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▽レス始

「偽らない嘘(絶対可憐チルドレン)」

カル (2006-07-09 01:23)

ぴちゃぴちゃという水音がやけに艶かしく廊下に響き渡る。
-僕は何をしている?
未成熟な小さな唇に、自らの唇をあてがっている。
-そう、コレは単なるおやすみのキス。
家族に与える親愛の情の表現方法。この行為にそれ以上の意味もないし、他意もない。

こつん、と彼女の幼い舌が僕の前歯をノックして口腔への侵入を求めてくる。
-これは僕に対する免罪符なのか
僕は迷うことなく口を開いて彼女の侵入を許可した。そう許可しただけ。
彼女のその短い舌ではいくら伸ばしたところで僕の口腔に触れることはかなわない。餌を求める雛鳥ののごとく中空を必死に手繰り寄せている様子が、目には見えないがありありと感じ取れる。
普段と異なる感覚に触れ合っている部分が僅かにこわばっていく。小さな唇から伝わってくる感情は不安。僕の主観じゃない、ソウ伝わってくるのだ。

どれだけそうしていただろう。とても長い時間だった気もするし刹那の時だったようにも思える。たぶん後者だ。
不安の色が悲しみに変わる瞬間、自らの粘膜を迎えによこした。
-いつもひどい目に合わされているんだ、このくらいの意地悪はかまわないだろう?

遅ればせた迎えに彼女の舌が絡みつき、引き込むように喉もとの奥へと誘われる。
ずっと舌を伸ばし続けていたせいで唾液を飲み込むことも出来なかったのだろう。彼女の口腔はとろとろにとろけた熱濁に満たされていた。
それら全てを掻き出そう蠕動する僕の舌の動きを制したのは綺麗に生えそろった彼女の小さな切歯だった。
痛みはない。先ほどの僕の行為を非難するかの様な甘噛み。
-しまった、読まれただろうか?

僕はそのささやかな講義を、舌を伸ばした体制のまま享受する。切歯によって挟み込むだけの甘噛みは、彼女に見合ったその小さな歯と相まってじゃれ付いてくる子猫を連想させ心地よさすら感じてしまう。
たまに意図せず触れる犬歯の痛みすら今は愛おしい。

ひとしきり甘えという名の抗議を受けた舌は開放され、反撃といわんばかりに彼女の口腔内を蹂躙していく。
上顎を、歯朶を舐めねぶり、舌同士を絡ませあった。
味などしないはずの唾液がやけに甘い。

「んっ」
と口付けを交し合ってはじめて漏れた声に、脳髄に撃鉄を降ろされたような襲撃を覚えた。思考は白濁にまみれまともな働きを放棄している。
ただ、彼女の唇ごと飲み込むような深い繋がりを求めた。
舌先を喉へも届かせようというかの如き勢いで、深く舌を口腔の奥まで届かせていく。

彼女の色素の薄い柔らかな髪が鼻にかかってこそばゆい。
顎を引き上げ、溜め込んだ唾液を彼女の奥へと流し込んでいく。本来異物であるはずのそれを何の躊躇もなく喉を鳴らして嚥下してゆく。
あまつさえおかわりを求めるかのごとく僕の舌先に吸い付いてくる。

瞳を開いた先にあるのは見慣れた少女の顔。
彼女は、超能力支援研究局・バベルの特務エスパー「ザ・チルドレン」超度7の接触感応能力者三宮 紫穂である。
その能力のせいか普段、どこか達観した大人びた雰囲気を持った彼女も今は年相応の10歳の少女の顔をしている。
その表情は穏やかで、あまりにも無防備だった。

-そう、僕は間違ってはいない

いつからこのような関係になっていったのか?
そんなことは今更どうでもいい。彼女が安心して眠れるように唇を交わし続ける、ただそれだけだ…


「なぁ…、紫穂…これはいったい何のまねなんだ…」
「ん?何って私はだだ椅子に座ってるだけだけど?」
口元に人差し指をあて、心底不思議そうな様子で尋ねてくる。
正直取り付く島もない…

