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▽レス始

「極楽な生活!その3 〜決戦!臨海学校〜 (GS再構成)」

とおり (2006-05-29 01:37/2006-06-04 01:41)

トンネルを抜け、開けた視界の先には一面の海があった。
夏の日差しを受けて水面にガラスくずを散らしたみたいにきらきらと輝いて、入道雲が高々とそびえる空が海面まですっと落ちてきて、水平線の先には幾艘かの船が見える。

「うわ、忠夫さん見てください! 海って、こんなにおっきいんですねー! これ全部お水ですよね、すごい、すごーい」

海岸線の道路を走る俺たち1−1のバスに、賑やかな声が響いている。
仲のいい奴同士の話声や笑い声、女子たちのかしましい声、出発してからマイクを握って話さない百目先生の歌声、そしておキヌちゃんのはしゃぐ声。

「おキヌちゃん、窓から顔出してると危ないよ」

窓を開けて顔を出しているのではなく、窓を通り抜けして文字通り顔を出しているおキヌちゃんは、むしろ対向車の方があぶないと思うんだけど、彼女はそんな事にはお構いなし。
臨海学校へ向かうバスの中、初めて海を見るおキヌちゃんはいつになく楽しそうだった。

「ほら、窓開けるからね」

ロックに手をかけ一気に窓を開けると、潮の匂いが車内に飛び込んできた。
風になびく髪と強い日差しや海鳥の声に、改めて海に来たんだと実感する。

「あはっ、おおっきい入道雲! あれ、あの車はたしか神父さんの― 」

後ろから重低音を響かせて近づいてきたのは、神父と美神さんが乗ったコブラ。
隣の車線で少し平行に走ると、こちらに美神さんが手を振っている。

「美神さん、こんにちはー」

ぶんぶんと勢い良く手を振り返すおキヌちゃんに、美神さんもまた危ないわよーなんて言ってる。
そう言えば車内から放り出されたとして、その場合どうなるんだろ、おキヌちゃん。

「あ、唐巣神父もいらしたんですね」

「そうみたいじゃノー」

前の席に座っていた二人も、神父たちを見て手を振る。
タイガーが大きいせいか、ピートがやけに窮屈そうだ。
無理に並んで座らんでもいいと思うんだが、席余ってるんだし。

「全く、バイト先の師匠が揃いも揃ってやってくるなんてなぁ」

ピートとタイガーは二人して、一ヶ月ほど前から神父のところでバイトをしてる。
金銭的な事情も少しはあったみたいだけど、なんでも、俺がバイトを始めてからの経験が身になっているっていう風に映ったらしい。
確かにおキヌちゃんが一回あんな事になってから、取り組み方がちょっと違ってきた気はするけれど、そんな気にする事でもないと思うんだけど。
神父は基本的には無償奉仕が多いけど、この二人がアルバイトを始めてからは取れる案件からはお金を貰っている。
美神さんは興味なさそうにしながらもこれでちゃんと食べられるといいわね、なんてつぶやいていたのが可愛かった。
言ったら殺されるけど。
それでともかくも、神父と美神さんが師弟だから一緒に仕事をしてる事が多かったりして、学校でも放課後でも、結局この3人でつるむ事になっていた。
クラスの女子からは1プラス2とか、どっかの会議みたいな呼ばれ方してる。
なんだよ、プラス2っておい。
分母が小さくてどうすんだよ。

「美神さんも来たし、なにか楽しみですー。あははっ、あの白い鳥さん可愛い」

飽きもせず海と空を眺めてはすごいすごいと屈託なく繰り返し笑うおキヌちゃんに、俺は足元の鞄に手を伸ばしてポケットに入れた護符を確かめる。
和紙で出来たざらついた感触にすっかり慣れ、触るだけでそれと分かる。

「ま、使う必要も無し、か…」

2ヶ月前のあの時以来、おキヌちゃんの霊体が不安定になる事は無かった。
念のためにと美神さんから渡されたこれも、結局の所肥やしになっているだけだった。
今だって海を見つめる彼女からおかしな気配は微塵も感じ取れない。
おキヌちゃんにしてもあの時の事は記憶が無い。
意識が戻った時には、そうでしたかなんて他人事みたいに言うもんだから俺も美神さんも気が抜けたやら安心したやらで、ただおキヌちゃんの頭をわしわしと撫で付けてたのを覚えてる。
痛いです、なんて困った顔してたけど、俺は思い出すと今でも手に汗をかく。


「横島君、おキヌちゃんを横にしてあげて」

「はいっ」

現場から事務所に急行した俺達は、護符のおかげか容態の安定したおキヌちゃんをソファーに横たえた。
幽霊が顔色悪いなんて言うと奇妙な感じだけど、おキヌちゃんの顔にはまだ血の気が戻っていない。

「横島君は、そこでおキヌちゃんを見てて。あたしは、もうちょっと強力な護符を作ってくるわ」

美神さんは言うが早いか、書棚から何冊か本を取るとぱたぱたと道具がまとめて置いてある部屋へと急ぐ。
美神さんがいなくなった後の部屋はただ、しんとした空気にかちこちと時計の音が響くばかり。

「どうしたんだよ、おキヌちゃん…」

応接室をかねているこの部屋の広さが、やけに寒々しくて嫌になる。
俺は、今になって理事長の言葉が身に染みた。

あなたの為にもあの子の為にも、基本的なことは知っておいて欲しいのよ〜。

つまりはこういう事。
俺にはなにも出来ないってのが改めてわかっただけ。
ただただ、暖かくも冷たくも無いおキヌちゃんの手を握っているしかなくて、それがとても、とてももどかしい。

「ん…」

「おキヌちゃん? 」 

かすかにおキヌちゃんが漏らした声。
現場から戻ってまだ1時間と経っていないのに、随分と久しぶりに聞いた気がした。
そう思い、改めて気がつく。

「まだ、たったの2ヶ月なんだよな…」

俺とおキヌちゃんが同居生活を始めてから、それくらいしか経っていない。
だけれども、たったという言葉で済ます事は出来ない2ヶ月だった。
朝起きての食事の支度、学校での生活、帰りがけの商店街での買い物、放課後の美神事務所でのアルバイト、夜くつろいでお茶をしている時。
いつも側には、おキヌちゃんがいた。
はい、とウサギのりんごを差し出してくれた。
何ページですよとこっそり耳打ちをしてくれた。
がんばらなきゃと励ましてくれた。
座っていてくださいと、片づけをしてくれた。
夜にふと目を覚ませば、窓べりで子守歌を歌うおキヌちゃんがいた。

