『マリアさん。あなたは心というものをどう思いますか?』
模造の心
マリアの意識は充電中のスリープモードから論理演算を再開。目覚めた思考回路に流れたシグナルは、人間でいえば驚きに該当するものだった。
だがマリアが驚いた対象は、突然話しかけられたという事実でもなければ、その声の主の姿が見えないと言う状況でもない。
「質問の・意図が・不明確です・人工幽霊一号」
マリアが驚いたのは、話しかけてきたのが人工幽霊だったということだ。
今日、マリアがここにいるのは、出先でバッテリーが切れかけたので、美神の事務所で充電させてもらっていたからだった。ちなみにカオスは電気代の代わりとして、ガレージでこき使われている。
人工幽霊とマリア。両者の接点はほとんどない。マリアも人工幽霊も基本的に必要なこと以外は話さないからだ。
だからマリアは、人工幽霊が意図の不明瞭な会話、いわゆる雑談を持ちかけてきたことに驚いたのだった。
『私達は人工的に造成された魂であり、意識体です。しかし、私に『心』があるのかも不明で、『心』の本質もわかりません。
しかし以前、あなたが美神オーナー達と中世に行ってきました。そのとき帰還したあなたはDrカオスに『こころはいつもあなたと共に』と仰いました。』
「マリアに・心が・理解できていると・考えたのですか?」
『はい。そして出来れば、ぜひそれがどのようなものか、そして私達が持っている反応パターンは、はたして心と言うべきものなのか教えていただきたいと……」
人工幽霊の言葉にマリアは首を傾げるが少し考え込むが……
「ソーリー。マリア・よくわかりません」
いつもどおりの無表情で、しかしどこか申し訳なさそうに答え
「ですが」
と前置きしてこう続ける。
「人工幽霊一号は・マリアより・人間らしいと・思います」
『ご冗談を。私は基本的に建築物ですが?』
「ノー。人工幽霊一号は・車両などにも・憑依できますし・横島・さんの・文殊を・利用すれば・肉体を・得ることも出来ます。そういうネタは・肉指定でも・よくあります」
『……マリアさん。それは結構ぎりぎりな発言です』
人工幽霊に顔が会ったら確実に汗を流していそうな声だったが、マリアは無視して続ける。
「それに・人工幽霊一号は・対人交渉を・スムーズに・おこなえています。
心が・人の本質なら・それは・人間らしさの・指標になります。それを考えれば・マリアより・人間らしいです」
『それは違うのではないでしょうか。スムーズな会話と言うだけでしたら、最近の科学技術とプログラムを利用すれば十分私と同等以上のものを作り出すことが出来ます。
私としては、むしろ行動選択の幅の広さから考えて、マリアさんのほうが人間らしいと思えます』
「そう・ですか?……難しいです・ね」
『ええ……』
人に似た人にあらざる者。いや、人に似せて創られた、といった方が正しいか?