「だったらなにか?僕の膝は君の椅子なのか?」
そう、どういう訳か紫穂は僕の膝のうえに可愛らしくちょこんという擬音が似合いそうな感じで座っている。
別にその行為自体が珍しいわけじゃない。薫なんかは僕がテレビを見ていると当たり前のようにのっかかってくるし、葵もよく肩を椅子がわりに使ってきたりする。
まぁ、紫穂がそのようにしてきたことが今までになかったから少々驚いているが、そんなことは実は大した問題じゃない。
例えば今、僕たちがテレビなりを見ていたとしたらこれほどまでに語気を荒げることはなかったのだ。

目の前にはシチューが暖かに湯気を上げている。
そう、僕たちは今まさに夕食を始めんとしていたところなのである。

「さぁ、皆本さんがそう思うんならそうなんじゃない?」
あまりにもあっさり言葉を返されてしまい最早反論する気すら失せようとしていた。そのような胡乱な頭がふと考える…

-薫と葵がいなくて本当によかった…


まことに遺憾な話だが僕のマンションは現在「ザ・チルドレン」たちの合宿所と化しているといっても過言ではない。
最近となっては実家に帰るほうがまれになってきており奇妙な共同生活がなされてきている。…いや、実際のところ家事はほとんど僕がやっており共同生活というよりは完全に保護者の気分なんだが。

ルームメイトである薫と葵は実家に帰省している。紫穂もまた帰省する予定だったのだが実家の都合が合わなかったせいで時期を延期することになったのだ。


「…今、薫ちゃんと葵ちゃんがいなくて良かったってちらっと考えてた」
ドキッ
と心臓が一段高く跳ね上がる。
「いや、その…」
慣れていたこととはいえ、油断していたところにいきなりではさすがにうろたえてしまう。呂律がうまく回らない。

「クスクス、大丈夫よ。二人には内緒にしとくから」(言ったら私が怒られちゃうし)
「はは、それは在り難いね…」
本当に愉快そうに話す紫穂の言葉に、狼狽した返事を返すしかない。
それと、勝手に心を読まないでくれ…
「ええ、善処するわ」

-だからそれを止めてくれって言ってるんだ!!!
と心の中で思いっきりつっこみを入れておく。多分、いや間違いなく読んでいるだろう。

「ねぇ、皆本さん」
-思いっきり無視された、まぁいいけど
「なんだ?」
「ご飯冷めちゃうわよ」
指摘された事柄は至極まっとうな言葉だった。

そして話がそれて、すっかり忘れていた議題を思い出した。
「いい加減どいてくれないか?」
その言葉に彼女はちっ、といった顔をし返答してくる。
「別にいいじゃない。そんなに不都合はないでしょ?」
理屈もへったくれもないが、彼女は僕の上をどく気はないらしい。

まぁ、これほどまでに慕ってくれていることは正直嬉しいくもあるし、このまま椅子になってもかまわないとも思えてきている。
ただ、向かいの席には僕の使っている食器より一回り小さなそれにしっかりと食事の用意がされているのだ。
僕の分だけしか用意していなかったのならば良かったのだが、すでに紫穂の配膳も済んでいる。
だから僕は自分の席で食事を取ってほしいのだが…

カチャカチャ

-?いったい何の音だろうか?
そう思い自分の胸元に目を向ける。

すり切りいっぱい並々と注がれたシチューと満面の笑みを向ける紫穂の姿がそこにはあった。
無論、表面張力ギリギリまで汁物を注いで夕食にいらぬスリルを持たせるような趣味は僕にはない。薫あたりはやりそうだが…
僕は適量のシチューしか皿に注いではいない。つまり、何者かによって追加されたということ。
そして思いあたることは一つしかない。

「ね、これで問題解決でしょ?」
この満面笑みを崩す理由は最早ない。
両手を挙げて、もう降参だと意思表示をする。そんなことをしなくても彼女には伝わっているだろうけど。


それからの食事は楽しいものだった。
何と言っても最初の一口から頓挫するのだから。

『なぁ、このシチューどうやったらすくえるんだ…?』
『…これはかなり難しい任務かも』

結局彼女の能力を解禁して、僅かな波紋すらサイコメトリーしながらの慎重な作業となった。


シチューのジャガイモやにんじんすら避けて食べようとする紫穂に食事を給仕する羽目になったりもした。

『皆本さんが食べさせてくれるならたでてもいいかな』
『…わっかた、今日だけだからな』

紫穂に給仕するせいで僕がほとんど食べてないことに気付いた彼女が食事を差し出してきたりもした。
おかげで、互いが互いの給仕をし合うという奇妙な夕食になったのだが。

一つの食器で二人が食事をする。ただそれだけのことなのに僕は不思議な温かさを感じていた。
人一倍親離れがはやく、兄弟もいなかった僕にとってそれははじめての経験でこれが家庭の温かさなのだろうと一人納得した。
そして、その温かさを彼女と共有できたことが何より嬉しかった。
そんなことを考えていると、紫穂の頬が真っ赤に染まっていく様子がなんともくすぐったく感じたものだった。