いつも朗らかに笑って、くるくると表情が変わって、深く考えず喋るもんだから的外れな事ばかり言って。
そんな暮らしがすっかり当たり前になっていた。
冷たく目を閉じたおキヌちゃんを見ていても、急に起き上がって俺と頭をぶつけたりするんじゃないか、そう思わずにはいられない。

「目は開かない、か…」

結局それきりで、俺はまた、ため息を付いた。
汗ばんでしまった手を拭いて、もう一度手を握る。

「どう、横島君? 」

「いや、まだ駄目っす」

声に振り向けば、護符を手にした美神さんが側に立っていた。
俺はおキヌちゃんの手を離さずに、静かに美神さんに答えた。

「そ、か…」

美神さんがかつかつと近寄ると、おキヌちゃんの髪をかき上げる。
目を閉じたままの彼女に美神さんはどこか寂しげで、すっと手を離すと胸元に張った護符をはがし、新しい護符に付け替えた。
瞬間、体がほわっと光を帯びた。

「これは? 」

「あたしは守る力、ってのは得意じゃないんだけどね。見よう見まねで作ってみたけど、うまくいったみたい」

美神さんが言うには、これは取り憑く事や学校の結界と一緒の原理で、霊体に周囲からの霊力を媒介するもので、光を発したのもその供給がうまくいっている証拠らしかった。

「ただ、これはあくまでも一時しのぎ。またなにかあったら、今度はどう対処したらいいか…。ね、横島君。彼女が元いた所って、どんな所だったの? 」

「元いた所、ですか」

相槌を打つように、聞き返す。

「そ。横島君が部屋に入ったら、そこにおキヌちゃんがいたって話だけど。確か、山にいたとか言ってたのよね」

「はい。山で寝ていて、目が覚めたら俺の部屋にいたって言ってました」

「それ以上の事は? どこの山、とかは」

「俺もあんまり聞かなかったですし、おキヌちゃんもよく覚えてなくて」

今更ながらに、不注意が悔やまれる。
初めての一人暮らし、いきなりの同居、唐突な学科変更。
非日常の現実を受け入れるので精一杯になっていたのかもしれない。

「そ、まあいいわ。なんにせよ、おキヌちゃんが目を覚ましてからね。大分良くなってきてるみたいだし」

美神さんの視線の先には、薄ぼんやりと光をたたえたままのおキヌちゃんがいる。
俺が握った手は、相変わらず動かない。
細く白い指の間に、俺の指をゆっくりと絡ませる。
この手が暖かくあればどんなにかいいのにと、おキヌちゃんの寝顔を見ながら思っていた。


「忠夫さん、忠夫さん! 」

「え、あれ? 」

おキヌちゃんが俺の手をゆすっていて驚く。
ピートやタイガーも、どうしたんだという顔をしてこちらを見つめている。

「ほら忠夫さん、お宿が見えてきましたよ! 」

おキヌちゃんが指差す先に、俺たちの目的地の入り江、小間波海岸が見えた。

「結構良さそうな宿ですノー」

「そうですね、本当に海岸すぐ側に立ってるなんて」

俺も腰を浮かして、バスの窓から小間波海岸を見渡す。
入り江の側に10階建てほどの白いホテルがある。
海岸線からすぐ山が切り立っていて、山の緑と海の蒼さと空の青さに栄えていた。

「へー、さっすが六道学園の臨海学校ってのは、いい所選ぶんだな」

「それが、そうでもないみたいですよ」

ピートの言い様が少し気に掛かる。
こいつが根拠も無しに何かを言う事はないからだ。

「ワッシも詳しくは知りませんけどノー。何でも、毎年六道が入り江を除霊する代わりに格安で借りられているらしいですノ」

タイガーもまた同じ様に、こちらを振り返りながら言った。
俺は視線をホテルに戻したけど、そこにあるのはやっぱりリゾート地の高級ホテルで、とても除霊なんて言葉は似つかわしく無いように思った。

「あは、すごーいすごーい」

もう何遍聞いたろうか、明るいおキヌちゃんの声が耳に届く。
それが余計に「除霊実習」だなんて非常識なものをこれからやるだなんていう実感を無くさせていた。

「ま、一年生を除霊に連れてくるくらいだから、あんまり激しくはなさそーだし。美神さんや神父もいるから、手順どおりにちゃっちゃか終わらせちゃえば、後は海で泳ぎ放題って訳だな」

「そうですね、僕も海に入るのは久しぶりなんで楽しみです」

「ワッシは気鬱じゃノー」

タイガーは未だに女性恐怖症が治っていない。
当初よりは大分まともになったけど、肩に触れただけで硬直してしまう。
ただそれがクラスの女子には面白いらしくて、最近はわざとぶつかってる奴らがいるから俺としては面白くない事この上ない。

「お前が楽しめない分、俺がばっちりビーチの女子高生を楽しんできてやるよ…って痛い痛いよ、おキヌちゃん」

窓辺に張り付いてたおキヌちゃんが手を伸ばしたかと思えば、頬をつねられる。
最近なにかこういった話題にすぐ反応するんだよなあ、おキヌちゃん。
いやだから、ぎりぎりと手に力を込めないでってばさ。