マリアと人工幽霊。両者はその重点がソフトかハードかの違いはあれど、人に似せることを意識して創られた存在だ。
そうである以上、彼らが人により近づきたいと考えるのは、もはや本能的なものなのかもしれない。
「以前・人の・心は・本質的に・脳の・シナプスの・化学物質の・交換と・ニューロンの・電気信号だと・Drカオスは言ってました。」
『それは私も、渋鯖男爵から聞き及んでおります。生物の精神の本質は所詮物質世界のものであり、幽霊などが持つ記憶は、肉体に入っていた時のいわば転写であると』
「ですが・肉体を・持たない者に・心が・ないなら・幽霊時代の・ミス・おキヌには・心が・なかった・ことに・なります」
『……やはり難しいものですね』
と人工幽霊とマリアが話しているところに、応接間の扉が開いた
「ちーすっ……ってあれ?また充電か、マリア?」
『おや、横島さん。いらっしゃいませ』
「おじゃまして・います」
マリアと人工幽霊は多少の驚きを持って、横島を迎える。
マリアのセンサーなら、相手がよほど気配を殺していない限り、家屋内に誰かが来れば認識できる。事務所そのものである人工幽霊にいたっては言わずもがなだ。
それだけ、心に関する議論に熱中していたということだ。
「美神さんは?」
「ミス・美神は・ドクターカオスと・ガレージに・います」
『電気代の変わりにコブラの改造をさせているらしいです。ちなみにシロさんとタマモさんは散歩、おキヌさんはまだ学校です』
「そっか……。じゃ、ちょっと美神さんとこ行ってくる」
横島はそう言い残して出て行こうとして出て行こうとして
「待ってください・横島・さん」
しかし、マリアが呼び止め、その背中に一つの問いを投げかけた。
「私たち・マリアや・人工幽霊一号と・横島さんとの・違いは・なんでしょう?」
人工幽霊は、突発的なマリアの問いに、同意を覚える。
横島は、明らかに心のある人間だ。『心ある』という意味ではなく『心を持っている』。慈愛や友情や正義感、歓喜や楽しみだけではなく、欲望、嫉妬、憤怒、憎悪や悲哀をもった人間。人工幽霊が接触をもつに人々は、全般的に世間一般より『心がある』ものたちが多いが、その中でも横島は格別だと思う。
そんな確実に心がある横島と自分達の違い。それこそが心の有無を考える指標になるのではないか。そう思われた。
そしてだからこ彼は横島の返す答えに期待と―――そして恐怖を覚えた。
もし横島が――基本的にお人よしである彼がネタ以外でそんなことをいうとは思えないが――心の有無を挙げたらどうなるだろうか?
単に横島が間違っていると、判断することも出来る。なにせ心などといった形而上の命題に厳密な解は存在しないのだから。だが、それでも自分達は確実に、自分達の心というものに、払拭し得ない疑念を抱くことになるだろう。
マリアの問いは、まさにパンドラの箱の鍵だった。
人工幽霊がマリアに意識を向けてみれば、マリアの無表情の中に、同じ人工物であるが故か、どこか緊張のようなものが感じられた。
だが、それは決して後悔だけの気配ではない。
審判を言い渡されるのを待つように、人工幽霊とマリアは横島の返事を待った。
それに対して横島は、虚を突かれた表情をしたが、マリア達の雰囲気を感じ取ったのか、真面目な表情をする。そして、そのままの表情で、答えを放った。
「………………………………苗字の有る無しじゃないか?」
最初の数瞬、人工幽霊は、目の前の人物が何を言っているのか解からなかった。だが、その言葉の意味を理解してしまえば、一気に緊張が抜けて部屋、つまり彼自身を満たしていた張り詰めた空気が、緩い、そしてしらけたものに変わったのを感じた。そのことは、場の雰囲気に敏感な関西出身の青年にも伝わった。
「な、なんだ?俺、変なこと言ったか?」
うろたえる横島に人工幽霊は慈愛すら込めて言葉を向ける。
『……いいえ。横島さん。あなたはよくやりました。悪いのは、あなたの知力や感受性を上回る質問をした私たちです』
「ソーリー・横島・さん。マリア・出来ることと・出来ないことがあるのを・忘れてました」
「……お前ら、何気に人のことバカにしてるだろ」
『それでも苗字はないでしょう。大体私には渋鯖という苗字がありますよ?』
「知らんて、そんなこと」
渋い顔をした横島は部屋を出ることをやめて、室内の椅子にどかっと腰を降ろす。
「大体そのなぞなぞ、問題が抽象的過ぎるって。それでノーヒントは厳しすぎるぞ。っていうか、違いなんぞありすぎてどれを挙げればいいかわからん。
つーかお前ら2人の間だって違いがありすぎだろうが」
「ありすぎる・ですか?」
言われて人工幽霊とマリアは、互いのことを考える。
確かに言われて見れば、人工幽霊と人造人間――マリアとの間の違いは、彼らそれぞれと人間との間にある違いに匹敵するだろう。
そこに唯一ある、完全な共通項といえば
『私たちは人間によって人工的に作られた存在です』
「んなこといっても、人間だって男と女がヤることヤって作った『人工的な存在』だ」
『そ、それはそうですが…』
詭弁じみた横島の反論に人工幽霊は言いよどむ。
「とにかく、マリアはマリアで人工幽霊は人工幽霊ってことだ。どう作られたとかどう生まれたかとかなんて、あんまり関係ないだろ?
