? 暑いもんねー」

 「ここの店長凄えな…妖怪雇うのかよ」

 「普通に面接に通ったのよ。文句ある?」

 履歴書には、妖怪ですが頑張りますと素直に書きました。その辺が、店長の心の琴線に触れたようです。

 「…まあ暑いしな。んじゃこれ頼むわ」

 「はいはーい。ドライアイス、サービスしとくね。全部で650円になりまーす」

 「お、悪いな。んじゃこれで。バイト頑張れよー」

 「そっちもね。ありがとうございましたー」


 冷房の効いた店内から外に出ると、やっぱり暑かった。

 雲ひとつなかった空に、今は入道雲が生えている。

 「…これでセミの声でもすりゃあ、夏の風物詩セットの完成だな」

 暑い暑いと言うだけでは芸がない。横島は手元のアイス、入道雲、どこかの家の軒先からであろう風鈴の音。それらを見聞きして、そんなことを思いつつ。

 「これはこれでいーもんだなー…」

 ぶらぶらと、また歩き始めるのだった。


 水着に着替えたシロ&タマモの両名は、きゃいきゃいと水浴びに興じていた。

 「生き返るようでござる! 女狐の発案にしては悪くないでござるな!」

 「気持ちいーわー……馬鹿犬の馬鹿声も許せるくらいに」

 「狼でござる…ふぃー…! む!」

 冷水のシャワーを頭から被っていたシロが、唐突に鼻先を浴室の窓のほうに向けた。目がきらきらと輝いているのを見て、タマモは察する。あー、あいつ来たんだ、と。

 「先生が来るでござる!! 拙者の第六感がそう言っているでござる!」

 「第六感って。普通に嗅覚じゃない」

 「これは千載一遇のちゃんす! 先生を拙者の悩殺せくしーぽーずで篭絡し、名実ともに拙者のものにするでござるよ!」

 「あんた元気ねぇ…好きにやればー?」

 シロの水着姿は、浜辺で目を惹くというよりは…まんまマラソン大会にでも出そうなアスリートのようですが。チチシリフトモモ信者の横島に効果は薄そうです。

 せんせぇーーっと飛び出していったシロなど見向きもせずに。
 タマモは風呂に浅く張った水をぱしゃぱしゃと蹴飛ばして飛沫と戯れつつ、窓の外、抜けるような青空を仰いで目を細めた。