「むむう〜、そんなの駄目です〜。帰ったら忠夫さんの洋物これくしよん、捨てちゃいますからね」

「え、ちょっと待ってってば! 」

あのコレクションを揃えるのに、どれほどの血と涙と汗と友情があったのか、絶対女にゃ分からない。

「うわ、横島君サイテー」

「スケベー、変態ー」

聞き耳を立てていたのか、クラスの女子から一斉に声が上がる。
お前ら、おキヌちゃんにいらん事吹き込むだけじゃなく、ピンポイントで突っ込んでくるな。

「じゃあっかしい、男の浪漫を理解してもらおうとは思わん! 」

「そんなもん理解したくもないわよ」

「大体おキヌちゃんみたいな子と同居してるくせに、そんなの持ってるのがいやらしいって言ってんの」

そうだそうだとバス中から非難が集中する。
いつの間にか野郎どもまで一緒になって騒いでやがる。
ちくしょう、手前らには絶対貸してやらんからな。

「はいはいはい、そこまでなのね〜」

お立ち台のごとくバスの最前列で歌い続けていた百目先生が、パンパンと手を叩く。
曲が切り替わったと思えば、かかったのは「学園天○」

「横島君のコレクションは私が責任をもって没収しておきますから〜。皆、それでいいのね〜? 」

Are you ready? とばかりにこぶしを継ぎ上げる百目先生に、おうっ、と正にクラス一丸となった声が車内に響きわたる。
なんでそんなにノリがいいんだ、お前ら。
じんじんと痛む頬をさすりながら、そっぽを向いたおキヌちゃんに捨てないでね、と声をかけても返答は無い。

「俺が何をしたって言うんだ、海のばっきゃろー!!! 」

高い高い日差しと青い海に、俺の声が吸い込まれていった。
むなしい。


バスが正面駐車場に列を成して止まっている。
俺たちも同じ様に整列し、簡単な説明を受けていた。
暑さのせいか、この距離でもホテルが揺らいで見える。
湿度が高くないから日陰は涼しいのに、なんで駐車場側の日向でやるんだか。

「こら、そこの貧弱な坊や、聞いてるの? 」

理事長の説明の最中、美神さんが神通棍で指し示すと俺の周りに笑いが起きる。
いいんだ、所詮ヨゴレさ。

「あの、私が始まりかもしれませんけど、あんまり気にしない方が…」

「ありがとね、おキヌちゃん」

苦笑いしながら漂うおキヌちゃんに、俺も笑って返すしかない。
今年の太陽はじりじりと、やけに暑い。

「じゃ、各自荷物を持って所定の部屋に入って、少し休んだら水着に着替えて会議室に集合するのね〜」


プリントを配りながら、先生がてきぱきと班組みをしていく。
ほんと、いつもこれなら文句無いんだけど。
班組みの確認が取れた奴らからどっこいせとばかりに荷物を担ぎ上げて、暑さでまいったのか、とぼとぼとホテルに向かって歩いていく。

「横島君に覗かれたく無い子は、さっさと着替えるのね〜」

「覗きませんよっ! 」

「あれ、皆さん走ってますよ」

おキヌちゃんが指を指した先にあるのは、一斉に走り出す女子御一行様。
お前ら、そんなに俺の事が信用出来んのか。

「…あんまり気にしないほうがいいですよ、横島さん」

「そうですノー」

「夏なんかー、夏なんかー!!
 明るい太陽なんか、大っ嫌いだバッキャロー!!! 」

穏やかに細波がゆり寄せる砂浜に向かって、力の限りに叫ぶ。
やっぱりむなしいぜ、こんちくしょう。

「くっそー、とりあえず部屋に入るか」

俺たち3人も荷物を肩にかけ、歩き始めると山から風が下りてきた。
潮と緑の匂いが混じった、でも不快ではないこのあたり独特の風に不意に振り返ると、バスの中からは気がつかなかった様子が見て取れた。
急斜面の山肌にへばりつくようにしている木々に、立ち枯れが目立っている。
それも、一つの山ではなくて、見渡せる山のそこかしこにある。

「あれ…? 」

「どうしたんですか、忠夫さん? 」

おキヌちゃんが不思議そうにこちらを見つめるが、説明しようとした時に先に歩いていたピートとタイガーから声が掛かる。

「横島さーん! 」

「早く部屋に行くんじゃなかったんですかいノー? 」

二人が入り口で呼んでいる。

「ごめん、たいした事じゃないから。
 いこうか、おキヌちゃん」

「はいっ」

少し立ち止まって山を見上げてから、俺たちはホテルに向かって走っていった。


フロントから長い廊下を歩いて着いた俺たちの割り当ての部屋は、ホテルの端の方だった。
10畳はある和室で、真ん中には足が短くどんと大きいテーブルがあり、お茶やドライヤーなんかの一通りの用具があって、窓際は板張りになっていて、対面に椅子が二組置いてある。
引き戸を開けてベランダに出れば、海が一望出来る。
隣の部屋と合わせ、霊能科1年に男子は15人程しかいないから男をそこに集めるってのは、まず順当な割り当てと言っていいだろう。
おキヌちゃんに部屋の前で待っていてもらうと、荷物を隅に置き、程無い集合に備えて着替えだす面々。