美神さんとおキヌちゃんが違うのと同じで、お前らが俺と違うところは一杯あって…。って何言ってんだ、俺?
まあいいや、つまりお前ら個性的過ぎて、絞り込めないってことだ」
「つまり、解からない・ということですね」
「ぐ…ま、まあな」
適当なことを言って煙に巻こうとしたのを失敗し、横島はコメカミ辺りに汗を浮かべる。
「って、んなことより、美神さんとこに行ってこよっと。じゃあな」
横島は椅子から立って、逃げるように部屋を出て行く。
その足音を聞きながら、マリアは横島が言っていたことを考える。
個性的。横島に言われちゃおしまいのような気もする言葉だが、2人の疑問の答えとして、妙に合致したような気がしたのだ。
心とは、行動を適宜する重要な指標だ。
美神とおキヌはハード面では同じだがその行動様式、ひいてはその心の在り様はまるで異なる。だが横島はその違いと、自分達と横島の間にある違いが同列であると評価した。
つまり…
「私たちの・思考ルーチンは・本当の心と・相違ないと・いうことでしょうか?」
『というより、ひょっとしたらどうでもいいという意味なのかもしれませんよ』
「それは・どういう意味ですか?」
『横島さんは言っていたじゃありませんか。マリアはマリアで人工幽霊は人工幽霊、どう生まれたかなんて関係ないと。
横島さんにとって、私たちという個性――心が、本物かどうかなどあまり重大な問題じゃないのかもしれません』
個性とは、受け取る側がいることで、始めて存在できる。言い換えれば、個性と認識する存在がいれば―――
「私達の・行動が・いかに・人工的な・ものであっても・他者の・影響で・定義された・ものであっても―――」
それが、己の感じ、考えた上での行動ならば
『私たちに心があるということの証明ですね』
人工幽霊が穏やかな声音で言う。
丁度その時、ガレージの方から、横島のバカっぽい声、美神の怒声と肉を打つ音、そして横島の悲鳴が聞こえる。
きっとまたセクハラをかまそうとして殴り飛ばされたのだろう。
例え模造の心でも、単体では無意味な物理現象に意味を与え、それに対する行動を起し、そしてそれを個性として受け取る者がいるのなら、それは十分に本当の心ではないだろうか?
ガレージから届く音を聞いて、人工幽霊とマリアの『心』に、人が感じる『苦笑』の衝動に似たシグナルが生じた。
あとがき
ほとんどの人ははじめまして、そうじゃない人はこんにちは&お久しぶり。よろず小ネタで霊能生徒忠お!連載していた詞連です。これは第一部完のついでにファイル整理をしていたら、底の方から発掘された半端に書き散らした短編を、完成させたものです。
よく考えれば、GSで似通ったところがあるのに絡みのない人同士、って結構いますよね。武闘派コンビとしてシロと雪之丞とか。今回はその中でも人工コンビということで人工幽霊とマリアに出張ってもらいました。
前半書いたのが自分でも記憶が定かじゃないくらい昔なので、前後のつながりや落ちが強引とか言うのは出来るだけスルーでお願いします。では…
追伸:もしお暇で、ネギまを知っていらっしゃるのなら、どうぞ小ネタよろずの「忠お!」も読んでやってください。第二部は構想を練り直しているところです。