オレがその爺さんと出会ったのは半年くらい前だったと思う。
その日は、前日の夜半から降っていた雪も昼過ぎには止んで、あたりはもう真っ白な…使い古された表現だけど、銀世界だった。
オレはたまたまバイトが休みで…ああ、オレは高校生兼、ゴーストスイーパーの見習いをやってるんだ…放課後、手持ち無沙汰でなんとなく、ホント何の気無しに、下校中に遠回りして、公園に足を向けたんだ。
ほら、昔鉄塔が建ってたっていう、跡地の公園。
そこに、爺さんはいたんだ。
結構歳は行ってそうだったんだけど、腰とか全然曲がってなくて、ぴしっとした感じ?そんな感じ。
ジーパンとジージャンなんて歳甲斐もない服装だったけど、着慣れた感じではあったな。
肩からステンレスの水筒かけてたのはちょっと変だった。
冬だったからさ、日の落ちるのも早くて。
少ししたら夕焼けでもう、視界はオレンジ色で。雪の白が夕陽のオレンジを映して、なんだか幻想的な雰囲気だった。
爺さんはまぶしげに夕陽を見つめてた。
雪の中、杖をつきながらもしゃんと背を伸ばして立ってた爺さんは結構格好よかった、と思う。
夕陽と爺さんが一つの世界を作ってるような気がして、オレはなんだか見入ってた。下手に動くとなんか邪魔しちまいそうでさ。
いや、変な意味にとるなよ。すげえきれいでカッコいい絵面だったんだって、マジで。
少ししてさ、爺さんが言ったんだ。こっちに目をくれてさ。
「なあ、ボウズ。綺麗なもんだろ?せかせか生きてる連中はこんな身近にある綺麗なモンまで忘れちまう。勿体無いもんだ」
最初、オレ、自分に話し掛けられてるって気づかないでさ。
ぼおっとしてたら爺さんがづかづか歩いてきて。
「おいボウズ。俺はおまえに話してんだ。ああ、いきなり知らん奴に声かけられても困るか」
なんて笑いかけてきた。
「俺は…怪しいが、まあ、悪人じゃない。おまえさんを拉致ろうとか、詐欺にかけようとかは考えてないから安心しろ」
その笑顔がどうにも人懐っこく感じて、警戒心なんか抱けなかったね。
「ほれ、もう陽が落ちる。夕陽が綺麗に見えるのはほんの少しの間だ。昼と夜の隙間のほんの少しの時間、顔を空に向ければ、お天道さまはこんなに綺麗なモンを拝ませてくれる」
そういって爺さんはまた夕陽に目を戻した。
「…ホントに、綺麗ですね。なんで気がつかなかったんだろ」
いままでどえらい勿体無いことしてた気分になって、そう言うと爺さんは嬉しそうな目をオレに向けて、
「若いうちにそれに気付ければ上等さ…飲むか?」
水筒のふたに中身を注いで、差し出してくれた。
中身は熱いコーヒーだった。
ミルクも砂糖もちょっと多いような気がしたけど、気が付かない内に随分と冷えていた体には有難くて。
しばらく二人でずっと、夕陽を眺めてた。
ずるずるとすすってたコーヒーが無くなったころ、
「……さて、もう夜だ」
言われて気がつけば夕陽は落ちて、もう大分暗くなってた。
「暗いからな、足元に気をつけて帰れよ」
爺さんはそう言って、危なげない足取りで去って行った…杖を使ってるのに。
その時初めて、爺さんに右脚が無いことに気がついた。
「なんか凄え爺さんだったなあ」
身のこなしとかもそうだったけど、存在感っていうか何と言うか、そういうにじみ出るものがあったんだわ。
ああ言うのが「格」っつうのかな。とりあえずうちのガッコのセンセイあたりじゃ勝負にもならんかったろうな。
なんとなくいい気分になって、オレはその日は家に帰ったけど。
途中で雪で滑って転んだのは秘密だ。
続く。
爺さんの話、第一話をお送りします。
何も起こらない話です。
多分、最後まで大したことは起こりません。そういう話です。