「だが、それこそが百目先生以下1年担任どもが見落とした最大事だと言う事に、気がついていないっ! 」

俺がすばやくTシャツを脱ぎながら声高に宣言すると、同室のピート始め男どもはキョトンとしている。

「まさか横島さん、覗く気ですか…? 」

ピートが苦笑いしながらズボンを下ろす。

「当たり前だろうが。さっき百目先生が余計な事言ったから、チャンスは今しかないんだぞ。まさかあの後でマジに覗きに来たりはしない、と思ってるだろうからな」

「…そういう事には頭が廻りますノー」

一人遅れてシャツを脱ぎ始めたタイガーも、呆れた様子で俺を見る。
他の男どもも、各々着替えながらこちらを見ている。

「ふん、わかっちゃないな? これは試練なんだぜ、タイガー」

「な、なにがですかいノー」

でかい体に似合わずビクビクと話すタイガーに、俺は妙にこだわりたくなった。

「ただでさえ女性恐怖症のお前なんだぞ? ここらで度胸を付けておかないと、お前卒業するまで何も出来ないぞ」

「…覗きが度胸付けになるとは思えませんがノー。大体ワッシの巨体では、見つかるのがオチですケン」

「ふ、お前わかっちゃいないな。そういう時の為にピートがいるんだろうが」

「えっ、僕ですか? 」

もう話をふられないとでも思っていたのか、水着を着こんでジャージのチャックを閉めていたピートが、目を見開いた。

「あったり前だろ、ピート。お前、何の為に霧に成れるんだよ」

「いや、それは吸血鬼の古来からの力なんですけど…」

納得いかないといった面持ちで抗弁するピートに、俺はなおも言う。

「馬鹿だな、ここで連携技を試すんだよ」

「連携技? 」

他の連中も着替え終え、俺ももうジャージを着るだけで、部屋の中には落ち着いた空気が漂う。
各自座ったり寝そべったりしながら、ゆっくり俺の話に聞き耳を立てている。

「分からないか? お前が霧になって女子部屋の窓辺に張り付くだろ。で、タイガーの精神感応で俺たちの目とリンクさせておけば、誰も労せず仏様が拝めるって訳だ! 」

「「「「おおっ! 」」」」

「そうすれば、俺たちが思うだけでピートに視線を動かしてもらえるしな! 」

「横島、お前なんって頭いいんだ」

「春まで霊能に全く関係なかったとは思えん」

ついさっきまで興味なさそうだった奴らが、体を乗り出してきた。
部屋の空気が明らかに違う。
現金な奴らだが、よし、このノリでもう一押しすればピートは断れん。
なんだかんだ言って押しに弱いからな、こいつ。

「それでだな、ピート…」

「なにがそれでだな、なのね〜? 」

「なのね〜、じゃねえっての…って、百目先生どこからっ!? なんでそこにいるんすかっ」

気配も無くいつの間にか赤いジャージの百目先生が後ろに立って、肩口には目を吊り上げたおキヌちゃんがいる。
冷たい気配に視線、薄笑いが怖い事この上ない。
そりゃそうか、おキヌちゃん本職の幽霊だもんな。

「おキヌちゃんが知らせてくれたのよね〜。横島君、悪知恵働かせるのもいい加減にするのね〜」

「ああ、先生その手の神通棍が伸びきっているんですけどっ!? 」

ばちばちと火花を放ちそうなくらいに霊力が充実した神通棍を構え、逃げようとする俺をすり足で追いかける百目先生。
くそう、さすがに霊能科の教師だけの事はある。
逃げられるか、ぎりぎりの緊迫感の中、宣告が下った。

「やっちゃって下さい」

おキヌちゃんが言い放つと、百目先生から正に遠慮無しの一撃が放たれる。

「こらっ、逃げるなっ。どうせおキヌちゃんの側から離れられないのね〜! 」

「に、逃げんと死んでしまうわっ! 」

「大丈夫、死んでも生きられますから。ちょっと死ぬほど痛いけど」

うふふ、と低い声で微笑むおキヌちゃんに、他の面子はただ壁によって我関せず。
百目先生が振り回す神通棍から逃げ惑い、部屋の中は壁も襖も畳みも切り裂かれていく。
手前ら、少しは助けようとか思わんのかっ。


「え〜と〜、それじゃあ今晩の除霊実習の説明をするから〜。
 皆良く聞いてね〜」

理事長の相変わらず間延びした声が大ホールに響く。
霊能科5クラスが勢ぞろいし、正面には先生達も並んで130人ほどもいるので大、といっても手狭だ。
その中で、時折列になって座っている女子が振り向き、クスクスと笑い声が聞こえてくる。
後ろにいる俺を見ているのは間違いない。
頭の上には、不機嫌そうにおしりを乗せたおキヌちゃんがいるからだ。
ちょっと横向きだから理事長が解説してるのは見えるからいいけど、文字通り尻にしかれている格好で、情けない事この上ない。
百目先生には結局しばかれて体中痛いし、ホント最悪。
しばくのは美神さんだけにしておいて欲しい。

「横島さんが覗こうなんて言うからですよ」

「全く、ワシらの能力をあんな風に使おうなんて、発想は凄いと思いますけんどノー」

前後に座ったピートとタイガーの二人が呆れた口調で言ってくる。
うっさい、300歳のじっさまやら女性恐怖症の奴に15才男子の健全な欲望はわかるまい。

「…まー、声がでかかったのが敗因だったな…」

忘れてた訳じゃないけど、おキヌちゃんはドアの前にいたんだし、そりゃ聞きつければ先生呼んでくるわな。
おキヌちゃん、真面目だし。

「今度はおキヌちゃんが寝た深夜に…って痛いってば。耳つねらないで…」

左手でぎりぎりと耳をつねり上げられて、耳奥の鼓膜まで痛い。
頼むから手加減してください。

「横島く〜ん、仲がいいのは〜結構だけど〜、ちゃんとお話も聞いておいてね〜」

理事長がいつのも様に小悪魔っぽい含みのある笑いをしながら注意して、今度は部屋全体が笑いに包まれる。
もう何とでもして。

「え〜と〜、横島君とおキヌちゃんは仲がいいけど〜。通常私たちが〜除霊対象とする霊たちは〜そうは〜いきませんから〜。しっかりと事前に計画を把握しないと〜、不測の事態になりかねませんよ〜」

だれた雰囲気を絞める言葉で再び注目させると、理事長はまた解説に入った。
なんでも、この入り江は地脈の海への流れ込み口にあたり、また地形的に幽霊がたまりやすく昔から六道が定期的に除霊してきたんだとか。

「結界を一時停止して、除霊することになります〜。メンテナンスもかねてますから、除霊して終わりじゃないですけど〜。開始は〜深夜になりますから〜、それまでは〜皆さん就寝して〜、鋭気を養っていてくださいね〜」

必要事項を伝達し終えると、理事長から神父にマイクが渡される。
神父からは、細かい位置割りや除霊方法、気をつけるべき点などが列挙される。

「君達は今まで各自で修行を積んできている人が大半だと思う。だが、実践的な除霊経験がある者は少ないだろう。良い機会であるので、十分に自分自身の特徴や欠点などを把握出来るように努めてください」

言い終えて俺たちを見渡し、なにか質問が無いか促す。
神父の言葉に、俺はいやがおうにも緊張感が高まる。
だけど他のクラスの連中を眺めていると、案外気楽にしてそうな娘が多い。
やっぱり歴史のある神社の跡取りとか、なんとか流みたいな看板しょって頑張ってきた娘達が多いから、結界保守みたいな除霊は余裕があるんだろうな。

「では、最後に美神君からも」

名前が呼ばれたとたん、黄色い歓声が沸きあがる。
辟易した顔で美神さんが手を振り返すと、それでもお姉さまとか素敵とかいった台詞が飛び交う。
美神さん、人気あるよなー。