-おかしい
今日の紫穂は絶対におかしい。
それが現在、僕の導き出した答えだった。

僕は今、リビングにあるテレビの向かいのソファーに腰を掛けている。
その膝の上には風呂上りの上気した髪を拭う紫穂が最早そこが自分の定位置だと言わんばかりに鎮座している。

「なぁ、…いや何でもない」
「いいじゃない、私はここがいいの」
「…勝手に思考を読むのは止めてくれといつも言ってるだろ」
「あら、今のは皆本さんが意味深に言葉を濁したりするからよ」
今日一日、彼女はずっとこういった様子である。

午前中の内に薫たちが実家に帰ってから、暇になった僕たちは夕食の買い物も含め街へと繰り出した。
今思えばその間も彼女は僕の手を腕ごと掴んで放そうとしなかったし、夕食もまた僕の膝の上で行った。
あまつさえ、風呂まで一緒に入ろうといい始めひと悶着あったのだ。
さすがにそれだけは遠慮させてもらったのだが…
-僕にそのような趣味はないのだ!

そして今、風呂から上がって一直線に僕の膝の上にやってきている。
明記しておくが決して嫌なわけではない。
これほどまでに懐いてくれるのだ。保護者冥利に尽きるというものである。

ただ、気になることは彼女はこのような行為をする少女だったかということだ。
普段、紫穂とは手を繋ぐことは多々あってもそれ以上の一時的接触をもった経験はほとんどない。その彼女がこれほどまでに甘えとも取れる触れ合いを求めてくるのだ。手放しに喜んでばかりはいられない。
彼女は超度7の接触感応能力者である。心身の問題がどのような支障を能力にあたえるのか分からないのでだ。
何かしら思うところがあるのなら伝えてほしいし、悩みがあるなら解決してあげたいとも思う。

そう考えれば思うところがないではなかった。
今日は本来ならば、彼女もまた葵たち同様実家へと帰っているはずだったのだ。
その能力ゆえに同世代の子供に比べ大人びた印象を受ける彼女ではあるが、やはりまだ10歳の少女。長らく親元を離れて過ごすのは寂しかったのだろう。
そしてその補填を僕に求めているのではないのか?
紫穂の求めてくるスキンシップは彼女の実家ではごく当たり前に行われている行為ではないのだろうか?
あの、厳つそうな警視庁長官に甘える紫穂の姿はなかなか想像し辛いものがあるんだけど…
「ええ、そんな訳ないじゃない」

苦笑していた僕の思考を遮ったのは、僕の胸に頭を預ける紫穂の言葉だった。
なっ、また勝手に…と、抗議の声を上げようかと思ったが飲み込むことにした。紫穂の言葉の真意が気になったからだ。

「それはどういう…」
「言葉の通りよ、家族にだってこんなにベタベタしたことないわよ私。そんに甘えん坊じゃないんだから」
何でもないことのように、少し頬を膨らましながら彼女は話しているがその言葉には言い知れぬ重みがあった。
言葉をいい淀んでいると、かまわず彼女は言葉を続けた。

「あ、でも触れ合いの補填を求めたっていうのはあながち間違いじゃないかも。私がこれだけ触ってっても嫌がらないのは皆本さんだけだもの」
「そんなことは…」
僕は彼女と彼女の父親である警視庁長官との絆の深さをこの目でで見て知っている。だから彼女の家庭は温かく優しいものだと思っていたのだ。
いや、そう信じていたかったのかもしれない。

「大丈夫よ、パパのママも優しいし能力の事なんか気にせず触れ合ったくれてるわ。皆本さんが気に病むことなんてないのよ?」
「はは、救われるよ」
彼女の悩みを解決するつもりが僕のほうが窘められてしまう。自分のふがいなさを感じるとともに、彼女には敵わないと苦笑を漏らしてしまう。