 「空、たかーい…」

 窓枠に仕切られた四角い空は、まるで絵画のように外の風景を見せるのだった。


 「………………」

 おキヌは今、幽霊時代を含めて300年を超える人生の中で、最大の決断をしようとしていた。
 おキヌの自室、全身を映す鏡の前で。

 「……うう…でも、恥ずかしいです……」

 ぶっちゃけ浴衣の下の問題を、まだ引き摺っているだけですが。悶々と帯に手を掛けては離し、鏡を見ては顔を赤くし、で。かれこれ30分ほども経ってます。


 ちりーん


 そんなおキヌの耳に、涼やかな音色が染み入ってきた。

 「…あの風鈴。横島さんにお土産でもらった奴だったな…」

 地方に除霊に行った際に、留守番だったおキヌに買ってきたものだ。陶器製の、柔らかな音の鳴るおキヌのお気に入りだ。

 「………」

 安物だけど、と言って手渡された木箱を、真っ赤になって受け取った覚えがある。その木箱も当然、大切に保管してあったりしますが。

 「…このままでいいよね。ヘンなことしなくても、横島さんは…」

 すっ、と襟元だけ整えて。
 おキヌは部屋を出た。


 ちりーん


 出る間際に聞こえたその音色に、背中が押されたような気がしました。

 ドアを開けた途端、水着姿のシロが、廊下を水浸しにしながら玄関の方へ駆けていくのが見えて…おキヌは微苦笑を浮かべた。

 「シロちゃん! ちゃんと体は拭いてから出なきゃ駄目よー!」

 洗面所にバスタオルと雑巾を取りに行きながら、おキヌは叱る。まるでお母さんみたいだなー、と自分でも思って。

 「平和な日ね、人工幽霊一号」

 『そうですね、おキヌさん』

 忙しなく流れる時間の最中、こんな日があることに感謝しつつ。

 おキヌは洗面所に入っていった。


 「ん…風鈴、近いんかな」

 事務所玄関の前で立ち止まった横島は、不意に聞こえてきた風鈴の音色に耳を澄ましていた。

 が。

 「せんせぇーーーーーーーーーーーーーっ!!」

 ばたーん、とドアがえらい勢いで開けられ、何故か水着姿の弟子が飛び出してきたことで、余韻もへったくれもお空の彼方に飛んでいってしまった。

 「シロ!? お前なんで水着………でそんなポーズを」

 てっきり飛び出した勢いで顔面舐めのコンボに繋がると思っていた横島。

 「うっふーんでござるよ」

 「……シロも成長したな。おねだりのポーズとは…」

 シロはその言葉を聴いて、己の勝利を内心で確信した。確実に今、横島は自分に『女』を見ている! と。
 実際、シロの取っているポーズはセクシー系としては定番、グラビア大好きっ子の横島にとっては見慣れたものだ。その意味するところも正確に理解している。

 横島は我が子の成長を喜ぶ父親のような表情で、シロにビニール袋を持ってない右手を差し出してきた。

 「はいお手。よく出来ました」

 ぽん、とシロの左手に差し出した手を置き。犬にやるように頭を撫でて。 横島はポーズを崩さないシロの脇を通って、事務所内へ入っていった。

 「いやー、玄関で出迎えてお手をねだるなんて、シロも成長したよなー」

 「お手をねだったのではなく女豹のぽーずでござるぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!」

 シロは玄関前に四つんばいになって、左手を顔の横でくねらせていた。これがシロじゃなかったら…横島の理性は炉心崩壊、メルトダウンものだったのですが。

 「あ、お替りもしてほしかったのかシロ?」

 「うわああああぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーんでござるぅぅーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」