「あたしもよく、うらやましいって言われます」

おキヌちゃんの声が上から聞こえる。
しばらく喋らなかったけど、ようやく機嫌を直してくれたみたいだ。
でもまだ頭の上だけど。

「美神さんの事務所には、偶然で入ったみたいなもんだけどね」

俺が入学した時期に、たまたま授業に来ていた神父がちょうど募集をかけようとしていた美神さんを紹介してくれた。
出来すぎた話に少しだけ戸惑いはしたけれど、美神さんを見たら二つ返事でOKしちゃったんだよなー。
大きく開いた服の強調された首筋と胸元の曲線や、ニーソックスとスカートの間にちらりと見えた太ももの魅力にころんで、いつの間にか判子押してたし。
ただ今日みたいに、おキヌちゃんがしばらく不機嫌ではあったけれど、そういやあの時はつねったりとかはしなかったな、おキヌちゃん。
同居生活長くなってきて、遠慮がなくなってきてるのかね。

「あの人の実態を知ったら、どれだけの娘がファンしてられるか…」

「そんな事ないですよ、いい人じゃないですか。こないだもあたしに、うらちょうぼって言う家計簿の作り方教えてくれましたよ」

「おキヌちゃん、それちょっと違うから…」

本当に、頭痛くなってきた。

「…それで、最後になるんだけど」

あ、いけね。
美神さん、こういう説明は短く無駄なくやるから聞き逃してしまった。
後でピートに聞いておこう、絶対メモ取ってるだろうし。

「気付いた人もいるかもしれないけど、この近辺の山にちょっと異常があります。十円ハゲじゃないけど、夏で雨量も十分なのにところどころ立ち枯れが目立ってます。ホテルのオーナーからも依頼されましたが結界に関係する異常かもしれないので、除霊後、結界保守の間に山に入って調査をしますから、そのつもりで」

言い終わると、会議室がざわめいた。
除霊が終わってからの海水浴は皆楽しみにしていたのだから、当然といえば当然だ。

「依頼料、いくら貰ったんですかねー」

さもそれが当たり前という風におキヌちゃんが言う。

「それ、この場で言わないほうがいいよ」

「…そうですね」

美神さんがこんなに積極的に動く、って事はいくらか依頼料貰ってるのは間違いないんだけど、さすが現役最強GSって感心してる奴らの心を壊したくはない。
近くにいれば、3日でわかる事だけども。


「じゃ、解散するのね〜。夜8時に、またこの会議室に集合するよう、お願いしておくのね〜」

百目先生から指示が出ると、端の列から順次会議室を出て行く。
一番奥だった俺たちのクラスは少しだけ待たないといけないけど、こういう時は退屈で仕方ない。
ピートの背中に指で『2枚目半キャラ』とか書いていると、ピートはなんですかと笑うだけで面白くも無い。

「あ、横島君たち3人はちょっと残ってね〜」

百目先生から声がかかると、神父や美神さんもこちらに近づいてくる。

「どうしたんですか? 」

つい、俺は美神さんに聞く。
バイトの時は大概こういうパターンだと、俺が働かされる羽目になる。

「あんた達に、ちょっとやってもらいたい事があるのよ」

腕を胸の前で組んで不自然に微笑む美神さんに、俺は心底が見えた気がした。

「…なにかまためんどくさい仕事ですか」

「あら、よくわかってんじゃない。めんどくさい仕事は男の仕事よ」

あんたにしては察しがいいわね、という顔の美神さんに俺はそうですかと頷くしかない。


水平線のあたりが紫に輝いている。
空はすっかり星が出ているのに、最後の抵抗とばかりに間際を照らしている太陽がいじましい。
俺たちは波の音に混じって時折車のエンジン音が聞こえる浜辺で、ハンマーを持って杭を打ち込んでいた。

「忠夫さん、頑張ってー」

「大したことじゃないでしょう〜。入り江に張った結界を停止したから、代わりの簡易結界を作るだけなのね〜」

おキヌちゃんの声援に、俺はハンマーを振り下ろして杭を固定する。
その後に、百目先生が杭にお札を貼り付けながら言うが、確かに大変な仕事でも無い。

「そりゃそうですけど、やっぱもうちょっと寝ていたかったような。美神さんもまだ起きてないですし」

「美神さんは講師として来てくれている訳だし、やれる事は私たちがやらないとね〜。それに除霊にはやっぱり危険がつき物だから、こういう地味な仕事もちゃんとやっておかないといけないのね〜」

「縁の下の力持ち、ですよ。ね、忠夫さん」

「力持ち、なら俺の隣に適任がいるんだけどなあ…」

目線の先には、豪快に一発で杭を固定しているタイガーがいる。
あいつ、でかい図体してるだけあってこういう力仕事は得意だよな。

「ぼくらはぼくらのペースでやっていきましょうよ。それほど時間が掛かるわけでもないですし」

ピートの言うとおりではあるんだけど、もうタイガー一人に任せてもいいんじゃないかと思わんでもない。
ハンマーがまるでおもちゃみたいに軽々と振り下ろされるのは見てて気持ちいいし。


すっかりと帳が下りて明星の周りも暗くなった頃に、結界の準備が完了した。
雲ひとつ無い夜空に、東京じゃ見れない星が昼間の海に負けず輝いてる。
昼の海と夜の空がお互いに意地を張ってるみたいで、面白い。

