横島の朝はとっても早い。 何が早いって、弟子である忠犬『シロ』 「忠犬ではないでござる! 忠狼でござる!」
が、日の出とともに美神事務所からやってくるからだ。
軽やかな足音とともに新聞配達員や牛乳配達員に元気よく挨拶。 配達員達には『早朝の天使』と言われているがシロ本人は知らない事実。
「今日も先生は食べてくれるのでござろうか…」
ちょっとお年頃のシロは、ちょっとだけ考えるようになった。 朝から全速で散歩に連れて行ってもらうには、横島が空腹では無理。 栄養がいるということに気が付いたのだ。
毎日栄養溢れまくりの肉を横島に食べてもらいたいが、シロの小遣いでは無理。
そこで人狼の里で毎日食べていたものを思い出し、タマモが通う豆腐屋からオカラをただで分けてもらい。 唐巣神父の家庭菜園から分けてもらった野菜(極普通なのを採取)を混ぜて華おからを作り、毎朝もって行くようになった。
シロのまれに見る頭脳戦のおかげか、横島もあからさまに嫌がる事は無くなった。 それに、味付けが美味くなるにつれ横島がよく頭を撫でてくれるようになった。 あまつさえ喉まで擽ってくれるのだ。
犬目狼科としては、至福の一瞬である。
その時に、胸の先っちょの錯乱坊がじんじんするのもひそかな楽しみだったりする。
「わふ〜〜〜〜〜〜〜〜ん♪」
大体何時もの所で悶えながら走っていくので、近隣の目覚まし代わりにもなっている。
昔のように大声で横島の名前を叫ぶことなく、叩き割るほどの力でドアを叩く事も無く。 しぶしぶ横島から手渡された合鍵でゆっくりと部屋の中へ入る。
『いいかげんにおしよ、ご近所の手前これ以上五月蝿くされると出て行ってもらうからね!』
大家さんには逆らえない、此処よりも安いアパートは無いのだから。
合鍵をもらえた事に大喜びのシロを見つめるおキヌの視線は『いぃなぁ〜〜 私も欲しいなぁ…』 しかし、横島はその視線を見てはいなかった。
部屋に入ると横島の体臭が色濃く漂っていた。
シロはゆっくりと吸い込み、
「……… 先生の匂いでござる」
台所に華おからを置いて、そっと横島が寝ている布団まで進む。
「せ〜〜〜んせっ♪」
美神も横島も人の常識でシロを見ようとしている、が、しかし。
肉体に引きずられる様に、シロの精神は外見に見合った成長をしていた。 シロの体内感覚では来年には…
「せ ん せ っ」
だらしなく緩んだ頬を軽く突きながらシロは微笑んでいた。
膝をつけ横島の側による。 武士でもなく、戦士でもない、今、此処に眠るのは一人の漢。
その手は弱気を助け、女子供を守る大きな手。
その声は希望と灯りを届け。
その動きは皐月の空を飛ぶ燕のごとし。
そっと横島の手を救い上げ、シロはその胸に抱きかかえ。 誓うようにそっと呟く。
「忠夫様。 シロは生涯お側に…」
元気な足音とタイヤが擦れる音が、ようやく明け始めた空に響く。
「先生、楽しいでござるな♪」
「まてシロ!! チャリンコがつぶれる! つぶれてしまう!」
現在時速50km。 上り下りもなんのその、都会に住み着いた狼は元気にフルスロットで駆け抜けていく。
空を見上げると明けの明星が見える。 太陽と月と星が一緒に見える刹那の時間。
明日も、明後日も、来月も来年も、十年後もその後もシロは横島と見るつもりだ。
「シロ! 止まれ! ケツがケツが、壊れてしまう!!」
「壊れたら拙者が舐めて直すでござるよ♪」
「止まれ!」
シロは駆ける足にぐっと力を込める。
「いやぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 後ろから血まみれはいややーーーーー!」
横島の叫び声を聞きながら、シロは思いを込めるように吼える。
「先生! 大好きでござるよぉーーーーー」