「ただね、いくら理解があるといっても私は超度7の接触感応能力者。必要以上の接触は家族といっても好まれないし、それが分かってるから私も求めたりしないの」
その瞳はここじゃないどこか遠く見ているようで、自嘲気味に微笑む姿は決して笑っているようには見えなくてひどく胸を締め付けられた。

びくっ、と彼女の肩が震えた。気がつくと僕は肩越しに腕を回しそっと小さな身体を抱きしめていた…
薄い布に覆われただけの身体は、柔らかく華奢で少し力を加えただけでつぶれてしまいそうだった。

どれだけそうしていただろか、緊張に僅かにこわばっていた固さも解け紅葉のような可愛らしい手は何時しか僕の腕にあてられていた。

-守りたい、この小さな女の子を守りたい

内側から湧き上がる思いはその一言に集約されていたと思う。
世界的に見ても稀有な、そして強大な力を彼女は与えられこれまで生きてきたのだ。その大きな力に潰されないよう、その身を心を僕は支えて生きたいと真摯に願ったのだ。

「今日はね…悪い言い方をすれば皆本さんを試してたの。私がずっと触り続けても皆本さんが嫌がらないかどうかを…ひどいよね、本当にごめんなさい…」
静寂が支配した部屋に響いた言葉はそんな掠れるような声だった。
別に起こる気にもならないし非難する気にもならない。
まぁ、いつも無遠慮に心を読まれているのだいい加減慣れというのもある…あんまり認めたくはないんだが…

ただ一つ気にかかることがある、それは…
「で、結果はどうだったんだい?」
伏し目がちだった彼女の瞳に光がやどる。そこにあったのは花のような、それでいてはにかんだ笑顔だった。
「皆本さんは言葉では止めてくれって言ってたけど、決して不快には思ってなかったわ。私が触れても皆本さんの心は揺れなかったの。(女の子としてはちょっと残念なんだけど)知ってる?いくら理解があっても私が触れると不安で心が揺れるの…いつ思考が読まれるかって」

自分の能力のことを話し始めると、とたんに笑顔から光が薄れていくような気がした。
こんな時、取り繕う言葉を僕は持っていないしそんなに器用でもない。出来ることは真実を伝えることだけだ。
「接触感応能力によって相手の思考を読むとき、表層の思考を読む分には問題ないが伝えたくないこと、秘密にしておきたいこと、過去の経験なんかの深い深度の情報を読み取ろうとしたとき、汲み上げた情報はどうしてもフィードバック相手に伝えてしまう。僕はバベルの研究員だ、それくらいの知識はある。そして、能力の発動は使用者に委ねられていて、よほど強く思わなければ不可抗力に伝わることはない。例えが悪いけど、一昔流行した病気と同じさ。正しい知識があれば恐ろしいことなんて何もない。そして何より僕は君を、紫穂という女の子を信用しているんだ。無用に人の心を暴いたりはしないってね。(時々いたずらが過ぎるけど…)」

ふぁ〜、可愛らしい欠伸が漏れる。
「なんだかちょっと眠くなっちゃった…ねぇ、ベットまでつれってって」
目元をぐしぐしと拭っていた両手を上げて猫なで声を上げる。
高潮したその頬には拭いきれなかった涙が一筋のこっていた。
僕にサイコメトリーの能力はないけれど、彼女の気持ちはなんとなく伝わっていた。

「ああ、これでいいかい?」
膝にのっかていた紫穂の身体をひょいっと抱き上げる。
小さなその身体は相応に軽く腕の力だけで簡単に抱き上げることが出来た。
膝元と背中で身体を支え横抱きに抱え挙げる。いわゆる『お姫様だっこ』体制である。決して意図した訳ではない。

「もっとうろたえてくれると思ったんだけど」
つまらない、とでも言いたげな視線を向けてくる。
さすがの僕も学習くらいする。うろたえるから余計にからかわれるのだ。
ここは大人の余裕というものを…

「このまま皆本さんのベットに運んでもいいのよ?」
「叩き落とすぞ…!」
一瞬の内に打ち砕かれてしまった。
ついいつもの調子でがなり上げてしまっている。

「そんなことしたら泣いちゃうんだから」
「---------っ!!」
口元に指をあて妖艶に微笑む姿に絶句してしまう。さっきまで僕の膝の上で震えていた少女とはまるで別物の大人びた笑顔。
そのギャップに心臓の音が一段高く跳ね上がったのを感じていた。