「海の近くもこんなに星が見えるんですね」

おキヌちゃんが空を見上げながら、ぽつりと言った。

「山を思い出してるの? 」

「…それも、あります。何百年もいたところですし、仲のいいお友達もたくさんいましたし」

「友達? 」

「ええ、ひばりとかふくろうとか、狐とか熊さんとか。あたしがいる間に、ずっと一緒だった大きなイチョウの木も」

皆、友達でしたよと言うおキヌちゃんの横顔は少しだけ寂しそうだ。

「でも、そこがどこかって言われるとあたしはっきりとは思い出せないんです。だから、帰る事も出来ないし…。それに」

「それに? 」

暗い藍色をした海を見つめながら、俺は問い返した。
間を置いて、おキヌちゃんは答える。

「忠夫さんに会ってからの…今の生活が楽しくて。最近、ずっとこうしていられたらなあって良く思うんです。だけど、やっぱりちくっと痛いんです」

お山は多分あたしが生きていた時に縁がある所だと思いますから。
目を伏せるおキヌちゃんを見て、俺は彼女の手を握る。

「きゃっ」

驚いたおキヌちゃんに、俺は伝えた。

「大丈夫、いつか連れて行ってあげるよ。そこに行けば色々分かるだろうし、時間はいくらでもあるんだから。一生憑いてくるんだろ? 」

手をより強く握る俺に、おキヌちゃんも握り返す。

「…えへへっ」

嬉しそうなおキヌちゃんと並んで、ホテルに戻ろうと浜辺を歩く。
先に戻っていた3人の足跡をなぞるようにしていた、その時。
海面に泡が立ったかと思うと、瞬く間にざわめきが入り江全体に広がっていた。
ザザザザザ、波とは違う水の爆ぜる音が聞こえた瞬間俺たちの目に入ったのは、海を埋め尽くす霊団。

「なっ!? 上陸はもう少し後のはずじゃあっ」

「忠夫さん、急いで知らせないと! 」

おキヌちゃんが俺の手を引っ張る。
駆け出しホテルに飛び込むと、まだホールにいた百目先生たちに緊急を告げる。

「まさか、こんなに早く…!? 」

入り江には、もう目前まで迫った零団があった。

「横島君は美神さんたちや皆を起こしてきて! ピート君とタイガー君は、あたしに続いて。出来る限り食い止めるわ、いいわねっ!? 」

「「はいっ! 」」

百目先生は言い終える前にもう走り出し、慌てて二人が追いかけていった。
俺たちも、急がなくちゃ。

「美神さん達に早く伝えないといけないけど、でもそれじゃ、皆に伝えるのが遅くなる。…あ、そうか」

俺はフロントに走ると、係に館内放送で周知する様にと、内容を伝えた。

「とにかく、緊急です。後、理事長に電話してください」

用件を伝え終えると、美神さんの部屋に急ぐ為に、階段を駆け上がる。
苦にもなりはしないが、段数が多く焦る。

「美神さんの部屋はこっちです」

階段を登り終え、廊下を駆ける。
警告音と共に館内放送が響く中、俺がドアノブに手をかける前に扉が開いた。

「横島君? 一体何があったの」

そうは言うが、美神さんの手には既に神通棍が握られ、腰には御札のケースが巻きつけられていた。

「霊の総攻撃です。海を埋め尽くすほどの数が、一斉に襲来してます」

「今は百目先生とピートさん、タイガーさんだけが」

俺とおキヌちゃんがそう言っている間にも次々にドアが開くと、階下に急ぐ霊能科の娘達がいた。
さすがに、エリートって言われるだけはある。

「ほら、あたし達も急ぐわよ! 」

「「はいっ」」


もう一度浜辺に出ると、既に現場は乱戦になっていた。
さっき作った簡易結界の展開には成功したみたいだけど、なにしろ数が多すぎて手が追いついていないのが俺にでも分かる。

「霊体ボウガン班、両翼に展開! 撃てるだけ撃って、結界杭を維持して」

美神さんはすばやく真ん中に駆け込むと、指示を出している。
それに伴って、多少ではあるが押し返す事が出来始めたようだった。
破、と気合を入れ破魔札を投げつける声が聞こえる。

「横島君、現状はどうなっている? 」

「忠夫ちゃん〜、どうしたの〜」

「神父に理事長」

少し遅れて神父と理事長も到着し、状況を確認すると神父は美神さんと同じ様に駆け込んでいった。
続いて、正面玄関から吐き出されるように皆が走っていく。
うねるような霊と人の流れに、現場は混乱の度合いを深めていく。

「ああ、もうこんな事ならあの子に式神を返すんじゃなかったわ〜」

理事長も俺と一緒に走りながら、悔しそうに言った。
確かに、あの式神達がいれば随分と違うだろう。

「横島君とおキヌちゃんはこっちに来るのね〜! 」

少し離れた簡易結界の中心で奮闘していた百目先生が、俺たちを呼ぶ。
他の連中も、結界をラインとして応戦に懸命だ。
杭という点とそれを結ぶ線の維持を巡って入り江の山側と海側で、人と霊との応酬が続いている。

「百目先生〜、外の結界の再起動は無理なの〜? 」

「朝までは無理です〜」

理事長が確認するが、結界には頼れない。
据付の結界も駄目か。
これは俺がいたら返って邪魔かも知れない。
そう思ったときだった。

「ってあれ、霊団が引いていく? 」

あれだけ激しかった霊団の攻撃が一斉に引いた。
こちら側の数も揃い入り江全体にわたって展開し終え、対応が出来る様になってきたかと思った矢先。
今度は浅瀬に怪魚の群れが乗り上げ口を開いた。
ざっと見渡しても50匹はいるだろう大群の、更にその中に無数の霊がいた。

「なんだ、あの魚っ。こまいのをいっぱい口に含んでるしっ」

「船幽霊? まずいっ」

ちょうど近くにいた神父が呟く。

「まずいって、どうしたんですか」

おキヌちゃんの緊張した声。
組織的な、隙の無い入れ替わりに怖がっているのかもしれない。

「とにかく、君達は百目先生の所へ急ぎたまえ。いいね」

言い終えると同時に、神父は俺の背中を押して移動するように促す。
俺が返事をし、走り出すと神父は集中に入る。
胸の前にかざした両手には大きな霊力が集まり、まるで放電した様にバチバチと響く。

「神の御心において! アーメン! 」

近くの波際に向けて一閃、光が放たれると、怪魚が数匹、四散した。
だが、それを号令としたかの様に、他の怪魚達から船幽霊が雲霞の如く湧き出てくる。
うらーっと掛け声が発すると、塊となって結界に押し寄せる。
ボウガンや破魔札で応戦してはいるけど、いくら倒しても際限がない。
船幽霊も入れ替わり立ち代り、連続して攻撃を仕掛けてくる。
それ自体は強い霊では無いが、ひしゃくから噴出する大量の海水は脅威で、接近する前に打ち落とさないと一気に大きいダメージをくう。
精度が求められる退治だけど、この乱戦の中突進する船幽霊に、さすがの皆も疲労し始めてきている。