 水着姿のまま、シロは通りへ飛び出していった。道行く人は…ああマラソンの練習か、と慰労するような目で見ています。さようならセクシー。こんにちはアスリート。

 「おーい! アイス買ってきたから皆で食おうぜー! ぅおう!? タマモも水着かよ」

 そんなシロには目もくれず、横島はビニール袋を掲げて叫ぶのだった。


 「夏ってさー…なんかいいよな」

 買ってきたアイスの一つは冷蔵庫に入れて。
 浴衣のおキヌと水着のタマモを引き連れて応接室に入った横島は、そんな事を呟いた。

 「こんな風に思うのって、日本人だけなんかなー」

 「暑い中でも涼を得ようと工夫して…その工夫っていうのがとっても優しいんです。風鈴の音色や、線香花火…水を張った桶の中のスイカとか」

 「風物詩って言葉が一番似合うのは夏だよなー…風情があるっつーか」

 「ヨコシマが言うとなんかやらしいわね」

 「よしタマモお前の分のアイス無しな。油揚げでも凍らせて食ってろ!」

 「そんなのとっくに試したわよ! いいからそのアイスを寄越しなさい! 狐火で変な風に日焼けさせるわよ!」

 「二人とも、余計暑くなっちゃいますよ」

 アイスの奪い合いを始めた横島とタマモを余所に、おキヌはあずきバーを一口齧って頬を綻ばせる。至福の表情です。

 「ただいまでござる! 思わず隣町の本村殿のお宅まで走ってしまったでござるよ。ついでにスイカもご馳走になったでござる!」

 全力で走って嫌な事は忘れたのだろうシロが戻ってきて、聞き捨てならないことを晴れやかに語った。横島がジト目でシロを見上げます。

 「シロ? お前まさか…別宅持ってるんじゃねえだろな?」

 「!! そ、そんな散歩るーと毎に決まって作物を分けてくれる農家の方々やわざわざお握りとか用意してくれている御宅なんてナイデゴザルヨ?」

 「……タマモ。シロの分のアイス食べていいぞ」

 「あああああああああ!? なんだか暑い中冷たい視線がびしびし刺さるでござるぅぅぅーーっ!?」

 「シロちゃんの食事、もう少し考えないと駄目ですね。カロリー過多になっちゃう」

 「餌付けられてんじゃないわよ、馬鹿犬」

 なにやらノートを取り出して斜線を引きまくっているおキヌと、2本のアイスを交互に舐めてはうっとりとした笑顔を浮かべるタマモが、シロにそろぞれ引導を渡した。

 「シロ…散歩は人様に迷惑をかけずにやれ、って言ったよな?」

 「迷惑はかけてないでござるよぉ! みんな拙者の食べっぷりが気持ち良いって…はっ!?」

 横島は大きくため息をつくと、仕方ねぇな、と笑って。墓穴を掘って固まっているシロの額をでこぴんして正気に戻しました。

 「そのうち、一緒に謝りに行ってやるよ。ったく、シロらしいな」

 「せんせぇーーーーーーーっ!!」

 「舐めるな! っちゅうかまず汗を流してこんかぁぁぁぁ!!」


 夏の日の君達は

 どこまでも明るく

 いつまでも輝き


 「お、セミの声だ…これでセット完成だなー」

 「セットってなんですか?」

 「あー、それは…」


 変わらず、図らず、荒まずに

 ありのままの日常を

 ありのままに過ごして欲しい


 「あっついでござるなー」

 「暑いわねぇ…」


 夏の日。
 なんにもない日。
 美神除霊事務所の面々は、その暑さすら楽しみつつ、いつものようにわいわいと過ごすのだった。


 おまけ。


 「暑い時に暑い場所にいるなんて馬鹿のやる事よねー」

 避暑地で有名な某高原の更に一等地、白亜の建物に隣接したプールの縁にパラソルを立てて。

 ビキニ姿の美神令子は、誰はばかる事無く自身の夏を謳歌していました。

 「極楽極楽〜って、ちょっとおばさん臭かったかしら」

 「令子ちゃ〜ん。一緒に泳ぎましょうよう〜」

 のほほーんとした声がプールから掛けられる。声の主は異形の群れに埋まるようにして、プールの真ん中へんを泳いでいました。飛び込むともれなく美神も同じ目に遭います。
 当然、美神は手を振って断…

 「泳がないの〜? 一緒に遊んでくれるって言うから〜うちの別荘開けたのに〜…」

 ぴたり、と。プール内の異形…正確には12匹の異形の群れ全てが、じーっと美神を見つめていた。中心にいるウル目の彼女と共に。
 断ろう、と振っていた手は…次第に大きく、まるで準備運動のように振られて。

 「さ! さー! 泳ぐわよー! 冥子! 今年の目標は200メートルで2分切ることよっ!」

 「わ〜令子ちゃん凄い〜」

 ぱちぱちりぱち、とリズムのない拍手を返したのがこの別荘の持ち主、六道冥子でした。

 「ほら冥子! 悪いけど十二神将そっちに寄せてね? はいはいここからこっちは私の記録用コースってことで! 入っちゃだめよー!」

 「は〜い。みんな〜分かった〜?」

 十二通りの返事がして、美神の前、第1コースが空いた。

 半ばやけくそになって美神は手足の屈伸運動を始める。やるからには本気、というのが彼女らしくて素敵ですね。

 「あはははは…何でこうなるの? っていうか冥子に頼った時点でこうなる運命? 皆に抜け駆けして涼しくなろうとしたのが悪かったのかしら…」

 用意のいいことに、プール脇の監視台に、メイド服の女性がスターターを構えていたり。

 「はー…ヘンな事しないで事務所にいれば良かったわ…」

 「頑張って〜令子ちゃ〜〜ん〜〜」

 気が抜けるような声援を受けて。

 メイド服の女性、というかメイドさんが高々とピストルを太陽に向けて…引き金を引いた。

 ぱーんと小気味いい銃声が鳴り響く。

 「避暑に来たのにぃぃぃぃぃっ!! 疲れるのイヤぁぁぁぁーーっ!!」

 美神はさめざめと涙を流しながらも、プールに飛び込むのであった。

 因みに200メートルで2分切るには日本女子最高記録に肉薄する必要があったり。

 頑張れ美神! 胡乱な神様がきっと君を見ているはず! うん、多分!


 おわり


 暑中お見舞い申し上げます。
 竜の庵です。
 単発作品の投稿を最近見ないなぁなんぞと思いまして。
 うだるような暑さの中、思いついたものをSSにしてみました。
 ご感想等頂ければ幸いです。
 スランプのレス返しは本編でしますね。
 はあ暑い。

 ではこの辺で。最後までお読み頂き有難うございました!


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