紫穂に悟られないように勤めて落ち着いて立ち上がる。まぁ、彼女には虚勢だときっとばれてしまっているだろうが…
「食べちゃってもいいのよ?オオカミさん♪」
「毎度言うようだけど、僕にそんな趣味はないからな!!」
これ以上は何を言っても逆手に取られそうなので黙って歩を進めることにした。
-まったく…この子にはかなわない


してやったいと上機嫌な紫穂と、どっと疲れた様子の僕がマンションの一室にしては比較的長いであろう廊下を歩く。
歩いてるのは僕だけで、紫穂はというと僕の腕の中にいるのだが。
いくら長いとはいっても室内である。彼女の寝室までたどり着くのにそれほど時間はかからなかった。
「さ、ここでいいだろ」
「ベットまで連れて行ってくれないの?」
「そのくらいは自分でやってくれ…」
短い距離だったが正直かなり体力を使った。別に彼女が重かった訳じゃない。気疲れというやつである。その理由は今更いうまでもないだろう…

「いいわ、じゃその代わりに…」
その程度のことで交換条件を突きつけられてはたまらないと抗議の声を上げようとして、僕の思考は停止した。

「…何のつもりだ」
腕の中の少女は、瞳を閉じ未成熟な唇を窄め口元に指を当てて停止している…いや、何かをまっている。
瞳は瞑ったままに窄められた唇が開かれる。

「なにって、お休みのキス」
「なっ-----------!」

「皆本さんとお話してたら色々改めて自覚しちゃって…なんだか寂しくなっちゃたの…」
「それとこれとは関係ないだろ!」
声は同情を誘うようにしゅんとしているが、瞼の奥のあるその目はきっと笑っている。

「皆本さんは私の保護者なんだからそれくらいしてくれてもいいんじゃない?」
「それは…」
そうして僕の逃げ場はどんどんなくなっていく。

「守ってくれるって言ったのに…」
「おまえっ!また………いや、いい…わかった。だけどするのは君のほっぺたにだ!」
そう、この一線だけは譲れない。

「そもそもお休みのキスが唇にってのは変だろ!そういうものは…その大切な人のためにとっておくべき「いいわよ、それで」…だ」
-はっ?
これまでの経験からもっとごねるかと思っていた。嬉しい誤算ではあるがあれだけ熱弁したぶん表紙抜けである。

「別に何もたくらんでないわよ?」
「あ、いや、その…すまない」
心を読まれてしまっているのについ勢いで謝ってしまった…まぁ、いいけど。

「ん、別にいいわよ。じゃ、ここにね♪」
そう言って人差し指の位置を右頬へと移す。

一呼吸おいて彼女の右頬へと唇を向ける。
この程度でうろたえるほど僕もこでもではない。
そうして、ほんのり赤みの差した頬えと唇が重なった…はずだった。

そこにあったのは頬よりもなお柔らかい…零れ落ちてしまいそうな水っぽい感触。思考が漂白されていく…
それを遮ったのは、触れ合うほどの距離にいる大きな瞳…いや、つい数瞬重なっていた少女の声だった。

「ご馳走様☆」

それからのことはあまり覚えていない。
彼女をベットに寝かしつけ、リビングに戻り酒を煽った。
鮮明に記憶に刻まれていることは彼女の幸せそうな笑顔だけ…


薫や葵が実家から帰ってくるまで数日、紫穂は僕の傍を離れようとはしなかった。
彼女は事あるごとに唇を求め僕もまたそれに応えた。
彼女の心の平穏を護るため、笑顔を守るため。そこに他意はない。

葵たちが帰って来てからもその行為は続いている。
人前ですることはなくなったので回数は劇的に減ったのだけれど。
-もちろん二人には内緒だ、ばれたらろくでもないことが待っているに違いない…
そこまで考えて不意に苦笑が漏れた。

舌先に感じるズキっとした響く鈍い痛み。
目の前の少女からのささやかな言葉なき抗議の声…

あの日から欠かすことなく続いてきたお休みのくちづけ。
今日も祈ろう、この子が良い夢を見られるように…

 


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