「百目先生、大丈夫ですか」

「あたしも到着しました〜」

なんとか現場を潜り抜けて到着すると、先生は側から離れるなと切迫した口調で言った。

「あたし達はなんとでもなるのね〜。でも、横島君はまだ素人に毛が生えたみたいなものだから、あたしの側にいたほうが安全なのよ。おキヌちゃんも幽霊なんだから、間違ってボウガンに当たったりしないよう気をつけるのね〜」

「そう、ですね…」

素人に毛が生えた、確かにその通りではあるけれど、この前と同じにいざと言う時にまるで役に立たない自分に歯噛みする。

「とにかく破魔札でもって、近くに来た霊を除霊するのね〜。後は、近くの娘達にお札の補充とかお願いするわ」

「はい」

その時、右手からいくつかの悲鳴があがった。
船幽霊が繰り出す大量の海水に、どこかのクラスが突破されたみたいだった。

「まずいっ」

百目先生もまた声を上げる。

「忠夫さん、あれっ! 海面から、なにか飛び出しました」

今度はおキヌちゃんが声を張り上げる。
確かに連続的になにかが発射されて、程なく結界の内側にまで落ちてきた。
魚や蟹の形をした霊が、背後や足元からかく乱する。

「また新手が! 」

「きりが無いですケンっ」

後退してきたピートとタイガーも、いつの間にかにじり寄ってくるそれらを除霊する事で手一杯になり、突破されたクラスの方にまで手が廻らない。
美神さんが走っていった様だけど、一人で全体を覆せるかと言うとそれも疑問だ。
なにしろ敵の数が多すぎて、多少の除霊には手馴れているはずの霊能科の連中も息が上がり、どこかからもう駄目だなんて声も聞こえてくる。

「敵の動きが組織的すぎる…。ええい、もう仕方がないのね〜」

隣で奮戦していた百目先生が動きを止め、神父と同じ様に手をかざす。
百目先生の体が光をおび、霊力の波だろうか、眩しくはじけると光が消え去っていた。

「せ、先生っ? 」

そこにいたのは、赤いジャージの百目先生…ではなく、ラメの入ったキンキラした衣装に身を包み、やたらに大きいイヤリングをした百目先生に似た人。
ピートやタイガーも、目を丸くしている。

「細かく説明している暇はないのね〜。タイガー、こっちに来て! 」

「は、はいっ」

「これから、テレパスの出力を全開にしてもらうのね。横島君の覗きアイデアを拝借して、100人を超える人数だけど、それをすべて接続してもらいます。出来るわね?」

「難しいとは思いますけどノー。とにかく、やってみますケン」

「大丈夫、あたしも手伝うから」

先生はタイガーの背中を軽く叩くと、よろしくねとばかりに短く微笑む。

「ピートと横島君は、あたしの周りで護衛頼むのね〜。あたしは今から、敵の動きを読むことに全力を集中します! 」

タイガーが虎化するのと同じく、百目先生も目を見開いて動かなくなる。
イヤリングもくるくると動き、一体何が始まるのかと思った瞬間。
頭の中に、映像が飛び込んできた。

「うわっ、なんだこれっ!? 」

上空からすべてを俯瞰した様でいて、なおかつそれぞれの目線が見えている。
おかしいのは、それが全く不自然でなく理解できる事。
どうしたんだと思っていると、声が直接頭に聞こえる。

「皆、心配しなくても大丈夫なのね〜。あたしの神通力とタイガーのテレパスを使って、この入り江を視ているだけだから」

「神通力…? 」

頭を手で押さえ、声を聞き漏らすまいとしたけど、そんな必要も無かった。

「細かい事は、後回しなのね〜。とにかく、これからこのテレパスを使って、皆に指示を出します。美神さん、神父、届いてますか? 」

「了解、百目先生」

「こちらも了解だ」

二人の声がはっきりと聞こえる。
いや、こっちからも姿が見えないし、正確には声じゃないんだろうけど。

「二人には、作戦指示をお願いしたいのね〜。こちらからは、状況を間断なく伝えますから〜」

「OK。どういう事だかは、後できっちりと説明してもらうけど、とにかくありがとう。いい事、皆聞こえる? 散々やられっぱなしでしゃくだったけど、こっから反撃に移るわよ」

「皆、いきなりで混乱してしまうかも知れないが、指示に従って欲しい。現役のGSとして、この百目先生の判断はベストだと思う。返答する必要は無い、ただ頭でどうして欲しいか考えてください。そうすれば、我々にもその思考が届きます」

落ち着いた3人の声に、俺は不思議と安心した。
それは他の連中も同じだったようで、浮き足立って右往左往していたのが、ぴたりとやんでいる。
それぞれがそれぞれの場所で、お互いを見やって踏みとどまっている。

「あんた達、GSの意地を見せ付けてやんなさい! 」

美神さんの号令で、俺たちは反撃に出た。
百目先生を基点としたテレパシーでつながれた俺たちは、霊団以上に有機的な動きでもって、押し返していった。


そして、太陽が白々として空に日が指してきた頃、ようやく除霊が完了した。

「み、みんな無事かー? 」

各担任がクラスの人数を確認して歩いている。
俺たちは全員砂浜にへたりこんで動けず、組別にまとまる事も出来ていなかった。

「人数確認しました。全員無事ですー」

「こちらも確認できましたー」

あちこちから確認の合図が聞こえる。
どうやら、あの状況でもどうにか全員無事に済んだ様だった。

「忠夫さんも、お疲れ様でした」

「…なんとかねー」

除霊中は見えないよう姿を隠していたおキヌちゃんが、今は隣にゆったりと浮かんでいる。

「皆さん〜きついでしょうけど〜、立てる様であれば部屋別になって下さい〜」

理事長が皆に声をかける。
いつまでも砂浜でひっくり返っているわけにはいかないから仕方ないんだけど、正直な話体が動かない。

「…もうちょっと待ってください」

皆、声すらだるそうに答えている。
夜から明け方まで動きっぱなしだったもんなー。

「よくわかんないですけど、臨海学校って大変なんですねー」

皆を見渡したおキヌちゃんの一言に、俺はつい笑ってしまう。

「あはは、確かにね。大変だ」

おかしくて笑っていると、ピートやタイガーも笑い始めて、それが周りの連中にも伝わって、笑いの輪が大きくなる。
ようやく終わったんだと、俺はその大きな笑いで実感出来た。


「お、あんたも無事だったのね」

「美神さん、そりゃないっすよ」

ようやくそぞろに皆がまとまり始めたときに、美神さんが俺たちの方にゆっくりと歩いてきた。
側までくると、神通棍でこつんと頭をつつく。

「ま、なんとかやれたじゃない。おキヌちゃんにも何も無かったみたいだし何て言うの、その…良くやったわ」

「えっ? 」

顔を真っ赤にしてぷいと横を向いて消え入るように呟く美神さんに、俺とおキヌちゃんは思わず目を見合わせる。

「ねえ、美神さん」

「な、なによおキヌちゃん」

「美神さんも、かっこよかったですよ」

おキヌちゃんがにっこりと笑って言うと、ますます美神さんは赤くなって、もう首まで真っ赤だ。

「そ、そう…」

「確かに、美神さん男前だったっすよ」

「わたしゃ女だっての」

ばしっと、手で頭をはたかれる。
でも、それがやけに嬉しくて、また笑う。

「たく、アンタどっか頭打ったんじゃないの? 気味悪いわね」

「何度か転んでましたもんねー、忠夫さん」

「あー、そりゃ手遅れだわ。仕方ないから時給下げるわね」

「あの、時給となんの関係があるんすか」

その時、強さを増した眩しい朝日が目に入る。
下らないいつもの会話が、落ち着きを取り戻した浜辺にはしっくりと来る。

「そういや、百目先生って一体何者なんです? さっきのテレパスにしたって、あんな能力ってあるんですか? それに、神通力がどうこうって」

「あたしもその辺は気になってるのよ。ま、片付いた事だし、休んでからじっくりと聞くわ」

「そうですね。…んじゃ、とりあえず集合します、か」

「行きましょう、忠夫さん」

「あ。あんた、時給の話流してんじゃないわよ」

全くとばかりに腰に手をあてて歩く美神さんを、まあまあとおキヌちゃんがなだめてくれている。
タダでさえ最低時給なのに、これ以上下げられてどうやって生活すればいいんすかね、俺。

「これで一回休んでからは、海で泳げるもんな。午後からだとちょっとしか泳げないけど、まあ仕方ないかなー」

「あんた、山の調査を忘れてない? 始める前にいったでしょ」

美神さんの言葉に、俺は思い出す。
あー、確かにそう言ってたわー。

「えー、いいじゃないっすか。明日にしましょうよ」

「どうせ午後からしか泳げないんだし、それなら速めに切り上げて明日朝から泳いだ方がいいでしょ」

「それもそうですねー。忠夫さん、女子高生を楽しむんだって張り切ってましたし」

ねぇ、とおキヌちゃんがジトついた目で薄笑いを浮かべている。
あのだから、怖いんですけど。

「何を仰るやら。ほら、今からでも山に行きたいなー。あんなに緑が枯れている、可哀想に」

右手を前に、左手を胸に当てて大げさに山を指し示した、その時だった。
大きな地響きと共に山肌が崩れ落ちたかと思うと、入り江の山側から幾筋もの蝉の幼虫みたいなツタが急激にそそり立った。

「なっ…!? あんた何やったのっ」

「お、俺は何もやってないっすよー」

あまりと言えばあまりのタイミングのよさに、膝が笑う。

「美神さん、横島君、逃げるのねー! 」

こちらに向かって走りながら大声で、百目先生が叫ぶ。

「どうしたのよ!? これは一体なに? 」

美神さんが先生の方を振り返る。

「とにかく逃げて! そいつが今回の―」

俺たちも先生の言葉を聞き、走り出そうとした瞬間。
足元にシダの葉っぱの様な物が伸び、地面を鋭くえぐった。
その切れ味に、思わず足が止まる。

「お前たち、人間にしてはなかなかやるようだがの。所詮、程度が知れているぞえ」

幼虫たちの中に一つだけ、明らかに違うものがあった。
人型で、しかし足は同じ様に根が張り、頭から背中にかけてひだが行く筋も走っていた。
頭長からは先ほどのシダの葉っぱらしきものが垂れ下がり、後ろには髪の様な形でなびいている。

「我が名は死津喪比女。その巫女とは浅からぬ縁を持った者よ」

「巫女って…おキヌちゃん!? 」

さすがに神通棍を構えてはいるけれど、美神さんも動けないでいる。
視線をそらせば、危ないのだろう。

「あ、あたしは知りませんですぅー」

ぶんぶんと首を振るおキヌちゃんに、死津喪比女と名乗ったそれは、言った。

「おやおや、随分とつれない事をいうでないかい? そちらが忘れても、こちらは覚えているえ」

更に幼虫が噴出し、完全に俺たちを取り囲む。
後ろは海、前には死津喪比女。
逃げ場所は、どこにも無い。

「わざわざ霊どもを使って歓迎してやったのじゃ。覚悟は良いであろうな、小娘」

にじり寄る死津喪比女に、俺たちは地面に足が吸い付いたように動けず、身構えていた。
背中に感じる朝日の暖かさか、背中に汗がすり落ちる。
崩れた山にも日が昇り、照らしていた。


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こんにちは、とおりです。
人間、やれる時にやれる事をやっておく事は良い事である、と昔から申しまして…。
あ、石を投げないで下さい、そこの方。
ゆるーくお待ちいただきたいのは変わらないんですが、なんでしょうね。
この作品は筆が進むといいますか、なにか書きやすいです。
たかすさんのイラストを元にしているのですが、やっぱりあれがイメージの元みたいになってるんでしょう。

さて、残り2話となりましたがここまで来るともう後はラストまで突っ走るのみ、という事で。
もしかするとクリスマスとか、そんな感じになるかもしれませんが(誰も信用してないかもしれませんけど)。
お茶でも飲みつつ、お待ちくださいません。
では、またまた。
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